イスラムアート紀行

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カテゴリ:中東/西アジア( 24 )

世界4大料理!? レバノン料理はヘルシー&洗練

誰が言ったか謎ですが、、<世界3大料理>とは、中国、フランス、トルコだそうですね。日本が入っていないという何とも怪しい定義で、とても納得できるものではありません。トルコが入るのも少し意外な感じ。地域的なバランス配慮!?

e0063212_259522.gif●そして今回知ったのです。<世界4大料理>という言われ方があることを。で、どこが加わるの?これがレバノンなんだそうです。(*以下の写真は、レバノンのメニューや文章と合致してはいません。雰囲気ということで、、) (→揚げパン入りボリュームたっぷりサラダ)


e0063212_2321346.gifレバノンを食から見てみたいと思います。レバノンに行った人は皆「食事が美味しかった!」といいます。私は観光でちょっと寄っただけですが、その限りでも美味しかったし、ワインもイケました。 (←ひよこ豆やなすのペーストなど前菜系が充実。右の緑のロールは葡萄の葉利用)


●シリアやヨルダンなど、あのあたり、食事がおいしい!なかでも、ヨーロッパなどでは「アラブ料理の代表はレバノン料理」という認知が高く、世界的にも人気がある料理なんだそうです。レバノンは地中海に面しており、気候は地中海気候。レモンの人口1人当たりの消費量は世界一!柑橘系の国ですね。

e0063212_2371784.gifレモン、オリーブ油、トマトソース、ゴマ、豆などをたっぷり使い、それらにアラブのスパイスをプラス。油っこくなく野菜をたくさん使ってヘルシー。洗練された食の体系があると思います。


e0063212_2353126.gif●良質な葡萄の産地・レバノンはワインでも有名。世界で初めてワインを作ったのは、レバノン人の先祖であるフェニキア人。「フルーティでありながらコクがあり、まさに地中海の香りといったワイン」と言われます。「アラック」(アニス入りの葡萄の蒸留酒)も強いけど、地元の人は好きみたいです。(←アラブの名物!シャワルマ)


e0063212_2342627.gif●イスラム教徒の多いすべての国が禁酒、ということはなく、私もトルコでもウズベキスタンでもインドネシアでも毎日ワインやビールを飲んでいました。クルアーンが教えるのは、酔って人前で恥ずべきおこないをしてはいけないということ。基本的な道徳です。イスラム圏と言われる地域には「皆で飲んで歌って踊って」が好きな、陽気で親しみやすい人たちが多いと感じます。 (→パレスチナにも美味しいビール有ります)


e0063212_2361637.gif●そこで、レバノン料理の代表的なメニューをご紹介(レバノンだけでなく地中海料理ですが)。味わい深いディップ類が多くて、これがまたワインに合うんですよね! (←は、炭水化物ダブルだ!神戸そばめし風マカロニ入りプラフ)

* ホンムス HUMMUS(ひよこ豆のペースト) * ババガノーシュ BABAGANOUGE(なすとすりゴマのペースト) * タブーリ TABOULI (レバノンの代表的なサラダ) * ピタパン BREAD * ほうれん草のパイ FATAYER SPINACH * チーズロール RKAKAT CHEESE(白チーズの揚げ春巻) * キベ KIBBE (ビーフ挽肉入りのパイ) * ファラフェルとゴマソース FALAFEL WITH TAHANI SAUCE * シャワルマ SHAWARMA(ハーブで味付けした焼肉。チキンまたはビーフ)

*写真は、アラブ・トルコ・地中海料理店「カルタゴ」(東京・中野)にて撮ったものです。
by orientlibrary | 2006-07-31 03:05 | 中東/西アジア

イスラムの地のアルメニア建築 独特の美の世界

●イスラムの美を堪能できるイランやトルコに、イスラム建築ではないけれど、何か気になる建物があります。アルメニア教会です。この不思議さはなんだろう、という疑問から、前回から少し書き始めています。

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●日本アルメニア友好教会のホームページには、アルメニアについての詳細でわかりやすい情報が満載です。歴史については次のような文章から始まります。「アルメニアの故地は,チグリス・ユーフラテス川源流域です」。

