イスラムアート紀行

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秋の民芸・工芸見て歩記&イスラーム建築本

百貨店にて、大規模な民藝展、工芸の催事

以前も少し書いていますが、このところ、民芸・工芸的なものに触れる機会が増えてきました。民芸や工芸をテーマとした展覧会、催事、若い世代の工芸のショップ、いずれも人が多いのに驚きます。

(*「民藝」と「民芸」については、展覧会名や書籍での「民藝」使用はそのままに。その他は民芸と記載しました)

日本各地の産地やメーカーが出店しての大規模な「用の美とこころ 民藝展(展示・即売)」(日本橋高島屋(終了)から横浜、京都、大阪高島屋へ巡回)。日本橋に2回行きました。トークイベント開催日だったこともあると思いますが、かなりの人出。トーク会場も満席で、皆さんお話に聞き入っていました。

「高島屋は(民藝運動に賛同し)、昭和9、10年に、彼ら(柳宗悦など)が収集した全国の民藝品の大展覧会を開催。大きな話題を呼びました」「70余年の時を超え、再び大規模な民藝展を開催することになりました」とのこと。特設会場に加え各階でも民藝特集があり、見応えがありました。

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(写真と解説は高島屋プレスリリースより、左上から:瀬戸本業窯(丈夫で飽きがこないシンプルな美しいデザイン。馬の目皿は白州正子も愛用)/倉敷ノッティング(経に木綿糸を張りウールや木綿の色束を結ぶ)/八尾和紙(江戸時代から伝わる伝統工芸。富山の薬売の包装紙や袋から発展)/倉敷手織緞通(い草の産地倉敷で作られていた敷物に柳宗悦が目を留めたことから始まった)/静岡型染(江戸時代に庶民の浴衣の染色技法として発展)/芹沢型角脚バタフライテーブル(松本民藝家具製作))

銀座松屋の「銀座・手仕事直売所」(9月30日まで)。

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(同催事サイトより/「作家、クラフトマン、職人、デザイナー、産地、小規模工場など、ものづくりに一途な各地の作り手が生み出す、今を感じる暮らしの品々。10年経っても暮らしの中で輝いている、そんな「手仕事」を全国各地から選び、作り手が直接ご説明して販売する「直売所」スタイルでご紹介いたします」)

この他、関西の百貨店など各地で暮らしの器や工芸の催事が開催されているようです。活気がありますね〜!


若い感性、器と道具のお店

そして、数年前から各地にオープンしている新しいセンスの民芸や工芸のショップも、とても楽しいです。器が好きで始めたというオーナーたちは若い世代が多く、勉強熱心で、産地や作家さん職人さんときちんと交流している印象(FBやサイトなどから)。次々と魅力的な企画展をおこない、味わいがありつつ日々の暮らしに使いやすい器や道具を、良心的な値段で提供しているように感じます。

ときどき覗かせてもらっている「工藝 器と道具 SML」(東京・目黒)。清新な民芸の動きを感じさせてくれる企画展は、いつも発見があります。若い作家さん・職人さんの作品が、とても魅力的。ここで購入したもの、すべて満足して使っています。在廊の作家さんも気さくに話をしてくれるし、和気あいあいというか、全体が心地いい印象です。

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(SML。企画展開催時にはテーマに合う食事を提供するなどイベントもいろいろ)

なかなか行けないのですが、「工芸喜頓」(東京・世田谷)は、品選びも、それぞれの器の魅力を引き出したディスプレーも、センス抜群。店内空間やオーナーのライフスタイル(食と器など)は、雑誌などでよく紹介されているようです。以前も書きましたが、素朴すぎず、スノッブにならない、際(きわ)のようなセンスは、緊張感を孕みつつ、ほっこりと温かです。

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(工芸喜頓。こちらは2013年の写真)


博物館での展示

さらに、博物館です。日本民藝館(東京・駒場)では、「カンタと刺子 ベンガル地方と東北地方の針仕事」を開催中(11月24日まで)。

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日本民藝館WEBサイトより)

カンタと東北の針仕事、偶然というか、両者ともに以前ご縁があり、素晴らしい手仕事に触れさせていただいたことのあるものでした。

カンタについては、「美しい世界の手仕事プロジェクト」(2008年)の「バングラデシュの宝物」企画展示で、望月真理さんのコレクション(及び真理さん製作のカンタ)の世界に浸りました。また東北の針仕事については、「東北の手仕事」(2011年)にて、コレクター山崎氏の素晴らしい「こぎん刺し」コレクションはじめ、暮らしのなかの手仕事を知ることができました。

民藝館の展示では、カンタのさまざまな表情に触発されました。「カンタとは、旧ベンガル地方で作られた仕事をいいます。中央に蓮の花を、四隅にペーズリーをいれるのを基本とし、生命の樹や花、魚、馬、象、虎、孔雀、蛇などの動植物をはじめ、神様を乗せて練り歩く山車やハサミ、ナッツカッターなど、身近な品々まで生き生きと描かれています」(民藝館HP)。

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(家族連れ、カップル、シニアグループなどで賑わう)

カンタの多様さ、デザインの構図、モチーフの表現の多彩さが新鮮でした。また、白地の余白も印象的でした。「布は使い古しですが数枚重ね、文様の部分は色糸(茜や藍)で刺繍し、地の部分は白糸を埋め尽くした清楚な布です」(岩立フォークテキスタイルミュージアムHP)。


東北地方の刺子展示も多彩でした。そう思いつつ、「東北の手仕事」に提供いただいた「こぎん刺し」コレクションが、本当に圧巻の、通常なかなか見ることのできないコレクションだったことを、再認識しました。こぎん刺しに魅せられたコレクター・山崎氏。惜しげなく見せてくださってありがとうございました!

