イスラムアート紀行

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カテゴリ:インド/パキスタン( 41 )

椰子を編む少女

私の好きなエリアに共通する植物、大事にされている植物、活用されている植物に「椰子」があります。中東ではナツメヤシ、東南アジアではココヤシ

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●同じ椰子でも果実(デーツ/ココナッツ)は形も味もまったく違いますよね。でも美味!デーツの濃縮した甘味、ココナッツのみずみずしさ。旅先で食べる土地のものは最高においしいです。

●今ちょっと気分にインドが入っていて、インドの空気感でテンションを上げていこうとしています。インドの中でも暑いところ。クラクラするような熱が欲しい気分です。

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●そんな暑いインド、タミル・ナードゥ州椰子の葉を編んでいる少女を見かけました。かたわらには椰子の葉で屋根をふいた(と思われる)小さな家がありました。自分で作れる家、その「軽さ」に惹かれます。炎天下で椰子を編み続ける少女の邪気のない笑顔。スカーンと抜けるような思い切りのいい笑顔でした。

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すべてのものが繁茂しようとしのぎを削っている、そんな生命力あふれる世界。想像はどんな時でも自由で、どこへでも行けます。湿潤な風を感じてうっとりしている私です。 (次回よりタイルや建築、再開したいと思ってます!)

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by orientlibrary | 2008-03-26 17:31 | インド/パキスタン

コンビニもショッピンンセンターも、、変わるインドの買物光景

●人口11億人というインドは、1990年代に規制緩和や外資の積極導入などを柱とした改革を進めました。「社会や文化を縛るカースト制度を残しつつも、中国に次ぐ巨大市場が産声を上げようとしている」(『日経MJ』/1月5日)。ムガルテイスト大好きの当ブログも、気になります。インドの人々の暮らしや気持ち、小売業の変化から見てみたいと思います。(以下、出典は同紙。言葉使いなどを一部書き換え。1ルピーは約2.8円)

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●特集のなかで、インドの大財閥タタ・グループの小売り部門インフィニティリテールのCEOは、インド人の消費についてこう語っています。
・ 日本メーカーがシェアを伸ばすにはインド市場の特性をよく理解する必要があります
・ 例えば、インドでは白っぽいテレビはあまり売れません。窓を開けたときほこりがついて汚れが目立つからです
・ こうしたインドならではの事情を理解しているのは韓国メーカーです
・確かに日本製品は高性能ですが、技術革新が進む家電の分野ではソニーの製品を10年使うより“ソニー風”の韓国製品を5年で買い替えた方が得だと考えるのもインド人の特徴なのです
・ 乗用車でも同じこどが言えます。誰もがホンダの車やソニーのテレビが欲しいけれど、それが買えるのはほんの一握り。急激に拡大している中間層を取り込まなければ、インドでの成功は難しいでしょう

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●この発言に呼応するかのように、韓国の家電企業の社長は語ります。
・ 確かにインドの生活環境は異国の人間にとっては住みにくいものです。日本企業の現地駐在の役員が家族を連れてこないのもそのためでしょう
・しかし韓国人はほとんどが家族と一緒に来ます。これは単に仕事の励みになるというだけではなく、必ずこの地で成功してやるという我々の決意表明でもあるのです
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●アメリカのウオルマートストアーズが進出を決めるなど海外大手も注目するインド。個人消費の伸びは、自動車や家電製品の販売データに顕著に表れます。
・ 06年4〜12月の乗用車の販売台数は前年比21%増のペース
カラーテレビの販売台数は06年度に1000万台を突破する見通し
携帯電話累積加入件数は昨年5月に1億件を超え現在も月間500万件のペースで増加
***ん!?インドの3C(car,colortv,cellphone)ですね!
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●消費や流通が急速に変化・変化した要因を同紙はこう分析しています。
・ 特に米国との関係が深まりIT産業の急成長につながった
・ IT産業の急成長などを背景に、最近では年収が30万ルピーから100万ルピーという中間所得層が急速に広がっている。05年でも人口の8.8%を占めるが10年度には14.5%程度まで拡大するとの予測もある
***中間層、もうすでに日本の人口と同じくらい、、?
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●昔ながらの家族経営の零細な商店が大半だったインド。私は屋台も小さな雑貨店も大好きですが、インド滞在や旅行の際には、大都市ニューデリーでさえスーパーマーケットがなくて、不便に思うこともありました。けれども昨今、小売業の変化は急速なようです。以下、同紙のレポートよりご紹介します。

