イスラムアート紀行

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魅力全開☆14世紀からのタイル&陶器(tile&pottery around the 14th century)

そんなわけで、愛知県常滑に行ってきました。駅周辺やまちのあちこちに陶のオブジェがあり、やきものの街らしい風情が漂います。

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最近は「東北の手仕事」の諸々のゆえ、イスラムタイルや青の世界と少々離れてしまってましたが、、今回は「イスラームと建築タイル」(『砂漠に燃え立つ色彩』/深見奈緒子さん)より引用(一部要旨)させて頂きながら、14世紀からのタイルに触れてみたいと思います。

<14世紀から>
・ 11世紀以来漸進的に発展をとげたタイル文化は、14世紀中頃になると変貌する
・ モザイクタイルはこの時期までにレンガ色の地や隙間の充填材を残すことなく釉薬タイルでぎっしりと埋め尽くされるようになり、流麗は植物文を描くものも現れる。イランでは全域を飾る例も現れる

・ ラスター彩タイルはめっきり減少し、代わりに「ミーナーイー」や「ラジュバルディナ」と呼ばれる白や空色や紺の釉薬をかけて焼成した後に赤や金彩をまじえて上絵付けする技法が見られる

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(色絵人物文鉢/イラン出土/イスラーム時代、12〜13世紀/玉座に座り盃を手に取る人物とかしずく従者が描かれている。錫白釉を掛け、いったん焼きあげたのち器表に絵付けを施し、再度窯に入れて低火度焼成をして焼き付けている。華やかなイスラーム陶器時代を代表する技法の一つである、ミーナーイ手とよばれる/東京国立博物館にて撮影)

・ これらは陶器の技法が建材へと汎用された過渡期的なもので、注目は「ハフト・ランギー」(ペルシア語で七色の意味)技法の出現。サファビー朝技法の先駆けとなった

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(タイル教室にて。虹色タイル作り。ハフトランギ)

・ その初例はサマルカンド北部にある聖者廟を核とする墓廟群シャーヒ・ズインダーにある。14世紀を通して造営が重ねられ、ティムールの女性家族が葬られた 600年を経た後もタイルの標本箱のようにさまざまなタイル技法を満載、技法だけでなく使用法によってイランやティムール朝建築には見られない雰囲気を醸し出している

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(シャーヒズインダ墓廟)

・ なぜこの時代の中央アジアでタイル文化が躍進したのか。それをとく鍵はシャーヒ・ズインダーに加えてウイグルのイリに1363年に建立されたトゥグルグ・ティムールの廟、また同時代のホラズム地方のコニヤ・ウルゲンチに建立されたトゥラベク・ハーヌム廟に求められる

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(トラベクハニム廟/クニャウルゲンチ)

・ ティムールがサマルカンドを拠点として大帝国を築く直前の中央アジアの建築=この時代のペルシア世界は、モンゴル大ハーン帝国が、イランのイル・ハーン朝、トルクメニスタンのチャガタイ・ハーン朝、ホラズム地方を領有したキプチャク・ハーン朝へと分裂した後、次第に弱体化し、各地で地方勢力が乱立する情況を呈していた
・ コニヤ・ウルゲンチのトゥラベク・ハーヌム廟はモザイクタイルを多用し、そこには流麗な植物文も見られ、イルハーン朝のタイルの影響を現している。トゥグルグ・ティムールの廟のファサードはシャーヒ・ズインダーの初期の墓廟に酷似している

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(シャーヒズインダ墓廟)

・ シャーヒ・ズインダーの初期の数例とトゥグルグ・ティムールの廟は、セルジューク朝の文様積みレンガ建築をそのまま釉薬タイルで置き換えたような建築で、幾何学文が多く、部品化に徹している。部品の中には柱頭や大型のパネルもあり大型のせんの文化を持つ中国との関係が想起される 
・ シャーヒ・ズインダー廟最古のクーサム・イブン・アッバース廟が建立された1300年頃に中央アジアにはイランを中心としたイルハーン朝のタイルとは異なるタイル文化の中心があったのでは?

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深見先生の論文からすっかり引用させて頂き、、恐縮です。

そんなわけで、「東北の手仕事」、見たり調べたり驚いたり、しています。
by orientlibrary | 2011-05-25 20:40 | タイルのデザインと技法

青に魅せられた人たち(picturesque blue)

この間、慌ただしくて、あっという間に時間が経ってしまいました。(楽しみにしていたギャラリー等にもおうかがいできず残念です。行けなくて、ごめんなさい)。
今年は、桜があまり入ってこなかった(見ているけど見ていない感じ)。こういう年もあるでしょう。

今回はタイルと青について少々。装飾タイル、とくにイスラムのタイルは青の比率が高く、紺碧の乾いた空にタイルの青が映えるところが大きな魅力になっています。
なぜ青なのか。日本の研究者の中でも、私が尊敬しているお二人の見解を交えつつ、陶器を含めた写真をアップしてみたいと思います。

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(ウズベキスタン、コーカンド)

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<イスラムの青のタイル 背景と意味> =深見奈緒子さん見解=

1. タイルに求められたものは=時代を超えて青の彩色を好んだ
2. 無論、比較的低温で青が発色するという製作上の理由もある
3. 青色にはおそらく空の色の魅力、ひいては天国への憧憬が潜んでいたと考えたい。多くの宗教建築においてムハンマドの色とされる緑よりはるかに青が多いのはこのためではないか
4. さらに、タイルの釉薬が輝く様も、他の建築では得難い質感である。光は唯一神アッラーの姿の一つとも形容される存在で、ここにも宗教への傾倒が現されていると解釈することもできよう
5. 耐久性や施工性はもちろんのことながら、これらの美的感覚がイスラームという宗教に根ざしていたと考えたい

