イスラムアート紀行

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工芸の秋 〜 日本の美術タイル@旧朝香宮邸、漆藝、割り箸ピアノ、色の景

工芸の秋に背中を押されて、ブログ更新。動こう書こう!、、 写真中心になりますが、アップしていきますので、サクッとお立ち寄りください。

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■トークイベント「昭和の美術タイルと旧朝香宮邸」@東京都庭園美術館

庭園美術館で開催中の展覧会「アール・デコの花弁」。その関連イベントとして、タイルに焦点を当てたトークイベント「ディテールのアール・デコ 旧朝香宮邸の室内空間 〜 昭和の美術タイルと旧朝香宮邸」がおこなわれました。参加予約は、すぐに満員になったようです。リニューアルした庭園美術館の魅力はもちろんでしょうけれど、最近のタイル人気もあるのかな。

トーク内容は、タイルの定義(〜世界のタイルの歴史概略)、昭和のタイル、美術タイル、アールデコの建物にタイルが多用される理由、幾何学模様、旧朝香宮邸のタイル(玄関から便所、テラス、中庭、居間、バルコニー、ガーデンなど各所について、現在の写真と貴重な図面を見ながらの解説)と、全体を網羅しながらディテールに迫るものでした。

同館出版の本の帯、「絶品のタイル、極上の石。絢爛たる意匠を堪能せよ」。え?タイル??、、、 朝香宮邸(1933年=昭和8年竣工)、何度か行っていますが、これまではアールデコという先入観のせいか、正直、土っぽいタイルというイメージはあまり持っていませんでした。絶品?

でも、トークでタイルだけを追って拝見してみると、これは確かにすごいですね。認識あらたにしました。といっても、アールデコの文脈から、ではなく、日本のタイル、という面からです。

朝香宮邸のタイルは、日本の美術タイルの二つの名門、「泰山製陶所」(池田泰山/京都)と「山茶窯」(小森忍/瀬戸)のタイルを採用。「この2大メーカーのタイルを同時に使っている現場はここしかないのでは。それが“絶品”のワケ。タイルのすごさを実感した。職人もすごい」(講師の後藤泰男さん)。

当時の日本の美術タイル独特の重厚さ、やきもの感の強さよりも、こちらでは一片が小さなタイルを幾何学的に組み合わせたり曲線を取り入れたりして、柔らかく軽やかな印象です。そして何と言っても魅力は淡い「色」、その組合せだと感じました。

きれい。何色と言えない仄かな薄い紫、薄い青、薄い茶色、さまざまな色。揺らぐような、たゆたうような釉薬の質感。なんという魅惑でしょう。スライドでタイルの写真をずっと見せてもらっているうちに、テキスタイルを見ているような気がしてきました。日本の絣を見ているような感じ。日本の美の感性。

これだけの色のバランスを作り出せた裏には、色を綿密に指示した設計図があったようです。職人さんも大変です。すごい仕事ですね。

が、残念ながら写真がないのです。トーク日は撮影禁止(平日のみ撮影可能&この展覧会会期中だけでは?詳細はサイトをご参照ください)。また行ってきます。

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(かろうじて撮った写真3枚)

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(妃殿下居間 バルコニー タイル(部分)=庭園美術館ホームページより引用)



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■「三田村有純漆藝展 黄金幻想」@平成記念美術館ギャラリー

三田村有純さん、江戸蒔絵赤塚派十代を継承、東京芸術大学漆芸術科教授(先日退官)、日展作家として活躍。展覧会サイトはこちら

「自ら木を掘り、漆を塗り重ね、その上に漆で絵を描き、金を蒔いた作品」35点の展示。「風景彫刻、レリーフによる壁画、揺れる箱などが漆の概念を超えた魅力を放つ」。「参考出品として、祖父、父、三人の息子の作品も合わせて50点が並ぶこの展覧会は、漆藝を代々受け継ぎ、明治、大正、昭和、平成と発展してきた三田村家の歴史と、漆藝の未来を見せてくれることでしょう」(チラシより)。

漆、蒔絵は、土もの好きの私にとって、少し敷居の高いというか、見るのが難しい印象があったのですが、見始めると、細密な技巧、優美な美しさ、奥に感じる自然の素材感、日本の美意識などに、引き込まれるのを感じます。

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(物語性が印象的。吸い込まれるようです)


平成記念美術ギャラリー、次回の展示は、九谷の作家・武腰一憲さんの「色絵シルクロード行」。「特にウズベキスタン共和国の艶やかさは九谷の色と重なり、それ以降その作風がライフワークとなりました。鮮やかなサマルカンドブルーが力強く優しく語りかけ、悠久の時間が流れる作品たちを、どうぞお楽しみください」。青に会いに行こうと思います。



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■ ”FUTURE AMBIENT feat. Benjamin Skepper and Sami Elu”@WALL&WALL

孤高の音楽家 BENJAMIN SKEPPER&自作の割り箸弦楽器「幻ピアノ」を操る唯一無二のアーティストSAMI ELUによるライブ。内容紹介はこちら

割り箸ピアノのサミエルさんの大ファンです。戸外イベントで聴いて、一目惚れならぬ一耳惚れ?!高価なシンセサイザーとかではなく、本当に割り箸やリサイクルの素材で自作したピアノで奏でる他にない音の世界は、アコースティックの素朴な優しさとエレクトリックなコズミック感があり、私にはずっと聴いていたい音楽なのです。

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***  YouTube  What Does a Chopstick Piano Sound Like?  ***




ベンジャミンさんも初めて聴く音の世界。「常にどこに居るのかわからないほどに、セレブのオーダーで世界中を縦横無尽に飛び回る貴族系?!音楽家」。すごいな〜。「来週はロシア。大学で人間の遺伝子を数学化した音楽をチームで研究中」と流暢な日本語で。いろんな世界があるんですね。


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■「SENSE OF MOTION あたらしい動きの展覧会」@スパイラルガーデン

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写真のみです。エマニュエル・ムホーさん作品の景色、どこから見てもワクワクする色の景色。単体はシンプルな形ですが、集まって、何か自然を思わせます。スパイラルのサイトはこちら



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超駆け足で書いてきました。がんばろう。。
by orientlibrary | 2016-11-13 01:12

「ソング・オブ・ラホール」〜全世界に知ってほしい。パキスタン人は芸術家でテロリストじゃないことを〜

音楽の興奮と希望に満ちたドキュメンタリー映画「ソング・オブ・ラホール」(SONG OF LAHORE)。8月13日から渋谷ユーロスペースにて公開中。キャッチフレーズは「スィングしなけりゃ“あと”がない」。観て、その意味がわかりましたが、公開中の映画なので、内容がわかるような感想を書けないのが、とても残念。



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一度だけじゃもったいない。何度も観たくなる映画。いろんな発見があると思う。


● ストーリー 要約 (公式サイトより) ● 
「パキスタン映画産業の中心都市、ラホール。数々の映画が作られるとともに、伝統楽器を使った映画音楽も数多く生み出された。しかしイスラーム化の波、タリバンによる歌舞音曲の破壊によって映画界は衰退。音楽家たちは転職を余儀なくされる。そんな中、ラホール出身の実業家イッザト・マジードが私財を投じて音楽スタジオを作り、往年の音楽職人たちを集めて楽団“サッチャル・ジャズ・アンサンブル”を結成。彼らは古典楽器を用いた、世界で類を見ないジャズのスタンダードナンバーを生み出し、名曲「テイク・ファイヴ」をカバーしたプロモーションビデオは100万以上のアクセスを記録。ウィントン・マルサリスが、彼らをニューヨークへと招待。そこで彼らは、音楽家である誇りを取り戻していく」

ドキュメンタリー映画なのだけれど、良質なドラマのようでもあります。キャストの個性が際立ち魅力的なことに加え、音楽家たちの窮状からニューヨーク公演までの展開がスリリングで、感情移入し、ヒヤヒヤドキドキ、なのです。

それほどに音楽家たちを応援する気持ちが沸き上がるのは、それぞれの音楽家が語る音楽への尽くせぬ愛と敬意、伝統の継承者としての使命感が、ていねいに描かれているから。

何代も続く伝統音楽一家の継承者として、誇りを持ち精進を続けてきた凄腕の音楽家たちが、社会変化の中で音楽で生計をたてられなくなり、ウエイターやリキシャドライバーをしなくてはならなかった日々の葛藤、子孫に音楽を伝承できない苦悩。どうぞ誇りを取り戻し、存分に活躍して欲しいと思わずにいられません。


● 監督のことば 要約 (公式サイトより) ● 
「私は祖父からパキスタンの昔の音楽のことを聞いて育ちましたが、私が育った1980年代頃にはそれはすべて過去のものとなっていました。2012年ごろ、ラホールの音楽家たちが一丸となり、パキスタンの伝統楽器を使った音楽をレコーディングしているという無謀とも思えるような話を聞いた時、それが私の伝えたい物語だと気づきました。その時は彼らの旅がどこへたどりつくのか想像もつかず、ただ彼らの声や音楽を残したいと思いました」

監督はシャルミーン・ウベード=チナーイさん、女性です。いい映画撮るなあ。「ただ彼らの声や音楽を残したいと思った」、これがモチベーションというものですよね、理屈ではなく、ただただ撮りたいと思う。そして展開は思いがけない方向に。ニューヨークでの4日間のリハーサルシーンは白眉、そして感動のラストへ。


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< トークイベント  「パキスタンから世界へ!超絶演奏楽団サッチャルの魅力を語る」 >

サッチャル・ジャズ・アンサンブル、数年前にサラームさんが、某研究会で紹介されたとき、そりゃあもう驚きましたよ。白い民族衣装のおじさんたちがヴァイオリンを奏で、シタールやタブラは超絶技巧で、それでいて曲目が「テイク・ファイヴ」、、。今回その背景を知り、私も一緒に旅したような気持ちになりました。

映画公開に先立ち、映画『ソング・オブ・ラホール』公開記念 トークイベント 「パキスタンから世界へ!超絶演奏楽団サッチャルの魅力を語る」が開催されました。出演は、サラーム海上さん、村山和之さん、ヨシダダイキチさん。秘蔵映像を見ながらパキスタン音楽の魅力をスタディしておくというもの。

