イスラムアート紀行

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神秘的or土着的宗教歌謡?どちらもナイス!Sufi Soul!

●私がイスラム文化に興味を持ったきっかけのひとつに、「カッワーリー」(イスラム神秘主義と関わりのある宗教音楽)があります。92年、来日したパキスタンのヌスラット・ファテ・アリ・ハーン(1948〜1997)のコンサート、よくわからないまま、「とにかくいいから」と友人に誘われ行ってみて、衝撃を受けました。いわゆる洋楽(ロックやブルース)を主に聴いていた私が初めて触れた世界。これは何!?この音楽の背景は何!?

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(パキスタン・ムルタンの聖者廟。ムルタンの青のタイルが見えます)

●それから月日がたちました。この間、イスラム圏にも旅行し、ヌスラットの出身地パキスタンにも行きました。でも現地でカッワーリーを聴きたいという願いはかないませんでした。やはり遠いものだったのです。

●ところが、このところ風向きが変わってきました。「ファイズ・アリー・ファイズ」などカッワーリー・ミュージシャンが来日。生のカッワーリー(〜スーフィー音楽)に触れる機会もできてきました。

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●それだけではありません。彼らと交流のあるる村山和之さん(西南アジアの音楽や舞踊の研究者)が、「南アジア、西アジア、中央アジアで見られる諸宗教の神秘主義的芸能(音楽・舞踊・演劇)を、老若男女の大衆に愛されてきた聖者と聖者の宮廷こと聖者廟ダルガーにおける諸パフォーマンスに視点を置いて考え考察し楽しむ。同行者と自由に広く交流する場」=「聖者の宮廷講」という勉強会をシリーズで開催。私も参加させてもらうようになったのです。

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●参加している皆さんは超熱心。ディープな雰囲気が充満しています。先日(「宮廷楽士考・2」)も魅力的な内容でしたので、ご紹介したくなりました。村山さん、サラーム海上さん(よろずエキゾ風物ライター&DJ)、勝手にすいません〜!

●まずサラームさんが、発売されたばかりの『SUFI SOUL 〜the mystic music of islam〜』(2005/UK)を上映&紹介してくれました。スコットランド人の歴史家が各地のスーフィーを訪ね歩くドキュメンタリーです。

●いきなりシリアのキリスト教会でスーフィーが祈っている場面でびっくり。融合しているところもあるんですね。続いてトルコのコンヤへ。メフレヴィー教団の旋回舞踊が有名。教団の人は言います。「これはダンスではなく祈りだ。銀河系など、すべてのものは回転する。旋回は誰でもできること。世界の祈りに参加することだ」。

●おもしろかったのは、バザールの鍛冶屋が鍋を叩く音と旋回のリズムの合致。同じなんです!このあたりがスーフィーの好ましいところだなあ。ところがスーフィー音楽は現在のトルコでは非合法。観光客用の名目での許可だけという状況。(その中でもしっかり息づいている様子も紹介されて一安心しましたが)。

●悲しかったのは、JAMAAL-ISLAMという組織の指導者が「音楽は悪い人間のすること、罪(sin)だ」と明言したこと。残念でなりません。どのような原理から出ているのかは知らないけれど、踊りや歌を禁止するのは人にとって不自然だと言いたい。女性ジャーナリストの「ムッラー(指導者)は人間の弱さを知らない。スーフィーはゆるす。人間の弱さを知っているから」との言葉にとても共感しました。(英語ヒアリングあやしいかも、、間違ってたらすいません)

●パキスタン、インドへ移り、さすが本場。ホッとする映像です。スーフィーロックの創始者ジェヌーンも登場。さらにモロッコへ。フェズの「聖なる音楽祭」も紹介されました。「自由で寛容なイスラムを音楽を通して見せていきたい」。いいですね〜!

●第2部は村山さんが今年2月、ラホールで撮った映像紹介聖者アリー・フジュウエリー(ダーター・ガンジ・パフシュ)の963回忌命日祭の模様。聖者の命日祭りはウルス(結婚)の名前で祝われ、祝典は二日間続くのだそうです。すごい!貴重!こういう映像を日本で見られるなんて!ありがたいです〜♪

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(村山和之さん撮影の映像を撮影/聖者廟地下音楽堂でのパフォーマンス)

●出演は、メヘル・アリー&シェール・アリー、ファイズ・アリー・ファイズ、モウルヴィー・アフマド・フセイン、リズワーン・ムアッザム&ムジャーヒド・アリー・ハーン(ヌスラットの甥の楽団)、スーフィー・カウワーリー・パーティ(アメリカの楽団)。

●「カウワーリー(村山さんの表記)は宗教儀礼に用いられるとはいえ、実質上、究極の恋愛歌謡である」というのが村山説。たしかに映像を見ていると、強烈な「愛」を感じます。神様への。

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(村山和之さん撮影の映像を撮影/ヌスラットの甥。熱唱!)

