イスラムアート紀行

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部族絨毯を愛する会、イラクの絨毯に会いに行く

●愛する絨毯を求めてどこまでも、「部族絨毯を愛する会」、今回はイスラム美術〜西アジアの服飾文化の専門家D先生のお宅にうかがいました。建築雑誌に登場しそうな素敵なお家に、デーツ(なつめやし)やらカンボジアンデザートやらを携えて、どやどやとお邪魔したのです。年末の忙しい時期、迎え入れてくださった先生に感謝! どうもありがとうございました。

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●メンバーは、【トルクメンに魅せられた紳士な化学者、M氏】【M氏をあたたかく(時にはきびしく?)見守るM夫人】【アジアの布コレクター(夏にみんなで押しかけて拝見した素晴らしいコレクション)、刺繍家のMMさん】【元サーファー転じて、西アジアの砂漠を絨毯求め駆け巡るサンダー(雷じゃないです、砂乗りの意)Sさん】【イタリアで絨毯修復を学んだ才色兼備、絨毯界のマドンナSさん】【西南アジアの音楽と図像を探し求めて山岳地帯から孤島まで、スカラーMさん】【絨毯好きが嵩じて自らも織り手に転じ難解な模様にも果敢に挑戦する絨毯エンシュージアスト(夢中人)Tさん】という濃い面々。

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●まずD先生が見せてくださったのは、イラクの刺繍。明るくカラフルで自由な柄が楽しい。鳥や動物や花がたくさん。見ているとだんだん形が見えてくるのが、こういう柄の面白さ。どういう部族のどんな精神世界が表されているのかな。

●続いて、イラクの絨毯。バラの花模様のキリム(コメント1番めのtribeさんが詳しい説明をしてくださいましたのでご参照ください)は華やかで強い美しさ。一方、縞のキリムはモダンで粋。イラクを巡る報道は暗い気持ちになるものばかり。こんなに手仕事が豊かな人たちなのに。とても悲しく残念。

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●私は絨毯は発展途上人以前の原始段階なので、絨毯好きの面々の行動を見ているのが好き。とにかく触る。裏を見る。織りの構造を読む。土(ツチ)族は土ものを嘗めたりするけど、絨毯はさすがにそこまではしないようだが、人目がない場合は・・・?そんな勢いがあります・・

●続いてM氏のトルクメン絨毯のお話。トルクメンは、印象的な濃い赤色に黒や茶色などの「ギュル」と呼ばれる模様を織り込んだ密度の高い絨毯で有名。ヨーロッパなどにファンが多く市場が形成されており、一部の絨毯は数百万円レベルの価格だとか・・。知的、芸術的な男性が熱狂的に好きになることが多いみたいだ。絨毯原始人の私には、ちょっと読み解くのがむつかしい。もっとたくさん絨毯を見たら、だんだんわかってくるのかもしれない。そんなことを思いながら皆さんの話を聞く。先生のご専門である美術館の展示の話でも盛り上がった。

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●このように人と話をさせてもらうことが、私の勉強。D先生、皆さん、ありがとうございました。日の暮れた海沿いの道を、わいわいと帰った楽しい一日でした。流浪の集まり「部族絨毯を愛する会」、次回はどこへ?!あなたの街へ?!

*写真は、上から順に 1:裏をじっくり見る 2:イラクの刺繍の一部(部族名は不明) 3:バラの花模様のキリム(イランのクルド族ではないかとSさん=下記コメント) 4:絨毯を拝見する面々  
「イランという国で」さんの,12月25日、26日、「カシャーンの絨毯」について詳細に報告されています。大変貴重なレポートだと思います。 
by orientlibrary | 2005-12-26 01:24 | 絨緞/天幕/布/衣装

パンジャーブに咲く ムガルの花々

[タイルフォト・ギャラリー(15)「ラホール・フォート」(ラホール)]

ナマステ!インド・パキスタン編です。スタートは“カッワーリ”。カッワーリは、私がイスラム圏に興味を持ち始めたきっかけとしてはずせません。あれは92年の春のこと。友だちが「絶対いいから。とにかくチケット買っとくね」と強烈リコメンドしたのが「ヌスラット・ファテ・アリー・ハーン」のコンサート。パキスタンだけでなくヨーロッパなどでも熱狂的な支持を得ていたカッワーリの名手、2度目の来日、ということは後で知りました。