会場は満員でびっくり。2時間半、疾走しつつ濃厚なトークと演奏が繰り広げられました。サラームさんのサッチャル・ジャズとの出会い、村山さんのタリバーンの音楽(メロディはダメ、聖句などを吟ずるのは問題ないとのこと)などパキスタン音楽の紹介、ヨシダさんのグルーブ感ある「テイク・ファイヴ」シタール演奏、すべて素晴らしかったです。愛と熱がありました。

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「ソング・オブ・ラホール」、、とにかく、オジさんたちがいい。ウィントン・マルサリスが、またいい。

音楽がいい。音楽はいい。

こんなに人を繋ぐものを、こんなに時を繋ぐものを、こんなに空間を超えるものを、禁止したり弾圧したり、それはイスラームの教えではない。原理主義はあくまでも原理主義。現実が、伝統が、思いが、それに押しつぶされることがありませんように。パキスタンの圧倒的な音楽伝統が、卓越したセンスが、代々の技術が、これからも伸びやかに継承されていきますように。


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< TILE IN LAHORE AND INDIA >

最後に、タイルオタクから少々。前述のトークイベントで、ラホールの光景がスライドで紹介され、「あ、タイルだ!」と喜んだのですが、もしかしてタイルと認識されていないかも、、という弱気の想像も。たぶん、このタイルだったと思う。違ったらゴメンナサイ。でも似たものです。

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(MOSQUE OF WAZIR KHAN, LAHORE, COMPLETED IN 1634-35 /cut tile mosaic panel with an inscription in Persian in the nastaliq style on a blossom strewn ground/『The Art of the Islamic Tile』より引用)


このタイル、トークの中で「中央アジアの印象がある」とのお話がありましたが、タイルに限定して言えば中央アジアではあまりないタイルの様式だと思います。中央アジアは青が主で、こちらは黄色と緑がメイン。中央アジアの印象を持たれたとしたら、アトラスなど色鮮やかな布のイメージと重なったのかも、、。印象すごく強いですものね!


黄色と緑はイランやモロッコのタイルでも使われますが、ムガル時代のタイルの特徴を示す色だと思います。まさに、ムガルのタイル。ムガルインドの都・ラホールらしいタイルですね。参考までに、ラホールのタイルを写真だけですが少々。

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(LAHORE FORT, LAHORE, COMPLETED IN 1631 /the parrot perching on the upper cornice seems to be peering down at the little scene showing horsemen in the middle register/『The Art of the Islamic Tile』より引用)


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(orientlibrary)


インドにはタイルがない、というイメージがありますが、ムガルインドの建築物をよ〜〜〜く見ると、少しあるのです!その写真を少々。インドは石造建築が主なので、装飾もタイルに走りませんでした。石の象嵌の美しさはよく知られるところです。だからタイルも、どこか石っぽい。
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(orientlibrary)


パキスタンのタイルということでは、時代を遡り、デリースルタン王朝時代の、ムルタンやウッチュのタイルが圧巻です。こちらは青、青、青。濃い青、強い青。そして幾何学の構図が素晴らしい。インド亜大陸タイルの傑作です。写真を少々。
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(orientlibrary)


文章を推敲するより、とにかくアップ、を目指します。気持ちがフレッシュなうちに。
そうしないとなかなかアップできないので。ことば足らず、乱文、ごめんなさい〜。



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<リンク>

  『ソング・オブ・ラホール』 公式サイト
http://senlis.co.jp/song-of-lahore/

  『ソング・オブ・ラホール』 facebook
https://www.facebook.com/songoflahore.jp/?fref=ts

  『ソング・オブ・ラホール』予告編
https://youtu.be/fSepumfQkd4

  Sachal Studios' Take Five Official Video
https://youtu.be/GLF46JKkCNg

  映画『ソング・オブ・ラホール』公開記念「パキスタンから世界へ!超絶演奏楽団サッチャルの魅力を語る」
https://www.facebook.com/events/1702373750024046/

  クラウドファンディング 「パキスタン伝統音楽×ジャズ!? サッチャル・ジャズ・アンサンブルの初来日公演にご支援を!」(9月来日決定!!
https://motion-gallery.net/projects/song_of_lahore

 レヴュー「劇映画よりドラマチック!な ドキュメンタリー『ソング・オブ・ラホール』」(ブログ「アジア映画巡礼」/パキスタンの状況も含め詳細な解説)
http://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/e/16f9c1c2fd5baf856f50150788b2175f

 レヴュー「Song of Lahore (Pakistan)」(HP「バハールドゥルシャー勝」/ラホール、パキスタンの歴史から、音楽家のカースト、宗派について、映画の紹介など、さすがのレビュー!!勉強になりました!)
http://www.bahadurshah.com/film/song-of-lahore
by orientlibrary | 2016-08-13 22:45 | 美術/音楽/映画

青淵文庫の和の趣のタイル、ウィーン分離派との関係が?

中東で、日本で、多くのことがありました。どうしてこんなことが起きるのか、ということが連日のように報道され、重く暗く悲しい、やりきれない気持ちを抱えてしまいます。ひとつひとつに思うこと、考えることはありますが、何か書いてみたいと資料を集めていたら、また次の何かが起きる。イスラームに関して言えば、イスラームから「IS」を連想する人は、現時点では少数ではないでしょう。「IS」に最も苦しめられているのはイスラームの人々ですが、さらに誤解や偏見も重なります。また長く続くシリア難民の苦しみや、宗教に名を借りた文化財の破壊冒涜など、言葉がありません。タイルのことばかり書いていていいのかという気持ちもあります。(ブログの更新は少ないのですが、タイルや青のFBはけっこう更新しているので、、)。まとまりませんが、、日々見たもの、西アジアや中央アジアのきれいなもの、これからも書いていければと思います。

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西アジア遊牧民の染織


東京国立博物館東洋館(アジアギャラリー)にて、「アジアの染織 西アジア遊牧民の染織」が展示されています(4月5日まで)。

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「遊牧民研究家、松島清江氏が1960年代から1980年代にかけて現地で収集したコレクションを展示します。インド西北部からパキスタン、アフガニスタ ン、イランからトルコにかけて遊牧を営んだ部族が染め、織り、制作したハンドメイドの衣類や袋物、テント用敷物。家畜の毛をつむいで織り、あるいはフェル トにして作られた、各部族の特色ある色と文様の世界を紹介します」との内容。

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「遊牧民の染織〜トライバルな毛織物」というジャンルも、装飾タイル同様、日本ではあまりメジャーではない、というか、好きな人はものすごく好きだけれどあまり知られていない、広がりが少ないジャンルではないかと思います。でも紋様や技法など、とても魅力があります。古いものは、色もいいですね。引き込まれます。

ただ展示としては、解説がややざっくりしていました。部族名や地域もなく「トルコ」とだけ表示されていたり。「敷物 赤紺緑紫地小花幾何文様刺繍縫合せ」といったタイトルは現物を見ればわかるのでは?作った人たちや特徴的な技法について知りたいです。博物館での稀な展示なので、贅沢は言えませんが!


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ベジタブル・センセーション、カドヤ・ワールド


陶芸家・角谷啓男さんの個展(六本木アクシスSavoir Vivreにて/3月1日まで)。あ、上のタイトルは私が勝手につけたものです。びっくりな野菜や花や葉っぱたちだったので。

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ガラスや磁器土でできているのですが、本物より本物らしい繊細な仕事!すごいな〜。テイストがまったく違うのですが、超絶技巧の明治工芸を思い起こす面もありました。が、もっとオシャレでモダンです!

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角谷先生、陶芸教室行ってなくてスイマセン。。久々に会った角谷さん、野菜たちとの日々でちょっと疲れも見えましたが、逆に内に炎が赤々と灯っているのを感じました。不肖生徒ですが、またよろしくお願いします。

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大正タイルの館 青淵文庫


日本のタイルを少しずつ見ていますが、まだまだです。とくに近代建築に使われたタイルは、行くのにモチベーションアップが必要。青淵文庫(せいえんぶんこ/渋沢資料館内/東京・王子)も、じつは大きな期待を持たずに行ったのですが、すんなりと受け止めることができました。

渋沢史料館は、近代日本経済社会の基礎を築いた渋沢栄一の思想と行動を顕彰する「渋沢青淵記念財団竜門社」の付属施設として、1982年に北区飛鳥山公園の一部に設立された博物館。旧邸内に残る大正期の2つの建物「晩香廬」と「青淵文庫」、本館があります。

ステンドグラスやタイルががあるのは青淵文庫。設計は田辺淳吉。1920(大正9)年に設計開始、1925(大正14)年竣工。完成目前の1923年に関東大震災にあい工事は一時中断。震災の経験を生かして再工事。栄一の書庫として、また接客の場としても使用されたそうです。

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明治〜大正の西洋館、苦手なものもあるので心して出かけましたが、箱形の端正な佇まいに安心。そして予想以上に多用されていたタイルが、色合いも模様も組合せもテクスチャーも和な感じでスッキリ。けっこう好きだなあ。

紋様は渋沢家の家紋「丸に違い柏」に因んで柏の葉とドングリの実をデザインしたもの。石膏型成形。色は青磁釉の青緑と白、金を使用。オリジナルと修復時作成(200個ほど)が混在。けれどもあまり違和感がない。質実感あり好み。館内部にも、窓回り、柱回りなどにタイルが使われていました。

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洋館建築にはとんと疎いので、この感じはなんなんだろう、他の洋館と何か違うなあ、と思いながら、置いてあった館紹介の掲載雑誌を後で読もうと写真に撮りました。で、撮ったままにしていたものを、先ほど読みました。面白かった。藤森照信さんの「タイル多芸」というシリーズの読み物のようです。(そんな連載があったんだ、、今、タイルの連載ってどこかにあるのかな??) 雑誌名は今わかりません。が、そこから引用を!(< >内はorientlibraryが補足追記)

