イスラムアート紀行

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ノルブリンカ・インスティチュート(ダラムサラ)

インド・ヒマーチャルプラディーシュ州・ダラムサラにある、ノルブリンカ・インスティチュート

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チベット独自の芸能・工芸の保存と継承を主眼とした施設です。広い敷地に、寺院、職業訓練をおこなう工房、ゲストハウス、製作した工芸品を販売するショップなどが点在し、緑と花があふれるサンクチュアリのようなところでした。ゲストハウスの窓から庭を見ると、緑のなかに白馬の親子がいました。夢のような光景でした。

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けれども、現実は過酷です。平和的に行進しただけで投獄されて拷問され、家族と離ればなれになり命からがらダラムサラに逃れてきたというスタッフの男性は、弾圧の様子や家族への思いを話してくれました。チベット仏教の僧侶のお話も聞きました。(以上は、2005年春滞在時。現在の様子はネット等で調べてみましたが、よくわかりませんでした)

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中国・四川大地震の震源地、四川州アバ・チベット族チャン族自治州。救援、そして今後の復興に政治的な事情、意図などが紛れ込まないことを願うばかりです。
by orientlibrary | 2008-05-16 23:34 | 社会/文化/人

途上国でかわいいモノづくり。そのパワーとセンスを学ぶ

心地良い空間、心地良い時間、人それぞれに違いますよね。美しいビーチリゾートやラグジュアリーなホテルで最高のサービスを受けるのがいちばんという方も多いと思いますが、私は、どうも苦手。高級なところや優雅さと縁のないことバレバレです。

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(インド・ラジャスターン・ナワーブの邸宅を一部使用したプチホテル。客室も居間も全体がひとりの女性デザイナーの布で統一されています。すべて花柄。組み合わせてもうるさくないのが不思議です)

◆ インドのインテリア  ◆
そんな私が宿泊先で心地いいと思うのは、清潔でこじんまりとして簡素。でもセンスの良さと気配りが各所から伝わってくるところ。ホテルなどはあまり写真を撮らないので残念ながら写真がないのですが、ウイグルの小さなホテルでは、ポットとコップの絶妙な配置に美的感性の高さを感じました。そういうのが好きなんです。

写真でご紹介しているのは、インド・ラジャスターンのナワーブ(イスラム藩主)の邸宅を一部使用したプチホテル。同・マハラジャホテル。インド・ヒマーチャルプラディーシュ州・プラグプルの旧家を改造したゲストハウス。そして、ラジャスターンのブロックプリントの工房です。使われている布の素材感がなんともいいんです☆

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(ナワーブのプチホテル。使い古した布を椅子のカバリングに利用。よくこなれていい心地になっています)

インドの布(繊細な木版捺染)やインテリアと出会ったのは95年頃。当時、インドの製品というとチープな雑貨や安価な衣料が大半で、イコール安物という印象が強く、「品質とセンスが抜群にいいものがあります」と言っても、実際に見せても、流通関係の方々にはいい反応がありませんでした(一般の人たちは「きれいね〜!」と高く評価してくれましたが、、)。「残念だけど仕方がない」、私も早々とあきらめました。

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(ラジャスターンのマハラジャホテル「サマードパレス」。ロールカーテンとすだれをミックスしたようなもの。蒸し暑い気候に最適。布は木版捺染。透けるように薄い木綿だから、こんなことも可能に)

◆ バングラディシュでかわいいバッグを作る ◆
バングラディシュで特産のジュートを使って「途上国発ブランド」のバッグを開発製造し日本で販売している山口さん。(本の内容と著者の紹介は、書くと長くなるので、ご興味のある方はamazonのこちらをごらんください。3月にテレビの『情熱大陸』でも紹介されたそうです)。読後、予感通り、ちょっとピシッとしました。

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(インド・ヒマーチャルプラディーシュ州・プラグプルの旧家を改造したゲストハウスの寝室部分=これはサブでメインはもっと広いですが私はここが好き。簡素で心地良い。ラジャスターンの木版捺染が各所に使われており、すだれロールカーテンも同じ。ヒマラヤと沙漠?でも距離的に近いんですよね、意外と)

彼女のガッツと行動力はすごいというか、すさまじい。イジメ、非行、男子柔道部でのド根性の日々、3ヶ月猛勉強で慶応大学入学、ワシントンの国際機関でのインターン、とにかく現場へと渡ったバングラディシュ、腐敗、格差、途上国ブランドという発想、ジュートとの出会い、工場での苦闘、日本での販路開拓。

ワシントンの国際機関の様子には驚きましたが、現実なんでしょうか。「途上国なんて行ったことないし、行きたいとも思わない」という職員たちの優雅なオフィスライフ。「国際機関はいつだってトップに存在する。僕たちトップは頭を使う」という職員に、彼女は「ものすごい違和感と現場との乖離」を感じ、1週間後にバングラ行きのチケットを取ります。

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(ラジャスターン・バグルーの工房。天井がサンプルのようになっていておもしろいです)

エピローグから一部、抜き出してみたいと思います。

 「バングラディシュで見てきた現実の中で自分の人生に最も影響を与えたものは、明日に向かって必死に生きる人たちの姿だった。食べ物が十分でない。きれいな服もない。家族もいない。約束された将来もない。そして生活はいつも政治により阻害され、きれいな水を飲むにも何キロも歩かなければならない。そんな人たちが毎日必死に生きていた。ただただ生きるために、生きていた」
 「そんな姿を毎日見ていたら、バングラディシュの人たちが自分に問いかけているような気がした。“君はなんでそんなに幸せな環境にいるのに、やりたいことをやらないんだ?”って」
 「他人にどう言われようが、他人にどう見られ評価されようが、たとえ裸になっても自分が信じた道を歩く。それがバングラディシュのみんなが教えてくれたことに対する私なりの答えだ」

