ブログ更新がなかなかできません。書きたいトピックはたくさんあるのですが、、どんどん溜まっていっています(汗)。けれども、今日は古いタイル研究誌に刺激をもらい、レッツ更新!
『装飾タイル研究 The World of Tiles』(発行:志野陶石出版部)、全6巻、入手できました。感慨があります。日本では数少ない装飾タイルの研究書。第1巻の発行は1977年、第6巻は1982年。第1巻から、なんと37年も経っています。

第6巻のあとがきには、こう書かれています。「本シリーズは全10巻から成るわが国唯一のタイル研究書です。次回の第7巻では、“日本のタイルのあけぼの”をテーマに特集いたします」。けれども、7巻は出なかったようです。背景はわかりません。
この研究書を見たのは、たぶん1990年代前半。タイルに興味を持ち始めた頃だったと思います。場所は、乃木坂にあったTOTOのライブラリーだったと思う。その頃から、興味はひたすらイスラムのタイルだったので、第1巻の「タイルとイスラム建築」のコピーを大量に取ったのは覚えています。

たった一度、出会っただけの書。でも、INAXブックレットのタイル本(『聖なる青 イスラームのタイル』など)、TOTO出版の『タイルの美』と並んで、私のイスラムタイル入門のバイブルであり、いつかまた出会えたらと思っていました。
が、日本の(日本語の)タイル関連の書籍は限定されており、タイル本を集めている図書館でも、本の顔ぶれはだいたい同じです。『装飾タイル研究』は、いわば「幻の書」。その後、目にする機会はありませんでした。それが、たまたまネットの古書で全巻揃って購入できたのです。

時は流れましたが、日本の装飾タイル事情、変化もあるでしょう(この数年、タイルの動きが様々にあると感じています)が、変わらない状況もある。最初の文章から、ガツンです。
第1巻「タイルとイスラム建築」、「出版の意図 タイルの興味によせて」(芝辻政彦)より、要旨。
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< “やきもの”というおなじ序列のなかで、“タイル”は継子である。したがって“認識改め”がしたい。 >
(日本は世界に冠たるやきものの国といわれており、日本人のやきもの愛はとどまるところをしらないが)、タイルの興味はとなると、まるで台なしだ。タイルの魅惑と言っても一向に通じない。トイレなど不浄な印象しかもつことができないのではないか。それはタイルの面白さ、教養、知識について知られておらず、これに関係したインフォメーションが欠落しているからなのである。残念至極だ。とりあえず急いでタイルの“認識改め”の作業に挑戦する。これが出版の理由だ。タイルがやきものとおなじように、面白く興味ある愛され方がされるように祈りながら。
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惚れ惚れします。3ページ半に及ぶタイルへの強い思い。全文書き写したいほどです。感銘を受けると同時に、40年近く経って“認識改め”の状況はどうなのだろうという気持ちも。最近本当に、タイルに興味があるという若い層がいるんですよ。いろんな動きもあるんです。ただ、“認識”となった場合、どうだろう。
「どうかわたくしどもの出版物がこの後のタイル研究の礎となり、やきものとおなじように、タイルが広い範囲のひとびとから親しまれ、愛される対象になればと、ささやかなこの出版を通じてひたすら願っています」。
泣けてきます。さらに、巻頭座談会のタイトルが「タイルはイスラムを抜きにしては考えられない」ですから。
そして第1巻あとがき=「タイルに限らず、イスラム世界の全貌は、今日まだ隠されたままだ。幾多の都市群が沙漠に埋もれているように。本書がその方面の専門の方はもとより、一般の方々にも、少しでも手がかりとなることを願ってやまない」。号泣ですよ、もう。また落着いた頃に、、。

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トーハク、謎のサファヴィー朝絨緞!
いろいろとトピックがあるのですが、勢いでコレにします。東博で出会った、超インパクトの絨緞。常設のなかで、何か展示替えのものはないかなと東洋館の地下1階に寄ったところ、ドカーンとあったのです、「サファヴィー朝、17世紀、個人蔵」とだけ書いてあったこのどでかい絨緞が。

写真だとわかりにくいですが、大きいです。展示ケースいっぱいというか、入りきらず下が巻いてありました。なんだ、これは!?テンションが上がり、写真撮りまくり。(トーハクは一部を除き撮影OK。常設は人が少なく、東洋館の地下はさらに少なめ)。
最初は自分が何にドキドキワクワクしているのか、よくわかりませんでした。そのうちに、この文様、どこかで見たことあるんだなあ、だから親しみがあるような気がする、でも絨緞で見たのではないかも。何だろう、あれ?タイル??