——— 「タイル多芸4 大正期の掌品 青淵文庫と晩香廬」(藤森照信)———

<第一印象は正体不明の建築。タイルもよくわからない>
「(大学院生時代はじめて訪れたとき)、にぎやかな明治の西洋館に慣れた目には、全体を箱形とし、一部に角柱を並べるだけの外観はあまりに無口すぎるし、一歩なかに入ったときのインテリアの印象も、それまで見慣れたイギリス風フランス風などといったヨーロッパの歴史様式とも違うし、かといってアールヌーヴォー以後のモダンデザインじゃないし、正体不明、見所不詳の感を否めない」

「ステンドグラス以上のとまどいはタイルだった。箱形の単純な外観の唯一の見せ場は開口部回りにグルリと使われているタイルだが、そのタイルがどうもよくわからない。まず、色がいけない。緑色をベースとしているが、建物に緑色を使う例はきわめてまれで、なんだか落着かない。加えて、タイルの面に刻まれた装飾も、幾何学紋様のようでもあり、植物風でもあり、ステンドグラス同様もっと伸びやかにならないのか。国籍不明、デザイン原理不詳の建物、と学生の私の目には映ったのだった」

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<優れたデザインだった。中国風が溶け込んでいる>
「それから20余年。明治の西洋館だけでなく、大正・昭和初期の西洋館、さらに20世紀のモダンデザイン、またモダンデザインの影響を受けた歴史様式、といったさまざまな日本の近代建築の形と思想についてその後勉強を重ね、今は、また別の目でこの建築を見ることがでいるようになり、たいへん優れたデザインであると考えるようになっている」

「まず、国籍不明の件、結論から述べると、中国風なのである。中国の感覚を取り込んだヨーロッパ系のデザイン。ステンドグラスの装飾は殷の青銅器などでおなじみのゴニョゴニョ紋様だし、そこここに竜に由来するようなモチーフも潜んでいる。ステンドグラスとタイルが一般よりずっとグリーンがかっているのも、中国の緑と朱を好む伝統とふまえているといえよう」

「中国風のデザインセンスを加えた理由は、この文庫の蔵書の性格にある。論語関連の和漢の古典籍を収蔵し、それを使って論語研究をする研究図書館というのが青淵文庫の設立目的であった。渋沢栄一は資本主義の経済活動にも論理が不可欠と確信し、その根本を孔子の教えに置こうと考えていた。こうした渋沢の思想を踏まえ、設計者は中国を感じさせるセンスを巧みに取り込んだわけである。あまりに巧みに溶かし込んでいるから、中国風はムキ出しにならず、逆に一見しただけでは国籍不明に見えてしまうのである」

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<じつはヨーゼフ・ホフマンの影響を受けたデザインだ>
「外観は凹凸が少なく、アッサリと仕上げられ、ひとつの箱に化すような兆しが観察されるし、インテリアでもあれこれ付加された装飾のバックにひとつのマッスが感じられよう」

「実はこの建物のデザインは、かのヨーゼフ・ホフマン設計のモダンデザインの記念碑的作品、ストックレー邸の影響を受けているのである。設計者の田辺淳吉の自ら記した文によると、彼は大正のはじめにヨーロッパに出かけたとき、それまで習得してきた歴史様式に喰い足りないものを覚え、むしろウイーンで巻き起こっていたセセッションのデザイン運動に関心を持ち、リーダーのホフマンの仕事に強く魅せられた、という」

「ストックレー邸とのつながりにマサカと思われる読者のためにひとつ証拠を挙げるならば、外観の開口部のタイルの縁取りはどうか。初期の案だと、2階まで窓が伸び、その回りをタイルが縁取っているからもっとわかりやすかったが、こうした幾何学化したファサードをタイルで縁取って飾るというのはストックレー邸のやり方にほかならない」

<平明なうえでの装飾性というタイルの得意技を理解>
「当時の記録によるとタイルは“泰平タペストリータイル”ということになっているが、泰平は京都のタイルメーカー辻製作所のブランド名で、タペストリーというのは装飾織物を指す。建築部材というより、織物で壁面に帯状のアクセントをつけるというところにウイーンのセセッションへの共鳴が感じられよう」

「晩香廬も設計は田辺淳吉で、完成は大正6年。イギリスのチューダー様式をベースとしているが、暖炉の上部の「喜」の字の飾りに象徴されるように、そこはかとなく中国感覚が溶かし込まれている」

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(洋風茶室・晩香廬。内部撮影禁止なので写真なし。「1917(大正6)年の竣工で、丈夫な栗材を用いて丹念に作られ、暖炉・薪入れ・火鉢などの調度品、机・椅子などの家具にも、設計者の細やかな心遣いが見られます」=HPより)

「しかし、チューダー様式、中国感覚の背後で、青淵文庫と同じように、設計者はインテリアをひとつのマッスとしてとらえているし、壁面の処理も、暖炉回りの壁で明らかなようにより平明にしたうえで、タイルと木部によって装飾性を生み出そうとしている」

「平明なうえでの装飾性。イスラム建築の装飾タイルを引くまでもなく、たしかにこれはタイルの得意技のひとつといわなければならない」

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さらに、こういう見方も。(同じく雑誌を撮影したものより)。今度はオットー・ワーグナー。

「青淵文庫の設計は田辺淳吉。オーストラリアの建築家でウイーン分離派のオットー・ワーグナーに傾倒し、青淵文庫もワーグナーの代表作「郵便貯金局」に似ている部分が多いと言われている」「窓の枠と柱のタイル、そして窓上部のステンドグラスには渋沢家の家紋にちなんだ柏の模様が施されている。細部へのこだわりは田辺がワーグナーから影響を受けていることを表しているのではないだろうか」(月間建築仕上技術/2008年9月号)

え、、論語、孔子、中国、資本主義、ウイーン分離派、、

そんなにいろいろな要素があったんですね。う〜ん、すごいな。そして、渋沢栄一さん、資本主義にも論理が不可欠、さすが明治の実業家は骨太。

タイルオタクには、「平明なうえでの装飾性」という見立てが、すんなり入りました。イスラームの建築や工芸は優美繊細だけれど爛熟じゃないんです。華麗だけどゴテゴテしていない。そこが好きなのです。そんなこともあり、青淵文庫、予想していたより共鳴できました。

ウィーン分離派からの影響、建築史としてはそうなのかもしれませんが、タイルについて言えば、幾何学紋様と植物紋様の組合せや青緑の使用などは、私にはイスタムタイルと、また一部のヴィクトリアンタイルとの共通項として感じられました。そしてまた、「やきものとしての日本のタイル」の美しさも宿っていると感じました。「泰平タペストリータイル」の底力!日本のタイルも、もっと見て歩きたいと思います。
by orientlibrary | 2015-03-01 23:58 | 日本のタイル、やきもの

2014冬・ホラズム紀行(1) タイル、陶芸、人、暮らしへ

ホラズム(中央アジア西部、アムダリア川下流域)、いつか行かねば、行きたいと思う地でした。ずっと昔に観光旅行でヒヴァに一度、そしてカラカルパクのカラ巡りとクフナ・ウルゲンチの超絶装飾タイル見学はツアーで行きました。

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(Wikipediaより)

クフナ・ウルゲンチのタイルは独特で、土と宇宙の狭間にあるような不思議さに満ちています。そしてホラズムに16世紀初頭、勃興したヒヴァ・ハン国。(ウズベキスタンの)西のタイルを見たい、可能ならばホラズムの陶芸家やタイル職人とお話したい、と思いつつも、自分が行けそうな時期は極暑(50℃になる時も)か厳寒(マイナス30℃にも)。いずれもきびしいです。

今回は厳寒期の12月でしたが、ご縁もあり、きっと今がタイミングなんだ、行こう!と思いました。現地情報から「マイナス30℃」を覚悟しましたが、幸運にも到着日くらいから寒さが弛んだようで、歩き回って元気にすごすことができました。そして、すべての日程、すべての時間、とても楽しく、充実していました。

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(クフナ・アルクにて。一面の青。植物模様絵付けタイル。特徴などは後日)

さらに、ありがたいことに、ホラズムを代表する陶芸、タイルの名匠たちとも出会えました。温かく受け入れていただき、たくさんのリアルなお話を聞くことができました。気持ちがMAX高まりながら、穏やかで和やかな空気に満ちた一日でした。タイルとやきものの神様が微笑んでくれました。皆様、本当にありがとうございました。

ホラズムのヒヴァ、ウルゲンチ、シャワット、そして短時間でしたがカラカルパクスタンのスルタンの聖地も訪れることができました。後半はタシケントで、しっかりたっぷり「今の手工芸」を見て回りました。こちらも堪能しました。

乾燥地帯好き、西アジア中央アジア好きでありながら、弱点のある私。とくに外食で肉がほぼ食べられない。脂っこいものも苦手。ホラズムの気候から考えて脂度高そうと覚悟、カロリーメートなど持参。ところがどのレストランでも、さっぱりとして素材の味が生きて美味しい〜。正直、ウズ外食で美味しいと思ったのは初めてでした。

どの面から見ても、本当にラッキーでうれしい旅。これから何かに生かしていかなくては。ブログも、と思うのですが、情報量が多すぎて、まだ整理がつきません。ヒヴァのタイルも独特で知りたい、調べたいのですが、これはという資料にまだ出会えません。

前置き長過ぎですね。まとまらないけれど、書けないまま、また日がたってしまう。今回は、インデックス的な回にしたいと思います。これだけでも、迷いそう。でも、とにかくアップ!それが大事!(と開き直ります。。)


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ウルゲンチ空港、細部の工芸パワー!