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<ムンバイのハイパーシティ、清潔な店内が魅力!>
・ ムンバイに1万5千平米のスーパー「ハイパーシティ」が昨年5月オープンした
・ 生鮮野菜は泥を落とし袋詰めされて売られる。価格はキャベツが一玉6ルピー(約17円)、ジャガイモが1キロ15ルピー(約42円)と街なかの露店とほぼ同水準。サラダ用のカット野菜や店のプライベートブランド(自主企画)商品もある
清潔で明るい店内はこれまでのインドの小売業とかけ離れたもの
・ 建設会社に勤める夫の年収が150万ルピーという主婦は週に2回は来るという
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<デリーのコンビニ、夜型消費者増えてます!>
・ ニューデリーには1日24時間365日営業するコンビニがオープンした
・ 弁当から薬まで8000品目を販売している
・ 売上げの5割近くを午後9時以降の夜間に稼ぐ
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<バンガロールの百貨店、ブランド人気ここでも、、>
・ バンガロールでは04年開業の百貨店「バンガロール・セントラル」が人気
・ 国内外のブランド店が入居し、週末は3万人以上の来店客で賑わう
・ クリスマス商戦では大型テレビや電子レンジが当たるキャンペーンが人気を集めた
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<おっと、、強気の定価販売!>
・ インドに誕生したこれらの小売業の形態は、欧米や日本のものとほぼ変わらない
・ 異なるのは、店舗間の競争が少ないため、定価販売が主流だという点
***定価で家電品を買うって、今や想像できないなあ。、
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<カバンは入り口で預けてね!>
・ セルフ販売の店でも、日本の同規模の店と比べて2〜3倍の人員を配置。万引き対策など防犯上の意味がある
・ 同じ理由から来店客はかばんや袋類を店に預ける必要がある
・ 入り口に必ず「チェッキダール」と呼ぶ門番がいるのも特徴
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<インド小売業、最大の課題は物流!>
・ 旧式のトラックにはエアコンがなく、夏場は夜間にしか物を運べない
・ 凹凸の多い道路はスピードが出せず、ニューデリー〜ムンバイ間のトラック輸送は「運が良くて5日かかる
冷凍物流を全国規模で手がける企業は三菱商事が出資するスノーマンのみで、外資系ファストフードなどから注文が集中する
***キャラバンっぽい!?
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●また同紙は「日本とインドの関係は滞っている」と指摘。インドと中国の貿易は日印を大きく上回り、韓国も同規模になりつつあります。中国も韓国も(アメリカも)本当に行動が迅速ですね。
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●世界に展開する大規模小売業や高級ブランド、ファストフードやカフェチェーン、、大都市はどの国も同じ光景を持つようになりそうです。でも、グローバルのなかにも、どうしてもにじみでるローカルなものがあります。私はそのことに興味があります。インドは、それが濃いのでは、という思いがあります。見ていきたい点です。

* 写真は、上から順に、「椰子ジュース売り/タミルナードゥ州/これ飲みました。美味!」、「ヨーグルト売り/パキスタン・ギルギットのバザール/これは食べてません、残念!」、横長で挿入したタイルはパキスタン・ウッチュのもの
by orientlibrary | 2007-01-09 00:24 | インド/パキスタン

ビザリー?ノビータ? インドの衣食住遊、ムクムク動く!?  

「インド 11億人が買う」という特集が、『日経MJ』というマーケティング専門紙(1月5日)に載りました。中国旋風も一息ついて、もうひとつの巨大市場としてインドに注目が集まっているようです。最近の流行から小売り事情まで、なかなか面白かったのでご紹介したくなりました。今回は(え、続くの!?)ハヤリものをピックアップしました。(以下、出典は同紙。1ルピーは約2.8円)

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(1) 踊るボリウッド、製作本数世界一!
・ インド市民の最大の娯楽が映画。ハリウッドにちなんでボリウッドと呼ばれる
・ ムンバイを中心に米国をしのぐ年間約800本が制作される
・ インド映画の基本はドタバタのコメディーやハッピーエンドの恋愛もの。歌や踊りを取り入れた3-4時間の長編が多い
・ 映画館の料金は席によって4種類に分かれ最高のプレミアムクラスが120ルピー、スクリーンの前は50ルピー 
***スクリーン前の席が好み。日本でも導入して欲しい制度!?