●<曲の種類>は次の3つがあるそうです。ハムド=神アッラー賛歌、ナアト=ムハンマド賛歌、マンカバト=聖者賛歌。基本的にはこの順番で演奏されます。今回は「ダーター」の名前が聞き取れる聖者賛歌が中心だったそうです。

●<曲の流れ>は、ナグマ=器楽演奏部、アーラープ=無拍子の前奏部(歌手の聴かせどころ)、バンディッシュ=曲の中心部分へ。各楽団が競い合うように歌い上げ、すごい熱気です。

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(村山和之さん撮影の映像を撮影/サンフランシスコのカッワーリー楽団。女性もいます)

●会場のド派手な電飾や花は地主で電気店主の寄付だとか。ステージ前では男たちがお札をばらまき、やたらにうろうろと歩き回り、ハグで挨拶し、青年がバラ水を撒布して回る。濃〜い男たちの世界でした。

●世界的に有名なヌスラットだけ聴いていると、ジャズ的な感じ、知的現代的な感じも漂うけれど、聖者廟でのコンサートは、あくまで土着的で身体的な歌謡の世界に見えました。3時間、貴重な映像に浸り、スーフィーへの関心がますます高まった会でした。村山さん、サラーム海上さん、どうもありがとうございました☆

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by orientlibrary | 2008-11-13 00:00 | インド/パキスタン

ウズベク絣を着た歌姫〜アラブポップスとこぶし

「ブハラ国立美術館展」!?、、去年、何度同じように駅の広告を読み間違えたでしょう。「プラハ国立美術館展」でした。目がそういうふうに認識(ブハラ=タイルが素晴らしいウズベキスタンの古都の名前)してしまうところが、オタクなんでしょうか。
昨日も駅で、「TOKYO HERAT」という広告を見つけて、「ヘ、ヘラート!?!(見たいタイルのあるアフガニスタンの町の名前)」、いったい何が始まるの!、、と手に汗握ったのですが、「TOKYO HEART」というあたりさわりのないものでした(惜)。

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(ブハラ・グレイトモスク)

◆ ウズベク絣で熱唱するビョーク ◆
そんな私が、「お!」と思った新聞記事の小さな写真。ウズベキスタンの絣を着てロックしているこの女性は、アイスランドの歌手・ビョーク。日本公演の様子でした。「衣装でも観客を魅了したビョーク」とキャプションがあります。

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(朝日新聞夕刊・08.02.29より引用)

ビョークについてはほとんど知らないのですが、記事によると、コソボ独立に捧げた曲(「ディクレア・インデペンデンス」)のパフォーマンスが最も強烈で、評者は「この一曲を演奏するためにツアーを回っている風にすら感じられた」と書いています。

そんな政治的なメッセージの強い歌にウズベキスタンの絣、う〜ん、、。でも、鮮烈な色使いや大胆な模様はたしかに強いですね。独特のメークとも相まって、なんだか巫女のようにも見えてきます。以前記事で書いた、中山恭子さん(元ウズベキスタン大使)の上品な着こなしとは、ずいぶん印象が違います。それだけ衣服としての奥行きがあるっていうことかな。

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(ウズベキスタンの絣アトラスを着た女子学生/サマルカンドにて)

小国の独立問題に関心が強いというビョーク、どうしてウズベキスタンの絣を選んだんだろう。どんなインスピレーションを受けたんだろう。プラハをブハラと間違えるオタクの私には、ちょっとうれしい想像の時間でした。
追記1:03.07:いただいたコメントなどから、ビョークの衣装を「ウイグル」との関連から考えるようになりました。絹絣アトラスのこの柄はウズベキスタン〜ウイグルで見られます。そしてウイグルでも「独立」が志向されています。)(追記2:03.07:ビョークの上海でのチベット独立アピールと衣装について、コメント、トラックバックで情報をいただいています。)

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(追加でアップします。ウイグルの少女)


◆ アラブと日本、共通する”こぶし” ◆
数回前に、アラブポップスの記事を書いたけどミスで消してしまいアップできなかったという大泣きの記事を書きました。今どきのアラブの若者たちが熱中するポップスについて、たくさんの音像を見せてもらうセミナー&イベントがあり、興味深かったので、そのことを書いていたのです。

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(中東はウードやリュートなど楽器の源流/シリアにて)

エジプトを中心としたアラブ諸国で、90年代のビデオクリップの普及と、2000年代に入ってからの衛星放送の登場により、ビジュアルを重視した新しいタイプの音楽が浸透している様子には驚きました。歌手にも歌唱力だけでなくルックスの良さが求められ(美容整形当たり前?)、とくに女性の衣装の露出度は相当のものでした。(スパイスガールズやブリトニー・スピアーズを濃厚にした感じ!?)

最近では「YOUTUBE」などもありますから、住んでいる地域の限定を超えて、より気軽に音楽を楽しめます。グローバル化と西洋化が進行しているようでした。

でも、アラブ独特の要素もしっかりあります。 “こぶし”を効かせた歌唱法、哀愁をおびた “旋律” 。遠く離れた国々なのに、どこか日本の音楽と通じるものがあります。会場からも「河内音頭みたい」「こぶしがきいていて日本の民謡や演歌みたい」との声。

専門家のお話では「アラブの音楽は西洋の音楽とは構造が楽理的に違う。楽器にはフレットがない。4分の1でも8分の1でも19分の7でも表現できる。単音の音楽なのだ」「アラブの古典に低音はあまりない。音階はオリエント独特」とのこと。中東から中央ユーラシア、東南アジア(=つまりは非西洋になるのかもしれませんが)、底流の旋律や歌唱には共通するものがあるのかもしれません。

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(シリア・ボスラ遺跡・黒の玄武岩で建設されている/日本の演歌コンサート大好評!)

シリアに、ローマ時代の大劇場で有名な「ボスラ」という遺跡があります。そこで日本の北島三郎さんがコンサートをおこなったところ、大好評だったそうです。演歌の“こぶし”がシリアの観客を魅了したようです。日本とアラブ、音楽でも「遠くて近い」んですね!
追記3:03.09:コメントで情報いただきました。このコンサート開催は20年くらい前のようです。私はつい先日このエピソードを聞いたのでわりと最近のことかと思っていましたが、、情報ありがとうございました〜♪♪それにしても、どういうきっかけで<ボスラで演歌>が実現したのかな?)