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(染付八宝文大皿/中国 景徳鎮窯/明 17世紀/東京国立博物館にて撮影)

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(白釉色絵草花文皿/トルコ イズニク窯/17世紀/東京国立博物館にて撮影)

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(染付け花鳥文瓢形瓶/オランダ デルフト窯/17世紀/東京国立博物館にて撮影)

< ティムール朝時代の色と文様 青> =杉村棟さん見解=
1: ティムール朝の美意識。コバルトとターコイズの2種の組み合わせが絶妙に調和のとれたもの
2: 青が頻繁に用いられた理由のひとつは、濃い青色の場合、釉薬の原料がコバルト酸化物とフリットを混合したもので、それが豊富に入手できたことがある
(* フリットとは陶器瓦や陶磁器に代表される焼き物の釉薬に使われるガラス素材のこと。原料は珪素を主とする天然資源であり、ナトリウムやカリウム、カルシウム、シリカなど数十種の成分を含む釉薬の溶ける温度をコントロールしたり表面の光沢や耐久性を増すために使われる)
3:  淡青色には銅系の釉薬、これに鉄分が加わると呈色は青緑色になる。これも原料が豊富にあった
4:  セルジューク朝時代以来、アナトリアやイラン高原で好まれた古来の伝統、イスラーム的世界観、そして色彩感に乏しい乾燥地帯の自然環境や景観が強かな感性を育み、それが独特の美意識を形成した
5:  青は邪視など悪霊を排除する力を持っていると民間で考えられていた
6: 青釉とともに用いられるのは白、黒で、緑と黄色が補色として使用された
7:  暗紫色と褐色もバランスよく使われているが、赤色の使用は19世紀〜20世紀まで一般には避けられたようだ

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(ウズベキスタン・リシタンの現在の青。サマルカンドブルーを再現しつつ、爽やかで藍青から水色までバリエーション有り。布はインド)

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(ウズベキスタン、モスクの装飾絵画、藍青)

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(九谷焼技術記録/初代徳田八十吉作/1953年頃/tecnical record kutani ceramic ware process samples/初代徳田八十吉は石川県生まれの陶芸家。顔料と釉薬の改良に努め、九谷焼色絵の研究に心血を注いだ。1953年に「上絵付け(九谷)」で無形文化財に選定された。この「九谷技術記録」は、上絵具の厚塗りに特色がある/東京国立博物館にて撮影)

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(現在のイタリアンモザイク、煌めく青)

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(さぶ先生オリジナル釉薬)

釉薬についても、もっと知りたいです。インド版木を使った皿も作りたい。
元気出していきましょう!

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あと数日で「ユーラシア大陸自転車横断」に旅立つConnection of the Childrenの田澤君、加藤君が、石巻に行ってきたそうです。
* 「ユーラシア大陸自転車横断プロジェクトチーム「Connection of the Children(CoC:ココ)」

バブル後に生まれ育った世代。実直で人とのつながりを大事にする、、こういう若者たちが、今の日本に少なからずいることが、何とも心強いです。
下記、メールより一部を勝手に引用させてもらう形になりますが(ごめんなさい!!)、こういうさりげないことができるって、本当に学ばされる。私も背筋を伸ばしていかなくては。

「被災地は震災から一ヶ月が経過しましたが、いまだ爪痕は深く、復興には気の遠くなるような年月がかかる事を痛感しました。今回は、避難所でもある渡波小学校へボランティアへ行きました。

2日間、学校の窓を拭いたり、花壇に花を植えたりしてきました。そして、最後に廊下の片隅に桜を生けてきました。21日が始業式のようですので、その頃に満開になることを祈って。

被災地の人々は本当に強くて、毎日全力で生きています。廊下や教室は全国からの物資で溢れ、日本全体でこの震災を乗り越えるんだ!という意思を感じました。

今後は、直接的には生死に関係がないもの、しかしなくてはならないもの、つまり、心のケアができるものが必要ではないかとおもいます。僕たちが植えたお花をみて、涙をながすおばあちゃんがいました。

本企画実施まで、後わずか。この経験を胸に、ラストスパート、頑張ります」

心意気を、ありがとう!
by orientlibrary | 2011-04-17 21:55 | 青の道

ラスター彩、青のタイル、紅茶&前菜

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(ラスター彩陶壁/「オリエント幻想」/七代・加藤幸兵衛 作/イラン大使館ファルドーシホール壁面)

静かな週末です。例年ならば春休み、卒入学・新生活等で街がもっとも賑わい、年によっては桜も見頃となり格好の花見週末でもある頃。今年は桜も待機中という感じです。静かな緊張感。
お店も電車も街も照明を落としていて、省エネを考えると元々このくらいでよかったんだろうなあ、落ち着く感じもあるし、と思いつつ、これまで煌煌としていただけに、まだ気持ちがついていかない部分もあります。でも、これは慣れるでしょう。

新聞やテレビ、ラジオは毎日、被災者の方の声をたくさん掲載、紹介しています。「海を見るのも怖い」「夜の寒さがこたえる」「戦争よりもひどい状態だ」。せめてこの寒さなんとかならないものかと天気予報にがっかりし、原発事故とその後の動きには複雑な思いを抱えています。「先は見えないけどみんなで助け合っていきたい」という声や子どもたちの笑顔に、こちらが励ましてもらっています。大震災については、メディアは現場から等身大の目線でしっかり報道してくれているように感じています。

海外の支援の動きもありがたい。facebookにも支援のコミュニティがたくさん生まれ、立ち上げた皆さんはオークションや募金に不眠不休の様子です。その迅速さに驚くと同時に、チャリティや助け合いの精神が根づいている土壌に、背景にある宗教的な価値観を垣間みます。パキスタンの方々の炊き出しの記事などを「ありがとう」に。(こちらのブログとの重複も)。

