イスラムアート紀行

orientlib.exblog.jp

タグ:都市・街・村 ( 8 ) タグの人気記事

タシケントのバザール&ショップ、少々 +物語タイル

タシケント、気になるバザール&ショップ

12月のウズ行きにて、今回初見参の「ヤンギアバッド・バザール」。タシケントで週末に開かれる「フリーマーケット&骨董市&闇市!?」。カオス的な雰囲気に大コーフン。雨の中、歩き回ったけれども、たぶんほんの一部しか見ていないと思う。広い!!おもしろい〜〜!!

e0063212_22462474.jpg
(メトロのタシケント駅下車、バスも出ているらしいけれど安全策でタクシー利用しました。ここだと言われて降りたところは、国鉄(言い方古い!)跡地のようなところ。鉄ちゃんの中でも線路マニアには興味深いのでは?と思いながら歩いていくと、やがてポツポツと出店が見え始めて、、、)

facebookでは一度書いたことがあるんですが、バザールで売っているニンジンサラダ(写真参照)。

e0063212_2312168.jpg


あるとき、これを再現しようとニンジンを千切りし始めたんですが、切っても切ってもたいした量にならない。すごい時間がかかる。しかも千切りの形を揃えようとしたらある程度面が揃っていないとダメ→ロスが出る。で、挫折。(>_<。。) 

いったいどうやってあのニンジンを切ってるんだろう、というのが深淵な謎でした。「専用の道具を使うんだよ」という声も聞いたけど、あれだけ大量なものを毎日だとカッターの消耗が激しくて無理なのでは?と、謎が深まっていました。

で、ヤンギアバッドの入口で専用カッター見つけて、思わず買っちゃいました。でも、こういうのなら日本に持ってたよ、、こんなヤワなものでは、すぐ切れなくなりそうだし。

今回、日本語の上手なウズ人大学生に聞いてみました。「あのニンジンはどうやって?」「ものすごい勢いで包丁で切るんですよ」「やっばり!」「おばちゃんたち、手元見てませんから」「?」「見ずにダーッと切ります。今度チョルスーで見せてあげますよ」「やったー」。タイミングが合わず今回は見られませんでしたが、長年の謎は解けた。やはり高速包丁ワザだったんだ!

e0063212_11271528.jpg
(ニンジンカッター、買った。バナナは高級フルーツ。たしか日本円で100円くらい。輸入だと思うけど、おいしいです。「タシケントの人は魚が大好き」というもの最近教えてもらったこと。肉のイメージが強烈なので、魚なんて食べないと思い込んでいましたが、タシケント郊外に魚で有名な町があって、そこにたくさんの人が魚のフライを食べに行くのだそうです。刺身にも興味津々の人が多いですから、意外と魚好きなんですね)

e0063212_11272935.jpg
(なんでもあり!とくに中古部品が多かった。部品だけで100店くらいあるのでは?)

e0063212_2252143.jpg
(陶器!あとで聞くと、ショッピングモールみたいなところがあって、そこにロシア製のユーズドなどがたくさんあるそうです。発見できず残念。でも、このお店では、リシタンやホラズムの古いお皿や旧ソ連圏の国々のカップ&ソーサーをたくさん見られてうれしかった。今回はすでにホラズムで陶器の重量制限?が危なくなっていたので買いませんでしたが、、)

ヤンギアバッドとは対称的なのが、高級ホテル「インターナショナルホテル(旧名:インターコンチネンタルホテル)」で開催される(月に1回?)「アートバザール」(通称?)。ウズベキスタンの民芸工芸品が販売されるのですが、出展者数も来場者数もすごい。日本の商業施設の人が見たら垂涎でしょう。お土産もので買いたいものを探すのが難しいことも多いウズ。でもここはひと味違う。個性的で質も高く、モノとしてこなれている。値段も高額なものもあるけれど、意外と割安感も。

e0063212_2253125.jpg
(欲しいものがたくさん!!買い占めたい!)

なんだか買物特集みたいな感じになってきたので、もう少し。お土産を買うのに良いのが、マドラサの中庭に面した小部屋に民芸品工房があるところ。細密画や木工など、専門の職人さんたちが、そこで制作しながら販売しています。

有名なのが、ナボイ公園内の「アブドゥル・ハシム・マドラサ」。こちらは細密画が多い。集中を要する緻密な作業をしながらの接客、中断してもらうのが申し訳ないくらいです。

旧市街、チョルスーの裏手、ハズラッディ・イマーム広場、バラク・ハン・メドレセも同じように民芸工房が軒を連ねます。

e0063212_22543933.jpg
(上段:バラクハーン・マドラサは16世紀、シャイバーン朝期の建立。現在、ウズベキスタンのイスラム教本庁が置かれているそうです。タイル装飾も綺麗です。下段:アブドゥル・ハシム・マドラサ。右は見せてもらった古い紙。細密画を書くのに使う貴重な紙なのだそうです。今の時代に合う新商品も作っていました)

こうなったら買物、もう少し。ウズベキスタン〜中央アジアの模様、これらが最近ますますさまざまな手工芸品に展開されるようになりました。アトラスやアドラスを使った衣料品も洗練度アップ!

代表的なのが「UZBEK APPAREL」。いいお店。民芸民芸せずにちょっとした集まりなどでも着られる感じ。デザイン優先ではなく縫製もきちんとしています。例えば、ジャケットで日本円で1万5千円〜2万円くらい(その時々の為替レートによりますが)。

「アートバザール」でアトラスをオシャレに着こなしていた可愛いウズ女子に出会い、教えてもらったチョルスーのお店にも。こちらは「ウズのシモキタ」という感じ。ビニールを使ったバッグやジャケットも。でも普通に着られるものもたくさんありました。

e0063212_22551672.jpg
(上段:UZBEK APPAREL/下段:COMO)

そんなこんなで、重量級のスーツケースとデカリュックで帰ってきたのですが、ごく一部をご紹介。

e0063212_22562894.jpg
(今回心惹かれたホラズムのお皿やタイル。これから長いおつきあいになるかも。&アートバザールでリシタンの陶芸家バフティヨルさんに会ったのでリシタンの小さなものもまた買ってしまった。やはりリシタンの青はいいなあ)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