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 アブルバンディ・雲の織物。ウズベキスタンの絹絣 (中山さんのシャツ姿はこちら)
 日本人の「かざり」ごころを揺さぶる 中央アジア染織世界
by orientlibrary | 2008-03-04 19:04 | 絨緞/天幕/布/衣装

「ジプシー・キャラバン」、音楽と旅を追体験!

今月12日から上映開始の『ジプシー・キャラバン』、ついに見ました。もう1回見たい。何回も見たい、味わいたい。

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イスラムタイル、中央アジア、土の建築、陶器、、私が強く惹かれる対象。どうして?自分でもわかりません。前世あのへんに住んでいたのかな、と思うしかありません。

そして、そこまで遺伝子的な感じではないけれど、強力に引き込まれるものもあります。ロマ(ジプシー)音楽、北インド音楽、カッワーリー(イスラム神秘主義の儀礼などで演奏される宗教音楽)、イスリミ(植物文様)、天幕、遊牧民、などです。う〜ん、、ぜんぶが一本の線でつながっている感じも、します。

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いちばん好きな映画を選ぶとしたら、迷わず『ラッチョ・ドローム』(トニー・ガトリフ監督)をあげます。ロマの故郷といわれるインド・ラジャスターンからひたすら西へ。トルコ、ハンガリー、ルーマニア、スロバキア、フランス、スペインへと、ロマが通った流浪の道筋を追い、それらの地で今を生きるロマ音楽家の演奏を聴かせる、音と映像だけのドキュメンタリー。一遍の壮大な叙事詩のような映画です。

『ラッチョ・ドローム』の映像は、ラジャスターンの砂漠から始まります。乾いた大地、哀愁の歌声、鈴を鳴らして踊る少女たち。『ジプシー・キャラバン』は、私の大好きなその場面を思い起こさせるように、ラジャスターンの少年の演奏と歌から始まりました。ロマの旅の始まりです。

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しかし今回は旅といっても、アメリカの都市を巡る6週間の「ジプシー・キャラバン・ツアー」。そこでの歌や演奏が映画の第1の軸です。どの街でも満員で、観客もおおいに盛り上がっていました。

撮影開始が2001年9月下旬。映画のスタッフは、アーティストは国を出られるのか、北米に入れるのか(「彼らのほとんどはイスラム教徒」とパンフに書かれていましたが、、このあたりちょっと疑問)心配したそうです。911後のアメリカといえば、愛国主義一色という報道が多かったですが、ジプシー音楽を楽しむというシーンもあったんですね、、。

参加したメンバーは、エスマ(マケドニア/ジプシークイーンといわれる歌姫)、タラフ・ドゥ・ハイドゥ−クス(ルーマニア/『ラッチョ・ドローム』にも出演。世界で公演している人気バンド。バンドの象徴であった最長老ニコラエは02年に78歳で逝去)、マハラジャ(インド/ラジャスターン砂漠民バンド。踊りも強烈)、アントニオ・エル・ビバ・フラメンコ・アンサンブル(スペイン/アントニオの踊り、ファナの歌唱!)、ファンファーラ・チョクルリーア(ルーマニア北東部/超高速の金管ブラスバンド)。

私はやはりマハラジャに惹かれました。エスマも凄かったです。ファナの声は大地です。ほんのさわりですが、ここ(公式サイト)で聴けます。


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映画の第2の軸は、出演音楽家の故郷の村や町でのふだんの暮らしの映像。これがいいんです!!ジャスミン・デラル監督(イギリス生まれ、子ども時代を南インドの村で祖父母と過ごす)が彼らの住む地へ行き、個人的な生活を撮られることをためらっていたアーティストと信頼関係を築きながら、飾りのない素顔と心にしみる語りを引き出しています。彼らの音楽の根っこにあるものが、こみあげるように伝わってきました。

覚えている言葉(あいまいですが、主旨として)、印象に残った言葉をいくつかあげてみます。
 「北インドの旋法(ラーガ)は宝物だ。人生のすべてが詰まっている」(マハラジャ)
 「47人の子どもをひきとって育てたの。私は世界一幸せな母親よ」(エスマ)
 「母親は120キロもあって踊る姿は大聖堂(カテドラル)のようだった」(ファナ)
 「素敵な女性との出会いをいつも考えている。演奏しているとき以外は」(ニコラエ)
 「音楽は稼げる。それは大切なことさ。そして楽しい。楽しくないとできないんだ」(チョクルリーア:CDの売上げで故郷の村に電気をひいたそうです)

第3の軸は、ツアーバスでの様子や6週間の旅で生まれるアーティストたちの友情です。4カ国から集まった見知らぬもの同士、最初はぎこちないところもあったのですが、後半の一体感はとても興味深いものでした。「私たちはつながっている」と誰もが体感、実感していくのです。

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つながっていると感じるもの、それは北インドの旋法(ラーガ)。マハラジャの音楽は彼らのなかの誰にとっても親しみのあるものであり、皆が好き。音楽素人の私が聴いていても、各地の音楽の底流にラーガ的なものを感じました。

インド・ラジャスターン、ロマの故郷、そのラーガに皆が共振する、というのは、できすぎたエンディングといえるかもしれません。でも、演出でもなくやらせでもない、自然なものだったと思います。それがすごくよかった。見てよかったと思いました。

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ニコラエの葬式の場面、超絶バイオリンのカリウの演奏は音楽を超えていました。涙ボロボロでした。たくさんの感情がわきおこる映画でした。私も、ラジャスターンからアンダルシアまで、旅をしたような気がします。

*写真はいずれも、映画のチラシ、パンフレットなどから引用しています。

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 「UKからPKへ、音楽の旅。90年代初頭のパンジャーブ音楽を堪能!」
 「ロードムービーから音楽映像詩まで イスラム圏の映画が熱い!」
by orientlibrary | 2008-01-26 00:10 | 美術/音楽/映画

ロードムービーから音楽映像詩まで イスラム圏の映画が熱い!