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カッワーリとは、イスラム神秘主義(スーフィズム)と関連する宗教音楽。(今ネットで調べていて「スーフィー族の宗教音楽」と説明しているものがあったけど・・・族って言うかあ?!)。宗教的陶酔の中て神との一体感を感じるというはじめて聴く未知の音楽世界。戸惑う間もなく、最初からガツーンと衝撃、あとはひたすら浸り感じるのみ。パンフレットには「聴衆を10分で金縛り状態にした」とあったけど、まさにそんな感じでした。

ヌスラットは97年8月に亡くなったんだけど、そのとき私はデリーのあるお家にステイしていて、新聞でその記事を発見。驚いていると、パンジャーブ(現在のパキスタン、カッワーリの盛んな地域)出身のお母さんは、私がヌスラットを知っていることが意外そう&少し嬉しそうでした。

印パ分離独立のとき、大変な思いをして逃げてきた世代だけに、あまり語らないけれど故郷への思いは強いのかもしれません。そのあと買い物に出かけたお母さんは、なんとヌスラットのCDをプレゼントしてくれました。当時、インドではCDはすごく高かった。そしてそのCD、じつは私は持っていた。でも本当にうれしくありがたかった。

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そんなこともあって、パンジャーブということばを聞いただけで、心が動きます。その州都がラホール。12世紀にはアフガニスタン・カズニ朝の都として、16〜17世紀にはムガル帝国の首都として様々な建築物が作られた街。

ラホール・フォートは、ムガルの歴代皇帝が増築を重ね拡大。1631年に完成。全体はレンガ造で、外の壁にはカラフルなタイル装飾があります。石がメインのインドでは見られない貴重なタイル装飾です。けれども他のイスラム圏のタイルとは、ずいぶん雰囲気が違います。地域的に近いムルタンのタイルとも全然違います。まぎれもない「ムガル・テイスト」なのです。

建築大好き皇帝シャー・ジャハーンはあのタージ・マハルを建てた人。彼の時代に、やはりラホール・フォートも拡充されています。モザイクタイル装飾もその時代のもの。テーマはムガルらしい可憐な植物や宮廷の暮らし、軍隊の行進や象の戦い、ポロの試合など。これらは当時絶頂期にあった宮殿の壁画絵画のタイル装飾版といえるのですが、色の種類が絵画と比べて限定的であり、それが非現実的な印象を与えています。

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タイルはイスラム美術の華であり、ムガル皇帝が始祖と仰ぐティムールの時代に花開いた建築文化。建築オタクのシャー・ジャハーンももちろんがんばったのでしょうが、やはりインドは他の建材が豊富なので土ものが盛んではなく、タイルには彼のオタクぶりが発揮されていないように見えます。

華やかだけど、なんかちぐはぐな感じもあって、あのタージ・マハルの完璧な美と比べると、ちょっとラフ?どちらかというと象嵌に近い感じ?それでも、タイルとイスラムアートと、そしてインドが好きな私には貴重な例。ユニークだな、と思いながら見ています。

*写真は、(上)宗教的雰囲気のあるラホールの街と人、(中)ラホール・フォート外壁面モザイクタイル装飾ディテール、(下)同、ムガルテイストの花模様。西洋のハーブの雰囲気を漂わす
by orientlibrary | 2005-12-13 02:53 | ムルタン・蒼のタイル

カシュガルタイルはユーラシアを結ぶ?!

[タイルフォト・ギャラリー(10)「アパホージャ墳」(カシュガル)など]

いちタイルファン、修行中、タイル発展途上人の私なので、感じたままです(学術的裏付けはありませんので、ご了解よろしく!)。「これって、染付と三彩じゃないの?」・・・東西文化の交流地点といわれるカシュガル、そのタイルはイスラムタイルと中国の焼き物が融合したもの・・ハーフイスラミック+ハーフチャイナでは?!