タイルが伝える物語


おっと、話がタイルに近づいてきました。タイルつながりで、こちらの話題も。

昨年、常滑のINAXライブミュージアムなどで開催された展覧会「タイルが伝える物語-図像の謎解き- 展
」が「LIXILギャラリー東京会場」にて開催中です(2月21日まで、水曜休)。

「室内外を華やかに飾るタイルは、耐久性があり、量産も可能なため、古くより世界でさまざまな文様が生み出され、かつ身近な建材として発展しました。本展では、タイルの装飾性だけでなく大衆へのメッセージを含んだ「メディア」としての機能に着目し、描かれた文様の意味や物語を読み解きます」との趣旨で、ヨーロッパ、中国、イスラームの物語を題材にしたタイルを展示紹介しています。

西洋タイルは、子どもの遊びを素朴に描くオランダのデルフトタイルや、家庭で行われていた宗教教育や当時の生活文化が垣間見られるイギリスのタイルなど。中国のタイルは、説話集「二十四孝」を刻んだ貴重な画像塼(がぞうせん)、桃源郷を主題とした染付陶板など。

そしてお楽しみはイスラーム!!

「イスラーム教の戒律がゆるやかになると、人物を描いたタイルが登場し、宮殿などの私的空間の壁を飾りました。 詩人ニザーミーが詠んだ長編ロマンス叙事詩「ホスローとシーリーン」や、美男の預言者ユースフとエジプト高官の妻ズライハの恋を描いた「ユースフとズライハ」など15点を紹介します。鮮やかな色彩で物語や人物を描いたタイルは見ごたえも十分あり、人物の表情や華やかな衣装、背景の模様などから、イスラームの生活文化を伺うことができます」。イスラームタイルとじっくり向き合い、たっぷりと浸りました。撮影可なのがありがたい!

e0063212_22584856.jpg
(いちばん好きだった多彩レリーフタイル「ユースフとズライハ」(イラン、19世紀)。青が美しい。イランの青フィルゼイ(いわゆるトルコブルー)、コバルトブルー、紫味を帯びた青など。見惚れました)

e0063212_22581287.jpg
(有名なペルシア恋愛叙事詩「ホスローとシーリーン」を描いた組タイル(イラン、18〜19世紀)はコバルト青が濃く強い印象。貴人遊楽の図を描いたサファヴィー朝の「野宴図」(18世紀)は、サファヴィー朝らしい優美さで人物や植物や雲を描いています)

「ホスローとシーリーン」のタイルに顕著ですが、タイルとタイルの隙間の目地を塗りつぶしており、一見一枚の陶板。ならば陶板で良かったのでは??大きいサイズは作りにくいのかもしれませんが、作れなくもないでしょう。小さなタイルにした後で再度くっつける理由がわかりませんが、やはり物語を描くのはタイルなのかもしれません。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今回、写真を用意したのは、上の他、「渋沢史料館 青淵文庫(せいえんぶんこ)」(東京北区)。見に行ったのは初めてですが、タイルが想像以上に良かったです。

もうひとつ、竹橋の東京国立近代美術館 工芸館にて開催中の「所蔵作品展 近代工芸案内 - 名品選による日本の美」(2月15日まで)。今回一部作品をのぞき撮影可だったので、写真を撮ることができました。板谷波山など、少し用意していましたが、、長くなるので、次回にします!

一話ずつのfacebookは短いため書きやすく、こちらはわりとアップしていますので、ご興味がありましたら、遊びにお寄りください。「青の陶器とタイル好き

e0063212_2364390.jpg
(青のfacebook、こんなかんじで、いろんな青をピックアップ)
by orientlibrary | 2015-01-18 23:08 | 中央ユーラシア暮らしと工芸

トルコ・タイル旅 街角編

アナトリアのセルジューク、コンヤのモザイクタイルとの出会いは鮮烈でした。

成田からイスタンブールへ、国内線に乗換えてコンヤ(セルジューク朝の首都だったアナトリアの都市)についたのは早朝。待合せのホテルで無事に、イスタンブール在住のタイル友、KRさんとKUさんの笑顔に会うことができてホッ。チェックインを済ませて、さあ、さっそく動きます!元気元気!

最初に訪れたマドラサ(カラタイ・マドラサ)、入った瞬間から圧倒され、数時間、皆無言。それぞれに、見る、撮る、浸る。他に来場者もなく、タイル好きには至福の時間です。その後、訪れたマドラサやモスクでも同様に、見る、撮る、浸る。

今回、ブルサとイスタンブールでもタイル三昧。写真はバシャバシャ撮りなので、また1500枚を超えています。でも、今回の見学先の数はそれほど多くない。つまり同じタイルを何度も何度も撮っています。中央アジアとはまた違うタイルの良さがありました。

そんなタイルについては回をあらため、まずは写真メインで軽〜い話題、雑談気分でごらんください。気候は、日本が寒い冬であるせいか、それほど寒さを感じず。内陸部のコンヤ、覚悟の防寒準備が、ダウンコートどころか機内用のヤッケでも暑いくらいのポカポカ陽気でした。

e0063212_22152571.jpg
(コンヤはイスラム神秘主義メヴレヴィー教団の聖地。宗教都市のイメージが強く、実際にそういう面も各所で感じましたが、高層ビルもあり目抜き通りは賑やか。各地からの観光客で賑わっています/上段右は、50年前にドイツに移民したトルコ人家族を描く映画『おじいちゃんの里帰り』の看板。各地にあり、関心の高さがうかがえた/下段のクルクルした植栽、さすがセマー(旋回)の都!木も合わせている!と感心していましたが、他の都市でも見かけた。こういうスタイルが流行っているのかも??)