アフガニスタン映画祭、アラブ映画祭と、先週は映画ウイークでした。記憶に新しいうちに、感じたことなど少し書いてみたいと思います。映画や音楽を文字で表現するのは、いつも難しいなあと思います。なるべく短くしましたが、読むのも大変ですよね。どうぞ、適当なところで、、

驚いたのは、アラブ映画祭の盛況。立ち見の人もいるほどでした。2年前はけっこう静かだった記憶があります。中東に関心を持つ人が増えてきていることを実感することが多いこの頃ですが、今回の集客でもその感を強くしました。

e0063212_1433814.gif◆「長い旅」・・・フランスに住むモロッコ系移民家族。父は頑固で敬虔なムスリム。大学受験を控えた息子にメッカ巡礼に同行するように命令。息子は反発するが仕方なくボロ車を運転してメッカに行くことに。そして、なんとフランスからアラビア半島へ5千キロもの旅。次々起きる困難に「飛行機で行けば簡単じゃないか!」とキレる息子、「旅をすることで浄化される」と語る父。喧嘩を繰り返しながら、やっとの思いでメッカに到着。父は「お前のおかげで来られた」と感謝し巡礼におもむくが、、。映画の最後を書くわけにはいきませんが、もう、うるうる、、。

e0063212_144177.gif◆「バーブ・アジーズ」・・・なんとも不思議で、魅力的な映画。西アジア〜インド・パキスタンあたりの砂漠、スーフィー、スーフィー音楽などが好きな人には、たまらない映像世界。修行に生涯をささげるスーフィー(ダルビッシュ)的な生き方が、ごく自然に受け止められる。

祖末な衣服をまとい彷徨い歩く彼らの日々が、物質的満足よりも幸福なのではないかとさえ思えてくる。砂漠の地下モスクのタイル、王子の天幕と砂漠の踊り、きれいだったなあ。最後のシーンのバム、撮影の数ヶ月後に地震が起きたのだそうだ。本当に幻影のようだった。
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(パキスタン・ウッチュにて/イメージとして)

e0063212_144218.gif◆「古きサヌアの新しき日」・・・イエメン初の長編。予想していた以上に面白かった。身分の違いによる悲恋もの、ともいえるが、それだけではなく重層的。古都の建築と街並や路地、民族衣装と顔を隠した女性たち、有力者家族の横暴、結婚のしきたりや祝い、ナゲシ(ヘナは色付きでこちらは黒)の美しさ。

一番驚いたのは女性たちの暮らしや考え方。顔を隠す衣装の下でうわさ話に熱中し、喜怒哀楽を爆発させ、男を怒鳴りつけ、愛を全うし希望を捨てない、、映画と現実は違うのかもしれないが、それを差し引いても、忍従とか女性差別等のイメージとのあまりの違いに圧倒された。

◆「ヤコービエン・ビルディング」・・・エジプトで物議をかもし国会で上映について審議されたという問題作。本当にイスラム圏でこんな映画を作っていいの?上映していいの?と思ってしまった。・・・貧富の格差、同性愛、ドラッグ、売春、政治の腐敗と汚職、逮捕拷問などによる強権的治安維持、堕胎、セクハラ、、成績優秀な青年がイスラム過激派になるまでの過程も主軸になっている。

社会の諸問題がこれでもか、と登場して絡み合い、上映時間も3時間近い。にもかかわらず、展開が理解しやすく重苦しさに押しつぶされることもなく、娯楽映画としても楽しめてしまう。カイロが中東のハリウッドと言われる理由がわかる気がした。

e0063212_1445363.gif◆「カブール・トライアングル」・・・アフガニスタン、ドキュメント。なんとも重いが、これが現実。映画館で「重い」などと言っていられない、と自分のテンションを上げる。

◆「カブール・シネマ」・・・映画大好きの孤児の少年。しかし内戦で映画館にロケット弾が打ち込まれる。少年は破壊された映写機やフィルムを拾い集めて、リヤカーの上に映写可能な箱を作り生計をたてる。しかし、これを知ったタリバーンは映画箱を壊し、少年をさらし者にする。ラストシーンの暗さに少々めげた。

e0063212_1451282.gif◆「渡り鳥」・・・86年制作。深刻化する紛争や難民の姿を予見、警鐘を鳴らした幻の名作。在日アフガン人の関係者も強力リコメンド。花婿殺しや武器収奪など、無法の連続。ジハードを掲げる武装集団の山中での訓練は壮絶。難民キャンプでの大麻パーティ、殺された弟の花嫁との結婚に悩む武装組織のリーダー。最後に花嫁が立ち上がり復習するも悲惨な最期。あまりの重さに見終わった後、虚脱状態。

e0063212_1016494.gif骨太でシリアスな映画が好き。しかしアフガン、今回はちょっとキツかった、というのが本音です。どうしてだろう。絶望の中の希望というのが見えてこなかった。もしかして、86年の映画ということと関係があるのかもしれません。

*映画の写真は、アラブ映画祭、アフガニスタン映画祭のチラシより引用。
by orientlibrary | 2007-03-20 02:17 | 美術/音楽/映画

