イスラムアート紀行

orientlib.exblog.jp

タグ:社会・文化・現代 ( 52 ) タグの人気記事

「東京ジャーミー」開堂75周年、タタールから日本へ

お寺や神社、やはり馴染みがあるというか、落ち着くし安心します。庭や参道も美しく五感に響き、記念の品購入なども楽しみ。
一方で、モスクに行ったときの独特の高揚と安らぎと心の静けさが、とても好きです。西アジア、中央アジア、建造物としてのモスクの魅力は圧倒的。ただ、内部、礼拝の場に、女性が入ってはいけないところもあるし、イスラム教徒以外は入れないところも。真摯な信仰の場に立ち入ることは、気軽にフラッと、というわけにはいきません。

e0063212_2358492.jpg

ところが、誰にでも扉を開き、拝見できるモスクが日本にあります。東京渋谷区大山町。小田急線(千代田線)代々木上原から徒歩で5分くらい。都心の便利な場所。白い大理石で作られた堂々としたオスマン様式のモスクです。建築材の多くはトルコからのもので、建築家や職人さんなど100人近いトルコの方々が来日して作業されたそうです。

e0063212_2356959.jpg
(ムハンマド生誕記念イベントのチラシ/外観はwikipediaより。タイルばかり撮っていて外観撮ったことがない。一度チャレンジしてみよう/ディテール、細工や仕上げが本格的)

今回は、ジャーミーのサイト(アクセスすると音が流れますので仕事中の方はご注意を?!)などから、このモスクの歴史を見てみたいと思います。(一部は要旨)

* 1917年ロシア革命の後、中央アジアの国々に居住していたイスラム教徒はさまざまな拷問や弾圧を受け、生命の危機を逃れるために、海外への移住を始めました。その一部は、中央アジアからシベリア鉄道を通って満州に移動・定住し、他の一部は小規模な商売をしながら韓国や日本に定住を始めました。

* 自国から逃亡し満州に定住した避難者にはパスポートがなく、海外渡航のためのビザを取得できませんでした。しかし当時、日本政府が1500 円の保証金の代わりにビザを発給することがわかり、1920 年代に満州に逃亡していたカザン州のトルコ人が、日本に移住を始めました。

* カザン州のトルコ人は、短期間で日本の生活になじみました。特に日本の気候は、彼らにとって快適でした。1922年の東京大震災発生の後、アメリカ政府は東京在住の外国人を救助するため、アメリカへ招待し横浜港に特別船を用意したにもかかわらず、カザン州のトルコ人はこの招待を断り、日本を離れませんでした。最初に来日したカザン州のトルコ人は神戸と東京に定住し、東京で最初の定住地となったのは大久保でした。

* カザン州トルコ人の増加する子供達への教育に対応するために、1931年に富ヶ谷に建物を購入。生徒達は、トルコ人とタタール人教師から、トルコ語、タタール語、英語、ロシア語を学び、小学校課程の全授業を日本語で学びました。1935年校舎が建てられ、富ヶ谷から学校が移転。1938年、校舎脇の土地には、東京ジャーミィが建設されました。

Wikipediaには次のような記述がありました。「この礼拝堂の建設の背景には、当時の日本政府の国策としての対イスラム宣撫政策があり、建築資金は日本側の寄付によってまかなわれた。さらに、落成式には頭山満、松井石根、山本英輔ら、大日本帝国陸軍や海軍の有力者が参列した。これが東京ジャーミイの始まりであり、開設後のイマームには、国際的に知られたウラマー、アブデュルレシト・イブラヒムが就任した」

ひとつのモスクの歴史の中に、ときどきの国際情勢や状況が入り組んでいるのですね。発端がロシア革命であること。1920年代の日本政府がビザをお金と引換えに発給したこと。そして移住したのは「カザン州のトルコ人」ということ。1938年のジャーミー建設には日本政府の思惑があったこと。

「カザン州のトルコ人」、カザン、、わかっていません。「タタールスタン共和国の首都。タタール文化の中心であり、多くの文化遺産やカザン大学などの教育機関が集積している」。タタール!「日本では、古くは中国から伝わった韃靼(だったん)を使っていたが、現代ではロシア語風にタタールと呼びかえることが一般的である」。韃靼。わ〜、これはもっと調べないと、いい加減はことは書けません。

e0063212_2357756.jpg
(カザンの写真をwikipediaから引用してみました/左下はロシア連邦内のタタールスタン共和国の位置、右下はタタールスタン共和国内のカザンの位置。Wikipediaより)

1986年に老朽化のため取り壊され、現在の建物は2000年に立て直されたもの。今年で開堂75周年なのだそうです。

e0063212_23592921.jpg
(礼拝堂のタイル。様々な花が愛らしい。高所なので手ぶれでボケてしまってます、、)

この東京ジャーミーについて、もっとも詳細に紹介しているのは、ブログお友達「写真でイスラーム」さんだと思います。あらためて見てみると、やはり素晴らしい。しかも20もの記事があります。とくにカリグラフィーの説明は、他では知ることのできないもの。読み方や内容まで紹介されています。本当に素晴らしい。ステンドグラスや大理石細工、クルアーン台まで。引用させて頂こうと思いましたが、全部になってしまいそうなので、どうぞ直接にお出かけください

e0063212_004462.jpg
(随所にあるカリグラフィー。細部の細工も見応えあり)

引用ばかりの今回ですが、アップしようと思います。青葉の季節、東京ジャーミー散策も良さそうですね。5月17〜19日は「トルコ・タタール文化の日2013」という催しがあるようですよ。

e0063212_055696.jpg
(トルコ縁で、「青の魅惑」展出展作品より、トルコの作家作品。メフメット・コチェルさん(作品左と右。細密な絵付け)、アディル・ジャン・ギュヴェンさん(中のタイル。モスクのランプ、蛇、双鳥)。お二人ともイスラームの良き精神を感じる寛大で温かいお人柄。作品には思いが込められていると感じました)

=================================================
<コメントをしばらく閉じさせて頂きます> コメント欄へのジャンクメール(コメント、海外から?)がまた増えてきました。消してもまた、です。当面コメント欄を閉じたいと思います。ご了解頂けましたら幸いです。
by orientlibrary | 2013-04-22 00:13 | 日本のいいもの・光景

長崎みかわち焼/0円新政府/イスラエル音楽/インド音楽受容と変容

◆ みかわち焼 ◆

清らかな白と青に惹かれました。長崎みかわち焼。日本のやきもの産地のことを本当に知らず恥ずかしいですが、みかわち焼、今回初めて知り、見ました。(「技巧の宝、発見 ヨーロッパを魅了した 長崎みかわち焼展」/渋谷ヒカリエ8階/1月21日まで)

e0063212_21452420.jpg
(DM等を撮影したもの。会場での撮影禁止だったため、残念ながら作品の写真がありません。リンク先などご参照ください)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<以下、みかわち焼オフィシャルサイトより>
江戸時代、現在の長崎県佐世保市に技術の粋を集めたやきものがありました。そこで焼かれたやきものは、藩の名称から当時は「平戸焼」、現在は「みかわち焼」と呼ばれています。このやきものは、藩の厚い保護を受けていたため、江戸時代のさまざまな経済の荒波に巻き込まれることなく、技術の粋を極めた細工 ものや茶道具などをつくり続けることができました。
幕末(1800 年代半ば)からは、コーヒー碗をはじめとする薄手の食器や繊細な造形の「細工もの」が輸出され、20 世紀半ばまでヨーロッパで高い評価を得ました。その一部は、大英博物館やヴィクトリア & アルバート博物館などにも収蔵されています。
大量生産や廉価な商品が普及する高度成長期以降は、この一つひとつ手仕事でつくり出していくみかわち焼は、時代に取り残されて、知る人ぞ知る存在になっていました。
しかし2010年代になり、このやきものが、再評価され始めました。お殿様の器をつくるために採算を度外視した素材選びと、高度に進化していった職人技は、DNAとなって、いまも随所に受け継がれています。近年は江戸時代から近代の名品の再評価し復元や、伝統技を活かした現代の器づくりを積極的に取り組んでいます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

青の陶器やタイル好きのorientlibrary、これまで見ていた西アジア、中央アジア、そして中国、朝鮮、いや日本の他の染付ともまた違う青の世界に惹かれました。あくまで個人的な感想ですが、一言でいうと、清潔。繊細清楚はもちろん、さらなる清潔さを感じました。浄らかな青の世界。あくまでも淡い呉須の色合い、その濃淡で表現される図柄、透き通るように薄い「薄胎」磁器やレースのような透し彫り。夢の世界でした。

ふだんは地元の美術館に展示されている陶たち。今回の展示作品以外にも現在の窯元の作品も上品で優雅。(豆皿例)海外で評価が高いのも納得できます。いつか佐世保に行かなくては。

——————————————————————————————————————

◆ 新政府樹立 ◆

話題はガラリと変わります。「坂口恭平 新政府展」(ワタリウム美術館/2月3日まで)。
『TOKYO 0円ハウス 0円生活』『0円ハウス』『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』『独立国家のつくりかた』などの著書、太陽電池パネルと車輪をつけた「モバイルハウス」、その制作過程を描いたドキュメンタリー映画「モバイルハウスのつくりかた」、さらには「新政府樹立」宣言で注目を集める坂口恭平さん

e0063212_2139022.jpg
(引用:HP「0円ハウス」/引用:ワタリウムHP/青山の「ゼロセンター」、パスポートをもらった)