e0063212_2225276.jpg
(トルコのタイルにチューリップとともに描かれることの多いヒアシンス。トルコの人たちの好きな花のようだ。春が待ち遠しい時期、アーモンドや木蓮の淡いピンクが、心をほっこりさせる)


e0063212_2229936.jpg
(コンヤで宿泊したHich Hotel Konya 。booking.comの評価が9.6〜9.8という高さ。それも納得の大満足の宿だった。メブラーナの向かい側という立地、安らげる適度な規模、古い建物や調度を再利用し今風な快適さと両立させた空間、細部までこだわったカジュアルなデザイン、ゴテゴテしていないおいしい朝食、なのにリーズナブルなお値段。歴史のあるホテルをリニューアル開業して1年。若いセンスだけでなく地元の伝統へのリスペクトが随所から伝わり感心した)


e0063212_22391686.jpg
(お約束のようなバザール編。どの国でも街でも、バザールは楽しい。こちらはイスタンブールの庶民のバザール。グランドバザールやエジプシャンバザールとはまた違い、観光客はほとんど来ないところ。ジモティKさんに連れて行ってもらった。日用品や日用衣料、生鮮食品がメインだが、グランドバザールはなんだったんだろうと思う価格帯。安い!こういうところで買物すれば、物価の高い印象のあるイスタンブールでも暮らしていけるかなと感じた。写真は閉場ちょっと前の場面なので静かだが、人であふれかえる活気がすごかった)


e0063212_22444088.jpg
(とくに何というわけではない写真だけど、トルコらしいなと思った。町中に野良ちゃんの大型犬がリースなしで歩き回っているのがすごい。狂犬病予防はしているらしいけど、ちょっとコワイ。日本はプチサイズのあくまでペットのワンコが多いので、大型犬にちょっと驚く。そして猫。トルコではなく「トネコ」かと思うくらい、猫が多いと思う。そういえばイスタンブールの猫のテレビ番組があったな。あまりに多すぎると憤慨している人もいたけど、基本的には受け入れられている感じ。気ままに街を闊歩する猫の多さが、土地の自由でのんびりした印象につながっているのかな)


e0063212_22562883.jpg
(こちらも町中エピソード集。柿がこの時期もツヤツヤして売られていた。傘がさしかけられた店頭。イスタンブールは毎日雨だったけど、それもまた良し。どんな気候でも絵になる街。すごい。海あり高台あり、美観に裏付けられた歴史遺産とそれらが織りなすスカイライン、財産。世界中から観光客がワサワサと訪れる。観光を打ち出す日本、見習う点が多いと思った/上段右:ブルサにて。こういう建物も多い。地震を考えたくない建物が非常に多いと思う/下段左:イスタンブールの骨董街にて。自由な感性が満ちて楽しい一角。この店は「ガラクタ度」が高く微妙すぎたが見るには楽しかった/下段右:今も恐ろしくなる、、肉や油物に弱いので後半だんだん食べるものがなくなってくるのが常。何かスイーツでもと思って入ったカフェ。ムースかプリンにしておけばよかったのに、、、みんなが食べている大きなケーキを食べてみたくて、写真のメニューを見て選んだのはフルーツ系ケーキ。が、来たのはこれ!上のビザンチンのモザイクみたいな小石状の一粒を口に入れると、、超激甘爆弾が炸裂!チョコに砂糖がコーティングされている。大量に乗っているばかりかスポンジの中まで!白いチョコ柵も激甘。早々撤退したが今見ても恐ろしい、、)


e0063212_2372666.jpg
(町中にタイル装飾が多い。伝統的な水場などだけでなく、駅の壁面の陶の装飾が目を引く。それぞれ工夫があり、楽しい。タシケントの地下鉄駅も素晴らしいタイル装飾が各駅を彩るが写真禁止。トルコは写真もOK。この自由さがうれしかった。ホントにその点がハッピーだった。トルコ旅、全体にとてもスムーズで快適だった)


最後のタイル写真の流れで、、町の中のタイル装飾、タイルで美しく飾った建物や民家、そういう場面は、なにもヨーロッパだけじゃない、というか、むしろ中東、中央アジア、マグレブなどの地域が圧倒的に「本場」です。が、「タイルのある街角」みたいな記事をたまに見ると、ほとんどヨーロッパ。理解に苦しむ。多彩でゆたかなタイル文化があるエリアを、なぜ取材紹介しないのかわからない。ヨーロッパの方が取材に行きやすいから??「産業タイル」ではヨーロッパが先進だから??それが理由??

テレビを見ると、中央アジアの大都市でも「秘境」になっている。秘境って、パミールの山岳地帯など非常に行きにくい場所を言うのかと思っていたが、今どきは、聞いたことがない、行ったことのない地域のことを秘境と言うようだ。

ブログを始めた9年ほど前とは状況も少しずつ変わり、タイルが好きという人にもけっこう出会うようになった。この点は、とてもうれしい。でも、「タイルをめぐる環境」みたいなものは、あまり変容していないと感じる。このちっぽけなブログ、微力でもやはり続けていくつもりです。

たぶんなら、次回からご紹介予定のセルジュークのモザイクタイルは、あまり反応がないと予想しています。華やかさに欠ける。印象が地味で重く、無骨といえるかもしれない。青のfacebookでも、12、13世紀頃のタイルはあまり人気がないのです。それでも、アップしちゃいます!自分がいいと思ったものを。タイルの歴史からみても、とても大切な時期のものを。中世の匠たちの手技と幾何学の凄みを。

後半、叫んでしまってますが、これからも楽しくやっていきます^^また遊びにお立ち寄りくださいね。
by orientlibrary | 2014-03-07 23:34 | トルコのタイルと陶器

多治見旅。五月の風、光、空、水、、心の底からリフレッシュ!