種々の事柄が中止、延期となっていることもあり、静かな日々ですが、見たもの、きれいなものなど、少し書いてみたいと思います。

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(ラスター彩陶壁/七代・加藤幸兵衛/部分)

イラン大使館ホールに飾られたラスター彩、日本の美的感性とシルクロードの趣きが重なり合い、渋い輝きに見入ります。作者の「七代・加藤幸兵衛」さんについて調べてみると、加藤卓男さんを継いだ方なのですね。以下、幸兵衛窯HPより抜粋させて頂きます。

「幸兵衛窯は、1804年、美濃国市之倉郷にて開窯。江戸城本丸、西御丸へ染付食器を納める御用窯だった。五代幸兵衛は、青磁、金襴手、染付、赤絵、天目など中国陶磁をはじめ、乾山、李朝など幅広い技法を駆使した名品の数々を生み出し、幸兵衛窯の礎を築き上げた。六代加藤卓男は、長年の研究の末、ペルシア陶器や正倉院三彩の技法を復元し、ラスター彩、青釉、三彩、ペルシア色絵など伝統と独創の融合した作品を制作した。現当主である七代加藤幸兵衛は、独自の現代的な作風をはじめ、桃山陶やペルシア陶器といった幅広い作風を展開し活躍。近年は、加藤卓男のペルシア陶技を継承した作品を制作」

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(陶板は十字と八角星の組み合わせ。一見してはわからないのですが、イスラム陶器らしさ、ペルシアの空気を醸し出しています。きりりとした陶の線が見事)

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(玉虫色の光沢。宝石のような、いや宝石よりもむしろ奥深い輝きでは、とタイル好きは思ってしまいます)

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ボーッとしてテレビを見ていたとき、青いタイルが目に入りました。すぐにテレビ画面をカメラで撮りました。

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(聖カトリーナ修道院礼拝堂内部/シナイ半島)

正教会にこんなにきれいなタイルが、、こちらも不勉強で知りませんでしたが、聖カトリーナ修道院は正教会の世界最古の修道院なんですね。以下、wikipediaより部分的に抜粋しました。

「エジプト、シナイ山の麓にある峡谷の河口、シナイ半島に位置する正教会の修道院の名称。修道院は現在も継続して機能する、正教会の世界最古の修道院である。ユネスコの世界遺産に登録されている。現地はユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の3大宗教から、神聖視されている。800年ごろ、エジプトはムスリムの国であった。修道院が所有し、ムハンマド本人により署名されたものとされる文書によると、修道院がある種の政治的亡命施設として容認されるようになった後、ムハンマドは敵から身を守るため修道院に身を隠したとされる。こうした理由と修道院領内にファーティマ朝のモスクが立てられた為、修道院は長年に渡る一帯のイスラム教支配下でも生き延びることができたのである。このモスクは正しくメッカの方角を向いていないため、現在では使用されていない」

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(20センチくらいはありそうな方形の絵付けタイル。藍青がきれい。正教会のデザインともよく合っています)

正教会の空間やビジュアルは、惹かれるものがあります。東の気配があるからでしょうか。タイルもよく合っていると思います。

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(さぶ先生の急須。注ぎ口が長く持ち手にもなります。イランの紅茶がおいしいです)

タイルのクラスは十字と八角星の成形をして絵柄を考えているところ。時々陶芸も習っていて、先日はインドのブロックプリントのハンコの型押しで「アジア丼」を作りました。

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(イラン紅茶のパッケージ絵柄。青が印象的。鹿とティーポットとリーフを合わせたような感じが。ぼわーっとした背景の輪がイランだなあと思います)

こちら↓は、イエメンに留学予定の(だった、になってしまうのかな)Iさんを送る会にて。トルコ居住経験のあるIさんなので、フレンチのシェフがトルコ料理にチャレンジしてくださったそうです。

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(トルコ料理の前菜とパン)

主菜、デザートまで、とても美味しかったです。イエメンも渡航がきびしい状態になっているようです。今行けなくても、ご縁があればまた行けるよ!いつかアラビア語、教えてね。

落ち着いて、しっかりとしていきたいなと思います。
皆様も、どうぞお大切になさってください。
by orientlibrary | 2011-03-27 18:55 | 日本のタイル、やきもの

きれいなタイルを見たい(tiles and ceramics in blue)

「危機的状況の中の希望」(村上龍/ニューヨーク・タイムズへの寄稿文)。原文「Amid Shortages, a Surplus of Hope」。「だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。だから私は信じていく」

◆「旅空日記」(三井昌志さん)「必ず立ち上がる」。スマトラ島沖大地震が起こってから2ヶ月後、インドネシアのアチェ州で見た笑顔の理由とは。「人間にはどんな境遇にあっても、たくましく生きていく力が備わっている。深い悲しみの中にも、喜びの種を見出すことができる。アチェの人々が僕に教えてくれたのは、そんなシンプルな事実でした」

◆ 泣けてくる写真、フラッグの言葉、、気持ちを表すことって大事なんだなあ。バーミヤンのハザラの皆さん、教えてくれてありがとう!「Sympathy From Bamiyan to the People of Japan」

◆ 「アクション1」(災害情報まとめサイト、寄付・募金サイト、外国語での地震情報サイトなど)

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引き続き緊張の日々です。被災者の皆様、救援の方々、寒さの中で本当に大変なことです。せめて早く暖かい気候になりますように。

きれいなものを見たいと思いました。私の好きな青いタイルと陶器です。

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(いちばん好きなタイルです。イラン・タブリースのブルーモスク壁面のモザイク。「親愛」の意味のカリグラフィー。親愛)