(2) もうサリーだけじゃない!ジーンズがインド女性の定番に!?
e0063212_022263.gif・ ニューデリーやムンバイなどの都市部では20代の女性は大半がジーンズ姿
スカートには抵抗がある女性が多いようで、ほとんど見かけない
・ ショッピングセンターの衣料品店では国産ブランドのジーンズは1000ルピー、リーバイスなどのブランドもので1200-1800ルピー、細身のデザインが人気
・ 街の露店では300-400ルピー、Tシャツは100ルピー前後
・ 大学で流行しているのはクラブファッションの「ビザリー」。「マークス&スペンサー」も人気
***民族衣装にはどんな体型もきれいに見せるマジックがある。ジーンズはスタイルだけでなくライフスタイルを変える

(3) スタバ風カフェでカプチーノ!
・ 都市部でコーヒーチェーンが増加
・ 大手「バリスタコーヒー」はエスプレッソが37ルピー、カプチーノは50ルピー
・ 屋台のチャイは1杯3-5ルピーでその10倍の値段だが、20-30代の男女で賑わう
・ 本家「スターバックス」も近くインドに進出
***逆に日本ではチャイを出すカフェにオシャレ感

(4) 収入の1割が携帯代の若者、、あれ、日本と同じかも!
・ 携帯電話の累積加入件数は昨年5月に1億件を超えた
・ 現在も月間500万件のペースで増えている
・ インドの携帯電話通話料は世界一安いといわれる
・ 市内は1通話につき1ルピー、同じ携帯会社なら0.5ルピー
・ 事前に1000ルピー程度払えばあとは生涯無料という契約まである
・ 本体価格は2千ルピーから4万ルピーまで様々
・ 富裕層は毎年のように高級機種を買い替える一方、安価な中古市場も充実
***生涯無料って、、

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(5) 日本のアニメ、ここでも人気!ノビータやジャンって誰?
・ 全世帯の4割に普及しているCATVには日本アニメの専門チャンネルがある
・ ポケモンの他、「こち亀」「幽霊白書」などが放映されている
・ 「ドラえもん」の平均視聴率2.5%、チャンネル数が100以上あるインドでは人気番組
流ちょうなヒンディー語を話す「ノビータ(のび太)」や「ジャン(ジャイアン)」
***警察官がかなりコワモテなインド、こち亀の印象が気になる。なお「ヒンディー語」という記載は原文のまま(japaniさん、あえてこのまま載せてみました〜!)


(6) ツケもききます、庶民のコンビニ健在!
e0063212_032227.gif・町中至る所で見かけるのが「キラナ」と呼ぶ雑貨店。日本のコンビニのような役割
・ 3度通えばツケが利くといわれ、まとめ買いすれば気前よく値引きしてくれる
インドには500万も小売業者が存在するといわれるが、大半がこうした家族経営による零細業者
・ 近代スーパーに客を奪われる店も出ているが常連客も多く庶民の生活に根付いている
***500万って、、、そのくらいの人口の国も多いですよ。。

●特集の基本は中間所得層の拡大と小売業の変化。大型ショッピングセンターが都市部に続々できています。人気商品やインド人の買い方物流の問題点などからも、インドの文化的な特性を垣間見ることができ興味深いです。引き続きご紹介したいと思います。
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* 写真は、上から、「ヒマーチャルプラディーシュ州の若い女性。このあたりではまだサリーやパンジャービードレス」、「ジーンズの女性」(=日経MJより引用)、「公園内ショップ」、「コンビニ・キラナ」(=日経MJより引用)、「こういうのも入れて500万!?・・タミルナードウにて」
by orientlibrary | 2007-01-06 00:39 | インド/パキスタン

南インドのバロック!? ティルマライ・ナーヤカ宮殿

イスラム建築といっても地域や時代によってさまざまです。もともとの宗教建築様式との混合というケースもあります。インド・ムガルでは、ヒンドゥーとの混ざり具合が興味深い。にじみ出してくるヒンドゥーテイストがムガルならではの魅力と個性になっています。

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そんなムガル建築の優美なシンボルであるタージマハルが着工した1632年と同時代である1636年、ある不思議な建物が、パーンディヤ王国時代の都だった南インド・マドゥライにできていました。その名は、「ティルマライ・ナーヤカ宮殿」。当時この地域を統治していたティルマライ・ナーヤカ王が建てた宮殿です。

何が不思議かって、ヒンドゥーとイスラムのミックスどころではない、西洋建築も入り、それが全部がコテコテに主張している感じなのです。なにやらバロック的な匂いもします。このティルマライ・ナーヤカ宮殿、「インド・サラセン様式」の建物なのだそうです。

遠い昔、とりあえず履修した世界史でこの言葉を聞いたような気もしますが、、インド・サラセンって何!?こういうときはインド建築の専門家・神谷武夫さんのサイトを見るに限ります。