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(「東北の手仕事」(2011年)、山崎氏コレクションより)

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(「東北の手仕事」(2011年)、山崎氏コレクションより。右下は待合せ場所だった有楽町のビルで、チラッと見せてもらったコレクションに、もうたまらず、その場で広げてしまった面々。警備員さんが何度も来られましたが、「すぐ片付けます!」を3回くらい。その後当然追い出されました)


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また今回、民藝館展示にカンタコレクションを提供している「岩立フォークテキスタイルミュージアム」(東京・自由が丘)では、「パキスタンの民族衣装 沙漠と山岳地帯の手仕事」を開催中(12月20日まで。木金土のみ開館。詳細はHPで)

シンド、パンジャーブ、バローチスターン、北西辺境州(現ハイバル・パフトゥーンフー州)の、婚礼用衣装、被衣、掛布、敷物、壁飾りなど。点数は限定されますが、素晴らしい手仕事が厳選されていました。久々にパキスタンの手工芸に触れ、眼も心も満たされました。


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私家版 『イスラーム建築 その魅力と特質』


建築家・神谷武夫さんの著書、発行書である、私家版 『イスラーム建築 その魅力と特質』。長年、“幻の書”になっていましたが、先日、神谷さんの事務所にうかがい、ゆずっていただくことができました。

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(正方形。布装本の美しい本。内容は「イスラーム建築の名作/イスラームの礼拝空間/材料・構法・装飾/建築種別とその集合体/イスラーム建築の特質」の5章。神谷さん撮影の写真が500点。建築家の撮る写真は見るべきところが示されていて勉強になります)

私のような怠惰でいい加減な人間からすると、神業のような本作りであり、出版です。私家版に至った経緯については、外部の人間が簡単に説明できるものではないので、ご関心のあるかたは、リンク(=神谷武夫とインドの建築ホームページの中の当該ページ)をごらんください。

* 全体の経緯と内容はこちら
* たった1部だけ残ったゲラ刷りをスキャン、両面コピー印刷して布製本、100部限定、そのプロセスなど

私はイスラーム建築を飾るタイルに惹かれたことで、イスラーム建築やかの地の工芸にも触れるようになりました。けれども、日本では日本語で書かれた(日本で出版された)イスラーム関連の書籍は多くはありません。いかに少ないか、下の検索結果をごらんください。

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(参考:一例として、Google「イスラーム建築」検索では、ある図書館の蔵書検索が。状況が垣間見えるのでは。発行年も古い)

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(参考:同じくAmazonで検索。左上→左下→右上→右下の順。深見奈緒子さんのファンなのでご著書はだいたい持っています。が、それ以外は「地球の歩き方」とか世界史の本という選択肢、、)

でも、、本当に魅惑なのです、イスラームの建築や工芸。イスラームの建築について、私にはとても語れないので、神谷さんの訳書『イスラムの建築文化』(アンリ・スチールラン著/神谷武夫訳/1987年/原書房/絶版で入手困難)の解説文、素晴らしい推選文より、その魅力について、抜粋引用させていただきます。

* 「イスラム文化の粋は 建築にあるといってよい。そこには、あらゆる芸術的表現の総合があり、そのようにして実現される空間にこそ、人びとの信仰と知力と感性が凝集しているからだ」(推薦文−板垣雄三氏)

* 「絢爛たるアラベスク模様を張りめぐらした イスラム寺院を訪れた時、まず覚えた虚無感、しかし やがてその背後に隠された、極力 物質性を排除して 無限に複雑な幾何学模様を刻みこんだ豊穣さに圧倒された。一点の瑕瑕も許さぬ整然たる配列に 軽いめまいを覚え、やがて 空間の恐怖ともいうべき感動に打たれた。イスラム世界は 私にとって全く異質の空間体験であった」(推薦文−茂木計一郎氏)

* 「数多いであろうイスラム建築同好の士と同じく、私もその建築のファンであるからだ。それもかなり強烈なマニアであるかも知れないからだ。実はマニアなんて枠を踏み越えて、もう病気みたいなものになっているのかな、なんて恐ろしい自覚だってある。(中略) イスラム建築の病気というのは、スグにミナレットを建てたり、ドームを並べたり、あるいは タイルを装飾的に使ったりという底の浅いモノから、もっと深く ジンジンとするくらいに、建築という形式への想いを 揺り動かしてしまうものまで幅のあるものだ」(< 書評 > 石山修武氏)

こうした書籍が、もっと手に入りやすいかたちで世の中に出ていたら、状況も少し違っていたかもしれません。少しずつ変わっていくといいなと思います。

最後にタイル写真を一葉。
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(ジャディ・ムルク・アカー廟/シャーヒズインダ墓廟群/サマルカンド)
# by orientlibrary | 2014-09-28 20:59 | 中央ユーラシア暮らしと工芸

10年めを迎えた”イスラームタイル偏愛紀行”が考える「モザイクタイル」

まだまだ全然、整理ができていません。が、書いてみようと思います。

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(祝ブログ9年。8月末で丸9年。タイルの本と一緒にすごしてきました)

第1の関心は色でした。タイルが好きになり、見ていくうちに、西アジア・中央アジアの青のタイル、なぜ青なのか、産地・地域によってどんな違いがあるのか、知りたくなりました。2011年、「青の魅惑 イラン・トルコ・ウズベキスタンのやきもの」のなかで、実際に青いタイルや陶器をつくっている人(職人、作家)に聞くというアプローチをする機会を得ました。1年ほど見たり聞いたり調べたりの経過のなかで、自分としては得心しました。(ブログには、きちんと書いていないですね、、)

イスラームの集成モザイク

そのあと、ずっと気になっていたのが、イスラームのモザイクタイルのこと。「集成モザイク」「cut-work mosaic」「cut-tile mosaic」などと呼ばれるように、「色別に焼いた単色タイルを模様に合わせてカットし図柄に合わせて集成し貼り込んでパネル化し壁面に貼る」という技法で作られる美しい装飾タイルです。