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(イラン、星形タイル。藍色と空色の中間のようなブルーに金彩で植物模様。星のかたちが愛らしい。色あいも深みがありやさしい。テヘランのガラス・陶器博物館にて撮影)

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(サマルカンド、シャーヒズインダ墓廟のモザイクタイル。雫形のなかに花模様。ふわりとした曲線と多色の組み合わせがイキイキしています。青もとてもきれいです)

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(ウズベキスタン・リシタン陶器工房。ウズの乾いた空気の元に行きたい)

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(リシタン工房の光景。普段使いの器。これで熱いチャイを飲む。タイルのテーブルと。花はいつも見近にある)



by orientlibrary | 2011-03-15 20:14 | タイルのデザインと技法

タイルのある光景@日本 (tile decorations around tokyo)

陶芸が盛んな日本、暮らしのなかにやきものが溶け込んでいます。
けれども木造建築のゆえなのか、装飾タイルが壁面などを彩るようになったのは明治時代以降、近年のこと。
そのせいか、装飾タイルの認知度があまり高くないのは、タイル好きには残念ではあります。

とはいえ、いいものは柔軟にうまく取り入れ、器用さと美的感覚で、美しく昇華していく日本のモノづくり、陶を使った装飾も街角で見かけることがあります。
今回は、タイル、ガラスタイル、陶板、やきもの壁面、陶器質タイル、タイル風壁面など、これまで少しずつ集めていたものをアップしてみました。収集場所は、東京渋谷、新宿、横浜など。気をつけてみると、あるものですね。

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(小田急新宿駅)

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(井の頭線渋谷駅からJR渋谷駅に行く途中)

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(上の部分アップ。色使いも楽しく、技法も工夫されています)

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(ご存知JR渋谷駅壁面、ハチ公)

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(上、アップ。かなり厚みがあります。インパクト大)

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(渋谷キリンレモンホールの前にあるタイルの塔的オブジェ?)

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(イズニックのタイル。チューリップ模様)

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(モロッコのタイルをイメージしたような壁面。渋谷のブティック)

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(赤坂ミッドタウン内とらや壁面)

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(東急東横線横浜駅。紺色で清潔感ときちんと感)

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(東京国立博物館内部壁面)

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(岩崎邸テラス)

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↓は、日本のタイル、煉瓦の歴史、種々の資料を参考にまとめていたものです。ゆえに出典があいまいになってしまっています。出典元の皆様、ごめんなさい。

<日本のタイル ミニ年表>
7世紀:瓦博士により百済より墫渡来か
710:平城京に遷都、興福寺出土緑釉墫
794:平安京遷都、灰釉、緑釉陶器生産本格化
939:各地の陶器生産衰退、寺院の瓦、墫需要も減少(〜鎌倉時代)
1242:加藤景政(初代藤四郎)「古瀬戸」始める(道元に従い入宋、製陶法を学ぶ説)
1138:室町幕府、丹波の立杭による古窯、井部の備前焼、近江長野の古信楽など始まる
1400頃:飴釉瀬戸陶板、六古窯(備前、丹波、信楽、常滑、瀬戸、越前)発達
1583:美濃久尻窯(加藤景光開窯説)、六古窯大量生産体制へ
1593:天草、キリシタン陶板、茶道具関係の陶器隆盛
1598:文禄の役、李参平、朝鮮より渡来
1616:李参平、有田泉山の白?発見し磁器制作
1627頃:酒井田柿右衛門、染付白磁(赤絵)
1652頃〜:伊万里焼大量輸出
1677:西本願寺輪廻蔵建立、柿右衛門磁器陶板
1857〜61:日本初の煉瓦建築物・長崎よう鉄所建設、建築用煉瓦を焼成
1866:ウォートルス、大阪造幣寮用に大阪で耐火、普通煉瓦焼成
1872:銀座煉瓦街建設開始
1879頃〜:大正時代、本業タイル(絵瀬戸)生産
1885:瀬戸で新製磁器タイル生産開始
1886:日本煉瓦製造設立
1908:不二見焼合資会社、国産の粉末乾式圧縮法によるタイルを製造
1910:伊奈製陶所の基礎を築いた伊奈発之丞、モザイクタイルの国産第一号製造
1911:有田製陶所創業
1914:張付化粧煉瓦を外装に使用した東京駅が完成
1915頃:煉瓦工からタイル貼り工への転向者が現れる
1917:東洋陶器設立、京都の泰山製陶所設立、日本の装飾タイルの草分けになる
1918:越山製陶所などでマジョリカ焼生産開始
1919:この頃煉瓦生産がピークに
1920頃:テラコッタ国内製造開始
1921:伊奈製陶所発足
1922:「タイル」の呼称統一
1923:帝国ホテル竣工、関東大震災、煉瓦建築多く倒壊、以後煉瓦衰退しタイルに移行
1925〜35頃:スクラッチ・タイル流行
1929:東洋陶器、日本初のトンネル釜設置
1931:日本陶磁器工業組合連合会結成
1941:タイルは贅沢品として「非国策品」とされる
1946:進駐軍向けのタイル作りが始まる。47 年にはタイル輸出再開される
1948:全国タイル工業協会設立
1957:タイルのJIS規格制定
(INAXブックレット各種及び「CONFORT」2005年08月号より作成)

久々、タイルの話題でした。タイルと土もの、スタディ再開しました!^^
by orientlibrary | 2011-02-26 23:48 | タイルのデザインと技法

壁画とタイルで巡る 西域への心の旅 (silk road paintings)

◆ 大唐西域壁画 ◆

リニューアルが話題になっている東京国立博物館。特別展「仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護」も始まりました。外に出るのが初めてという奈良・薬師寺玄奘三蔵院奉納の大作「大唐西域壁画」が全点展示されています。

