イスラムアート紀行

orientlib.exblog.jp

白いドーム屋根の下のペルシアの王女 &タイル!

●旅行好きな私ですが、『イスラムアート紀行』自体も、時代や地域を、ぶ〜らぶ〜らと彷徨っております。そこで、立春にもなったことだし、1465年のイラン・タブリーズ・ブルーモスクから、①一度、装飾タイル西端のモロッコに飛んで12〜13世紀頃の綺麗なタイルを見ようかなと思ったり、②いやいや、同時代、1450年前後のトルコやイランや中央アジアのタイルを並べて違いや共通点をみようかと考えたり、③やっぱり、なんと言ってもティムール朝なんだ! 14世紀後半からきちんと追いかけようか、と思ったり・・・。

e0063212_1141699.gif


●そんなとき、このミニアチュールが目にとまりました。「白いドーム屋根の下のペルシアの王女」(1505年頃)。白いドームにタイルの模様。壁面や腰壁にもタイルが律儀に描かれています。そう、ミニアチュール(細密画)は、タイル好きにとっても楽しく、参考になるものなのです。

ミニアチュールは、写本の挿絵や装飾として細密に描かれた絵。ペルシアの写本では、歴史書、叙事詩、恋愛詩、寓話など、ほとんどすべての分野のものに挿絵が挿入されたといわれます。写本は各王朝直属の宮廷書画院で製作されました。まずは書家がインクで本文を書き写し、その後画家が腕をふるいます。

●ミニアチュールは、まさに細密で独特の世界があり、私は最初は「濃い」と引いていました。でも、描かれたタイルや衣装(布・模様)、植物に惹かれて見るうちに、ミニアチュール自体にも興味を持つようになりました。インテリアからファッション、ガーデニング、恋愛や政治のかけひきまで、まるで図鑑のように当時の様子が伝わってきます。(上のミニアチュールでは王が足のマッサージを受けています。”royal foot massage"と解説=下記↓=に書いてあります)

●「白いドーム屋根の下のペルシアの王女」は、ブルーモスクからだいたい50年後のペルシア。解説(『COLOUR AND SYMBOLIZM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』)を見ると、、、
◆「最初のサファビー朝の統治者イスマイリーが、白羊(アクコユンル)朝を滅ぼしてタブリーズで権力を奪取した1501年、未完の写本の続きに、バフラーム・グールの後継者としてペルシアの新しい最高権力者になったイスマイリー自身を描いた」
◆「これを描いた画家のムハンマドはタブリーズ派の最も優れた作家の一人だったが、この新しいパトロンのために、以前のトルクメンのスルタンが好んだ幻想的な描き方をさらに不朽のものとした。たとえば、ゆがんで描かれた中国風の岩や雲、風に吹かれる春の植物、大胆に渦巻く池などである」
東洋が入ってきています

e0063212_1144455.gif●イルハーン朝などモンゴルの王朝は、ミニアチュールにおける「タブリーズ派」(13世紀後半〜14世紀)形成のきっかけとなりました。

宋元画の強い影響を受けた写実的な作品は、イスラム様式を一変させます。そして以降、シラーズ派、ティムール朝、サファビー朝などにおいて、ペルシアのミニアチュールは最盛期を迎えます。中国様式の影響を脱却し、ペルシア独自の様式が形成されていったのです。

●イルハーン朝のタイルでも龍や鳳凰の文様などに、モンゴル〜中国の影響がありました。様々な分野で東西の文化が融合し、職人や画家は切磋琢磨して、時代の求める美を作り出していったんだな、と、あらためて思いました。
(ミニアチュールについては、『絢爛たるミクロの世界 ペルシアの細密画』/桝屋友子〜『文化遺産 華麗なイスラム美の世界』〜などを参照しました)

*(上)ミニアチュール「白いドーム屋根の下のペルシアの王女」は、『COLOUR AND SYMBOLIZM IN ISLAMIC ARCHITECTURE EIGHT CENTURIES OF THE TILE—MAKER‘S ART』より引用。(下)ミニアチュール「黄色の離宮のバフラーム・グール」(1481年/シーラーズ及びタブリーズ)。『絢爛たるミクロの世界 ペルシアの細密画』より引用。
by orientlibrary | 2006-02-07 01:20 | 至高の美イランのタイル