イスラムアート紀行

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<タイル人 ・1> タイルは華。イスタンブルで暮らし描き発信するトルコタイルの魅力

タイルがご縁をつないでくれた鬼頭さんは、トルコのイスタンブル在住のタイル絵付け作家。タイル、なかでもイスラムの装飾タイルへの熱い思いを共有できる貴重で大切なタイル友です。

日本ではタイルが工芸文化の面から語られることが少ないだけでなく、残念なのはイスラムのタイルの存在感があまりにも薄いことです。タイルはヨーロッパで生まれたと書かれたタイル関連サイトを見たときは驚愕しました。日本にもタイルの書籍はあるし、英語に広げればインターネット時代の今では膨大な情報に触れることが可能です。

このブログは2005年9月スタート。中央アジアを主体に、イスラム圏のタイルについて素人の実感で書いてきました。が、あまりに非力。けれども、心強くうれしく頼もしいのは、ネットや生産地で出会ったタイルに関わる人たち、そしてタイルを愛する人たちの存在です。以前とは違う!<タイル人>、始めます。

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(「青の魅惑」展@INAXライブミュージアム、2011年11月〜12年3月。鬼頭さんにトルコ作家のコーディネートと情報監修をお願いしました/左:アディル・ジャン・ギュヴェン氏展示と作品/右:メフメット・コチェル氏展示とタイル作品部分=後半に出てくる「サズ様式」)

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<タイル人 ・1> 
「いつまでも色褪せない艶やかさがタイルの魅力」鬼頭立子さん(アトリエ・チニチニ)


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(チニリ・キョシュキュ。トルコ装飾タイル博物館にて)

—— タイルの絵付けをトルコで専門的に学んだ、そのきっかけ、経緯を教えてください。
日本の大学では、アジア・オセアニア文化コースでインド思想哲学を専攻していました。中でもイスラム神秘主義哲学に興味を持つようになりました。そして、文献の挿絵として使われていたテズヒップ(書や写本の彩飾)や細密画に深く魅せられ、細密画を学びたいという気持ちが高まりました。細密画を大学で学べる国としては、トルコ、インド、イランなどがありましたが、自分にとって暮らしやすいところ、という面でトルコを選んだのです。

—— 最初は細密画だったのですか?それがタイルに変わったのは、なぜ?
トルコへ渡り、イスタンブルで細密画を学び始めました。ミマルシナン芸術大学へ入学してからも細密画を続けていましたが、次第に細密画のスケールが自分に合っていないことに気がつきました。細密画は小さすぎる。ものすごく細かい。やってみて初めてわかりました。そして、タイルの迫力とスケール感が自分にぴったりだと気づきました。ルールに基づきながら構図を考えたり、モチーフを描き込んでゆくのが自分に合っていると思ったのです。細密画に比べてタイル画では、モチーフ一つ一つが大きい分、そのモチーフの中に色々模様を盛り込み描くことが可能です。それが楽しくて、魅力です。

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(鬼頭さんとトルコのタイル作家を訪ねる旅、イズニックへ。歴史的建造物と湖のある静かで心地良い街)
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(アディル・ジャンさんのアトリエにて。家族全員がタイル作家。形成、絵付け、焼成をこなす。トルコタイル談義。右下はイズニック湖の夕暮れ)

—— ミマルシナン芸術大学は国立の芸術大学ですね。どのようなことを学ぶのですか?
私が入ったのは、トルコ伝統芸術学科です。装飾タイル、アラビア書道、製本、写本装飾、絨毯織やキリム織などを学びます。1年生はすべての工芸に共通するデザインを学びます。デザインを起こすのです。2年生から専攻を選択します。私はチニ(タイル)を選びました。チニ専攻の同級生は3人でした。

—— チニ専攻では、どのようなことを学ぶのか興味津々です。
テュルク系(トルコ民族)全体の美術史から、トルコ(現在のアナトリア)におけるチニの歴史〜セルジューク朝、ベイリク(君候国)、オスマン帝国〜を学びます。その中で、圧倒的に時間が多いのは、16世紀(オスマン朝古典期)のタイルについてでした。オスマン帝国のシリアやエジプトまで広範囲に渡る技法や色彩の特徴なども丹念に学びました。実技では、主にデザイン画を描きます。土を練ったり、形成したりはせず、デザインのみです。ナッカシュ(デザイナー)としてのデザイン起こしを、しっかりと学ぶのです。

—— 日本だと土から始まるような気がしますが、デザインが主なのですね。
伝統工芸学科のチニ専攻は仰る通り、デザインが主で、材料、土捏ねからの工程は知識として学ぶのみで、実技はセラミック学科で学ばれます。オスマン朝の職種で言い置けば、チニ学科=デザインを描くナッカシュを養成、セラミック学科=土から絵付けまでの実技を学ぶ学科になります。ただ、これはミマルシナン芸術大学だけに当てはまることで、他の大学ではチニ学科でも実技を学んでいるところもあります。

—— 授業はきびしかったですか。
単位を取るために課題は多かったですね。週に数日は徹夜していました。4年で卒業するには、そのくらいしないとダメ。学費が安いこともあり、7〜8年かけて卒業する人が多いのです。トプカプ宮殿やアヤソフィアのタイル、ステンドグラスの修復や天井部の金箔張りもやらせてもらいました。炎天下で大汗かいて、もう修行でしたね。でも楽しい経験でした。昔のタイルは違います。

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(イズニック。タイルと陶のある光景。上段は陶芸の職業訓練を終えた女性たち専門のショッピングセンターにて。多彩な商品作りに感心。「自信」で突き進むパワーを感じました。下段:トルコは食も魅力)

—— トルコの学生気質について印象は。日本人の学生気質と違いや共通点はありますか。
トルコの学生は完璧を求めます。まずは完璧さの印象が強いです。集中力はすばらしい。また自己表現欲求が強い。そのぶん自信も強い。伸びる原動力は自信だと感じました。でも、時間は守らない、ルーズというかいい加減。日本だと、課題は必ず締め切りに間に合うように仕上げますよね。トルコの学生は締め切りを延ばす。でも良いものを作ってくるんです。こちらは締め切りを守っていますから、そんなあ、と思いました。が、期限を守ると小さくまとまるのかも、とも思ったり。日本人学生との共通点はない、ですねえ。

—— 自信と集中力。熱いですね。
自信を持って突き進む。トルコではそれが一番大事と考えられている。表情にも出てくるような気がします。

—— チニを学んで、その後はどのような活動をする人が多いのですか。
就職先として多いのは、講師でしょうか。絨毯のデザインをする人もいるし、グラフィック方面や美術系に行く人もいますね。基本的にお金持ちの人が多いので、ゆとりがある感じ。私は2010年2月に卒業。ミマルシナン芸術大学大学院でトルコタイルを専門に学んだ窪田さんといっしょにイスタンブルの新市街に工房を開き、タイル画を制作しています。絵付け教室もやっていますが、日本人の生徒さんが多く、皆さんとても上手ですよ。

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(トルコのタイル作家を訪ねる旅、キュタヘヤへ。メフメット・コチェルさんのデザイン室と工房にて。宝物のようなデザイン帳を見せて頂き、タイル製造工程を見学)
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(キュタヘヤの博物館にて。タイルと陶器の展示)

—— 個人的な好みでは、どんなタイルがお好きですか。
サズ様式が好きです。サズ様式タイルの傑作と言えばトプカプ宮殿にある5枚のパネル。宮殿の一番奥にある割礼の間前壁にある、麒麟が描かれた4枚のパネルと、花瓶から溢れ出す植物が描かれた1枚。素晴らしいです。

—— トルコのタイル、ここは見たほうがいいという場所を教えてください。
セルジューク朝のタイルはコンヤ。コンヤではすべて見て欲しいですね。ベイリック時代とオスマン朝はブルサ。エディルネは、ムラディエモスクの他、すべておすすめです。イスタンブルは、まずトプカプ宮殿を押さえて、次はリステムパシャでしょうか。

—— トルコの工芸で、おすすめのものは。
細密画、オヤ(刺繍)、絨毯やキリムですね。

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(キュタヘヤにて。青の館と青の陶芸家。下段はハーブティー、キョフテ、お家訪問での手作りお菓子とチャイ)

—— おいしいものがたくさんありそう。
まずエフェスビール!食べ物は絞れませんが、、ビールやラクを飲みながらの、メロンとチーズ、トピック(玉ねぎを炒めたものをゴマ+ひよこ豆のペーストで包んだもの)。マントゥ(ラビオリに似たもの)、クルファスリエ(白インゲン豆の煮込み)といったトルコのお母さんの味がおすすめです。

