イスラムアート紀行

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秋の民芸・工芸見て歩記&イスラーム建築本

百貨店にて、大規模な民藝展、工芸の催事

以前も少し書いていますが、このところ、民芸・工芸的なものに触れる機会が増えてきました。民芸や工芸をテーマとした展覧会、催事、若い世代の工芸のショップ、いずれも人が多いのに驚きます。

(*「民藝」と「民芸」については、展覧会名や書籍での「民藝」使用はそのままに。その他は民芸と記載しました)

日本各地の産地やメーカーが出店しての大規模な「用の美とこころ 民藝展(展示・即売)」(日本橋高島屋(終了)から横浜、京都、大阪高島屋へ巡回)。日本橋に2回行きました。トークイベント開催日だったこともあると思いますが、かなりの人出。トーク会場も満席で、皆さんお話に聞き入っていました。

「高島屋は(民藝運動に賛同し)、昭和9、10年に、彼ら(柳宗悦など)が収集した全国の民藝品の大展覧会を開催。大きな話題を呼びました」「70余年の時を超え、再び大規模な民藝展を開催することになりました」とのこと。特設会場に加え各階でも民藝特集があり、見応えがありました。

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(写真と解説は高島屋プレスリリースより、左上から:瀬戸本業窯(丈夫で飽きがこないシンプルな美しいデザイン。馬の目皿は白州正子も愛用)/倉敷ノッティング(経に木綿糸を張りウールや木綿の色束を結ぶ)/八尾和紙(江戸時代から伝わる伝統工芸。富山の薬売の包装紙や袋から発展)/倉敷手織緞通(い草の産地倉敷で作られていた敷物に柳宗悦が目を留めたことから始まった)/静岡型染(江戸時代に庶民の浴衣の染色技法として発展)/芹沢型角脚バタフライテーブル(松本民藝家具製作))

銀座松屋の「銀座・手仕事直売所」(9月30日まで)。

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(同催事サイトより/「作家、クラフトマン、職人、デザイナー、産地、小規模工場など、ものづくりに一途な各地の作り手が生み出す、今を感じる暮らしの品々。10年経っても暮らしの中で輝いている、そんな「手仕事」を全国各地から選び、作り手が直接ご説明して販売する「直売所」スタイルでご紹介いたします」)

この他、関西の百貨店など各地で暮らしの器や工芸の催事が開催されているようです。活気がありますね〜!


若い感性、器と道具のお店

そして、数年前から各地にオープンしている新しいセンスの民芸や工芸のショップも、とても楽しいです。器が好きで始めたというオーナーたちは若い世代が多く、勉強熱心で、産地や作家さん職人さんときちんと交流している印象(FBやサイトなどから)。次々と魅力的な企画展をおこない、味わいがありつつ日々の暮らしに使いやすい器や道具を、良心的な値段で提供しているように感じます。

ときどき覗かせてもらっている「工藝 器と道具 SML」(東京・目黒)。清新な民芸の動きを感じさせてくれる企画展は、いつも発見があります。若い作家さん・職人さんの作品が、とても魅力的。ここで購入したもの、すべて満足して使っています。在廊の作家さんも気さくに話をしてくれるし、和気あいあいというか、全体が心地いい印象です。

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(SML。企画展開催時にはテーマに合う食事を提供するなどイベントもいろいろ)

なかなか行けないのですが、「工芸喜頓」(東京・世田谷)は、品選びも、それぞれの器の魅力を引き出したディスプレーも、センス抜群。店内空間やオーナーのライフスタイル(食と器など)は、雑誌などでよく紹介されているようです。以前も書きましたが、素朴すぎず、スノッブにならない、際(きわ)のようなセンスは、緊張感を孕みつつ、ほっこりと温かです。

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(工芸喜頓。こちらは2013年の写真)


博物館での展示

さらに、博物館です。日本民藝館(東京・駒場)では、「カンタと刺子 ベンガル地方と東北地方の針仕事」を開催中(11月24日まで)。

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日本民藝館WEBサイトより)

カンタと東北の針仕事、偶然というか、両者ともに以前ご縁があり、素晴らしい手仕事に触れさせていただいたことのあるものでした。

カンタについては、「美しい世界の手仕事プロジェクト」(2008年)の「バングラデシュの宝物」企画展示で、望月真理さんのコレクション(及び真理さん製作のカンタ)の世界に浸りました。また東北の針仕事については、「東北の手仕事」(2011年)にて、コレクター山崎氏の素晴らしい「こぎん刺し」コレクションはじめ、暮らしのなかの手仕事を知ることができました。

民藝館の展示では、カンタのさまざまな表情に触発されました。「カンタとは、旧ベンガル地方で作られた仕事をいいます。中央に蓮の花を、四隅にペーズリーをいれるのを基本とし、生命の樹や花、魚、馬、象、虎、孔雀、蛇などの動植物をはじめ、神様を乗せて練り歩く山車やハサミ、ナッツカッターなど、身近な品々まで生き生きと描かれています」(民藝館HP)。

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(家族連れ、カップル、シニアグループなどで賑わう)

カンタの多様さ、デザインの構図、モチーフの表現の多彩さが新鮮でした。また、白地の余白も印象的でした。「布は使い古しですが数枚重ね、文様の部分は色糸(茜や藍)で刺繍し、地の部分は白糸を埋め尽くした清楚な布です」(岩立フォークテキスタイルミュージアムHP)。


東北地方の刺子展示も多彩でした。そう思いつつ、「東北の手仕事」に提供いただいた「こぎん刺し」コレクションが、本当に圧巻の、通常なかなか見ることのできないコレクションだったことを、再認識しました。こぎん刺しに魅せられたコレクター・山崎氏。惜しげなく見せてくださってありがとうございました!

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(「東北の手仕事」(2011年)、山崎氏コレクションより)

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(「東北の手仕事」(2011年)、山崎氏コレクションより。右下は待合せ場所だった有楽町のビルで、チラッと見せてもらったコレクションに、もうたまらず、その場で広げてしまった面々。警備員さんが何度も来られましたが、「すぐ片付けます!」を3回くらい。その後当然追い出されました)


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また今回、民藝館展示にカンタコレクションを提供している「岩立フォークテキスタイルミュージアム」(東京・自由が丘)では、「パキスタンの民族衣装 沙漠と山岳地帯の手仕事」を開催中(12月20日まで。木金土のみ開館。詳細はHPで)

シンド、パンジャーブ、バローチスターン、北西辺境州(現ハイバル・パフトゥーンフー州)の、婚礼用衣装、被衣、掛布、敷物、壁飾りなど。点数は限定されますが、素晴らしい手仕事が厳選されていました。久々にパキスタンの手工芸に触れ、眼も心も満たされました。


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私家版 『イスラーム建築 その魅力と特質』


建築家・神谷武夫さんの著書、発行書である、私家版 『イスラーム建築 その魅力と特質』。長年、“幻の書”になっていましたが、先日、神谷さんの事務所にうかがい、ゆずっていただくことができました。

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(正方形。布装本の美しい本。内容は「イスラーム建築の名作/イスラームの礼拝空間/材料・構法・装飾/建築種別とその集合体/イスラーム建築の特質」の5章。神谷さん撮影の写真が500点。建築家の撮る写真は見るべきところが示されていて勉強になります)

私のような怠惰でいい加減な人間からすると、神業のような本作りであり、出版です。私家版に至った経緯については、外部の人間が簡単に説明できるものではないので、ご関心のあるかたは、リンク(=神谷武夫とインドの建築ホームページの中の当該ページ)をごらんください。