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(ラジャスターン・サンガネールのブロックプリントの工房。ホワイトonホワイトの木版捺染です。私も作ってもらいました)

彼女が「本気でやりたいこと」は「バングラディシュでかわいいバッグをつくる」こと。しかもフェアトレードという方法ではなく、あくまでもデザインや品質で勝負する。この感じ、すごくすごくわかります。名を知られていない国のものでも、商品力で直球勝負をする。そして「かわいい」こと。軽い言葉のようですが、これがいちばん難しいと思います。「かわいい」という感覚的なものを、価値観や風土の違う国で形にすることの大変さは想像に難くありません。(山口さんたちのブランド「マザーハウス」サイトはこちら

25歳のガッツと行動力、号泣しながらも走り続ける一本気。現場や体験からにじみ出る素直な言葉の強さ。刺激を受けました。「本気」、ですね。

*補足* 「本気でやりたいこと」の部分について書籍紹介より引用==「バングラデシュで彼女を待ち受けていたものは、開発学の教科書には載っていない、すさまじい腐敗と格差でした。役所に水道を通してもらうのも賄賂、交通事故で警官に救急車を呼んでもらうことまで賄賂。この衝撃に彼女は怒り、そして誰も思いつかなかったアイデアをつかみます。必要なのは途上国への施しではない。貧しい国で作られたものを欲しくもないのに「かわいそうだから」という理由で高い値段で先進国のバイヤーが買っていくフェアトレードという発想じゃダメ、先進国の消費者が本当に「これカワイイ!」と思うものを、このアジア最貧国で作ろう。
こうして23歳のときにバングラデシュで起業を決意、特産のジュート(麻)を使った高品質バッグを現地で生産し輸入販売するマザーハウスを設立します。その後、現地での工場探し、物づくりに対する根本的な考え方の違い、嘘や裏切りなど、日本ではあり得ないような苦難の連続を次々と乗り越えていきます」 

** ブログ内関連記事 **
「インド・ラジャスターンに咲く サンガネールの優雅なブロックプリント」
「手工芸への熱き思い ”インドの職人”」
「職人とは、建造神ヴィシュヴァカルマーの継承者である」
by orientlibrary | 2008-04-25 00:04 | インド/パキスタン

ウズベク絣を着た歌姫〜アラブポップスとこぶし

「ブハラ国立美術館展」!?、、去年、何度同じように駅の広告を読み間違えたでしょう。「プラハ国立美術館展」でした。目がそういうふうに認識(ブハラ=タイルが素晴らしいウズベキスタンの古都の名前)してしまうところが、オタクなんでしょうか。
昨日も駅で、「TOKYO HERAT」という広告を見つけて、「ヘ、ヘラート!?!(見たいタイルのあるアフガニスタンの町の名前)」、いったい何が始まるの!、、と手に汗握ったのですが、「TOKYO HEART」というあたりさわりのないものでした(惜)。

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(ブハラ・グレイトモスク)

◆ ウズベク絣で熱唱するビョーク ◆
そんな私が、「お!」と思った新聞記事の小さな写真。ウズベキスタンの絣を着てロックしているこの女性は、アイスランドの歌手・ビョーク。日本公演の様子でした。「衣装でも観客を魅了したビョーク」とキャプションがあります。

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(朝日新聞夕刊・08.02.29より引用)

ビョークについてはほとんど知らないのですが、記事によると、コソボ独立に捧げた曲(「ディクレア・インデペンデンス」)のパフォーマンスが最も強烈で、評者は「この一曲を演奏するためにツアーを回っている風にすら感じられた」と書いています。

そんな政治的なメッセージの強い歌にウズベキスタンの絣、う〜ん、、。でも、鮮烈な色使いや大胆な模様はたしかに強いですね。独特のメークとも相まって、なんだか巫女のようにも見えてきます。以前記事で書いた、中山恭子さん(元ウズベキスタン大使)の上品な着こなしとは、ずいぶん印象が違います。それだけ衣服としての奥行きがあるっていうことかな。

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(ウズベキスタンの絣アトラスを着た女子学生/サマルカンドにて)

小国の独立問題に関心が強いというビョーク、どうしてウズベキスタンの絣を選んだんだろう。どんなインスピレーションを受けたんだろう。プラハをブハラと間違えるオタクの私には、ちょっとうれしい想像の時間でした。
追記1:03.07:いただいたコメントなどから、ビョークの衣装を「ウイグル」との関連から考えるようになりました。絹絣アトラスのこの柄はウズベキスタン〜ウイグルで見られます。そしてウイグルでも「独立」が志向されています。)(追記2:03.07:ビョークの上海でのチベット独立アピールと衣装について、コメント、トラックバックで情報をいただいています。)

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(追加でアップします。ウイグルの少女)


◆ アラブと日本、共通する”こぶし” ◆
数回前に、アラブポップスの記事を書いたけどミスで消してしまいアップできなかったという大泣きの記事を書きました。今どきのアラブの若者たちが熱中するポップスについて、たくさんの音像を見せてもらうセミナー&イベントがあり、興味深かったので、そのことを書いていたのです。

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(中東はウードやリュートなど楽器の源流/シリアにて)

エジプトを中心としたアラブ諸国で、90年代のビデオクリップの普及と、2000年代に入ってからの衛星放送の登場により、ビジュアルを重視した新しいタイプの音楽が浸透している様子には驚きました。歌手にも歌唱力だけでなくルックスの良さが求められ(美容整形当たり前?)、とくに女性の衣装の露出度は相当のものでした。(スパイスガールズやブリトニー・スピアーズを濃厚にした感じ!?)