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(「明けゆく長安大雁塔・中国」「大唐西域壁画」/平山郁夫筆/2000年/玄奘三蔵院壁画 奈良・薬師寺蔵/博物館サイトより引用)

この壁画は、以前薬師寺にて拝見、その迫力に感動しました。その時のことを、以前(他に)書いたことがあります。
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 薄明かりの壁画殿。目が慣れてようやく、そこに展開されている壁画の雄大さに息をのみました。平山郁夫画伯が三十年の歳月をかけて完成したという「大唐西域壁画」。玄奘三蔵の求法の精神を描き、絵身舎利としてお祀りされています。
 長安から始まり、果てしない熱砂、急峻なヒマラヤ山脈、氷河をも超え行く過酷な旅を歩き抜き、インド・ナーランダ僧院に至った玄奘の旅にまつわる地が、七場面に分けて描かれています。
 東には戻らないという不屈の「不東」の志に、胸がいっぱいです。見る者にそのような気持ちを抱かせる平山画伯の絵の迫力も、ただならぬものがありました。
 見上げれば、天井もまた西域の空。なんと群青色の貴石であるラピスラズリを贅沢に使った一面の空です。それは旅人が見上げる紺碧の空でもあり、一日の疲れを癒す深く遠い夜空でもあるようです。
 空をよく見ると、入り口近くには日光が、出口近くには月光が描かれ、壁画群の中心にあるヒマラヤの絵上部には、散華の様が描かれています。空間全体が、仏教の宇宙観、思想、それを命をかけて学び伝えようとした人々の思いを表しているように感じました。
  春の星ラピスラズリの宙重し 
  大壁画抱く伽藍に霾れる 
・・・・・・・・・・・・・・

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( 「ナーランダの月・インド」「大唐西域壁画」/平山郁夫筆/2000年/玄奘三蔵院壁画 奈良・薬師寺蔵/博物館サイトより引用)

シルクロード周辺が好きな人間にとって、やはり平山さんは特別です。自らの被爆体験を原点とし、創作と文化財の保護に生涯を捧げられました。「絵を描き続けた平山」として夫人の言葉が紹介されていました。「平山の人生は行(ぎょう)であったのですが、人に喜んでもらえる事が平山には嬉しかったのです」。そして、今は苦しみも痛みもない世界で存分に絵を描いているでしょう、と結ばれていました。

今回の展示を見、あらためて、一人の人間としてなんとたくさんのことを、意味のあることをされたのかと思います。
また再度壁画を拝見して、沙漠や廃墟、過酷な自然などが題材にも関わらず、乾燥や荒涼よりもむしろしっとりとやさしい情感があふれているように感じました。もう一度、今度は薬師寺で見たいと思いました。

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(仏教伝来の道より「舎利容器」/6~7世紀/中国・クチャ・スバシ出土/華麗な筆致と彩色によって奏楽などの場面を見事に表現した、西域美術の傑作/博物館サイトより引用/イキイキと描かれた華麗な衣装の人々、この絵画に魅了されました)

基本的に、東博は常設展が好きです。多数の国宝や重要文化財を含む11万点もの所蔵品の中からのテーマ展示は、小規模な美術館の企画展くらいの見応えがあります。それが館内でいくつも展開されているのですから、本当に贅沢な時空間だと思います。しかも、企画展のような混雑はなく、静かにゆっくり見られるのがいい。写真撮影ができる(一部を除く)のも大変に有り難いです。

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(三彩兎文皿 磁州窯/金〜元時代、13世紀/文様を線彫りで手早くあらわし、緑、黄、白の釉薬を塗り分けて彩っている。13世紀後半の三彩の稀少な基準作となっている/東博にて撮影)

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(染付吹墨亭兎図皿/伊万里/17世紀/東博にて撮影)

今回の平山展では、珍しくスーベニアを買いました。普段は図録以外は買わないのですが、モチーフが好みなので、ついつい。とくにウズベクの絣のメモ帳は面白い。使いにくいけど、これははずせない買物でした。

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◆ タイル友 ◆

昨年夏からスタートしたペルシアタイル絵付け、今年はまだクラスを受けていないのですが、その前に教室の新年会。ふだん会わない曜日の生徒さんとも顔合わせして楽しかったです。

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(持ち寄りで多彩な手作り料理が揃い、とても写真に撮れないほどでした。これはさぶ先生作のイラン風カレー。さぶ先生の母上作のソフレ(食卓布)と。羊や山羊の毛をつむいでの手織りソフレ。色合いといい模様といい最高です!)

とくにお会いしたいと思っていたタイルクラスの方に会えて良かった。建築の仕事をなさっているOさんは、スペイン居住時にタイルと出会いスペインでタイル絵付けを勉強された方。私の雑なタイルとは全く違う次元で、細密で美しい。現在、大作を作成中です。

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(さぶ先生の新釉薬。きれいだ〜!私も使いたい!)