まだわかりません。絨緞ファンに聞いてみると、「いわゆるシャーアッバース、パロメットのデザイン。でもなんとなくトルコ的」とのこと。
絨緞を見るときは、だいたいトライバル系のもの。ペルシア絨緞はあまり知らず、宮廷系ではないグループ(都市工房系)はさらに知りません。どうも、そのあたりのもののようなんですが、すっごく生き生きしてる。構図が大胆で、植物文様が飛び出しそうに元気。

花びらなどを組み合わせた大きな文様、隙間を埋める花や草、これ、タイルでも同じような構成のものを見たような、、とくにオスマン朝の絵付けタイル。ハターイ、イスリミ(ルーミー、アラベスク)などの古典装飾様式。文様としては中央アジアやイランもあるのだと思うけれど、オスマン朝タイルは絵付けなので、この絨緞の図柄とよけいに近く感じるのかな。

当時のタイルや絨緞、デザイナーが共通していたのでしょうね。流行もあったのかも。私にとっては、まだまだ謎ですが、今まで見た絨緞のなかでも、相当に好みでした。また見に行きたい。(展示替えがありそうだし、、)。
しつこいようですが、トピックはいろいろあったんですが、、ひとまず、この(私にとっては)ヘビーな情報で今回は一区切りにしたいと思います。あ〜、まだまだ知らないことばかり。20年もタイル好きなのに、この速度では、、、。加速しなくては、、。

第1の関心は色でした。タイルが好きになり、見ていくうちに、西アジア・中央アジアの青のタイル、なぜ青なのか、産地・地域によってどんな違いがあるのか、知りたくなりました。2011年、「青の魅惑 イラン・トルコ・ウズベキスタンのやきもの」のなかで、実際に青いタイルや陶器をつくっている人(職人、作家)に聞くというアプローチをする機会を得ました。1年ほど見たり聞いたり調べたりの経過のなかで、自分としては得心しました。(ブログには、きちんと書いていないですね、、)
イスラームの集成モザイク
そのあと、ずっと気になっていたのが、イスラームのモザイクタイルのこと。「集成モザイク」「cut-work mosaic」「cut-tile mosaic」などと呼ばれるように、「色別に焼いた単色タイルを模様に合わせてカットし図柄に合わせて集成し貼り込んでパネル化し壁面に貼る」という技法で作られる美しい装飾タイルです。

装飾タイルは、遠目に良し、寄って良し、なのですが、写真をアップにしてみるとまた、その凄みに気づきます。とくに集成モザイクはおそろしく手間のかかる仕事。それを壁面いっぱい、いや建造物を埋め尽くすようにおこなっている。見とれつつ呆然とするくらいです。
集成モザイクは、あまりに手間がかかるため、その後、簡易化する技法が工夫されクエルダ・セカ・タイルなどが登場。今ではむしろ、(イスラームのタイルの中では)オスマン朝の華やかな絵付けタイルなどのほうが有名かもしれません。現在でも、イランやウズベキスタンでは、歴史的建造物の修復などで、昔ながらのモザイク・タイルが生きているようですが、コンピューターのある現代と中世では、やはり違いもあるのではないかと思います。
私の関心は、このような手間のかかる技法が、なぜ生まれたのか、その前(直前)はどのような技法で表現されており、それがどのように変化したのか、いつ頃どこでその変化があったのか、なぜ変化したのか。「何かから集成モザイクへの変容」について知りたいのです。
そのなかには、古代地中海地域で生まれた石やガラスなどの「モザイク」とは関連があるのか、という関心もありました。仮説(実感)としては、「モザイク」と「イスラームの集成モザイク」は、違う経路、違う文脈のものなのではないかと思っています。 (イスラーム以外のモザイク・タイルとモザイクの関係はわかりません。関係があるのかもしれません)

日本のモザイクタイル
そうこうしているうちに、もうひとつの方向からモザイクタイルを考えるようになりました。それは日本のモザイクタイルから、です。大正末期から昭和にかけて生産が始まり、水回りの生活改善や住宅需要で沸いた建材としてのタイル。
苦節20年、私は完全にイスラームタイル偏愛。が、昭和のモザイクタイルを見ると、なぜかスッと入ってきたのです。色合いがやさしく、淡く、小さくて、愛おしい感じ。ピースの形も多彩で、組合せでさまざまな模様を描くことができます。昭和世代としては当然目にしていたものですが、記憶が薄いです。いま、レトロなものとして見るから可愛く感じるのかな??


そんなこんなで、最近ようやく気づいたのです。「モザイクタイル」と聞いて思い浮かべるものは人によって違う、ということを。自分にとってはモザイクタイル=あの集成モザイクだったので、いろいろ憤慨もしていたんですが、あ、違うんものなんだと、やっとわかりました。
ローマやビザンチンの石やガラスのモザイク、昭和のモザイクタイル、現代のプロダクツとしての(モザイク)タイル、ガウディのタイル装飾、オブジェ的なタイル・アート、フォトフレームなど雑貨的なモザイクタイル。素材も技法も違う。区別とか定義があるのかどうか、自分でも渾然一体になり、わからなくなり。これに「イスラームの装飾タイルが認知、評価されていない」という以前からの悔しさが混ざり合い、なんだかウツウツとしていました。
勉強するしかない。しばらく、受験生のように?本を読んでいました。読むだけなら早いんですが、書き写して(入力して)いたので、かなり疲れました。日本語の本は一段落。(これまでも読んでいたはずなのに、全然全然頭に入っていなかった。ひどい、、無知でした!)。英語本は1冊に1年かかる。部分的なチェックにします。
イスラームのモザイクは、どのようにして生まれたのだろう