まずはタシケントから国内線でウルゲンチ空港へ。規模が大きいとか豪華とかではありませんが、ここでもうテンションアップ!何これ〜!?このタイル、この手仕事!でも、あ〜、誰も見ていない。残念だ〜。

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(空港にて。柱回りにタイル!!!しかもクエルダセカ!輪郭を描いた中に顔料を盛り上げるように入れる。濃紺と落着いたターコイズ青と白。ヒヴァ、ウルゲンチのタイルでは、この3色の組合せをたっぷりと見ることになります)


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(空港にて。写真がボケていますが、壁面の通気孔のようなもの?機能としては装飾する必要はないし、小窓の中はさらに小さくて見えないというか、それ以前にこれを見る人は誰もいない。が、木と思われる素材が複雑に組み合わされている。ホラズム凄し、テンション上がりました)


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(空港にて。壁面の目立たない部分だったと思う。誰も見ないで通り過ぎて行く。漆喰のレリーフ。幾何学模様と花模様が組合せられている。このパターンも、その後たっぷりと見ることになります。花びらの中など細密)


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ヒヴァ、イチャンカラ! 結婚シーズンのホラズム


ウルゲンチからヒヴァへ。ヒヴァ市街地は1990年にユネスコの世界遺産に。イチャンカラ(城壁の内側)は観光シーズンには人で溢れます。ホテルやレストランも休業する冬季ですが、それでも地元客や、この時期に多い(=出稼ぎなどから帰り親族が揃うため)という地元カップルの結婚練り歩き(〜聖なる場への礼拝)の人並みで賑わっていました。


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(ヒヴァの典型的なイメージはこちらでは!西門を入り陶の案内看板と26mの高さのカルタ・ミナル)


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(イチャンカラにて。一日に何十組?次から次へ。カップルを先頭に親族や友人たちが賑やかに。花嫁は白のウエディングドレス、新郎は黒のスーツ。マイナスの気温の中で根性!温かそうなケープを纏う新婦も。それもまた可愛かったです)


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(ウズの結婚式に欠かせない映像記録担当。その後、何度もビデオを見て愉しむことに。参列者のファッションはフォーマルもあれば普段着的な人も。寒いので女性はブーツなどで防寒)


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(上段左:5000スム札!これがあって便利でしたがウズではお札を数えるのに疲れてうんざり→100ドルでもそう言ってみたい/上段右:開いてて良かったレストラン。ラグマンは見た目よりさっぱり。ナンは薄くて食べやすい/下段左:木工も素晴らしい!/下段右:毛糸の靴下など。女性たちはつねに手を動かして何かを制作!)


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(パフラバン・マホモッド霊廟にて。今回イチャンカラでもっとも長くいた聖所。3日間通って、ひたすらタイルを見ていました。結婚式のカップルも礼拝に続々と。青いタイルと花嫁の白いドレスの対比が鮮やか)


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装飾タイル、陶芸


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(パフラバン・マホモッド霊廟にて。タイル!ヒヴァの建造物の魅力は、土色のレンガと青いタイルの組合せ。サマルカンドなどの青一色の世界とはまた違う乾燥地帯ならではの味わい、中世的な空気を感じます)


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(パフラバン・マホモッド霊廟にて。ドームのある小部屋。パフラバンでは図柄のデザインを見続けたけれど、謎)


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(ヒヴァのタイルにヒミツあり。後日ゆっくり)


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(陶芸工房訪問にて。写真はほんのさわりです。回をあらためて、しっかり書いてみたい。その前に要レコーダー起こし!(*_*;;;))


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工芸、暮らし、人、食、たくさんの出会いと発見!


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(イチャンカラの路地で出会ったカップル。え?中世??いくらなんでも、出来過ぎでしょう!?聞けば、何かの撮影だったようですが、コンデジ写真にも気さくに応じてくれました)


写真コラージュも今回用にたくさん用意したけれど、いつものように長くなりすぎ。このあたりで締めます。旅行全体で写真は1600枚ほど、それほど多くないのですが、出会った内容が濃くて、インデックスにするのも1回では無理でした。。ゆるゆる行きます!
by orientlibrary | 2014-12-24 23:41 | 中央ユーラシア暮らしと工芸

音楽、美術、料理、そして多治見からヒヴァへ。

こんなに間があいて、、しかも大急ぎ、、。遊びに来てくださっている皆様、ごめんなさい!いろいろなところに行ったり、見たりはしていたんですが、アップできていませんでした、、。今回は久々なのにざっくりです。本当にこれではいけません、、次回にご期待ください!!

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モザイクタイルのまち笠原で工場見学!


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(多治見笠原タイルの製造工場とタイルの原料工場を見学会に参加。なかなかできない体験です。関係者の皆様に感謝!工場内は安全面から写真撮影は禁止で、写真がないのが残念ですが、たしかに集中して見学することが必要と感じました)

工場見学なんて、めったにできないことです。見学して感じたのは、タイルは人が作っているということ。これまでイスラーム装飾タイルオタクとしては、製品のタイルはもっと「工業製品」だと思っていました。けれども、冬でも暑さを感じる工場、多治見の暑い夏はどんなに大変かと思いました。多くの行程で人の手がかかっていました。本当に発見でした。原料工場も興味津々。「土からできるタイル」を実感しました。

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(多治見の晩秋。いいなあ、多治見!)

多治見、笠原、意識して見ていると、街の各所にあるタイルが目に入ります。レトロなショーウインドウの中、製作中のモザイク作品、モザイクの工房などなど。今回の工場見学や、このところの活発なタイル談論に触発され、タイルを見る視点が少し変わってきました。

モザイクタイルの生産量では日本一を誇る多治見市笠原町。町は建設中の「モザイクミュージアム」オープンに向けて、モザイクやタイル愛で盛り上がっている様子。いいですね〜。

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ウズベク料理教室で、ナン、ソムサ、ショルヴァづくり!


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(ウズベク料理教室です!主催するのはSATVALDIEVA香織さん。3回目(ナンとコゴルマショルヴァ)と、4回目(トイショルヴァとかぼちゃソムサ)に参加しました。トイショルヴァは結婚式の日、朝ごはんとして来客をもてなす重要な料理だそうです。)

ショルヴァはスープ。コゴルマショルヴァもトイショルヴァも、やさしい味わいでおいしかった!化学調味料などはまったく使わないのに、旨味があるのに驚きました。とにかく玉ねぎをよく炒めること、長時間ゆっくり煮込むことがコツのようです。

そして、、ナンのおいしいこと!お持ち帰り分を冷凍して、温めて食べれば、ウズだ〜!!上に乗せるゴマ状のもの=セドナのちからがすごい。一気にウズです。ソムサも中央アジアならでは。野菜好きなので安心して食べられてうれしい。編み込み包みがうまくできなかったけど、焼き上がればどんなかたちでも許される感じで、ほんと楽しい!ハマります。

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イラン音楽、幽玄のなかのパッション、虹色の不死鳥


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(クーフザード・シューレシュ・ラアナーイー( Koohzad Shooresh Ranaei)さん。1986年生。10代前半期より数々の音楽フェスティバルで優勝し、2010年のイラン若者音楽フェスティバルでは、イラン古典音楽、地方伝統音楽、西洋音楽を合わせた全部門より最優秀の座を獲得。ケルマーンシャー州出身秀才リストに名が掲げられる)


「25年間音楽をやっている28歳」「16の楽器をプロフェッショナルに演奏できる」音楽家。間近にその演奏に触れ、感動!!初めての楽器でも数分で把握し、演奏がなめらなにかたちになっていく。音楽が何よりも好きだという、その心持ち、魂が熱く伝わってきました。

シューレシュさん、機会を作ってくださったチェシュメさん、セッションの音楽家の皆さん、すばらしい音楽体験を、どうもありがとうございました!イランの音楽状況が変化し、素晴らしい音楽を国内外の多くの人々に届けられますように。

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ユーラシア・トラディショナル・ミュージック


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(トゥバ音楽演奏家寺田亮平さんが企画実施する「ユーラシア・トラディショナル・ミュージック」。4回目を迎えた今回は、「イラン・トゥバ・南インド  ~ユーラシア・トラディショナル・ミュージック」と題して、中東・インド・シベリア - ユーラシア大陸各地に伝わる伝統音楽の歌唱と演奏を愉しむことができました。寺田さん、出演者の皆さん、ありがとうございました)

寺田さんのホーメイ、イギルなどの演奏から始まり、南インド、イランへ。世界の音楽好きにはうれしい時間です。個人的には、南インドのガダムという壷のようなパーカッションを用いた演奏が衝撃でした。パーカッション系が好きな上に、土族には壷というのがたまらない。口琴モールシンもエレクトリック。カルターナカ音楽、食わず嫌いでした。すごいです、この世界。

イラン音楽でゲスト参加したKEIKUさんのセタール、その間、私、息をしていなかったかも。スピリットが伝わってきました。これが音楽を聴く真髄のような気がします。

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「曖昧な景色」の眼差し


インドネシアの蒼い空の下での時間、経験。その濃厚な土地の息吹を芳醇な表現に昇華し続け、鋳造彫刻で追求する梶浦聖子さん。中央アジア、烈風のオアシスで、民族造形の息吹を求めて楽器職人として過ごした日々を糧に、土地の特性と文化。その背景への考察を漆芸で試みる中村真さん。お二人の展覧会「曖昧な景色」がありました。

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(展覧会にて。自作の!ドゥタールを弾く中村さん)

人を、時間を、経験を、大事に、温かく、やさしく、包容する世界。独特な空気でした。そして、心地よいものでした。そのことを私はうまく表現できません。中村さんがブログの中で語ってくださっています。「Ambiguous Horizon、記憶の記録:」。ことばも深いです。

中村さん、昨年ウズベキスタンでの貴重な経験のお話をうかがいながら、原稿化が遅れていて本当にごめんなさい!今回の展覧会、オープニングの時間の質、深いのです。私のチャチャチャとやってしまうやり方というかクセというか、そういうものと違う深さがあるのです。でも、きっといつか書けると思います!