さぶ先生とも「日本で装飾タイルをもっと広めたい」と、いつも話をしているのですが、Oさんもお仕事の中で工夫して提案されているようです。

こんな同好の仲間が増えていく、、うれしいです。、、と思っているところに第3の生徒登場。年末デビューで、映像関係の仕事をなさっている男性ですが、この方も最初とは思えないくらい上手。

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(絵付けタイル/トルコ文化センター)

3人で「どうしてタイルなんですか?」等々、タイル話に熱中。日本でタイルの話ができるなんて、感激です、、(泣)。

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(絵付けタイル/トルコ文化センター)

平山郁夫さんの修行のような日々、偉業には遠く及ばずとも、小さなことでもしっかりとやっていかねばと思いました。
by orientlibrary | 2011-01-19 00:14 | 日本のタイル、やきもの

リシタンの青の陶器とともに

イスラム圏のタイルを好きになってかなりの月日がたちましたが、タイルの絵付けや釉薬について実際に習い始めたという点で、今年は新しいスタートの年だったのかもしれません。

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夏には、ウズベキスタンの陶芸産地リシタンで、職人さんたちの中に入れてもらい、作業を見たり、作品のスケッチなども。本当にいい経験、楽しい時間でした。

秋に、リシタンの若い陶芸職人ディヨル君が日本のテレビ番組の主役となり、放映されたのも、うれしいことでした。

今年最後の更新は、リシタン陶器の写真(この夏入手したもの)とともに、ウズベキスタン陶芸についての論文要旨をご紹介したいと思います。

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「中央アジア美術の至宝(陶芸)」(アクバル・ハキモフ ウズベキスタン芸術研究所所長/『偉大なるシルクロードの遺産』展カタログより)

<ティムール時代の陶磁器>
・ 13世紀初頭のモンゴル軍の襲来は中央アジアのオアシス都市を荒廃させ厳しい経済危機が押し寄せた
・ 14-15世紀のティムール時代には再度創作活動を始めた。それは都市建設、建築、芸術、文芸、工芸が勃興した時代として特筆される

・ ティムールの宮殿の肖像画は写本を豪華に装飾したロマン派の細密画に近似していた
・ また精巧な織物、豪華な刺繍、鋳造容器、武器、宝石などの手工芸も繁栄した

・ 陶器制作では、白地にコバルト絵具を用いて自由奔放な絵を染付けた極東の陶磁器の影響を受けて、まったく新しいスタイルが形成された
・ 中央アジアの職人により制作された陶器はカシナと呼ばれる土着の陶土を素材として、ブハラ、シャフリサブス、ウルゲンチなどで制作されたが、その中心はサマルカンドだった
・ 施釉陶器を制作した職人はティムール朝期の建築物に広く用いられた建築用装飾タイルの制作にも携わっていた

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・ 14〜15世紀の工芸美術の発展は、現地の職人の伝統と中東全域の職人の技に負うところが大きかった
・ この時期の装飾文様は絶妙の域に達していた

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・ 陶器では多彩陶が残り続けるとともに、青地もしくは白地の器面に黒色で画を描く、色調を押さえた単彩画も用いられた

・ 植物文と文字文を持つすべての模様構成は、驚くほど見事に、器形とその分割に従っている。器面にめぐらされた幾何文、緑、縞模様は、バランスを保ちながら連続した動きを見せている

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来年はうさぎ年。こんな写真をシェアして頂きました。このオレンジのもの、何だかわかりますか?

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(写真:Masahiro.Uさん)

正解は、「柿」。柿もちゃんと干支を知って実るんですね!

今年も、「イスラムアート紀行」にご訪問いただき、本当にありがとうございました。
見てくださる皆さんや温かいコメントのおかげで、当ブログもゆるゆるとした更新ではありますが、5年以上続けることができました。ありがたいことです。感謝しています!!!

皆様にとって2011年が素晴らしき年となりますように、心よりお祈りしております。
by orientlibrary | 2010-12-26 21:35 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

SBオリジナル釉薬、3つの色名、決定☆

数学、物理、化学の理科系トリオには、さんざんな目にあわされてきました。中学はギリギリ持ちこたえても、高校では登校拒否寸前。今ならドロップアウトしているかも。
大人になっても、数字そのものまで嫌いなまま。機械と電気が掛け合わされたようなパソコンなど、当初どれだけ挫折しそうになったことか。

ところが、深夜に再放送されている「高校講座」や教育系の番組を見るともなく見ているうちに、「あれ、こういうことだったの?」と思うように。リラックスして見ていると、理解できないものではないことに気づいてきました。というか、意外とシンプル。面白いとさえ、思うことも。

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(リシタン陶器)

え〜、、なんだったんだろう、、。教え方もあると思うし、テキストもむかしはわかりにくかったと思う。そして自分自身、知ろうとする前に肩に力を入れて拒否していたのかも、と思えてきました。
リラックスして自然に聞くとスッと入ってくるのに、、今さらわかっても遅いんだけど!!

あ、こういう愚痴を書く予定ではなかったんです。
人間、どこでどうなるかわからない例ですが、装飾タイルにハマる→イスラムタイルを見て歩く→タイル教室で絵付けを習い始める→ますます青に興味が高まる→釉薬を知りたくなる→釉薬を習い始める。

そこで出てきたのが、鉱物の種類や元素記号。仕方ない、青のためなら、と思って見ているうちに、拒否反応が薄れてきています、、単純。

で、こんなの見つけて喜んでいます。えらいぞ、文部科学省!「一家に1枚周期表」、よく言った。というか、わかりやすく作ったところがエラい。こんなの他にないですよ。^^(ダウンロードできます。ご興味あれば検索してみてください)一家に1枚がおもしろいので、ご紹介しちゃいます。

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(一家に1枚周期表)

&青にちなんで、銅とコバルトをアップで。

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<青釉>(出所:記載していたものが消えてしまいました。出所元さん、ごめんなさい)
アルカリ釉をベースにして、銅イオンで発色させた不透明低火度釉。明るい青に発色する。西アジア、エジプトなどで生産された。中国の出版物で青磁釉を「青釉」と呼ぶこともある。青釉は次のような方法で作られる。
1)無色釉に青顔料を5-10%加える 
2)無色釉に酸化コバルトを加える。コバルトだけではわずかに紫がかった青になる
3)無色釉に酸化コバルトか燐酸コバルトを、亜鉛華まはたアルミナとともに加える。ウルトラマリン、あるいは空色の釉になる 
4)無色釉に酸化コバルトと少量の酸化マンガンとの混合物を加える、紫がかった青釉が得られる 
5)無色釉に酸化コバルトと少量の酸化クロムとの混合物を加える、帯緑青色釉が得られる