「“インド・サラセン様式” という奇妙な名称は、英国の一方的なヨーロッパ文化の押しつけが インド大反乱を招いたという反省から、インドの伝統文化を尊重する気運が高まり、ムガル朝のイスラム建築(当時はサラセン建築と呼ばれた) の要素を取り入れたコロニアル建築を、そう呼ぶようになったのである」(「神谷武夫とインドの建築」より)。基本はコロニアル建築なんですね。

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宮殿についてはネットで情報を探しましたが、本当に少ない。でも次の記載がありました。「孫によりほとんどを壊されてしまった。19世紀後半に修復されたが、残っているのはヒンドゥー建築とムガル建築が混合したインド・サラセン様式のメインホールと、博物館になっているダンスホールだけである」〜「植民地時代のコロニアル調の建築様式にムガル帝国のイスラム様式を加味した、インド・サラセン様式の宮殿。舞踏ホールの柱には美しい彫刻がほどこされている」。

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美しい彫刻?、、まあ、神業のようなインド石造彫刻の技術をもってすれば、漆喰はより自在でしょうけれど、、う〜ん、、、。ただし、私この宮殿の中にいるときは、かなり感動していたんです。この不思議さに、、。頼んでいたガイドさんも外にいたので(=熱心なヒンドゥー教徒なので興味なし)、廃墟の気配もあるこの建物の中にいたのは私一人。

しのびよるヨーロッパ列強、北にはペルシア文化の薫り高いムガル帝国。ヒンドゥー文化があふれんばかりに豊かな南インドに、異なる価値観や美観を持つ勢力が入ってきた、そんな中で精一杯立派な宮殿を造ったこの王や時代の、哀しみと気負いのようなものを感じていたのかもしれません。

e0063212_1132253.gifだから、テイストは好みではないけれど、とても気になる建造物として、今も記憶に残っています。イスラム建築と言われるものの多様性を感じます。

マドゥライはなんと言っても、神々の彫刻が乱舞する典型的なドラヴィダ建築の「ミナークシ寺院」の街。その圧倒的な存在感のなかに、ひっそりと建つ宮殿の静けさにもまた、インドの奥行きを感じるのです。
by orientlibrary | 2006-11-17 01:16 | インド/パキスタン

ヒマーチャルの「!?」「・・・」な光景(選)

●ヒマーチャルで見つけたちょっと不思議なもの(手抜き企画!?)。シムラが英領インドの夏の首都だったせいか、その時代の名残がある気がします。インドはだいたいがミラクル&ミステリアスなものが多いんですが、ヒマーチャルはまた独特でした。


(1) 「!?」 <泰西名画風クリシュナと恋人たち>(↓)
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●ナラガルのホテルの部屋で発見した「??」。インドで横笛を持っていて女性に囲まれている神様といえば、クリシュナさんでしょう。でも、なんかいつものコテッとしたラブリーなクリシュナさんじゃない!!なんだろう、、そう「泰西(西洋)名画」風、、女性たちもサリーじゃなくてドレスですから。笛の音もバロック音楽?


(2) 「・・・」 <英国映画女優風マハラニ>(↓)
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●ヒマーチャルのホテルには、ロビーや廊下を埋め尽くす勢いで写真が飾ってありました。それも正装(しかもヨーロッパスタイルが多かった)したファミリーメンバーのお姿の数々。

インドの人は絶対写真が好きだと思う。お金持ちも庶民も、み〜んな。

●これはシムラのホテルのロビーにあったもの。女優風なマハラニ(姫)のモノクロ写真。たしかに綺麗!だけど、アンニュイな感じで、こういう風情が流行だったのかな。




(3) 「!・・・」 <ラジャスターンからの難民キャンプ>(↓)
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●ヒマーチャルのダラムサラにはチベット亡命政府があります。現在6千人以上のチベット人がダラムサラで生活しているそうです。最初にこの難民キャンプを見たときはチベットからの人たちかと思ったのですが、聞けばラジャスターンからの国内難民とのことでした。詳しくはわからないけど、干ばつとか自然災害の影響のようでした。ラジャスターンとヒマーチャル??でも意外と遠くないんですよね。もう故郷に帰れたでしょうか。


e0063212_23213970.gif(4) 「♪♪〜」 <ヒマラヤ杉の間にスリムな線路>(→)



●う〜ん、この線路の狭さは、、


●そう、有名なヒマラヤ鉄道のトイトレインのための線路です。なんかのどかな光景。












(5) 「!?」 <アッパープラグプルのゆうごはん>(↓)

e0063212_2322439.gif●夕ご飯といっても、私がこれをいただいたわけではありません。

●プラグプルの町中から奥に入ったところの民家、食べ物の気配を感じて戸外にある台所に迷い込み発見したのがこれ。

●瓜のような野菜にカレーを挟んだもの?これをどう料理するかはわかりません。炒め煮かな。私は好きだと思う。食べてみたかったな〜。
by orientlibrary | 2006-10-21 23:32 | インド/パキスタン