—— 今後の活動、イメージを教えてください。
しばらく大きなタイルを作っていなかったので、大きなパネルを数枚描きたいです。目標として、イスタンブルで作品展を開きたいと思っています。

—— 鬼頭さんにとってタイルの魅力、存在とは。
着物で言えば振り袖のような美しさ、いつまでも色褪せない艶やかさ。それが好き。華やかさ。花ですね、タイルは、やっぱり。

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この夏、多治見旅をご一緒した鬼頭さん。二人で多治見の熱い方々にお会いしてお話を聞き、たくさんの美しいタイルとやきものに出会いました。さらに鬼頭さんには、朝の喫茶店、夜の居酒屋でもノートPCを開いて、お話を聞いてメモ(それがこの「タイル人」)。無粋でゴメンナサイ。

鬼頭さんは、ミマルシナン芸術大学チニ専攻を主席で卒業。2010年には「サークップ・サバンジュ芸術賞」(サバンジュ財団による芸術賞。1994年より毎年ミマルシナン芸術大学の絵画、彫刻、伝統トルコ芸術、3学科の卒業生上位3名に授与)を受賞。タイルの本場で日本女性が、技術と感性を発揮して活躍。なんてうれしいことでしょう。温かく謙虚でちょっとお茶目な人柄も大好きです。どうぞこれからも、タイルの魅力を伝えてくださいね!

<鬼頭さんのブログ> 「—イスタンブル発— トルコタイル通信
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by orientlibrary | 2013-11-05 22:13 | タイル人

北斎、青で描く日本の自然美、そして生命

◆ 北斎の青 ◆

西アジア、中央アジアの装飾タイルや陶器の青の興味があります。けれども日本美術に疎いので、日本の絵画や版画での青の表現は知らないままです。

テレビでの青の番組がありました。「青の宇宙史〜フェルメールから北斎へ〜」(BSTBS)。フェルメールは日本で大人気ですが、私はあまり興味が湧きません。そんなわけで、あまり期待せず、いちおうチェックするというスタンス。「フェルメール・センター銀座」という施設があり、現在青を軸とした北斎の展示を開催中。その館長でもある生物学者・福岡伸一氏が番組のナビゲーターでした。

番組はすっきりとまとまっていて、浮世絵の知識のない私にも流れがよく理解できました。そして北斎の青と、青への思い、構図や表現の斬新さ、ベロ藍という当時の最先端の青のインパクト、そしてフェルメールブルーをイキイキと「動かした」北斎の力量の凄みに、心が動きました。

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(「青の宇宙史〜フェルメールから北斎へ〜」(BSTBS)、テレビ画面を撮影)

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<出演者のコメントなどをメモした中で、個人的に印象に残ったこと>
《北斎の青、日本の青》
・ 北斎の青の魅力は、白(〜余白)がきれいなこと。潔く身を引いている。藍色は白のためにあると思えるほど、白がより良く見える

・ 日本の色の感性は素晴らしい。日本ほど色の名前が多い国はない。それは日本の風土、花や海や空からきているのだろう。水や空など青が自然の中にある日本だから、様々な青に挑戦する。いろいろな青が出るように工夫する

《ベロ藍の使用、刷の技術》
・ ベロ藍はそれまでの日本になかった色。ハイカラで知的で品がいい。空気感、湿度感が違う。立体感、奥行が出てくる。自然の美しさがイキイキしている。これを使った北斎は、自分だけの色をだしたかったのだろう

・ 当時は長崎の出島にオランダの物産を売る場所があった。フェルメールともつながる。フェルメールは青に身も心も奪われているが、北斎はそうではない。突き放している

・ 北斎はこのベロ藍を使って「冨嶽三十六景」を描き、青の濃淡で名所の水や空を表現した。日本の刷師は、絵の具を紙の表面でなく芯に滲み込ませる。独自の高度な印刷術もあり、「冨嶽三十六景」は爆発的な人気となった

《青は生命の色、その青を動かすことで生命を描いた北斎》
・ 青は生命にとって大切な色。生物は海で生まれた。最初に見た色は青だったのではないか。生命の色である青には生命の美しさがある。大きなもの、母性、限りなく生命的なもの。雄大なすべてを包み込む色

・ 北斎は青と生命の関係に自覚的だった。生命は流れでありエネルギーである。北斎は晩年の傑作「怒涛図」の「男浪」「女浪」で青を動かした。止まっているが絵は動的であり動いているものとして表現している。青は動いているから美しい。あらゆるエネルギーのうねりが込められた、宇宙にまで届くかのような青。北斎は生命の色である青を使って、生命の存在を描いてみせた
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ベロ藍は、紺青(こんじょう、プルシアンブルー)。1700年頃、プロシア(当時)の都市ベルリンにおいて初めて合成に成功した人工顔料で、日本では、ベルリン藍がなまってベロ藍と呼ばれたそうです。

「冨嶽三十六景」の青の濃淡、互いに引き立て合う青と白、生きているかのような波、さらには晩年の螺旋状にうねる青。日本の青の表現、驚きでした。

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(日本の青を東博写真の中から探してみました。左は18世紀江戸時代の被衣。染分麻地松皮菱菊蕨模様。藍を基調にした染が人気/右は型染木綿地に刺し子を施した火事羽織です。粋ですね!)

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◆ パキスタン映画「BOL~声をあげる~」 ◆

パキスタン映画「BOL~声をあげる~」、2011年にパキスタンで公開。2012年に福岡での「アジアフォーカス・福岡映画祭2012」で上映され観客賞を受賞。その後、映画祭等で上映されましたが、すべて合わせても計6回と、観る機会がとても少ない映画でした。

「BOL」の監督であるショエーブ・マンスール氏は、2007年に公開された「Khuda Kay Liye/神に誓って」で世界的に高い評価を受けています。「神に誓って」は9.11後のアメリカでのイスラーム諸国出身者への非道、厳格なイスラム教徒の結婚観、過激派に引込まれて行く若者の心理などを丹念かつ重厚に描き、圧倒的。主人公がミュージシャンの兄弟という設定もあり、音楽も素晴らしい。上映会は08年でしたが、今も強く心に残っている映画です。

そんなマンスール監督の「BOL」ですから、観られる機会を待望していました。そして先日、ついに観ることができました!しかも、日本語字幕付きで。さらに当日は、日本語字幕の監修をされた麻田豊先生から、映画の背景となる考え方、風土、慣習などについての解説がありました!

ストーリーが複雑というよりも、登場人物たちの考え方や行動に「どうして?」という疑問符でいっぱい。観る前に解説頂いたおかげで、なんとか話についていけました。わかりやすく具体的なお話が聞けたこと、とても有り難かったです。

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(HP「アジアフォーカス・福岡映画祭2012」等から引用/妻と7人の娘たちは家に幽閉状態。お隣さんはシーア派、リベラル家庭。隣の長男役がcoke studioにも出演するアーティフ・アスラム:伝統医療は衰退し収入は減るばかり。売春地帯の親分がコーランの先生の話を持ちかけ、なんと親分の孫娘〜高級娼婦〜とこの厳格親爺が結婚することに!やがて女の子が生まれます:両性具有の末息子。純真)

父親を殺害した罪で死刑を宣告された伝統医療医の長女。最期の望みとして絞首台で記者会見を行うことを要求。自分の身の上を語り出すところから始まります。

インド・パキスタン分離独立、衰退する伝統医療、父親の圧倒的な権力、男性が女性を養うという考え方、男児願望、両性具有、女子に教育は不要という考え、外に働く場がない女性、警察の汚職と賄賂、パキスタンの売春地帯、教養があり礼儀正しい高級売春婦タワーイフ、スンニ派とシーア派の対立、宗教への妄信など、様々な問題が2時間半の中に盛り込まれていますが、最も大きいのは女性の生き方、人権ということかと思います。長女は「産む罪」を問いかけました。

家族に暴力をふるい恐怖支配する父親ですが、俳優の演技があまりに秀逸なせいか、感情移入してしまう面も。ラホールのモスク、古い住居が美しく、農村の風景も憧れます。パキスタン女性はクラクラするくらいの美しさ!世界一綺麗では?また、パキスタンの福山雅治とも言われるアーティフ・アスラムのシーンは明るく、音楽もいい感じでした。

(重厚で様々なテーマが織り込まれた映画。感想を書くのが難しく、なかなか書けません。日を改めて書ければ、、と思っています)

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◆ 青のfacebook、サマリー ◆

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<リシタン古皿 ウズベキスタン〜フェルガナ郷土史博物館展示品> <仁清が描く波の青 日本 色絵波に三日月文椀〜仁清/江戸時代、17世紀東京国立博物館所蔵品> <イズニック陶器 トルコ〜赤い素地の上に白い化粧土を掛け、コバルトブルーを主に、ターコイズブルーを効果的に用いながら、蓮、三つ葉模様、螺旋状の花模様等を描く> <フダーヤール・ハン宮殿のタイル ウズベキスタン>

今回写真が少ないので、フダーヤール・ハン宮殿のタイルをこちらでご紹介!