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益子でリシタン&銀座の中東キッチン


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(上=益子陶器市でのリシタン陶器/下=銀座ミシュミシュ)

益子です。秋の益子陶器市。ウズベキスタン・リシタンの陶芸家ディヨルさんが来日して出品しているとのことで、バスで出かけてきました。秋葉原から益子への高速バス、早朝から長蛇の列。人気ですね。

土色の陶器市の中に、青。ディヨル君とお父さんのバフティヨルさんの作品。なつかしいな。左上の鉢が好きで入手。バフティヨルさんの絵付けが好きなんです。ディヨル君は構図のセンスが抜群です。

下の写真は、銀座にこの夏オープンした中東キッチン「MishMish」。アンズですね!シェフが一人で調理や接客。志の店づくり。日本人に食べやすい味付けになっていて、リーズナブルなお値段。女性客で満員でした。

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オスマン朝陶器とタイル&19世紀のタイル


青のfacebookで、オスマン朝タイルの花模様から始まり、オスマン朝シリーズをちょこっとやっていました。

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(ブルー&ターコイズの皿、イズニック、1535〜1540/縁のない皿、イズニック、16世紀中頃。白地にコバルト青とターコイズ青の絵付け、透明釉。センターに三房の枝付き葡萄、大きな葉と蔓/円筒形多彩大型ジョッキ、イズニック、16世紀後半/イズニックのタイル、多彩下絵付け・白地に透明釉、オスマン朝16世紀後半/トプカプ宮殿壁面タイル。五弁花と比べると自然派的で落着いた印象/オスマン朝、16世紀半ば、初期のブルー&ホワイト様式から多彩色の時代への過渡期で「ダマスカス手」と呼ばれるグループに属する)

その後、リンクがきっかけで19世紀のタイルに。こちらはコーカンド。

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(19世紀ウズベキスタンのタイル一例。当時のウズベク3ハン国のひとつ、北東部のコーカンド・ハン国。南進するロシア帝国に押され、1868年ついにロシアの属国に。コーカンドの君主となったフダーヤール・ハンは、1863年、コーカンド市内にロシア様式を取り入れた新たな宮殿を造営。多色で独特な色彩感覚、大振りなデザイン)

そしてブハラ。

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(19世紀後半、ブハラ郊外にあるシトライモヒホサ宮殿のタイル。ブハラ伝統様式にヨーロッパ様式を加えた建築と装飾)

ヒヴァ!

そんなわけで、19世紀、ロシアやヨーロッパに押され、その影響を受けたタイル、ということで書いていたのですが、、ウズベキスタンらしい発展をしたもうひとつのハン国があります。ヒヴァ・ハン国。17世紀前半からヒヴァに遷都し、遷都後の首都の名前に由来する「ヒヴァ・ハン国」の名称で呼ばれます。

と、ここまですごいスピードで書いてきましたが、、行ってきます! ヒヴァ、ウルゲンチに。MAXマイナス30℃。寒がりなのでドキドキですが、ここまできたら覚悟をきめました。人生最寒。青いタイル、ホラズム陶芸、ウズベキスタン工芸に会いに。行ってきます!
by orientlibrary | 2014-12-07 22:22 | 世界の陶芸、工芸

タイル愛溢れる『装飾タイル研究』&圧巻・タイルのような?絨緞

『装飾タイル研究』、20年のときを経て再会!

ブログ更新がなかなかできません。書きたいトピックはたくさんあるのですが、、どんどん溜まっていっています(汗)。けれども、今日は古いタイル研究誌に刺激をもらい、レッツ更新!

『装飾タイル研究 The World of Tiles』(発行:志野陶石出版部)、全6巻、入手できました。感慨があります。日本では数少ない装飾タイルの研究書。第1巻の発行は1977年、第6巻は1982年。第1巻から、なんと37年も経っています。

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(幻の書だった『装飾タイル研究』、全6巻、ゲット!/第1巻:タイルとイスラム建築/第2巻:アール・ヌーヴォーとタイル/第3巻:陶壁造型の世界/第4巻:戦後建築に現れたタイル/第5巻:東洋が生んだタイル“塼(せん)”/第6巻:オランダタイルの流れと影響)

第6巻のあとがきには、こう書かれています。「本シリーズは全10巻から成るわが国唯一のタイル研究書です。次回の第7巻では、“日本のタイルのあけぼの”をテーマに特集いたします」。けれども、7巻は出なかったようです。背景はわかりません。

この研究書を見たのは、たぶん1990年代前半。タイルに興味を持ち始めた頃だったと思います。場所は、乃木坂にあったTOTOのライブラリーだったと思う。その頃から、興味はひたすらイスラムのタイルだったので、第1巻の「タイルとイスラム建築」のコピーを大量に取ったのは覚えています。

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(イスラームのタイル、イメージ写真。サマルカンド。ミナレット、れんがとタイルで文字を描く、ムカルナス装飾、幾何学模様、植物文様など)

たった一度、出会っただけの書。でも、INAXブックレットのタイル本(『聖なる青 イスラームのタイル』など)、TOTO出版の『タイルの美』と並んで、私のイスラムタイル入門のバイブルであり、いつかまた出会えたらと思っていました。

が、日本の(日本語の)タイル関連の書籍は限定されており、タイル本を集めている図書館でも、本の顔ぶれはだいたい同じです。『装飾タイル研究』は、いわば「幻の書」。その後、目にする機会はありませんでした。それが、たまたまネットの古書で全巻揃って購入できたのです。

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(イスラームのタイル、イメージ写真。サマルカンド。浮彫り、青、円柱形)

時は流れましたが、日本の装飾タイル事情、変化もあるでしょう(この数年、タイルの動きが様々にあると感じています)が、変わらない状況もある。最初の文章から、ガツンです。

第1巻「タイルとイスラム建築」、「出版の意図 タイルの興味によせて」(芝辻政彦)より、要旨。
・・・・・・・・・・・・・・
< “やきもの”というおなじ序列のなかで、“タイル”は継子である。したがって“認識改め”がしたい。 >
(日本は世界に冠たるやきものの国といわれており、日本人のやきもの愛はとどまるところをしらないが)、タイルの興味はとなると、まるで台なしだ。タイルの魅惑と言っても一向に通じない。トイレなど不浄な印象しかもつことができないのではないか。それはタイルの面白さ、教養、知識について知られておらず、これに関係したインフォメーションが欠落しているからなのである。残念至極だ。とりあえず急いでタイルの“認識改め”の作業に挑戦する。これが出版の理由だ。タイルがやきものとおなじように、面白く興味ある愛され方がされるように祈りながら。

・・・・・・・・・・・・・・

惚れ惚れします。3ページ半に及ぶタイルへの強い思い。全文書き写したいほどです。感銘を受けると同時に、40年近く経って“認識改め”の状況はどうなのだろうという気持ちも。最近本当に、タイルに興味があるという若い層がいるんですよ。いろんな動きもあるんです。ただ、“認識”となった場合、どうだろう。

「どうかわたくしどもの出版物がこの後のタイル研究の礎となり、やきものとおなじように、タイルが広い範囲のひとびとから親しまれ、愛される対象になればと、ささやかなこの出版を通じてひたすら願っています」

泣けてきます。さらに、巻頭座談会のタイトルが「タイルはイスラムを抜きにしては考えられない」ですから。

そして第1巻あとがき=「タイルに限らず、イスラム世界の全貌は、今日まだ隠されたままだ。幾多の都市群が沙漠に埋もれているように。本書がその方面の専門の方はもとより、一般の方々にも、少しでも手がかりとなることを願ってやまない」。号泣ですよ、もう。また落着いた頃に、、。

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(イメージ写真。イスラームのタイル。ブハラにてモスク渡り廊下天井。宇宙のよう)

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トーハク、謎のサファヴィー朝絨緞!


いろいろとトピックがあるのですが、勢いでコレにします。東博で出会った、超インパクトの絨緞。常設のなかで、何か展示替えのものはないかなと東洋館の地下1階に寄ったところ、ドカーンとあったのです、「サファヴィー朝、17世紀、個人蔵」とだけ書いてあったこのどでかい絨緞が。

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(展示ケースいっぱいの迫力絨緞!)

写真だとわかりにくいですが、大きいです。展示ケースいっぱいというか、入りきらず下が巻いてありました。なんだ、これは!?テンションが上がり、写真撮りまくり。(トーハクは一部を除き撮影OK。常設は人が少なく、東洋館の地下はさらに少なめ)。

最初は自分が何にドキドキワクワクしているのか、よくわかりませんでした。そのうちに、この文様、どこかで見たことあるんだなあ、だから親しみがあるような気がする、でも絨緞で見たのではないかも。何だろう、あれ?タイル??

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(自由奔放。右の花模様、オスマン朝絵付けタイルで見るものと似ている気が、、)

まだわかりません。絨緞ファンに聞いてみると、「いわゆるシャーアッバース、パロメットのデザイン。でもなんとなくトルコ的」とのこと。

絨緞を見るときは、だいたいトライバル系のもの。ペルシア絨緞はあまり知らず、宮廷系ではないグループ(都市工房系)はさらに知りません。どうも、そのあたりのもののようなんですが、すっごく生き生きしてる。構図が大胆で、植物文様が飛び出しそうに元気。

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花びらなどを組み合わせた大きな文様、隙間を埋める花や草、これ、タイルでも同じような構成のものを見たような、、とくにオスマン朝の絵付けタイル。ハターイ、イスリミ(ルーミー、アラベスク)などの古典装飾様式。文様としては中央アジアやイランもあるのだと思うけれど、オスマン朝タイルは絵付けなので、この絨緞の図柄とよけいに近く感じるのかな。

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(オスマン朝タイル。イスタンブルのリュステムパシャモスクなどにて。イズニックで製作されたものがほとんど。花や葉がうねるように伸び上がり、複雑な構成の大きな花模様が印象強く主役を演ずる。青のなかにトマト赤が盛り上がる)

当時のタイルや絨緞、デザイナーが共通していたのでしょうね。流行もあったのかも。私にとっては、まだまだ謎ですが、今まで見た絨緞のなかでも、相当に好みでした。また見に行きたい。(展示替えがありそうだし、、)。

しつこいようですが、トピックはいろいろあったんですが、、ひとまず、この(私にとっては)ヘビーな情報で今回は一区切りにしたいと思います。あ〜、まだまだ知らないことばかり。20年もタイル好きなのに、この速度では、、、。加速しなくては、、。
by orientlibrary | 2014-10-30 22:15 | タイルのデザインと技法

10年めを迎えた”イスラームタイル偏愛紀行”が考える「モザイクタイル」

まだまだ全然、整理ができていません。が、書いてみようと思います。

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(祝ブログ9年。8月末で丸9年。タイルの本と一緒にすごしてきました)

第1の関心は色でした。タイルが好きになり、見ていくうちに、西アジア・中央アジアの青のタイル、なぜ青なのか、産地・地域によってどんな違いがあるのか、知りたくなりました。2011年、「青の魅惑 イラン・トルコ・ウズベキスタンのやきもの」のなかで、実際に青いタイルや陶器をつくっている人(職人、作家)に聞くというアプローチをする機会を得ました。1年ほど見たり聞いたり調べたりの経過のなかで、自分としては得心しました。(ブログには、きちんと書いていないですね、、)