早稲田大学建築学科(石山修武研究室)時代に路上生活者の家と出会う。幼少期の興味も関連して、身の丈に合った家を試行錯誤。多摩川の河川敷に長年暮らす“多摩川のロビンソンクルーソー” を師匠に、細部まで教示を受けながら、制作費2万6千円、二畳のモバイルハウス(車輪が付いていれば住居とはみなされない)を作り、駐車場に設置して暮らす。徹底的にコンパクトながら思いのほか住み良い「家」。
会場にモバイルハウス実物が展示されていて、入ってみたけど、採光も良く、住んでみたいと思うくらい快適感があった。茶室という日本の価値観、美意識が生きているようにさえ思えた。

これまで、ホームレスは新しい生き方という捉え方や、ゼロ円でゆたかに生きていくという彼のテーマに興味を持ち、本も読み、映画も見た。けれども、なぜか後味が悪く、納得できず、、なんだろうと思っていた。今回展示を見て、ちょっとだけなぜかがわかった。坂口さんはアーティスト。徹底的にアーティスト。独特の才能のある人だと感じた。かつ弱みも全部見せて繊細。
社会活動家とも言われており、プレゼンテーション力が高く目立つせいか、企業や自治体からのオファーも増えているようだけど、あまり活動家として期待したり追い込まない方がいいのではと思う。躁鬱病を公言しており、1週間程前から「体調不良」(鬱期)でトークなどをキャンセル。マイペースでいきましょう。

——————————————————————————————————————

◆ イスラエル音楽シーン ◆

サラーム海上のエキゾ夢紀行 ─ シャローム・ イスラエル編」(UPLINK)。「中東、東欧、ロシア、アメリカ、バルカンの音楽がゴッタ煮になった現代イスラエルの音楽シーン」、ご興味ある方はリンクを参照してみてください。YouTube映像もあり。

ほとんど聴いたことのなかったイスラエルの音楽。そして現地の様子など、いろいろ考えさせられました。まず、驚いたのは、音楽の多彩さ、レベルの高さ。世界各地からイスラエルという「国」へ。その元々の世界各地の音楽を生かし、なかには現地ではすでに衰退した音楽がイスラエルで保持されているものも。(例えばイエメンの山岳民族の民謡など。イスラム原理主義が強まると音楽は排除される傾向がある)。

年末に、たまたまサラームさんのトークで、さわりとして数曲聴いたことがきっかけ。イスラエルの音楽シーン!?何これ?と興味を持ち参加したけど、聴いていなかったら行かなかったと思う。イスラムアート紀行、イスラエルには複雑な気持ちを持っています。イスラエルと聞いただけではね除けていたと思う。けれども、音楽としては、たしかに興味深かった。中央アジア・タゲスタン共和国のケマンチェ、サーランギーの音楽など、心に響いた。

イスラエルにも平和運動があり、真摯なジャーナリズムがあり、兵役を拒否する人もいる。すべてひとくくりに排除する考え方、気をつけようと思いました。私の壁は少しだけですが低くなりました。現実の「」がどうぞなくなりますように。

——————————————————————————————————————

◆ インド音楽 ◆

「インドを奏でる人々 〜その音楽受容と変容〜 インド音楽・舞踊増殖中の日本!今の姿をお見せします。」(東京音楽大学)。

e0063212_21444797.jpg


ライブとシンポジウムの二部構成。音楽&舞踊ライブは、南インド古典舞踊・バラタナティヤム/ヴィオラ・ダ・ガンバ、16、17世紀西欧のルネサンス音楽、古楽器演奏/ベンガルのエスラジ&タブラ演奏、向後隆さんの演奏一部聴けます/シタール&タブラ演奏/サントゥール&タブラ演奏。 

シンポジウムは、インド音楽が日本でどのように受容されてきたか、インド音楽自体の変容について。濃い内容を短い文章にするのは難しいです。興味深く感じたいくつかの点だけピックアップしたいと思います。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・ インド音楽の最初の日本への紹介は752年。東大寺大仏開眼供養会にて天竺の音楽演奏
・ 明治期にタゴールソングの紹介
・ 戦前に東亜の音楽紹介(政治的野心のある地域の音楽に関心)
・ 1960年代〜80年代、小泉文夫さん等民族音楽研究者によるインド音楽研究と日本への紹介、啓蒙。ラヴィ・シャンカル等に衝撃を受けた人たちが矢も盾もたまらずインドに向かい音楽家に師事。(例えば今回の奏者でありパネラーの皆様。第1世代ともいえる方々かと思いました)
・ 1990年代、航空チケットも安価になりインドに行きやすくなった。滞在して音楽学習。演奏家として活躍するように
・ 2000年代、CD発売等。他の音楽ジャンルとコラボレーションも
・ IT産業の伸展等から海外在住のインド人増加。裕福なコミュニティ形成。インド人意識の高まり。自国の文化や芸能を重視。一方でインド以外で流行したインド音楽のスタイルのインドへの逆流も
・ 現在、ネットワークでの音楽学習も。スカイプを媒介とする師弟関係(インターネットグル)等
・ インドでインド人がおこなうものから、世界中にインド音楽をやる人が増えた。ローカルからグローバルに
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

元々、シタールに代表されるように、一音めから、悠然たる世界、内面に向かうような音律に浸るインド音楽。昨今は、アンビエント、ヒーリング、ヨガ、メディテーションといった音楽ジャンルで親しまれているようです。
日本の演奏家の方々、素晴らしい演奏でした。試行錯誤しながら日本人としてのインド音楽、インド舞踊に真摯に取組んでいらっしゃる姿勢に共感しました。このような場と機会に感謝しています。

いわゆる異文化が受容され、各地の文化の中に融合していくこと、興味深い。中央アジアのものに置き換えて考えたりしたのでした。

——————————————————————————————————————

今回、写真が少ないので、やはり青のfacebookサマリーから。

e0063212_2144981.jpg
(聖者廟ビービー・ジャイウィンディー パキスタン/聖者廟ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟 カザフスタン)

e0063212_21442173.jpg
(青の陶器が描かれた絵 トルコ/二羽の鳥が描かれたリシタン陶器 ウズベキスタン/染付古便器 日本/青の余韻 イラン、トルコ、ウズベキスタン)

☆ご訪問、ありがとうございました☆
by orientlibrary | 2013-01-20 22:07 | 美術/音楽/映画

へラート、青のタイルの廟。1965年の映像から

「The University of Pennsylvania Museum of Archaeology and Anthropology」による映像記録がすごいです。1960年代のイラン、トルコ、アフガニスタンはじめ、世界各地の記録映像(無音)が800本以上YouTubeで公開されています。





(1965: Reel 39: Afghanistan. June 22-23. Herat. アフガニスタンのヘラート 1965年6月/公開日: 2012/09/18) (内容=煙の立ち上る窯/石を重りにした手動の織り機/糸繰り機、縦糸/ヘラートの遺跡、塔、モザイクが少し残る壁、市場/中世の暮らしを描いたGhory Taymanの絵画/刺繍3点/16世紀ムガル時代の挿絵本等/石のコレクション/ミナレットのパン撮り、帯の部分は小さなレンガ、Goharshadの墓廟、遠景、装飾、ドームを廟周辺から見る、畝状のタイル装飾ディテール、塔の球面のタイル装飾、廟内部の装飾)

画質は粗く手ぶれで酔いそうですが、逆にナマの迫力がある。ホント卒倒しそうです。こんな記録があるなんて。そして気軽にいつでも見られるなんて。ほんの少し前まで、数少ないタイル本の写真を眺めているだけだったのに。

色はクリアとは言えませんが、アナログの味わいがあり、青の爽快さ、白の可憐さに熱狂します。また、モザイクの模様、どの模様が1パーツなのか等が垣間みられます。

このような記録映像の魅力のひとつは、美しいだけではなく、施工やモザイクの製作過程を想像できることです。昨今の完璧に修復された建造物は、鮮やかで圧倒的に美しいけれど、時を遡ったり、関わった無数の工人の匠や息づかいを感じにくい。崩れ落ちているからこそ、逆に恐ろしくなるほどの手間ひまが見えてくる。

ヘラートGoharshadのタイル、詳しくはわかりませんが、たぶん1447年ティムール朝期の建造物。携わった職人たちの矜持、とてつもない時間が伝わってきます。タイル装飾ってすごい。素晴らしい。中央アジアの土塊から、当時の土の匠たちはなんていう美を創造したのでしょうか。

e0063212_23405132.jpg
(herat(afganistan)/mauseleum of gohar-shad 1447,state of the before 1984/『COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』より引用)

けれども、このヘラートの廟は、今はどうなっているのでしょう。Pennのアフガニスタンのリールは1965年撮影。(写真を引用している『COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』も、たぶん同時期の撮影ではと思われます)。

1965年のアフガニスタンを見てみると、、1964年=新憲法制定。女性に参政権、教育の権利、就労の自由などが認められる/1965年=初の普通選挙実施。アフガニスタンの歴史は難しいけれど、とにかくこの頃は比較的自由で活気があったような印象です。
その後のソ連侵攻、内戦、タリバンによる支配等のなかで、この廟、このタイルはどうなったのでしょう。人がいる限り、また作ることができます。美しい青のタイルの建造物が蒼い空に輝く日々でありますように。そう願うばかりです。