最近では「YOUTUBE」などもありますから、住んでいる地域の限定を超えて、より気軽に音楽を楽しめます。グローバル化と西洋化が進行しているようでした。

でも、アラブ独特の要素もしっかりあります。 “こぶし”を効かせた歌唱法、哀愁をおびた “旋律” 。遠く離れた国々なのに、どこか日本の音楽と通じるものがあります。会場からも「河内音頭みたい」「こぶしがきいていて日本の民謡や演歌みたい」との声。

専門家のお話では「アラブの音楽は西洋の音楽とは構造が楽理的に違う。楽器にはフレットがない。4分の1でも8分の1でも19分の7でも表現できる。単音の音楽なのだ」「アラブの古典に低音はあまりない。音階はオリエント独特」とのこと。中東から中央ユーラシア、東南アジア(=つまりは非西洋になるのかもしれませんが)、底流の旋律や歌唱には共通するものがあるのかもしれません。

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(シリア・ボスラ遺跡・黒の玄武岩で建設されている/日本の演歌コンサート大好評!)

シリアに、ローマ時代の大劇場で有名な「ボスラ」という遺跡があります。そこで日本の北島三郎さんがコンサートをおこなったところ、大好評だったそうです。演歌の“こぶし”がシリアの観客を魅了したようです。日本とアラブ、音楽でも「遠くて近い」んですね!
追記3:03.09:コメントで情報いただきました。このコンサート開催は20年くらい前のようです。私はつい先日このエピソードを聞いたのでわりと最近のことかと思っていましたが、、情報ありがとうございました〜♪♪それにしても、どういうきっかけで<ボスラで演歌>が実現したのかな?)

** ブログ内関連記事 **
 アブルバンディ・雲の織物。ウズベキスタンの絹絣 (中山さんのシャツ姿はこちら)
 日本人の「かざり」ごころを揺さぶる 中央アジア染織世界
by orientlibrary | 2008-03-04 19:04 | 絨緞/天幕/布/衣装

「パクス・イスラミカ」の本を読む

●旅ものが読みたくなって、『深夜特急』を3册再読。著者の沢木耕太郎さん、旅をした年齢からずいぶん後になって書いたということですが、心理状態も含めて、とても臨場感があります。才能だと思いますが、記録の仕方もあるのかな、と、風邪の熱っぽい頭で考えていました。

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(パキスタン・ムルターン〜ウッチュのタイル)

●下川裕治さんの『日本を降りる若者たち』という本もサクッと読めました。これまでバックパッカーが旅の途中で気に入った街に1ヶ月、2ヶ月と滞在し、ぶらぶらと過ごすことを「沈没する」と言うことは知っていました。

●が、最近は、海外で半年、一年と滞在しても、何もせずどこにも行かない旅行者(と言うのかな?)が少なくないそうです。著者は、その人たちのことを「ひきこもり」ではなく「外こもり」と名づけてタイなどで取材しています。

日本を「生きにくい」と感じる若者たちの多さと、長期の外こもりが可能であること、両方に複雑な気持ちがしました。後半、積極的に、かつ気負いなく、海外で働き生きる人たちも登場して、少しホッとしました。

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(パキスタン・ムルターン/シャールクネアーラムと周辺)

●大ヒットは、ずいぶん昔に買ったまま本棚の中に置いていた『パクス・イスラミカの世紀』(鈴木菫・編/講談社新書)。どうしてこれを読まなかったんだろう!?私の好きなエリア(本では「東方イスラーム世界」とされています)の歴史が、こんなにわかりかすく書かれているなんて、、。著者の皆さんに感謝。

●完全復帰にはあと少しかかりそうなので、開き直って本読みしようと思います。読みかけの『チョコレートの真実』『あなたのTシャツはどこから来たのか?』は、ずしりと読み応えありそう。日本のことも知りたいので、『花鳥風月の科学』も。、、結果、、来週は忙しそうだなあ、、がんばろう〜!(意欲)

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(パキスタン・ウッチュのタイル)

●きちんとした記事が書けずに残念です。寒さもこの冬一番、皆様もくれぐれも風邪にはご注意くださいね!
by orientlibrary | 2008-01-13 14:15 | ムルタン・蒼のタイル

「リッチスタン」から、富のゆくえを考える

●いくつになっても、素朴な疑問ってあります。そのひとつに「現代の超大国・アメリカを代表するモニュメンタルな建築物って何だろう。もしかして、ないのでは?」があります。摩天楼の超高層ビル群、工場やオフィスなど産業系の建築物、、建築史の中では意味があるのでしょうが、歴史に残るようなものとも思えません。

●歴史のなかで、繁栄を謳歌した王朝には、時代を代表するモニュメンタルな建造物(〜都市)があります。エジプト、ローマ、ティムール朝のサマルカンド、イスファハーンの王の広場、ムガルの美・タージマハル、オスマンの華・トプカプ宮殿、ルイ14世のヴェルサイユ宮殿等々、あげればきりがありません。帝国や王朝の権威を示し、外交の舞台にもなり、今もたくさんの観光客を集めています。でも、数百年後のアメリカを訪れた旅行者は、いったいどこへ行くんでしょうか

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(トプカプ宮殿)

◆ リッチスタンという国 ◆
●そんな疑問を通底音にしながら、最近読んだ本があります。面白くて一気読みした『ザ・ニューリッチ』(ロバート・フランク著/ダイヤモンド社)。原題は『Richstan』。そう、「〜スタン」を国という意味で使っているんです。イケてます〜!