イスラームの集成モザイク

そのあと、ずっと気になっていたのが、イスラームのモザイクタイルのこと。「集成モザイク」「cut-work mosaic」「cut-tile mosaic」などと呼ばれるように、「色別に焼いた単色タイルを模様に合わせてカットし図柄に合わせて集成し貼り込んでパネル化し壁面に貼る」という技法で作られる美しい装飾タイルです。

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(ティムール朝〜シャイバーン朝の集成モザイク。植物を描いて、すごいなあ。)

装飾タイルは、遠目に良し、寄って良し、なのですが、写真をアップにしてみるとまた、その凄みに気づきます。とくに集成モザイクはおそろしく手間のかかる仕事。それを壁面いっぱい、いや建造物を埋め尽くすようにおこなっている。見とれつつ呆然とするくらいです。

集成モザイクは、あまりに手間がかかるため、その後、簡易化する技法が工夫されクエルダ・セカ・タイルなどが登場。今ではむしろ、(イスラームのタイルの中では)オスマン朝の華やかな絵付けタイルなどのほうが有名かもしれません。現在でも、イランやウズベキスタンでは、歴史的建造物の修復などで、昔ながらのモザイク・タイルが生きているようですが、コンピューターのある現代と中世では、やはり違いもあるのではないかと思います。

私の関心は、このような手間のかかる技法が、なぜ生まれたのか、その前(直前)はどのような技法で表現されており、それがどのように変化したのか、いつ頃どこでその変化があったのか、なぜ変化したのか。「何かから集成モザイクへの変容」について知りたいのです。

そのなかには、古代地中海地域で生まれた石やガラスなどの「モザイク」とは関連があるのか、という関心もありました。仮説(実感)としては、「モザイク」と「イスラームの集成モザイク」は、違う経路、違う文脈のものなのではないかと思っています。 (イスラーム以外のモザイク・タイルとモザイクの関係はわかりません。関係があるのかもしれません)

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(集成モザイクなどで飾られた建造物。壁面、天井を覆い尽くし圧巻。青を主体に緑、白など発色も鮮やか。すごいなあ/シャーヒズインダ廟、アフマドヤサヴィー廟など)

日本のモザイクタイル

そうこうしているうちに、もうひとつの方向からモザイクタイルを考えるようになりました。それは日本のモザイクタイルから、です。大正末期から昭和にかけて生産が始まり、水回りの生活改善や住宅需要で沸いた建材としてのタイル。

苦節20年、私は完全にイスラームタイル偏愛。が、昭和のモザイクタイルを見ると、なぜかスッと入ってきたのです。色合いがやさしく、淡く、小さくて、愛おしい感じ。ピースの形も多彩で、組合せでさまざまな模様を描くことができます。昭和世代としては当然目にしていたものですが、記憶が薄いです。いま、レトロなものとして見るから可愛く感じるのかな??

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(多治見のモザイク浪漫館にて様々な日本のモザイク・タイルに出会う。現在、多治見市モザイクタイルミュージアム建設工事中。オープンが楽しみ)

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(日本のタイルについての本、多少持っていました。もう少しあるかな。今回ようやく、ある程度は読みました)

そんなこんなで、最近ようやく気づいたのです。「モザイクタイル」と聞いて思い浮かべるものは人によって違う、ということを。自分にとってはモザイクタイル=あの集成モザイクだったので、いろいろ憤慨もしていたんですが、あ、違うんものなんだと、やっとわかりました。

ローマやビザンチンの石やガラスのモザイク、昭和のモザイクタイル、現代のプロダクツとしての(モザイク)タイル、ガウディのタイル装飾、オブジェ的なタイル・アート、フォトフレームなど雑貨的なモザイクタイル。素材も技法も違う。区別とか定義があるのかどうか、自分でも渾然一体になり、わからなくなり。これに「イスラームの装飾タイルが認知、評価されていない」という以前からの悔しさが混ざり合い、なんだかウツウツとしていました。

勉強するしかない。しばらく、受験生のように?本を読んでいました。読むだけなら早いんですが、書き写して(入力して)いたので、かなり疲れました。日本語の本は一段落。(これまでも読んでいたはずなのに、全然全然頭に入っていなかった。ひどい、、無知でした!)。英語本は1冊に1年かかる。部分的なチェックにします。

イスラームのモザイクは、どのようにして生まれたのだろう

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(スタッコの浮彫り=博物館等で撮った写真です/10世紀・サーマーン朝のサーマーン廟。焼成レンガのみの正方形の廟。多彩な積み方と文様。陰影の美/土色のレンガに青の施釉タイル(〜レンガ)。少し入ることで艶やかさがグッと高まる。青の煌めきが魅惑的/1200年代前半から一気にモザイク・タイルの様々な技法が発展していく。写真はコンヤのスルチャル・マドラサ)

「現時点での、素人である、ひとりのタイル好きの、感じたこと」(今後更新)です。(=専門性はありませんのでご了解ください)

*イスラームの集成モザイクは、土の建築とそれを飾る建築装飾の文脈から生まれたと思う。(古代地中海沿岸地域から発展したモザイクの線上にはないと思う。その理由については、今後随時/*ただし、マグレブとアンダルシアのタイルについては、ペルシアや中央アジアと経緯が違うような気がする)

*かたちになってきたのは、1200年代前半。セルジューク朝(現在のイラン/ホラサーン地方など)、アナトリア・セルジューク朝(現在のトルコ/コンヤやトカットなど)。13世紀中盤から、技法、表現が多様に濃密に熟していく。(なぜ生まれたか推論は今後随時)

*焼成レンガ積みの一部に青の施釉レンガ(タイル)を飾る <施釉による煌めく美しさ> → 銘文など浮彫りの部分を青で施釉する <それまでに成熟していたスタッコや石の彫刻をタイルで表現?> → 無釉(レンガ、タイル)と施釉(レンガ、タイル)を組合せてアラビア文字や幾何学文様を描く <土の装飾文化ならではの表現> → 線が細くなり植物文様も描く <具象を描かないイスラーム美術、工芸。植物文様の発展、アラベスク> → ターコイズ青とコバルト青を交差するなどの表現、白や紫、黒との組合せ <主な色である青、組紐文様など複雑な表現> → カットしたタイルを組合わせて植物などを作り一つのパーツとし、それを組み合わせていく <ムカルナスなど立体的な表現も可能に> → タイルの形が多彩になり施釉される。その組み合わせや複雑なデザインを実現する多彩な技法が工夫される。

*13世紀から15世紀を中心に、ペルシアや中央アジア(イルハーン朝、ティムール朝、サファヴィー朝など)、マグレブ(マリーン朝、ナスル朝など)で、建造物を埋め尽くすほどに多用される。

あれ、暗号みたいな文章ですね。覚え書きということで。これから練っていきます。

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(ミナレットやファサードの一部に青の施釉。目を引く。写真はマゴキアッタリモスク〜ブハラ/施釉タイルをカットして組合せる他、技法がいろいろありそうで詳細が不明。誰かに教えて欲しい/左下は、イルハーン朝のオルジェイトゥ廟ファサード、アーチ上部。廟随所に見られるモザイクタイル萌芽。ただしこちらは14世紀初頭/ティムール朝時代に爆発的に発展した集成モザイク。なんだ、これは!うっとりすぎる。イスリーミの構成がすごい@シャーヒズインダ)

あとひとつ、「イスラームのタイルが認知されていない、理解されていない」「ヨーロッパの後塵を拝したものと思われている。悔しい」と嘆くのは、もうやめておきます。拘泥しない。そのうちに変わってくるでしょ。自分の努力が足りなかったとの思いもありました。が、タイルの種類が違うんだ、ストンと落ちました。違うものなんです、きっと。(このあたりも随時更新)。それぞれということで、淡々とやっていきます。

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(オマケです?!写真もいろいろ整理してました。こういうのを発見。シャーヒズインダです。あくまで想像ですが、左が修復、右がオリジナル?素人なので間違っていたらすいません。よ〜く見ていると、右のすごさがわかる。線が交差するところ、立体感、青い三つ葉(パルメット?)のふっくら感、白色の深み、細部の手抜きのなさ。左も手仕事でこれだけ見ていればすごいと思うはず。けれども右を見ると、薄く見える。匠たちが手をかけること、時間をかけること、その気持ちについても思いが巡ります)

ブログ丸9年すぎました。10年目。ますますイスラームタイル偏愛紀行です。

*相当にマニアックというかニッチな内容で、これは読んでもらえないかな、と思っていました。でも書いておこうと思いました。たくさんの「いいね」をありがとうございますm(_ _)m
by orientlibrary | 2014-09-10 00:16 | タイルのデザインと技法

京都で出会う 伝統工芸(京鹿の子絞)、地蔵盆(タイルと祠)

蒸し暑さのなか、関西へ小旅行。「大阪市立東洋陶磁美術館」「河井寛次郎記念館」など、やきもの関係のお話は次回に。今回は、出会いと発見と再確認?のトピックで巡る大阪・京都編です。

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「みんぱく」でビデオを見る


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「中央・北アジア展示」より。実物大再現や記録は民族学博物館ならでは。左下はジオラマによるウズベキスタンの民家。レンガ〜土塀で囲まれ中庭があり果樹があり縁台があり。さすがによくできています。右下は女性の部屋再現。スザニ、赤ちゃんの揺りかごや糸車など)

まずは、みんぱく詣でから。今回、館内の書籍やビデオで、中央アジア関係、タイル(とくにモザイクタイル)関係の資料があればという期待があり、ビデオを4時間くらい見ました。結果からいうと、タイル関係で見たかった映像が10〜15秒あった。なので行った甲斐はありました。

15秒でも貴重です。イランの職人の映像で、モザイクタイルを作るために、タイルを細密にカットして、複雑な模様を裏返しにして並べていました。メートル単位以上の大きな面積です。ポイントは下にデザイン図が敷かれていたこと。知りたかったのは、そこだったのです。15秒でも重要なことでした。

中央アジア(〜北アジア)のビデオ、工芸はタゲスタン、音楽はトゥバが中心。タゲスタンのソ連時代(あるいは、その名残のある)工場でのフェルト作りが、なんだかリアルで臨場感がありました。ビデオにウズベキスタン関係がほとんどないのが不思議。

やはり映像は情報量が多く、一見して伝わります。装飾タイルやイスラーム建築、思う存分に映像が見たいけれど、、今の時代、YouTubeを探した方が早くて確実なのかも。以前ご紹介した、「University of Pennsylvania Museum」の記録映像(すごい!!)など、もう一度しっかり見てみます。その意味でも、いい経験になりました!