(参考:「1953年に首相となったムハマド=ダウード=ハーンは、アフガニスタンを近代国家とするために積極的な改革を進めました。他方、パシュトゥーン人重視の姿勢からパキスタン政府と対立し、陸上輸送が生命線であるアフガン経済の生死を決する国境封鎖、さらには国交断絶の事態が生じるまでになった末、その打開のために辞任に追い込まれました。その後も王制のもと改革は進められましたが、カブール大学の教師、学生を中心とした中産知識階級はそれには満足せず、新たな動きが出始めました。1965年には社会主義を目指すアフガン人民民主党が結成され、他方、1990年代以降のムジャヒディン各派の中心となる、カブール大学の教官、学生であったラバニ、マスード、へクマティアルらがイスラームに基づく国家建設を目指す運動を開始しました。1973年PDPAの助けも借りてダウード元首相によるクーデタが起こり、「アフガニスタン共和国」が誕生し王制は廃止されました。」(JICAホームページより))

e0063212_23442746.jpg
(jam(afganistan)/minaret, late12th century/ジャムのミナレット、12世紀後半/右は左写真塔の真ん中部分青の帯のディテール。1100年代にターコイズブルーで施釉したレンガがこのような山奥の峡谷のミナレットに使用されていた/『COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』より引用))

* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … *… * … * …* … *

e0063212_23475452.jpg
(上右、ペシャワール会報の表表紙の画を楽しみにしています。「チャイハナにて 画:甲斐大策さん」/下左はペシャワール会による取水堰の建設で潤される地域(耕地)/下右は「ラピスラズリの壺」

『ペシャワール会報』(113)、代表の中村哲さんの巻頭文「目的と精神は変わらず 「生命」が主題です 時流に乗らない心有る人々の思いに支えられ」。灌漑用水路の工事を進める「緑の大地計画」10年めの状況と現地活動29年の決意です。

 「 内戦は激しくなる一方で、政情は混乱の一途をたどっています。しかし、殆どの人々の深情—戦(いくさ)と外国人の干渉は、もうたくさんだ。故郷で家族と三度の食事がとれさえすれば、それ以上のものは要らないーという、無欲な願いが、誤りのない普遍的な人の営みでしょう。そして、これこそが、活動の基盤である、活力の源泉であり、ゆるぎない平和につながるでしょう」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る アフガンとの約束』(中村哲、澤地久枝)。書名に惹かれて買いましたが、対談形式というのは読みやすいけど、ちょっとまだるっこしい。でも、さすがに澤地さん引き出し上手で、中村さんは人生を語っています。

「死の危険に幾度も直面し、しかもその瞬間、これで楽になれるという思いがひらめいたという。それだけ、生きていれば逃れられない重い荷物を背負っているのだ。アフガンとの約束は容易ならない」(澤地さん)。

 (マドラサ〜神学校の建設の時、村の長老たちが集まって皆でお祈りを始めた。「これで解放された」「自由だ」と言って本当に大変な喜び方だったと紹介し)「私も意外だったのは、まず皆が生存していくために必要なのは水で、マドラッサはその次くらいだろうと思っていたら、彼らにとってそういった精神生活というのは、生きていく上での水と同じように比重が重たいのだということを知らされました」

 (灌漑用水、農業復興支援について)「なぜ水が欲しいのか。ペットボトルに入っている水ではなくて、それで耕作ができて、動物が棲み、子どもたちの栄養失調が減ったり、そこで生きていく命の源とでもいうもの、そういうものが必要なんだということを(住民は)口を揃えていいますね。アフガニスタンというのは、いわゆる近代化に取り残れた国で、自分たちの伝統を頑なに守る民族が住んでいたわけですね。そういうところでは、かえって鮮明に水のありがたさ、自然と人間の共生の仕方といったものが、言葉もいらないぐらい、皆、自然に生きている」

  「地元の人は、「これは神様のご意思ですから」と言う。それは諦めというよりも、一種の謙虚な気持ちのような気がしますね。洪水が来たとしても、向うの人は国家そのものをあてにしていないので、自分たちの意のままにならないことがあるんだ、それはそれで甘受しようじゃないかというのが、どこかにあるんですね」

中村さんの言葉は、いつも全部引用したくなるほどに、本質的で具体的で熱くて人間の誠の心が滲み出ています。同じ日本人であることが、嬉しくなる、誇りに思えます。多くのボランティアの皆様も、ありがとうございます。

* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … *… * … * …* … *

『ラピスラズリの壺』。こちらは江藤セデカさん監訳と絵によるアフガニスタンの民話(アフサーナ)集です。(NPOイーグルアフガン復興協会/2012年5月発行/非売品)。

まえがき(2008年、ネダー・ファルハトさん)によると、
・ 情報文化省は古いアフサーナを収集し始めた
・ アフガニスタンにおける民衆文学も非常に長い歴史を持っている
・ 民衆文学から集団が持つ道徳や文化や行動基準を解明することができる
・ 5つに分類=劇/説教/妖精/英雄/神話
・ テレビやラジオの出現以前は、特に冬に家族が集まり物語を聞いた。しかし物語を話す文化は過去のものになった

物語だからこそ、独特の心性、価値基準が、臨場感を持って伝わってくる気がします。貴重な本、労作です。

e0063212_23511810.jpg
(左:herat(afuganisutan) gazor-gah,1426/『COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』より引用)/右:イラン)

* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … *… * … * …* … *

<アフガン、パキスタンつながりで...ザフ様特集>
e0063212_23575640.jpg

パキスタンのスーフィー楽士、Sain Zahoor Ahmadさんを信奉し、ザフ様をモチーフ&テーマとした様々なモノの製作を続行している手仕事クイーンTさん。コラージュ左がサイン・ザフールさん。右上がMD入れ(織から刺繍まですべて)。MDの中身もすべてザフ様。右下は操り人形!動くのがすごい!ザフさまの動きになります。楽器トゥンバは派手な飾りですがとても繊細な音で魅力的です。

(* YouTubeが真っ黒画面で見られない件、ひとまず見られるようになりました。アドバイスやご連絡どうもありがとうございました!m(_ _)m 解決法を探していて、この現象、少なくない人が体験していることがわかりました。皆さんもYouTubeが突然真っ黒画面(真白画面バージョンもあるらしい)になった時、焦らずにネットで調べてみて下さい。いろんな方法が紹介されていますが、各人のネット環境と時系列にて。私の場合は「safariの環境設定でYouTubeのクッキーを削除する」で、現在は何とかなっています。)
by orientlibrary | 2012-12-15 00:07 | ウイグル/アフガン

バー「部族地帯」

横浜若葉町、見学しました。「無謀な」チャレンジャーたちが町を活気づけています。いろいろ考えたりヒントを得たり、いい経験でした。
「シネマ・ジャック&ベティ」は、小さくとも珠玉の作品を揃え、舞台挨拶の機会を多く設けて、映画とお客が近い名画座を目指しています。「アートラボ・オーバ」は、不思議感覚あふれるアートやコミュニケーションの拠点。「nitehi works」、昭和な元金融機関のビルをリノベーション。広々とした個性的空間。アート展示やイベント会場に、カフェも。

e0063212_23492297.jpg
(上段:「nitehi works」。天井が高いとイメージ広がりますね。中2階もいい感じでした。錆ついた巨大扇風機は動きます/中段、下段:「cafe&bar 部族地帯」。水タバコあり。美味チャイ。バリ島のアラックはボトルの花模様がいい感じでまったりいい味わい。試作中のトルコピザ味見隊、やさしく品の良い味わい。粉もの上手!チンギスハーンのボトルは細工がきれい。カウンターにアジア系酒瓶が並びます)

横浜ついでに、、 こんな名前を聞いたら行くしかないでしょ!というバーのチェックに。横浜駅から徒歩10分ほどの場所に9月オープンした「cafe&bar 部族地帯」。ぶぞくちたい、って。。。

偵察心全開でドアを開けましたが、意外にもシンプル&ナチュラルな内装。あれれ。一枚板のカウンターにたくさんのお酒、バーの王道。でも水タバコ、マテ茶の道具があったりして、エスニックな気配がじりじりと忍び寄る。
まずチャイを。スパイシーで濃くて、うん、ナイス。お酒もよく見ると、トルコの蒸留酒ラキ、ガイアナ共和国のラム、ジャスミン米で作ったというタイの焼酎、バリ島のアラック、モンゴルのウオッカ・チンギスハーンなど、魅力どころが集結。
メニューを見ると、、アフガン、来た〜〜! アフガンナーン、カライ、カバーブ、ピラフ「カーブーリー・パラオ」。トルコのピザ「ピデ」も。

期待通りの部族地帯でした。マスターはアフガニスタンをフィールドにしたフリーランス・ジャーナリスト、研究者。料理上手!
客を選んでしまうようなリスキーな店名ですが、「店名に関しては、決して大国に屈せず、「国家」が基準単位となった世界で、なにものにも組しない部族民の独立精神にならう、との我ながらかなり楽観的というか好意的な解釈によっている」(ブログより)とのこと。スピリット、ですね。

「私の取材フィールドであるアフガニスタンでは2014年に基本的には全ての外国軍が撤退予定。そして同じ年にこれまで「ターリバーン後」の国家を担ってきたカルザイ大統領も退任する。その前後にはまた取材に行こうと思っている。ともあれ、アフガニスタンとは一生関わっていくつもりだ。立場はどうあれ...。」(ブログより)

次はしっかり食べ飲みに、おじゃましたいと思います。

 2013年10月、閉店されたようです。また違う場所で再開される旨、その際には情報を何かで見つけてうかがいたいと思います。料理の腕も酒選びのセンスやカクテル等も、とてもいいのですから!広くなくてもいい、カウンターだけでもいい、マスターと話がしたい、気軽に一杯飲みたい、旅好きの人や部族の話がしたい、という人は少なくないと思うのです。中央線や小田急沿線の空気と合うようなイメージを持っています(勝手ですいません!)。