「現時点での、素人である、ひとりのタイル好きの、感じたこと」(今後更新)です。(=専門性はありませんのでご了解ください)
*イスラームの集成モザイクは、土の建築とそれを飾る建築装飾の文脈から生まれたと思う。(古代地中海沿岸地域から発展したモザイクの線上にはないと思う。その理由については、今後随時/*ただし、マグレブとアンダルシアのタイルについては、ペルシアや中央アジアと経緯が違うような気がする)
*かたちになってきたのは、1200年代前半。セルジューク朝(現在のイラン/ホラサーン地方など)、アナトリア・セルジューク朝(現在のトルコ/コンヤやトカットなど)。13世紀中盤から、技法、表現が多様に濃密に熟していく。(なぜ生まれたか推論は今後随時)
*焼成レンガ積みの一部に青の施釉レンガ(タイル)を飾る <施釉による煌めく美しさ> → 銘文など浮彫りの部分を青で施釉する <それまでに成熟していたスタッコや石の彫刻をタイルで表現?> → 無釉(レンガ、タイル)と施釉(レンガ、タイル)を組合せてアラビア文字や幾何学文様を描く <土の装飾文化ならではの表現> → 線が細くなり植物文様も描く <具象を描かないイスラーム美術、工芸。植物文様の発展、アラベスク> → ターコイズ青とコバルト青を交差するなどの表現、白や紫、黒との組合せ <主な色である青、組紐文様など複雑な表現> → カットしたタイルを組合わせて植物などを作り一つのパーツとし、それを組み合わせていく <ムカルナスなど立体的な表現も可能に> → タイルの形が多彩になり施釉される。その組み合わせや複雑なデザインを実現する多彩な技法が工夫される。
*13世紀から15世紀を中心に、ペルシアや中央アジア(イルハーン朝、ティムール朝、サファヴィー朝など)、マグレブ(マリーン朝、ナスル朝など)で、建造物を埋め尽くすほどに多用される。
あれ、暗号みたいな文章ですね。覚え書きということで。これから練っていきます。

あとひとつ、「イスラームのタイルが認知されていない、理解されていない」「ヨーロッパの後塵を拝したものと思われている。悔しい」と嘆くのは、もうやめておきます。拘泥しない。そのうちに変わってくるでしょ。自分の努力が足りなかったとの思いもありました。が、タイルの種類が違うんだ、ストンと落ちました。違うものなんです、きっと。(このあたりも随時更新)。それぞれということで、淡々とやっていきます。

ブログ丸9年すぎました。10年目。ますますイスラームタイル偏愛紀行です。
*相当にマニアックというかニッチな内容で、これは読んでもらえないかな、と思っていました。でも書いておこうと思いました。たくさんの「いいね」をありがとうございますm(_ _)m
アトリエ「ユークリッド」
「タイルがどのくらい好きか」について語り合う機会が少ない(ほとんどない)と嘆いている私に、先日、あるメッセージが。<タイル好きが集まってバーベキューをします。来てみませんか>。え〜、タイル好きって、日本で??<ほとんどが20代、30代の女性です>。若い女性がタイル好き?ホント??
正直、内心は半信半疑。でも若い女性に好まれそうな「イチゴ、チェリー、赤ワイン」をエコバッグに入れて、イソイソと出かけてみれば、、、わ〜〜っ!ホントだ、、本当に若い女性ばかり!しかも美人ばかり!

そこは、タイル職人・白石普(しらいしあまね)さんのアトリエ「ユークリッド」。タイル張りのバーベキュー台には血のしたたるような肉、肉。しかもデカイ。さすが。同年代だと干物、酢の物、梅干し入り焼酎などサッパリ路線なので、すでに軽いカルチャーショック。
美人さんたちに見とれていると、奥にヒゲの男性を発見。この日本で、タイルをデザインし、制作し、施工をおこなうことを生業にしている人。イタリア留学、モロッコの専門校と工房でのモザイクタイル修行。タイルやモザイクが息づく土地で暮らし学んだ経験が素晴らしい。(詳細は、「タイルびと」(チルチンびとWEB連載)で。端的でリアルで臨場感とリズムのある文章。写真や図版も。日本にこのようなタイル人がいることが、うれしい!)
アトリエは、「タイルを愛する人が集えるように団欒スペースを設け、 教室や作品展も開けるタイルサロンとし、「ユークリッド」と名付けた」(タイルびと、より)。開放的な空気、白石さんの明るく率直な人柄。これは人が集まります。

女性が多いのは、女性の方が好奇心と行動力があることも関係している気がします。(美人が多いのは、、なぜ!?)イタリアでモザイクを修行した専門家、自分のデザインでタイルを作りたいという絵描きさん、タイルに関わる人たちのコーディネートをしたいというタイルショップの方、施工にチャレンジしている女性、アラベスク模様のタイルがたまらなく好きという女性。わ〜、すごい。
アトリエに来たきっかけを聞いていると、「タイル」をネットで調べてこちらに辿り着いたという人が多かった。そういう層があり、ニーズがあるということなんでしょうか。その気持ちに応える場が少ないということなのかなあ。
「女性が好きなのは小さくて可愛いもの。女性はタイルが好きなんですよ」(参加した女性)。なるほど。小さなタイルのちょっと盛り上がった風情、釉薬のキラッとする光沢、温かみのある土の質感、星などの「カタチたち」が織りなす幾何学模様の愛しさ、安心感。また白石さんのタイルは青系が多く色がきれい。若い女性たちの琴線に触れること、わかる気がします。