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<フダーヤール・ハン宮殿のタイル ウズベキスタン/コーカンド・ハン国は、18世紀後半から19世紀前半にかけてフェルガナ盆地を中心に栄えたチュルク系王朝。最盛期には清朝、ロシアと通商関係を結び、中央アジア最大の交易国に。しかし19世紀半ば過ぎにロシアが侵攻、やがてロシアの属国に。君主フダーヤール・ハンはロシア様式を取り入れた新宮殿を造営し国の再建と専制の増強をはかりますが、ほどなくして国は滅びました。14世紀から続く中央アジアの装飾タイルの伝統ですが、19世紀も後半になると周辺地域の色やデザインの嗜好が入り交じり、青よりも多彩色のインパクトが大。宮殿内のタイルの中にはロシア正教を思わせるモチーフもあり独特/mosaic tile on the gate of Khan's Palace=the Palace of Khudoyar Khan, built between 1863 and 1874/ Kokand is a city in Fergana Province in eastern Uzbekistan>
by orientlibrary | 2013-02-03 23:05 | 美術/音楽/映画

イランのパーカッション「ダフ」と多彩なイラン絵本に酔う&青の本ご紹介

イランのタイルや細密画の優美さ、緻密さ、奥行きには、いつもうっとり。さすがの伝統とアートセンスです。先日はうれしいイラン日和。イラン絵本とイラン音楽(打楽器の魅力)を堪能しました。まずは音楽から。

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イランの打楽器トーク&ライブ。「イランの打楽器にまつわる逸話や映像を交えつつ、日本ではなかなか聴くことのできないイランのパーカッション演奏をお楽しみください。当日はイラン在住のセタール奏者、北川修一氏をゲストにお迎えします」というイベント。これはもう行くしかないイベントです!

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(真ん中写真、3人が演奏している楽器が「ダフ」。円形の木枠にプラスチックあるいは皮を張った片面タイコ/上左がトンバク/弦楽器のタール、タンブールとのセッション、ヴォーカルもあり、堪能!/会場はイラン料理店。やさしい味の煮込み料理や好物のひよこ豆ペースト・モホス、ザクロジュースとワインのカクテルなども食にも満足)

イランのパーカッション、こんなにたっぷりじっくり聴いたのは初めて。そして、その豊穣の音世界に感動しました。

* ダフ *
いわゆるフレームドラムの一種。直径60センチから70センチほどの円形の木枠にプラスチックあるいは皮を張った片面タイコ。両手の手のひらで支えながら叩いて音を出す。枠の裏には無数の金属製の輪がつけられており、縦に振ることでジャラッという金属音を出すことができる。同系統の打楽器は世界各地に存在し、タンバリンなどはその最も有名なものとしてあげられる。
ダフは音楽演奏というより、もともと地方の神秘主義的な集会や儀式の為に使用される楽器で、ゼクルと呼ばれる詠唱とともに特定のリズムを打ち鳴らすためのもので、他の楽器が絡むことはなかった。ダフ奏者がイラン音楽のアンサンブルに参加するようになったのはごく近年の革命後になってから。革命後のイラン伝統音楽シーンは、ダフの参加により大きく変化。イラン伝統音楽はこれまでになかったグルーヴ感やスピード感を持たせることに成功した。
(「iran japanese radio」のHPより引用)

奏者の方々のトーク&映像にも引込まれました。各人がイラン音楽に関わるようになったきっかけやエピソードが、写真や音像を通して紹介されます。イラン音楽や楽器への敬意がベースに感じられ、その魅力を伝えたいという熱い想いが伝わってきました。こういう想いに感応するんですよね。イラン、相変わらず驚かせてくれる。芸術の国ですね。


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「誰も知らないイランの絵本展」など、気になるタイトルが魅力的なsalamx2さん。今回は「小さな部屋の絵本展」。どのくらい小さいかというと、「ギャラリー」の高さが1m。定員1名。こちらも行くしかないでしょう。

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(種を明かせば階段下のスペース利用ギャラリー。湯島の輸入雑貨店「NICO」内/大人になっても秘密の小部屋みたいな空間はみんな結構好き。靴を脱いで順番に入ってゆっくり絵本と戯れました。待ち時間の人はaikoさんとチャイを飲みながらのおしゃべり!)

「小さな小さな空間で今回展示するのは、初版が2000年までのイランの絵本たち。最近の絵本には見られないようなユニークかつ「濃い」表現の絵本が並ぶ予定です。革命(1979年)以前のもありますからね。どうぞお楽しみに!」(「salamx2の雑談」)。

aikoさん、コレクション持ってますね〜。さすが。なかなか見られないものを見せて頂きました。個人的には、薄いペラペラの紙質のささやかな絵本に惹かれます。


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この秋は、展覧会も充実、イベントや映画祭が多く、いい作品やモノとの出会いがたくさんありました。冬に入っても、展示会やイベントが多数。ネット等を通して情報に触れやすくなったことも一因でしょうね。いつどこに行こうか、迷ってしまうほどです。

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こちらは絨毯・キリム・テキスタイル系の展示。左半分がtribeさんの展示で見つけたウズベクもの。ブーツやスザニ、アトラス。ミラーワークのブーツがかわいい。履きこなされている古いものですが、愛らしさで鮮度感抜群。
右半分は、kannotextileさんの展示。こちらは夏の展示の写真なのですが、左とテイストを合わせてみました。ラカイ族(独自の刺繍で有名)のカラフルなブーツが目を引きます。

ウズベキスタンの伝統的な絣アトラスやアドラスによるモノづくりに取組むカンノさん。スキッとしながら主張のある衣服たち。センスの良さと確かな技術。このような若い層の登場が本当にうれしいです。
夏の旅で出会った布で作った衣服、現地からのバッグや小物、スザニなどを展示販売する「果て無き大陸と巡り廻る布」、現在川口市にて開催中(23日まで)。


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思うところあって、青のfacebookページを始めました。正確に言えば、2011年2月1日にちょこっと投稿して以来、放置していたページ。再開のきっかけは、週明けに判明した選挙結果。青をまじめにやろう、、、この思考回路、ヘンですが、自分のできることをコツコツしていかなくては、それって何?? タイルや陶器や青へとグルグル回ってきました。ヘンですが、やっていきます。

「青の陶器とタイル好き * blue ceramic museum」というそのまんまのページ名です。ご興味もって頂ける方は、どうぞごらんください。
facebookは、テーマを青に絞っての短い1トピック(1枚の写真と短いコメント)でデイリー(平日?)。内容は、<西・中央アジアの青の陶器とタイル><日本の陶芸><世界の青の工芸、染織、光景>予定。
ブログはやや長めで、装飾タイルやテキスタイル、イベントから日々の思いまでいろいろ。週1回更新(めざしてます)。

そんなこともあり、青の本なども紹介していこうかと、本をスキャン始めました。Amazonのリンクでももちろんいいのですが、表紙写真も大きいとやはりインパクトあります。
最近はネットばかりで本を見なくなっていたので、本を重く感じました。重いんですよね、この系統の本。それがキツくなってきてますが、久々に見るとなんか愛おしいですね。汚れ具合も。いくつかのコラージュをご紹介。

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(私の大事な大事なテキスト2冊。それぞれに特徴があり写真も美しい/「the art of the islamic tile」/「colour and symbolism in islamic architecture」)


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(青について詳細に書かれている(はず)、読み込んでいないです、、「and diverse are their hues color in islamic art and culture」/イスラム建築や装飾の草創期、魅力にあふれる時代、「islamic art and architecture 650-1250」)


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(アイユーブ朝シリアの陶器、青が魅力の表紙、「raqqa revisited ceramics of ayyubid syria」/表紙はシャーヒズインダの浮彫りタイルですね。美しい写真とともに技法やモチーフ、事例などについて詳細な解説。「splenders of islam」)


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(表紙がきれいなトルコタイル中心の2冊。ソフトカバーで軽め。写真中心/「turkish tile and ceramic art」/「islamic tiles」)


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(青の表紙の本を元々スキャン予定だったので惜しいと思って裏も取りました。裏表紙がすっごい青のタイル!セルジューク朝からベイリク朝のアナトリアのタイル。読もうと思っていてまだ全然です、、ネットに走ってます、完全に、、/「tiles treasures of anatorian soil tiles of the seljuk and beylik periods」)

