イスラムアート紀行

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カザフのドキュメンタリー

【カザフスタンの映像作家ラウレンティー・D・ソン】・世田谷文化情報センター

中央アジアに生きる高麗人を描いたドキュメンタリー作品、「フルンゼ実験農場」「コリョサラム」「音楽の先生」「校長先生」。解説は岡田一男さん。
# by orientlibrary | 2002-05-31 00:49 | 社会/文化/人

アフリカ東海岸のモスク

【スワヒリ史とモスク様式】・中東の都市空間と建築文化」

アフリカ東岸のモスク、まったく知らない世界。海のネットワークでのアジア、中東、アフリカのつながりを再発見。以下、発表より抜粋させて頂きます。

スワヒリ世界=アフリカ大陸の東岸に広がる世界。古代からインド洋のモンスーンを利用。アラブ人、ペルシア人を中心として各地から東アフリカの象牙や木材、鉄を求めて交易に訪れていくうちに人々が定着、パントウー系の人と混交して成立した。中東、東南アジアとの深い関わり、インド洋の凝縮態。

建築、モスク=珊瑚の利用=珊瑚ブロック+泥を塗った建造物、大理石のよう、高層建築。インド洋との関係、ランプ紋、陶磁器、柱墓。最近ではアフリカ的要素を強調、紅海沿岸との関係性を強調、建築史の注目度の低下。

シーラージー伝承=起源をシーラーズにあると主張〜第一次移民、第2次移民〜アラブ系。
# by orientlibrary | 2002-05-31 00:47 | 社会/文化/人

イスラム映画祭

【イスラム映画祭】・国際交流基金

「十四夜の月」/インド・アワド藩王国・ラクナウでの恋物語。ハヴェーリーが美しく、インドイスラムのインテリアを堪能できる。

「枕の上の葉」/インドネシア・ジョグジャカルタのストリートチルドレンと母替わりの女性との交流。

「西ベイルート」/アラブ、フランス、イスラエル、パレスチナ、イスラム教、キリスト教など、入り組んだ歴史。82年内戦時の暮らしや友情を描く。
# by orientlibrary | 2002-03-31 00:46 | 社会/文化/人

南インド ヒンドウー建築の豊穣

『南インド5・7・5+α紀行』 01・02
                    
 南インドを旅行することになった。もともとはインダス文明のドーラビーラ遺跡に行こうと準備していたのだが、インド西部大地震が起きた。
 訪問予定地であった震源地ブジ周辺は、古来より手工芸が盛んな職人の街だ。インド染織に惹かれていることもあり、被害はとても気になった。心よりお見舞いし復興を願っている。しかし、、旅行が直前で中止になり路頭に迷ったのもまた私の現実だった。そして数日前でも手配が効いたところ、南インドに行くことになった。すべては縁である。

 南といえば「ドラヴィダ文化」が思い浮かぶ。インダス文明はドラヴィダ人が築いたというのが定説である。その後アーリア人に追われ南下、インド南部にドラヴィダの国を作った。私はドラヴィダ人の遺跡に行こうとして、結果的に現代のドラヴィダを訪ねることになったのだが、なにしろ知識がない。飛行機の中で、ガイドブックや関連本を熟読、エアインディアのカレーを食べた。
  ふと窓外を見ると、ヒマラヤである。白く神々しいヒマラヤ、、感動してまた本に戻り、しばらくして外を見ると、まだヒマラヤである。しばらくしてまた見ると、まだヒマラヤである。インド亜大陸とは何と広大であるのか。
  
 デリーからムンバイ(ボンベイ)へ、そして南インドの玄関口であるチェンナイ(マドラス)へ。チェンナイからインド最南端カーニャクマリ(コモリン岬)までタミルナードウ州を車で南下する。
 南に近づくにつれ、肌の黒い人が増えてくる。衝撃的なまでの黒さだ。アフリカ系の人の黒さが絹目ならば、こちらは光沢。光っている。丸っこく人なつこい顔の人もいるが、ジャコメッティの彫刻のように手足の長い人もいる。同じタミル州でも民族が違うのだろう。
 
 海辺のコテージでノートを開き俳句を作ろうとする。俳句初心者が旅に出たのだ。楽しみで仕方がない。が、出来ない、俳句にならない。勉強中の季語がまったくあてはまらない。
 考えてみれば当然だろう。絶対的に気候が違う。冬の2月でも35度ほどあり、湿度も高い。最も暑い5月には57〜8度になるという。早朝から戦闘態勢の太陽、繁茂する緑濃き植物、燃えるような赤い土。豊かな実りを与えてくれる自然は、過剰なまでに強い。共生し愛しむよりも、従属し畏怖し敬うべき圧倒的な存在なのだ。季節のうつろいに鋭敏かつ繊細な季語及び俳句の美学と、これは対極の土地ではないのか。
 
 しかも5・7・5では足りない。光景の持つ情報性が強すぎる。沸き上がる思いを凝縮することができない。私のような俳句初心者に太刀打ちできる情景ではない。でも書きたい。作りたい。自然に7・7が加わった。苦肉の策であるが、これが意外にすんなりいった。
 俳句を学ぶのもおぼつかない私に、俳句と短歌の違いなどわかるわけもない。ただ、7・7の「プラスα」があるほうが心情を素直に吐露しやすいことに気づいた。俳句の方が、ぐっと大人の表現なのかもしれない。
 以降、旅のノートは57577のメモでいっぱいになった。以下のものが短歌なのかどうかさえわからない。でも、いいじゃないかと思う。書きたいことがあふれる幸福な時を持てたことに感謝するばかりだ。

  太陽を真芯に浴びて漆黒のタミルの人の肌は光れり
  赤土の煉瓦はさらに朱を濃くす緑の椰子と競うがごとく
  炎天下椰子の葉を編む少女ありかたわらに小さき椰子の葉の家

 南インドには6〜14世紀頃ヒンドウー系の諸王朝が栄え、各地に多くのヒンドウー寺院を建立した。これらの寺院の特徴はなんと言っても「巨大と過剰」である。広大な境内、天に届かんばかりの楼門、柱や壁は彫刻で埋め尽くされ、列柱がどこまでも続く。
 そのほとんどが石造だ。石をまるで柔らかな木のように細工する技術と情熱。神々が乱舞する様は、北インドの静謐なイスラム文化とは全く異なる。豊穣へのみなぎる思いと生命力にあふれ異文化から来た私を圧倒する。

  石に神の命を刻み後世の祈りを誘ういにしえびとよ
  街道に石を打つ音こだませり千年以上も変わらぬ暮らし

 そして人々の暮らしにはヒンドウーが深く根づいている。朝に夕に、寺院で街角の祠で祈り、供え物をする。祭りには周辺の村から老若男女がとびきりの笑顔で歩いてくる。八百万どころか何億と言われる神様が町中にあふれている。神様はアイドルなのだ。

  聖と俗どちらかではなくどちらもが濃厚である人生である 
  法悦という快楽や天と地と体の芯がつながっている

 とりわけ感動したのは最南端の巡礼地カーニャクマリで日の入りと日の出を待つ人々の姿であった。海を紅く染める太陽に「おーっ」という低く深い歓声がもれる。金色に光る聖なる水で沐浴し、罪を浄めるのがヒンドウー教徒の夢なのだ。そして人々の渦の中で、私もまた心に静かに水が満ちてくるような幸福感を感じていた。

  日の入りを待つこともまた祈りなりマンゴーのような夕日が沈む
  水平線から今日も日が昇るただそれだけのことなのに 合掌
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# by orientlibrary | 2001-02-03 23:13 | インド/パキスタン