ウズベキスタンの工房でも、「あまりに大変でやる人がいない」「値段が高くつき過ぎて現実的に無理」というモザイクタイルの制作と施工。西アジアのタイル産地でも、有名な建造物の修復現場を除き、モザイクタイルは稀少でしょう。それを、この日本で、個人でやっているなんて。しかも美しい。デザインも施工も。自由で緻密。
白石さんの仕事については、きちんと取材してから書きたいです。このブログの「タイル人(たいるじん)」に、ぜひ登場して欲しいな。
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タバコ屋のタイル〜日本のタイル
じつは、もうひとつ、タイルがらみのトピックがあります。
ある時、facebookの「おすすめグループページ」という欄を見るでもなく見ていたら、「タイル」という言葉が目に入り、そのページに入ってみてビックリ。タバコ屋のタイルや街角のタイル、日本の近代建築の中のタイル写真をいろんな方々(建築関係の方が多い印象)が投稿。とくに全国くまなくタイルを見て歩いている方(女性)のエネルギーに脱帽しました。

さっそく仲間に入れていただきましたが、日本のタイル中心の様子なので、イスラームのタイル写真は外れてしまうなあと遠慮。が、次第に自分も参加したい気持ちが高まり、かの地の街角タイルなどを投稿中です。
日本のタイルは、数年前まで全く見ていなかったので新鮮です。レトロで(古いものなので当たり前ですが)温かみがあって誠実な感じがします。グループに関しては、いろんな視点、視線で見ることの面白さを感じています。興味を持つポイントがそれぞれ違う。そのタイルが好きかどうかは別として、触発されます。

コメント欄もあるので、投稿写真についてのやりとりも。つまり結果的に、「タイル話」をしていることになります。ずっと「タイル話」がしたかった。こういう形でできるようになるなんて。
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タイルが動く?
この間、感じていること=不思議さ、感慨、ちょっと微妙な気持ち、それでも前に行こうという思い。
・白石さんのアトリエ、日本のタイルのFBグループ。ネットを通じてタイルに関心のある人が集まっていること。タイルが好きという人が少なからずいること。とくに若い女性。
・個人的には、これまでできなかったタイル話ができそうという感慨。
・ただ、ちょっと微妙なのは、やはり私の好きなタイル、植物文様の圧倒的なモザイク、西アジア〜中央アジアの濃いタイル文化、12〜17世紀前半頃までのイキイキしたタイルは、それでもまだまだ、とってもニッチなのだと気づかざるを得ないこと。
・では、あくまでも好きなタイルだけを見ていくのか、と考える。それではいつまでも浅いタイルファンのままかもしれない。触発され、ときには反発もし、でも良さを認め合い、だから一層自分の好きなタイルが見えてくる、のかも。実際、この間、どんどんタイルが好きになっているのです。

<5月26日8時AM 追記> 「基本構想から約2年半、ようやくその姿を現します。27日、名古屋 でプレス発表。藤森照信流、土でできたモザイクミュージアム」だそうですよ!ついに!タイル、動いていますね☆
<5月28日 追記> 発表になりました。「多治見市モザイクタイルミュージアム」、2016年6月オープン予定!概要はこちら=「タイルのまち」象徴 多治見市がミュージアムの概要発表
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今回は、「神宮外苑と国立競技場〜解体中止と改修検討」「明治神宮」について、「自由学園明日館」「江戸東京たてもの館」「超絶技巧!明治工芸の粋(三井記念美術館)」「フランス印象派の陶磁器 1866-1886―ジャポニスムの成熟―(汐留ミュージアム)」なども、少し用意していました。回をあらためて、明治工芸、明治建築などについて書いてみたいと思います。今回はタイル特集でした!
<こちらは緊急性もあります。ご関心がありましたら読んでみてください!>
●神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会
●新国立競技場の何が問題なのか──中沢新一氏と伊東豊雄氏が問題提起
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が、他のジャンルのものも気になり、さらに自分の写真以外のもの(本やネット)も見始めたら、もう完全に錯乱状態!?多い!!八角形、八角星、8つの花びらなどなど、、とめどなくなってきました。
こんなに8のものが多いなんて。とくに絨緞関係は、素人は入口も入れない。モロッコの精緻な幾何学文様の多様さは驚愕。モロッコ工芸の本『TRADITIONAL ISLAMIC CRAFT IN MOROCCAN ARCHITECTURE 1、2』(=1冊が片手で持てないくらい重い2冊組。ネットに慣れた身には調べるだけで重い。字が小さくてパソコンのようにサクッと拡大できない。見るのにエネルギーが、、)を見ていたら、圧倒されると同時に、もう虚脱状態。
そのわりには、八角形や八角星についての文字情報が見つからない。(絨緞では専門的な研究書があるそうです。今は無理、、)でも、そういっていると、いつまでも更新できないので、写真をまず、しかも後から調べて混乱中のものからアップしようと思います。後日、情報がまとめられる時が来たら、別途か追記かしたいと思います。できるかな。。
写真が多いので、自分なりの結論を、最初にここで書いちゃいます。8がなぜ多いか=バランスがいいから。安定感があるから。かつ広がりがあるから。人にとって快い視覚なのではないでしょうか!? (バタン、、また次回、、)
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モロッコの「8」
多彩でゆたかなモロッコの幾何学文様。図案ができる過程など。(すべて『TRADITIONAL ISLAMIC CRAFT IN MOROCCAN ARCHITECTURE 1、2』から引用しています)