●「アルメニア高地は,中国,インド方面からの通商路がアラクス川流域を緩やかに溯り,コーカサス山脈と黒海のあいだを北上して欧州ロシアにいたるルートや,ユーフラテス源流域を西進してアナトリア高地を抜け地中海に出るルートなどが合流するところで、重要な交易ルート上にありました」。教会建築が花開いた「アルメニア高地」とは、このエリアをいうのですね。


●しかし内陸の交易ルートというのは、多くの民族にとって魅力的な場所でもあるのでしょう。「このように,通商路,戦略的要衝に位置し、多くの資源にも恵まれたアルメニアは、大勢力の野望を誘ったため、国家を建設・維持できたのは断続的でした」。

●9世紀のバグラット王朝の繁栄と絶頂期を迎えた教会建築については、前回ご紹介しました。しかし10世紀末からはビザンチン帝国やセルジュク族が侵攻。さらにモンゴル帝国,ティムールなども侵入し国土は荒廃。多くのアルメニア人が他所に移住しました。

16世紀以降は、オスマン帝国とサファビー朝ペルシアの間で争奪戦となり,両国に分割され「トルコ領アルメニア」「ペルシア領アルメニア」に。ペルシア側は後にロシアに割譲された結果「ロシア領アルメニア」に。そしてソ連崩壊によって独立国となるという、なんとも複雑な歴史です。

●現在、私たちがイランやトルコで見るアルメニア教会は、バグラット王朝期のもの(アクダマール島の教会)〜両国に分割された時のもののようです。文様や造形について手持ちの写真で見比べてみたいと思います。(建築全体については写真がないものもあり省略します。あくまでディテールです)。


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サファビー朝期、1655年に建てられたイスファハーン・ジョルファのヴァーンク教会(→)。<イスラム/ペルシア>と<キリスト教/ヨーロッパ>が混合しています。

●大聖堂の入口にはタイル装飾があり、内部天井には幾何学文が、内壁にはキリストと聖グレゴリの生涯が描かれています(↑上の写真)。

●「カフェトライブ」さんの記事にもあったように、入り口のアーチにイスラム建築の特徴である「ムカルナス(鍾乳石飾り)」が施されています。タイル装飾といい、イスラムとの混交が明らかです。

●ムカルナスやタイル装飾は、同時代のイスファハーンのモスクの美の極致のような世界とは比べるべくもありませんが、静かで深く、何か訴えかけてくるものがある教会だと思います。


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●北西イランをひたすらトルコ国境へ。国境まで50キロというあたりの山の中に突然尖塔が見えてきます。アルメニア正教の聖地カレ・カリサー、聖ダディオス教会(黒の教会)です(←)。


●現在の建物は17世紀に再建されたものです。外壁にはレリーフがあります。精緻で綺麗ですが、アクダマール島の教会のような簡素な温かさは感じられず、じつはここでは写真をほとんと撮っていません。






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●こちらはトルコ東部、イランとの国境に近いドゥバヤジットの山腹に建つ宮殿「イサクパシャ」(→)。

●17世紀にクルド系の王朝が100年近い年月をかけて建立したもので、セルジュク、オスマン、ペルシャ、アルメニア様式が混在しています。

●外壁のレリーフが見事。生命の樹など立体的で複雑なものがたくさんありました。レリーフは権力を示すものだったのではないかと思えてきます。



●今回こそは特徴を考えようと思っていましたが、またまた記事が長くなってしまいました。世界の宗教建築に造詣の深い神谷武夫さんの言葉で、次の機会につなぎたいと思います。「アルメニアが中東にありながら、ビザンチン様式に組み込まれず、独自の建築スタイルを発展させえたのは、コンスタンチノープルの支配に屈せず、独立した教会を維持し続けたせいだったかもしれない」。

*写真一番上は「ジョルファのヴァーンク教会」。現在は内部撮影禁止らしいですね。15年前はフラッシュ禁止でしたが撮影はできました。
by orientlibrary | 2006-05-07 23:57 | 中東/西アジア

見るほどに味わいが深まる アルメニア教会のレリーフ 

●イスラムのタイルと建築ファンの私にとって、アルメニア建築というのはピントの合わないものでした。キリスト教自体をほとんど知らないし、教会建築への興味も低いというのが正直なところです。しかし、トルコやイランで見たアルメニア教会(遺跡含む)の中に、イスラムに近い求心力を感じたものがありました。簡素ながら、とても力強く、リズム感があり、そして何か突き抜けたものがあるのです。