アフガニスタン映画祭、アラブ映画祭、イスラム建築の本2冊

2005年11月の「第1回アフガニスタン映画祭」、重くて暗くて、絶望しかないようにも思える映画を、丸一日見続けました。でも不思議なことに、そんな映画を何本も何本も見たにもかかわらず、何か希望を感じたのです。救いのない現実を描いているのに、どうしてそんなふうに感じるんだろう。

e0063212_21581232.gifそれは、製作する側が希望を持っているからではないか。希望を持って描けば、絶望からさえも希望が見えてくるのではないか・・・。そんなことを感じていました。そして先日、新聞のコラムで『「希望」という名の砂から』という作家の司修さんのエッセイを読んだのです。

インドのサタジット・レイ監督による『大地のうた』3部作について、「鑑賞者は彼女の表情を見るだけで絶望を感じた。それなのに、見る者の心は暗くならない。何も希望らしきものが描かれていないのに、映像の裏側に『希望』が感じられるのだ」。

第2回アフガニスタン映画祭」が開催されます。前回驚きを持って見た『ブズカシ』(多民族が争う迫力ある伝統的競技ドキュメント映像)、『石打ち刑』(不条理すぎる!)などの他、全10本。

ある日本在住アフガン人の方は、『渡り鳥』を強力リコメンド。80年代社会主義政権時代に作られた映画で、「これから紛争が増加するであろうアフガニスタンの姿を予見し、さらに当時のアフガニスタン社会への警鐘を鳴らした問題作」だそうです。

e0063212_21584016.gifこちらは3年目の「アラブ映画祭2007」。「アラブのハリウッド」と呼ばれるエジプト映画、12本を集めての回顧展が目玉です。

何回か見たことあるエジプト映画、アクション系でナンセンスというか、、ちょっと不思議なものが多い印象があります。チラシに「ケバブムービー」なんて書いてありますが、いっそ「カリウッド」(カイロ)とかにしたら?

私のお目当ては、アラブ新作の方ですね。『バーブ・アジーズ』(チェニジア/ペルシャからカザフスタン、砂漠旅の映像詩)、『長い旅』(モロッコ/メッカ巡礼の旅、ロードムービーの傑作)などをチェックしています。

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映画から話題は変わって、、今日到着した本2冊です。まず『IALAMIC ART AND ARCHITECTURE 650-1250』 (YALE UNIVERSITY PRESS)。イスラムへの認識・知識に欠けると言われるアメリカ、でも美術や建築の研究は少なくない印象を受けます。この本も、イスラム草創期から拡大期まで網羅されているようです。

どうもタイルについては少なそうですが、陶器はあります。装飾タイルは11世紀くらいから存在感を高めてきますが、そのあたりのイスラム世界の美術を概観できそうです。

e0063212_221250.gifもう一冊は、『BUKHARA THE EASTERN DOME OF ISLAM』 (MENGES)。ウズベキスタンの古都ブハラだけの建築や街を研究した本。プランの図解が豊富ですごいです。建築もまた幾何学的な展開であることを、強烈に感じます。楽しみです。
by orientlibrary | 2007-02-15 22:09 | 美術/音楽/映画

イスタンブールに飛びたくなる! 熱くてクールな音楽シーン

e0063212_1265717.gif●トルコの音楽ドキュメンタリー映画『クロッシング・ザ・ブリッジ』は、こんな言葉で始まります。

●・・・「儒教ではこう言われている。---“音楽は訪れた土地の文化の奥深さを語る”---。音楽というのは、それほどに雄弁なんだ」「イスタンブールは72の民族が行き交う、大きな橋みたいな街だ。対極のものが隣り合っている。伝統と革新、富と貧困。すべてが混在している」・・・

●アップで迫るボスポラス大橋、海峡を渡る船に乗り、西洋的なベイオール地区、そして伝統的なアジア側のエリアへ。クラブシーン、ヒップホップ、ロック、伝統音楽、民謡、大衆音楽まで、息つく間もない音の波。イスタンブールの音楽がこれほど多彩だったとは。そしてカッコいいとは。。


●タイル好きにとってのトルコ、、セルジューク朝の古雅の趣あふれる青のタイル、オスマン朝イズニークの赤、ブルー&ホワイトの陶器など、古いものばかりに目がいきます。でも、トルコ、とくにイスタンブールは、クラブカルチャーの最先端の地なんだそうです。一方でサズなど伝統的な音楽も、深く根づき、息づいています。

●音楽映像詩的な映画が大好きな私(たとえば『ラッチョ・ドローム』!!)、正直言ってこの映画、どうかなあ、と半信半疑でした。というのも、「トルコ版『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』」という謳い文句だったので。『ブエナ〜』、すごくヒットしましたよね。でも私はかなり退屈でした。あのヒット、タイトルの魔力もあったのでは?

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●ご安心ください!?『クロッシング〜』、もっとクールでカッコよく、熱くて、土着で、ボーダーレスで、しかも音楽シーンを通して時代や社会に強くメッセージしています。

●登場するミュージシャンは多彩。スーフィー音楽とDJを融合し千年以上の伝統を持つ縦笛「ネイ」をふくメルジャン・デデは昨年「ラマダンの夜」コンサートで来日。哀感あふれるクルド民謡の歌姫アイヌール、以前は禁止されていたクルド語で歌うことの困難を超えてきました。トルコ語ロックの先駆者エルキン・コライは60代の今もロックしてます。

●早口言葉かと思うトルコ語ラップ路上には社会的なメッセージを骨太に歌うバンドやブレイクダンサーたちがいます。そのレベルの高さ。単に何でも反対、社会が悪いというのではなく、自分の考えをしっかり持っている印象がありました。日本の音楽は私的内面的なものが多いので、とても新鮮に映ります。