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(ティムール朝〜シャイバーン朝の集成モザイク。植物を描いて、すごいなあ。)

装飾タイルは、遠目に良し、寄って良し、なのですが、写真をアップにしてみるとまた、その凄みに気づきます。とくに集成モザイクはおそろしく手間のかかる仕事。それを壁面いっぱい、いや建造物を埋め尽くすようにおこなっている。見とれつつ呆然とするくらいです。

集成モザイクは、あまりに手間がかかるため、その後、簡易化する技法が工夫されクエルダ・セカ・タイルなどが登場。今ではむしろ、(イスラームのタイルの中では)オスマン朝の華やかな絵付けタイルなどのほうが有名かもしれません。現在でも、イランやウズベキスタンでは、歴史的建造物の修復などで、昔ながらのモザイク・タイルが生きているようですが、コンピューターのある現代と中世では、やはり違いもあるのではないかと思います。

私の関心は、このような手間のかかる技法が、なぜ生まれたのか、その前(直前)はどのような技法で表現されており、それがどのように変化したのか、いつ頃どこでその変化があったのか、なぜ変化したのか。「何かから集成モザイクへの変容」について知りたいのです。

そのなかには、古代地中海地域で生まれた石やガラスなどの「モザイク」とは関連があるのか、という関心もありました。仮説(実感)としては、「モザイク」と「イスラームの集成モザイク」は、違う経路、違う文脈のものなのではないかと思っています。 (イスラーム以外のモザイク・タイルとモザイクの関係はわかりません。関係があるのかもしれません)

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(集成モザイクなどで飾られた建造物。壁面、天井を覆い尽くし圧巻。青を主体に緑、白など発色も鮮やか。すごいなあ/シャーヒズインダ廟、アフマドヤサヴィー廟など)

日本のモザイクタイル

そうこうしているうちに、もうひとつの方向からモザイクタイルを考えるようになりました。それは日本のモザイクタイルから、です。大正末期から昭和にかけて生産が始まり、水回りの生活改善や住宅需要で沸いた建材としてのタイル。

苦節20年、私は完全にイスラームタイル偏愛。が、昭和のモザイクタイルを見ると、なぜかスッと入ってきたのです。色合いがやさしく、淡く、小さくて、愛おしい感じ。ピースの形も多彩で、組合せでさまざまな模様を描くことができます。昭和世代としては当然目にしていたものですが、記憶が薄いです。いま、レトロなものとして見るから可愛く感じるのかな??

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(多治見のモザイク浪漫館にて様々な日本のモザイク・タイルに出会う。現在、多治見市モザイクタイルミュージアム建設工事中。オープンが楽しみ)

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(日本のタイルについての本、多少持っていました。もう少しあるかな。今回ようやく、ある程度は読みました)

そんなこんなで、最近ようやく気づいたのです。「モザイクタイル」と聞いて思い浮かべるものは人によって違う、ということを。自分にとってはモザイクタイル=あの集成モザイクだったので、いろいろ憤慨もしていたんですが、あ、違うんものなんだと、やっとわかりました。

ローマやビザンチンの石やガラスのモザイク、昭和のモザイクタイル、現代のプロダクツとしての(モザイク)タイル、ガウディのタイル装飾、オブジェ的なタイル・アート、フォトフレームなど雑貨的なモザイクタイル。素材も技法も違う。区別とか定義があるのかどうか、自分でも渾然一体になり、わからなくなり。これに「イスラームの装飾タイルが認知、評価されていない」という以前からの悔しさが混ざり合い、なんだかウツウツとしていました。

勉強するしかない。しばらく、受験生のように?本を読んでいました。読むだけなら早いんですが、書き写して(入力して)いたので、かなり疲れました。日本語の本は一段落。(これまでも読んでいたはずなのに、全然全然頭に入っていなかった。ひどい、、無知でした!)。英語本は1冊に1年かかる。部分的なチェックにします。

イスラームのモザイクは、どのようにして生まれたのだろう

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(スタッコの浮彫り=博物館等で撮った写真です/10世紀・サーマーン朝のサーマーン廟。焼成レンガのみの正方形の廟。多彩な積み方と文様。陰影の美/土色のレンガに青の施釉タイル(〜レンガ)。少し入ることで艶やかさがグッと高まる。青の煌めきが魅惑的/1200年代前半から一気にモザイク・タイルの様々な技法が発展していく。写真はコンヤのスルチャル・マドラサ)

「現時点での、素人である、ひとりのタイル好きの、感じたこと」(今後更新)です。(=専門性はありませんのでご了解ください)

*イスラームの集成モザイクは、土の建築とそれを飾る建築装飾の文脈から生まれたと思う。(古代地中海沿岸地域から発展したモザイクの線上にはないと思う。その理由については、今後随時/*ただし、マグレブとアンダルシアのタイルについては、ペルシアや中央アジアと経緯が違うような気がする)

*かたちになってきたのは、1200年代前半。セルジューク朝(現在のイラン/ホラサーン地方など)、アナトリア・セルジューク朝(現在のトルコ/コンヤやトカットなど)。13世紀中盤から、技法、表現が多様に濃密に熟していく。(なぜ生まれたか推論は今後随時)

*焼成レンガ積みの一部に青の施釉レンガ(タイル)を飾る <施釉による煌めく美しさ> → 銘文など浮彫りの部分を青で施釉する <それまでに成熟していたスタッコや石の彫刻をタイルで表現?> → 無釉(レンガ、タイル)と施釉(レンガ、タイル)を組合せてアラビア文字や幾何学文様を描く <土の装飾文化ならではの表現> → 線が細くなり植物文様も描く <具象を描かないイスラーム美術、工芸。植物文様の発展、アラベスク> → ターコイズ青とコバルト青を交差するなどの表現、白や紫、黒との組合せ <主な色である青、組紐文様など複雑な表現> → カットしたタイルを組合わせて植物などを作り一つのパーツとし、それを組み合わせていく <ムカルナスなど立体的な表現も可能に> → タイルの形が多彩になり施釉される。その組み合わせや複雑なデザインを実現する多彩な技法が工夫される。