ヒマーチャルのヘリテージ村 ガルリ-プラグプル

装飾を忘れず働く女性、ということで思い出したのが、前回掲載インド・ヒマーチャルプラデーシュ州カングラの茶畑の景でした。サンスクリット語で雪山の州と呼ばれるヒマーチャル、州都はシムラです。イギリス領インドの夏の首都だったところで、コロニアル建築や標高2千メートルを超える丘陵にひしめくように立つ建物で知られています。

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また、チベット亡命政府のあるダラムサラ、王宮のあるチャンバ、リゾートのマナーリなどの町もこの州にあります。落ち着いていて自然も美しく、建築的にも見所の多いヒマーチャルプラデーシュ州(神谷武夫さんのサイト『神谷武夫とインドの建築』のなかの「ヒマラヤ建築紀行」に詳しく解説されています)。でも州の概観を調べようにもウイキペディアにも載っておらず、ちょっと淋しい。

一方、英語のサイトはかなり数がありました。「ヒマーチャルの芸術と文化」という地元のポータルサイトは、内容も充実している感じです。そんなヒマーチャルで地元は「一押し!」、国レベルでも力を入れている地域・・・それが「HERITAGE VILLAGE〜文化遺産の村」として売り出し中「ガルリ-プラグプル」です。

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サイトの情報によると、1997年の12月にヒマーチャルプラディーシュ州政府はプラグプルを文化遺産村とすることを発表し、2002年にはガルリ-プラグプル全域を文化遺産地域としました。「The Indian National Trust for Art and Cultural Heritage」も州政府に協力して、プラグプルの景観を守っています。インドのエコツアー〜村落観光の理想型を目指し、地元の人々も一体になって、伝統の保存や施設の充実に注力しているようです。

私はヒマーチャルの木造建築に興味があったのですが、プラグプルという地名は聞いたこともありませんでした。でも、行ってびっくり。不思議な外観のハヴェリー(邸宅)が、あちらこちらにあり、これって何!?という感じでした。裕福な商家などが贅を競ったといいます。

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建造物は築300年以上経っており。崩れかけたものもあります。保存の動きがなかったら、すぐにも朽ちてしまいそうなものもありました。地元の人々は伝統や中世の雰囲気を壊さないように努めており、数棟はオリジナルの技術を用いて修復されているそうです。

国レベルでも力が入っているせいか、「TOURISM OF INDIA COM」というサイトでも、かなり詳細に紹介していて、ようやくこの地の謎が解けてきました。以下に、建築についての説明から少々。(ささっと見ただけなのでちょっと怪しい、、時間があるときに修正します)

「ガルリ-プラグプルでは、伝統的な土壁の家とコロニアルな木の建築の混合が見られる」「伝統的な基本的構造は2〜3階建てで、1階に店舗があり、上階が居住空間になっていた」

「すべての建物は装飾され、色彩豊かな文様でアクセントが付けられており、込み入った絵画のモチーフや装飾的なドアのある美しく飾られたファサードは大変興味深いものだ」「多くの建物には、レンガの壁とスレート葺きの勾配屋根がある」

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「屋根にはこの地域の特徴が現れている。宗教的なシンボルであるオウムの銘文、三角形の切り妻屋根、木の格子装飾が上部にある」「石畳の歩道が見る人を圧倒する」

「ジャッジコート」という建物が最も有名。現在は「ヘリテージ・ホテル」になっています。でも宿泊施設としてはキャパシティが小さく、私が泊まったのは民家を改造した民宿みたいな感じのところ。

これが古民家的な雰囲気があって、とても居心地のいい空間になっていました。なにしろ「売り出し中」なので観光地としての基盤は整備途上ですが、それもまたいいですよね(訪問時期は05年5月)。へんにこじゃれたエリアにならないほうがいいなあ。
by orientlibrary | 2006-10-19 00:42 | インド/パキスタン

 ”飾り”のセンスがいいな ヒマーチャルの女性たち

インド北部・ヒマーチャルプラデシュ州、パキスタンと中国にはさまれた山岳地帯であり緑豊かなのどかな地。サンスクリットで「雪山の州」を意味するそうです。暑いイメージの強いインドですが、広くて多様だなあと思います。

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●ヒマーチャルには茶の産地・カングラがあります。爽やかな空気、緑濃い広大な茶畑、そして鮮やかな衣装を身につけて茶摘みに精を出す女性たち(↑)。明るい色のブラウスやエプロンが緑に映えます。