●そしてこのRichstanは、カギを握る言葉でもあります。アメリカの新しい富裕層(ニューリッチ)は、「自分たちだけのバーチャル国家を形成している」と著者は指摘します。そして「事実、並の国より金持ちである」とも。

●景気減退が伝えられるアメリカ。ITバブル崩壊、不況、911などもありました。けれどもこの間もアメリカは百万長者を生み出し続けてきました。しかも、IT起業家や金融関係者だけでなく、「全国のあらゆる年齢層、ほとんどの全業種で資産は急増」していたのです。

資産100万ドル以上の世帯は、95年から2004年までに倍増し、なんと900万世帯を突破。歴史上初めてヨーロッパを上回りました。しかも、それより上の1000万ドル、2000万ドル、5000万ドルの数も軒並み倍増しているといいます。

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(インド・サマードパレス)

●「これほど多くのアメリカ人が、これほど短期間に、これほど豊かになったのは前代未聞」。背景として、筆者は「金融市場の上昇、新技術、製品・情報の国際的な流通の自由化の複合」をあげていますが、ここでは詳細を割愛します。

●著者(ウオールストリート・ジャーナル紙の記者)がリポートする金持ちの世界、その過剰な誇示的消費には、ただただ唖然とするばかりです。アメリカの豪邸というと、広い芝生の庭とプールくらいしか浮かんでいなかった私は、原始人でした。リッチスタンは、2桁〜3桁の数の寝室とバスルーム、ジム、テニスコート、美容室、屋内プール、スケートリンク、シアター、(買い漁った)美術品展示室、屋内プール、人を驚かす(バカバカしい)仕掛けなどを競っています。

●これじゃあ、京都議定書も渋るワケですよ。しかし、もともと中流出身者が多いため、執事のいる生活や大かがりで複雑化した豪邸の管理に疲れ果ててもいるようです

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(ウズベキスタンの古写真より)

◆ 贅沢と文化の差 ◆
●「アメリカにはあんなにお金があるのに歴史的な建造物がない。どうして?」、、この答えは、自分なりになんとなく見えてきました。ひとつは、お金を持っているのが、絶対的な権力を持つ王朝ではなく「庶民」だから。国家間の外交や軍事にお金を使う必要もなく、ひたすら「豪邸やクルーザーやジェット機や車や腕時計やパーティ」など、自分のために消費しています。

●ヴェルサイユ宮殿も顔負けの邸宅が、競うように立ち並ぶリッチスタン。でも、その100年後はどうなっているんでしょう。贅沢なだけで文化がなければ、消費された後の廃墟が残るだけ。

●歴史の中の王朝だって、贅沢でばかげた消費をし、権力を誇示するために建築したでしょう。でもそこには「文化も力」という矜持があったのではと思うのは、ひいきめなんでしょうか。そうでないと、たとえばイスファハーンなどの美しさは説明できない気がします。リッチスタンの中だけで完結していると、文化も建築も磨かれないのでは?

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(トルコ東部・アニ遺跡)

◆ 慈善競争、社会起業家 ◆
●「アメリカにはあんなにお金があるのに歴史的な建造物がない。どうして?」、、もうひとつ考えたのは、宇宙やエンタテイメント、情報など、いわゆる「ソフト」にお金をつぎ込んでいるから。そのあたりは、イマドキの「帝国」の姿かもしれません。

●興味深い動きもあります。史上最大規模の財団を作ったビル・ゲイツに象徴されるように、リッチスタンが「慈善」に向かっています。慈善競争も激化しており、「慈善でも一番になりたがる」のだとか。また、「ビジネス原則を用いて社会問題に取り組む」社会起業家と言われる人たちの活動では、エチオピアの貧困緩和など具体的な成果をあげているものもあるそうです。

●長短所ありつつ、アメリカはダイナミック。「少数の人びとの有り余る富が、人類の進歩にとってはるかに役立つような理想的状態」(カーネギー)という志向もあります。対イスラムという面が目立ちますが、大学などではイスラム建築や美術の研究もされており、私も時々ウエブサイトを参考にさせてもらっています。リッチスタン、せっかく「スタン」なんですから、仲良くしていきたいですね!(ヘンな締めです、、)
by orientlibrary | 2007-11-10 21:29 | 社会/文化/人

働くために動く いま中央アジアで

●あるセミナーで気になる数字を見ました。CIS諸国の「ロシアへの労働移民」で、出所や詳細がわからないのが残念ですが、<1000人あたり>(ロシアの労働人口の??)ということで2000年と2004年を比較する表になっていました。

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(カザフスタンの道ばたで/積んであるのは石炭と聞きました)

●CIS諸国全体=「2000年・106.4」→「2004年・221.9」。その数の多さ、また4年で2倍強になっていることに驚きました。ロシアの経済発展の様子が、私のような経済素人にも伝わってきたのは、とくにこの数年ですから、04年以降から現在にかけては、さらに増加していることが考えられます。

●表の数字で、ドキッとしたのは、次の数字を見たときです。ウズベキスタン=「2000年・6.1」→「2004年・24.1」。4年で4倍に増えています。24.1という数字もウクライナに次いで2番目です。

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(カザフ・トルケスタンのバザール)

●ウズベキスタンの経済が低迷している、ということは、なんとなく聞いたり読んだりしていました。また実際に、「家族がロシアに働きに行くことになった」という話も聞いていました。でも、高いお給料がもらえるとのことで、「良かったね」と答えたりしていました。状況がよくわかっていなかったのです。

●気になって少し調べてみると、ウズベキスタンからロシア、また経済が好調なカザフスタンへの労働移民は、本当に多いようです。

・・・ 「CIS地域における出稼ぎ労働者の規模については、実態を掴むのが非常に難しい。CIS諸国か らの出稼ぎ労働者を吸収しているのがロシアであり、カザフスタンがこれに続くことだけは議論の余地がない」

・・・ 「過去2〜3年はウズベキスタンからの出稼ぎ労働者の増加が目立つが、同国の統計の公表レベルが低いため、政府発表が実際の労働移民数を大幅に下回っていることが予想される」(以上、日本貿易振興機構・海外調査部/「旧ソ連における地域協力の現状と展望」/2006年)。