*13世紀から15世紀を中心に、ペルシアや中央アジア(イルハーン朝、ティムール朝、サファヴィー朝など)、マグレブ(マリーン朝、ナスル朝など)で、建造物を埋め尽くすほどに多用される。

あれ、暗号みたいな文章ですね。覚え書きということで。これから練っていきます。

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(ミナレットやファサードの一部に青の施釉。目を引く。写真はマゴキアッタリモスク〜ブハラ/施釉タイルをカットして組合せる他、技法がいろいろありそうで詳細が不明。誰かに教えて欲しい/左下は、イルハーン朝のオルジェイトゥ廟ファサード、アーチ上部。廟随所に見られるモザイクタイル萌芽。ただしこちらは14世紀初頭/ティムール朝時代に爆発的に発展した集成モザイク。なんだ、これは!うっとりすぎる。イスリーミの構成がすごい@シャーヒズインダ)

あとひとつ、「イスラームのタイルが認知されていない、理解されていない」「ヨーロッパの後塵を拝したものと思われている。悔しい」と嘆くのは、もうやめておきます。拘泥しない。そのうちに変わってくるでしょ。自分の努力が足りなかったとの思いもありました。が、タイルの種類が違うんだ、ストンと落ちました。違うものなんです、きっと。(このあたりも随時更新)。それぞれということで、淡々とやっていきます。

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(オマケです?!写真もいろいろ整理してました。こういうのを発見。シャーヒズインダです。あくまで想像ですが、左が修復、右がオリジナル?素人なので間違っていたらすいません。よ〜く見ていると、右のすごさがわかる。線が交差するところ、立体感、青い三つ葉(パルメット?)のふっくら感、白色の深み、細部の手抜きのなさ。左も手仕事でこれだけ見ていればすごいと思うはず。けれども右を見ると、薄く見える。匠たちが手をかけること、時間をかけること、その気持ちについても思いが巡ります)

ブログ丸9年すぎました。10年目。ますますイスラームタイル偏愛紀行です。

*相当にマニアックというかニッチな内容で、これは読んでもらえないかな、と思っていました。でも書いておこうと思いました。たくさんの「いいね」をありがとうございますm(_ _)m
# by orientlibrary | 2014-09-10 00:16 | タイルのデザインと技法

京都で出会う 伝統工芸(京鹿の子絞)、地蔵盆(タイルと祠)

蒸し暑さのなか、関西へ小旅行。「大阪市立東洋陶磁美術館」「河井寛次郎記念館」など、やきもの関係のお話は次回に。今回は、出会いと発見と再確認?のトピックで巡る大阪・京都編です。

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「みんぱく」でビデオを見る


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「中央・北アジア展示」より。実物大再現や記録は民族学博物館ならでは。左下はジオラマによるウズベキスタンの民家。レンガ〜土塀で囲まれ中庭があり果樹があり縁台があり。さすがによくできています。右下は女性の部屋再現。スザニ、赤ちゃんの揺りかごや糸車など)

まずは、みんぱく詣でから。今回、館内の書籍やビデオで、中央アジア関係、タイル(とくにモザイクタイル)関係の資料があればという期待があり、ビデオを4時間くらい見ました。結果からいうと、タイル関係で見たかった映像が10〜15秒あった。なので行った甲斐はありました。

15秒でも貴重です。イランの職人の映像で、モザイクタイルを作るために、タイルを細密にカットして、複雑な模様を裏返しにして並べていました。メートル単位以上の大きな面積です。ポイントは下にデザイン図が敷かれていたこと。知りたかったのは、そこだったのです。15秒でも重要なことでした。

中央アジア(〜北アジア)のビデオ、工芸はタゲスタン、音楽はトゥバが中心。タゲスタンのソ連時代(あるいは、その名残のある)工場でのフェルト作りが、なんだかリアルで臨場感がありました。ビデオにウズベキスタン関係がほとんどないのが不思議。

やはり映像は情報量が多く、一見して伝わります。装飾タイルやイスラーム建築、思う存分に映像が見たいけれど、、今の時代、YouTubeを探した方が早くて確実なのかも。以前ご紹介した、「University of Pennsylvania Museum」の記録映像(すごい!!)など、もう一度しっかり見てみます。その意味でも、いい経験になりました!


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京鹿の子絞との出会い


河井寛次郎記念館で見た雑誌で、岡崎の「京都国立近代美術館」にも河井作品コレクションが多数あると知り、翌日9時半に行ってみることにしました。

10点ほどの展示でしたが、大物もあり満足。せっかくなので、特別展「うるしの近代」も。こちらも展示点数が多く、京都漆芸の歴史と革新を感じることができました、、のですが、、見ているうちに、ものすごい疲労感が立ち上がってきて、何度も会場内の椅子に座って一息。

館内は静かで休める場所もあったので、しばらくボーッとしていましたが、予定では、その後に「細見美術館」「楽美術館」「清水三年坂美術館」と回るつもり。土砂降りの雨もあがったし、時間も限られるし、と、とにかく外に。細見美術館へと歩き始めました。が、ダメ。目の前の建物にフラフラと。「みやこめっせ 京都市勧業館」でした。

レストランで休みました。蒸し暑さ、雨と暑さが交互にくる天候、冷房、睡眠不足などがこたえていたのかも。温かい蕎麦で次第に復活。せっかくなので館内を見てみることにします。地下に「京都伝統産業ふれあい館」というスペースを発見。入ってみると、、、出会ったのです。「京鹿の子絞」に。実演と説明をなさっていた伝統工芸士(意匠部門、下絵図案考案と制作)の後藤和弘さんに。