アラブ風のサズがイケてるトルコの大スターオルハン・ゲンジェバイ。国民的歌手セゼン・アクスはラストに登場して存在感を見せました。等々、まだまだ多くのミュージシャンが出演し、音楽の種類も多様なら、年代も若者から重鎮まで幅広い
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●そのなかで私がいちばん好きだったのは、トラキア出身のジプシー(ロマ)でクラリネット演奏家のセリム・セスレルです。ロマの音楽というのは、技術は言うまでもないことで、もうそんなことはどうでもよくて、旋律やリズムが、ふだん意識しない心の奥の方に響いてきます。日本人の私にも響く、この音の魂みたいなもの、何か聴覚や体感の普遍的根源的なものかもしれない。

●、、でも、映画や音楽を書くことってむつかしいですね。映画は今回は試写で、3月から劇場公開されます。万人向けではないけれど、イスタンブールや民族系の音楽の好きな方にはリコメンドしたい映画でした。

*写真は、上から「映画チラシより引用」、「多彩釉モスクランプ/イズニーク/1570年/mosque of the grand vizier so-kollu mehmet pasa in istanbul」、「多彩釉皿/イズニーク/1585年/中心部=カリグラフィーの雲の中に鳥が見えます。鳥は頭を尾の方に入れ春の花を運んでいます。まわりには赤や緑の波、岩、雲などが配されています」(陶器2点は『turkish tiles and ceramics』より引用)
by orientlibrary | 2007-01-13 12:24 | 中東/西アジア

中央アジアの映画や演劇、独特の世界が魅力

先日、アジアの新進映画監督の作品を集めた映画祭「第7回>東京フィルメックス」で、「天国に行くにはまず死すべし」(タジキスタン/ジャムシェド・ウスモノフ監督)が最優秀作品賞になりました。受賞理由は、「その映画的な知性。登場人物と環境の流動的でダイナミックな関係性を捉える話法。監督自身の人間性に対する真摯で力強い視点を高く評価します」とのこと(同映画祭HP)。

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映画を見ていないので、新聞記事(日経)の表現を借りると「舞台は中央アジアのある都市だが、どこの国でも起こりうる普遍性のある作品」「男と女の不安、心の揺れが鮮明に伝わってくる」「現代人の目覚めを描く」などとあります。

以前見たタジク映画「ルナ・パパ」は、笑いや哀愁もある不思議系のストーリーで私は結構好きでした。キルギスの「あの娘と自転車に乗って」は青春映画という感じで中央アジアの景色を楽しみました。また、私は見ていないけど、ウズベキスタンの「UFO少年アブドラジャン」は、ある種有名ですよね。

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10月に、中央アジアの現代演劇事情についてのお話を聞く機会がありました。来年日本で「コーランに倣(なら)いて」という演劇を上演するマーク・ヴァイル氏を中心とするワークショップです。

タシケントにあるイルホム劇場の演出家であるヴァイル氏の活動は、とても興味深いものでした。日本ではなかなか聞けない内容であり、はじめて聞くことばかりで面白かったのですが、書きだすと長くなってしまうので、ほんのさわりだけご紹介したいと思います。

イルホムとはインスピレーションの意味。劇団はソ連における初の独立劇団として76年に開設されました。当時のソ連はブレジネフの「停滞の時代」。厳しい検閲があり、ソルジェニーツインなどの多くの優れた作家が追放されたり亡命が相次いだ時期でした。そうしたなかでの独立劇団の誕生は事件だったそうです。

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タイル好きの私にとって、タシケントはあまり惹かれる街ではありません。ロシア風の都会という印象です。けれども、70年代当時、タシケントは、モスクワ、レニングラード、キーロフに次ぐソ連邦第4の都市でモスクワと並ぶ演劇の中心地だったそうです。

ヴァイル氏は語ります。「70年代は興味深い時代でした。重要な文化はモスクワが中心でしたが、新しい動きはリトアニアやタシケントなど周縁からおきてきたのです。モスクワでは新しいものへの締めつけがありましたが、遠く離れているせいで大丈夫だったのです」。

政府お仕着せの演劇に飽き足らない俳優たちが、国営劇場の公演後、イルホム劇場に集まって自分たちの芝居を演じ、多くの観客が集まったそうです。俳優たちは10年間ほどは、まったく無給だったとか。

こうして、イルホムの名はタシケントのみならずソ連全土で知られるように。しかし初のモスクワ公演に千人もの観客が集まり警官が取り囲むなどの騒ぎになったあと、ウズベキスタン政府の締め付けがきびしくなり上演禁止なども。

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その後、ペレストロイカからウズベキスタンの独立へ。演劇も新しい国のアイデンティティを模索します。この数年は、イスラム原理主義など寛容さを失いつつある宗教に問題意識を持っているというヴァイル氏、新作のテーマは「コーランは各人の心の中にある、ということがメッセージ」と教えてくれました。

ビデオで見せてもらったいくつかの演劇作品は、どれも実験的でシュール。どういうわけか、中央アジアの映画や演劇って、私の知る限り、すっごい<超現実不思議系土着モダン難解もの>というか、、純朴という中央アジアのイメージをあっさり裏切られるもの、多いです。

*写真は、タシケント光景。
by orientlibrary | 2006-12-01 23:28 | 美術/音楽/映画

ラマダンの夜に聴く ペルシア音楽の超絶

音楽のことを文章で書くのはむつかしい。書くつもりはなかったのですが、あまりに演奏が素晴らしかったので、名前だけでも、と思い、番外編的に少し触れたいと思います。カイハン・カルホールとシアマック・アガエイ。いずれもまだ若いペルシア音楽の演奏者です。

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カルホールは、カマンチェというバイオリンの祖先にあたる楽器の奏者。NHKの新シルクロードの音楽を担当していたヨーヨー・マ&ザ・シルクロード・アンサンブルのメンバーです。

アガエイはピアノの祖先にあたるような楽器サントゥールの奏者。同じくマのアンサンブルに参加していました。この二人のアコースティック・デュオが圧巻!超絶!