●そして最近、「写真でイスラーム」さん、「カフェトライブ」さんが、アルメニアの教会建築や模様について書いていらっしゃるのを見て、もう一度自分の写真を見返してみました。すると、皆さんが指摘されている模様や特徴が、たしかにあるのです。アルメニアの建築やデザインは、イスラム建築以上にマイナー。意識して追いかけないと、現地で見る機会があっても、ぼんやりやりすごしてしまうなあと思いました。そんなわけで、少し調べてみることにしました。
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●すると、、、アルメニア建築って、深いです。おもしろい。まず、押さえる必要があるのは、世界で最初にキリスト教を国教にした(301年)のがアルメニア王国だったということです。そしてその数十年後から、教会建築がアルメニア高地全域で花開きはじめます。

●アルメニア正教は、アルメニア教会を確立した聖グレゴリウスにちなんで「東方キリスト教の中のグレゴリウス派」と呼ばれることもあるそうです。またアルメニア教会は,キリストの神性を重視するキリスト単性論に属する東方教会のひとつであり、現在も世界に独自の教会組織をもっています。
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●この点について、アルメニアの女性が語っている言葉が印象的です。「アルメニア文化には、ウラルトゥ、ペルシャ、ギリシャなどの精神文化が吸収されている。アルメニアが誇る歴史の一つに、世界初のキリスト教の国教化がある。宗教会派上の独自性ゆえに、ローマ、ピザンチン教会派などとは対立した。この国教化のためにアルメニア教会は民族の中軸的存在として、1500年以上にわたって結束を強める役割を果たした」(吉祥寺村立雑学大学通信「アルメニアの文化と日本文化」より)。

●4世紀末、アルメニアは,ローマとゾロアスター教を強制するササン朝ペルシャ間に分割支配されることになります。この厳しい時代に人々の心の支えになったのが、メスロプ・マシュトツが創始したアルメニア文字でした。聖書のアルメニア語訳もなされ,文学が興隆し,教会建築もその基礎様式を固めるなど,5〜6世紀は文学と建築が花開いた時期だったといいます。

●その後、7世紀にアラブの支配下に入りましたが、9世紀半ばにバグラット王朝(885-1045年)が興り,国際交易における重要な位置を回復。ヴァン湖周辺をはじめとして多くの都市が勃興し,アルメニアは教会建築上の絶頂期、そして中世の一大繁栄期を迎えました。「千と一の教会がある都市」と言われたアニ(遺跡自体の記事はこちらアニ建築細部デザインの記事はこちら)もその頃に栄えた都市です。アニの教会建築は,アルメニア建築の最良の典型様式の代表と言えるのだそうです。

e0063212_22373740.gif●そして同じ頃、現在のトルコのヴァン湖に浮かぶアクダマール島に、「聖なる十字架の教会」が建てられました(921年)。


●赤茶色の石造りの教会はドームを持ち、外壁には旧約聖書に登場するアダムとイヴ、ダヴィデとゴリアーテの物語や装飾的な十字架、さらに植物、動物、鳥などのレリーフが施されています。簡素ながら豊かな味わいがあり、イスラム美術ファンの私もすっと引き込まれる魅力があります。
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●という感じで、その後のアルメニアの歴史と建築を書いていこうと思いましたが、ちょっと調べた範囲でも膨大で、とても一度に書けません。最後にユーラシア学の泰斗・加藤九祚さんの言葉を紹介して、次回に続けたいと思います。「アルメニアを旅行して、人々は全体として建築、それも石造建築の天分にめぐまれているように見受けられた。石材が豊かであることも大きな要因であろうが、それを立体的、美的に構成する能力はまた別ではなかろうか」。

*写真はいずれも、アクダマール島「聖なる十字架の教会」
by orientlibrary | 2006-05-04 22:51 | 中東/西アジア

勝手にコラボレーションwith「U2」。ボノ(さま)に似合う場所

勝手にコラボレーション、今日は大胆不敵にもwith「U2」! どうしてって、、ほんとだったら今頃はU2的テンションが最高潮のはずだったのです。>but、、来日中止(延期)、4月4日(日本ではこの日のみ)のコンサートはキャンセルに。がんばってチケット取った時に限って、、ま、こんなもんです(諦念)。そこで、代わりにU2のイメージに合う写真を探してみました。私の写真は南のものが多いので、選定に相当の苦戦。そんななかからの2点です。