「京鹿の子絞」、聞いたことはありますが詳しくは知りませんし、実物をじっくり見るのも初めて、職人さんからお話を聞くのももちろん初めて。けれども、すぐに引き込まれていきました。

京鹿の子絞、、図案を起こし、紙に描き、金槌のような道具を使って模様通りに小さな穴を開けていく。青花(あおばな)から抽出した液を用いて、刷毛で穴から布に模様を写す。色がついた小さな部分を50種類にものぼる様々な技法で、ひとつひとつ手作業で括り、染める。括りを解いたときに、立体的な模様が連続する布が姿を現す。行程ごとに分業。高度な技能を持つ技術者同士のつながりから生み出される作品は、足し算以上の技となって現れるといいます。

● 京鹿の子絞の特徴、作り方、魅力=京鹿の子絞振興協同組合のHPより

● 京鹿の子絞振興協同組合HPの「技法」を見ると、「下絵には青花等を用いること」とありります。

青花はツユクサの栽培変種。下絵に青花を使った場合、お湯につけると下書きの青は消える。大事ですよね。化学的な製品もありますが、時間が経つと消えてしまうものもあり、やはり青花でないとダメなのだそうです。

この「昔から京友禅や加賀友禅、絞りなどの下絵に使われてきた」という青花について詳細に説明のあるサイトがありました!!

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(青花のシルが凝縮して染み込んだ和紙。水をたらして左の特製刷毛で穴に刷り込む)

産地は草津。朝摘んだ手摘みの花を、その日のうちに手揉みし数度にわたりしっかりと漉して「シル」を作る。シルを薄い和紙に刷毛などで何度も何度も染み込ませては乾かす作業を何日も繰りかえすそうです。この青に惹かれました!

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(特製道具と細かい穴片。写された模様)

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(年代物の型紙。茶色く硬いですが、これ紙です。和紙に柿渋、そしてロウを塗るのだとか。大正元年、昭和二年などの型紙。いまも模様が生きているようにイキイキしています。美しい!!!!)

青花に続き、驚いたのは、後藤さんの先代であるお父さんの穴開け技法。なんと、火のついた線香で穴をあけていらっしゃったのだそうです。そのほうが曲線がきれいに出るということのようなのですが、線香であのキリッとした円が生まれるなんて。美しく精緻な型紙のために、そのような技法を考え、時間をかけて集中して日々作業されていた姿勢を思うと、頭が下がります。

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(細かい!しっかり括られているので、広げるとグンと伸びる。きれいな斜め45度の角度。緻密でありながら手仕事の温かみ。右の鳥と花も細かい!白がクッキリ。穴を開けるのも、括るのも、染めるのも、すべての行程で熟練の技がないとできない境地ですね!!)

美しいものに触れさせていただいて、どうもありがとうございました!

この後、「ふれあい館」内の図書館をチェック。かなりの充実度!(みんぱく以上?)。例えばタイルの書籍=INAXブックレットのシリーズ、TOTO(タイルの美)、さらに「ペルシアの伝統技術」まで。世界の芸術〜美術全集も揃っている!ただ、洋書が非常に少ないことと、全集などは古書の趣きであることを前提に、利用の仕方によるかなと思いました。全体をちゃんと見ていないのですが、京都関係、京都工芸関係は多数の本があったように思います。岡崎の散策途中に、資料調べ、読書に立ち寄るのに良さそうです。

さらに、友禅型染めの体験にハマり、気がつくともう美術館に行くどころじゃなかった。でも全然後悔していません。本当に良かった!いい時間でした。ありがとうございました。


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「タイルとホコラとツーリズム 」


急いで、中京区のギャラリーで開催されていた<タイル関係の展示イベント&トーク>に走ります。ふふ、タイル関係のイベントですよ!あるんですよ^^ タイル、イベントがあるんです♪「タイルとホコラとツーリズム 」展

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(「京都の街角を歩いた際、不意に地蔵菩薩や大日如来などを奉ったホコラを目にすることがあります。それらの多くはコンクリートや石詰みの基礎の上に木造の社を持つものなどですが、そのしつらえにタイルづくりを取り入れたものもしばしば見受けられます。今も街角に残るホコラには、それらが地域に受け継がれ、奉られてきた信仰の対象である事を伺い知る事が出来ます。また、しばしば目にするタイルづくりのホコラには、それらが受け継がれるにあたり、今日的な都市の様相を取り入れてきた歴史や変遷に思いを馳せるとともに、タイルという建材の持つ清潔さとホコラの持つ神聖さが無縁ではないだろう事を想像させます」)

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(お洒落なカフェの2階にギャラリーが。京都の街角にある地蔵祠を写真と造形で再現。たしかにタイル祠もけっこう多いですね。お供えもあり。特製MAPとオリジナルの「ご詠歌」がすごい!)

トークには「タバコ屋とタイルの会」の主要メンバーの皆さんも登場。会場は満員御礼。(地蔵祠がメインテーマですが)タイルと名のつくイベントが満員^^ すばらし!

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(祠周辺で採集されたタイルのカケラによる演出装飾。タイル研究の中村裕太さんによるもの。こういう発想は私にはできない。動きがあって面白いですね。タイルが軽やか。右上は大人気の和製マジョリカタイル風活用祠の再現)

自分が知りたいテーマを追いかける、現場を歩き、聞き、話す。記録し、創り、そして表し、外に向けて開く。そのマジさ、邁進感。同時に、楽しく見せる、人を巻込んでいく軽やかさや遊び感覚がいいなと思いました。

(イスラームのタイルについて、ここにいろいろ書いていたけど消去しました。自分のできることを少しずつやるのみ!!喜怒哀楽に流されて、それを忘れてしまう。いかんです!反省です!)