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(リシタン陶器)

*******

本題である「青への道&絵付け教室編」です。

絵付けの師匠「さぶ先生」制作のオリジナル釉薬、微妙な色合いが何ともいえません。そこで「勝手に命名委員会」と称して、釉薬に名前をつけさせてもらっています。
従来ある日本の色名はシックで知的でなんとも素敵。あまりに素敵。なので、違う切り口でいくしかない。俳句や万葉集を見たり、詩的な言葉を拾ったり、作業は難航していますが、昨日ついに、、

3色の色名が決定しました。(*^_^*) 発表しま〜す!☆

■「山羊白」yagishiro
■「羊白」hitsujishiro
■「椋卵」mukuran


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*左:山羊白 yagishiro/正式名「山羊は白し」〜「藤房に山羊は白しと旅すぎゆく」(金子兜太)より 
*右(SB5):羊白 hitsujishiro/正式名「羊も白し」 
・イラン出身のさぶ先生にちなみ、植物名の多い日本の色名から離れ、動物名でいってみました。
・山羊があれば羊ははずせません。みんなが大好き、暮らしの基本、羊さんです。
・通称は山羊白ですが、正式名が文章的な「山羊は白し」であるのがポイントです。

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椋卵 mukuran/正式名「椋鳥の卵」 
・椋鳥の卵がこんなきれいな色だなんて!(↓下写真)。そしてこの釉薬のまんまの色だなんて!
・釉薬見本が卵を思わせる形をしているのは偶然です。いろんなパターンで釉薬の色が見やすい形なんだそうでうす。(でも今や、すっかり卵に見えてます、、)
・mukuran、ウルドゥーとかアラビア語っぽい響き!?「ムクラン シュクラン!^^」

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(椋鳥の卵、ネットから)

装飾模様ハタイの練習も、ゆっくりですが続けています。多角星と十字形に絵付けして制作予定です。
by orientlibrary | 2010-12-05 00:26 | 青の道

釉薬の青。空と海と湖と

「青の道」へ。今日は「タイル絵付け教室」を「釉薬教室」に変更してもらっての初日でした。
cuとかmgという記号を見たのは何十年ぶりという感じ。まずは基本の基本を学習。次回は青の釉薬作りにトライします。

十字タイルと多角星タイルが現在途中で止まっているので、そこに青の釉薬を使ってみようかという流れに。超ビギナーの好きなようにさせてもらって、本当に感謝です。

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(中央アジアの空の青/トゥルケスタンにある「アフマド・ヤサヴィー廟」。初期建造は1374年。ティムール朝初期の建造物として名高く、現在中央アジアに残っている歴史建造物の中で最大級。青の施釉レンガと無釉レンガの組み合わせが美しい)

今日はその後、「サハラの砂でガラス作品を作っている」というガラス作家・村山耕二さんの展覧会に行ってきました。
カメラを忘れてしまったので残念ながら写真はないのですが、村山さんのホームページに作品の写真がありました。ご興味のあるかたはぜひ。
オレンジ色の砂が、なんともやさしい藻のような色合いに変身するのが不思議。かたちもボリュームと安定感があり、好みでした。

サハラの砂の入手で関係が深いというモロッコの写真、とくにモロッコの陶芸工房でのタイル制作や窯炊きの写真を見せてもらったのが、とても参考になりありがたかった。
「砂族」と「土族」で、オタクな会話を楽しませて頂きました。

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(キルギスの空の青と緑。キルギスは風光明媚で、人々の顔立ちは日本人にとてもよく似ている)

釉薬、青については、まだまだなので、今回はこれまで文献等から抜き書きしてまとめていたものをそのままアップするという手抜きなのですが、中央アジアと日本の青の写真を選んでみました。

空の青、水の青、ちょっとニュアンスが違いますよね。
*色ってカメラや撮り方次第だと思いますが、すべて素人がオートで撮った写真ですので実際を反映しているとはいえないと思います。ご了解を。
*出所となった文献名がわからなくなってしまいました。部分の抜き書き、要旨です。著者の方、出所を記載できずすいません。

<釉薬の歴史>
・アッシリアの土器にガラス質の釉薬を用いた例は前1300年に見られる
・バビロニア緑釉薬の秘伝を記した楔形文書、当時すでに基本的な釉薬成分があった
・それに銅・鉛・硝石・石灰を混ぜ合わせて緑釉原料とした
・アッシリアは錫釉系。前12世紀すでに彩釉レンガ。色が混じり合うことなく釉薬の効果を発揮していた

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(中央アジアの空と湖の青/キルギス、イシククル湖)

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(日本の空の青、湖の青/富士山と河口湖)

<青色アルカリ釉>
・青色アルカリ釉はメソポタミアからインダスにまで広まった
・鉛釉はバビロンで発明された
・前1700年頃の文書によるとバビロニアやアッシリアには高度に発達した釉薬の知識があった
・ここで初めて石英フリットにではなく粘土に施される釉薬が考案された
・新アッシリア時代のニルムードでは施釉レンガが建築に用いられた
・酸化錫が不透明白色の発色剤として用いられた
・ネプカドネザル王時代の都であった新バビロンの建築物のなかで最も美しいイシュタル女神に捧げられた壮大な城門はニルムードのものに類似した施釉レンガで全面が覆われていた