・・・ 「カザフスタンのシュペクバエフ内務副大臣は「8月1日から12月31日まで不法移民労働者を合法化する恩赦が行われることになり、すでに85,000人を合法化した」と語った。志願者は今のところ89,600人で、そのうち72.8%がウズベキスタンからの労働者。(略)。こうした労働者は主に建設現場で働いている」(ITAR-TASS/2006年10月3日)

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(キルギスの民家)

●日本貿易振興機構の報告書には、次のような記述もあります。

・・・ 「CIS諸国は国民の1人当たり平均賃金の水準が低いか、もしくは中程度の国々の集まりである。1人当たりGDPは最も高い国でも、2004年の公式為替レートで4,000ドル(ロシア)、次いで2,700ドル(カザフスタン) となっている。タジキスタン、キルギスタン、ウズベキスタンでは、1人当たりGDPが500ドルに達していない

・・・ 「ウズベキスタンでは国民の生活状況が悪化の一途を辿り、労働力人口の流出が起きている。実際、2004〜2005年にはウズベキスタンからの出稼ぎ労働者の数が、カザフスタンとロシアで著しく増加している」

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(ウズベキスタンの子ども)

●天然資源国や大国がエネルギー資源価格の高騰で経済の活況にわく反面、これらの国に比して資源が豊富ではなく、製造業も未成熟な周辺国は経済の低迷に苦しみ、労働力が豊かな国へと流動していることがわかります。

●ウズベキスタンの装飾タイルや陶芸、工芸が好きな、ウズベキスタンファンの私には、複雑な気持ちになる現実です。「経済的な豊かさ」と「幸福」は、単純には直結しないと思いますが、「自国で働き、家族といっしょに暮らす」という選択がむつかしくなっているとすれば、それは悲しいことだと思います。

●なにか解決策はないのでしょうか。

・・・ 「CIS諸国と経済的な先進国との距離は遠大で、これが貿易において輸送費を大幅に引き上げる要因となっている」 「ウズベキスタンは海に面していない内陸国であり、海への直接出口を持たない。そのため、製品輸送にかかる費用は更に上昇する」 「多くのCIS諸国は国土の多くが山岳、砂漠、半砂漠からなる複雑な地理条件を有しており、これも輸送コストの引き上げにつながっている」。

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(ウズベキスタンの陶芸産地リシタンの青の陶器)

●複雑な地形の内陸国、、う〜ん、でもだからこそできることはないか、そんな視点で、何か考えられないかなあ。マイナスに見えることのなかにも必ずプラスの要素がある。ひらりと視点を変えて、外部の人間の素直な目でウズベキスタンの「宝物」を見つけたい、そんな気持ちがわいてきます。

** ブログを初めて1年10ヶ月、、写真のアップの仕方が基本的にちょっと間違っていたことに、今気がつきました、、。残念〜! 折りをみて直していこうかなあ、、、(ショック・・・)。
by orientlibrary | 2007-06-28 15:23 | 中央アジア5カ国

絵付けタイル華やかなトルコ、「拡大EUのフロンティア」?

トルコってアジア?ヨーロッパ?よく「東西文明の接点」などと言われますが、いったいどちらの要素が強いんでしょう。数年前にトルコに行ったとき、ユーロで示された値段の高さにびっくり。十数年前に行ったときは物価が安いイメージがあったのに、ユーロではとんでもなく高かった。雰囲気的に、国としてはヨーロッパに入りたいんだなあ、と感じるものがありました。

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ノーベル文学賞を受賞したイスタンブール生まれのオルハン・パムク氏は、そのあたりの心性を小説に驚くべきスケールとディテールで描きますが、パムク氏自身、アルメニア問題に言及した件で「国家侮辱罪」に問われています。

イスラム美術好きの私としては、トルコにヨーロッパのイメージはありません。ヨーロッパで加盟に反対している人が多いということを新聞などで見ると、なんとなくそれもわかるなあという気がしていました。でもEUとトルコの関係については、ほとんど知識がありません。

トルコの人は、本当にEUに入りたいの?どうして?、、心の隅で疑問に思ってきましたが、先日「拡大EUのフロンティア トルコとの対話」という催しを発見。行ってみることにしました。2時間弱にもかかわらず、3人の専門家による濃い内容のセミナーでした。

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アートではないのですが、トルコはヨーロッパ?という素朴な疑問について少しだけ見えてきたので、長くなりますが聞き書きしたものからまとめてみたいと思います。政治の話、う〜ん、ちょっと、、という方、どうぞトルコのタイル写真でくつろいでいって下さい。


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<EUからの視点>
・ トルコがEU加盟候補国になるまでの経緯、それを可能にしたものは何だったのか。98年と99年の変化から見る
・ 87年にトルコが加盟申請したが、97年のルクセンブルグ欧州理事会では加盟はeligibleである(資格がある)という中途半端な結論に
・ 98年は加盟論議停滞とトルコがこれに抵抗した年、しかし99年は一転してトルコを加盟候補国と見なす転換点となった
・ 背景には、「ギリシアとトルコの関係が改善した」「議長国となったドイツがトルコ加盟に前向きな政権に交代した」「NATOによるコソボ空爆がありヨーロッパに分裂への危機意識が生まれた〜ユーゴ内紛になすすべがないヨーロッパ。トルコを外に置いておくのはよくないという意識」これらの雰囲気が「イズミール大地震」という自然災害によって急速に加盟候補国へと収れん、全会一致の結論に達した
・ しかし、問題はヨーロッパにトルコ加盟に対しての明確なビジョンや政策がないまま、決定に動いていったこと。これが後まで尾を引いている。いまだにアルメニア虐殺問題、反イスラーム感情、キプロス問題などでくすぶっている
・ また、一般的な正直な意見は、「トルコはヨーロッパではない」というものだ。トルコの人口が増加し最大国になるという危惧もある
・ 講演者(八谷まち子さん)の見解は、トルコの加盟はEUにとって大きなメリットになる、存在感が飛躍的に大きくなる、というもの。理由は、「トルコの豊富な天然資源」「高齢化いちじるしいヨーロッパにトルコの若年労働力は魅力」「NATOとは違う軍隊ができる」など

