イスラムアート紀行

orientlib.exblog.jp

<   2014年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

京都で出会う 伝統工芸(京鹿の子絞)、地蔵盆(タイルと祠)

蒸し暑さのなか、関西へ小旅行。「大阪市立東洋陶磁美術館」「河井寛次郎記念館」など、やきもの関係のお話は次回に。今回は、出会いと発見と再確認?のトピックで巡る大阪・京都編です。

--------------------------------------------------

「みんぱく」でビデオを見る


e0063212_20471686.jpg
「中央・北アジア展示」より。実物大再現や記録は民族学博物館ならでは。左下はジオラマによるウズベキスタンの民家。レンガ〜土塀で囲まれ中庭があり果樹があり縁台があり。さすがによくできています。右下は女性の部屋再現。スザニ、赤ちゃんの揺りかごや糸車など)

まずは、みんぱく詣でから。今回、館内の書籍やビデオで、中央アジア関係、タイル(とくにモザイクタイル)関係の資料があればという期待があり、ビデオを4時間くらい見ました。結果からいうと、タイル関係で見たかった映像が10〜15秒あった。なので行った甲斐はありました。

15秒でも貴重です。イランの職人の映像で、モザイクタイルを作るために、タイルを細密にカットして、複雑な模様を裏返しにして並べていました。メートル単位以上の大きな面積です。ポイントは下にデザイン図が敷かれていたこと。知りたかったのは、そこだったのです。15秒でも重要なことでした。

中央アジア(〜北アジア)のビデオ、工芸はタゲスタン、音楽はトゥバが中心。タゲスタンのソ連時代(あるいは、その名残のある)工場でのフェルト作りが、なんだかリアルで臨場感がありました。ビデオにウズベキスタン関係がほとんどないのが不思議。

やはり映像は情報量が多く、一見して伝わります。装飾タイルやイスラーム建築、思う存分に映像が見たいけれど、、今の時代、YouTubeを探した方が早くて確実なのかも。以前ご紹介した、「University of Pennsylvania Museum」の記録映像(すごい!!)など、もう一度しっかり見てみます。その意味でも、いい経験になりました!


--------------------------------------------------

京鹿の子絞との出会い


河井寛次郎記念館で見た雑誌で、岡崎の「京都国立近代美術館」にも河井作品コレクションが多数あると知り、翌日9時半に行ってみることにしました。

10点ほどの展示でしたが、大物もあり満足。せっかくなので、特別展「うるしの近代」も。こちらも展示点数が多く、京都漆芸の歴史と革新を感じることができました、、のですが、、見ているうちに、ものすごい疲労感が立ち上がってきて、何度も会場内の椅子に座って一息。

館内は静かで休める場所もあったので、しばらくボーッとしていましたが、予定では、その後に「細見美術館」「楽美術館」「清水三年坂美術館」と回るつもり。土砂降りの雨もあがったし、時間も限られるし、と、とにかく外に。細見美術館へと歩き始めました。が、ダメ。目の前の建物にフラフラと。「みやこめっせ 京都市勧業館」でした。

レストランで休みました。蒸し暑さ、雨と暑さが交互にくる天候、冷房、睡眠不足などがこたえていたのかも。温かい蕎麦で次第に復活。せっかくなので館内を見てみることにします。地下に「京都伝統産業ふれあい館」というスペースを発見。入ってみると、、、出会ったのです。「京鹿の子絞」に。実演と説明をなさっていた伝統工芸士(意匠部門、下絵図案考案と制作)の後藤和弘さんに。

「京鹿の子絞」、聞いたことはありますが詳しくは知りませんし、実物をじっくり見るのも初めて、職人さんからお話を聞くのももちろん初めて。けれども、すぐに引き込まれていきました。

京鹿の子絞、、図案を起こし、紙に描き、金槌のような道具を使って模様通りに小さな穴を開けていく。青花(あおばな)から抽出した液を用いて、刷毛で穴から布に模様を写す。色がついた小さな部分を50種類にものぼる様々な技法で、ひとつひとつ手作業で括り、染める。括りを解いたときに、立体的な模様が連続する布が姿を現す。行程ごとに分業。高度な技能を持つ技術者同士のつながりから生み出される作品は、足し算以上の技となって現れるといいます。

● 京鹿の子絞の特徴、作り方、魅力=京鹿の子絞振興協同組合のHPより

● 京鹿の子絞振興協同組合HPの「技法」を見ると、「下絵には青花等を用いること」とありります。

青花はツユクサの栽培変種。下絵に青花を使った場合、お湯につけると下書きの青は消える。大事ですよね。化学的な製品もありますが、時間が経つと消えてしまうものもあり、やはり青花でないとダメなのだそうです。

この「昔から京友禅や加賀友禅、絞りなどの下絵に使われてきた」という青花について詳細に説明のあるサイトがありました!!

e0063212_20565264.jpg
(青花のシルが凝縮して染み込んだ和紙。水をたらして左の特製刷毛で穴に刷り込む)

産地は草津。朝摘んだ手摘みの花を、その日のうちに手揉みし数度にわたりしっかりと漉して「シル」を作る。シルを薄い和紙に刷毛などで何度も何度も染み込ませては乾かす作業を何日も繰りかえすそうです。この青に惹かれました!

e0063212_20572480.jpg
(特製道具と細かい穴片。写された模様)

e0063212_20574946.jpg
(年代物の型紙。茶色く硬いですが、これ紙です。和紙に柿渋、そしてロウを塗るのだとか。大正元年、昭和二年などの型紙。いまも模様が生きているようにイキイキしています。美しい!!!!)