こういう系統の音楽は、紹介や前ふりなどなく、いきなり始まります。そして1曲がひたすら長く、途中のおしゃべりもなし。いつ終わるともなく続きます。今回のデュオは、なんと演奏1曲だけ。しかも1時間超。奏者は、ときにはハリケーンのように激しく、ときには草原の草が揺れるように静かに、楽器を奏で続けます。観客はため息をつく間もなく、息を飲んだまま。気がついたら1時間以上も経っていた、、そんな濃密な陶酔の時間。

主役はカルホールさんですが、私が陶酔したのはアガエイさんのサントゥール。木琴のような鉄琴のようなハープのようなピアノのような、いや、そのどれでもない、驚くべき繊細な音と緻密な構成。そしてまるで絨毯を織るようにしなやかに動く指<。その音の世界は、流麗緻密なイスファハーンのモザイクタイル、繊細優美なペルシア絨毯、洗練されたミクロの世界・ペルシア細密画・・・それらを音にしたらこうなるのでは、という音でした。

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(「ABBASI FRIDAY MOSQUE」(『IRAN THE CRADLE OF CIVILIZATION』 より引用)

イランという国は、ただものではありません。こういう音楽(〜音楽家)は何百年で生まれるものではない、イランという国の何千年もの流れのなかのひとつの時間なのだろうと思わされます。

昨今の報道を見ていると、イランのイメージが危険なイスラム原理主義の国という方向に傾くのも無理からぬところがあります。でもこのような演奏を10分でも聴けば、印象は変わるのではないでしょうか。五感で受け止めるものは強いのです。今はたくさんの細分化したメディアがあるのですから、もう少しこういう音楽が紹介されてもいいように思います。

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今回の機会を作ってくれたのは、「ラマダンの夜」というコンサート@シアターコクーン(東京・渋谷)。

「売り上げ至上の音楽でも、芸術に閉じこもった音楽でもない。喜怒哀楽から生まれた人間の音楽を心ゆくまで楽しみたい。別の見方を確保するために、もうひとつの世界を夢見るために」という主催者のメッセージ。「オリエントの音楽を聴くこと、それは五感の解放と鋭敏な知性のアンサンブルだ」とも。

シアターコクーンはほぼ満員。カッワーリのファイズ・アリー・ファイズも、「アリー」の声が飛び、お札が舞い、大変な盛り上がりを見せていました。こういうマイナーともいえる音楽を聴く人たちが少なからずいて、しかも熱心であることに感心すると同時に、数十年にわたり着実にオリエントの音楽を提供してきた方々がいることに感謝しました。

私たちが慣れ親しんできた欧米の音楽とは異なる音の世界。いえ、音だけではなく、このブログのメインであるタイル、そして建築や映画、絵画、染織など、もしも機会がありましたら、そんな「もうひとつの世界」に浸ってみませんか。日本とは大きく異なる社会や風土でありながら、日本人の心性に、琴線に触れるものがきっとあると思います。ラマダンの夜に。

*音楽家の写真、パンフ等は、コンサート冊子より引用。

**コンサートの写真、ステージ上の絨緞をコーディネートしたTRIBEさんのブログで見られます。照明のかげんで本当に空飛ぶ絨緞の上のふたりに見えました。美しいコンサートでした。
by orientlibrary | 2006-10-04 00:41 | 至高の美イランのタイル

UKからPKへ、音楽の旅。90年代初頭のパンジャーブ音楽を堪能!

イギリスで生まれ育ったパキスタン系の人気ミュージシャンが自分の音楽のルーツを探る旅に出る。向かったのは父母の故郷であるパンジャーブの街ラホール。そこで伝統的な民族音楽や宗教音楽に触れた彼は、、、こんなドキュメンタリー映画があると聞けば、何をおいても出かけますよね!

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開催されたのは和光大学。昨年『西南アジア諸民族の音像と風土』という衝撃的な音像に出会った「アジアの芸能」の課題授業編(主催:村山和之さん)です。(昨年の様子はこちら。長い間求めていた音楽に浸れた至福の時間)。

今回もまた貴重な映像です。タイトルは『PARDESI』(1992年・フランス、撮影は91年)。村山先生の資料によると、「pardesi=パルデースイー」とは外国をあらわすPARDESと同様にペルシア語起源の言葉で、異邦人や異郷人を指すそうです。

最近の音楽動向にはまったく疎い私、、主人公のアキ・ナワーズという人も知りませんでした。参加されていた専門家の方の解説でサザン・デス・カルトというバンドのドラマーだった人(その後、ファン・ダ・メンタル)で、音楽のジャンルは「ポジティブ・パンク」。このようなパンクは、現在の「アジアン・アンダーグラウンド」の礎となったのだそうです。

映像は、イギリス・ヨークシャーのパキスタンコミュニティから始まります。コミュニティのパーティ(バングラビート!)、UKでのアジア系音楽シーンも興味深かったけど、やはり私はアキ・ナワーズがパンジャーブについてからの音楽体験に深く同調していきました。90年代初頭のパンジャーブ音楽が堪能できて最高でした。