* 全体の経緯と内容はこちら
* たった1部だけ残ったゲラ刷りをスキャン、両面コピー印刷して布製本、100部限定、そのプロセスなど

私はイスラーム建築を飾るタイルに惹かれたことで、イスラーム建築やかの地の工芸にも触れるようになりました。けれども、日本では日本語で書かれた(日本で出版された)イスラーム関連の書籍は多くはありません。いかに少ないか、下の検索結果をごらんください。

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(参考:一例として、Google「イスラーム建築」検索では、ある図書館の蔵書検索が。状況が垣間見えるのでは。発行年も古い)

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(参考:同じくAmazonで検索。左上→左下→右上→右下の順。深見奈緒子さんのファンなのでご著書はだいたい持っています。が、それ以外は「地球の歩き方」とか世界史の本という選択肢、、)

でも、、本当に魅惑なのです、イスラームの建築や工芸。イスラームの建築について、私にはとても語れないので、神谷さんの訳書『イスラムの建築文化』(アンリ・スチールラン著/神谷武夫訳/1987年/原書房/絶版で入手困難)の解説文、素晴らしい推選文より、その魅力について、抜粋引用させていただきます。

* 「イスラム文化の粋は 建築にあるといってよい。そこには、あらゆる芸術的表現の総合があり、そのようにして実現される空間にこそ、人びとの信仰と知力と感性が凝集しているからだ」(推薦文−板垣雄三氏)

* 「絢爛たるアラベスク模様を張りめぐらした イスラム寺院を訪れた時、まず覚えた虚無感、しかし やがてその背後に隠された、極力 物質性を排除して 無限に複雑な幾何学模様を刻みこんだ豊穣さに圧倒された。一点の瑕瑕も許さぬ整然たる配列に 軽いめまいを覚え、やがて 空間の恐怖ともいうべき感動に打たれた。イスラム世界は 私にとって全く異質の空間体験であった」(推薦文−茂木計一郎氏)

* 「数多いであろうイスラム建築同好の士と同じく、私もその建築のファンであるからだ。それもかなり強烈なマニアであるかも知れないからだ。実はマニアなんて枠を踏み越えて、もう病気みたいなものになっているのかな、なんて恐ろしい自覚だってある。(中略) イスラム建築の病気というのは、スグにミナレットを建てたり、ドームを並べたり、あるいは タイルを装飾的に使ったりという底の浅いモノから、もっと深く ジンジンとするくらいに、建築という形式への想いを 揺り動かしてしまうものまで幅のあるものだ」(< 書評 > 石山修武氏)

こうした書籍が、もっと手に入りやすいかたちで世の中に出ていたら、状況も少し違っていたかもしれません。少しずつ変わっていくといいなと思います。

最後にタイル写真を一葉。
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(ジャディ・ムルク・アカー廟/シャーヒズインダ墓廟群/サマルカンド)
by orientlibrary | 2014-09-28 20:59 | 中央ユーラシア暮らしと工芸

コンヤ、蒼の旅へ。サヒップ・アタ・モスクとキュリエ

ブログ、間があいてしまいました。装飾タイルなどについて、ほぼ毎日スタディしていたのですが、そしてタイルのことを考える時間も多かったのですが、なかなかアップできなかった。予定していたコンヤの写真は、ずいぶん前から準備していたのですが。

コンヤのタイルについて書くには、もっといろいろ調べて、とくに『TILES / TREASURES OF ANATOLIAN SOIL/ TILES OF THE SELJUK AND BEYLIK PERIODS』をちゃんと読まなくてはアップできないと思っていました。でも、今の時点で一度アップしたいと思います。時間だけが経ってしまうので。。

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(青の旅へ)

そんなわけで、今回は、コンヤの「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ(Kulliye、建築複合体)」(1270年:1258年から1283年までの間に建立/Sahip Ata mosque and complex(Kulliye) , Konya)。

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(霊廟入口のアーチ。一面のモザイクタイル。上部壁面は無釉と施釉レンガのバンナーイ)

画像中心に、織り交ぜる文章は「ファイアンスモザイクについて」(「イスラム建築における陶製タイル」/著者:ギョニュル・オネイ、より)というかたちにしようと思います(=***の後の文章)。セルジューク朝のタイルは、ファイアンスモザイク抜きに語れないと思うので。*この文章と写真は直に対応していません。写真の解説ではなく別途のものです。ご注意ください。

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(複雑な幾何学模様、高低差をつけている。植物模様のモザイクタイルを囲むアラベスクのライン)

サヒップ・アタ全体を少しだけ見てみますと、「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ」は、セルジューク朝の宰相サヒップ・アタにより1258年から1283年までの間に建立されました。設計者は、アブドルラ・ビン・ケルリュック。

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(アーチ形の圧巻の透しスクリーン。イスラームならでは。細い黒で描くカリグラフィーが繊細)

キュリエ(Kulliye、建築複合体)の構成は、モスク、霊廟、ハナカ(hanigah=ハナカならば修行場のことだと思う。ある解説には“テッケ”とありましたが=ハナカと同義?)、浴場(タイル専門書にはhospiceとあり、コンヤ解説書にはa Turkish bathでその日本語訳としてハマム。浴場〜休息所でよいかと)。ここまで調べるのも、てんやわんや。

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(美しいターコイズブルー。そしてセルジューク独特の紫色、コバルトブルーが模様を織りなす。中心のコバルトブルーの模様もバランスがよくかわいらしい)

今回の画像は主に霊廟のものです。もう目を奪う素晴らしさなのです。霊廟は「1283年にrenovate修理・改修」との記載があり、建造はそれ以前であることは確か。あるいは霊廟への転用が1283年かもしれないとのこと。位置的には、モスクと浴場の間にあります。と、ざっくりで失礼して、ファイアンスモザイクの文章とともに、セルジューク、青のタイル世界への旅へ!

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(アーチ上部部分の細かいモザイクタイル。半球状の盛り上がりがあることで印象が強い)

*** セルジューク朝の小アジアの美術に対する貢献のひとつは、ファイアンスモザイクである。セルジューク人は、ファイアンスモザイクを実験的に用い、やがてそれをさわやかで精気に満ちた内部装飾の要素のひとつにまで発展させた。トルコブルーがやはりその主要な色であり、次いで濃い紫色、コバルトブルー、黒が使われた。

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(霊廟。青にクラクラ。壁面は水のような六角形タイルで覆われている。霊廟やミヒラーブ回りに使われる青の六角形タイルパネルの初期事例では??)