皆様も良き秋の日々をお過ごし下さいね!風邪にはご注意を。
by orientlibrary | 2012-11-17 00:50 | 中央ユーラシア暮らしと工芸

日本の眼力。東洋文庫、民家ギャラリー、遊牧民織物コレクション

秋は各地で、祭り、コンサート、展覧会、映画祭、イベント等が多数開催される季節。今年は秋晴れの日が多いせいか、公園や散策路なども含め、各所とても人出が多い印象です。
今回は(脈絡がないのですが)、興味深いスペースと手工芸の展示をいくつかご紹介、です。

* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … * … * … * …* … *

まず、2011年10月、新たにミュージアムを併設してオープンした「東洋文庫」(東京都文京区本駒込)。
東洋文庫は、三菱財閥3代目の岩崎久彌が、1924年に設立した東洋学の専門図書館、研究所。東洋学センターとして国際的にも名高く世界5指の1つに数えられているそうです。 (東洋文庫の英語名は「The Oriental Library」。私の「orient library」は昔から考えていたものでこちらをマネしたわけじゃないんですが、なんかちょっと気恥ずかしくはあります。。)

名勝「六義園」にも近く、散策にも適したちょっと穴場的なこの施設。建物の建築も見応えあり。ライブラリー、ミュージアム、別棟のレストランなどのある大人の知的エンタテイメント施設という感じです。

新設の「東洋文庫ミュージアム」は、展示方法にデジタルを駆使、スタッフはラオスの民族衣装姿と、なかなかに新鮮な感じ。音声ガイドは、よくあるヘッドホンの貸出しではなく、作品の前に立つと自動的にスピーカーから声が流れる仕組み。しかも「田中真理(仮名)が解説します」など、学芸員さんなどの肉声での解説。けっこうインパクトありました。

e0063212_2092873.jpg
(アジアの街の夜景?アパート群??、、、東洋文庫ミュージアム内、こちらがウワサのモリソン書庫。圧巻!)

圧巻は、「モリソン書庫」。「1917年、東洋文庫の創設者、岩崎久彌は北京駐在のオーストラリア人G. E. モリソン博士(当時の中華民国総統府顧問)から東アジア関する欧文の書籍・絵画・冊子等約2万4千点をまとめて購入しました。それから一世紀の時間が流れた今ここにその貴重なコレクションがよみがえりました」、、たしかに蘇ってます。。
本好きの人にはたまらない空間かも。当時の書庫そのままではないそうですが、本の量感が独特の雰囲気を作っています。

東洋文庫の沿革、wikipedia等から見てみると、、
「岩崎久弥はモリソン文庫に加えて和書・漢籍をはじめとする東洋諸言語文献を収集し、日本を含めた東洋全域を網羅的に扱うコレクションを構築」
「三菱の海外支店をつうじて代金の支払いが確実になされるため、東洋に関する良書や貴重書が現れるや、世界中の書店が先を争って文庫に購入を持ちかけた」
けれども、「第二次世界大戦後の混乱期には支援者である三菱財閥の解体により経営が困難となり、蔵書は散逸の危機に瀕した」。
が、「この窮地に対して、1947年に理事長に就任した幣原喜重郎元首相の尽力により、国会が支援に乗り出し、1948年に同じく三菱財閥の支援下にあった静嘉堂文庫とともに、発足したばかりの国立国会図書館の支部とされた」そうです。
現在は、、「2009年3月末日をもって支部契約は終了した。現在は特殊公益増進法人に認定された財団であり、その必要資金は自己資産や三菱グループからの寄付金及び国等の補助金でまかなっている」。

美術工芸品の蒐集もそうですが、昔の財閥は、お金を文化にもふんだんに使いましたね。まさにパトロン、好事家。現代はせちがらい。

ライブラリーの資料は、「和書、欧文資料のほか、漢籍やチベット語、タイ語、アラビア語、ペルシア語、トルコ語などのアジア諸言語文献を蔵書」としており、「全種類の資料をあわせた所蔵総数は約90万点、5件の国宝と、7件の重要文化財を含む」。装飾タイル関連も、宝物があるのかもしれませんが、現地語がわからないと検索できず残念。(基本的に研究者向けのようです)

e0063212_2011692.jpg
(ミュージアム展示「ア!教科書で見たゾ展」/ロビンソン・クルーソー漂流記/オスマン帝国史/イブン・バットゥータ「三大陸周遊記」/ハンムラビ法典(くさび形文字) /コーラン/世界各地で出版された東方見聞録/百万塔陀羅尼〜日本最古の印刷物、経典が入った小塔が100万個作られた!/万葉集/オリエントホール)

ミュージアムの現在の企画展示、「ア!教科書で見たゾ展」(11月4日まで)、「解体新書」「国富論」等々、その昔、わけもわからず覚えたような書籍名の原書が、教科書とともに展示されていてユニーク。
こういうの(展示品リスト)、ご興味ある方は出かけてみられては?

* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … * … * … * …* … *

西早稲田界隈、一歩路地に入り込めば昭和の学生寮やアパートなどが立ち並び、レトロな空気感にほっこりします。
その一角、小さな看板を目印に緑あふれる庭を進んで行くと、こちらも昭和の民家が。この秋より一軒丸ごとギャラリーとして使われることになった「もくれんげ」です。第1回めの展示企画、洗練されたインドの刺子やショールで人気の「kocari」さんの展示会におじゃましてきました。

e0063212_2012526.jpg
(昭和民家を活用した「ギャラリーもくれんげ」)

一階に小さな部屋が5つ、二階に一部屋。日当りが良く、広い縁側から風が通り抜け、気持ちのいい空間。訪れた人たちは、皆さん笑顔で和やかな雰囲気。靴を脱いであがると、なんかくつろぎますよね。

ギャラリーとしてはデビューしたばかりですが、この雰囲気に惹かれる人は多いはず。何人かでシェアしての展覧会やイベントなどにも良さそう。私も展示のプランもないのに、自分はどの部屋がいいかなあなんて、ついつい想像が広がってしまいました。

しかも、こちらはレンタル代が東北支援に使われます。気仙沼の子どもたちのスクールバスの支援と、具体的なのもいいですね。
まだギャラリーのサイトはないようですが、地下鉄副都心線西早稲田駅から数分ほど。地下的の高田馬場駅からも8分くらい。便利な場所。これからが楽しみです。

* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … * … * … * …* … *

京橋にある「LIXILギャラリー」(以前のINAXギャラリー)、建築・工芸系の企画展、やきものや美術の展示が見られます。

e0063212_20131262.jpg
(毛塚友梨さんの青。水道もタライもぜ〜んぶやきもの/この展示は終了しています)

陶芸家・毛塚友梨さんの展示、クールな青の色味、存在感のある造形。日本の陶芸のレベルは本当に高いですね。やきものの国だなあと思います。

* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … * … * … * …* … *

美しい青のやきものを産する西アジア。1960年代からかの地を旅し、遊牧民の毛織物、染織に魅せられた松島きよえさん。遊牧民と生活をともにするなかで、毛織物や装飾品を蒐集されました。日本での遊牧民の手仕事コレクターの先駆けでしたが、残念なことに事故で帰らぬ人に。松島さんが好きで惹かれて集めたものたち、残されたコレクションは、本当に貴重です。

e0063212_20142912.jpg
(松島きよえさんコレクションより。トルクメン、クルド、バローチなどの毛織物。この色使いの洗練、キリッとした表情、魅力的な模様、全体から漂う世界観は何だろう。きびしい気候風土の中で、羊の毛を刈り糸を紡ぎ染料を作り自ら機を作り織り上げていく。自然とともに生きる人たちのすごさにガツンときます)

前回少しご紹介した 「”The Balochi” バローチ族の手仕事、芸能を紹介する10日間」(展示は終了しています)で、その一部が紹介されました。破れやほつれもあり、コンディションがいいとは言えないものもありますが、一点一点、語りかけてくる世界があり、引込まれます。

松島さんの言葉。部族の手仕事の本質的な魅力を語る言葉のように思えます。

 「部族意識が高い集団ほど衣服の刺繍も良く織物に専念し、デザインが冴えていた。これは大事なことである」

 「部族社会では勢力を増し権力地を広げるために他の人間に威信を示す必要」があり、デザインが重視された。デザインは「生活環境からモチーフを得ている。織り込まれた風景の描写は特色ある色彩と形を織り出す」

 「遊牧民は互いに種族の象徴である織物を織り、権威を示した。自族の織物が他の部族の目に何度もさらされているという経験の積み重ねを経て色彩やデザインが洗練度を増し、それぞれの種族の象徴となっている。小さな家庭用品にも生活用品にどのような細部にも種族のシンボルを織り入れる。織物で種族の違いがわかる」

今回、おかげさまで一点を手元に。パワーのある織物に触発され、鼓舞され、がんばっていかないと!と思います。。

皆様の秋の日々が素敵なものでありますように。
(謝謝。たくさんのfacebook「いいね」、押してくださってありがとうございます〜♪(त_त)♪)
by orientlibrary | 2012-10-22 20:21 | 日本のいいもの・光景

具体性が魅力、実行者と声援者による「クラウドファンディング」

世の中どんどん変わりますね。ついていくのも大変ですが、これまでにない面白い切り口や仕組みも登場し、そのあたり興味深い。
アメリカで生まれ、1年半ほど前から日本でもスタートした「クラウドファンディング」は、「群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語」。不特定多数の人から資金を集める仕組み、サポートのシステム。「READYFOR?」「CAMPFIRE」が有名です。

仕組みは、、ファンディングサイトを利用して、プロジェクトの発起人が、おこないたいこと、その理由や背景、どのようにして実現するか等を、画像や映像も駆使してプレゼンテーション。寄付の目標金額、募集期間を設定し、資金提供者(支援者)にどのようなお礼をするかも伝えます。
応援したいと思う人は、支援額を決め「支援する」と表明。目標額に達したら、その提案は成立。達しなかったものは成立せずとなり、寄付も白紙になります。