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聖者廟でカッワーリーやただひたすら神の名を唱える声明のような音楽を聴き、収穫を祝う村の祭りの歌を聴き、伝統的なハヤールやタブラを聴き、高名な専門家に会って話を聞くアキ。しかし、「スピリチュアリティ」や「アイデンティティ」を希求して訪れた、みずからのルーツであるパンジャーブの音と出会い、浸りながらも、彼の表情には次第に混迷が現れてきました。

1回きりの早い英語のディクテーションなので怪しいのですが(字幕はフランス語)、パキスタンの専門家に自分の音楽が評価されないばかりか、「もっと古典を学べ」と言われたアキが、「ラーガ?それって誰のものだっていうんですか?自分はそういうものから自由でいたいんです」と抗弁するシーンが印象的でした。

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上映後は参加者によるディスカッション。これも面白かった。アジア音楽に詳しいUさんによると、「アキはこの後音楽を発表していない」とのこと。彼は「古典・伝統」とその後どう対峙したんでしょうか。気になります。彼は、故郷でPARDESIであることを感じただけなんでしょうか。

これは、いろんなジャンルでいえること。古典や伝統は、やはりきちんと学ぶべきなんでしょうか。でも数十年かかりますよね。いや、それでも学びきれないものかもしれない、、

「古典」と「現代」の間の厚い壁、音楽に携わる階層の地位と特性、沖縄音楽の状況との比較、音楽と宗教、90年代初頭のパキスタンの経済からの視点、コミュニティの問題、など、それぞれの専門の意見が刺激的でした。ひとつの映像を、ある種の共通項と、それぞれの専門性で話し合う。貴重な機会でした。村山先生、シュクラン!

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そして、自分がもしも日本の移民の2世、3世だとしたら、どんな音楽を自分のルーツだと思うだろうと考えてしまいました。民謡でもない、邦楽でもない、歌謡曲でもない。意外と津軽三味線なんかに反応したりして、、

また海外で「日本の歌を歌え」と言われた時何を歌った?という話にもなりました。出たのは『大きな栗の木の下で』(スコットランドかどこかの歌では!?)、『はとぽっぽ』(アフリカの歌だと言われたそうです)、『ゲゲゲの鬼太郎』(その線があった!)など。私は以前、『さくら』『うみ』で撃沈した経験があります。日本の歌って盛り下がり気味ですよね、、。

その後は、畳の部屋に場所を移して飲み会に突入。アジアや音楽の話をサカナに大量のアルコールが消えていったのでした。ほんと、皆さんコアです、、。

*写真は、上から順に、ムガルの都だったラホール、ウッチュの聖者廟で、若い女性たち、ラホールフォートの壁面(タイルが少し残っている)
by orientlibrary | 2006-07-04 01:20 | 美術/音楽/映画

鮮烈に沁みてくる 草原を駆け抜けた少女の記憶

『らくだの涙』『天上草原』『天空の草原のナンサ』、、、これまでもモンゴルの映画には泣かされてきました。そしてまた、、。ウズベキスタンから東に少し戻り、モンゴルの少女と探検家の出会いの物語について書きたいと思います。

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正確には物語、ではなく、ドキュメンタリーです。一切のナレーションも効果音もなく、モンゴルの草原の音と会話だけ。この音がいいのです。搾乳のギュッギュという音、馬の駆ける音、羊が草を食む音・・草原の音に心が騒ぎます。そして対象に触れんばかりに近く寄った強い映像。引き込まれます。

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タイトルは『プージェー』、プージェーとは探検家が出会った草原の少女の名前、探検家とは『グレートジャーニー』で知られる関野吉晴さんです。先日は関野さんのトークもありましたが、長年に渡って過酷な旅を続けているのが意外なほど、小柄で柔和な印象の方でした。

世界中を旅した関野さんは、たくさんの人と出会います。そのほとんどは、辺境の地で暮らす無名の人たち。そのなかでも特に鮮烈な印象を残したのがモンゴルで出会った少女プージェー一家との交流だといいます。

「おばあちゃんスレンさんの心配りと優しさは心に沁みました。かつて豊かだった草原の遊牧生活への郷愁と、現在の遊牧民の苦しい状況と孫たちの将来について熱く語ってくれました」

「苦境の中でも、母親エチデメグネグさんの外来者に対する海のような心の広さは変わりません。困難さを避けるのではなく、うまくつきあっていく姿が印象的でした」

「そしてプージェーのひたむきで独立心旺盛で、大人やよそ者に媚びない生き方。子供らしさの中に凛とした姿に心奪われながらつきあってきました」。  


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草原での6歳のプージェーとの出会いから始まり、家族との交流を深めていく関野さん。けれども、残念なことに『うるるん滞在記』のようなハッピーエンドでは終わりませんでした。草原を襲ったゾド(雪害)、市場主義経済が進展する中での格差、遊牧民の生活は追いつめられていきます。

「モンゴルの現代史の中を短く、鮮烈に走り抜けたプージェー一家を通して、モンゴル草原の現在を見て欲しい」という関野さんの熱く強い思いを感じました。

悲しい、でも、単に悲しいだけではない。草原にはまた風が吹き、荒れ果てた地にも緑が芽吹き、凛として暮らしていく人たちがいる・・・そう感じさせるところに、制作者(監督:山田和也さん)のスタンスをみる思いがしました。

上映は、東京都東中野の「ポレポレ東中野」にて7月7日まで。(映画の公式サイトもポレポレ〜と同様)
*写真は、チラシ及びパンフレットより引用しました。
by orientlibrary | 2006-06-19 23:47 | モンゴル