この他もスキャンしたのですが、今回はこのくらいにしておきますね。facebookの方でもじょじょにご紹介予定☆♪
by orientlibrary | 2012-12-21 22:08 | 中央ユーラシア暮らしと工芸

『絲網之路天空』〜駱駝の影、砂漠の足跡、込められた想い

今回は、NHK BSプレミアム『極上美の饗宴』「シリーズ平山郁夫の祈り(1)執念のシルクロード」からです。(*画像はTVより引用、またTV放送からのメモを参考にしています)

〜〜平山ほど、壮大なスケールの風景と悠久の時間を描こうとした日本画家はいない。40年にわたって、現地を100回以上も訪れ、ラクダに乗った人々が広大な砂漠を行く姿などを描き続けた。平山はシルクロードに何を見たのか? 膨大なスケッチなどを手がかりに、画家の執念を見つめる〜〜


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(平山郁夫氏は 15歳で原爆に合いその後貧血など後遺症に苦しみます。東京芸大に入学して日本画を学ぶも、何を描いていいか模索の日々。一枚でいい、自分だけの絵を描かねば死ねない。転機となったのは1958年の「仏教伝来」、玄奘がオアシスにたどり着いた場面。シルクロードを歩いて新しい表現をつかみ取りたい。1回目のアフガニスタンは38歳のとき。アフガニスタンの茶褐色の世界に戸惑います。「厳然と私を拒んでいるかのようだった」。自然を細やかに写し取る日本画の世界。岩山と砂の大地をどうしても描くことができず、ウイグルの人々をスケッチすることしかできませんでした)

数年前、玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」(奈良・薬師寺・大唐西域壁画殿)を拝見しました。平山郁夫氏が30年の歳月をかけて完成させたという入魂の作品です。灼熱の砂漠、厳寒の天山山脈を行く玄奘の旅、その艱難辛苦はいかほどだったかと思うと同時に、ときには魅了されたであろう自然が織りなす光景、絶景との出逢いを思いました。
平山郁夫氏もまた、この大自然と、そこで暮らす人々の営みに心惹かれ、まさに人生を賭けてそれを表現した方なのではないかと感じました。

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( 『絲網之路天空』)

今回の放送で最も興味深かったのは、有名な『絲網之路天空』に込められた思いの強さと、その表現方法。「悠久の歴史」を感じさせる平山作品、様々な実験や取材をもとに、その秘密に迫ります。

ちなみに、ナビゲーターとして登場するのは、大自然やシルクロードの写真を数多く撮っている写真家の秋野深氏。キリリとした構図と温かさの伝わる写真が魅力的。青の装飾タイルが好きとのことで、タイルの写真も綺麗ですよ!^^!

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( 1970年にトルキスタン遺跡、その後バーミヤン遺跡へ。茶褐色の世界、伝統的日本画にない題材。最も関心を寄せたのが駱駝のキャラバン。人の営みを色濃く感じさせる姿。シリアの家畜市場の作品では駱駝の姿形がよくわかる描き方をしているが、ここではシルエットに。象徴性を高める)


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(いかにもシルクロードという印象の駱駝のキャラバン。平山氏は砂が風に流されていく光景、流砂を見て砂漠が海のように見えたという。思い浮かべたのは故郷である瀬戸内海の風景。「駱駝船が行き来して交易しているようだ」。それが砂漠のキャラバンと重なった、悠久の流れの中に厳しい光景の中に人の営みがある。そこに惹かれた。風景のスケッチが可能になった。同行した妻・美知子さんが、常に傍らにあり行っていたこと、それは、、鉛筆を削ること。「鉛筆削れ!とすごい迫力で言われました。彼は風景と向き合っていました。鬼気迫るように」)


秋野さんは、『絲網之路天空』の場面となったと思われるトルファンの火焔山あたりを歩きますが、描かれた光景とリアルな景色は、山ひだや太陽の位置などが微妙に異なることに気づきます。平山さんは、何を意図して構図や表現を変えたのでしょうか。

(以下、長くなるので端的に書きます)
 まず重要なのは、駱駝の影(現地で人々に取材。「帽子の形は100年以上前のもの。交易が盛んで豊かだった頃。豊かさを描きたかったのでは」、50年前はキャラバンに入っていたという老人は「駱駝のコブが元気ではない。長旅で疲れている」等々。シルエットの駱駝は見る人に様々なイメージを描かせる)
 逆光で輪郭を強調
 強い象徴性を持たせる(イメージやシルエットは日本画の伝統にない。想像力をかき立てる)
 稜線が右から左へ。砂漠の緑、斜めの線がある(動きを表現、移動を表す、右から左に進んでいる、山と砂漠、2本の線)
 隊商の前に余白(悠久の歴史、それが今も続いていること、動きを感じさせる)
 幾筋もある砂漠の横線(多くの隊商が歩む事によりできたものであり象徴的な意味。いにしえの人々がシルクロードを通して交流した長い歴史。素晴しい表現方法)
 砂や横線が点で描かれている(悠久の歴史。砂は岩絵の具により雫のようなかたまりで描かれる。膠と混ぜ水で絵具薄める。重ねて塗ると盛り上がるようにたまる。ムラが質感、風合いになる。乾かしてまた塗るを繰り返す。横線も何度も塗り重ねる)


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(左上は画の砂の部分。砂漠の砂や足跡、隊商が行き交った道筋を、色を何度も何度も重ねて塗ることにより表現)


まさに「あらゆる手法を使って描ききった」のですね。
1972年に日中国交が正常化。世界を部隊にした文明の道がロマンをかき立てました。シルクロードを通して西域が日本とつながっている、そんな高揚感さえ湧いたかもしれません。「人間の営みを描き込もうとしているという点で現代的」「膨大な歴史の集積を表現するためロマンをかき立てた」。表現方法という切り口から、画家の想いに迫った、いい番組でした。

私が平山さんの絵から感じるのは、歴史を生きた人々への、かの地で暮らしを営む人々への敬意と想いです。そこに敬意を持ちます。


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シルクロード、トルファンの話題から、「ウイグル人の生老病死について」(Halqigül Pattarさん/現代イスラム研究センターのfacebookより/転載許可を頂きました)をご紹介しようと思っていたのですが、長くなるので(〜実際は上をまとめることで力尽きたため)次の機会にしたいと思います。
ウイグルの暮らしについてのリアルな情報に触れる機会が少ないので、うれしくなりました。facebookは、こういうことが有り難いな〜。最近、パキスタンの陶芸工房やタイルの現場についても知ることができ、喜んでます!^^ムルタン、行きたいぞ〜♪

最近といえば、、ついにアジュラク入手〜☆いんどもようさん、どうもありがとう!とってもとっても気に入ってます。肌触り最高〜!

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(左:グジャラートのアジュラク。ストールとドゥパタ☆^^/右上:ウズベキスタンのアトラスを使ったカンノさんの作品/タジクの民族衣装/右下:タイル!?と思って近づいたら写真だった、、渋谷のセレクトショップ。でも、ま、いいか、、タイルもついにキテますかね!?)
by orientlibrary | 2012-07-01 23:24 | 美術/音楽/映画

バーブルの生地、アンディジャンへ

ウズベク滞在中に、フェルガナ盆地にあるウズベキスタン共和国第4の都市・アンディジャンに行ってきました。人口35万人の大きな町。自動車産業が盛んです。

、、なんて、じつはアンディジャンに行くまで、町のプロフィルはほとんど知りませんでした。日本ではサッカーで知名度が高まってきたウズベキスタンですが、なかなか情報は入ってきません。『地球の歩き方 シルクロードと中央アジアの国々」でもフェルガナ全体で5ページ。町としてはフェルガナ(州都)、マルギラン(シルク織物で有名)、コーカンド(コーカンドハーン国の首都だった)のみ。

でも、アンディジャンはある意味有名。名前を聞いたことがある、という方も多いのでは?そう、2005年の「アンディジャン事件」。武力衝突と言われますが、真相は私にはよくわかりません。でも元々情報が少ないところに事件では、恐いところといったイメージが作られていきがち。(実際、外務省の「危険情報」でも、「勧められない」といった感じになっています)

無責任なことは言えませんが、、私がみたアンディジャンは普通の町だったし、新しくできた大通りには店舗やホテルが立ち並んでいました。出会った人たちは人懐っこく温かく、訪問したお宅はまるでパラダイスのようでした(いつか書きますね)。
「アンディジャンは平和ですよ。怖がって人が来てくれないのが悲しい」と、案内してくれたアンディジャン出身のB君。「ぜひ、このことを伝えてください」と言われました。

日本から観光に行く人もほとんどないようですが、私は行きたかったんです、アンディジャン。なぜかというと、、バーブルさまの生地だから!!^^

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(バーブルさま。ムガルの植物愛好、花模様の繊細さはたまらない魅力/『MUGHAL INDIA splendours of the peacock throne』(NEW HORIZONS)より引用)

ムガル帝国の初代皇帝バーブル(1483〜1530)は、アンディジャン出身。父はティムール系貴族、母はチンギス・ハーンの次男チャガタイ系の王女。あの地域の2大英雄を祖先に持つチュルク・モンゴル系。
これだけでもドキドキなのに、ムガル建国にいたるまでのステージが、悲願の地サマルカンド、本拠地としたカーブル、支配したラホール、そしてデリー、アグラと、私のツボの地ばかり。クラクラ、、、
その上、文人、詩人でもあり、回想録「バーブル・ナーマ」は傑作と言われています。

そんなわけで、まずは「バーブルパーク」(正式名称は?)に連れて行ってもらいました。市内を案内してくださったのはB君のお父さん。15歳のすっごくかわいい妹さんも一緒で、楽しかった!