まずは、どんなプロジェクトがあり、どんなことになっているか、いくつか例を見てみましょう。(=全部読み込んでいるわけではまったくないので、選択は何となくのアトランダムです。たくさんのプロジェクトがあります。ご興味のある方はファンディングサイトで!)
e0063212_0575491.jpg

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「陸前高田市の空っぽの図書室を本でいっぱいにしようプロジェクト」

陸前高田市にある仮設住宅に図書室を作りたいと地元のお母さんたちが始めたプロジェクト。200万円の目標額に対して824万円もの支援金が集まりました。

けれども、単なる寄付ではないところが興味深い。プロジェクト側がお礼として用意するのは、お礼状、地元の伝統工芸品、さらに「皆様の好きな本を一冊応援コメント欄にお書き下さい。その本をこちらでご用意し、本は皆様のお名前とともに空の図書室の蔵書として、そこを訪れる方々に読んでいただきたいと思います」という粋な計らい。

自分がぜひ読んで欲しいと思う本が蔵書になる、そんな手応えは寄付する側にとってもうれしいことでしょう。寄付してくれる人のことに思いを馳せる中で出てくるアイデアだと思います。金額別の「お礼」の内容、どのプロジェクトも興味深いものです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
歌舞伎や『寅さん』、大切な日本の文化の宝箱を守る。

「松竹大谷図書館を運営していくための費用を集めます」というプロジェクトも300万円を超える寄付を集めて成立しています。

「資料を確実に整理して公開するのは大変な作業です。資金も不足しており、図書館の運営が苦しくなってきております。図書館の規模を縮小することなく、利用者へのサービスを続けていけるよう、皆様に支援していただけないでしょうか」。この図書室に勤務する女性の訴え。彼女が図書館を愛する気持ち、私的な思いも交えて語られます。台本カバープレゼントや見学会招待など、映画ファンには嬉しい「特典」も。

図書館の予算増強、、これまでならば、行政に対して支援を訴えていた事柄では?図書館ですが、訴えているのは事務職員の女性。個人から個人へ、支援金と思いと特典の交換です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
バングラデシュで現地の職人さんと新しい手帳を創るプロジェクト

「新しい手帳の作成をバングラデシュで行います。バングラデシュにプロフィット・雇用をもたらすため、バングラデシュにいる現地の職人さんと一緒に作成します」。「日本を含めアジアに生きる女性たちがもっともっと自分らしく素敵に活動できる社会の実現を目指したい。そんな思いをきっかけに今回のプロジェクトはスタートを切りました」という大学生たち。

手帳の予約販売という面もありつつ、制作過程を公開して気持ちを高めていく。同じ手帳を買うなら、誰かの役に立ったり思いを共有できる方がうれしい。同世代女性からの応援コメントが多いです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
飛騨を共に楽しむ『ひだびと。』第2号発刊プロジェクト

「やりたいことを優先するため、今のところ広告収入や補助金などを頼っておりません。
有志の個人援助で成り立っています」という地域情報誌の運営資金を募ります。
「飛騨の魅力に実際に触れていただくため、引換券として飛騨産の各種ギフトをご用意しました」というプレゼント(地酒、室内履き等)も魅力的!地域の歴史や文化や人に触れ、買物的な楽しさも味わえる。新しい買物のスタイルとしても面白い。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
経木(きょうぎ)で南三陸町の雇用をつくろう -木の羽(KInoHA)で羽ばたきを!-

「東日本大震災の津波で塩害をうけた南南三陸の杉たち。その杉を使い、プロダクト製品(経木)を作ることで南三陸町の雇用をつくる。南三陸町の人々と山々を生産的に支えていく」プロジェクト。
経木で制作できるプロダクト例もセンスがいい。写真と映像も豊富で訴える力があります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新しい日本の伝統工芸をみんなでつくる。現代の金唐革プロジェクト

「失われゆく手仕事や日本の皮革工芸の伝統を、SNSの力で盛り上げる」ことを目的としたプロジェクト。支援金は「オリジナル金唐革プロダクト(ブックカバー、長財布)」等と交換に。ワークショップも開催。金唐革について知るきっかけになりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
21世紀型実験工房。ものづくり日本から、ものつくる日本人へ。

「道具」をもっと身近に使える環境を整え、誰もが自然に「つくる」世界を目指すというプロジェクト。私財を投じての運営が困難なことから研究活動費等の費用を、とのこと。こんな活動をしている人たちがいるんだ、という刺激を受けます。
クラウドファンディング、寄付集めというより、活動の広報としての意義が大きいと感じます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
世界を一周する音楽雑誌 イラン・スーフィズム特集発行プロジェクト

野上郁哉さんが作った雑誌「Oar(オアー)」、有志が引継ぎ、第4号の発行資金を募りました。54名がパトロンとなり成立。今後はどのような形で継続されていくか、内容はどうなるのかはわからないのですが、次号、野上さんが企画していた「イラン・スーフィズム」は発行に向かっているようです。

* … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … * … * … * …

「READYFOR?」の創設者の女性の話をお聞きする機会がありました。若くてはつらつとした素敵な女性。素直な面と戦略的な面とがバランス良いこと、理屈をこねずにまず動いてみるという前向きな行動力がいいなと思いました。今どきの若者のいい点ですよね。

開始後の1年半ほどで150ほどのプロジェクトを提案し、寄付は8000万円以上集まったそうです。「NPO・NGOの人たちは一生懸命課題解決に取組んでいるのだが、そのことがなかなか伝わらない。そこにクリエイティブを掛け合わせて共感を得られるプロジェクトに作り込んでいく。そのノウハウを提供していく」とのこと。

初めてこれらのサイトを見た時、企画提案の文章(コピー)、構成、訴求力に驚き、感心しました。写真も説得力があります。「キュレーターが1名ついてアドバイス」しているそうで、納得。「活動の中の、何に対してお金を集めるか、一つの目標を決めて皆で走って行く。ストーリーが大事」とも。

これまでの「寄付」が、どこか虚しくて手応えがないのは、いったいどのように使われたのか、どんな人のどのようなことに役立ったのかが、ほとんどわからないことでした。自分のできる範囲で応援したい気持ちはあっても、二の足を踏むときも。大きな組織への寄付の場合、余計によくわからない。

とくに東日本大震災の際には、みんなすぐに郵便局に走ったのに、何か月たっても被災地に届いていないと知り、多くの人ががっかりしていました。同じ寄付をするならば、現地で活動しているNPO・NGOに直接送りたいという気持ちになっていきます。

そのような経緯もあり、どんな人がどんな思いで始めたのか、誰の役に立てるのか、が具体的にわかる寄付のスタイルが受け入れられる素地は十分にあると思います。

プロジェクト側から活動の進捗状況が随時報告されるので、臨場感豊か。理解と共感が深まりやすいですね。成立後も活動がその後どのように発展してったかの報告もあります。そしてfacebookやtwitterで拡散していく。ソーシャルメディアの特性が生きてきます。

プロジェクトがサイトに掲載される割合は「READYFOR?」で3分の1程度とのこと。選考基準は、「本当にやれるかどうか、資金があったら実行できるかどうか」だそうです。

これらのプロジェクト、資金集めももちろんですが、自分たちが何をやりたいのか、その意義は何なのか、賛同者に何をお返しできるのか、自分たちのリソースは何なのか、それらを検証し明確にしていく、意志を固めていく、そこからの一体感、参加者との交流などが、より大きな意味を持つのかもしれないと感じています。

今回、写真引用もどうかと思ったので、自分の写真なのですが、、今回のテーマに合わせて、自分がやってみたいことをイメージしています。まずはビジョン、イメージ。そして具体的に!あれ、まだまだだなあ(^_^;))))

e0063212_047360.jpg
(トルコ、イラン、ウズベキスタン、さらにパキスタンの「青」の個性を見る/左上から、イランの青。クロスのタイル/セルジューク朝の青と黒/オスマン朝トルコ/デリーサルタナット朝、パキスタンのムルタンの青。鮮烈!ヒンドゥスタンの青も比較したいです/ウズベキスタン、ティムール朝の青/現在のウズベキスタン、リシタンの青の世界)


e0063212_0512497.jpg
(中央アジア手工芸、文様、色、技法/、、3つもコラージュを作ったのになぜかアップできず、、再度作ったら下のコラージュと写真カブりました、、(>v<) 力尽きたのでこのままに、、)


e0063212_0261143.jpg
(東北の手仕事と中央アジアテキスタイルから生まれるもの)
by orientlibrary | 2012-10-09 00:39 | 社会/文化/人

タシケント編・2 〜墓参、陶器、絵画、職人

100均ショップに入ったら、来年のカレンダーがずらり。「季節」を感じました。夏のウズベキスタンも、早くアップしないと、、
というわけで、今回も前回に続き「タシケント編」です。ラフな写真が続きますが、ゆるゆるごらんください。

e0063212_2375697.jpg
(ショップなど。左:タシケントの「セブンイレブン」/右:バザールなど)

タシケントの「7-11」?、、果物にビスケット、レジにはナンも。スイカもころがってました。アルコールはないけれど食品から日用品まで、品揃え豊富!よろずやさんという感じもするけど、セブンイレブンなんでしょうか??ま、いいか。お店の人(若旦那?)、この秋から日本に留学するとのことでした。