ちょっと疲れたけど、行って良かった、関西旅。次は、河井寛次郎さんゆかりの山陰、あるいはやきもののメッカ北九州。行きたい。
# by orientlibrary | 2014-08-24 21:13 | 日本のいいもの・光景

中央アジアバス停/フンフルトゥ/古武雄/火の誓い/夏俳句

重厚なセルジュークの装飾タイルが続きました。今回は小さな話題をいくつか。夏休み気分で。

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ついに「SOVIET BUS STOP」


「中央アジアのバス停留所」、これもまた、えらくマニアックなテーマでした。中央アジアを旅行していると、道沿いにポツポツ、不思議な小さな建物があることに気づきます。なんだろう。どうもバス停らしいけれど、地元の人はそれほど関心をはらっているようにもみえない。でも、その手作り感、愛らしさ、奇妙さ、存在感、おもしろさ。誰かバス停の写真集を作ってくれないものかと、長い間思っていました。

そんな奇特な人いないよな、、それがいたんです!中央アジアバス停に強烈にハマってしまった人が。クラウドファンディングで写真集プロジェクトを実施、完売!タイトルは「SOVIET BUS STOP」。出たー!

中央アジア各所にあるということは、ソ連時代のものだろうと想像していました。バス停作り、競争意識があったのか、作りながら楽しかったのかどうか、それはわからない。でも、とにかく、ここまでやるか状態のものもあります。写真を引用するわけにいかないので、ご興味ある方、クリックで飛んでみてください。魅せてくれますよ。again! → http://herwigphoto.com/bs/


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南シベリアからの風  HuunHuurTu 来日公演


南シベリア・トゥバ共和国の生んだ世界的ホーメイグループ「HYH-XYPTY(または HuunHuurTu)フンフルトゥ」、フジロック・フェスティバルのための来日。1回のみのホール公演に行くことができました。生の音楽との出会いに感謝です。

来日公演のWEBサイトより抜粋=「トゥバ人に最も愛され、尊敬されるホーメイグループ。ソ連邦崩壊後間もなく結成され、伝統の中に新しい音楽の要素を折り込んだ洗練されたスタイルが大きな話題に。長らくトゥバ民族とその周辺地域のみで伝えられていた伝統歌唱ホーメイを、世界に知らしめ、発展させた。驚異的なテクニックと懐かしさあふれるメロディーによるオリジナルなアンサンブル」。

オーディエンスもノリノリで3回のアンコール。それに応えてくれたHuunHuurTu。アンコールのラストは、寺田亮平さん(トゥバ音楽演奏家。「中央アジア人3」参照)推選の「チュラー・ホール」でした。「ある男が風に吹かれながら馬と一緒に旅し、ある土地で暮らし始めた。その美しい土地で相棒のチュラー・ホールと競馬に勝ち、美しい恋人から隠れて泣いた」。YouTubeで聴いていたこともあって思い入れがあり、これをラストで聴かせてくれたことに感激!


Huun Huur Tu - Chiraa-Khoor





声そのもののゆたかさ、声の重なりから生み出される透明な音世界、声や楽器による自然の描写、イギルやドシュプールなどシンプルな楽器が織りなす豊穣。4人それぞれが高い演奏技術と歌唱力を持ちつつ、個性をユニットとしてのハーモニーに昇華している。その素晴らしさに浸りました。


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豪快で技法さまざま 魅力の古武雄


「古武雄 やきもの王国九州から 江戸陶磁のモダニズム」展@町田市立博物館へ。九州国立博物館(「古武雄 まぼろしの九州のやきもの 江戸のモダニズム」、愛知県陶磁美術館(「桃山・江戸の華やぎ 古唐津・古武雄」)などと、北上してきた展覧会のようです。チラシの豪快な陶味に惹かれて、猛暑のなか、町田に行ってきました。

佐賀県立九州陶磁文化館開催の「古武雄 江戸のモダニズム」のチラシ。クリックで画像

それにしても、古唐津なら聞いたことがありますが、古武雄とは?

*(古武雄を)分からないのも当然と言えば当然なのです。この「古武雄」という名称は近年生まれたものだからです。「古武雄」は、かつては「二彩唐津」、「武雄唐津」、「弓野」、「二川」などと呼ばれていました。(九州国立博物館HP)

* 江戸時代前期(17世紀前半)から19世紀にかけて武雄地域で「古武雄」というやきものが誕生しました。生き物のように躍動する松、今にも飛び立とうとする鶴、釉を掛け流しただけの力強い文様・・・器をキャンバスに、様々な技法を用いて、大胆な文様を絵画のごとく描いたこれらの陶器は、現在、その魅力と重要性が再評価されています。(
愛知県陶磁美術館HP)

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(鉄絵緑彩松樹文大平鉢 江戸時代・17世紀前半 肥前・武雄/九州国立博物館HP)

* 古武雄は、多彩な文様表現に魅力があります。古武雄の作品で基本的におこなわれる装飾技法の基本は、褐色の胎土の上を白く塗ることに大きな進歩がありました。この白いキャンパスを得られたことにより褐色の胎土という、絵付けにはある意味で言えば不利な条件を克服し、新たな文様表現の土台を得ました。そして、そこに緑や褐色で絵を描いたり、緑や褐色の釉をかけ流して文様にしたり、スタンプで文様を押し、その部分に白い土を埋める象嵌、白い土を刷毛で打ち付ける文様などなど多彩な文様が生み出されました。このような多彩な文様こそ「古武雄」の見所です。(
愛知県陶磁美術館HP)

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(緑釉唐花唐草文五耳壺 江戸時代・17世紀中頃 肥前・武雄/九州国立博物館HP)

* 江戸時代のさまざまな遺跡が調査された結果、公家も武士も、大名も庶民も「古武雄」を愛用していたことがわかってきました。(町田市HP)

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(展覧会図録より/刷毛目打ち刷毛目白泥〜刷毛や筆を用いた白化粧の文様・象嵌〜埋め込まれた白土の模様・鉄絵緑彩〜緑と褐色の絵付け文様)