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(思慮深いバーブル像と博物館)

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(この日は午後には気温42度に。この時間帯はそれほどでもなく、地元の人もこのスタイル)

博物館が見えてきました。

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(MUSEUM BOBOR AND WORLD CULTURE)

中に入ると、、、いきなり、あったんです〜〜〜〜〜〜!!!入り口にさりげなく置かれていたんです〜!!

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タ、タイル!!!B君によると、「バーブルがアフガニスタンから持って帰ったもの」とのこと。私がタイルオタクであることは知らないB君、熱狂している私を不思議そうに見ながら奥へ。

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バーブルが持ち帰ったということは、カブールのタイル!?それとも昔日のヘラート!?このザクザクした粗い感じが何とも言えない!真ん中のコバルトブルー、、アフガンはラピスラズリの産地。この青の強さ、厚めの釉薬、もっと浸っていたかったけどな〜。。

** ヘラートのタイル ** このタイルについて、コメント欄より、「ヘラートの町の・・・・・・の廟の墓石」となっているようだと、お教え頂きました。Hさま、ありがとうございました。

*** ナヴァーイー墓廟のタイル *** 追記:H様より加えて教えて頂きました。このタイルは「ティムール朝の宰相で詩人のアリ-シール・ナヴァーイー」の廟のもののようだと。私の写真で切れていた上部から読み取って頂きました。感動です。。アリ-シール・ナヴァーイーは、ティムール朝ヘラート政権時代の文人で、ヘラートの芸術や文芸を振興した人。バーブルさんも尊敬し賞賛している人。その人の墓廟のタイルだったんですか、、。「持ち帰った」との言葉から支配地からの戦利品的ニュアンスを感じていた私、大間違いでした!!逆です。タイル建築がほとんどないインドにティムール朝のタイル、ナヴァーイーさんのタイルを持ち帰った、、中央アジア人のバーブル、タイルに思い入れがないはずがありません。しかも尊敬する人の墓廟のタイルです。大事な大事なタイルだったんです。このタイルが入ってすぐの場所にある意味を理解することができました。そして新たなタイルの見方を教えて頂きました。H様、お教え頂き、本当にありがとうございました。

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(何のタイルかわからなかったけど、建物のどこかに使われたもの?ターコイズブルー、深みがあります。細密画と一緒にあることには何かの意味があるのかな?)

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(『バーブル・ナーマ』は世界で翻訳されている名著。世界の『バーブル・ナーマ』が揃っていました)

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ティムールから始まる家系図。バーブルは5列目、右から2番目。家系図の上部は、サマルカンド・シルダリマドラサの獅子と太陽のタイル。ウズベキスタンといえば、このタイルですが、奪還できなかったサマルカンドへの思い入れというのもあるのかな、というのは考え過ぎ?

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(肖像画)

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(博物館内部壁面)

博物館内部の壁面は、一面に細密画が描かれています。壁面なので本物のミニアチュールの緻密さは無理ですが、噴水の水の渦まできちんと描かれていました。
細密画にはタイルが描かれていることが多くてうれしい。水場のまわりは、六角形タイルと菱形の組み合わせでした。

タイルに心を残しながら、外へ。次に来ることは、まずないだろうなあ、、なかなか来れないところだもの、、

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(ミュージアムから町を見る)

一帯が公園になっているので、植物が茂り、ロープウエーみたいなものもあり、チャイハネもあり。水場と植物と木陰とチャイ、ウズだなあ。

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(モニュメントのチャイポットと茶碗、大きい!左真ん中くらいにいる人と比べてみてください)

バーブルが中央アジア恋しさで涙を流したともいわれるウズのメロン。

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(メロン、スイカ、ブドウ、アーモンド、ピスタチオ。最高!アンディジャンにて)

フェルガナのメロンは本当に最高。とびきりおいしいからなあ、、。写真だけでも、どうぞ。ちょっとうるうるきそうなバーブルファンの私です。

B君、お父さん、妹さん、お母さん(仕事中の職場でお会いできました)、本当にありがとうございました!!お会いした温かいアンディジャンの人たち、どうぞお元気で!!


◆ バーブルとムガル関連 ◆ たとえば、こんなの書いています。
 「フェルガナ、カーブル、ヒンドゥスターン ムガル花模様の旅」
 「インド・ラジャスターンに咲く サンガネールの優雅なブロックプリント」
 「日差しを遮り風を通す 実用と装飾の美 ムガルの透かし彫り」
 「モンゴル系王朝が拓き、輝かせた、装飾タイルの世界」
by orientlibrary | 2011-09-10 10:26 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

流麗なペルシア書道にうっとり〜☆&カリグラフィーの写真など

イスラム圏の装飾タイルを見るとき、煌めく青や華麗な植物文様に魅せられると同時に、モザイクなどで描かれたカリグラフィー(文字を美しく見せる手法、書道)の見事さにため息が出ます。

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(サマルカンド・グルエミル/ドームのドラム部分、クーフィー体。施釉レンガと無釉レンガの組み合わせ)

最初の頃は、それが文字だとも気づかないことが多かったと思います。今だに読み方もさっぱりわかりません。流麗優美な文字をタイルで表現していることに、ただただ圧倒されています。

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(サマルカンド・シャーヒズインダ墓廟群/幾何学模様とカリグラフィーの組み合わせ)

絵付け教室のさぶ先生は、じつはペルシア書道の巧者。タイルにも様々な書体を美しくサラサラと書いていきます。書道と陶芸の実験的な試みの展示(「イランと日本の書で感じる、ペルシャのことわざ」)も。興味深かったです。

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(さぶ先生、書道と陶芸/「空」という文字の書。「どこに行っても空は青色」の詩が添えられている)

カリグラフィー、もちろん興味はありますが、習うとことろにまではなかなか踏み切れません。そんな私に絶好の機会が。ペルシア書道の教室をもっていらっしゃる角田ひさ子さんの「ペルシア書道のあれこれ」というお話の会があり、体験もできる、とのこと。大喜びでおじゃましてきました。とても興味深く、楽しいひとときでした。

今回は、教わったお話の一部、そしてカリグラフィーのタイルや陶器などの写真も合わせてご紹介したいと思います。

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<まず、気になる「ペルシア書道の特徴、アラビア書道との違い」などについて>

・ 縦の直線が長いのがイランの特徴
・ 源はアラビア書道。中国と日本の書道の関係に似ている。アラビア文字が借用され、さまざまなアラビア書体を介してイラン独自の書体を作り出している
・ ナスフとソルスの2書体はアラビア書道としてイランへ伝わった。イランではアラビーの書と呼ばれ、師のお手本の文はアラビア語
・ ナスタアリーグとシェキャステの2書体は、イランで独自に作られた。特にナスタアリーグは楷書にあたり、学校教育の手書き文字や習字のお手本とされ、まず習うべき第一の書体

(書体の資料を頂いたのですが、勝手にアップしていいものかわからないので、wikipediaの該当項目をリンクしておきます)

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(タブリーズ・ブルーモスク/解説本よりアップ写真。モザイクで表現していることに感嘆)

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(上写真右手中あたりにこの左端が見えます/これは何体でしょうか=コメント欄より教えて頂きました。クーフィー体だそうです。多謝!=。カリグラフィーに植物模様をからませてモザイクタイルにしているのですから気が遠くなりそう/ブルーモスク解説本(上のものとは異なります)より。素晴らしい本なのに白黒で紙がペラペラ。裏が透けています。惜しい!)