<飾り釘>
・彩釉レンガによる壁画や装飾は高度に完成したアッシリアスタイルの門建築において半円柱飾りを施したものと並ぶ重要な要素だった
・壁本体はあくまで日干しレンガ積み、王宮の室内壁はプラスター絵画
・建築装飾として彩釉陶製品が利用された例はアッシリアの「ジガティ」飾り釘。絵のモチーフはパルメットが多かった
・バビロニアでは色彩よりも彫塑的な陰影をともなう傾向。壁画の凹凸を採用。宗教建築に採用
・壁画のレリーフを無釉薬の焼成レンガに分解

<バビロン イシュタール門>
・彩釉レンガと浮き彫りレンガを融合させた大壁画
・イシュタール(愛と戦いの女神)の名前を冠した市門
・それを貫く「行列道路」の側壁 彩釉浮き彫りレンガはベルリンに
・架空の有角龍ムシュフシュの名があった。バビロニアの最高神マルドゥク。地色を青釉薬で統一してレリーフには白や黄の釉薬を使ってコントラスト。アッシリア由来の白いロゼッタを配した。赤い釉薬も少し
・彩釉レンガをこれほど大胆に使った建築は空前絶後
・前612 年にアッシリア帝国は滅んだ。バビロンもアケメネス朝ペルシアの配下になった。ペルシアのスーサに伝わり精妙なレリーフとなった
・メソポタミアにタイルは採用されなかった
・釉薬に色と輝きを持つ建築装飾はもともと超富裕層のもの。外来王朝時代に釉薬は再度陶器だけのものになった

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(中央アジアの空の青/クズルクム沙漠に点在する古代ホラズム王国の遺跡カラ(都城跡))

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(日本の空と海の青/東京・晴海、湾岸高層ビル群)

青の道、続きます。
by orientlibrary | 2010-11-14 22:46 | 青の道

青の道 islamic blue road

「イスラムアート紀行」を始めたのは2005年9月。パソコン音痴の私、ホームページは難しくて断念、ブログならばできるかもと思い、画面がスッキリしているエキサイトブログを選んで登録。おそるおそる始めてみました。

その頃は、「イスラムのタイルのことを話す友だちがいない」ことに、ちょっと淋しさを感じていました。タイルと言えば「お風呂」、イスラムと言えば「テロ、女性差別」。
この模様が好きとか、あの時代の色がいいね、とか、他愛なくてもそういう話がしてみたい、でも無理と思っていました。

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(シリアのタイル)

5年が経ちました。イスラムタイルもイスラムのデザインも、今でもメジャーなテーマではありません。でも、私にとっては変化がありました。

始めて間もない頃にエキサイトブログで知り合った「写真でイスラーム」のmiriyunさん、的確で温もりのあるコメントに、いつも勇気づけられてきました。miriyunさんの存在がなかったら、続けられたかどうかわからないほどです。
そして、こんなマイナーなブログにたくさんの方が訪ねてくださり、すてきなコメントを書いてくださいます。本当にありがたいことです。
とくに、「タイル絵付け習い始めました」と教室での様子を書いたあたりから、タイルや模様が好きという方から、「読んでます」とのコメントが。わあ、タイルやイスラムの模様を好きという方たち、少なからずいらっしゃるのかも!とうれしくなりました。
イスタンブルでタイルの絵付けをされているatelierciniciniさんの「-イスタンブル発- トルコタイル通信」とも出会うことができました。トルコのタイルや模様のことを勉強させていただけて、とても有り難いです。念願の「タイル話」ができるのもうれしい☆

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(トルコのタイル)

そして、この夏からスタートした「ペルシアタイル絵付け」。日本にいながら本場イランの先生に習えるなんて、ハッピー。この青が好き、この模様がいい、とオタクな会話ができる日が来るなんて、感動です。

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(タイル教室、先生の青釉一部)

また、タイル旅がきっかけで出会ったウズベキスタン陶器、なかでも青で有名なリシタンの陶器と職人さんたちのこと、ブログでもときどき書いてきましたが、先日、そのリシタン陶器と弟子制度のことがテレビのドキュメンタリー番組で紹介されたのもうれしいことでした。

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(リシタン陶器)

イスラムの青に魅せられ、たくさんの青に出会ってきました。
この頃考えているのが「青の道」というテーマです。

以前、リシタンの陶芸家であるAさんが言いました。「“コバルトロード”って、おもしろいんじゃないかな。ユーラシア各地で青はちょっとずつ違うでしょう」。さすが、アーティストです。発想がシャープ。
そのときから、この言葉とイメージは、ずっと頭の隅にありました。でも、どうしようもなかったのです。それが少し状況が変わってきたかなと感じているのですが、、。

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(ウズベキスタン・ブハラのタイル)

テキスタイルでは、「世界の藍」(文化学園服飾博物館/2008年)という展覧会もおこなわれています。「藍は世界中で古くから用いられている植物染料です。蓼藍、琉球藍、インド藍、大青など地域によって使用する植物の種類や染色方法は異なりますが、堅牢であるため、多くは日常着の染料として広く親しまれてきました」。

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(ムルタンのタイル)

たとえば、この藍を青釉に変えてみたら、、と思うと、イメージがわいてきます。
マグレブの青、中東の青、トルコの青、イランの青、ウズベクの青、ムルタンの青、中国の青、日本の青。
シルクロードは「青の道、ブルーロード、イスラミックブルーロード」でもあるといえるのではないでしょうか。

青や釉薬について、活字では少し調べていましたが、まだまだピンときていません。まずは、絵付けの「さぶ先生」から釉薬レクチャーを受けようか、と思っています。

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(東トルキスタン・カシュガルのタイル)

次の「5年後」がもしもあるとしたら(社会の変化が恐ろしく速いのでブログもネットも、そして自分もどうなっているかわかりません)、「ブルーロード」はどういうことになっているでしょう。イメージ力(りょく)でゴー!?☆
by orientlibrary | 2010-11-07 21:21 | 青の道