「多治見小さな旅編2」、その名の通り旅の2日目。この日も五月晴れで歩くのが気持ちいい。朝から絶好調です!
5月初旬の愉しみは(行ってみてわかったのですが)藤の花。名古屋からの車窓に次々と見えた山藤、品のいい薄紫色ながら大きく揺れてワイルド。街歩きでも、各所で満開の藤の花。引き寄せられました。

e0063212_20575348.jpg
(まずは駅前のながせ商店街を散歩。街にも住宅にもお花がいっぱい。小さなカフェや雑貨店が点在)

e0063212_20475273.jpg
(上左:え?神棚?二つ?こちらではこのように祀るのでしょうか/右下のタイル、日本的ないい色あい)

古い木造の商家。店先の花々や杉玉や貼り紙やらで、吸い込まれるように中に。オーディオがいい音。やきものと花、古い家具類もいいな。気さくな玉木商店ご主人、商店街のイベントのことや多治見のおすすめショップなど、いろいろ話してくださいました。朝からおじゃましました〜!

e0063212_214829.jpg
(上段:老舗の鰻屋さん、和食店など。黒塀がいい感じ/下左:たじみのキャラクター「うながっぱ」、こちらはモザイクタイル。かっぱとうなぎが融合した生き物のようです/下中:館内に置いてあったマンガ冊子、「やくならマグカップも ね、陶芸やろ?」、、、多治見に引っ越してきた女子高生が主人公らしい。第5話は陶芸部に入部を決意!/下右:自販機コーヒーもちゃんと器で提案)

町の中を川が流れている光景、好きです。空が広くて気持ちがいい。橋を渡って、ウワサのオリベストリートへ。まずは「たじみ創造館」。美濃焼など、ショップいろいろありました。

e0063212_2210843.jpg
(創造館3階、多治見市文化工房ギャラリーヴォイス。「やきものの現在-牛田コレクションを中心に-」展示。広いっていいな、とまず思いました。やきものはこのくらいの広さがあると、しっかり見られますね〜。映えますね。広さは大事。日本の澄んだ青、水のような青がすてきでした。

e0063212_22191153.jpg
(オリベストリート界隈にて。カフェなど/上段:カフェ店内/下右:氷屋さん、白壁とロゴ、カッコ良し!)

カフェもいろいろあって迷います。流れていたノラ・ジョーンズが決め手になって、こちらでランチ休憩。あふれんばかりの家具や食器での演出、いいじゃないですか〜。贅沢!東京のレトロ風カフェとは重厚感、パワーが違いますね。

e0063212_22235944.jpg
(土岐川。新緑と青空が最高!そこにパカパカと、、/下段左:修道院/中と右は虎渓山あたり)

ゆっくり見たいけれど、先を急がねば。ということで橋を渡ります。幹線道路を歩いていると、背後からパカパカという音が、、これは?!、、いやまさか、、振り向いてみると、そのまさか!でした、、馬車でした、、、なんで馬車が幹線道路を、、、多治見七不思議、、たじろいでいる私の横をポコポコと走り抜けて行きました。乗客一人ありました。

目的地の神言会多治見修道院に行ってみると、さっきの馬車。なるほどね。試験運行中なんだそうです。中世ヨーロッパを思わせる修道院と、ビジュアル的に合うかも?修道院は昭和5年設立。小高い丘には葡萄畑やログハウスも。修道院ワインも販売されており、11月にはワインフェスタもあるそうです。

爽やかな風のなか、どんどん歩きます。虎渓山へ!!永保寺へ!!山道を下りるかたちで歩いていきます。けっこう急な坂道、本当にこの先にお寺が???、、すると、、わ〜〜〜!!!!

e0063212_0463121.jpg
(臨済宗南禅寺派 虎渓山永保寺。鎌倉時代末期、夢窓国師が開祖、仏徳禅師を開山として創建)

こ、これは!極楽?!いきなりパラダイスが現れたかと思いました。山を登っていってお寺というのはあるけれど、どんどん下りていってお寺があるとは。

永保寺は鎌倉時代(1313年)開創。「虎渓」の名前は夢窓疎石がこの地を訪れた際、中国 蘆山の虎渓の風景に似ていたことに由来するとのこと。鎌倉末期に建てられた「観音堂」と「開山堂」は国宝。自然の岩山を活かし心字池を配した回遊式庭園は国の名勝。2003年の火災で本堂と庫裏が全焼。2007年に庫裏、2011年本堂が再建されたそうです。心洗われるような景観と古刹、多治見の宝物ですね。

e0063212_225766.jpg


e0063212_2257107.jpg
(青空と風と光と水の音と。ここでの時間が忘れられません)

心残りますが、虎渓山から次の目的地(若い人に人気のギャラリー&ショップ)に。が、地図を見てもよくわからず、参道入り口のお茶屋さん若松屋に入り尋ねてみました。そこには、頭巾をまとった昔話に出てくるようなおじいちゃんが!親切に地図を見ながら考えてくださるのですが、若い人のお店でもあり、、「すいませんでした。下で聞いてみます」とお礼を言って出ようとしたところ、、話を聞いていたお店のお嫁さんが、車のキーを持って「行きましょう」と。結局、図々しくも乗せて頂くことに。おじいちゃん、どうもありがとうございました。また来ます!

e0063212_23224899.jpg
(上段は辿り着いたギャラリー/下左:カリフォルニア、じゃないですよ/下右:パリのカフェ、じゃないですよ)

ところが、、「ギャラリー百草」、ぜんぜんわかりませ〜ん!ようやく辿り着いた場所、これはわからないよ〜!旅行者には難しすぎる!でも、なんと他県ナンバーの車がズラリ。若いカップルなどで賑わっています。人気なんですね〜!驚きました。古民家に、アパレル、雑貨、やきもの、カフェなど。
若松屋お嫁さん、「地元にいても来たことない。私も」と、一緒に見学。二人でおしゃべりしながら楽しい時間でした。なんだかお嫁さんと別れるのが淋しくなってくる。親切に、多治見市美濃焼ミュージアムまで送ってくださって、、どうもありがとうございました!

美濃焼ミュージアムでは、「平安のやきもの 美濃灰釉陶器の世界」や常設展示を見学。写真禁止なので撮っていないせいか、記憶もあいまいになってしまってます。
立派な博物館でした。ただ展示演出がオーソドックスで、ちょっともったいないという気がしてしまいました。昨今は、展示構成や見せ方のレベルがどこもすごく高いので、観る方も贅沢になってしまい、、スイマセン!スタッフの方々は親切でした。ここから土岐プレミアムアウトレットに行きたいという私に、タクシーを呼んで頂き、アウトレットからのバス時間も教えて頂きました。

多治見駅にタクシーで戻るなら、隣の市だけど近いというアウトレットに行ってみようかと、緑の山道をドライブ。アウトレットは、、アウトレットでした。バスで駅へ。JRで多治見に。また歩いてオリベストリートへ。夕暮れのカフェは、おーっと、すでにクローズ!旨い蕎麦で、一日をしみじみ振り返り、多治見いいなあ、と浸っていたのでした。長い一日でした。皆さん、本当に親切で感激です。ありがとうございました。
多治見編、第3弾はセミラックパークMINOの予定です♪