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京鹿の子絞との出会い


河井寛次郎記念館で見た雑誌で、岡崎の「京都国立近代美術館」にも河井作品コレクションが多数あると知り、翌日9時半に行ってみることにしました。

10点ほどの展示でしたが、大物もあり満足。せっかくなので、特別展「うるしの近代」も。こちらも展示点数が多く、京都漆芸の歴史と革新を感じることができました、、のですが、、見ているうちに、ものすごい疲労感が立ち上がってきて、何度も会場内の椅子に座って一息。

館内は静かで休める場所もあったので、しばらくボーッとしていましたが、予定では、その後に「細見美術館」「楽美術館」「清水三年坂美術館」と回るつもり。土砂降りの雨もあがったし、時間も限られるし、と、とにかく外に。細見美術館へと歩き始めました。が、ダメ。目の前の建物にフラフラと。「みやこめっせ 京都市勧業館」でした。

レストランで休みました。蒸し暑さ、雨と暑さが交互にくる天候、冷房、睡眠不足などがこたえていたのかも。温かい蕎麦で次第に復活。せっかくなので館内を見てみることにします。地下に「京都伝統産業ふれあい館」というスペースを発見。入ってみると、、、出会ったのです。「京鹿の子絞」に。実演と説明をなさっていた伝統工芸士(意匠部門、下絵図案考案と制作)の後藤和弘さんに。

「京鹿の子絞」、聞いたことはありますが詳しくは知りませんし、実物をじっくり見るのも初めて、職人さんからお話を聞くのももちろん初めて。けれども、すぐに引き込まれていきました。

京鹿の子絞、、図案を起こし、紙に描き、金槌のような道具を使って模様通りに小さな穴を開けていく。青花(あおばな)から抽出した液を用いて、刷毛で穴から布に模様を写す。色がついた小さな部分を50種類にものぼる様々な技法で、ひとつひとつ手作業で括り、染める。括りを解いたときに、立体的な模様が連続する布が姿を現す。行程ごとに分業。高度な技能を持つ技術者同士のつながりから生み出される作品は、足し算以上の技となって現れるといいます。

● 京鹿の子絞の特徴、作り方、魅力=京鹿の子絞振興協同組合のHPより

● 京鹿の子絞振興協同組合HPの「技法」を見ると、「下絵には青花等を用いること」とありります。

青花はツユクサの栽培変種。下絵に青花を使った場合、お湯につけると下書きの青は消える。大事ですよね。化学的な製品もありますが、時間が経つと消えてしまうものもあり、やはり青花でないとダメなのだそうです。

この「昔から京友禅や加賀友禅、絞りなどの下絵に使われてきた」という青花について詳細に説明のあるサイトがありました!!

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(青花のシルが凝縮して染み込んだ和紙。水をたらして左の特製刷毛で穴に刷り込む)

産地は草津。朝摘んだ手摘みの花を、その日のうちに手揉みし数度にわたりしっかりと漉して「シル」を作る。シルを薄い和紙に刷毛などで何度も何度も染み込ませては乾かす作業を何日も繰りかえすそうです。この青に惹かれました!

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(特製道具と細かい穴片。写された模様)

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(年代物の型紙。茶色く硬いですが、これ紙です。和紙に柿渋、そしてロウを塗るのだとか。大正元年、昭和二年などの型紙。いまも模様が生きているようにイキイキしています。美しい!!!!)

青花に続き、驚いたのは、後藤さんの先代であるお父さんの穴開け技法。なんと、火のついた線香で穴をあけていらっしゃったのだそうです。そのほうが曲線がきれいに出るということのようなのですが、線香であのキリッとした円が生まれるなんて。美しく精緻な型紙のために、そのような技法を考え、時間をかけて集中して日々作業されていた姿勢を思うと、頭が下がります。

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(細かい!しっかり括られているので、広げるとグンと伸びる。きれいな斜め45度の角度。緻密でありながら手仕事の温かみ。右の鳥と花も細かい!白がクッキリ。穴を開けるのも、括るのも、染めるのも、すべての行程で熟練の技がないとできない境地ですね!!)

美しいものに触れさせていただいて、どうもありがとうございました!

この後、「ふれあい館」内の図書館をチェック。かなりの充実度!(みんぱく以上?)。例えばタイルの書籍=INAXブックレットのシリーズ、TOTO(タイルの美)、さらに「ペルシアの伝統技術」まで。世界の芸術〜美術全集も揃っている!ただ、洋書が非常に少ないことと、全集などは古書の趣きであることを前提に、利用の仕方によるかなと思いました。全体をちゃんと見ていないのですが、京都関係、京都工芸関係は多数の本があったように思います。岡崎の散策途中に、資料調べ、読書に立ち寄るのに良さそうです。

さらに、友禅型染めの体験にハマり、気がつくともう美術館に行くどころじゃなかった。でも全然後悔していません。本当に良かった!いい時間でした。ありがとうございました。


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「タイルとホコラとツーリズム 」


急いで、中京区のギャラリーで開催されていた<タイル関係の展示イベント&トーク>に走ります。ふふ、タイル関係のイベントですよ!あるんですよ^^ タイル、イベントがあるんです♪「タイルとホコラとツーリズム 」展

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(「京都の街角を歩いた際、不意に地蔵菩薩や大日如来などを奉ったホコラを目にすることがあります。それらの多くはコンクリートや石詰みの基礎の上に木造の社を持つものなどですが、そのしつらえにタイルづくりを取り入れたものもしばしば見受けられます。今も街角に残るホコラには、それらが地域に受け継がれ、奉られてきた信仰の対象である事を伺い知る事が出来ます。また、しばしば目にするタイルづくりのホコラには、それらが受け継がれるにあたり、今日的な都市の様相を取り入れてきた歴史や変遷に思いを馳せるとともに、タイルという建材の持つ清潔さとホコラの持つ神聖さが無縁ではないだろう事を想像させます」)

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(お洒落なカフェの2階にギャラリーが。京都の街角にある地蔵祠を写真と造形で再現。たしかにタイル祠もけっこう多いですね。お供えもあり。特製MAPとオリジナルの「ご詠歌」がすごい!)

トークには「タバコ屋とタイルの会」の主要メンバーの皆さんも登場。会場は満員御礼。(地蔵祠がメインテーマですが)タイルと名のつくイベントが満員^^ すばらし!

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(祠周辺で採集されたタイルのカケラによる演出装飾。タイル研究の中村裕太さんによるもの。こういう発想は私にはできない。動きがあって面白いですね。タイルが軽やか。右上は大人気の和製マジョリカタイル風活用祠の再現)

自分が知りたいテーマを追いかける、現場を歩き、聞き、話す。記録し、創り、そして表し、外に向けて開く。そのマジさ、邁進感。同時に、楽しく見せる、人を巻込んでいく軽やかさや遊び感覚がいいなと思いました。

(イスラームのタイルについて、ここにいろいろ書いていたけど消去しました。自分のできることを少しずつやるのみ!!喜怒哀楽に流されて、それを忘れてしまう。いかんです!反省です!)

ちょっと疲れたけど、行って良かった、関西旅。次は、河井寛次郎さんゆかりの山陰、あるいはやきもののメッカ北九州。行きたい。
by orientlibrary | 2014-08-24 21:13 | 日本のいいもの・光景

コンヤ、蒼の旅へ。サヒップ・アタ・モスクとキュリエ

ブログ、間があいてしまいました。装飾タイルなどについて、ほぼ毎日スタディしていたのですが、そしてタイルのことを考える時間も多かったのですが、なかなかアップできなかった。予定していたコンヤの写真は、ずいぶん前から準備していたのですが。

コンヤのタイルについて書くには、もっといろいろ調べて、とくに『TILES / TREASURES OF ANATOLIAN SOIL/ TILES OF THE SELJUK AND BEYLIK PERIODS』をちゃんと読まなくてはアップできないと思っていました。でも、今の時点で一度アップしたいと思います。時間だけが経ってしまうので。。

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(青の旅へ)

そんなわけで、今回は、コンヤの「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ(Kulliye、建築複合体)」(1270年:1258年から1283年までの間に建立/Sahip Ata mosque and complex(Kulliye) , Konya)。

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(霊廟入口のアーチ。一面のモザイクタイル。上部壁面は無釉と施釉レンガのバンナーイ)

画像中心に、織り交ぜる文章は「ファイアンスモザイクについて」(「イスラム建築における陶製タイル」/著者:ギョニュル・オネイ、より)というかたちにしようと思います(=***の後の文章)。セルジューク朝のタイルは、ファイアンスモザイク抜きに語れないと思うので。*この文章と写真は直に対応していません。写真の解説ではなく別途のものです。ご注意ください。

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(複雑な幾何学模様、高低差をつけている。植物模様のモザイクタイルを囲むアラベスクのライン)

サヒップ・アタ全体を少しだけ見てみますと、「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ」は、セルジューク朝の宰相サヒップ・アタにより1258年から1283年までの間に建立されました。設計者は、アブドルラ・ビン・ケルリュック。

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(アーチ形の圧巻の透しスクリーン。イスラームならでは。細い黒で描くカリグラフィーが繊細)

キュリエ(Kulliye、建築複合体)の構成は、モスク、霊廟、ハナカ(hanigah=ハナカならば修行場のことだと思う。ある解説には“テッケ”とありましたが=ハナカと同義?)、浴場(タイル専門書にはhospiceとあり、コンヤ解説書にはa Turkish bathでその日本語訳としてハマム。浴場〜休息所でよいかと)。ここまで調べるのも、てんやわんや。

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(美しいターコイズブルー。そしてセルジューク独特の紫色、コバルトブルーが模様を織りなす。中心のコバルトブルーの模様もバランスがよくかわいらしい)

今回の画像は主に霊廟のものです。もう目を奪う素晴らしさなのです。霊廟は「1283年にrenovate修理・改修」との記載があり、建造はそれ以前であることは確か。あるいは霊廟への転用が1283年かもしれないとのこと。位置的には、モスクと浴場の間にあります。と、ざっくりで失礼して、ファイアンスモザイクの文章とともに、セルジューク、青のタイル世界への旅へ!