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インド・ダラムサラの「ノルブリンカ・インスティチュート」。亡命政府のあるチベット難民の町ダラムサラにあって聖域(サンクチュアリ)のような場所。敷地内は緑濃く、花々は咲き乱れ、カラフルなチベット建築の施設が点在していました。社会的な活動をしているボノ(さま)との関連で。

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もうひとつは、このところ続いている東トルコからになりました。バザールの光景。ずっしりした古い青の秤が頑固な感じ。生命力ある果物との組み合わせにU2を感じました。皆さんのご感想はいかが!?
by orientlibrary | 2006-04-05 00:43 | 中東/西アジア

中世のディテールの美。東トルコ・勝手にコラボ第2弾

ディテールに惹かれます。もちろんタイルが一番好き。でも石、木、漆喰などに施された装飾を美しいと思います。写真の上から3点は、前々回のアニ遺跡、崩れ落ちたアルメニア教会に残る石彫りの細工。アルメニアのディテールは、繊細でありながらも強い求心力があるように思います。

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(アニ遺跡・アルメニア教会ディテール)

さて今回も、前回のヴァン編に引き続き "勝手にコラボレーション"with村上春樹!「」内は著書『雨天炎天』からの引用です。

「旅行というのは本質的には、空気を吸い込むことなんだろう」「おそらく記録は消えるだろう。絵はがきは色褪せるだろう。でも空気は残る」「トルコの空気の不思議さは、どこの空気の質とも違っていた」。

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(アニ遺跡・アルメニア教会ディテール)

「我々は“トルコ”“トルコ人”という時、それを普通単一の国家、単一の民族として捉えているわけだが、実際に回ってみると、その地域ごとの差の大きさに驚かされることになる。トルコは地域的にはっきりといくつかの顔に分かれている」。

村上さんは感触として、次の5つの部分に分けています。
 1:ヨーロッパ側トルコ=トラキア地方 
 2:イスタンブール 
 3:ソ連・イラン・イラク国境方面=東部アナトリア 
 4:シリア国境から地中海にかけて=中部アナトリア 
 5:地中海・エーゲ海沿岸   

「トルコのそういったいくつかの地域のどこがいちばん面白かったか?もちろんいちばんひどい東部アナトリアだ」「毎日朝から晩まで我々は頭にきたり、消耗したり、毒づいたり、冷や汗を流したりしていた」=今回ご紹介している東トルコの一部です。個人で回れば、いろんなことが起きそうだということは、私にも容易に想像できます。

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(アニ遺跡・アルメニア教会ディテール)

けれども、「そこには独特の空気があり、手応えがあった。人々には存在感があり、彼らの目はいきいきとした光を放っていた。それはヨーロッパや日本ではまずお目にかかれない鮮やかで暴力的な光だった。ややこしい留保事項のない、そこにあるものそのまま全部という目だった」「早く言えば出鱈目だった。でもそこには旅行の醍醐味というものがあった」。

イスラム圏や中東に惹かれる人には、上のくだりが親しみを持って読めるかもしれません。きれいなところはいくらでもあるのに、わざわざ大変な思いをして出かけていく。楽しいことばかりではない。でも、光景や人々の存在感が圧倒的に強く、重い。そんななかでは、よくも悪くも自分の輪郭を感じられる気がします。

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(エルズルムのタイル)

タイルはあまり見ることができませんでした。上の写真は数少ないエルズルムのタイル。13〜14世紀のメドレセや霊廟が立ち並ぶ一角があり、その装飾の一部です。濃い茶色にターコイズブルーがくっきりとしています。素朴ですが、タイル装飾が開花し始めた時期ならではの力強さを感じます。

ちなみに、これだけ引用しておいてなんですが、私は村上春樹さんの大ファンというのではありません。遠い昔、『ノルウエイの森』を読んで、私の本ではない、と思いました。『アンダーグラウンド』は5分の1くらいで挫折。ただ、東トルコから帰って、関連の本を読みたいと思って調べましたが、超少なくて、、。『雨天炎天』は臨場感があり、文庫本(新潮文庫)なのもうれしいです。
by orientlibrary | 2006-04-02 20:01 | 中東/西アジア