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いろんな「8」





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八角星と十字のパターン
水平線上の円からスタートし、弧を2本描き、斜めの線を定義、4個の円に、さらに4個で8個の円。この円によるマトリックスを無限に続ける。正方形内で反復させると基本的な星と十字のパターンに。

「斜め正方形のうち半数でそれと接する正方形の部分ではそのぶんへこませたと考えるのである。このため、近年これは“慈悲深き神々の呼吸”とも呼ばれている。この表現は、創造の源として火・空気・水・土の四大元素の可能性を発現させるのは神の呼吸であると説くイスラムの偉大な思想家イブン・アル=アラビーの教えに由来する」(『イスラム芸術の幾何学 天上の図形を描く』より)
「世界のタイル博物館」にこのタイルの収蔵が多く書籍でも紹介されていることから、タイルのイメージが「十字と八角星」という方もあるのでは。私もこのかたちと組合せに魅せられた一人です。

重要なモスクの、その中でも重要な部分(ミヒラーブ等)を飾ったといわれるこの組合せ、ラスター彩釉のものが多いことも、装飾タイルならではの精緻な魅力にあふれています。当時の壁面そのままの姿を見ることができないため、ますます想像は広がります。細密な絵付けやカリグラフィーが描かれた八角形と浮彫りなどが施された十字が組合わさった大きな壁面、どんなに煌めいていたことでしょう。




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八角星一つ、またはいくつか
八角星はバランスが良く安定しています。内部に文様も描きやすいのではないかと思います。そのせいか、一点のタイルとして、それこそスターのように目立ったところに飾られているものを見ることがあります。また、いくつかの中にあっても、ひとつひとつの存在感の強いものも見かけます。






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丸みのある8
まず手持ちの写真から8に関わるものをピックアップし、なんとなく特徴が似ているものを分けていたのですが、丸い花びらのようなもの、まだ他にもあるかもしれないけれど、シャーヒ・ズィンダの浮彫りのもの2点です。


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この他、「連続して描かれているもの」「建築での8」「壁面幾何学」「布や陶器での8」などを少々ピックアップしました。次の機会にご紹介したいと思います。
最後に、『イスラム芸術の幾何学 天上の図形を描く』の「むすび さらなる可能性」より一部引用します。
「伝統的なイスラムの装飾は、際立って機能的であるーただし、ここで機能的というのは単に実用的という意味ではない。イスラムのデザインは文明化とひきかえに失われた霊的な感覚を、無垢の自然が持つ原初的な美しさを再構築することで補完し、俗世にどっぷり浸かった人間を真剣な熟考へいざなおうとする。イスラムのデザインは、一種の“目に見える音楽”だと言ってもよい。モチーフの反復とリズムが内なるバランス感覚を目覚めさせ、神への祈りや神についての思弁を視覚的に展開する役目を果たすのである」
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おっと、その前に、、青のfacebookページ、「青の陶器とタイル好き * blue ceramic museum」。昨年末の開始以来、約半年がたち、現在オリジナル発信92話になりました。
Facebookは集計や解析機能がすごい。頼みもしないのに、アクセス数や話題指数など、いろんな集計が表示されます。半年記念に現時点での「THE 青のfacebook人気、ベスト3☆」!
第3位は、、ティムール・サブーリさんの青の釉薬テストピース。陶器やタイルの中で、すごい!深い青の魅惑。

第2位は、、リシタン・ウスマノフ工房の皿コラージュ。強い青のインパクト。ウスマノフさん、おめでとうございます!☆!

そして堂々の第1位は、、ナディール・ディヴァン・ベギ・マドラサ、の装飾タイル。ブハラ・青の輝き!モザイクタイルは現地で見るのも圧倒的なのですが、アップで見るとまた凄みがありますね。