-------------------------
<訂正>  下記3点、訂正しました。
1:多治見創造館 → たじみ創造館
2:「やきものの現在ー土から成るかたち」展示 → 「やきものの現在-牛田コレクションを中心に-」展示
3:多治見美濃焼ミュージアム → 多治見市美濃焼ミュージアム


---------------------------------------------
e0063212_2336898.jpg
(写真が終盤にないので、チベットフェスティバル2013@護国寺から。写真上段:ファッションミュージアム、ナイス企画。が、マネキンがブーツを履いていないのはなぜ?柄杓を持ってるのは?ツッコミどころ多くて楽しかった!お寺が会場っていいですね。音楽ライブ、ライトアップ、砂絵、食など盛りだくさんの企画で、連日たくさんの人出だったようです。バター茶飲んで、まったりしました。写真下段右は購入品。というのもノルブリンカインスティチュートの洗練をご紹介したくても撮影禁止だったので。相当にデザイン性の高いオシャレな品揃え。チベタンエレガンス。エプロンのラッピングもオシャレ=黒い巻物状態のもの=で感心しました)
by orientlibrary | 2013-05-13 23:45 | 日本のいいもの・光景

ウズ行き2013年冬。寒さと温かさと美しさと

ウズベキスタンから戻りました。たくさん見て、いろんなことを感じた旅でした。やはり旅行はいいなと思う。行くことができて幸せです。感謝しています。

e0063212_22511718.jpg

ウズには何度も行っているけれど、自分が見たいものをゆっくりと見ることは、なかなかできなかった。自分の足で歩き、自分のペースで、タイルや工芸に心ゆくまで触れてみたかった。これまでいろんな状況からできなかったことをしてみたかった。陶器を持ち帰らないと決めたので、スーツケースではなくバックパックに。これなら列車やバスに乗ったり、安宿利用もしやすい。

結果、楽しかった!!この年になって、こんな旅をしていいのかなと、もっと年相応の落ち着いた旅行をすべきなんだろうなと思いつつ、、でも、ひとつひとつが楽しかった。ルートを決め、値段を(いちいち)交渉し、ぎゅうぎゅう詰めの乗り合いタクシーやバスに揺られ、部屋は寒くても大規模ホテルにはない温かさに触れ、、いろんな人が助けてくれて、、

ウズベキスタンに複雑な気持ちを持ち始めていた昨年後半。また初心に戻れた。旅だから、短い期間だから温かくしてくれるということはわかってきているけれど、それでも、それでもいいと思う。
タイルやテキスタイルや工芸も、発見があり、出会いがあり、うれしかった。動いてみること、大事だな。
いつまでも未熟で、世間をわかっておらず、取り柄のない私。そこからしかできないのだから、ここからしかできないのだから。愚かでも一歩一歩あるいていきます。

---------------------------------------------

 今回は概観編です 

e0063212_22493032.jpg
(初日の午前、両替後、最初に訪れたタシケントの陶芸家ラヒモフ氏の工房。じつはアポなしでした。まず一度お伺いし、追って正式にと思っていたのですが、、快く受け入れてくださり感激。いろいろなことをお話できて、本当にうれしかった。多彩な技法が素晴らしい。新たな技法やデザインにチャレンジし続ける精神に感銘を受けた。そして、、『ARCHITECTURAL CERAMICS OF UZBEKISTAN 』『ARTISTIC CERAMICS OF UZBEKISTAN 』(ともに2006年/UNESCO)の資料本をいただいた、、卒倒しそうにうれしい。素晴らしいファミリー、、資料を自分なりに読んでいきたい。また「正式に」訪問させていただきたいと思っています)

e0063212_238135.jpg
(今回、完全燃焼したブハラ。とにかく見た。素晴らしい装飾タイルの世界。またゆっくりと)

e0063212_2310137.jpg
(サマルカンドは曇、雨、雪。青空とタイルが撮れなかった。でも晴れていたら体力を顧みず動き回っていたかもしれず、休みの時間を取れてよかったのかも。また行けばいい、ということなのかな!?)

e0063212_23121861.jpg
(タシケント。晴天。これまでになく、ショップやカフェなども見て歩いた。地下鉄もあり動きやすい街。とにかくよく歩いた。一日中、永遠に歩けるような気がしていた、、(そのぶん後からきました、、))

e0063212_2314595.jpg
(帰国後編/(左上から右下へ)/近所のスーパーで見かけて「これはスム(現地通貨)バッグにいい!」と直感したポーチ。100ドル両替するとパンパンになるスム。このポーチはドル、スムの仕切りができ、電卓も入って完璧。ウズ語ができなくても電卓でOK!/溶けそうな小額紙幣たちとレシート。最近はレシートをくれる。手書きで時間がかかるけど、いいことだと思う/いただいたザクロ。日本に持ち帰り。ザクロ模様のスザニの上で記念撮影/ウルグットで買ったスザニ/ブハラで買ったスザニ/サマルカンドデザインのスザニ(大型)/手前がウルグットのバザール、奥がブハラのショップ。手前の方がややざっくりしていて色もキツいけど力があると思う/ブハラで熱狂した「かけら」たち。後先顧みず、短時間の交渉で購入に至る。偽物だという人もいると思うけど、私は本物だと思っています。陶芸家のショップで、年代が私の知る限りですが適合していた。ティムール時代のものだと思います。左真ん中の水色のは角度によってラスター彩のような輝きを放つ。購入を後悔していない/サマルカンド某所にて。ここにいては踏まれてしまうと思い、偶然持っていた袋に入れてきた。ここは修復がされていない。修復時のタイルではないのです。偶然ですが。本当に)

最後に、いくつかインフォを

物価上昇。スーパーで買物しても、デフレ日本の感覚では、日本よりも高いと感じるくらい。この数年で、すごいと思う。昨夏からでも上がっていると思います。きびしいですね。