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<書体について(建築物で見るのはソルス体。イランらしいシェキャステがカッコいい)>

・ クーフィー体=書道というよりはデザイン。建物の壁面モザイク模様、ポスター、本の題字など。古いコーランを書く書体。イラクのクーファで広まった。水平、垂直を巧みに使った直線的な特徴を持つ書体は、総称しクーフィー書体と呼ばれている
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(出所wikipedia)

・ ナスフ=読みやすく書きやすい。イラン、アラブ世界の活字印刷用文字。

・ ソルス=幾層にも複雑に入り組んだ線は力強く壮麗。雄大で美しい。モスクのタイル、本の見出しやポスター。クルアーンや宗教的な文書などに使用。長く引き伸ばした縦線のアルファベット、比較的浅く開いた円、複雑に重なる全体構成が特徴。文字は大胆に折り畳むように重なり合う。アラブ諸国で書かれているアラビア書道では、スルス書体と呼ばれ力強い壮麗な書の代表
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(ブハラ)

・ ナスタアリーグ=柔らかく清楚で気品。ペルシア書道の楷書。イランで生まれたイラン独自の書体。15世紀頃、ナスフとターリーグを編纂し変化を加えて創り出す
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(出所wikipedia)

・ シェキャステ=シェキャステイェ・ナスタリーグ。崩し字。草書。流麗だが複雑な文字のつながり。現代イランではカード、ポスター、絵と書道が組み合わさった書絵画など装飾的なデザインに利用。幾重にも重ね乗せる。詩はイランで生まれたナスタアリーグとシェキャステでよく書かれる

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<道具(実際に見せて頂きました。没食子、生まれて初めて聞いた言葉。薔薇水を使うのもペルシアらしいなあ。紙の流行のお話も面白かった)>

・ 筆=先の固い「葦」や「竹」から作る。こげ茶がかった赤、葦の先をカットし削り先端を右肩上がり斜めに鋭利にカットする
・ 葦ペンはフーゼスターン州のデスフールが産地。赤茶色のものが質が良いと言われる
・ 日本では竹ペンを作る
・ 墨=主原料は煤、没食子(もっしょくし。イランや小アジア地方に産するブナ科植物の若芽に蜂が刺して生じた直径2センチほどの虫こぶ)、アラビアゴム、明晩。溶液の墨と固形の墨(細かく砕かれている)。沸騰させて水を冷まし墨を適量加え完全に溶けてから布などを使って漉す。蒸留水、薔薇水を使う。濃さを調節できる
・ リーゲ、絹糸。書道専用。ボタつきを防ぐ
・ 紙、ゲラーセ。白いつるつるした紙。最近は古びたテイストのものが流行

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カリグラフィーは様々なものの装飾に使われます。

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(モロッコのカリグラフィー装飾。大理石の例。道具も紹介されている優れ本=「TRADITIONAL ISLAMIC CRAFT IN MOROCCAN ARCHITECTURE」より)

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(大理石に刻まれたカリグラフィー。硬い大理石、ミスは許されない。職人技がすごい/同)

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(絨緞にもこんな文字が。物語的ないわれがあるということで写真を撮ったのですが、違っていたら困るのでやめておきます)

道具の写真などもありますが、長くなるのでいつかまた機会があれば。タイル絵付けでもカリグラフィーは登場しそうですので。

体験で書いたもの? 沈没しました。線引くだけでもむつかしかった。何事も道は長く険しいです。^^
by orientlibrary | 2010-12-16 16:45 | 美術/音楽/映画

もっと楽しくミニアチュール!(タイルもあるよ☆)

先日、タイル教室に持って行ったもの、ミニアチュール(細密画)2枚。ミニアチュールにはタイルが描かれていることが多く、それも私が細密画に興味を持つ理由のひとつです。

2枚のうち1枚は、イランのお土産にいただいたもの。「バザールで買った。安かった」と聞いていました。
モスクのような建物にはタイルが描かれており、絵の回りにはペルシア語で何やら文章が。ニシャプール生まれの「さぶ先生」に何が書いてあるのか聞いてみたかったのです。
物語のようで、絵が描かれたのは40〜50年前とのことでした。教室では、紙質のことなどで盛り上がり、楽しみました。

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が、帰って、再度じっくり見るにつけ、なんだか不思議な絵だなあと思い始めました。
これまで見てきたミニアチュールには王様や貴族や美女たちが華麗に描かれていました。

それに対して、この中の人たちは、どうみても庶民ですよね。
画題的には、パッと見たときは、植物に親しむ村人、という感じかと思っていましたが、手の動き、指先が不思議。この画家の癖なのか、妙にどこかを指し示しています。
そして、わからないのが壺のような瓶のような、茶色のもの(左下で男性が見ている、一番左の男性は手に持っている)、これは何??
そして、たくさん人がいるのに、皆バラバラの動きをしていて、しかも山の方には怪しい3人組。天眼鏡で見ると、軽いタッチのアニメ調です。

建物も、左から見た構図、かと思えば、その他は正面から見た構図。煉瓦の柵の隙間から伸びている大きな木。ありえない、、。
細密画というより、民画というか、挿絵(イラスト)というべきものなのかな。でもなんだか、独特の味わいがありますよね。いいですね。

一方、もう1枚は、私がイスラマバードのホテルのアンティークショップで買ったもの。いわゆる、まっとうな絵、です。

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が、さぶ先生曰く、「紙って古くするのは簡単なんだよね」(静かにやわらかく)。ほう、、。
「でも、けっこう高かったんですよ、、」
陶芸のK先生、「10ドルくらいだったんですか」(にこやかに淡々と)。のー、、。
「アンティークショップなんで、、」

たしかに細密度はそれほど高くないかも。
(以前一度アップしましたが)こちらと較べると。

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(なんて流麗、優美。インドが誇る目利きB氏にいただいたもの。額装の上から撮っているのでボケボケですが、、実物はキレイです!)

博物館収蔵品だと、このようなものが。

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(東京国立博物館にて撮影/ジャハンギール立像/インド ビカネール派/紙に水彩、金彩/解説=ジャハンギールはムガル帝国の第4代皇帝(在位1605〜27年)。本図は時代的に下ったもので、表情などは同帝の他の作例と比して安定している)

現在のインドで。観光地のちょっと高級なお土産物屋さんの奥には、細密画のコーナーが。

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(あまり気合いが入っていない印象。画題も好みじゃない)

比較するなら、こちらも。ウワサのプチ美術本『民族衣装』(マール社)。

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(細密な図版を再現した文庫本サイズで、驚異の291円。このシリーズ、『世界装飾図』なども291円。マール社さん、エラい!)

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(元がフランスの豪華本だけに、インドなんだけどどこかヨーロッパの香り?「ジハン・カーン」「ラジャプート族」の表記が新鮮/『民族衣装』(マール社)より引用)

そうこうしているうちに、youtubeで、本当に偶然に、これを発見!!「現代アートに負けるな、イランの「伝統美術」」(せっかくyoutubeの埋め込み方がわかったのに、こちらは埋め込み無効。残念。細密画、ものすごくキレイ!)。

<内容>=「(この人は)数々の賞を受けた細密画作家だが、長い間作品は売れていない。「生活費や家族のことを考えるが、、作品を前にするとすべて忘れるんです」と語る。毎日8時間作業して4か月かかった作品は8000ユーロ。蒐集家は現代アートを好み買い手はほとんどない。細密画はほぼ消滅しかけたが、ヨーロッパなどの新たな買い手がある。20世紀初頭に欧米の東洋学者や蒐集家や学芸員が来て、本を書き図録を作った。彼らが細密画の再発見を助けた。レザ・アバン博物館が所蔵している最古の細密画は10世紀のもの。歴史を学ぼうとするイランの学生らが訪れている。数少ない現役の細密画家は生活のため教室を開く。唯一の市場は海外。イランの文化遺産に興味を持つ外国人だ」

そうなんだ、イランでは現役の細密画家が少ないんですか。
ウズのお土産物屋さん、細密画のアトリエと兼ねたものがけっこう多いけどなあ。たくさんの作品を販売しています。ただやはり、買うかというと考えてしまう。小物は買うけれど、大作となると難しい。でも、ウズの職人さんは、上手いですよ。今も職能が生きてる。ウズだなあ。

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(イランの細密画家に敬意を表して。シャー・アッバースの息子の肖像だそうです/『民族衣装』(マール社)より引用)

タイル絵付け物語は、続行中。
ブログで書きたい大きなテーマも考え中。
でも、現実はなかなか、、
イスラムアート紀行、がんばります。
by orientlibrary | 2010-10-06 23:12 | 美術/音楽/映画

風のインド、花のインド

インドを書いた本が好きです。(あ、全部ではありません。いろんな本が出てますからね) 私の好きなインド本を出してきました。(引用して更新しようという甘い考え!) でも、どの本も、どのページをめくっても、心に沁みてくる文章、心地よさに包まれる文章で、迷ってしまい、、もうパッと開いたページに近いノリで選び、ほんの少しだけ書き出してみました。ね、インドに行きたくなりませんか!?