●なかでも濃いピンクのブラウスがよく似合う、笑顔が魅力的な女性(↓)がいました。眉の間(ビンディ?)と鼻の左側にお揃いの飾りをつけています。イアリング、ブレスレット、ネックレスのバランスがよく、とてもオシャレ。大変な仕事だと思いますが、こういうカラフルな服装の方が明るい気持ちで働けそうな気もします。ちなみに報酬は、一日摘んで70ルピー(200円ほど)と聞きました。

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●作業のことを考えたら、アクセサリーはないほうがいいはず。また機能性を追求したら、もっと違うスタイルになりそう。でも東南アジア〜西アジアなどで見る働く女性は、とてもきらびやかですよね。全財産かと思うほど重そうなアクセサリーをつけていたりします。前々回の中央アジアの衣服のところでも書きましたが、「用の美ではなく、用と美」「装飾的」であるのが民族衣装のひとつの特徴だと思います。

●ヒマーチャルプラディーシュ、数百年前の装飾的なハヴェーリー(住居)が残るプラグプルという町から、さらに山あいに入った村で会った少女(↓)です。顔立ちがネパールなどに近い感じがします。頭の飾りやアクセサリーが印象的。女性の鼻の飾り(ピアス的なもの)はラジャスターンなどでも見ます。アクセサリーは装飾だけではなく、魔よけ的な意味合いもあるのかもしれません。そしてネックレスにつけているのは、多分、安全ピン。たしかにキラキラ光ります。パンクだなあ!

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●自分が手抜きで動きやすいラクな格好が好きなせいか、こういうふうにいつもきれいに、飾りをきちんとしている女性たち、すごいと思います。

●でも機能性追求の時代と言いながら、考えてみると、古今東西、飾る女性のほうが一般的なのかも!?、、、私には拷問のようなミュール(超細身のサンダル)、タイトなスーツ、冷えそうなキャミソール、ジャラジャラのアクセ、流行の巻き髪、、あれ?、、たしかに日本の女性もこんな格好で働いてますね。以前、オシャレ系タレントが「おしゃれとはガマンだ」と喝破してました。人間工学など無関係の華やかな民族衣装で働く女性たちと、共通項アリですね!
by orientlibrary | 2006-10-16 01:44 | インド/パキスタン

「職人とは、建造神ヴィシュヴァカルマーの継承者である」

●・・・「職人階層の崩壊は膨大な数の失業を生み出した。これまで製造業に従事してきたこれら何千万人もの人々は、いったいどうしたというのか?どこに行ったというのか?もちろん死んだのであろう。数千万人が死んだのだ。英国インド総督府は1834年に次のように報告した。『通商史上このような惨劇は類を見ない。木綿織工らの骨がインドの平原を白く染めつつある』」・・・

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●インド手工芸の復興を願うブリジ・ブーシャン・バシン氏は、『インド染織資料集成』(岩崎美術社/1997年)の序文「インドの職人」で、ネルー首相の上の言葉を引用し、「英国の工場を成長させるべく、多くのインドの手工芸が組織的に破壊され、何百万人もの職人が飢え死にした」凄惨な歴史を語ります。「ネルー首相は、『伝統的職人経済の意図的で計画的な破壊の結果こそがインドの人々の戦慄すべき貧困の真の根本的な理由』なのだと結論づけている」・・・

e0063212_0375576.gif●長く国家の手工芸振興のトップとして働いてきたバシン氏、多くの経験の中から絞り出すようにこう書きます。

●・・・「現代インドの指導者たちはガーンディーの経済理論を正しい試みだとは決して認めていない。(略)政府は手工芸品の生産や振興に多くのリップサービスをしているが、実際の政策は、その基礎を壊すのに熱心だ」・・・

●バシン氏は政府の立場を離れ94年にNGOを設立し、インドの職人が過去のものにならないように奮闘を始めました。

●・・・「インドにおける手工芸産業振興は製品に重点を置いている。しかしモノよりも職人なのだ。なんといってもまずは人間ではないか。職人は、熟練工であり、クリエーターであり、文化遺産の支持者であり、建造神ヴィシュヴァカルマーの継承者である」・・・

●・・・「モノは、それがどんなに美しかろうが、どんなに魂を揺さぶるものであろうが、あくまでモノであり続け、命を宿すことはできない。命を持つのは、これらのモノを作った人間の技術である」・・・

e0063212_0381885.gif●・・・しかし「どんな技術も使われなければ生き残ることはできない。芸術的な技術を生活の糧とする人々にとって、マーケットは不可欠だ。言い換えれば、技術には顧客やパトロンが必要なのだ」「手工芸の振興とは職人たちに新たなパトロンと市場を提供することだ」・・・