東トルコ・ヴァン紀行。村上春樹と勝手にコラボレーション

ディヤルバクルの「ジーエル・ケバブ」がきっかけになって、東トルコのアルバムを見ています。大自然、バザール、歴史的建物、人々など、ブログに載せたいものがたくさんあって迷ってしまいます。

歴史的背景が複雑で民族が入り組んでいるだけに、ひとつのエリアとは思えないくらい光景がいろいろですが、しかしそのことこそが「ユーラシア」というものなんだなあと、あらためて感じます。

いくつかのパートに分けてご紹介したいという気持ちが高まっています。ただ、“なんちゃってブログ”ではありますが、「旅行記」になるのは避けようと思っているので、断片的かつ独断的なご紹介になります。そのわりには、『雨天炎天』(村上春樹)という本の文章をナビゲーターにしたいと思います。引用多用失礼!村上さん謝謝!

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まずはヴァン湖。「ヴァン湖はトルコのいちばん奥のそのまた奥の、かなり辺境な地にある。標高5000メートルを超えるアララット山の南方、イランとの国境近くにある大きな湖である」(『雨天炎天』より引用。以下「」内は同様)

「標高1720メートルのところにある世界でも水面が高い湖のひとつである。流出河川がないせいで、塩分がかなりきつくて、濃度30%とものの本には書いてある。魚はほとんど住んでいない」「水は独特のターコイズブルーで、とてもきれいである」。

「ヴァン湖の夕暮れは文句なしに美しいものだった。空も水も山際も、何もかもがオレンジ色に染まり、空と稜線が触れあうあたりはまるで火のような真紅に燃え上がっていた。湖面はしんと静まりかえり、さざなみに合わせて細かい粉のような光が音もなく一面に揺れていた」。

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「ヴァンはイランからの亡命者と密輸業者で賑わっている町だということだ」「風景の美しいわりにはけっこう剣呑な土地なのである」。実際、強烈にしつこい物売り等々がいて、夕景をゆっくり見ることもできませんでした。

ヴァンには、もうひとつ有名なものがあります。「ヴァン猫というのはヴァン湖のそばに住む特殊な猫である」「右目と左目の色が違う」「この猫はヴァン湖の近くにしかいないのだが、彼の地にあっても一般的にはあまり見ることができないらしい」。

しかし、、「絨毯屋にはヴァン猫が結構多いのである」「客寄せのためである」「まさに招き猫である」。写真の猫はピクニックしていた裕福そうな家族のペット。絨緞屋でも見ましたが、こちらの方が貫禄あり。

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「ここの町の人々は観光客を見るととにかく絨毯を売りつけることしか思いつかないみたいだった」。絨緞屋にも行きました。素朴なキリムが多くて、かなり惹かれました。そこで購入したクルドのアンティーク・キリム(90〜100年前。上部は下部と対照になっている)。和っぽい柄が珍しくて、私は満足しています。クルドの文様や色あいが好きです。  

村上春樹と勝手にコラボレーション、第1回目ヴァン編でした。
by orientlibrary | 2006-04-02 17:39 | 中東/西アジア

「千の教会がある街」と呼ばれた都、国境の緊張をはらむ「アニ遺跡」

海に囲まれた日本で生まれ育った私にとって、「国境」がはらむ緊張感や独特の空気は、いつまでたってもピンとこないものです。トルコ東部にある「アニ遺跡」は、川をはさんで隣国アルメニアにまたがっています。そのことが強い緊張を生み、数年前までは写真撮影も禁止されていました。私が訪れたのは2004年5月ですが、なぜかその際、突然撮影が許可されたのです。けれども、その後も禁止されることもあったようです。

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観光客が写真を撮ることが、なぜそんなにいけないのか、、空港や軍事施設ではないガランとした遺跡ですよ。野原と朽ちた教会と草と青空があるだけなのに。聞いた話によると、「アルメニアは川のそばで石切工事をしている。観光客が写真を撮ると軍事機密が漏れる可能性がある」、、、石切と軍事って、どんな関係が??((↓)手前がトルコ側、向こうがアルメニア側。茶色のあたりが石切り場?)