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(ヒマーチャルプラディーシュ州/orientlibrary)


*** アショーカ、チャンパ、春 ***

「男の家は城門の脇の路地を数十メートル入ったところにあって、この辺りではめずらしく緑にあふれていた。遠くから庭のアショーカ大樹が見えた。明るい萌葱色の、その涼しげなはむらのあいだからは、珊瑚色の花房がいくつも下がっていた。門の前までいくと、塀の上からチャンパの花枝が張りだしていた。白い優雅な花が、ちょうど咲き始めたところだった。そのかぐわしい匂いを私はよく知っていた。荒涼とした無慈悲な大地にも春が来ているのである、彼は振り返り、微笑みながらその美しい花の名を言った」

■ 『喪失の国、日本』訳者の序より引用/M・K・シャルマ著、山田和訳/文藝春秋/2001年/ここに登場する「彼」が著者のシャルマ氏。とても触発的な素晴らしい文化論なのに本のタイトルが変で残念です。訳者の山田和さんの文章、この透明感がたまらなく好きなんですよね〜!!ふわ〜っとしてきます。

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(ラジャスターンにて/orientlibrary)


*** 花、木、草 ***  

「私にとってインドの良さは都会より田舎にあった。その簡素な暮らしぶり、人と木や草との関わりあい方は、私がふだん何気なくしている行為の原点を見せてくれることが多かった。それまで私を、知らず知らずのうちに縛っていた日本の常識とか観念というたががひとつひとつ外れていくのは快感だった。インドという国で、さまざまのことを言葉とともに覚えていくことは、またたがの掛け替えでもあったが、それは子ども時代をもう一度やり直しするような楽しさがあった」

■ 『インドの樹、ベンガルの大地』より引用/西岡直樹/講談社文庫/1998年/西岡さんの『インド花綴り』には精密で美しい花の絵が満載。

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(ラジャスターンにて/orientlibrary)


*** コンピュータ、牛、日記 ***

「実際のところ、インドは現在の日本しか知らない人間にとっては、驚きの多い社会である。街頭に立つだけで明らかにわかる貧富の差。牛の集団がハイウエイの中央分離帯で昼寝をしている風景。たびたびの予定変更や値引き交渉に現れる価値観のずれ。「召使」や「知識人」といった、現代日本では死語同然になった社会階層が厳然と実在している状況。いまになって日記を読んでみると、私が近代日本について知っている知識を総動員し、それとの比較でこれらの事象を解釈するというかたちで、その衝撃と対応していることがわかる」

■ 『インド日記 牛とコンピューターの国から』より引用/小熊英二/新曜社・2000年/デリー大学の客員教授として滞在した2ヶ月。ネットで日々原稿を日本に送信しながら書かれた本。2000年には、そのこと自体が新鮮に感じられた。インドが高度成長に邁進していた時期、しかしコンピュータカフェの前には牛がいる。見るもの聞くものに敏感に反応し、的確に素早く書きこんでいく。同じ24時間を生きていて、こんなにも多くのことを感受し、即時に文章化できるなんて、、感心します。

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(ラジャスターンにて/orientlibrary)


*** 風、美、幻想 ***

「夕暮れの屋上は、風が出て心地よかった。僕らは椅子に座り、屋上で夕涼みをきめこんだ。足元には赤唐辛子が干してあり、頭上にはあくまでも青く広い空が拡がっている。南天高く仄白い昼の月がかかり、辺りは鳥の声に満ちはじめていた。あちこちの白い石の家々の屋根では猿が戯れていた。広い家並みが遙かな丘陵に向かってなだらかに続き、その頂きには荘重な古い宮殿が眺められた。それこそ、十九世紀末のインド総督ジョージ・カーズンに「美中の美」と絶賛され、ウインザー城に比された、壮麗なマハーラーナー宮殿に他ならなかった」

■ 『インド・ミニアチュール幻想』より引用/山田和/平凡社・1996年/アトランダムにページを開いても、静かで深く、透明で温かな文章がつづられており、引用カ所を選ぶことができません。私の好きな屋上のシーン。視界の広がりがあります。私も夕暮れのウダイプルでなごんでいる気分。山田さんみたいな文章、書けるようになりたい。

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(ヒマーチャルプラディーシュ州/orientlibrary)
by orientlibrary | 2009-04-24 19:46 | インド/パキスタン

中央アジアからインドへ。伝統織物の伝道師

前回記事のアジュラックについて、『インド 大地の布』(岩立広子さん/求龍堂)中の寄稿文「インドの染織 5000年の伝統」(ジャスリーン・ダミージャさん)に、素晴らしい解説がありました。今回は、この論文から多くを引用させていただきたいと思います。(写真は適切なものがなく、インドの衣装の雰囲気ということでムガル時代のインド細密画(東京国立博物館)、ブハラは古い建築装飾の幾何学模様などにしてみました)

* 「アジュラック染めは、青、赤、黒、なかでも藍による青を主体とした幾何学文様の木版染めだが、アジュラックという言葉そのものが、青を意味するアラビア語に由来する」

*「赤はアカネ染料で、黒は植物染料で下染めしたうえで、鉄とジャグリー(ココナツ椰子の樹液からとる粗黒砂糖)を酸化発酵させた媒染剤で染める。西欧でファスチン織りとして売られ、また東洋では香辛料と交換に取引されたのが、この布であった」

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(アジュラック制作過程/『AJRAKH patterns&borders』(anokhi museum of hand printing)より引用)

アジュラックが世界中の貿易業者をインドに引きつけたとダミージャさんは指摘します。一方で、インドも外国文化や周辺諸民族の影響を受けています。

*「フン族やスキタイ人、中央アジアの家畜放牧民など遊牧民族の流入により、テントの住居用布地や日用品、衣類などの織物を多用する遊牧生活の伝統がもたらされた」

*「10世紀にはアラビア人が西海岸に移住。外国文化の影響はますます強くなった。アラビア人が支配権を確立すると、アラビア文化の影響は組織的に浸透していった。イスラームの宮廷の伝統は、おそらくこの時期にインドにもたらされたものだろう」 

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(ジャハンギール立像/ビカネール派/18世紀後半/ジャハンギールはムガル帝国第4代皇帝。絵画を愛好し、この時代に芸術活動は活発化した/東京国立博物館東洋館にて撮影。文章は同キャプションより)

遊牧民の生活様式、イスラム宮廷文化、幅広い魅力的な文化の流入が、インド染織に磨きをかけていく様が想像されます。

*「緯糸を余分に足して紋を織り出す織物、ブロケードをインドにもたらしたのは、おそらくシリア人だったと思われる。中近東のシリアは、ブロケード生産のもっとも重要な中心地の一つだったからだ」(ブロケード(brocade)とは、サテン地に浮き模様を織り出した織物のこと)

*「「マッシュルー」(アラビア語で「許されているもの」の意味)は綿と絹の交織で、外側の見える部分が絹、裏側の肌に触れる部分が綿である。おそらくこれもアラビア文化を通してインドにもたらされたものだ。正統のイスラム教徒は肌に絹を直接つけることが許されなかったので、裏側に綿を織り込んだのだ」

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(テラスに立つハイデラバードの君主(ニザム)/ハイデラバード派/19世紀前半/豪華な金地縞花模様の上着やこれと似た文様の帯、左手に持つ長剣、右手の本、緑色の後光はこのニザムの地位の高さをよく示している。花壇、テラス、上をやや濃い色とした背景は、定型化した形式である/東京国立博物館東洋館にて撮影。文章は同キャプションより)

AZURE(青)とAJRAKHなど、言葉から類推されるつがなりがあるんですね。綿と絹の交織って、「正統のイスラム教徒は肌に絹を直接つけることが許されなかった」というところから始まったんでしょうか?オリジンはどこなんでしょう。興味深いです。そして次に、びっくりな一節がありました。

*「13世紀に中央アジアからもたらされ、インド伝統織物の重要な一部をなす技術がある。ブハラからグジャラート州スーラトに移住したナクシャバンディ派が導入した技術で、織機の上部にコードを張ってフレームに模様を織り出す技術である」

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(ブハラのカリヤンミナル。1172年建造。カラハン朝の壮大なミナレット。焼成煉瓦で幾何学模様を表現。この頃のブハラの都市としての勢いが伝わってきます。13世紀前半にモンゴル軍が侵攻したことが、織物職人のインドへの移住につながったのでしょうか/orientlibrary)