*** ファイアンスモザイクは、その名前が示すように、好みのパターンにそって、思いどおりの形に切断されたタイル片によって構成される。断面がわずかに台形をしたタイル片が、平らな面に裏向けに並べられ、その上から白いモルタルで固められていく。

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(アーチを下から見る。複雑な幾何学模様。センターにコバルトブルーを配す。ドームはレンガで周縁にも細密なモザイクタイル装飾。その下の素朴な三角形もたまらない魅力)

*** このようにして形づくられたプレートは、壁にはめ込まれたり、建築要素として装飾に使われたりする。

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(ターコイズブルー、コバルトブルー、黒、紫、白、レンガ色。古き良きイスラームタイル装飾の趣き。最高)

*** ファイアンスモザイクは、ミヒラブの装飾に巧みに使われていた。この種のミヒラブ装飾は、イスラム芸術のなかでは特異なもので、セルジューク朝とエミール諸政権(=君候国/ベイリク/ beylik)時代の建造物にだけ見られる。これらのミヒラブは、トルコブルー、紫、空色のタイル片からなる幾何学模様、植物文、ナスキー体やクーフィー体の碑文によって装飾されている。初期では、単純な幾何学模様とともに、パルメットの全文、2分の1の文様によって形どられたアラベスク模様、蔦の文様、ニ段式の装飾模様、ナスキー体碑文の彫られた縁取りタイルなどが広く利用された。トルコブルーは、空色や紫によって補われている。

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(色別に焼き、切り刻んだタイルを再度集成して貼り込むという大変な手間をかけて作られる)

*** ファイアンスモザイクは、ミヒラブのほかにドームの内側、ドームへの移行部、アーチや壁などを装飾するためにも使われた。陶芸の他の形態と同じように、ファイアンスモザイクの使用は、エミール諸政権(=君候国/ベイリク/ beylik)時代には、やはり限られたものとなった。

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(力強いモザイクタイル。その後の君候国(ベイリク beylik)時代には衰退してしまう。セルジュークの都コンヤの勢いが最高潮だった1200年代初頭より花開き、成熟し、次第に衰え、やがて時代がオスマン朝に変わると手間ひまのかかるモザイクタイルではなく絵付けタイルが主流に。13世紀、アナトリアのセルジューク朝はモザイクタイルを輝かせ、モザイクタイルはアナトリア・セルジューク朝建築装飾を個性的に彩り王朝の力を示した、と思うのです)

*** セルジューク時代には、ファイアンスモザイクが広範囲に使われている建造物が多い。コンヤのアラアッディン・モスク(1220年)、サドレッディン・コネビ・マスジド(1274年)、サヒブ・アタ・モスク(1258年)、スルチャル・マスジド(13世紀末)、ベイヘキム・マスジド(13世紀末)、チャイのタシュ・メドレセ(1278年)、ハルブトのアラジャ・マスジド(1279年)、シヴァのギョク・マドレセ・マスジド(1271年)、アフヨンのムスリ・マスジド(13世紀末)、アンカラのアルスランハネ・モスク(13世紀末)。この最後の建造物はファイアンスモザイクが浮彫りのスタッコ装飾とともに用いられた、特異な例である。


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「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ」では、コンヤのキリム展示も充実していました。アナトリアの赤や軽やかな幾何学模様、古い味わいがステキでした。

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蒼のタイル世界に朦朧としつつ、別の目的である草木染めの毛糸を探してバザールへ。絨緞修復をしているファミリーのお店&工房で、たくさんのラグを拝見。修復に使っていた大切な毛糸を少しだけわけてもらいました。感謝。

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by orientlibrary | 2014-08-05 23:45 | トルコのタイルと陶器

レンガとタイルの美 インジェ・ミナーレ・マドラサ

アナトリアのセルジューク朝、コンヤの装飾タイルと建造物。更新は、まだ「クバダバード宮殿」のタイルのみ。今後アップしたいのは、、

*「カラタイ・マドラサ」(セルジュークを象徴するようなモザイクタイルが圧巻。「クバダバード宮殿」のタイルや陶器が展示されている博物館でもある)
*「スルチャル・マドラサ」(屋外で剥離や損傷もかなりあるけれど、カリグラフィーから幾何学模様まで、最も惹かれた多彩なタイル装飾が魅惑)
*「サーヒブ・アタ廟」(濃いターコイズ青、タイル、多彩な装飾が素晴らしい)
*「エシェレフオール・モスク」(圧巻のミヒラーブ、言葉に形容しがたい。コンヤ郊外のベイシェヒール=クバダバード宮殿のあった場所=にある)
*「アラアッディン・モスク」(ミヒラーブは見られなかったけれど棺やミナレットの青を確認)

など、もう、どうしよう!という圧倒的なセルジュークのタイルたちなのです。困ってばかりもいられないので、今回は「インジェ・ミナーレ・マドラサ(THE INCE MINARE MADRASA)」を、写真中心にて。(現場ではひたすら熱中しており、調べたのは後のこと。写真と文章が必ずしも呼応していないかもしれませんが、全体の雰囲気でお願いします)

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インジェ・ミナーレ・マドラサ、創建は1264〜68年。セルジューク朝の大臣サーヒブ・アタ・ファーレッディン・アリ(サーヒブ・アタ廟のアタさんですね)により、ハディース(ムハンマドの言行録)を教えるために創設されたそうです。インジェ・ミナーレとは「細い尖塔」の意味。

設計はケリュック・ビン・アブドラー。19世紀末まで神学校として機能していましたが、1956年に博物館として開館。セルジューク朝、カラマン候国、オスマン帝国時代に作られた工芸品も展示されています。

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イスラムタイル好きの私、トルコというとタイル、イスラムという連想になるのですが、地中海〜アナトリアあたりは歴史、宗教、文化、すべてが重層的であり、キリスト教、東ローマ帝国、石造建築など、さまざまな表情が織り込まれているように見えてきます。

インジェ・ミナーレ・マドラサは「セルジューク朝の石工芸術の傑作」とも言われており、ファサードは、地中海的な植物文様、幾何学模様、カリグラフィー(「ヤシンとフェティフ」の文字)が彫り込まれています。タイル好きも見入るボリュームと精緻さです。

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一方、ミナレットはレンガ造の中のターコイズブルーのタイルが目を引きます。バルコニーの部分は半ピラミッド形で12の角があり、ターコイズ青のラインが垂直に走ります。ジグザグ模様はターコイズ青とセルジュークの紫で。青と紫とのコンビネーションは、遠目にも鮮やか。青空の下でイキイキした旋律を奏でているかのようです。

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建物に入ると、中庭、サロン、教室、神学生たちのための小さな部屋があります。ドームのあるホールはむしろレンガの印象が強く、タイルはレンガを美しく見せるためにあるかのようです。茶色と青は、強く美しく、響き合うんですよね。最強の組合せ!

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タイルは、カラタイ・マドラサに見られる三角形を組み合わせた天井への持ち上がり部分にラインのみ。が、ラインの中にはモザイクでパルメットのような模様が黒で描かれています。

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ドームは青と紫の組合せ。模様はジグザグと菱形をベースとしたもの。専門書には「キリムのデザインと共通点がある」とも。

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また、ミヒラーブ形の窓の上部などに幾何学模様、そしてカリグラフィーと植物模様の組合せのタイルが。各所でデザインが異なり、リズムがあります。どれも、とてもキレイで、見とれます。

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インジェ・ミナーレは、日本からのツアーでコンヤに行くコースにも入っているようです。ツアーのコンヤでは、旋回で有名なスーフィー教団「メブラーナ」の博物館がメインで、プラス、こちらのマドラサ。有名な観光地に比べてサラッと通りがちなようです。

元々、日本であまり馴染みのない装飾タイル、その中でもセルジュークの青と黒のタイルは、残念ながら地味なのかも。イスタンブールの華やかな絵付けタイルに人気が集まるのは理解できます。でも、セルジュークのタイル、最高です!私はそう思います。圧巻。圧倒的なのに、愛おしい。1200年代の工人たち、その匠に惹かれます。

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展覧会など、少々。

魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」(新国立美術館):この分野、まったくわからないけれど、「バレエ・リュス  踊る歓び、生きる歓び」という映画の後で展示を見たので、展示展開についていけました。工芸品としての衣装という視点では世界各地には、より驚愕の手仕事が多数あるけれど、舞台総合芸術として見るとテーマや表現として斬新なコスチュームだと思いました。中央アジアテイストのものが少しあり、やはりそのあたりには惹かれた。映像等で補足しながら見るのがよいかも。バレエ・リュス(ロシア・バレエ)のダンサーたち、重厚で軽やかで芸術的!(入場料1500円、図録3500円、、5000円時代ですか。国立なのだからもう少し抑えた料金にできないのでしょうか。上野の東博、常設はたしか600円くらいですが、超見応えありですしね、、)