空港!!空港がすごい、、、、「最後の階段」の横にエスカレーターがついていた!!!なんということ、、これでものすごくラクになった。そして、、搭乗待合室ができていた!!!搭乗アナウンスがあった!!!普通に待合室から飛行機に入れる!!!、、あのヘンな狭い空間、どこに行けばいいのかわからず彷徨う乗客たちの姿、地下への階段、それらがないんですよ!しかも「アシアナですか。こちらです」と教えてくれるスタッフが立っていた。こんなことで大丈夫だろうかと思うくらい、変わっていた。いい変化だからいいんだよね、、いや、夢だったのかな、、妄想かもしれない、、疲れてたからな、、 でも税関と出国は相変わらずだったから、夢ではなかったと思う。

変化してます。
またアップしますね〜!!^^
by orientlibrary | 2013-03-03 23:43 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

バーブルの生地、アンディジャンへ

ウズベク滞在中に、フェルガナ盆地にあるウズベキスタン共和国第4の都市・アンディジャンに行ってきました。人口35万人の大きな町。自動車産業が盛んです。

、、なんて、じつはアンディジャンに行くまで、町のプロフィルはほとんど知りませんでした。日本ではサッカーで知名度が高まってきたウズベキスタンですが、なかなか情報は入ってきません。『地球の歩き方 シルクロードと中央アジアの国々」でもフェルガナ全体で5ページ。町としてはフェルガナ(州都)、マルギラン(シルク織物で有名)、コーカンド(コーカンドハーン国の首都だった)のみ。

でも、アンディジャンはある意味有名。名前を聞いたことがある、という方も多いのでは?そう、2005年の「アンディジャン事件」。武力衝突と言われますが、真相は私にはよくわかりません。でも元々情報が少ないところに事件では、恐いところといったイメージが作られていきがち。(実際、外務省の「危険情報」でも、「勧められない」といった感じになっています)

無責任なことは言えませんが、、私がみたアンディジャンは普通の町だったし、新しくできた大通りには店舗やホテルが立ち並んでいました。出会った人たちは人懐っこく温かく、訪問したお宅はまるでパラダイスのようでした(いつか書きますね)。
「アンディジャンは平和ですよ。怖がって人が来てくれないのが悲しい」と、案内してくれたアンディジャン出身のB君。「ぜひ、このことを伝えてください」と言われました。

日本から観光に行く人もほとんどないようですが、私は行きたかったんです、アンディジャン。なぜかというと、、バーブルさまの生地だから!!^^

e0063212_9192130.gif
(バーブルさま。ムガルの植物愛好、花模様の繊細さはたまらない魅力/『MUGHAL INDIA splendours of the peacock throne』(NEW HORIZONS)より引用)

ムガル帝国の初代皇帝バーブル(1483〜1530)は、アンディジャン出身。父はティムール系貴族、母はチンギス・ハーンの次男チャガタイ系の王女。あの地域の2大英雄を祖先に持つチュルク・モンゴル系。
これだけでもドキドキなのに、ムガル建国にいたるまでのステージが、悲願の地サマルカンド、本拠地としたカーブル、支配したラホール、そしてデリー、アグラと、私のツボの地ばかり。クラクラ、、、
その上、文人、詩人でもあり、回想録「バーブル・ナーマ」は傑作と言われています。

そんなわけで、まずは「バーブルパーク」(正式名称は?)に連れて行ってもらいました。市内を案内してくださったのはB君のお父さん。15歳のすっごくかわいい妹さんも一緒で、楽しかった!

e0063212_9195171.jpg
(思慮深いバーブル像と博物館)

e0063212_9345675.jpg
(この日は午後には気温42度に。この時間帯はそれほどでもなく、地元の人もこのスタイル)

博物館が見えてきました。

e0063212_9295211.jpg
(MUSEUM BOBOR AND WORLD CULTURE)

中に入ると、、、いきなり、あったんです〜〜〜〜〜〜!!!入り口にさりげなく置かれていたんです〜!!

e0063212_937458.jpg


タ、タイル!!!B君によると、「バーブルがアフガニスタンから持って帰ったもの」とのこと。私がタイルオタクであることは知らないB君、熱狂している私を不思議そうに見ながら奥へ。

e0063212_9395539.jpg


バーブルが持ち帰ったということは、カブールのタイル!?それとも昔日のヘラート!?このザクザクした粗い感じが何とも言えない!真ん中のコバルトブルー、、アフガンはラピスラズリの産地。この青の強さ、厚めの釉薬、もっと浸っていたかったけどな〜。。

** ヘラートのタイル ** このタイルについて、コメント欄より、「ヘラートの町の・・・・・・の廟の墓石」となっているようだと、お教え頂きました。Hさま、ありがとうございました。

*** ナヴァーイー墓廟のタイル *** 追記:H様より加えて教えて頂きました。このタイルは「ティムール朝の宰相で詩人のアリ-シール・ナヴァーイー」の廟のもののようだと。私の写真で切れていた上部から読み取って頂きました。感動です。。アリ-シール・ナヴァーイーは、ティムール朝ヘラート政権時代の文人で、ヘラートの芸術や文芸を振興した人。バーブルさんも尊敬し賞賛している人。その人の墓廟のタイルだったんですか、、。「持ち帰った」との言葉から支配地からの戦利品的ニュアンスを感じていた私、大間違いでした!!逆です。タイル建築がほとんどないインドにティムール朝のタイル、ナヴァーイーさんのタイルを持ち帰った、、中央アジア人のバーブル、タイルに思い入れがないはずがありません。しかも尊敬する人の墓廟のタイルです。大事な大事なタイルだったんです。このタイルが入ってすぐの場所にある意味を理解することができました。そして新たなタイルの見方を教えて頂きました。H様、お教え頂き、本当にありがとうございました。

e0063212_9434180.jpg
(何のタイルかわからなかったけど、建物のどこかに使われたもの?ターコイズブルー、深みがあります。細密画と一緒にあることには何かの意味があるのかな?)

e0063212_1740660.jpg
(『バーブル・ナーマ』は世界で翻訳されている名著。世界の『バーブル・ナーマ』が揃っていました)

e0063212_9481838.jpg


ティムールから始まる家系図。バーブルは5列目、右から2番目。家系図の上部は、サマルカンド・シルダリマドラサの獅子と太陽のタイル。ウズベキスタンといえば、このタイルですが、奪還できなかったサマルカンドへの思い入れというのもあるのかな、というのは考え過ぎ?