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<トルコからの視点>
・ EU加盟に向かうトルコの内政と外交の変化について見る
・EUは加盟候補国の政治を変えていく。コペンハーゲン基準があり、加盟国は準備協約をし、法整備や政策を実施する
・内政では民主化改革の枠組みができ、これまでで最大の効果があった
 (1)市民社会と政党の活動の自由が拡大した 
 (2)個人の基本的人権、少数派の権利が拡大した
 (3)軍隊のパワーが縮小(軍部は放送、出版、教育も監視していたが04年~廃止)
・ 改革の成果として、国民の意識が変化した
 (1)加盟による経済的利益を重視→民主化の進展が利益という意識へ変化した
 (2)思想信条の自由があり、イスラム派が支持に回った
・ しかし限界がある
 (1)国軍は国家体制を維持する任務であり首相直属である
 (2)トルコ侮辱罪は残る
 (3)クルド語による教育はまだおこなわれていない
・ 外交ではキプロス問題での譲歩があった。統合を進める方向へ
・ EU加盟への国内の支持率は「熱烈支持」から「幻滅」へ。EUシフトを取ったが見返りが見えない。しかしEU的な価値を重視する人が増えてきた。経済よりも政治的な利益が大きかった
・ 加盟に反対している人は、EUがトルコを疎外しているという印象がある。EU諸国のなかで反トルコの世論が一番高い。加盟賛成は最も低い38%ほどである

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<ドイツからの視点>
・ ドイツ社会とトルコ系移民がこの60年でどう変化したかを見る
・ 戦後ドイツ=「ガストアルバイター(労働者としてのトルコ人)」、50年代半ばからの西ドイツ奇跡の経済復興を支えた
・ 1973年以後のトルコ人=第1世代の労働者が家族を呼び寄せ
・ 83年は帰国手当法で祖国に帰す政策
・ トルコ内の政情不安があり難民、不法滞在者としてのトルコ人のイメージに
・ 冷戦後の移民急増、旧ソ連や東欧から年間40万人も入ってくる。 庇護申請者の出身国の2位がトルコ=どうしてこんなに迫害された人が来るんだという印象に。ケルンでイスラム王国を運営した一種のカルト集団の悪いイメージも
・ ドイツの外国人数=人口8300万人の7%、そのうちの36%がトルコ人(トルコから来た人+ドイツ生まれのトルコ人という大きな集団も)
・ 国籍法の改正とドイツ社会の変容、05年の移民法で社会統合を進める=市場が求める必要な移民は容易に入れるがそれ以外はきびしくなる
・ ドイツ社会におけるトルコ系住民の現在=「エルンストロイターイニシアチブ」により双方の社会がお互いの理解を促進するプログラム


e0063212_23441693.gif*おつかれさまでした。写真は『TURKISH TILE AND CERAMIC ART』 より引用しました。
by orientlibrary | 2006-11-14 00:00 | 中東/西アジア

レバノン「NEW WAR」と日本の私たち

●正直言って、私はレバノンのこと、あまり知りません。知っていることも断片的です。少し調べてみました。まず基本情報の一部。外務省の各国・地域情勢から基本情報(2006.02)抜粋です。全体詳細はこちら

・ 面積:10,452km2(岐阜県程度)
・ 人口:460万人
・ 首都:ベイルート
・ 人種・民族:アラブ人
・ 言語:アラビア語(フランス語及び英語が通用)
・ 宗教:キリスト教(マロン派、ギリシャ正教、ギリシャ・カトリック、ローマ・カトリック、アルメニア正教)、イスラム教(シーア派、スンニ派、ドルーズ派)等18宗教
・ 歴史:  
16世紀  オスマン・トルコの支配下に入る
1920年 仏の委託統治領となる
1943年 仏より独立
1975年 レバノン内戦始まる
1978年 イスラエルのレバノン侵攻
1989年 ターイフ合意(国民和解憲章)成立
1991年 内戦終結
2000年 イスラエル軍南レバノンから撤退
2005年 シリア軍レバノンから撤退
(インターネット上の百科事典「Wikipedia」では、すでに今回の空爆が掲載されています。)

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●7月21日現在の攻撃及び被害の状況は、「レバノン国連人道問題調整事務所(OCHA)は21日、イスラエル軍による攻撃が続くレバノンで、家屋を失うなどした被災者が計約50万人に上る可能性があるとの推計を発表した。このうち、学校などに設けられた仮設避難所で避難生活を送る人は約6万6500人。シリア国境のベカー高原では約3万人が家を追われ、多くは親類宅に身を寄せている。また、国境を越えてシリアに逃れたレバノン人は約14万人。うち約10万人が、食料や住居などの支援を必要としていると見られている」(読売新聞)等の報道がされています。

●7月21日おこなわれた緊急ワークショップ「中東戦争の深淵--イスラエルの対レバノン攻撃をめぐって」では、攻撃の2日前に国際交流基金フェローとして来日したレバノン大学教授のマスウード・ダーヘル氏のレクチャー、中東専門家によるコメントがあり、さらに来場した研究者からも多くのコメントが発表されました。そのなかで上にあるシリアへの脱出について、通常はタクシー料金が50ドルほどであるのに、すでに1000ドルと20倍にもなっており、資金力のない人たちは脱出もできない状況にあることが語られました。