超絶技巧!明治工芸の粋」(三井記念美術館/7月13日まで):明治工芸すごし!その精緻さ、チマチマしているのではなく勢いがあると感じます。このジャンル、もっと見たりスタディしたい。明治、日本のタイルや建築も含めて、勉強したい。

フランス印象派の陶磁器 1866-1886―ジャポニスムの成熟―」(汐留ミュージアム/6月22日まで):19世紀後半のフランスが憧れた東洋や日本の美術が色濃く反映されたテーブルウエアや陶芸作品。どちらかというと苦手な分野だけど、陶芸ということで視野を広くと思って見学。滲み出るフランス流のアレンジが興味深い。

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タイル。さまざまなタイルやタイルを愛する人や、タイルのデザインや研究に、最近、リアルでもネットでも、不思議と出会うんですよね。びっくりです。この流れは、どうなっていくのかな。
by orientlibrary | 2014-06-21 23:59 | トルコのタイルと陶器

セルジュークへ

セルジュークへ。時の旅へ。

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ルーム・セルジューク朝(1077年 - 1308年)。セルジューク朝(テュルク系遊牧民オグズの指導者セルジュークおよび、彼を始祖とする一族に率いられた遊牧集団(トゥルクマーン)により建国)の地方政権として分裂して誕生。アナトリア地方を中心に支配したテュルク人の王朝。当初、首都はニカイア(現在のイズニク)。1097年にニカイアが占領されたため、再びコンヤを都とした。「ルーム」とは「ローマ」の意味。ビザンツ帝国(東ローマ帝国)領であったアナトリアの地を指す言葉としてイスラム教徒の間で用いられ、アナトリアを拠点としたことからルーム・セルジューク朝という。

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13世紀に入ると、ルーム・セルジューク朝は最盛期を迎え、東はアルメニアから南北は地中海、黒海両岸に至るまでのアナトリアを征服し、対岸のクリミア半島にまで勢力を延ばすに至り、コンヤはその中心として繁栄を極めた。

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ルーム・セルジュークの治下ではアナトリアの都市にモスク、マドラサ(学院)が多く建設され、この時代にはアナトリアのイスラーム化が進んだ。コンヤには、カイクバード1世の建立したアラエッディン・モスクやセリム2世のセリミエ・モスクなど多くのモスクがあり、アナトリア随一の宗教都市として繁栄したかつての姿を現在に伝えている。

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1228年には中央アジアのバルフ(現在のアフガニスタン北部)に生まれたイスラム神秘主義者、ルーミー(メヴラーナ)がカイクバード1世の招請によってコンヤに定住、1273年に亡くなるまでコンヤで活動し、トルコを代表する神秘主義教団であるメヴレヴィー教団を開いた。

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中央アジアの香りのするアナトリアのタイルの世界へ。
そして華やかなオスマンとも触れ合って。
タイルに会いに行ってきます。Gidiyorum!

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(キュタヘヤ旧市街 青の館にて)

*参照:wikipedia、その他コンヤ関連資料より。
*写真上から5点は、チニリキヨシュク、キュタヘヤ博物館で撮影したもの、orientlibrary。
by orientlibrary | 2014-02-19 22:53

装飾タイルの「8」〜“慈悲深き神々の呼吸”

「6」のデザイン 天地創造の6日間の理想表現」に続いて、今回は「8」です。が、建築の8(八角形、八角柱、八角堂等)や象徴としての8(宇宙のかたち、無限等)まで調べるのは力不足。イスラームの装飾タイル中心にみていこうと思います。

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八角星と十字のパターン

水平線上の円からスタートし、弧を2本描き、斜めの線を定義、4個の円に、さらに4個で8個の円。この円によるマトリックスを無限に続ける。正方形内で反復させると基本的な星と十字のパターンに。

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(基本的な星と十字のパターンを示したページ一部=『イスラム芸術の幾何学 天上の図形を描く』(創元社)と『イスラームのタイル 聖なる青』)

「斜め正方形のうち半数でそれと接する正方形の部分ではそのぶんへこませたと考えるのである。このため、近年これは“慈悲深き神々の呼吸”とも呼ばれている。この表現は、創造の源として火・空気・水・土の四大元素の可能性を発現させるのは神の呼吸であると説くイスラムの偉大な思想家イブン・アル=アラビーの教えに由来する」(『イスラム芸術の幾何学 天上の図形を描く』より)

「世界のタイル博物館」にこのタイルの収蔵が多く書籍でも紹介されていることから、タイルのイメージが「十字と八角星」という方もあるのでは。私もこのかたちと組合せに魅せられた一人です。

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(ラスター彩星形壁面タイル、カシャーン、13世紀/『イスラームのタイル 聖なる青』(INAXブックレット)より)

重要なモスクの、その中でも重要な部分(ミヒラーブ等)を飾ったといわれるこの組合せ、ラスター彩釉のものが多いことも、装飾タイルならではの精緻な魅力にあふれています。当時の壁面そのままの姿を見ることができないため、ますます想像は広がります。細密な絵付けやカリグラフィーが描かれた八角形と浮彫りなどが施された十字が組合わさった大きな壁面、どんなに煌めいていたことでしょう。

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(シャーヒズインダ墓廟にて。廟外部壁面装飾タイル。よく見ると、八角星と十字のパターンの一部を大きく使ったものですね。八角星の中にまた八角星、そのなかにカリグラフィー〜聖典の言葉が記されていると思われます。帯状のラインにもアラビア文字。強い青で、まさに圧巻)

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(星と十字が連続する上に絵付けしたラスター彩。ラスター彩陶壁部分、「オリエント幻想」、七代・加藤幸兵衛 作、イラン大使館ファルドーシホール壁面)

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(ビビハニム廟入口、大理石とタイルでしょうか。キリッとして目立ちます。大きな面積はこのような素材とやり方がベターなのかも)

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(憧れの星と十字を制作した時の写真。それぞれの形に土を真っすぐにカットするだけでも一苦労。側面がデコボコに。花模様のものは地色を塗らず素焼きのままに。和な感じの星&十字になりました)


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八角星一つ、またはいくつか

八角星はバランスが良く安定しています。内部に文様も描きやすいのではないかと思います。そのせいか、一点のタイルとして、それこそスターのように目立ったところに飾られているものを見ることがあります。また、いくつかの中にあっても、ひとつひとつの存在感の強いものも見かけます。

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(シャーヒ・ズィンダ墓廟にて。カリグラフィーを書き込んだ八角星の大きなタイル。レンガの茶色と青と紺はよく似合う組合せだと思う)

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(ブハラにて。モザイクではなく絵付けでカリグラフィーを描く。周辺の青もまた星空のよう)

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(タシケントの博物館展示品。雫状のものと花びら。おおらかな文様と青の発色が好みです。タイルの聖地を多数擁するウズベキスタンの博物館でもタイルの展示品は数が少なく、古いタイルは貴重なものであることがわかります。ソ連時代やその後の混乱で、散逸してしまったものがたくさんあるのでしょうね、、、)

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青のfacebookでも支持が高かったブハラ、ナディルディバンベギマドラサ、渡り廊下天井のタイル。5つの八角星で星空のようでした。青好きにはたまらない青の組合せ)

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(変わりバージョン。ブハラのストライ・マヒ・ホサ宮殿にて。横長の八角星)