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カシュガルに17世紀に作られたアバホージャ墳のタイル、白地にコバルトのイスラムの青。けれども微妙な違いを感じる。他のイスラム圏の同系統の模様では、逆に青地に白で模様を描いてあったり、白地の場合でも青の比率がこれより多い気が・・・またはもう少し意識的・絵画的なデザインがなされているか、あるいはより緻密な印象がある。カシュガルの「ゆるさ」も味があって好きだけど、イスラムの美学とは少し違う感じ。

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白と青のバランスでいうと、染付に近いという印象を持った。染付は、白地の素地に呉須(酸化コバルト)で絵付けし、その上に透明釉を掛け高温焼成したもの。中国では「青花」(せいか)という。元の時代に開発された手法で、当時はペルシャから輸入したコバルトを使い、輸出先でもあったイスラム圏の影響を受けながら発展。当初からイスラム圏と深い関わりがあったわけだ。

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そして、緑、茶、黒のタイル・・・唐三彩を思い出してしまう。唐三彩は、唐代につくられた低火度焼成の三彩陶。陶質の素地に白化粧あるいは透明釉を掛けたのち、緑や褐色の鉛釉を加える。その美しさと技術は、宋三彩・奈良三彩・ペルシャ三彩などに影響を与えた。ペルシャ三彩は9世紀頃、イランのニシャプールでつくられた多彩釉陶器。白化粧の上に緑、黄褐色、紫などの彩色を施した。

アバホージャ墳が作られた17世紀といえば、中国は明から清に移行、中央アジアはブハラ・ハン国、ヒヴァ・ハン国などの遊牧民の諸王朝、イランはサファヴィー朝、トルコはオスマン朝。サファヴィー朝やオスマン朝では、中国の染付や黒彩の技法が取り入れられた。

またトプカプ宮殿の中国磁器のコレクションも有名であり、技術や収集面でも東西の交流が盛んであったようだ。タイルでは、イランの多彩タイル、トルコの絵付けタイルと、タイル装飾の粋を競う展開に。日本では伊万里の輸出が始まった頃だ。ユーラシア大陸の東西で陶の文化が花開いた。

このようななかで、ユーラシアのイスラム世界の東端にあったカシュガルでも、東西の陶芸術を取り入れながら、マイペースな感じでタイル装飾をおこなった感じがする。精緻や優雅とは言えないと思うが、おおらかでのんびりとした明るいタイル。「染付&三彩テイストのイスラムタイル」は、私にとってとても興味深い。

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さらにつけ加えたいのがモンゴル。えっ?モンゴルとタイル?? でもイル・ハン朝のタイル装飾はとてもいい。そんな歴史があってかどうか、モンゴルに1586年に建立された「エルデニゾー」の仏教寺院の屋根も、何となく三彩では?!ユーラシアを結ぶタイルや土ものにますます惹かれていく今日この頃です。

*写真は、(上)アバホージャ墳のタイル、(中右)トプカプ宮殿染付コレクション・16世紀・明朝(『トプカプ宮殿』オリエント出版より引用)、(中左)三彩鉢・11世紀・サマルカンド(『おおいなるシルクロードの遺産展カタログ』より引用)、(下)エルデニゾーのチベット仏教寺院
by orientlibrary | 2005-11-18 02:51 | ウイグル/アフガン

イズニクの赤 その始まり

●マルハバー! 憂無庵さんから「出典を明記しての引用は法で認められた権利」という力強いアドバイスをいただきました。ので、晴れて、写真載せちゃいます〜! ハイ、「宮殿とモスクの至宝」展のカタログ、「PALACE AND MOSQUE」(ISLAMIC ART FROM THE VICTORIA AND ALBERT MUSEUM)より引用、でございます。

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●(↑)は今回いちばん好きだった14世紀中期・ブハラの「浮彫文字紋タイル」。クルアーンの章句を銘記したもの。(実物はもっと色が深くてキレイです)。このようなアラビア文字による装飾はイスラム美術の特徴のひとつ。クーフィー体やナスヒー体など多彩な書体がある。流麗で格調高い。こういうのが読みたくて始めたアラビア語だが、第一次挫折中!