●このワークショップは、主催者が準備を始めたのが今週の火曜。その後わずか3日間の告知期間、しかもインターネットと口コミのみでしたが、広いホールは満員。この問題への関心の高さ、逆に言えば、いかに深刻であるかが感じられました。中身が濃く、ブログですべてをご紹介できないのが残念です。要旨のみ、一部ご紹介します。

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●ダーヘル教授はレクチャーのなかで、イスラエルが兵士の誘拐を理由としつつ一般市民を巻き込む “NEW ISRAELI WAR AGAINEST LEBANON”=「新たな戦争」を引き起こした理由として次の5点をあげました。
1:ヒズボラを軍事力で壊滅させる計画を以前から持っていた
2:イスラエルの人々から、ガザからの撤退(2005)をもたらしたレバノンからの撤退(2000)という敗北の記憶をなくす
3:2010年以前に最終的なイスラエルの国境を宣言するというオルメルト首相の計画
4:イラクにおけるアメリカの政策のインパクト、広域中東地域策定を仕向けていくというアメリカ・イスラエル同盟
5:「軍事力だけが中東における闘争の解決方法である」というイスラエルの信念

●ダーヘル教授はまた、多くの一般市民の死傷者や難民、家屋の破壊、空港や発電所・橋梁など社会基盤の大規模な破壊、村落、学校、車両の破壊などの状況、わずか1週間の間に2800機もの戦闘機が襲来したこと等から、今回の攻撃はヒズボラによるイスラエル兵士の誘拐以前から準備されていたものという認識を示しました。実際に、兵士の誘拐に関しても外交的、政治的な努力は一切せずに攻撃を開始しています。

●どんな停戦要請をも拒否しているイスラエル首脳は、彼らの目標を達成するためには時間が必要であると語っていますが、それは「レバノンの完全な破壊」を意味するとダーヘル氏は危惧しています。さらにイスラエルによる軍事的占領、領土併合の可能性を示唆。いつ、どうやって終わるとも知れないこの戦争が、中東の和平プロセスを大きく阻害するものであると結論づけました。(以上、ダーヘル教授レクチャーについては頂いたレジュメをorientlibraryが訳したものです。100%正確ではないかもしれません。恐縮ですがご了解ください)

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●コメントで、イラクの専門家である酒井啓子さんは、今回の攻撃に対する国際社会のクールな反応、その背景にある「イスラエルVS周辺ゲリラ」という見方の危うさを指摘しました。マスメディアは常にヒズボラを「イスラム過激派集団」「ゲリラ」として描きますが、ヒズボラは「レバノンで民主的に選ばれ議会で2割弱の議席を持つ政党」です。

●アフガニスタンやイラクに見られるように、戦争や内戦の末に破綻した国家ではイスラム政権が伸びるという現状があります。酒井さんは、民兵を掲げた政治勢力も「政治参加していく。そのなかで武装解除していく」という根づきつつあった意識が、今回の攻撃で「合法的に選ばれたイスラム政党であるヒズボラが武力によってたたかれるのであれば、議会に参加しても何のメリットもない」という強烈なメッセージとして受け止められるであろうことへの強い懸念を示しました。

●また、常にイラン、シリアとの関係で語られるヒズボラですが、「シーア派のネットワークは国家間のものではなく住民間のもの。社会的共鳴性が大きい。シリアやイランは国家がその動きをコントロールできるが、問題は国家の体をなしていないイラクだ。イラクからレバノンに合流してもおかしくない」とイラク内シーア派の動きを警戒しています。

●視点を日本へ向けてみます。日本はレバノンで何が起きていようが、対岸の火事なのでしょうか。酒井さんは、日本からレバノンへの数多くのODAを紹介し、「現在壊されている橋も私たちの税金から出ているかもしれない」という面からも「無関係ではない」ことを紹介。さらに北朝鮮問題のある日本〜東アジアも「座して語り、武装解除をうながす」ことが必要な点では同じであることも強調しました。

●この他、シリア、イランへのアメリカの戦略、スンニ派が多いアラブ諸国の今回の攻撃への対応のクールさなどについても、多くのコメントがありましたが、ブログでのご紹介は上記までとします。

●所用で滞日中に攻撃が始まり帰国できなくなったSさんの財布の中には、あどけない子どもたちの写真がありました。国内のすべての空港を破壊されたレバノンに、彼がいつ帰れるかわかりません。ようやく安定してきた暮らしを根本から破壊するイスラエルの暴挙に怒りをおぼえます

*写真は、レバノンにあるローマ時代の神殿バールベックのレリーフ/周辺の光景/わずかな隙間に見事な花を咲かせる。バールベックにて
by orientlibrary | 2006-07-22 14:52 | 社会/文化/人

レバノン 緊急ワークショップ

●緊急ワークショップ「中東戦争の深淵--イスラエルの対レバノン攻撃をめぐって」が、7月21日午後6時よりおこなわれます。本日案内を頂きました。急ではありますが、ご関心のある方々にご案内致します。またご報告します。取り急ぎ。

◆日時:7月21日(金)18.00〜20.00
◆場所:明治大学リバティタワー1階リバティホール
◆内容:
・趣旨説明:黒木英充(東京外大AA研教授)
・講演:マスウード・ダーヘル(レバノン大学教授/東京外大AA研フェロー)
  「イスラエルによる対レバノン戦争の真の動機」(英語・日本語通訳付き)
・コメント:酒井啓子(東京外大大学院教授)、臼杵陽(日本女子大学文学部教授)
・司会:佐原徹哉(明治大学政治経済学部助教授)
・入場無料、参加自由、事前登録不要