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(シャーヒ・ズィンダ墓廟群にて。盛り上がった白の縁取りと青だけの文様が目を引くタイル。 “タイル装飾の博物館”とも言われるシャーヒズインダだけに、様々な技法が見られます)


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丸みのある8

まず手持ちの写真から8に関わるものをピックアップし、なんとなく特徴が似ているものを分けていたのですが、丸い花びらのようなもの、まだ他にもあるかもしれないけれど、シャーヒ・ズィンダの浮彫りのもの2点です。

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この他、「連続して描かれているもの」「建築での8」「壁面幾何学」「布や陶器での8」などを少々ピックアップしました。次の機会にご紹介したいと思います。

最後に、『イスラム芸術の幾何学 天上の図形を描く』の「むすび さらなる可能性」より一部引用します。

「伝統的なイスラムの装飾は、際立って機能的であるーただし、ここで機能的というのは単に実用的という意味ではない。イスラムのデザインは文明化とひきかえに失われた霊的な感覚を、無垢の自然が持つ原初的な美しさを再構築することで補完し、俗世にどっぷり浸かった人間を真剣な熟考へいざなおうとする。イスラムのデザインは、一種の“目に見える音楽”だと言ってもよい。モチーフの反復とリズムが内なるバランス感覚を目覚めさせ、神への祈りや神についての思弁を視覚的に展開する役目を果たすのである」
by orientlibrary | 2013-07-15 17:02 | タイルのデザインと技法

「6」のデザイン 天地創造の6日間の理想表現

少し時間があいてしまいました。梅雨空のもと、元気にしています。あまり更新のないブログ、ご訪問頂いた皆様、ありがとうございました!さて今回は、6月ということで、「6」がテーマ。イスラームの幾何学で重要な6です。数学壊滅の私ですが、がんばります!

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おっと、その前に、、青のfacebookページ、「青の陶器とタイル好き * blue ceramic museum」。昨年末の開始以来、約半年がたち、現在オリジナル発信92話になりました。
Facebookは集計や解析機能がすごい。頼みもしないのに、アクセス数や話題指数など、いろんな集計が表示されます。半年記念に現時点での「THE 青のfacebook人気、ベスト3☆」!

第3位は、、ティムール・サブーリさんの青の釉薬テストピース。陶器やタイルの中で、すごい!深い青の魅惑。

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第2位は、、リシタン・ウスマノフ工房の皿コラージュ。強い青のインパクト。ウスマノフさん、おめでとうございます!☆!

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そして堂々の第1位は、、ナディール・ディヴァン・ベギ・マドラサ、の装飾タイル。ブハラ・青の輝き!モザイクタイルは現地で見るのも圧倒的なのですが、アップで見るとまた凄みがありますね。

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刺繍王子Kさんが絶賛紹介、『イスラム芸術の幾何学 天上の図形を描く』(創元社/ダウド・サットン著 武井摩利訳)を即購入。コンパクトで読みやすい。簡潔でポイントが記憶に残りやすい。イスラム美術や幾何学の本は、分厚かったり難解だったりで手ごわいものが多いですから、これはありがたい。

最初の章(見開きの2ページ)=「最初の出発点」は、点、円、6個の円のお話。6個の円は「クルアーンに記された天地創造の6日間の理想表現」。これを拡げていき正六角形の点を結ぶと六芒星=「ソロモンの印章」(この印章付き指輪を使って精霊を使役したと言われる)。外枠だけを星形にして並べると星と六角形のパターンに。

(文章では、わかりにくいですよね、、でも図をスキャンして紹介していいものか迷います。この本では、コンパスと直定規だけを使って描いたパターンを豊富に紹介し、幾何学的土台の理解を促しています。肝の図形をスキャンするのは気が引けます。)

次は「6から作られる6」です。星と六角形からスタートして複雑なパターンに展開していきます。一見した印象は違いますが、元々は同じデザインから発展したことがわかります。

って、文章では、わかりにくいですよね、、  そうだ!タイルの事例ならいいですね。自分の写真ならば問題ない。現実にどう活用されているか、タイルからみえてきますね。

そんなわけで、iPhoto見てみました。私の場合、イスリーミ(植物文様)の方が多いのですが、壁面装飾ではやはり幾何学模様!なるほど〜、幾何学の理解がもう少しできるようになれば、タイルがもっと楽しくなりそう。

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(アイシャビビ廟/カザフスタン/カラハーン朝/写真左の四角形のレンガが建造物のメインですが、右奥には六角星(&六角形)、星の中に模様。この部分色を塗っているようにも見えますが詳細不明。でもキレイ)

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(アフマド・ヤサヴィー廟/トルケスタン/ティムール朝/タイル自体は修復だと思いますがオリジナルデザインは維持されているはず。花や葉のデザインも6に。そして六角形との組合せ。濃い青がレンガの茶色に映える)

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(シャーヒ・ズィンダ墓廟/サマルカンド/ティムール朝/アフマド・ヤサヴィー廟と同時代。六角形が六角星にも重なり、ラインや花びら状のものも6。いいですね〜!時代が古いものは6のデザインが多いような印象。これが古雅な印象につながっているのかな)

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(カラーン・モスク/ブハラ旧市街/シャイバーニ朝/ミヒラーブを囲むようにある六角形青タイルのパネル。青の濃淡がさざ波のよう。サマルカンドのグル・エミル廟などティムール時代の他の宗教施設にも見られるこの水のようなタイルパネル。イラン・ヤズドの金曜モスク(1325-34)あたりから?)

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(チャルバクル/ブハラ郊外にある墓廟、モスクなどの複合体/写真は奥まった場所にあるアブー・バクルの墓と言われるもの。六角形&六角星模様のタイルの連なりが印象的。広い墓所に私一人、、こわいくらいに静かで、この文様が強く響いてきた、、)

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(ウルグベク・マドラサ/サマルカンド/建造自体は1420年/このような透しのスクリーンに六角形をよく見る。隠し度合いがちょうどいいのかな)

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(シャーヒ・ズィンダ?/♪☆6☆6☆6☆♪ 見事な6のハーモニー。青と白で軽快)

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(トルコ/キュタヘヤ/現在のプロダクツ、メフメット・コチェル氏のデザイン室で/描かれた文様が六角形を彩る。文様が揃ったらキレイだろうな〜!青もしっとり洗練の色合い)

というふうに、いろいろあって、掲載しきれません。6シリーズ、そして8、12へGO GO!!タイル道、精進するぞ〜!☆★☆!