●職人たちの雇用と安全が保証された伝統的な制度の崩壊という現実を受け入れつつ、新たな市場形成に注力するバシン氏。

●それから十年余、インドの社会と経済は大きく変化発展し、新富裕層や広範な中間層も生まれていると聞きます。購買力を持ったそのような層が「最高峰のインド手工芸」の顧客やパトロンとなっているか、私にはわからないのですが、素晴らしい技術と伝統がこれからも維持されていくことを願っています。

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●上は私愛用のスカーフ(↑)です。サンガネールのもので、作者は当時70代だったキティさんという女性。自然をモチーフとした、おおらかで突き抜けた、粋な明るさ。白の地色に直接捺印するため柄とのコントラストが鮮やかで印象的です。

e0063212_039351.gif●まずアウトラインを捺印し、花部分、茎部分、陰影を表す色彩の部分というように版を捺印していきます。一枚の布を仕上げるのに5〜20版以上も用いて捺印します。

●おおらかな柄の中にも陰影が細かく表現され、イキイキした立体感を表しています。

●版木はチークなどの堅い木を彫りますが、色の分だけ必要なので製作も大変です。スカーフは十年以上愛用していて飽きることがありません。
by orientlibrary | 2006-08-19 00:49 | インド/パキスタン

手工芸への熱き思い 「インドの職人」

「私にとってインドの伝統的手工芸技術とは何だろう」。長年インドの手工芸振興に貢献してきたブリジ・ブーシャン・バシン氏は、『インド染織資料集成』(岩崎美術社/1997年)の序文「インドの職人」で語り始めます。

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●・・・「それは農業を基本とした生活形態の中で代々受け継がれてきた職人たちの技術であり、同様の文化を持つ共同体内で活用されるものである。そして何よりも人間の手を動かすことで表現される創造活動であり、伝統的な共同体における重要な暮らしの糧である」「伝統的手工芸を考えるにあたって、重要なのは手工芸品そのものではなく、それを作り出す伝統職人の技術のほうなのだ」・・・

●この熱い序文を久々に読み返しました。バシン氏とインド・サンガネールの布に最初に出会った十年前の私は、いったい何を見ていたんだろう。本当に表層的にしか、そして自分勝手にしか、ものごとを見ていなかった。サンガネールの布復興の意味を、あと少しでも大きな視点から見ることができていたら、、。静かなお盆の休日です。しばらくバシンさんの文章を引用させて頂き、ご紹介していきたいと思います。

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●・・・「欧米世界が産業革命を迎える以前、庶民に生活必需品を供給したのは職人たちだった。手工芸品と日常生活は、機の折り目のように密接な関わりを持っていた。(略)・・しかし産業革命が到来し、いわゆる“産業国家”が世界の多くの国々を植民地化していった。それらの国々の手工業をつぶしていったのだった。(略)・・インドもそうだった」

●・・・「工業化された世界においても、手工芸品は暮らしの手段とはなりえるだろう。全体から見ればごくわずかなものにすぎないとしても。しかしインドでは、手工芸品は何百万もの庶民の生計手段となっている。伝統的なインドのライフスタイルでは、手工芸品の清算はジャジマーニー制度すなわちパトロン-クライアント関係から始まった、だが、工業化された現代のライフスタイルにおける市場は、ますます欧米化され都市化され、消費者の顔は見えない。生産者と消費者は、別々の世界に属している。インドから輸出される手工芸品もそうであり、インド国内の市場もそうなりつつある」

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●・・・「工業化によって伝統的手工芸が没落するのは歴史的必然だ。欧米及びインド両方での経験から私はそう思い知らされた。プラスティックのポットが素焼きの水瓶にとって変わった。欧米では、伝統的手工芸の技法は、ここのアーティストの工房でしか存続していない。インドでは、統計によれば10年あたり約10%もの職人が減っている

●・・・「こうした衰退は、英国支配時代に始まったものだ。それ以前は、ムガル朝の頃をピークとして手工芸はインド人の暮らしの根幹だった。インドは史上最も偉大な染織品輸出国であり、文明世界のほとんどすべての市場に浸透した、などと伝えられたものだ。事実、手作りの染織品は経済の根幹であり、ムガルインドは18世紀に至るまで、この優れた産業によって最も裕福な世界の大国となったのだ」(続く)
by orientlibrary | 2006-08-13 13:27 | インド/パキスタン