*「彼らの祖先は、スーフィー教ナクシャバンディ派の導師バフー・ディン・ナクシャバンディで、金のブロケードの複雑な文様をデザインする名匠でもあった」

*「このナクシャバンダ族(*)のグループは、スーラトからアーンドラ、アウランガバードやヴァラナシなもっとも重要な織物の中心地へ移住し、その地で織物業に従事し、族長バフー・ディン・ナクシャバンディへの尊敬を持ち続けた。それは今日も続いている」(* 族という意味がよくわかりませんが、、)

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(ブハラの金糸刺繍。ブハラ工芸を代表する名産物。土産物にも/orientlibrary)

ブハラは今でも金糸刺繍が盛んですが、スーフィーの導師がブロケードデザインの匠だったとは!染織の技術を各地に伝搬していくことと布教は重なり合っていたのでしょうか。ナクシシュバンディーの名を染織の本で見るとは思いませんでした。

インド、パキスタンと中央アジア、西アジアが好きで、その共通点やつながりを見つけては一人喜んでいる私、ブハラとグジャラートが染織を通じて重なり合うということに、すごくドキドキしてしまうのです。

でも、これって私だけかも、、。ですので、ダミージャさんの文の中から、染織や文化が好きな多くの方に興味のありそうな<インド哲学と染織>をご紹介して終わりにしようと思います。

*「染織に関連するサンスクリット語の言葉が、インド哲学の専門用語とつながりがあるのは、きわめて興味深い。たとえば、「スートラ(経典)」は仏陀の教えを「(糸を通して)つなぐ」という言葉からきている。タントラ教の行者が瞑想の行で精神を集中するために用いる図形「ヤントラ」は、今日でもゾロアスター教の「クシュティ」を織るのに使われる装置を指すが、もともと織機を意味するサンスクリット語である」

*「織機の経(たて)糸を巻く織巻(おまき)「スタンバ」は、聖なる柱「世界の柱」を指すサンスクリット語と関係があるとされる。ヨガや瞑想の奥義である「タントラ」は、経糸を指す「タントゥー」というサンスクリット語からきている。時を意味する「カラ」の概念は、経糸と緯(よこ)糸—昼と夜—を織り上げる、と表現される」

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(ブハラのマゴキ・アッタリ・モスク。イスラムタイル装飾初期(12世紀頃)より見られる複雑な多角星模様。連続しつながり合う模様、その凝縮力と広がり、趣きとしての典雅さ。イスラムの美の結晶というほど素晴らしいです。布を見た後では織物のように見えてきます/orientlibrary)

スーフィーの導師が織りなすブロケードといい、、織るという行為は神との合一への道筋に近いものなのでは、という思いがわいてきているこの頃です。
by orientlibrary | 2009-02-28 00:14 | 絨緞/天幕/布/衣装

身近な美術で小さな旅。アフガン、ウイグル、インドへ

◆ アフガニスタンの写真、絵、陶器 ◆
秋です。美術にちょっと関連のあるエピソードをいくつか。この春、ダリー語などについてお話を聞く機会があったアフガニスタン出身の江藤セデカさんのお店(ハリーロード/新宿区曙橋)を訪ねました。新聞に、アフガニスタン支援のため写真による紹介をお店でおこなうという記事が載っていたのです。絨緞や工芸品の奥にセデカさんの笑顔がありました。

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アフガニスタンの村の写真・・・なぜかとても惹かれます。農作業など日常の景色なのですが、重く切ない、でも確かで揺るぎない美しさを感じるのです。(うまく表現できないのがもどかしいです)。これらの村は今どうなっているのでしょう。

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子どもたちが描いた絵・・・以前、「アフガニスタン、明日へつなぐアーティストたち」という展覧会(国際交流基金、2003年)で、10代、20代の若い人たちの作品を見て、その成熟した描きっぷりに驚いた(記事はこちら=「大人になる速度・・・戦国時代、草原、アフガニスタン」)ことがあります。彼らは路上で靴磨きなどをして働いており、あるNGOの職業訓練で絵を習ったといいます。観察がたしかで表現が重厚。とくに陰影の表現が巧みだと感じましたが、ハリーロードにあった絵も同様に、ナン焼き釜の熱さが伝わってくるようでした。

また、「イスタリフ焼き」の作品もじっくり拝見することができました。2003年に新聞で紹介されたアフガニスタンの陶芸村イスタリフ、それ以来ずっと気になっていました。2005年には国際交流基金の招きでイスタリフの陶工など15名が来日し、土岐、瀬戸、常滑、砥部などの陶芸産地を訪問したことも記事で読んでいました。その際に通訳兼エスコートとして同行したのがセデカさんだったのです。

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「イスタリフ焼きは鮮やかな青や緑が魅力的だ。だが、地元の粘土には鉛分が多く、陶器はややもろい。また、陶芸の技術、皿の模様(絵つけ)やデザインには発展の余地が十分にある。陶工一行は、日本の陶工から、粘土から空気を抜く技術、皿のデザイン、絵つけなど幅広く陶芸技術を学んだ」(国際交流基金ホームページより引用)

本物の青のイスタリフが見たい、とずっと思っていました。それが目の前にあります。たしかにかなり柔らかい陶器のようです。模様もザクっとしており練れていない印象です。

「“内戦によって、存在していたものすべてをなくした”。イスタリフからきた陶工のひとりはこう表現した。 

こうして同じ土地で300年近く続いてきた家業が中断。一行のひとり、アブドゥル・ワーセ氏は、内戦で町を追われ、カブール、そしてパキスタンへ逃れた。陶芸をすることもならず、5年間も皮革業で生計をたてるしかなかった」(国際交流基金ホームページより引用)

訪日した人の多くは現地の窯元の跡取り。陶芸の村はその後、どのように?、、手がかりのひとつが、リンクしている「アフガニスタン/パキスタン駐在日記」さんにありました(2007/09/07)。「陶器のお店が立ち並ぶ」とのキャプションで、たくさんの陶器が飾られた店の写真もあります。先日見たものよりも、特徴である青色を強調している印象です。陶芸の村イスタリフ、彼らの家業が安定して続いていることを願います。


◆ ウイグルの写真、おもてなし ◆
先日、ウイグルからの留学生たちが主催する会がありました。きれいな民族衣装を着た若者で賑わっています。ウイグル音楽の演奏などもあって、明るい雰囲気。展示物を見ていると、来日して4か月という女性が一生懸命説明してくれました。どうもありがとう!

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展示してあった写真が、とても良かった。ウイグルってホントに絵になります。また、来場者にはお茶や手作りのお菓子が振る舞われました。心づくしのものをたっぷり。そんなもてなしは、中央アジアや西アジアの魅力。ごちそうさまでした☆

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◆ インド細密画の魅力 ◆
『インド細密画への招待』(浅原昌明/PHP新書)という本が出ました。マニアックなテーマにもかかわらず新書なのがすごい。850円の新書のなかに、カラー写真の細密画がたくさん紹介されています。

著者は、1979〜83年、家電メーカーからインドの子会社に出向。そこでインド細密画に出会い魅了され、勤めのかたわら研究を続けてきたそうです。退職後にはさらに調査を深め、トルコやイランにも調査対象を広げているとのこと。内容は、インド細密画の特徴、ヒンドウー教系、イスラム教系、さらにそのなかの派の分類、細密画から読み取る歴史や文化など、わかりやすく解説されています。

写真での実例が豊富に掲載されているのですが、そのなかにどこかで見た絵がありました。この切手持ってる!(日印交流年記念切手)。久々にスキャンしてみました。(切手って精密なんですね。これだけ拡大しても大丈夫、、)。安定したライン、細密な模様、ショールの透け感、そして色が鮮やかでキレイ!「ラーダーの肖像画」(キシャンガール派・1735-48頃)、「インドのモナリザ」と言われているそうです。

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インド細密画の本といえば、大好きな『インドミニアチュール幻想』(山田和/平凡社)があります。情感、透明感のあるこの本からミニアチュールへの憧れが強まりました。山田さんのインド本、好きです。インド工芸の目利きであるB氏からいただいた2枚の細密画(↓)。現代のものですが、青好きな私の好みがお見通しなのがすごい。今も大事に飾っています。

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イラン、トルコ、ウズベキスタンなどの細密画も好きです。美しいのはもちろんのこと、衣装、植物、庭、天幕、建物、そして装飾タイルなどの模様や色がとても参考になります。細密画、、見れば見るほど遊べる、学べるものだなあと思います。
by orientlibrary | 2008-10-17 00:18 | 美術/音楽/映画