★★★ この間、なぜか「ズルハーネ」(イランのアスレチック)検索からの訪問が多かったようなんですが、何かあったんでしょうか??   →→→→→  どうやらこちらの関係のようです。。「日本選手権の際、室伏広治さんはこん棒をコンクリートで自作したことを明かした。単に重い負荷でトレーニングするのが目的であれば他の方法でもよかったはずで、ズールハーネの精神性に引かれるものがあったのかもしれないと荒井啓子さん(スポーツ人類学者)は推理する」、、さすが室伏さん!!ストイック!!    ← ← ← ← ←  もともとの記事はこちら「パフレヴァーン(ペルシア騎士道)の伝統に連なる「ズールハーネ」見学記」 ★★★
by orientlibrary | 2013-06-13 22:43 | タイルのデザインと技法

「東京ジャーミー」開堂75周年、タタールから日本へ

お寺や神社、やはり馴染みがあるというか、落ち着くし安心します。庭や参道も美しく五感に響き、記念の品購入なども楽しみ。
一方で、モスクに行ったときの独特の高揚と安らぎと心の静けさが、とても好きです。西アジア、中央アジア、建造物としてのモスクの魅力は圧倒的。ただ、内部、礼拝の場に、女性が入ってはいけないところもあるし、イスラム教徒以外は入れないところも。真摯な信仰の場に立ち入ることは、気軽にフラッと、というわけにはいきません。

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ところが、誰にでも扉を開き、拝見できるモスクが日本にあります。東京渋谷区大山町。小田急線(千代田線)代々木上原から徒歩で5分くらい。都心の便利な場所。白い大理石で作られた堂々としたオスマン様式のモスクです。建築材の多くはトルコからのもので、建築家や職人さんなど100人近いトルコの方々が来日して作業されたそうです。

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(ムハンマド生誕記念イベントのチラシ/外観はwikipediaより。タイルばかり撮っていて外観撮ったことがない。一度チャレンジしてみよう/ディテール、細工や仕上げが本格的)

今回は、ジャーミーのサイト(アクセスすると音が流れますので仕事中の方はご注意を?!)などから、このモスクの歴史を見てみたいと思います。(一部は要旨)

* 1917年ロシア革命の後、中央アジアの国々に居住していたイスラム教徒はさまざまな拷問や弾圧を受け、生命の危機を逃れるために、海外への移住を始めました。その一部は、中央アジアからシベリア鉄道を通って満州に移動・定住し、他の一部は小規模な商売をしながら韓国や日本に定住を始めました。

* 自国から逃亡し満州に定住した避難者にはパスポートがなく、海外渡航のためのビザを取得できませんでした。しかし当時、日本政府が1500 円の保証金の代わりにビザを発給することがわかり、1920 年代に満州に逃亡していたカザン州のトルコ人が、日本に移住を始めました。

* カザン州のトルコ人は、短期間で日本の生活になじみました。特に日本の気候は、彼らにとって快適でした。1922年の東京大震災発生の後、アメリカ政府は東京在住の外国人を救助するため、アメリカへ招待し横浜港に特別船を用意したにもかかわらず、カザン州のトルコ人はこの招待を断り、日本を離れませんでした。最初に来日したカザン州のトルコ人は神戸と東京に定住し、東京で最初の定住地となったのは大久保でした。

* カザン州トルコ人の増加する子供達への教育に対応するために、1931年に富ヶ谷に建物を購入。生徒達は、トルコ人とタタール人教師から、トルコ語、タタール語、英語、ロシア語を学び、小学校課程の全授業を日本語で学びました。1935年校舎が建てられ、富ヶ谷から学校が移転。1938年、校舎脇の土地には、東京ジャーミィが建設されました。

Wikipediaには次のような記述がありました。「この礼拝堂の建設の背景には、当時の日本政府の国策としての対イスラム宣撫政策があり、建築資金は日本側の寄付によってまかなわれた。さらに、落成式には頭山満、松井石根、山本英輔ら、大日本帝国陸軍や海軍の有力者が参列した。これが東京ジャーミイの始まりであり、開設後のイマームには、国際的に知られたウラマー、アブデュルレシト・イブラヒムが就任した」

ひとつのモスクの歴史の中に、ときどきの国際情勢や状況が入り組んでいるのですね。発端がロシア革命であること。1920年代の日本政府がビザをお金と引換えに発給したこと。そして移住したのは「カザン州のトルコ人」ということ。1938年のジャーミー建設には日本政府の思惑があったこと。

「カザン州のトルコ人」、カザン、、わかっていません。「タタールスタン共和国の首都。タタール文化の中心であり、多くの文化遺産やカザン大学などの教育機関が集積している」。タタール!「日本では、古くは中国から伝わった韃靼(だったん)を使っていたが、現代ではロシア語風にタタールと呼びかえることが一般的である」。韃靼。わ〜、これはもっと調べないと、いい加減はことは書けません。

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(カザンの写真をwikipediaから引用してみました/左下はロシア連邦内のタタールスタン共和国の位置、右下はタタールスタン共和国内のカザンの位置。Wikipediaより)

1986年に老朽化のため取り壊され、現在の建物は2000年に立て直されたもの。今年で開堂75周年なのだそうです。

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(礼拝堂のタイル。様々な花が愛らしい。高所なので手ぶれでボケてしまってます、、)

この東京ジャーミーについて、もっとも詳細に紹介しているのは、ブログお友達「写真でイスラーム」さんだと思います。あらためて見てみると、やはり素晴らしい。しかも20もの記事があります。とくにカリグラフィーの説明は、他では知ることのできないもの。読み方や内容まで紹介されています。本当に素晴らしい。ステンドグラスや大理石細工、クルアーン台まで。引用させて頂こうと思いましたが、全部になってしまいそうなので、どうぞ直接にお出かけください

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(随所にあるカリグラフィー。細部の細工も見応えあり)

引用ばかりの今回ですが、アップしようと思います。青葉の季節、東京ジャーミー散策も良さそうですね。5月17〜19日は「トルコ・タタール文化の日2013」という催しがあるようですよ。

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(トルコ縁で、「青の魅惑」展出展作品より、トルコの作家作品。メフメット・コチェルさん(作品左と右。細密な絵付け)、アディル・ジャン・ギュヴェンさん(中のタイル。モスクのランプ、蛇、双鳥)。お二人ともイスラームの良き精神を感じる寛大で温かいお人柄。作品には思いが込められていると感じました)

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<コメントをしばらく閉じさせて頂きます> コメント欄へのジャンクメール(コメント、海外から?)がまた増えてきました。消してもまた、です。当面コメント欄を閉じたいと思います。ご了解頂けましたら幸いです。
by orientlibrary | 2013-04-22 00:13 | 日本のいいもの・光景

中央アジア、土の仕事と土の景/15世紀の土とタイル、イシュラトハナ廟

ウズ旅、怪しい動きの私がいます。

・装飾タイルの壁にくっついている
・くずれかけた土壁を覗き込み、触ってみている、写真を撮っている
・青空の日も下を見て歩いている。一つの理由はウズの道路は穴が多く、冗談じゃなくアブナいこと。そして建造物近辺では「かけら」との出会いを求めて、、
・工事している人がいると近寄っていき、見せてもらっている

自分では何もできないのが残念ですが、工事、手仕事、匠の技を見るのが好き。今回のウズ旅で出会った工事シーン、土がらみの写真を少々集めてみました。
空港が変わっていたと前回驚いて書きましたが、サッカー場やモール、歴史的建造物の修復まで、各地で工事がおこなわれていました。活気があります。職人さんたちは一所懸命に取組んでいました。工事内容のご説明はまったくできません。すいません!
このような写真にご興味ない方もあると思いますが、今回はこれでいきたいと思います。よろしくお願いいたしますね。

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(ブハラの「バハウッディン」で出会った工事光景。ナクシュバンディ教団教祖の廟を中心に様々な施設があります。崩れているものも多く修復工事中。親方のような人が図面をみながら高さ等の調整をしていました。鏝でしょうか)

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(同じく「バハウッディン」。以前、「左官的塾」にて当ブログをご紹介いただきました。素晴らしい資料もいただき感謝しております!)

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(上の2枚はブハラにある「ナショナルハウス博物館」。ガイドブックにも紹介されていないところです。修理後宣伝して集客するのかな。この奥にある貴族の館のようなところで、ブハラの生活シーンを再現し、道具などを紹介していました。下2枚はバハウッディン」)

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(ブハラ旧市街、民家の壁が崩れた部分。焼成レンガとスサみたいなものを土で固めて、その上にコンクリとか土を塗っているようですが、壊れたものをよく見ます。レンガの中はモロモロで触ると崩れてきました)

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(ブハラ旧市街、民家の土壁。スサの量が多いように感じるのですが、こんなものなんでしょうか?)