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とにもかくにも、国境というのは、そのくらい緊張に満ちたところなんだと思いました。とくにトルコとアルメニアとは実質的に国交がない状態が続いているといいますから、>軍事機密等を「妄想」と笑うのは傲慢なのかもしれません。

紀元前以来、アルメニア王国には、ローマ、アラブ、トルコ、モンゴルなど、西から東から強力な民族が次々に侵攻。1045年にはビザンチン王国に譲渡されますが、ビザンチンはアニをセルジュクに譲ります。12世紀後半にはグルジア人が町を占領。13世紀には交易の要衝として、またシルクロードの中継地点としても栄えたそうです。

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アニ遺跡は10世紀後半、アルメニア王国の都だった都市です。アルメニア教会の総主教庁が置かれて宗教的中心地となり、千を越す教会があったと言われています。しかし今は、ただ荒涼とした廃墟です。緑濃い草が生い茂る中、崩れ落ちたアルメニア様式の教会などが点在します。修復されることもないこれらの建物は、もう自然に同化しているようにも見えます。しかし、ディテールの細工などは見事で、往事の繁栄や技術の高さが伝わってきます。

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この写真(↑)は、ミナレット内部の崩れ落ちた真っ暗な階段を必死でよじのぼって上から撮ったもの。広い!この遺跡は広いです。そして道や建物の痕跡。千年前に人々が往来し会話を交わしていたメインストリート。でも、、、なぜかしみじみ、というより、茫漠と言えるほどの広さのせいか、妙にあっけらかんとした印象です。国境の遺跡は、現実の緊張感をよそに、ひたすら「夢の跡」として存在しているように思えました。
by orientlibrary | 2006-03-29 01:06 | 中東/西アジア

ジーエルケバブ@ディヤルバクル&東トルコの壮大で濃い時空間

トルコ東南部の都市・ディヤルバクルにお住まいのyokocanさんの「ジーエル・ケバブ」を拝見したところ、なんか見覚えのあるケバブでは?ということで、またまた臓物に戻ってきました。

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ディヤルバクルには「ジーエルジ=臓物食堂」というものがあるそうです。ジーエル・ケバブというレバーのケバブの写真が紹介されていました。

それってこれでは?長い串にさした焼き鳥状のものを持って満足そうなおじさん二人。@ディヤルバクルのバザール。薄〜いナンみたいなものに挟んで食べるのが地元流とか。おじさんたち、たしかにそんな様子です。写真の正体がわかってうれし〜♪

東トルコ旅行では、黒海沿岸からアナトリアの遺跡や街々を巡りました。東トルコは、ローマ、ビザンチン、オスマントルコを縦糸として、ペルシア、アラブ、モンゴル等が絡む入り組んだ歴史があります。ユーラシア大陸を舞台に繰り広げられた民族の興亡の歴史が凝縮しているようで、島国日本からの旅行者を圧倒します。

景観もまた多彩。車窓の光景はまるで地球のショーのように劇的に変わります。緑の絨毯のような大草原、雪をまとった連山、荒涼とした岩山、地球の割れ目を思わせる深い亀裂、断崖絶壁の峡谷、5千m超の峰々。まさに自然の造形のショーケース。

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女性も、華やかなスカーフの中央アジアの女性、黒一色のアラブの女性、ジーンズ姿でヨーロッパ顔の女性など地域でがらりと変わりました。は焼きたてパンを持つ女性、早朝のエルズルムで。

建物もさまざま。二階部分が張り出した典型的なトルコ民家、日干し煉瓦の家、石作りの家、ロシア風の家、遊牧民のテント等、見ていて飽きることがありません。

歴史的な遺産として有名なのは、山頂に紀元前の陵墓の跡があるネムルート山、深山幽谷の崖をくり抜いて作られたスメラ僧院、アルメニア王国の首都だったアニ遺跡など。また蟻塚のような形の日干し煉瓦の家が並ぶハランは、旧約聖書にも出てくる村。ノアの方舟伝説で有名な5千mを越えるアララット山は富士山に似た美山です。

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私が最も心惹かれたのはアニ遺跡。10世紀、アルメニア王国の首都だった大都市ですが、今はただ荒涼とした廃墟です。そのあっけらかんと朽ちた風情に惹かれました。長くなるので次回激写!?写真とともにご紹介したいと思います。
by orientlibrary | 2006-03-27 23:48 | 中東/西アジア