青花に続き、驚いたのは、後藤さんの先代であるお父さんの穴開け技法。なんと、火のついた線香で穴をあけていらっしゃったのだそうです。そのほうが曲線がきれいに出るということのようなのですが、線香であのキリッとした円が生まれるなんて。美しく精緻な型紙のために、そのような技法を考え、時間をかけて集中して日々作業されていた姿勢を思うと、頭が下がります。

e0063212_20575326.jpg
(細かい!しっかり括られているので、広げるとグンと伸びる。きれいな斜め45度の角度。緻密でありながら手仕事の温かみ。右の鳥と花も細かい!白がクッキリ。穴を開けるのも、括るのも、染めるのも、すべての行程で熟練の技がないとできない境地ですね!!)

美しいものに触れさせていただいて、どうもありがとうございました!

この後、「ふれあい館」内の図書館をチェック。かなりの充実度!(みんぱく以上?)。例えばタイルの書籍=INAXブックレットのシリーズ、TOTO(タイルの美)、さらに「ペルシアの伝統技術」まで。世界の芸術〜美術全集も揃っている!ただ、洋書が非常に少ないことと、全集などは古書の趣きであることを前提に、利用の仕方によるかなと思いました。全体をちゃんと見ていないのですが、京都関係、京都工芸関係は多数の本があったように思います。岡崎の散策途中に、資料調べ、読書に立ち寄るのに良さそうです。

さらに、友禅型染めの体験にハマり、気がつくともう美術館に行くどころじゃなかった。でも全然後悔していません。本当に良かった!いい時間でした。ありがとうございました。


--------------------------------------------------

「タイルとホコラとツーリズム 」


急いで、中京区のギャラリーで開催されていた<タイル関係の展示イベント&トーク>に走ります。ふふ、タイル関係のイベントですよ!あるんですよ^^ タイル、イベントがあるんです♪「タイルとホコラとツーリズム 」展

e0063212_210181.jpg
(「京都の街角を歩いた際、不意に地蔵菩薩や大日如来などを奉ったホコラを目にすることがあります。それらの多くはコンクリートや石詰みの基礎の上に木造の社を持つものなどですが、そのしつらえにタイルづくりを取り入れたものもしばしば見受けられます。今も街角に残るホコラには、それらが地域に受け継がれ、奉られてきた信仰の対象である事を伺い知る事が出来ます。また、しばしば目にするタイルづくりのホコラには、それらが受け継がれるにあたり、今日的な都市の様相を取り入れてきた歴史や変遷に思いを馳せるとともに、タイルという建材の持つ清潔さとホコラの持つ神聖さが無縁ではないだろう事を想像させます」)

e0063212_2101768.jpg
(お洒落なカフェの2階にギャラリーが。京都の街角にある地蔵祠を写真と造形で再現。たしかにタイル祠もけっこう多いですね。お供えもあり。特製MAPとオリジナルの「ご詠歌」がすごい!)

トークには「タバコ屋とタイルの会」の主要メンバーの皆さんも登場。会場は満員御礼。(地蔵祠がメインテーマですが)タイルと名のつくイベントが満員^^ すばらし!

e0063212_2105647.jpg
(祠周辺で採集されたタイルのカケラによる演出装飾。タイル研究の中村裕太さんによるもの。こういう発想は私にはできない。動きがあって面白いですね。タイルが軽やか。右上は大人気の和製マジョリカタイル風活用祠の再現)

自分が知りたいテーマを追いかける、現場を歩き、聞き、話す。記録し、創り、そして表し、外に向けて開く。そのマジさ、邁進感。同時に、楽しく見せる、人を巻込んでいく軽やかさや遊び感覚がいいなと思いました。

(イスラームのタイルについて、ここにいろいろ書いていたけど消去しました。自分のできることを少しずつやるのみ!!喜怒哀楽に流されて、それを忘れてしまう。いかんです!反省です!)