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(道具類は展示で見ることがあるのですが、ガラスケースの中なので反射して写真が撮れません。こちらは左官関係かと思い、いちおう撮ってみました。ブハラにて。下の右はリシタン(ウズベキスタン)の陶芸工房の掃除用具です。ふつうのお家にもこのような箒があります。バザールでも売っています)

土、土ですね。久々に土の景を。

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(中央アジアの土の景。民家のレンガ壁。かまど。室内土壁。日干しどろだんご積み壁。路も壁も土。下3枚はトルクメニスタンの遺跡にて。紀元前数千年前の壺が山のように眠る。修復もしていた。こちらも遺跡の土壁)

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今回のウズ旅、感動したところは多数あって、本当に行って良かったと心から思っています。そのひとつ、サマルカンドのイシュラトハナ廟。タシケントの陶芸家アクバル・ラヒモフ氏が、幾度となく通い勉強したとおっしゃっていた廟。15世紀(1464年)そのままの姿で、一部を除き修復されていません。サマルカンドでもブハラでも、主要な建造物は立派に美しく修復が進められており、当時の姿に触れることは難しい。この廟は、タイルやレンガを知りたい人にはたまらないと思います。

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(地下にはティムール家の女性や子どもたちが葬られているそうです。地震で崩れたままになっています)

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(アーチやドームの構造が、製法が、わかる人にはわかるのでは!?)

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(当時のままのものが残る青いタイル。圧倒的に素晴らしいタブリーズのマスジドキャブード〜ブルーモスクと同時期の建造。この時期は装飾タイルが花咲いた時代だったと思います。土味を生かした押さえ気味の青のタイル使いがとても美しい廟でした)

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(宇宙的と思える幾何学模様。こうして飾りのない状態で見ると、よりその趣旨のようなものが伝わる気がします。下2枚はなぜか修復中の内部壁画一部。このような色だったということでしょうか。サマルカンドの多数の建造物を思うと、こちらまでは手が回らないでしょうし、ぜひとも回さないままでいて欲しいと思う、土好き、タイル好きなのでした)

ウズの職人さんたちの熱心な姿に打たれる一方、写真はアップしませんが、ウズベキスタン各地の舗装道路にある大小とりどりの穴(深いですよ、けっこう)の多さは、何なのか不思議です。レンガ敷きの歩道もはがれがすごく、下を見て歩いていないと転んでしまいます。穴になったところがゴミ箱状態になっていたりもします。
最近の建物では、美しいタイルが剥がれ落ちてきています。修復されたものも、ズームレンズで見ると、デコボコしてきており、剥がれ落ちるのではないかと気になります。
昔のものはよく耐えて持っていると思います。最近のものが問題が多いような印象です。その理由は、素人の私にはわかりません。素材なのか、気候風土なのか、製法、施工なのか。基礎部分に問題があるような気が、、、

久々、土話でした。少々風邪気味でもあり、このあたりで、、
by orientlibrary | 2013-03-10 21:49 | タイルのデザインと技法

「STUDIO MUMBAI : PRAXIS」、インドの匠が集結するスタジオ・ムンバイ

*** 記事中の写真、全部見えないようになってしまったみたいですね。。ギャラリーで「写真撮ってもいいですか?」と確認して了承を得ましたし、書籍からの引用も出典を明記したのですが、、ダメなのですね。宣伝してお金を得ているわけでもなく、惚れ込んで惚れ込んで、紹介させて頂いたのですが、、残念です。記念にこのままにしておきます〜!(त_त)!(9月2日記)***

「STUDIO MUMBAI : PRAXIS (スタジオ・ムンバイ プラクシス)」が、TOTOギャラリー・間(東京・乃木坂)にて開催中です。
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インド建築界を代表する建築家、ビジョイ・ジェイン氏率いるスタジオ・ムンバイ。展覧会では、スタジオ・ムンバイで実際に使われている素材、模型、スケッチ、モックアップなどをムンバイから移送。東京という環境のなかで再構築した「Studio Mumbai in Tokyo」を見ることができます。

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(書籍『STUDIO MUMBAI : Praxis』)

感動というより、共振という方が近いかもしれない。このような感覚は久々。ギャラリー内写真OKとのことで、取り憑かれたように撮っていたら、コンデジが熱を持って熱くなりました。本当に好きすぎる、、!まさに熱中!?

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「スタジオの再現」。作業机や椅子から作ってる!たしかに、、作ればいいんだよね。普通の家にあるような電気スタンドがいい感じ。
何気なく置かれた「素材や模型、モックアップ」の存在感、スコーンとして気持ちいい。それでいてアート感に満ちている。用途がわからないものもあって、最高。
スタジオ・ムンバイは「スケッチや大きなモックアップでの検討を何度も繰り返すプロセスそのものがデザインになることが特徴」。
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「作品ごとの写真、映像、ドローイング」。こんなところで時間をすごせたら、どんなにいいだろう、、!ツボを直撃。和とも親和性があるような気がする。

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(作品の例:リーディングルーム)

「インスピレーション」。ジェイン氏はじめスタジオのメンバーがインドを旅して触発されたものや光景を写真や映像で紹介。とっても共感!インド、さすが!生々しくて、タフで、抜けがあり、飄々としている。

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(インスピレーション:「蚊帳の集落=地方の村々に暮らす農夫たちは、夏の間だけ日雇い労働者として都会に出稼ぎにやって来る。夜に現れ朝に消えてしまう蚊帳でできた集落」)

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(インスピレーション:「生地屋=布で埋め尽くされ、商品と空間が一体化している。客寄せにもなり、客も手軽に買物ができる」。← これ、インドで思う。商品そのものをディスプレーにするのが巧みだと思う)


「スタジオの日々の映像」。仕事は生活の糧であり、同時に生涯一歩づつ磨いていくもの、集中して熱中しておこなうもの。鍛錬や工夫がもたらす達成感、職人としての誇りや喜び、一人一人の職人の、その幸福感が伝わってくる。そして多くの職能が集まり、つくり上げて行くプラクシス(実践)そのものの、充足感が伝わってくる。

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(職人さんたちが黙々と作業。コンクリの色板も色から制作。中段左から2番目の石工さん、鉛筆をササッと石で削っていた。大工さんも釘を使わず組み立てる。実物大の模型を作り、そこから考えていくという。下段右は音楽タイム!)