e0063212_2363444.jpg
(肖像画)

e0063212_9521769.jpg
(博物館内部壁面)

博物館内部の壁面は、一面に細密画が描かれています。壁面なので本物のミニアチュールの緻密さは無理ですが、噴水の水の渦まできちんと描かれていました。
細密画にはタイルが描かれていることが多くてうれしい。水場のまわりは、六角形タイルと菱形の組み合わせでした。

タイルに心を残しながら、外へ。次に来ることは、まずないだろうなあ、、なかなか来れないところだもの、、

e0063212_1748669.jpg
(ミュージアムから町を見る)

一帯が公園になっているので、植物が茂り、ロープウエーみたいなものもあり、チャイハネもあり。水場と植物と木陰とチャイ、ウズだなあ。

e0063212_9592227.jpg
(モニュメントのチャイポットと茶碗、大きい!左真ん中くらいにいる人と比べてみてください)

バーブルが中央アジア恋しさで涙を流したともいわれるウズのメロン。

e0063212_108281.jpg
(メロン、スイカ、ブドウ、アーモンド、ピスタチオ。最高!アンディジャンにて)

フェルガナのメロンは本当に最高。とびきりおいしいからなあ、、。写真だけでも、どうぞ。ちょっとうるうるきそうなバーブルファンの私です。

B君、お父さん、妹さん、お母さん(仕事中の職場でお会いできました)、本当にありがとうございました!!お会いした温かいアンディジャンの人たち、どうぞお元気で!!


◆ バーブルとムガル関連 ◆ たとえば、こんなの書いています。
 「フェルガナ、カーブル、ヒンドゥスターン ムガル花模様の旅」
 「インド・ラジャスターンに咲く サンガネールの優雅なブロックプリント」
 「日差しを遮り風を通す 実用と装飾の美 ムガルの透かし彫り」
 「モンゴル系王朝が拓き、輝かせた、装飾タイルの世界」
by orientlibrary | 2011-09-10 10:26 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

古都ブハラ、ぶらぶら歩きの昼下がり

ウズベキスタンのオアシス都市・ブハラ。中世の面影を残す旧市街地は世界遺産にもなっています。ウズベク好きの中には、サマルカンドよりもむしろブハラに、求めていた何かを見いだす人が多いのではないでしょうか。

e0063212_0323998.gif

乾燥地帯にありながら水資源に恵まれたブハラは、紀元前5世紀頃にはすでに城壁を持つ都市が成立していたそうです。古いですね!紀元後は、シルクロードを駆け抜けた商人として名高いソグド人の都市国家が建設され、ブハラ商人たちは東西交易の仲介者として活躍したといいます。

8世紀後半に、土着のイラン系貴族がアッバーズ朝から独立して興したのがサーマーン朝。街は拡大して大都市となり、ペルシア語による文化活動の中心地になりました。当ブログにも何回か登場した「サーマーン廟」(焼成レンガだけで作られた立方体の廟。光が織りなす陰影の繊細な美)が作られたのもこの時代です。

e0063212_0334284.gif

13世紀前半にモンゴルにより破壊されて街は荒廃。ティムール朝の都となったサマルカンドの繁栄の後じんを拝していましたが、16世紀後半になってウズベク人のシャーバーン朝がブハラを都に。その後の王朝もブハラを首都として「ブハラ・ハーン国」として繁栄しました。

ブハラとは、サンスクリット語で「僧院」という意味だそうです。その名の通り、往事は多くのムスリムが巡礼や学習に訪れ、「聖なるブハラ」と呼ばれるイスラム教学の中心地でした。360のモスク、80のマドラサ、38のキャラバンサライ、45のバザールがあったそうです。どんな様子だったのか、当時の物語の映画でもできないかなあ。映像で見てみたいですね!

さて現在、旧市街を歩くときに起点となるのは、「ラビ・ハウズ」という正方形の池です。見所はこの周囲に集中! さあ、歩いてみましょう〜。

e0063212_034454.gif

ハウズの周囲に、「ナディール・ディバンベギ・マドラサ」(1622年、鳥のタイルが有名)、「ウルグベク・マドラサ」(1418年、中央アジア最古の神学校)、「アブドウールアジス・ハーン・マドラサ」(17世紀)。もっと行きましょう。

なんだか土に埋もれている感じの不思議な建物は、「マゴキアッタリ・モスク」(10世紀頃の創建。かな〜り好き!!)。「カリヤン・ミナレット」(1127年、チンギス・ハーンも破壊しなかったブハラのシンボル。レンガ造で巨大です)、「カリヤン・モスク」(1514年)、「ミル・アラブ・マドラサ」(1536年)・・・めくるめくイスラム建築の美意識を、そしてオアシス都市の繁栄を体現する建築物を見て歩くことができます。

e0063212_0351980.gif

「タキ」(バザール)で、ブハラグッズをチェックするのもいいですね。あ、タキに行く途中には、当ブログでおなじみの陶芸家アリシェルさんが壁面装飾を手がけた「ホテル・アジア」もあります。明るいブルーの陶板に、気持ちも爽やかになりそうです。

*写真は、上から順に、「ブハラの昼下がり(左手のレンガもいいですね〜!)」、「ハウズにあるチャイハネ(チャイ飲んでまったり、がいいです)」、「ホテル・アジアの壁面」、「レーニン??の絨緞?(ブハラは絨緞も有名!でもこれは珍しいパターンだと思います)」
by orientlibrary | 2007-01-30 00:48 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

キャンドバン村 写真が少ないわけは!?