ウズの扇風機、カバーなしで元気にブンブン。そうですね、たしかに使い手が気をつければいいことです。自然な日々の緊張感。

バザールの奥で洋服作り。足踏みミシンは偉大です。停電多い地域に電動ミシンを導入しても、実際困りますよね。支援もそのあたり細やかに、と思いますね〜、、。女性の衣装は華やか。美人が多いし、顔立ちがはっきりしてるから、こういう服がお似合いです。


e0063212_23202693.jpg
(左:タシケントの日本人墓地/右:タシケントの街の光景)

今回、行こうと決めていたところ、タシケントの日本人墓地です。
第二大戦直後、スターリンにより日本兵が強制的にシベリアに抑留され強制労働に従事、厳しい環境のなかで約6万人の命が失われたことは、歴史で習うなどしました。けれども、中央アジアのウズベキスタンに2万3千人が送られたこと、抑留され強制労働に従事したこと、817名がウズベキスタンで亡くなったことは、ウズベキスタンに行くようになるまで知りませんでした。
こんなに遅くなりましたが、ようやくヤッカサライ墓地を訪ね、お墓参りをさせていただきました。

何台もの個人タクシー(というか、白タクというか、自発的営業タクシーというか、、ウズ独特のタクシー的クルマ。要はメーターがなく交渉にて値段を決める)に尋ねましたが「わからない」と断られ、ようやく乗せてくれた車あり。親切なドライバーさんと一緒に「やぱーん まざーる(にほんじんのおはか)」と尋ね歩き、ようやく辿り着きました。
お墓は広々としたムスリムの墓地の一角にありました。緑のなか、きれいに整えられ、静かでした。鳥のさえずりが聞こえます。87人の抑留兵の方々がこの地に眠っておられます。

日本人抑留者は、道路、橋などの基盤整備に従事。大地震でもびくともしなかったナヴォイ・バレエ・オペラ劇場を建設したことは、タシケントの人たちに語り継がれていると聞きました。

ウズベキスタンの人は、親日的なことで知られています。実際、年齢を問わず多くの人が笑顔で接してくださり、好意的なことを肌で感じます。戦後日本の経済復興、優れた日本製品などもあるでしょう。しかし、それだけではなく、夏は50度にもなり冬は零下数十度にもなる厳しい気候風土のなか、立派な仕事をされた抑留者の方々と、それを語り継ぎ、墓地の維持にも協力してくださる地元ウズベキスタンの方々のおかげなのだと感じます。ありがとうございます。

時間をかけて一緒に探し、墓地の中まで案内してくれ、帰りも都心まで乗せてくれた自発的営業タクシーのドライバーの方、「受けとれない」と言って、どうしてもタクシー代をとってくれませんでした。ウズにもいろんな人がいて、ボラれることもあります。いろんな思いもします。温かくやさしい気持ちに触れると、宝物のように思います。原点に帰るような思いになります。

コカンドやフェルガナにも日本人墓地があり、多くの魂が眠っておられます。これからもお墓参りをさせていただきたいと思います。


e0063212_065327.jpg
(タシケント絵画ストリート?の作品。ものづくりのものなど/左列の中と下:こんなのもありましたけど、、)

ウズのアートシーン、絵画が盛んだと感じます。アートギャラリーという立派な建物もあるし、美術館でも絵画展示が充実しています。絵画を見ることが少ない私ですが、写実的でシルクロードの光景を描いたものには吸い寄せられていきます。
毛織物が登場するキャラバンの光景、バザールの陶器商や陶器作りの光景、糸紡ぎや機織り。写真とはまた違って空気感があって、入り込みます。


e0063212_013621.jpg
(工芸シーン。いくつかのメドレセ、職人さん工房になっています/上:細密画。幾何学模様と物語のシーンが図柄の中心でしたが、右のような生活光景を描いた新商品群登場!陶器のある光景のものなど購入。たくさんあるのに、、懲りない、、/中:ストローアート。バーナーで焦がすことで色をつけていく。立体的になっていて細部まで作り込まれています/下:木工など。少年たちも熱心に修行中)

ウズは工芸のくに。陶芸、テキスタイルを見ることが多いのですが、細密画のレベルもすごいと思います。木工も!細かい作業を黙々と。まだまだ職人スピリット!好きです。


e0063212_023570.jpg
(ティムール博物館にて/下右はティムール朝時代の中国陶磁器、染付。こなれた筆運びの鳥の図柄)

最後に、ティムール博物館、鳥の図柄の陶器をいくつか。ティムール朝の陶器、ほんとにイキイキしていて、素朴で生命感があって、好き。のびのびしています。
by orientlibrary | 2012-09-13 00:35 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

純なる白磁。青白磁の優美に酔う/ザ・シティ・ダーク/これは映画ではない

イスラムの青い陶器とタイル偏愛系「イスラムアート紀行」です。前回から、あっという間に、もう「残暑お見舞い」の時期に、、早いです。

Facebookから日々繰り出されるイスラムの青のタイル、聖者廟、音楽、染織などの情報の海に、フラフラ中。これまでなかなか辿りつけなかった世界が、向うからどっと押し寄せてきたという感じ。消化吸収どころか、まったく読み切れない。でも、うれしい悩み。ムガル時代の(現在の)パキスタンのタイル、青が鮮やか!

そんな“偏愛系”ブログですが、やはり陶磁器の歴史において中国の存在は偉大であり、イスラム陶器とも響き合っています。

「陶磁史の展開を世界的に見渡した場合、二つの源流がおのずから浮かびあがる。一は東方の東アジアの中国であり、他は西方の中東地域である。世界の陶磁器は、この二つの極をそれぞれ源泉として流れだし、さまざまの展開を見せるが、二つの流路とも、発展の過程においてたがいに影響を与え、刺激を受けあい、さらに新しい展開を続ける」 (三上次男/『世界陶磁全集21』)

中国陶磁器の花形のひとつ“白磁”、その中国白磁を中心とする白いやきものの展覧会『東洋のやきもの 純なる世界』が出光美術館で開催中です(10月21日まで)。

e0063212_18533748.jpg
(中央:青白磁獅子蓋水差、中国北宋時代、景徳鎮窯/左:青白磁刻花牡丹唐草文瓶、北宋時代、景徳鎮窯/右:白磁祭器、朝鮮王朝時代/展覧会図録表紙に青白磁が2点。出光所蔵品の中でも青白磁は逸品揃い)

展示は見やすく、わかりやすかったです。白磁は高度にしようと思えば、どこまでもできる世界だと思いますが、簡潔でテーマの焦点を絞った展示は、強い印象が残りました。(写真少なくすいません。HPから引用できないので、、)

<展示構成概略>
序=白いやきものは、白色粘土を1,100℃程度で焼き固めた土器が始まり

1:白いやきもののはじまり 陶器質の“白磁”=6世紀以降唐時代まで、白い粘土等に白土を塗った上に、透明な釉薬をかけて白い器が焼き上げられた。ガラス器などの西方の文物を白磁で再現しているところに、白いやきものの役割が反映されている

e0063212_1933496.jpg
(白磁胡人、唐時代)

2:本格白磁の発展 磁器質の白磁=白色の素地に透明釉をかけ、1,300℃前後で焼き上げる本格的な中国の白磁の流れ。器面に施す彫文様(刻花)や型押し文様(印花)も登場

3:白磁と青白磁=宋・元時代の景徳鎮で青味がかった透明釉の特色を逆に生かした青白磁(白磁の一種)が発展。透明釉にどうしても鉄分が残り、酸素を奪って焼く還元焔焼成で青味が出てしまう。しかしそれが美しい。薄胎・軽量で制作技術の高さを物語っており、中国陶磁の最高峰とされる“宋磁”の峻厳な風格を示している。白磁の粋

e0063212_1913299.jpg
(青白磁獅子蓋水注・承盤、北宋時代/今回いちばん好きだった作品。写真では伝わりにくいですが、水色!水色なんです。澄んだ明るい水色。釉薬下の土味もあり、獅子もとぼけていて。「一つあげると言われたらこれです!」と言おうと、ずっとこの前に陣取っていましたが、館の人、聞いてくれなかった。妄想)

4:皇帝の白磁=元代に青磁に代わって景徳鎮白磁が官窯の御用器に。元朝の支配者モンゴル族は、白(純)を最も尊び、宮廷の祭器は白磁に変更された。「純(白)を尚(たっと)ぶ」王朝の出現が白磁のさらなる発展の契機となった

5−1:白土がけの庶民の白磁=素地の表面に白土を塗ることによって、安価で大量に焼造された白い器が人気に
e0063212_19435249.jpg

5−2:明末、輸出で飛躍した白磁=ヨーロッパでも高く評価され、“中国の白”を意味する“ブラン・シーヌ”は、徳化窯製品を指す言葉であった

6:朝鮮王朝の白磁=中国陶磁の強い影響下にあった朝鮮では、白色は聖なる色として尊ばれた。ゆったりとした器形と、やわらかみのある釉色
7:日本の白いやきもの=志野、肥前、京焼、重要文化財「白天目」も

(展示構成と内容は美術館ホームページのこちらに。写真も少々あります)

とくに感動したのは、1〜4のあたり。
 西方の文物を白磁で再現している!
 青白磁の優美さ!青の透明感にクラクラ♥ 
 そして、白を純とするモンゴル系王朝の存在!!(タイルでもモンゴル系王朝の役割は大!)
 朝鮮白磁の温かみも好き

関連して、イスラムの白釉陶器を。

e0063212_194435.jpg
(「<白釉陶器> 9世紀頃から用いられた技法でまず注目される点は、鉛釉に酸化錫を混ぜることによって乳白色の陶器が焼成されたことである。良質の白色陶土を産しない西アジアでは、この技法は画期的といえよう。白色陶器の上に金属塩(ラスター彩陶器)やコバルト(白釉藍緑彩陶器)で効果的に絵付けをすることを可能にした点できわめて重要である。白釉陶器のなかには器形や低い高台に明らかに唐の影響を示すものがあり、輸入された唐末、五代、あるいは後の宋磁がイスラーム陶工の心をとらえて離さなかったことは、近世に至るまで白磁や青磁の倣製品が作られたことによっても明らかである」(杉村棟/『世界陶磁全集21』)