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刺繍王子Kさんが絶賛紹介、『イスラム芸術の幾何学 天上の図形を描く』(創元社/ダウド・サットン著 武井摩利訳)を即購入。コンパクトで読みやすい。簡潔でポイントが記憶に残りやすい。イスラム美術や幾何学の本は、分厚かったり難解だったりで手ごわいものが多いですから、これはありがたい。
最初の章(見開きの2ページ)=「最初の出発点」は、点、円、6個の円のお話。6個の円は「クルアーンに記された天地創造の6日間の理想表現」。これを拡げていき正六角形の点を結ぶと六芒星=「ソロモンの印章」(この印章付き指輪を使って精霊を使役したと言われる)。外枠だけを星形にして並べると星と六角形のパターンに。
(文章では、わかりにくいですよね、、でも図をスキャンして紹介していいものか迷います。この本では、コンパスと直定規だけを使って描いたパターンを豊富に紹介し、幾何学的土台の理解を促しています。肝の図形をスキャンするのは気が引けます。)
次は「6から作られる6」です。星と六角形からスタートして複雑なパターンに展開していきます。一見した印象は違いますが、元々は同じデザインから発展したことがわかります。
って、文章では、わかりにくいですよね、、 そうだ!タイルの事例ならいいですね。自分の写真ならば問題ない。現実にどう活用されているか、タイルからみえてきますね。
そんなわけで、iPhoto見てみました。私の場合、イスリーミ(植物文様)の方が多いのですが、壁面装飾ではやはり幾何学模様!なるほど〜、幾何学の理解がもう少しできるようになれば、タイルがもっと楽しくなりそう。








というふうに、いろいろあって、掲載しきれません。6シリーズ、そして8、12へGO GO!!タイル道、精進するぞ〜!☆★☆!
★★★ この間、なぜか「ズルハーネ」(イランのアスレチック)検索からの訪問が多かったようなんですが、何かあったんでしょうか?? →→→→→ どうやらこちらの関係のようです。。「日本選手権の際、室伏広治さんはこん棒をコンクリートで自作したことを明かした。単に重い負荷でトレーニングするのが目的であれば他の方法でもよかったはずで、ズールハーネの精神性に引かれるものがあったのかもしれないと荒井啓子さん(スポーツ人類学者)は推理する」、、さすが室伏さん!!ストイック!! ← ← ← ← ← もともとの記事はこちら「パフレヴァーン(ペルシア騎士道)の伝統に連なる「ズールハーネ」見学記」 ★★★
・装飾タイルの壁にくっついている
・くずれかけた土壁を覗き込み、触ってみている、写真を撮っている
・青空の日も下を見て歩いている。一つの理由はウズの道路は穴が多く、冗談じゃなくアブナいこと。そして建造物近辺では「かけら」との出会いを求めて、、
・工事している人がいると近寄っていき、見せてもらっている
自分では何もできないのが残念ですが、工事、手仕事、匠の技を見るのが好き。今回のウズ旅で出会った工事シーン、土がらみの写真を少々集めてみました。
空港が変わっていたと前回驚いて書きましたが、サッカー場やモール、歴史的建造物の修復まで、各地で工事がおこなわれていました。活気があります。職人さんたちは一所懸命に取組んでいました。工事内容のご説明はまったくできません。すいません!
このような写真にご興味ない方もあると思いますが、今回はこれでいきたいと思います。よろしくお願いいたしますね。






土、土ですね。久々に土の景を。

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今回のウズ旅、感動したところは多数あって、本当に行って良かったと心から思っています。そのひとつ、サマルカンドのイシュラトハナ廟。タシケントの陶芸家アクバル・ラヒモフ氏が、幾度となく通い勉強したとおっしゃっていた廟。15世紀(1464年)そのままの姿で、一部を除き修復されていません。サマルカンドでもブハラでも、主要な建造物は立派に美しく修復が進められており、当時の姿に触れることは難しい。この廟は、タイルやレンガを知りたい人にはたまらないと思います。




ウズの職人さんたちの熱心な姿に打たれる一方、写真はアップしませんが、ウズベキスタン各地の舗装道路にある大小とりどりの穴(深いですよ、けっこう)の多さは、何なのか不思議です。レンガ敷きの歩道もはがれがすごく、下を見て歩いていないと転んでしまいます。穴になったところがゴミ箱状態になっていたりもします。
最近の建物では、美しいタイルが剥がれ落ちてきています。修復されたものも、ズームレンズで見ると、デコボコしてきており、剥がれ落ちるのではないかと気になります。
昔のものはよく耐えて持っていると思います。最近のものが問題が多いような印象です。その理由は、素人の私にはわかりません。素材なのか、気候風土なのか、製法、施工なのか。基礎部分に問題があるような気が、、、
久々、土話でした。少々風邪気味でもあり、このあたりで、、
Facebookから日々繰り出されるイスラムの青のタイル、聖者廟、音楽、染織などの情報の海に、フラフラ中。これまでなかなか辿りつけなかった世界が、向うからどっと押し寄せてきたという感じ。消化吸収どころか、まったく読み切れない。でも、うれしい悩み。ムガル時代の(現在の)パキスタンのタイル、青が鮮やか!
そんな“偏愛系”ブログですが、やはり陶磁器の歴史において中国の存在は偉大であり、イスラム陶器とも響き合っています。
「陶磁史の展開を世界的に見渡した場合、二つの源流がおのずから浮かびあがる。一は東方の東アジアの中国であり、他は西方の中東地域である。世界の陶磁器は、この二つの極をそれぞれ源泉として流れだし、さまざまの展開を見せるが、二つの流路とも、発展の過程においてたがいに影響を与え、刺激を受けあい、さらに新しい展開を続ける」 (三上次男/『世界陶磁全集21』)
中国陶磁器の花形のひとつ“白磁”、その中国白磁を中心とする白いやきものの展覧会『東洋のやきもの 純なる世界』が出光美術館で開催中です(10月21日まで)。