「見る人は楽しむ」と名付けられたイラクの都、サーマッラー 

イラク・サーマッラーのシーア派聖地アスカリ廟が、2月22日爆破されました。その後のスンニ派とシーア派の間の衝突が報道されています。爆破前の黄金のドームの写真と爆破されたあとのがれきにようになった写真を見ました。一瞬にして廃墟になった廟・・・。サーマッラーについて少し調べました。

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(爆破される前のアスカリ廟と廃墟となった同廟/朝日新聞2月23日より引用)

「古代末、9世紀という時代に、サーマッラーはイランからチェニジアに至る広大な世界で、政治的・経済的・文化的に重要な位置を占めた 。宮廷の繁栄は豪奢を極めたという。当時の建造物の跡が今もティグリス川に沿って残る。(中略)都市遺跡の範囲はローマよりも広く、考古学研究上の重要さは他の追随を許さない。」「カリフ・ムスタムは新たな都市に、スーラマンラー(それを見る人は楽しむ)と名付けた」「その賑わいと美しさは旅行者等の絶賛した記録が示すところである」(佐々木達夫/「かりそめの都 サーマッラー/『季刊 文化遺産 華麗なイスラム美の世界』」

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(サーマッラーのカリフ・アル・ムタワキルの尖塔(『季刊 文化遺産 華麗なイスラム美の世界』より引用/財団法人島根県並河萬里写真財団))

「チグリス川、ユーフラテス川流域は有名なモスクや遺跡が数多くある地域です。まず、バグダード。ここにはサーマッラーのマルウィーヤ(螺旋)のミナレットがあります。この螺旋のミナレットはほんとうにすごい。まさに天へとどかんばかりです。これがれんがでできているわけですから驚きです。またそのとなりの大モスクは城壁だけが残っていますが、これまたれんが造りで、壁の厚さだけでも2メートルはあります。このとなりにグレート・モスク、アスカリ・モスクという黄金のモスクがあります。このモスクでは手で粘土をこねて修復していました」(山本正之・「イスラーム・タイル紀行」/『イスラームのタイル』/INAX)

タイルを愛し世界を訪ね歩いた山本正之さんの「手で粘土をこねて修復していました」に、グッときてしまいました。爆破されたアスカリ廟は米軍のサーマッラー攻撃時にも無事だったのだといいます。

「2004年、アメリカ軍は、バグダッドの北方60マイルにあるサマッラにおいて、イラク政府の要請のもとに作戦を展開すると発表した。(中略)人口25万人と推計されるサマッラ市への攻撃は、真夜中になって始まった。戦車と米軍機が市内を砲・爆撃し、住民は家のなかに身をひそめた。大きな爆発音と自動的な銃撃音が、散発的に午後にも続いた。家は潰され、車は焼かれた。シーア派教徒の聖地であるイマーム・アリ・アル・ハヂ廟とイマーム・ハッサン・アル・アスカリ廟の周囲から煙が立ちのぼり、心配された。だが、廟は損害を受けず、イラク軍特殊部隊がモスクを奪い、25人の武装勢力を捕獲したと第1歩兵師団の広報官オブライエン少佐が発表した」(イラク情勢ニュース/MSNBCニュース2004.10.01)

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(以前のサーマッラーの街 /『季刊 文化遺産 華麗なイスラム美の世界』より引用/財団法人島根県並河萬里写真財団))

イスラムタイルにとっても重要な地であり、ラスター彩が発掘され、中国の影響を受けた美しいイスラム陶器が生まれた土地、サーマッラー。チェニジアのカイラワーンモスクのミフラーブまわりのラスタータイルも、この地を統治していたイラクから運ばれたものと言われています。

「イスラーム建築最古のタイルは、イラクのサーマッラーから発掘された9世紀アッバース朝のもので、正方形や六角形の単色タイルと正方形や八角形のラスタータイルがある」(深見奈緒子/「イスラーム建築とタイル彩タイル」/『砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイルデザイン』)

米軍の攻撃にも無事だったのに、聖者廟を爆破するって、、。スンニ派とシーア派について書かれた本もかなりありますが、むつかしくて私にはどうもストンときませんでした。以前に一度ご紹介しましたが、ジャーナリスト田中宇さんのレポート(「イラク日記(5) シーア派の聖地」)が私にはもっとも興味深かったです(アスカリ廟とは別の廟ですが、聖地の雰囲気が伝わる写真も紹介されています)。ただ視点はかなりユニークなので、宗教等の専門の方にはご異論あるかもしれません。
by orientlibrary | 2006-02-25 01:30 | 中東/西アジア