土味と青の絵付けがいい感じですね。


* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … * … * … * …* … * … *

久々更新なので、一気いきます。

『ザ・シティ・ダーク – 眠らない惑星の夜を探して』(The City Dark/アメリカ/2011年)。アメリカで問題になっている「光害」と「消えた星空」についてのドキュメンタリー映画。8/11(土)〜17(金)渋谷アップリンクにて1週間限定公開中。

* オフィシャルサイト
* アップリンク
* 予告編

最初は「星が見えなくなった」という情緒的な映画かと思いましたが、生まれたばかりのウミガメが海に帰れず街の方に彷徨って行ってしまう姿(本来は水面に反射する光を頼りに海へと向かうが、現代は街の方が明るくなってしまった)、赤々と輝く高層ビルに激突する何十億もの(!)渡り鳥あたりから、ドキュメンタリーの訴求力がビシビシ。人間の健康への光の影響も考えられるとのこと。

e0063212_1975029.jpg


あまりに当たり前で意識していないけれど、電気による照明が登場してから、まだ百数十年しか経っていない。自然や人間の営みにとっては、まさに激変なのですね。昨今、節電意識が高まっていますが、電気のある暮らしは、いろんな意味で、行き過ぎには問題があるのかも、と感じました。


* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … * … * … * …* … * …*

先ほど、知りました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
昨年のカンヌ国際映画祭、すべての観客が拍手を惜しまなかった。世界中の映画監督が支持した話題作が日本公開決定!! 9月「シアター・イメージフォーラム」他、全国順次。

『これは映画ではない』(英語題:This is not a film ペルシャ語題:In Film Nist /イラン /2011/ 監督:ジャファル・パナヒ(2009年の逮捕以来、現在も自宅軟禁がつづく国際的なイラン人映画監督)
* アメリカ公式サイト
e0063212_1991577.jpg


【作品解説】
本作は、逮捕から1年を経た2011年3月、パナヒ監督の自宅において撮影された。映画の前半は共同監督のモジタバ・ミルタマスブの撮影によりパナヒの日常が活写され、彼が現在置かれている厳しい立場がユーモアとともに浮き彫りに。やがてパナヒは「脚本を読むのは映画製作ではないだろう」と、脚本を読みながら構想中の映画を再現して行く…。一見するとドキュメンタリーの形はとっているが、見る者を飽きさせない様々な創意工夫に溢れ、イラン映画黄金期の傑作を思いおこさせる虚実の間のスリルをも感じさせる映画的興奮溢れるエンターテインメント。どんな状況にあっても映画を撮り続ける、という宣言ともとれる感動的な傑作である。

【ジャファル・パナヒ】
アッバス・キアロスタミ監督の助監督を経て、1995年『白い風船』でデビューし、カンヌ映画祭かメラドール賞を受賞。2000年『チャドルと生きる』ではヴェネチア映画祭金獅子賞、2006年には『オフサイド・ガールズ』でベルリン映画祭審査員グランプリを受賞し、3大映画祭を制したイランの名匠。

本作は、自宅軟禁中の2011年3月にパナヒ監督が友人のミルタマスブ監督の協力のもと、自らの生活を自宅で撮影。限られた空間と時間の中にも関わらず、卓越したユーモアと、黄金期イラン映画を彷彿させる自由でスリリングな映画スタイルで、自らのプロテストをエンターテインメントに昇華した鮮やかな傑作です。
パナヒ監督は完成したその映像をUSBファイルに収め、お菓子の箱に入れ、ある知人のルートで密かに国外へ。そして、昨年2011年5月のカンヌ国際映画祭でプレミア上映されて大絶賛され、その後も数々の映画祭に招待され、英国の映画専門誌サイト&サウンドのベスト10、米国のフィルム・コメント誌の「まだ公開されていない映画」ベスト1に輝くなど高く評価されました。
タイトルの『これは映画ではない』は、20年間の映画製作禁止を申し渡されたパナヒ監督の、映画でなければ何を作ろうと違反にならないだろう、という痛烈なブラック・ユーモアを感じさせるアイディア。どんな状況であろうともアーティストは作品づくりをつづけていく、というパナヒ監督の覚悟と逞しさに拍手と喝采を贈りたくなる「プロテスト・エンターテインメント」。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
e0063212_1992811.jpg


2011年東京フィルメックス特別招待作品として上映されたようです。『イラン式料理本』とともに、見逃せません。
by orientlibrary | 2012-08-13 19:23 | タイルのデザインと技法

暑中お見舞いの青の魚たち/THE SKETCHES &Akber Khamiso Khan

暑中お見舞い申し上げます。

e0063212_1154295.jpg

(涼しげな、青の魚たち。ウズベキスタン・リシタン生まれの青の魚皿をコラージュしてみました)

今年はいろんな面で暑い(熱い)夏。連日の暑さ、脱原発ムーブメント、オリンピック等々。
イスラム諸国では、20日頃からラマダンも始まり、日本のムスリムの方々もラマダンをされています。日本の蒸し暑さは身体にこたえます。水も飲んではいけないと聞いていますが、脱水症状にならないように、どうぞご注意くださいね。
また暑い中、外仕事の皆様も大変だと思います。熱中症にお気をつけください。体をいたわる休憩時間がとれますように。


* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … * … * … * …* … *

先日の「東京無形文化祭」、「パキスタンの歌姫サナム・マールヴィー スーフィー・ソングを歌う」に共演し、見事なアルゴーザー(二本組のたて笛)演奏を披露してくれたアクバル・ハミースー・ハーンさん、どこかで見た人だと思っていたら、、お気に入りのパキスタンのデュオ「THE SKETCHES 」のビデオ!

THE SKETCHES - RANO - Featuring Akber Khamiso Khan






パキスタン、シンドSindh地方の集落でしょうか。ジャラジャラと派手なデコレーションからは想像できないような繊細な笛の音。恰幅のいいアクバルさん、ヘッドスカーフやベストとストールが独特の存在感。
透明な音世界が魅力的なSKETCHES 、シンドの自然や人々の営みの中でのビデオ作りも、彼らのまじめさ、若々しさが垣間見えて、好きです。
ヴォーカルのSaif Samejo、アジュラクの巻き方が毎回違う。今回はカジュアル。ギターのNaeem Shahは、知的な雰囲気。

パキスタンで人気沸騰中というアクバル・ハミースー・ハーンさんについては、東京無形文化祭資料が詳しいです。引用させていただきます。

<アクバル・ハミースー・ハーン(アルゴーザー)について/東京無形文化祭資料より>
アルゴーザー奏者。1976年生まれ。彼がアルゴーザーに目覚めた当時、現役のアルゴーザー奏者はわずかアッラー・バチャーヨー・コーソーだけであった。アクバルは、アルゴーザー界の巨匠であった父ハミースー・ハーン(1983年没)とミスリー・ハーン・ジャマーリーの残した録音で研鑽を積み、アルゴーザー奏法の下地を築く。ここ毎年のように、インドのラージャースターンからスィンド州にかけての砂漠地帯の民俗音楽の伝統を継承する芸能集団マンガンハール(インドではマンガニヤール)の焦点を当てたマンガンハール音楽祭で活躍し、現在はアルゴーザー奏者として、パキスタン国内の音楽祭においては欠くことのできない存在となっている。

こちらは来日時の、パキスタン大使館でのミニライブの模様から。左2枚がアクバルさん。

e0063212_1327895.jpg


今回の来日では、ドーリー(両面太鼓)のファイブスター・ミュージカル・グループも素晴らしかった。
ドーンの一発で、別世界。すごい。さらに、同グループで火箸みたいなチムターという楽器を担当するムハンマド・アスガルのヴォーカル(パンジャービー語の伝統民謡)と、サギール・アフマドによるシャーナイー(オーボエ状の笛)独奏が、すごかった。個人的には、今回のベスト3に入ってます。また、バーバル・アリー(サナム・マールヴィーとの演奏)のバンスリー(笛)の素晴らしさも、一言書かずにはいられません。

<ドール(dhol)について/東京無形文化祭資料より>
インド亜大陸に広く普及している大型の両面太鼓のことで、その起源は15世紀にも遡る。ドールは民俗音楽の伴奏楽器として使用されるが、パンジャーブ地方では重低音を大きく震わせるために特に大型のドールが好まれている。

<チムター(Chimta)について/東京無形文化祭資料より>
南アジアで親しまれるこの楽器は、パンジャーブ地方では民俗音楽、民謡歌手の弾き語り、そしてスーフィー音楽等で頻繁に使用されている。チムターとは「火箸」を意味し、小さなベルが付けられた平たく長い二枚の金属板からできている。冠婚葬祭では、しばしばドールやシェヘナーイー(二枚リードを持つ笛)と共に演奏される。

今回、日本のアジュラク専門家からグジャラート(インド)産のアジュラクがパキスタンの楽士たちにプレゼントされたこと、書いてもよいですよね。
インドとパキスタンは分離独立という経緯がありますが、パンジャーブ、グジャラート、シンドのあたりは、分離と一言で片付けられない一帯。
パキスタンの楽士たち、グジャラートのアジュラクを纏い、うれしそうでした。とても素敵な光景だと思いました。