江戸時代には、参勤交代で江戸でのつきあいが必要な日本各地の有力者たちの「宴会需要」があったそうです。しかし磁器はまだまだ高価。そこで古武雄の大皿が活躍したのだとか。絵柄も作風も大胆で奔放。多彩な技法に触れることもでき、行った甲斐がありました。


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偉大な設計者


新聞の読書欄、(はずれることが多くて)あまり見なくなりました。が、今朝、『白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか』についての隈研吾氏の評(朝日新聞8月10日付)を読んでいるうちに、昨日読んだ河井寛次郎さんの文章が浮かんできました。

『火の誓い』(河井寛次郎/講談社文芸文庫)の第一話「部落の総体」(昭和19年7月)。

「自分はいつも部落に這入る前に、その部落全体の組合せについて驚くべき事を見せられる。その部落を見上げたり見下ろしたりする位置にあればあるだけ、この組合せの魔術にかけられる。森に囲まれた平野の村は這入って見なければ解らないが、これはこれで、思わぬ処で、思わぬ素晴らしさに出喰わして驚かされる事がある。いずれにしても、此等の村と家と家との地形に応ずる巧妙な配置については、見ても見ても見つくす事が出来ない。自分はいつも誰がこんな素晴らしい大きな構図を設計したのかと聞きたくなる」

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(福井県池田町)

「家と家とはーどうしてこんな美しい間隔と均衡を保って隣り合わされたのか。相隔たる甲と丁とはどうしてこんな美しい比率で隔離されたのか。瓦と草屋根を誰がこうもたくみに配分したのか。それぞれの家の持つ力を、時には複雑極まるでこぼこの丘地や山の傾斜面に、誰が一体こんなに見事に配置し組み合わせたのか。自分はいつもこの偉大な設計者の前に立って驚かない訳にはゆかない」

「どんな農家でもーどんなにみすぼらしくってもーこれは真当の住居だという気がする。安心するに足る家だという気がする。喜んで生命を託するに足る気がする。永遠な住居だという気がする。これこそ日本の姿だという気がする」

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(越中和紙の桂樹舍/富山県八尾)

この文章からちょうど70年後出版の、『これからの日本に都市計画は必要ですか』(蓑原敬、藤村龍至、響庭伸、姥浦道生ほか。大御所蓑原敬氏と70年代生まれの若手による論議の記録)。本書は日本の都市計画のつまらなさとその理由を明かしているといいます。

「一言でいえば、日本的縦割りが、本来諸分野を串刺しすべき都市計画をつまらないものにし、機能不全に陥れていたのである。様々な縦割りのひどさに唖然とした。(中略)実際の計画は道路団子とか公園団子などのジューシーで利権だっぷりの団子に委ねられていたのが、戦後日本の寒い姿だった」

天候のせいか今ひとつ調子が悪く読書の日とした昨日、河井さん著書(『火の誓い』『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』)の気迫ある文章、凛とした姿勢の強さが滲みました。

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日本の自然や工芸について読んでいると、昔は当たり前だった普通の光景の、普通だからこそ輝く姿が愛おしく思えてきます。十七音でその情緒をうたう俳句、夏の情景、昔日の景を選びました。

  金魚売りの声昔は涼しかりし  正宗白鳥
  うちの子でない子がいてる昼寝覚め   桂米朝

  
  セルの袖煙草の箱の軽さあり  波多野爽波
  ワイシャツは白くサイダー溢るゝ卓  三島由紀夫(中等科時代か)
  

 
 口開けて金魚のやうな浴衣の子   三吉みどり
  
  夕顔やろじそれぞれの物がたり   小沢昭一

  
  バリカンに無口となって雲の峰  辻憲

  

  心太足遊ばせて食べにけり   佐藤ゆき子
  
  たつぷりとたゆたふ蚊帳の中たるみ  瀧井孝作
 

  湯上りや世界の夏の先走り  平賀源内   
  美しき緑はしれり夏料理  星野立子    
  麦の穂を描きて白き団扇かな  後藤夜半  
  稲づまや浪もてゆへる秋津しま  与謝蕪村
  うつくしや雲一つなき土用空  小林一茶  

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(江戸東京たてもの園&多治見の光景)

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(瀬戸焼きの生産の場や道具を展示している瀬戸蔵/瀬戸市)

夏生まれだからかもしれませんが、夏だけは、昔の夏が好きです。青空とプールだけの、あっけらかんとした夏が。
# by orientlibrary | 2014-08-10 21:30 | 日本のいいもの・光景

コンヤ、蒼の旅へ。サヒップ・アタ・モスクとキュリエ

ブログ、間があいてしまいました。装飾タイルなどについて、ほぼ毎日スタディしていたのですが、そしてタイルのことを考える時間も多かったのですが、なかなかアップできなかった。予定していたコンヤの写真は、ずいぶん前から準備していたのですが。

コンヤのタイルについて書くには、もっといろいろ調べて、とくに『TILES / TREASURES OF ANATOLIAN SOIL/ TILES OF THE SELJUK AND BEYLIK PERIODS』をちゃんと読まなくてはアップできないと思っていました。でも、今の時点で一度アップしたいと思います。時間だけが経ってしまうので。。

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(青の旅へ)

そんなわけで、今回は、コンヤの「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ(Kulliye、建築複合体)」(1270年:1258年から1283年までの間に建立/Sahip Ata mosque and complex(Kulliye) , Konya)。

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(霊廟入口のアーチ。一面のモザイクタイル。上部壁面は無釉と施釉レンガのバンナーイ)

画像中心に、織り交ぜる文章は「ファイアンスモザイクについて」(「イスラム建築における陶製タイル」/著者:ギョニュル・オネイ、より)というかたちにしようと思います(=***の後の文章)。セルジューク朝のタイルは、ファイアンスモザイク抜きに語れないと思うので。*この文章と写真は直に対応していません。写真の解説ではなく別途のものです。ご注意ください。