展示は見やすく、わかりやすかったです。白磁は高度にしようと思えば、どこまでもできる世界だと思いますが、簡潔でテーマの焦点を絞った展示は、強い印象が残りました。(写真少なくすいません。HPから引用できないので、、)
<展示構成概略>
序=白いやきものは、白色粘土を1,100℃程度で焼き固めた土器が始まり
1:白いやきもののはじまり 陶器質の“白磁”=6世紀以降唐時代まで、白い粘土等に白土を塗った上に、透明な釉薬をかけて白い器が焼き上げられた。ガラス器などの西方の文物を白磁で再現しているところに、白いやきものの役割が反映されている

2:本格白磁の発展 磁器質の白磁=白色の素地に透明釉をかけ、1,300℃前後で焼き上げる本格的な中国の白磁の流れ。器面に施す彫文様(刻花)や型押し文様(印花)も登場
3:白磁と青白磁=宋・元時代の景徳鎮で青味がかった透明釉の特色を逆に生かした青白磁(白磁の一種)が発展。透明釉にどうしても鉄分が残り、酸素を奪って焼く還元焔焼成で青味が出てしまう。しかしそれが美しい。薄胎・軽量で制作技術の高さを物語っており、中国陶磁の最高峰とされる“宋磁”の峻厳な風格を示している。白磁の粋

4:皇帝の白磁=元代に青磁に代わって景徳鎮白磁が官窯の御用器に。元朝の支配者モンゴル族は、白(純)を最も尊び、宮廷の祭器は白磁に変更された。「純(白)を尚(たっと)ぶ」王朝の出現が白磁のさらなる発展の契機となった
5−1:白土がけの庶民の白磁=素地の表面に白土を塗ることによって、安価で大量に焼造された白い器が人気に

5−2:明末、輸出で飛躍した白磁=ヨーロッパでも高く評価され、“中国の白”を意味する“ブラン・シーヌ”は、徳化窯製品を指す言葉であった
6:朝鮮王朝の白磁=中国陶磁の強い影響下にあった朝鮮では、白色は聖なる色として尊ばれた。ゆったりとした器形と、やわらかみのある釉色
7:日本の白いやきもの=志野、肥前、京焼、重要文化財「白天目」も
(展示構成と内容は美術館ホームページのこちらに。写真も少々あります)
とくに感動したのは、1〜4のあたり。
* 西方の文物を白磁で再現している!
* 青白磁の優美さ!青の透明感にクラクラ♥
* そして、白を純とするモンゴル系王朝の存在!!(タイルでもモンゴル系王朝の役割は大!)
* 朝鮮白磁の温かみも好き
関連して、イスラムの白釉陶器を。

土味と青の絵付けがいい感じですね。
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久々更新なので、一気いきます。
『ザ・シティ・ダーク – 眠らない惑星の夜を探して』(The City Dark/アメリカ/2011年)。アメリカで問題になっている「光害」と「消えた星空」についてのドキュメンタリー映画。8/11(土)〜17(金)渋谷アップリンクにて1週間限定公開中。
* オフィシャルサイト
* アップリンク
* 予告編
最初は「星が見えなくなった」という情緒的な映画かと思いましたが、生まれたばかりのウミガメが海に帰れず街の方に彷徨って行ってしまう姿(本来は水面に反射する光を頼りに海へと向かうが、現代は街の方が明るくなってしまった)、赤々と輝く高層ビルに激突する何十億もの(!)渡り鳥あたりから、ドキュメンタリーの訴求力がビシビシ。人間の健康への光の影響も考えられるとのこと。

あまりに当たり前で意識していないけれど、電気による照明が登場してから、まだ百数十年しか経っていない。自然や人間の営みにとっては、まさに激変なのですね。昨今、節電意識が高まっていますが、電気のある暮らしは、いろんな意味で、行き過ぎには問題があるのかも、と感じました。
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先ほど、知りました。
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昨年のカンヌ国際映画祭、すべての観客が拍手を惜しまなかった。世界中の映画監督が支持した話題作が日本公開決定!! 9月「シアター・イメージフォーラム」他、全国順次。
『これは映画ではない』(英語題:This is not a film ペルシャ語題:In Film Nist /イラン /2011/ 監督:ジャファル・パナヒ(2009年の逮捕以来、現在も自宅軟禁がつづく国際的なイラン人映画監督)
* アメリカ公式サイト