わ、時間切れです、、  元々、アジュラクをテーマにした苦心のフォトコラージュがあった(以前作っておいた)のですが、、なぜかPCのどこを探してもない、、もうクラクラして、ザクッとしたものしか書けませんでした。出てきたら追記します。m(_ _)m
by orientlibrary | 2012-07-29 13:45 | 美術/音楽/映画

「紙にできること」、紙のトレンド、サマルカンドの紙

そういえば「紙」も好きだったな。「紙にできること」というレクチャーを聞いてじわりと思い出しました。
土ものにハマり始めてかなりの時間が経ちましたが、以前は紙が好きで、好みの紙を見つけると買っていました。紙に乗った色は紙質によって違い、マットで質感のあるものが好みでした。

e0063212_15124174.jpg
(イランの紙関係。salam×2さんの展示会等より/イランの絵本。色合いがシック!洗練です/この色の組み合せ。切抜きも面白い/イランのマッチ。かわいい!青がいい色合い。こういうの買ってくるって、、salam×2さん、ナイス!/更紗模様の紙箱、いいですよね〜〜〜〜好きですね〜〜)

「紙を考えることはその母体である林業を、森林資源を考えること。紙の歴史、紙のおもしろさ、紙の未来について等々、日々紙に携わっている「紙のスペシャリスト」からお話を伺います」という「BooK学科ヨコハマ講座」、王子製紙の鈴木貴さんが講師。
製紙会社の方が考える「良い紙」と紙のトレンド、 紙の元である林業について、等々、興味深い内容でした。
メモをザクザクッと、、(手書きのメモのため、正確ではない点、話者の真意を汲んでいない点があるかもしれません。その点、ご容赦願います)

 <良い紙とは?>
* 製紙会社の人間は、ツルツルの真白のものが良い紙だと思ってやってきた。平滑で、真白で、軽くて、光沢度が高く、裏抜けしないもの、発色が良くバキバキに出るものが良いのだと。つまり、技術的に難しい紙が良い紙だと思っていた
* 「地合ムラ」のあるものは「ダメ紙」と言っていた。繊維がからむと強くなるのは良いのだがムラができる。それを嫌った。板紙は紙じゃない。「ガミ」だ

 <紙の好みが変わってきた>
* しかし、じつは選ぶ人(デザイナー〜その先の消費者)は質感やザラザラした味わいが良い、好きと感じていた。発色も沈んだ方が良いと。5年くらい前に、ようやくそのことに気づいた。それを拒絶してもダメなんだ
* じつは製紙会社は、世の中にデザイナーがいるのを知らなかった。それまでは印刷会社に接していた。それで売れていた。しかし、ある時から売れなくなった。機械が止まったりした。出版不況は死活問題になった
* そして、気づいた。デザイナーはザラザラがいいと言っている。これはマズイと思った。製紙業界はユーザーと対極にあったわけだ。さらに「見本帳を自由に取れる所はないんですよ」と
* それならば選ぶと楽しい見本帳を作ろうと思った。使い手に見てもらえる見本帳を作らないと話にならない。やり始めると見えてくるものがある。見本帳では文学の一節を紙に乗せた。紙質や紙の色合いによって文学が違って見える。紙選びで変わってきてしまう
* この数年、紙媒体はどうなるのかという状況だ。紙の良さを知ってもらわないといけない。さらに銀座にPAPER LIBRARYもオープンさせた。

 <林業と製紙>
* 外国から安い紙が入ってくる。なぜ安くできるのか。貧しい国が貧しいままでいてもらわないと安くできない仕組みなのか
* チップ(パルプ繊維)は東南アジア、南米、南アから、南半球からの輸入なので輸送コストがかかり原料費が高くなる。中国やヨーロッパなど自前で調達できる国と比較して日本の紙はコストで勝てない
* 日本は林業と製紙が分断されている。欧米の製紙会社は製材会社でもある。チップになるのは柱用の四角を取った残り=50%なのだが。王子製紙は細々と林業を続けている社有林がある。日本の8割は森なのに。日本の林業は切る事ができない事が問題。保水力がなくなる等と言われる。木を育てるには時間(70年程)と手間がかかる。(コストはかかるが)チップを持って来た方が安い
* 製紙工場では、チップ40%、古紙60%を使用(ダンボールや箱が古紙使用なので比率が高い)。作り方はチップを煮る、繊維、水に溶かして漉く

 <紙のこれから>
* 遅い、かさばる等と電子メディアと比較されるのは不当な評価だ。元々の役割が異なる。原材料から異なるのだ
* クラフトパルプ加工、強い紙ができる、樹種を選ばない
* 最近は木材としてはユーカリがよく使われる。ユーカリは7年で育つ
* 紙にも流行がある。今はガサガサして安っぽくて色褪せするものが人気がある
* 色はグレーが流行るのでは?製本はクリーム色が多いが深い理由はない。色に商品価値はないという考えが多かったからではないか
* ダンボールの厚紙で本を作っても良いと思う。味がある。作為的なものよりも、工程上、やむを得ず出る方が紙として力がある。わざとやったムラじゃない。それがいい

e0063212_151962.jpg
(写真ではほとんど伝わらないと思いますが、、見本帳より/紙の色合いや紙質によって文章の印象が変わる!/布を思わせるような質感の紙も。贅沢感あり/人気のクラフト紙。ナチュラルが時代の気分でしょうか/色見本帳が雑貨みたいでカワイイ!)

 <気づいたこと、共感したこと、触発されたことなど>
・ メーカーの製品開発と、使い勝手や使い手の感性の大きな乖離。そのことに気づき、使い手側に近づくための方策は、他の消費材では80年代頃から、まさに必死でおこなわれてきた。紙が5年ほど前からとは、驚き
・ 「印刷会社」との関係が主という「直の関わりのなさ」が背景にあるんですね。出版不況でようやく気づいた。そこからの取組みは、真摯だと感じた
・ 実際、見本帳は、無味乾燥なカタログではなく、紙と文字の組み合せが興味深い。紙質によって小説の印象が変わってくるのにはビックリ

・ 「ガサガサして安っぽくて色褪せするもの」が人気というのは、実感としてわかる
・ナチュラルなファッションやオーガニックなフードなど、全体に、張り切りすぎない、気取らない、エコな感じ、というのが今の気分なのかな

・ 「ムラなども、作為的なものよりも、工程上やむを得ず出る方が紙として力がある」
・これも非常に共感!流れの中でできるものを活用したり、新たな視点で魅力を発見する。これが大事だと思うし、自然なものの力があると思う

・「電子メディアと比較されるのは不当な評価」。紙をやっている人の気概。たしかに原料も違うものなんだもの。紙は紙の魅力と今の時代に必要な方向性があるのかもしれない
・私も手書きをしなくなってから、紙との関係が少なくなっていったのだけど、、紙を生かすような何か、してみようかな、と思いました

e0063212_155951.jpg
(紙が好きだったことを思い出した、、/写真ではわかりにくいですが、いろんな色合いと紙質のもの、見つけたら買ってました(重なってますが一品目につき数十枚あるんです、、)。今はそのまま使うことなく収納。手書きがほとんどなくなったことも一因/和紙系のものも。ネパール、チベット、韓国、インド、フランスの紙など/カードやポストカード類もメチャたくさんあって年々黄ばんでいく、、タイルの模様のコレは東京ジャーミーの売店で購入。値頃なプライスで驚きます/レイアウトの都合上、あと1枚、適当に入れちゃいました〜(^_^;) タイル関係の書籍など。紙つながりで、、。よく見る本はカバーを取ります。ていうか、新書も文庫も単行本もカバーを取ってから読みます)


* … * … * …* … * … * … * …* … * … * … * … * * … * … * …* … * … * … * …* … * … *

今回は、紙、ということで、やはり「イスラムアート紀行」、何かそれらしい話題を、と「サマルカンドペーパー」の写真などを準備しました。(まず写真を用意してから、文にかかります。後でバタバタするのが嫌なので)

でも、今回も、すでに長過ぎかも。

ウズベキスタンでは、サマルカンド工芸の復興と振興を目的として1996年に、NGO「サマルカンド工芸協会(MEROS)」設立されました。2001年より、ユネスコやJICA(国際協力機構)の支援を得てサマルカンド・ペーパーの復興活動がおこなわれています。

e0063212_15154341.jpg
(サマルカンドペーパー製作現場=画像コラージュは
「 international caravan travel uz-History of Samarkand paper」より引用)

「サマルカンドペーパー」について、日本の協力について等、下記サイトに詳しく紹介されています。日本の紙関係と合わせ、リンクとさせていただきます☆

 
 石州和紙(島根県浜田市三隅町) 「国際交流 ウズベキスタン共和国との交流」を参照ください
 石州和紙久保田 上とリンクしています 
 地球の歩き方 サマルカンド・ペーパー
現代に甦る伝統の技術――コニギル・メロス紙すき工房(ウズベキスタン・レポート2)
 OTOA ウズベキスタン / 紙のシルクロード ~ 21世紀のサマルカンドペーパー復興 ~ 
  international caravan travel uz / History of Samarkand paper
 parus87 / Mysteries of Samarkand paper
 王子ペーパーライブラリー
 王子ペーパーライブラリー 紙の基礎知識

と書いているうちに、facebookのフィールド、次がこの記事 MOTにて「トーマス・デマンド展」明日まででした。「Thomas Demandの作品は、単なる写真ではなく、インターネットや新聞紙上で人々の注目を集めた事件やシーンを、厚紙で精巧忠実に(しかも原寸大で)再現した現場を撮る、というもの。どれもこれもパッと見、被写体が紙とは思えない」。  ・・・紙づいてます〜〜☆
by orientlibrary | 2012-07-07 15:34 | 社会/文化/人