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●(右)はオスマントルコ時代の陶器の中から「白地多彩花文モスクランプ形壺」、1557年頃、トルコ(おそらくイズニク)。有名な「イズニクの赤」の初期のもの、実験的に使用されたものだという。洗練された赤ではないが、より素朴な味わいがあるように思う。

●ブハラのタイルもイズニク壺も、「フリットウエア」と言われる種類の陶器だ。粘土ではなく砂石から精製された石英粉にフリットと呼ばれるガラスと少量の白粘土を混ぜて成形、比較的低温で焼成したもの。柔らかく素地が白かったため、多様な装飾に使うことができた。今回の陶器の展示品の多くはこのフリットウエアだった。

●「フリットウエア」は、エジプトでは「ファイアンス」として発達した製法だ。ファイアンスとは「石英にガラスと白粘土を入れて練り固め天然ソーダに酸化銅を混ぜ施釉して焼成したもの」(『オリエントのやきもの』・INAXギャラリー)。世界最古のタイルは、前2650年頃のエジプトでピラミッドの壁面装飾として使われたターコイズのような爽やかな青のタイル、エジプトファイアンス。

●フリットウエアは人気のあった中国磁器の代替物として11世紀頃から中東などで用いられてきたようだ。トルコ西部イズニクでは中国の染付の絶大な人気を受け、スルターンの後押しで15世紀頃から作られ始めた。16世紀になるとフリットウエアの装飾に用いられる色彩の幅も青、緑、紫へと広がりを見せ、16世紀後半には赤を含むようになった。

●赤が加わったイズニク製フリットウエアは、壁タイルとしてモスクやパレスの装飾へと普及。オスマントルコの華麗な美のシンボルとも言える存在になっていった。中国磁器への憧れが生んだ創意、文化の融合、小さなタイルの中にもストーリーが満ちている。
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*もう1点(左)は、時計文字盤の一部。銅、と金(金で銅に焼き付けめっきしたもの)に繊細な刻線。イラン・サファビー朝、17世紀。実用の美。
by orientlibrary | 2005-10-25 03:25 | 中東/西アジア

ラジャスターン 砂漠の美

[●タイルLOVE!の私だが、「布」と「テント」にも惹かれる。これらに共通項があるとすれば「皮膜系」?!(タイルは壁面装飾でありイスラム建築では壁は皮膜的なものと言える)

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(インド・ラジャスターンにて。色、柄、デザイン、メチャメチャお洒落!カッコいい!)

●「アートなどなどダイアリー」のなかでも書いているが、民族衣装というのは民族の美的感度の象徴であり、物語であり、アイデンティティであり、何者かが一目でわかるメディアだと思う。だから強烈だ。美しいだけでなく強い。男性の服装がシャツとジーパンになっても、女性たちが依然民族衣装で働いていたりするのは、女性の服装が「拠り所」のような意識が社会全体にあるからだろうか。

e0063212_2342353.jpg(インド・サンガネールの代表的な紋様 paul buti)●このところ、民族衣装にインスパイアされた欧米のデザイナーの作品展や、各地の民族衣装の展覧会を目にすることが多くなった。パリコレクションなどのテーマもエスニックなものが多い。「これってあの地方のじゃないの?」と思うようなものもある。特に昨今は、ミニマリズムからの揺り戻しで、手仕事が施されたものの人気が高まっている。布は今後もスタディしていきたい奥深いテーマだ。
by orientlibrary | 2005-10-05 23:37 | インド/パキスタン

白磁風の素朴な磁州陶器

【中国・磁州窯】・出光美術館 

中国民窯の雄と言われる磁州窯。宋代に発展し多くの名品を残した。その最大の特徴は、鉄分の多い粘土で成形した器を白土で覆い、黒や褐色の装飾を施した素朴で力強い作風。支持したのは中国華南地方の庶民だったという。

白磁風の味わいがありつつ、土の質感がいい。いちばん好きだったのは、北宋時代の「白地黒掻落鴉文枕」。陶器の枕。固いのに大丈夫?でも意外と心地よいかも。「緑釉掻落牡丹唐草文瓶」の唐草も好きだった。
by orientlibrary | 2005-08-30 22:18 | 社会/文化/人