●イラン北西部・東アゼルバイジャン州の州都タブリーズ近郊に「キャンドバン」という村があります。標高2200メートルの山岳地に奇岩が林立。「イランのカッパドキア」とも言われ、岩穴の住居には今も人びとが住んでいます。

e0063212_1321885.gif

●昨冬訪れたのですが、なぜか写真が少ないのです。大変な寒さで岩を登る道が凍りついていて、滑って転げ落ちたら大変!と、写真どころではなかったんだと思います。天気が良かったら、「童話のような村」「かわいい家々」等々、甘いことを書いていたかもしれませんが、そうは書けないというのが正直なところです。

e0063212_13253100.gif

●でも、岩をくり抜いて作られた家は、意外にも暖かく住み心地がよさそうでした。壁をうまく使っての飾り物もアクセントになっています。住んでいる人たちは「アゼリー」(アゼルバイジャン語)を話し、顔立ちもイランの南の人たちとは少し違う感じがしました。

e0063212_1331520.gif

●このあたり知識がないので、「Wikipedia」で見てみると、、、
・ 東アーザルバーイジャーン州はイランでも非常に古い歴史を持つ地域で、エラムの当初の首都であり、ハカーマニシュ朝中核の地でもある
・ 東アーザルバーイジャーン州の文化的に際だった特徴は言語と民俗にあり、人びとはテュルク諸語に属するアザリー(アゼルバイジャン語)を話す
・ この地域が輩出した学者、神秘主義者、詩人は数多く(中略)現在のイランの最高指導者であるアリー・ハーメネイーもこの地の家系出身である

e0063212_1333533.gif

●学者や詩人を多く輩出する土地、、なんとなくわかる気がします。一方で工業、工芸も盛んな地域だそうです。
・ 東アーザルバーイジャーン州は産業の中心地である。州内に5000以上の製造業事業所があり、このうち少なくとも800が工業で、これは全国総数の6%を占める
・ タブリーズは手工業でも卓越した地位にあり、東アーザルバーイジャーン州の輸出の大きな部分を手工業品が占める
タブリーズの絨毯は力強いデザインと鮮やかな色合いで世界市場に名をとどろかせている。ペルシャ絨毯の名声は、東アーザルバーイジャーンのデザイナーの創造力と織工の腕に負っているといっても決して過言ではない
・ 現在、絨毯織機は州内に66,000、20万人を雇用している。年間の絨毯生産は約792,000m、イラン全体の絨毯生産の35%、輸出の70%の量にあたる

●古都タブリーズはタイル好きにも絨毯好きにも魅力的な街。いつか心ゆくまでタイルや工芸品を見たいなあ!

*写真、上から3点はキャンドバン村。一番下はアゼルバイジャン州のレストランにて。男性の顔立ちが濃い感じがします。
by orientlibrary | 2007-01-21 01:39 | 中東/西アジア

ヒマーチャルのヘリテージ村 ガルリ-プラグプル

装飾を忘れず働く女性、ということで思い出したのが、前回掲載インド・ヒマーチャルプラデーシュ州カングラの茶畑の景でした。サンスクリット語で雪山の州と呼ばれるヒマーチャル、州都はシムラです。イギリス領インドの夏の首都だったところで、コロニアル建築や標高2千メートルを超える丘陵にひしめくように立つ建物で知られています。

e0063212_041559.gif


また、チベット亡命政府のあるダラムサラ、王宮のあるチャンバ、リゾートのマナーリなどの町もこの州にあります。落ち着いていて自然も美しく、建築的にも見所の多いヒマーチャルプラデーシュ州(神谷武夫さんのサイト『神谷武夫とインドの建築』のなかの「ヒマラヤ建築紀行」に詳しく解説されています)。でも州の概観を調べようにもウイキペディアにも載っておらず、ちょっと淋しい。

一方、英語のサイトはかなり数がありました。「ヒマーチャルの芸術と文化」という地元のポータルサイトは、内容も充実している感じです。そんなヒマーチャルで地元は「一押し!」、国レベルでも力を入れている地域・・・それが「HERITAGE VILLAGE〜文化遺産の村」として売り出し中「ガルリ-プラグプル」です。

e0063212_0471514.gif


サイトの情報によると、1997年の12月にヒマーチャルプラディーシュ州政府はプラグプルを文化遺産村とすることを発表し、2002年にはガルリ-プラグプル全域を文化遺産地域としました。「The Indian National Trust for Art and Cultural Heritage」も州政府に協力して、プラグプルの景観を守っています。インドのエコツアー〜村落観光の理想型を目指し、地元の人々も一体になって、伝統の保存や施設の充実に注力しているようです。

私はヒマーチャルの木造建築に興味があったのですが、プラグプルという地名は聞いたこともありませんでした。でも、行ってびっくり。不思議な外観のハヴェリー(邸宅)が、あちらこちらにあり、これって何!?という感じでした。裕福な商家などが贅を競ったといいます。

e0063212_0404222.gif


建造物は築300年以上経っており。崩れかけたものもあります。保存の動きがなかったら、すぐにも朽ちてしまいそうなものもありました。地元の人々は伝統や中世の雰囲気を壊さないように努めており、数棟はオリジナルの技術を用いて修復されているそうです。

国レベルでも力が入っているせいか、「TOURISM OF INDIA COM」というサイトでも、かなり詳細に紹介していて、ようやくこの地の謎が解けてきました。以下に、建築についての説明から少々。(ささっと見ただけなのでちょっと怪しい、、時間があるときに修正します)

「ガルリ-プラグプルでは、伝統的な土壁の家とコロニアルな木の建築の混合が見られる」「伝統的な基本的構造は2〜3階建てで、1階に店舗があり、上階が居住空間になっていた」

「すべての建物は装飾され、色彩豊かな文様でアクセントが付けられており、込み入った絵画のモチーフや装飾的なドアのある美しく飾られたファサードは大変興味深いものだ」「多くの建物には、レンガの壁とスレート葺きの勾配屋根がある」

e0063212_0422677.gif


「屋根にはこの地域の特徴が現れている。宗教的なシンボルであるオウムの銘文、三角形の切り妻屋根、木の格子装飾が上部にある」「石畳の歩道が見る人を圧倒する」

「ジャッジコート」という建物が最も有名。現在は「ヘリテージ・ホテル」になっています。でも宿泊施設としてはキャパシティが小さく、私が泊まったのは民家を改造した民宿みたいな感じのところ。

これが古民家的な雰囲気があって、とても居心地のいい空間になっていました。なにしろ「売り出し中」なので観光地としての基盤は整備途上ですが、それもまたいいですよね(訪問時期は05年5月)。へんにこじゃれたエリアにならないほうがいいなあ。
by orientlibrary | 2006-10-19 00:42 | インド/パキスタン