フェルガナ、カーブル、ヒンドゥスターン ムガル花模様の旅

e0063212_23453757.gif「更紗」はサンスクリット語で「色とりどりの」を意味するとも言われる木綿布。なかでも木版捺染(ブロックプリント)は、手描きとは異なり木版を押して文様を施すものです。

●インド・ラジャスターン地方サンガネールの木版捺染は端麗な地色の極上の木綿に木版を直接捺印していきます。ムガルやラージプートの細密画に描かれたマハラジャたちの衣装(←)は、サンガネールの布だと言われています。


日本では、このような繊細なタイプの木版捺染が紹介されることはまれです。ブロックプリントと言えば、サンガネールと近接した産地であるバグルーの厚地の木綿に素朴な文様のものがほとんど。バグルーの藍染めや味のある更紗も魅力的ですが、前回あたりからご紹介しているのは、より洗練されたサンガネールのもの。地元インドでも、マハラジャというパトロンを失って以降衰退がいちじるしく、技術の継承が危ぶまれていた布です。


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(鳥、植物、清楚なデザインセンス、シックな色合い、、「ムガル」を感じた景/ラジャスターンにある建築物の中庭にて/orientlibrary)

●1994年頃よりインドの手工芸専門家の熱意により、それを復元、再興する試みがなされ、日本の出版社が資料集成を制作・出版(『インド染織資料集成』/岩崎美術社/1997年/限定300部)しました。私はたまたまその周辺におり、工房や産地を訪れる機会を得て、次第にその繊細な魅力に引き込まれていきました。

●サンガネールの木版捺染は、私にとってのムガルインドの美の象徴です。イスラムタイルに熱中している自分が、どうしてこの布にこんなに惹かれるのかと我ながら疑問に思っていましたが、多分中央アジアとペルシアとインドの魅力を合わせ持つ「ムガル」が好きなのです。(もちろんヨーロッパの影響を受ける以前までのムガルです)。布の特徴や技法、文様について書いていく前に、ムガルインドについて少し書きたいと思います。


e0063212_23551224.gif●装飾タイルやウズベキスタンの記事で何度も登場している「ティムール朝」。ムガル朝の創始者バーブルは、ティムールの直系子孫であり、ティムール朝フェルガナ領国君主の息子として、現在のウズベキスタン・フェルガナに生まれます

●父の死後11歳でフェルガナの君主となったバーブルは、ティムール朝の栄光を取り戻すべく奮闘しますが、サマルカンド奪還は果たせず、インドに舞台を移してアーグラーを拠点とするムガル朝を建国しました。(* 地図→参照)



e0063212_23555197.gif●バーブルは優れた軍人であっただけでなく、同時に優れた文人、詩人でした。バーブルが記した回想録『バーブル・ナーマ』はチャガタイ・トルコ語で書かれた「トルコ文学史土の傑作」と言われています。内容は、「1章:フェルガナ(中央アジア)」「2章:力ーブル(アフガニスタン)」「3章:ヒンドゥスターン(インド)」と、私の好きなエリアが目白押し!(* ←文人バーブル。華麗な花模様の衣装!緑のブーツもイケてます)

サンガネールの布の可憐な花模様、繊細な植物模様の背景にあるのが、ムガルの植物愛好、自然愛好の美的感性ではないかと思います。『MUGHAL INDIA splendours of the peacock throne』 よりそのあたりを見てみましょう。

◆「オリエントではイスラム以前より、不毛な世界の中の幸福な場所の象徴としての庭園の重要性に気づいていた。「パラダイス」という言葉はペルシア語で“囲われた閉じた庭”を意味する「パイリダエーサ」から派生したものである。ティムールは、彼の遊牧民的な出自から屋内で居住することはめったになく、果樹園の中に広大な野営の庭を設営することを好んだ」

◆「これらの庭はいわゆる”チャハルバーグ”(四分庭園)であり、四辺形に囲われた中庭の中に、中央で交差する二つの水の流れがあり、全体を4つに分割した。そのひとつがさらに四分されることもあった。花壇には果樹や薔薇を主とした多彩な植物が植えられた。このプランは伝統的なものとなり、イスラム教徒、ラージプート両方の間に広がる。バーブルは中央アジアとインドにたくさんの素敵な庭を持っていた

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●ミニアチュール(↑)は、庭園作りを指揮するバーブルです。ムガルの植物デザインは、バーブルの生まれた中央アジアと比して、極暑でカオス的なインドという風土にあって、清楚な自然や秩序だった整然さへの希求から生まれたものではないかという思いを強くします。

*ミニアチュールと図版は『MUGHAL INDIA splendours of the peacock throne』(NEW HORIZONS)より引用。
by orientlibrary | 2006-08-10 00:12 | インド/パキスタン