【作品解説】
本作は、逮捕から1年を経た2011年3月、パナヒ監督の自宅において撮影された。映画の前半は共同監督のモジタバ・ミルタマスブの撮影によりパナヒの日常が活写され、彼が現在置かれている厳しい立場がユーモアとともに浮き彫りに。やがてパナヒは「脚本を読むのは映画製作ではないだろう」と、脚本を読みながら構想中の映画を再現して行く…。一見するとドキュメンタリーの形はとっているが、見る者を飽きさせない様々な創意工夫に溢れ、イラン映画黄金期の傑作を思いおこさせる虚実の間のスリルをも感じさせる映画的興奮溢れるエンターテインメント。どんな状況にあっても映画を撮り続ける、という宣言ともとれる感動的な傑作である。
【ジャファル・パナヒ】
アッバス・キアロスタミ監督の助監督を経て、1995年『白い風船』でデビューし、カンヌ映画祭かメラドール賞を受賞。2000年『チャドルと生きる』ではヴェネチア映画祭金獅子賞、2006年には『オフサイド・ガールズ』でベルリン映画祭審査員グランプリを受賞し、3大映画祭を制したイランの名匠。
本作は、自宅軟禁中の2011年3月にパナヒ監督が友人のミルタマスブ監督の協力のもと、自らの生活を自宅で撮影。限られた空間と時間の中にも関わらず、卓越したユーモアと、黄金期イラン映画を彷彿させる自由でスリリングな映画スタイルで、自らのプロテストをエンターテインメントに昇華した鮮やかな傑作です。
パナヒ監督は完成したその映像をUSBファイルに収め、お菓子の箱に入れ、ある知人のルートで密かに国外へ。そして、昨年2011年5月のカンヌ国際映画祭でプレミア上映されて大絶賛され、その後も数々の映画祭に招待され、英国の映画専門誌サイト&サウンドのベスト10、米国のフィルム・コメント誌の「まだ公開されていない映画」ベスト1に輝くなど高く評価されました。
タイトルの『これは映画ではない』は、20年間の映画製作禁止を申し渡されたパナヒ監督の、映画でなければ何を作ろうと違反にならないだろう、という痛烈なブラック・ユーモアを感じさせるアイディア。どんな状況であろうともアーティストは作品づくりをつづけていく、というパナヒ監督の覚悟と逞しさに拍手と喝采を贈りたくなる「プロテスト・エンターテインメント」。
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2011年東京フィルメックス特別招待作品として上映されたようです。『イラン式料理本』とともに、見逃せません。
そのなかの「左官的塾の本棚」、今回は『日本の大工道具職人』でした。
「著者は50年余りの道具と資史料収集、伝聞、そして尊父の時代から関わりを持った鍛冶職人との深い交流により、長年の調査・研究を整理分類し考察の成果をこの本にまとめられた」「製作した鍛冶職人の系譜をはじめ、鍛冶職人の歴史を後世に残すと云う著者の純粋な意図は、著者の豊富な知識と鍛冶職人へのやさしい感情により、その貴重さを伝える格好の本と評したい」(蟻谷佐平氏)
さらに「補論の左官3編は左官的塾読者にとってより身近なテーマになる。著者の道案内(考察)に思わぬ新発見および新史実に出合えると思うので楽しみに読んでもらいたい」となれば、早く読んでみたいと気がはやります。
書店販売はなし、でも、と住所を見ると、、なんとよく通る場所。交差点にある老舗金物屋さん。そのご主人が著者だったのです。さっそくチャリでGO☆

入ってみると、左官鏝(こて)が壁面を埋め尽くします。鏝ってこんなに種類があるんだ!大工道具や内装用品も豊富です。
「鏝の品揃えは東京一だと思いますよ」と温かい話し方のナイスミドルが。店主の鈴木俊昭さんです。さっそく来店の経緯をお話し、本を購入させていただきました。
大工道具や道具を作る職人という観点での調査や研究が少なかったことから、自分で研究を始めたそうです。8年がかりという力作。
第1章 江戸・東京の大工道具職人/第2章 会津の大工道具職人/第3章 越後・新潟の大工道具職人/第4章 播州三木の大工道具職人、と、まさに「道具と道具を作る職人」についての詳細な記述が、端的で読みやすい文章で書かれています。
補論として「1、「左官」呼称の変遷について/2、左官鏝の歴史について/3、左官鏝の柄について」と、左官についても興味深い内容がぎっしり。
ちなみに、「左官」という職名が文字で出現したのは慶長10年(1609年)の宇都宮大明神御建立勘定目録。それまで壁塗職の主流だった「壁塗」ではなく「左官」に統一されるのは、寛永19年(1642年)京都御所の壁工事からだそうです。
「「左官」の語源については、諸説あって明確な定説はありません」が、「本来、「右」にも「左」にも共に助けるという意味があり、「右」は上から助け、「左」は横から助けるという違いがあります。その意味から近世において壁塗職が大工に次ぐ地位を獲得して「右官」でなく「左官」と呼称したことはまさに適切であったと思います」と鈴木さんはまとめています。
現在、続編の最終編集段階とか。「続編はもっとすごい内容ですよ」と鈴木さん。今年秋に出る予定とのことで、またお店にうかがって入手したいと思います。お話できて楽しかったです。ありがとうございました。
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久々の土の話題です。各地の土の景を振り返ってみたくなりました。今回も、写真はコラージュでまとめました。







やはり、日本の土の景色は落ち着きますね。そして、そこには必ず、日本の左官と陶芸家の技術があり、魂がある。日本の左官も、左官道具も、やきものも世界一!
そう、世界一のものが見近にあるんです。壁や床、世界一の左官仕事、やきもの、もっとじっくり、かつ楽しんで見ていきたいですね。
これからも、土、タイル、壁、レンガ、瓦、やきもの、見ていきたいと思います。