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(アーチ上部部分の細かいモザイクタイル。半球状の盛り上がりがあることで印象が強い)

*** セルジューク朝の小アジアの美術に対する貢献のひとつは、ファイアンスモザイクである。セルジューク人は、ファイアンスモザイクを実験的に用い、やがてそれをさわやかで精気に満ちた内部装飾の要素のひとつにまで発展させた。トルコブルーがやはりその主要な色であり、次いで濃い紫色、コバルトブルー、黒が使われた。

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(霊廟。青にクラクラ。壁面は水のような六角形タイルで覆われている。霊廟やミヒラーブ回りに使われる青の六角形タイルパネルの初期事例では??)

*** ファイアンスモザイクは、その名前が示すように、好みのパターンにそって、思いどおりの形に切断されたタイル片によって構成される。断面がわずかに台形をしたタイル片が、平らな面に裏向けに並べられ、その上から白いモルタルで固められていく。

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(アーチを下から見る。複雑な幾何学模様。センターにコバルトブルーを配す。ドームはレンガで周縁にも細密なモザイクタイル装飾。その下の素朴な三角形もたまらない魅力)

*** このようにして形づくられたプレートは、壁にはめ込まれたり、建築要素として装飾に使われたりする。

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(ターコイズブルー、コバルトブルー、黒、紫、白、レンガ色。古き良きイスラームタイル装飾の趣き。最高)

*** ファイアンスモザイクは、ミヒラブの装飾に巧みに使われていた。この種のミヒラブ装飾は、イスラム芸術のなかでは特異なもので、セルジューク朝とエミール諸政権(=君候国/ベイリク/ beylik)時代の建造物にだけ見られる。これらのミヒラブは、トルコブルー、紫、空色のタイル片からなる幾何学模様、植物文、ナスキー体やクーフィー体の碑文によって装飾されている。初期では、単純な幾何学模様とともに、パルメットの全文、2分の1の文様によって形どられたアラベスク模様、蔦の文様、ニ段式の装飾模様、ナスキー体碑文の彫られた縁取りタイルなどが広く利用された。トルコブルーは、空色や紫によって補われている。

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(色別に焼き、切り刻んだタイルを再度集成して貼り込むという大変な手間をかけて作られる)

*** ファイアンスモザイクは、ミヒラブのほかにドームの内側、ドームへの移行部、アーチや壁などを装飾するためにも使われた。陶芸の他の形態と同じように、ファイアンスモザイクの使用は、エミール諸政権(=君候国/ベイリク/ beylik)時代には、やはり限られたものとなった。

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(力強いモザイクタイル。その後の君候国(ベイリク beylik)時代には衰退してしまう。セルジュークの都コンヤの勢いが最高潮だった1200年代初頭より花開き、成熟し、次第に衰え、やがて時代がオスマン朝に変わると手間ひまのかかるモザイクタイルではなく絵付けタイルが主流に。13世紀、アナトリアのセルジューク朝はモザイクタイルを輝かせ、モザイクタイルはアナトリア・セルジューク朝建築装飾を個性的に彩り王朝の力を示した、と思うのです)

*** セルジューク時代には、ファイアンスモザイクが広範囲に使われている建造物が多い。コンヤのアラアッディン・モスク(1220年)、サドレッディン・コネビ・マスジド(1274年)、サヒブ・アタ・モスク(1258年)、スルチャル・マスジド(13世紀末)、ベイヘキム・マスジド(13世紀末)、チャイのタシュ・メドレセ(1278年)、ハルブトのアラジャ・マスジド(1279年)、シヴァのギョク・マドレセ・マスジド(1271年)、アフヨンのムスリ・マスジド(13世紀末)、アンカラのアルスランハネ・モスク(13世紀末)。この最後の建造物はファイアンスモザイクが浮彫りのスタッコ装飾とともに用いられた、特異な例である。


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「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ」では、コンヤのキリム展示も充実していました。アナトリアの赤や軽やかな幾何学模様、古い味わいがステキでした。

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蒼のタイル世界に朦朧としつつ、別の目的である草木染めの毛糸を探してバザールへ。絨緞修復をしているファミリーのお店&工房で、たくさんのラグを拝見。修復に使っていた大切な毛糸を少しだけわけてもらいました。感謝。

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by orientlibrary | 2014-08-05 23:45 | トルコのタイルと陶器

スルチャル・マドラサ(コンヤ)、草創期のモザイクタイル

アナトリアのセルジューク朝時代の装飾タイル。コンヤのスルチャル・マドラサ(1242年/THE SIRCALI MADRASA IN KONYA)です。

コンヤへのタイル旅、どのモスクもマドラサも圧巻で、熱狂と感動の連続、至福の時間でした。なので、どこが一番とは言えないのですが、スルチャル・マドラサのタイルには本当に惹かれました。修復があまりされておらず、いにしえの姿のままに出会えたこと、そしてタイルのある場所が屋外(イーワーン=中庭に向けて開いた前方開放式の小ホール)であり、遺跡のような感覚でタイルを味わえたこともあるかもしれせん。(ここもまた誰もおらず、タイル友二人と3人で熱狂)

1242年建造のスルチャル神学校、トルコのセルジューク朝タイルの中でも初期に属すと思います。1242年に、この素晴らしいモザイクタイルが壁面を覆い尽くしていた。タイルの歴史を考えると、なんとも興味深く、その現場に立ってタイルを見られたことは感涙でした。

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以前ご紹介したセルジュークタイル史の詳細な専門書=『TILES / TREASURES OF ANATOLIAN SOIL/ TILES OF THE SELJUK AND BEYLIK PERIODS』では、スルチャル神学校は写真含めて10ページ。かなりのページを使っており、やはりセルジュークのタイル史の中でも重要であるようです。ざっと読んでみたのですが、タイルの模様の詳細な解説が多く、スルチャルならではの特長や他との比較、歴史的な位置づけなどは、今ひとつピンときませんでした。英語力の問題が大きいと思います。残念。なので、今回はあまり書ける内容がないのです。写真中心です。


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(エントランスのイーワーン。2階建て)


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(エントランスイーワーンのくっきりとしたムカルナス)


スルチャル・マドラサは、1242年にベドレッディン・ムスリフによってイスラム法学校として創設されました。メインのイーワーンのアーチのタイルの銘文には建築家の名前が記されています。


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(メインイーワーンの壁面装飾タイル。当時の優れた職人たちの卓越した仕事のおかげで、幾度ものダメージにも何とか崩壊せず現存している、とのこと。トルコ中で最も優れたタイルの建造物とも。模様は後の時代ほど複雑ではないけれど、カリグラフィー、植物模様、幾何学模様、どれも完成した美しさ。色の組合せ。バランス。強さ。圧巻。現在は茶色になっているけれどモルタルの白地を想像、さらにくっきりとしてくると思う)


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(メインイーワーン、ミヒラーブ形のムカルナス。1242年にこのようなムカルナスのタイル装飾があったなんて。驚きました)


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(小さなミヒラーブ形の中。ターコイズ青、コバルト青、紫、黒、そしてベースのモルタルの白も効果的)


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(主役はこの2色ですね)


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(モザイクタイルのはじまりを感じさせる。古雅の趣き、端正な美。カリグラフィーや組紐模様。このデザインが見たかった!コバルト青とターコイズ青の組合せが力強い。感涙)


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(植物模様、青の円がポイント。角の処理も施釉タイル)


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(日干しレンガ、焼成レンガ、施釉の浮彫り、バンナーイ(施釉と無釉レンガの組み合わせ)、そして施釉のタイルをカットして集成する集成モザイクタイルへ。なんと手間と時間のかかることを。だからこそ美しい。このあたりは、今後じっくりとリサーチ)


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(カリグラフィー、イスラームの装飾タイルならではの美。点ひとつ取っても、バランスが考え尽くされているそうです。美と感性に幾何学的な土台があるのかなと感じます。パルメット模様も、しっかりカットされてくっきりとした模様の列を構成)


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これまでずっと自分の好きなタイルだけを見てきました。それ以外に興味もわかなかったし、日本ではタイルの情報自体が少なかった。それが今では、ネットやfacebookで日常的に世界各地のタイル情報、イスラム建築情報に接することができます。少しずつでも毎日見ていると、発見があり、楽しく、勉強になります。ありがたい。

そしてなんだか、日本でもタイルが動いているように感じます。タイルに関する話題に触れる機会が俄然増えてきました。以前紹介した日本のタイル愛好者のfacebookページ。ますます盛り上がってきています。近代建築の中のタイル、街角のタイル、商店や地蔵祠のタイルなど、いろんな視点、いろんなタイルがあるのですね。発見があります。また、多治見に開館予定の「モザイク・ミュージアム」がらみの話題もあり、楽しみです。

そんなこんなで、日本でのタイル情報、検索などもするようになったのですが、、これがなあ、、

日本で「タイル」というとき、イスラームのタイルが出てくることが非常に少ない(過小評価という以前に認知されていない)、タイルの歴史に誤解がある(ヨーロッパ近代からのスタートと思われている)など、以前からしつこく書いていますが、このことも一層感じるようになりました。

((( ここに、いろいろと残念な事例を書いていたけど、消去! 自分のことをやっていくのみ )))

つまり=イスラームのタイルは歴史であり過去であり、現在の産業と結びつかない、だから何らかの媒体を通しての話題にのることが少ないのかと思う昨今です。ハイ。報道などを通じてのイメージの問題もありますしね。

それを前提にして、では何をするか。そんなことを考え始めています。愚痴だけではダメなんでですね。きっと。
by orientlibrary | 2014-07-16 23:44 | トルコのタイルと陶器