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◆趣旨
7月12日から開始されたイスラエル軍によるレバノン攻撃は、ヒズブッラーによる人質作戦への反撃をきっかけとしつつ、猛烈な速さで展開してレバノンに対する一方的かつ全面的な武力行使の姿を見せています。これにより、多くの市民が殺傷されるのみならず、内戦後15年にわたって築き上げられたレバノンの社会基盤が根底から破壊されようとしています。一方で、イスラエルはガザのパレスチナ政府に対してもハマース打倒のために猛攻を加えています。これらはアメリカの「対テロ戦争」をイスラエルが下請けしているものといえますが、果たして今後の中東に安定した秩序をもたらすでしょうか。むしろシリアからイランまでを含めた地域全体が大混乱の崖っぷちに立っているのではないでしょうか。こうして中東のみならず地球全体に深刻な影響を及ぼしつつある今回の軍事行動について、滞日中のレバノン人研究者による分析を中心に、中東全体と欧米・日本を視野に入れながら総合的に考える機会を提供します。

◆上記ワークショップ内容等の詳細はこちら

◆田中宇さんの国際ニュース解説:「イスラエルの逆上」〜戦争はイスラエル右派のクーデター
◆エキサイトブログ『脳内ラテン革命』:「レバノン空爆に見るイスラエルが抱えるジレンマ」

*写真はバールベックと花(レバノン)
by orientlibrary | 2006-07-20 15:15 | 社会/文化/人

「見る人は楽しむ」と名付けられたイラクの都、サーマッラー 

イラク・サーマッラーのシーア派聖地アスカリ廟が、2月22日爆破されました。その後のスンニ派とシーア派の間の衝突が報道されています。爆破前の黄金のドームの写真と爆破されたあとのがれきにようになった写真を見ました。一瞬にして廃墟になった廟・・・。サーマッラーについて少し調べました。

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(爆破される前のアスカリ廟と廃墟となった同廟/朝日新聞2月23日より引用)

「古代末、9世紀という時代に、サーマッラーはイランからチェニジアに至る広大な世界で、政治的・経済的・文化的に重要な位置を占めた 。宮廷の繁栄は豪奢を極めたという。当時の建造物の跡が今もティグリス川に沿って残る。(中略)都市遺跡の範囲はローマよりも広く、考古学研究上の重要さは他の追随を許さない。」「カリフ・ムスタムは新たな都市に、スーラマンラー(それを見る人は楽しむ)と名付けた」「その賑わいと美しさは旅行者等の絶賛した記録が示すところである」(佐々木達夫/「かりそめの都 サーマッラー/『季刊 文化遺産 華麗なイスラム美の世界』」

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(サーマッラーのカリフ・アル・ムタワキルの尖塔(『季刊 文化遺産 華麗なイスラム美の世界』より引用/財団法人島根県並河萬里写真財団))

「チグリス川、ユーフラテス川流域は有名なモスクや遺跡が数多くある地域です。まず、バグダード。ここにはサーマッラーのマルウィーヤ(螺旋)のミナレットがあります。この螺旋のミナレットはほんとうにすごい。まさに天へとどかんばかりです。これがれんがでできているわけですから驚きです。またそのとなりの大モスクは城壁だけが残っていますが、これまたれんが造りで、壁の厚さだけでも2メートルはあります。このとなりにグレート・モスク、アスカリ・モスクという黄金のモスクがあります。このモスクでは手で粘土をこねて修復していました」(山本正之・「イスラーム・タイル紀行」/『イスラームのタイル』/INAX)

タイルを愛し世界を訪ね歩いた山本正之さんの「手で粘土をこねて修復していました」に、グッときてしまいました。爆破されたアスカリ廟は米軍のサーマッラー攻撃時にも無事だったのだといいます。

「2004年、アメリカ軍は、バグダッドの北方60マイルにあるサマッラにおいて、イラク政府の要請のもとに作戦を展開すると発表した。(中略)人口25万人と推計されるサマッラ市への攻撃は、真夜中になって始まった。戦車と米軍機が市内を砲・爆撃し、住民は家のなかに身をひそめた。大きな爆発音と自動的な銃撃音が、散発的に午後にも続いた。家は潰され、車は焼かれた。シーア派教徒の聖地であるイマーム・アリ・アル・ハヂ廟とイマーム・ハッサン・アル・アスカリ廟の周囲から煙が立ちのぼり、心配された。だが、廟は損害を受けず、イラク軍特殊部隊がモスクを奪い、25人の武装勢力を捕獲したと第1歩兵師団の広報官オブライエン少佐が発表した」(イラク情勢ニュース/MSNBCニュース2004.10.01)

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(以前のサーマッラーの街 /『季刊 文化遺産 華麗なイスラム美の世界』より引用/財団法人島根県並河萬里写真財団))

イスラムタイルにとっても重要な地であり、ラスター彩が発掘され、中国の影響を受けた美しいイスラム陶器が生まれた土地、サーマッラー。チェニジアのカイラワーンモスクのミフラーブまわりのラスタータイルも、この地を統治していたイラクから運ばれたものと言われています。

「イスラーム建築最古のタイルは、イラクのサーマッラーから発掘された9世紀アッバース朝のもので、正方形や六角形の単色タイルと正方形や八角形のラスタータイルがある」(深見奈緒子/「イスラーム建築とタイル彩タイル」/『砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイルデザイン』)

米軍の攻撃にも無事だったのに、聖者廟を爆破するって、、。スンニ派とシーア派について書かれた本もかなりありますが、むつかしくて私にはどうもストンときませんでした。以前に一度ご紹介しましたが、ジャーナリスト田中宇さんのレポート(「イラク日記(5) シーア派の聖地」)が私にはもっとも興味深かったです(アスカリ廟とは別の廟ですが、聖地の雰囲気が伝わる写真も紹介されています)。ただ視点はかなりユニークなので、宗教等の専門の方にはご異論あるかもしれません。
by orientlibrary | 2006-02-25 01:30 | 中東/西アジア