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(複雑な幾何学模様、高低差をつけている。植物模様のモザイクタイルを囲むアラベスクのライン)

サヒップ・アタ全体を少しだけ見てみますと、「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ」は、セルジューク朝の宰相サヒップ・アタにより1258年から1283年までの間に建立されました。設計者は、アブドルラ・ビン・ケルリュック。

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(アーチ形の圧巻の透しスクリーン。イスラームならでは。細い黒で描くカリグラフィーが繊細)

キュリエ(Kulliye、建築複合体)の構成は、モスク、霊廟、ハナカ(hanigah=ハナカならば修行場のことだと思う。ある解説には“テッケ”とありましたが=ハナカと同義?)、浴場(タイル専門書にはhospiceとあり、コンヤ解説書にはa Turkish bathでその日本語訳としてハマム。浴場〜休息所でよいかと)。ここまで調べるのも、てんやわんや。

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(美しいターコイズブルー。そしてセルジューク独特の紫色、コバルトブルーが模様を織りなす。中心のコバルトブルーの模様もバランスがよくかわいらしい)

今回の画像は主に霊廟のものです。もう目を奪う素晴らしさなのです。霊廟は「1283年にrenovate修理・改修」との記載があり、建造はそれ以前であることは確か。あるいは霊廟への転用が1283年かもしれないとのこと。位置的には、モスクと浴場の間にあります。と、ざっくりで失礼して、ファイアンスモザイクの文章とともに、セルジューク、青のタイル世界への旅へ!

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(アーチ上部部分の細かいモザイクタイル。半球状の盛り上がりがあることで印象が強い)

*** セルジューク朝の小アジアの美術に対する貢献のひとつは、ファイアンスモザイクである。セルジューク人は、ファイアンスモザイクを実験的に用い、やがてそれをさわやかで精気に満ちた内部装飾の要素のひとつにまで発展させた。トルコブルーがやはりその主要な色であり、次いで濃い紫色、コバルトブルー、黒が使われた。

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(霊廟。青にクラクラ。壁面は水のような六角形タイルで覆われている。霊廟やミヒラーブ回りに使われる青の六角形タイルパネルの初期事例では??)

*** ファイアンスモザイクは、その名前が示すように、好みのパターンにそって、思いどおりの形に切断されたタイル片によって構成される。断面がわずかに台形をしたタイル片が、平らな面に裏向けに並べられ、その上から白いモルタルで固められていく。

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(アーチを下から見る。複雑な幾何学模様。センターにコバルトブルーを配す。ドームはレンガで周縁にも細密なモザイクタイル装飾。その下の素朴な三角形もたまらない魅力)

*** このようにして形づくられたプレートは、壁にはめ込まれたり、建築要素として装飾に使われたりする。

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(ターコイズブルー、コバルトブルー、黒、紫、白、レンガ色。古き良きイスラームタイル装飾の趣き。最高)

*** ファイアンスモザイクは、ミヒラブの装飾に巧みに使われていた。この種のミヒラブ装飾は、イスラム芸術のなかでは特異なもので、セルジューク朝とエミール諸政権(=君候国/ベイリク/ beylik)時代の建造物にだけ見られる。これらのミヒラブは、トルコブルー、紫、空色のタイル片からなる幾何学模様、植物文、ナスキー体やクーフィー体の碑文によって装飾されている。初期では、単純な幾何学模様とともに、パルメットの全文、2分の1の文様によって形どられたアラベスク模様、蔦の文様、ニ段式の装飾模様、ナスキー体碑文の彫られた縁取りタイルなどが広く利用された。トルコブルーは、空色や紫によって補われている。

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(色別に焼き、切り刻んだタイルを再度集成して貼り込むという大変な手間をかけて作られる)

*** ファイアンスモザイクは、ミヒラブのほかにドームの内側、ドームへの移行部、アーチや壁などを装飾するためにも使われた。陶芸の他の形態と同じように、ファイアンスモザイクの使用は、エミール諸政権(=君候国/ベイリク/ beylik)時代には、やはり限られたものとなった。

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(力強いモザイクタイル。その後の君候国(ベイリク beylik)時代には衰退してしまう。セルジュークの都コンヤの勢いが最高潮だった1200年代初頭より花開き、成熟し、次第に衰え、やがて時代がオスマン朝に変わると手間ひまのかかるモザイクタイルではなく絵付けタイルが主流に。13世紀、アナトリアのセルジューク朝はモザイクタイルを輝かせ、モザイクタイルはアナトリア・セルジューク朝建築装飾を個性的に彩り王朝の力を示した、と思うのです)

*** セルジューク時代には、ファイアンスモザイクが広範囲に使われている建造物が多い。コンヤのアラアッディン・モスク(1220年)、サドレッディン・コネビ・マスジド(1274年)、サヒブ・アタ・モスク(1258年)、スルチャル・マスジド(13世紀末)、ベイヘキム・マスジド(13世紀末)、チャイのタシュ・メドレセ(1278年)、ハルブトのアラジャ・マスジド(1279年)、シヴァのギョク・マドレセ・マスジド(1271年)、アフヨンのムスリ・マスジド(13世紀末)、アンカラのアルスランハネ・モスク(13世紀末)。この最後の建造物はファイアンスモザイクが浮彫りのスタッコ装飾とともに用いられた、特異な例である。


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「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ」では、コンヤのキリム展示も充実していました。アナトリアの赤や軽やかな幾何学模様、古い味わいがステキでした。

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蒼のタイル世界に朦朧としつつ、別の目的である草木染めの毛糸を探してバザールへ。絨緞修復をしているファミリーのお店&工房で、たくさんのラグを拝見。修復に使っていた大切な毛糸を少しだけわけてもらいました。感謝。

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# by orientlibrary | 2014-08-05 23:45 | トルコのタイルと陶器