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(書籍『STUDIO MUMBAI : Praxis』より)


* ****
スタジオ・ムンバイの活動の特徴は、敷地の造成から設計、施工といった一連の工程すべてを、建築家と熟練工からなる人的ネットワークにより、手作業で行なうことにあります。
スタジオ・ムンバイのワークショップでは、インド各地出身の有能な職人たち(大工、石工、鉄工、金工、井戸掘り工など)約120名が住み込みで働き、ジェイン氏の指導の下、地勢や気候を読み、井戸を掘って水源を確保し、地元由来の素材とそれに適した工法を用いて建築をつくっています。

* ****
先祖代々口伝によって伝わる伝統技能を受け継いだ職人たちの確かな技術力は、乾期の猛暑と雨期のモンスーンという厳しい気候条件に耐え得る建物には不可欠なものです。
彼らの知恵と技能を充分に活かしつつジェイン氏の深い思索に導かれて生まれた建築は、その地での快適な生活を約束しつつ、風景と調和した豊かな詩情を湛えています。

さらに、ジェイン氏は職人たちにスケッチブックを与え、ドローイングの描き方を教えています。教育を受けられず文字も書けない職工たちが、日々の作業と並行して建築を「設計する」ことを学んでいきます。

* ****
Praxis(プラクシス:実践、自然や社会に対する人間の働きかけ)は、建築をつくりたいという意思をもつすべての人に門戸を開いたオープンなコミュニティの中で、さまざまなアイデアや実践を行きつ戻りつしながら最適なゴールを見出していく、スタジオ・ムンバイの存在と活動そのものをあらわす言葉です。

◆■◆■◆
スタジオ・ムンバイの仕事がなぜ反復作業によって成り立っているか、なぜ案を検討するために大型モックアップやスケッチや図面を作成し、素材のスタディを重ねるのか。それはすなわち独自の思想を練り上げ、自発的に組織を形成していくためなのだ。


プロジェクトに取り組むあいだは、場所を念入りに検討し、そこにある環境や文化、人びとが身も心も捧げてきたことに目を向けるようにしている。
なぜならそこには、限られた資源を相手に人間が創意工夫を凝らして編み出した建設技術と素材があるからだ。

◆■◆■◆
スタジオ・ムンバイにはいろんな人たちがいます。建築家もいれば、職人も大工も石工もいる。その彼らが建築を建てる、あるいは作るためにここに集まってきました。(中略)スタジオ・ムンバイではつくりながらアイデアを練るという筋書きを辿ります。あるいは現物を相手にアイデアを組み立てていったり。おおまかにいえば、そんなところです。

◆■◆■◆
先祖代々大工であった人たちも仲間に引き入れました。彼らはもともとラジャスタンの出身で、大工の伝統の中でその継承者として訓練を受けてきたので、工匠の技術をもっています。この地方には切石技術に長けた石工もいます。業種も出身地も異なる人たちが、ひとところに集まって仕事をするのが、スタジオ・ムンバイです。これが事務所の原点です。そしてもうひとつの特徴は、常に外部からの参加に対して開かれていること。建築について考えよう、建築をつくろうという人なら、誰でもこのスタジオに加われます。

◆■◆■◆
inspiration インド国内を旅してまわる中で私たちがたびたび遭遇したのは、制約のある環境下で空間を機能させるという必要から生まれた、ある特色をもった空間である。
限られた空間や資源しか利用できない人びとは、生活の必需をすべて満たすために自発的にそうした空間をつくる。
それらは人と人の交流を決して妨げない、慎ましくも自由な空間である。

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(インスピレーション:例:「ポケットマン(Tシャツに地元の正装の印とされる懐のポケットを縫い付けている)」「ボダイジュに寄りかかりながら建つ寺」「サリーでつくった即席シェルター」「木の枝で熊手作り」など。展示スライドを撮ったものも。よくわからない光景も多かったけど、撮らずにいられなかった)

興味のツボや、これまでモヤモヤと思ってきたことと重なり、ホントにガツンときました。本を読んでから、また見に行こう☆

ご興味ある方は、ギャラリー間のサイト、こちらから。(9月22日まで/入場無料)

 2012年8月、東京国立近代美術館(本館)の前庭にスタジオ・ムンバイがデザインする「夏の家」(仮)がオープン。竹製のBird Tree、モックアップテスト中。敷地となる美術館の前庭に設置。プロセスを紹介するというブログはこちら
暑さにめげず、観察に行きますよ〜!!^^
by orientlibrary | 2012-07-15 01:59 | インド/パキスタン

雪のタフテ・スレイマーン、冬のイランの景

静謐で雄大な冬景色を。

タフテ・スレイマーンの写真、ようやくスキャンしました。フィルム時代の写真、スキャンの手間に長年の先延ばし。「もう、なかったことにしよう」とも、、。でも、ようやく、やりました!

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(雪景色のタフテ・スレイマーン/تخت سلیمان‎ Takht-e Soleymān/イラン西アゼルバイジャーン州)

タフテ・スレイマーンは、ペルシア語で「ソロモンの王座」を意味する。ゾロアスター教(サーサーン朝の国教)、サーサーン朝の聖地。火口湖を中心に建てられている。主にサーサーン朝に建造された宗教施設などがある。世界遺産。

でも、どうしてこの地に、ソロモン王(*)の名前スレイマーンがつけられたの??かつてソロモン王がこの土地の100mの深さのある火口湖に怪物を閉じ込めたという伝説が残っているからだそうです。

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(サーサーン朝の日干しレンガに感動)

*ソロモン王(古代イスラエルの第3代の王)。ソロモンはイスラム教においても預言者の一人とされ、現代でもアラビア語ではスライマーン(سليمان Sulaymān)と呼ばれ、また、現代ペルシア語ではソレイマーン (Soleymān)、トルコ語でもスレイマン(Süleyman)とされ、ごく一般的な男子の名として普通に用いられる。ムスリムにあっては、預言者スライマーンは、知恵に満ちていたと同時に、アラブの民間伝承である精霊(ジン)を自由自在に操ったとされている。(wikipediaより引用)

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(日干しレンガは雪でも大丈夫?ユネスコが大規模な修復をしていましたが、、)

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(イラン北西部にあるザンジャーンにて。雪の舞うモスク。ザンジャーンにはアザリー(アゼルバイジャン人)が多い。絨毯も有名)

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(ソルタニエにて)

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(ザンジャーン州。乾いた冷たい空気。人もアヒルも日向に集まる)

タブリーズのマスジド・キャブード(ブルーモスク/1465)の写真もスキャン。安価な現像のため、劣化。悲しい。

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(masjid kabud or blue mosque , tabriz iran , 1465)

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ブルーモスクは、本当に素晴しい。ファサードのモザイクは、あらゆるタイルの中で一番好きです。
こちらに書いてます。「15世紀タイル装飾の傑作 タブリーズの「ブルーモスク」」。この写真が行方不明。どうしたんだろう。これも悲しい。

雪のモスク(たぶん、これブルーモスクだったと思います)、絨毯にも織られています。情景があたたか。

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(テヘランの博物館にて撮影)

イランの冬景色、こちらは遊牧民の移動。300キロにも及ぶ山越え。壮絶なまでにきびしい。このような移動を年に数度繰り返す。

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(バフティヤリー族の移動を描いたドキュメンタリー映画「grass」より)

人も羊もたくましく、強い。彼らの毛織物、羊毛そのものに味があるような気がします。tribeさんの解説です。「ルル/バフティヤリー族  ペルシア語系遊牧民(イラン)」

日本です。笹に積もる雪をあらわしたやきもの。和の情緒と匠ですね。

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(銹絵雪笹文大鉢/仁阿弥道八作/江戸時代、19世紀/江戸末期を代表する京都の陶工仁阿弥道八は、伝統的な京焼を手本に秀作を多く残している。この鉢は、乾山焼の手鉢をモデルにして、大振りの鉢に仕立て直したもの。白泥を釉下に使って、笹に積もった牡丹雪の意匠を描き、その気分がいかにも雅で味わい深い/large bowl. snow coverd bamboo in overglaze iron-brown/東博にて撮影、解説を引用)

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前回に引き続き「coke studio」より。さらに一曲。

Mori Araj Suno, Tina Sani, Coke Studio, Season 3







素晴しい、、パキスタンの歌い手たち、この声は、この歌は、この表現力は、、
「coke studio」、音楽の神が降臨したかのような曲の数々。

今年もあと少し。風邪流行ってます。皆さん、気をつけてくださいね!
by orientlibrary | 2011-12-26 22:47 | 中央ユーラシア暮らしと工芸