ぷかぷか水タバコ、アラビックなひととき、ちょっとクラクラ

中東を中心にイスラム圏でよく見かけるのが水タバコ。カフェやレストランなどで髭をはやした男性たちがゆっくりと煙をくゆらせている、、、そんないかにもアラビックな嗜好品・水タバコが、どうやら世界的に流行中のよう。そして日本でも水タバコを楽しめる店が増えているというのです。水タバコの魅力から国内外のカフェ情報まで詳しく述べられたサイト同好会まであるようです。

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水タバコについては、まったく詳しくありませんが、あの器具はきれいだなと思います。で、写真を撮ったのですが↑(ヨルダンにて)、瞬間激写!のつもりが完璧なカメラ目線!・・・負けた、、、アラブの目線(メヂカラ)、恐るべし・・

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水タバコ専門店までできているとなると、行かないわけにはまいりませんでしょう!?以前、イランでちょっと体験したんですが、そのときは喉が痛くなって、良さもわからずじまいですから。で、まずは三軒茶屋の商店街の中にある「ロワゾー」というモロッコカフェ←に行ってみました。

商店街の中っていっても、ほんとにほんとに超庶民的な商店街の中なんですよね。でも、中に一歩入るとモロッコの雰囲気。ブルーを基調にした手作りの内装とタイルのテーブル、アラビックな照明器具、アラブ音楽、クスクスなどのモロッカンフード、そして水タバコ。

e0063212_21492810.gif水タバコは香りを楽しむもので、アップル、メロン、ピーチなどフルーツのフレーバーが多彩にあり、コーラ味やカプチーノは最近登場したものらしいです。ロワゾーでは、日本人に人気なのはミント、海外からの方々に人気なのは甘いフルーツ系だそうです。

私が今回試したのはグレープ味。タバコの葉に炭を乗せ、頃合いを見て吸ってみます。ブクブクと水の音がして水を通ってきた煙が上がってきます。最初はちょっときつい。でも確かに香りはいいですね。お店のお客さんからも「わあ、いい香り」との声が。ふむふむ、、、しばし水タバコタイムに。

e0063212_21494180.gif外の商店街は「日常」の極みのようなところ。それを見ながら水タバコを吸っていると、なんか不思議な気持ちがします。モロッコのインテリアは海外のカフェにいるよう。でも見えるのは日本の商店街。映画を見ているような、時を彷徨っているような・・うん?なんか、きますね。陶酔感みたいなもの。30分くらい持つみたいですが、私はやっぱり喉が痛くなるので、適当にやめました。

水タバコは、あくまでタバコ。でもタバコを吸わない人にもファンが多いといいます。それはタバコの煙を一度水にくぐらせることでニコチンやタールがほぼ除去されてマイルドになり、香りの煙を吸う感じになるからとか。「くらくらくる脱力感」があると専門のサイトにありましたが、幻覚ではないけれど、確かに何かくら〜っとするものはありました。香りだけでなく水のポコポコ音が心地よく、視覚も敏感になる感じで五感にくる。回し飲みしたりおしゃべりして過ごせば、いいリラクゼーションになりそうですね。

イスラム圏に行ったとき、水タバコを吸う人たちを見たときの印象が変わりそう。なんていっても嗜好品の代表ですもんね。その人たちの趣味嗜好を表すものだし。以前は何がいいんだろうと思っていましたが、こんなゆったりした時間を楽しんでいるんだな、と少しだけその魅力を垣間みた体験でした。

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お値段はロワゾーでは900円。この他、水タバコをサーブしている店は、東京や京都、大阪などにあるみたいですが、どの店も濃そう。いちばん有名な東京・谷中の「カリユン」は絨毯の上でくつろげるようです。下北沢の「シーシャ」は都内最安値の400円(ドリンク付き)だそう。こちらも商店街の中です。

ロワゾーにはオーナーが特注したタイルの壁掛け→があり、とても魅力的でした。アラビア語で「瞑想」という意味のカリグラフィーが書いてあるそうです。
by orientlibrary | 2006-02-21 22:33 | 中東/西アジア