ちょっと疲れたけど、行って良かった、関西旅。次は、河井寛次郎さんゆかりの山陰、あるいはやきもののメッカ北九州。行きたい。
by orientlibrary | 2014-08-24 21:13 | 日本のいいもの・光景

中央アジアバス停/フンフルトゥ/古武雄/火の誓い/夏俳句

重厚なセルジュークの装飾タイルが続きました。今回は小さな話題をいくつか。夏休み気分で。

---------------------------------------------

ついに「SOVIET BUS STOP」


「中央アジアのバス停留所」、これもまた、えらくマニアックなテーマでした。中央アジアを旅行していると、道沿いにポツポツ、不思議な小さな建物があることに気づきます。なんだろう。どうもバス停らしいけれど、地元の人はそれほど関心をはらっているようにもみえない。でも、その手作り感、愛らしさ、奇妙さ、存在感、おもしろさ。誰かバス停の写真集を作ってくれないものかと、長い間思っていました。

そんな奇特な人いないよな、、それがいたんです!中央アジアバス停に強烈にハマってしまった人が。クラウドファンディングで写真集プロジェクトを実施、完売!タイトルは「SOVIET BUS STOP」。出たー!

中央アジア各所にあるということは、ソ連時代のものだろうと想像していました。バス停作り、競争意識があったのか、作りながら楽しかったのかどうか、それはわからない。でも、とにかく、ここまでやるか状態のものもあります。写真を引用するわけにいかないので、ご興味ある方、クリックで飛んでみてください。魅せてくれますよ。again! → http://herwigphoto.com/bs/


---------------------------------------------

南シベリアからの風  HuunHuurTu 来日公演


南シベリア・トゥバ共和国の生んだ世界的ホーメイグループ「HYH-XYPTY(または HuunHuurTu)フンフルトゥ」、フジロック・フェスティバルのための来日。1回のみのホール公演に行くことができました。生の音楽との出会いに感謝です。

来日公演のWEBサイトより抜粋=「トゥバ人に最も愛され、尊敬されるホーメイグループ。ソ連邦崩壊後間もなく結成され、伝統の中に新しい音楽の要素を折り込んだ洗練されたスタイルが大きな話題に。長らくトゥバ民族とその周辺地域のみで伝えられていた伝統歌唱ホーメイを、世界に知らしめ、発展させた。驚異的なテクニックと懐かしさあふれるメロディーによるオリジナルなアンサンブル」。

オーディエンスもノリノリで3回のアンコール。それに応えてくれたHuunHuurTu。アンコールのラストは、寺田亮平さん(トゥバ音楽演奏家。「中央アジア人3」参照)推選の「チュラー・ホール」でした。「ある男が風に吹かれながら馬と一緒に旅し、ある土地で暮らし始めた。その美しい土地で相棒のチュラー・ホールと競馬に勝ち、美しい恋人から隠れて泣いた」。YouTubeで聴いていたこともあって思い入れがあり、これをラストで聴かせてくれたことに感激!


Huun Huur Tu - Chiraa-Khoor





声そのもののゆたかさ、声の重なりから生み出される透明な音世界、声や楽器による自然の描写、イギルやドシュプールなどシンプルな楽器が織りなす豊穣。4人それぞれが高い演奏技術と歌唱力を持ちつつ、個性をユニットとしてのハーモニーに昇華している。その素晴らしさに浸りました。


---------------------------------------------

豪快で技法さまざま 魅力の古武雄


「古武雄 やきもの王国九州から 江戸陶磁のモダニズム」展@町田市立博物館へ。九州国立博物館(「古武雄 まぼろしの九州のやきもの 江戸のモダニズム」、愛知県陶磁美術館(「桃山・江戸の華やぎ 古唐津・古武雄」)などと、北上してきた展覧会のようです。チラシの豪快な陶味に惹かれて、猛暑のなか、町田に行ってきました。

佐賀県立九州陶磁文化館開催の「古武雄 江戸のモダニズム」のチラシ。クリックで画像

それにしても、古唐津なら聞いたことがありますが、古武雄とは?

*(古武雄を)分からないのも当然と言えば当然なのです。この「古武雄」という名称は近年生まれたものだからです。「古武雄」は、かつては「二彩唐津」、「武雄唐津」、「弓野」、「二川」などと呼ばれていました。(九州国立博物館HP)

* 江戸時代前期(17世紀前半)から19世紀にかけて武雄地域で「古武雄」というやきものが誕生しました。生き物のように躍動する松、今にも飛び立とうとする鶴、釉を掛け流しただけの力強い文様・・・器をキャンバスに、様々な技法を用いて、大胆な文様を絵画のごとく描いたこれらの陶器は、現在、その魅力と重要性が再評価されています。(
愛知県陶磁美術館HP)

e0063212_219172.jpg
(鉄絵緑彩松樹文大平鉢 江戸時代・17世紀前半 肥前・武雄/九州国立博物館HP)

* 古武雄は、多彩な文様表現に魅力があります。古武雄の作品で基本的におこなわれる装飾技法の基本は、褐色の胎土の上を白く塗ることに大きな進歩がありました。この白いキャンパスを得られたことにより褐色の胎土という、絵付けにはある意味で言えば不利な条件を克服し、新たな文様表現の土台を得ました。そして、そこに緑や褐色で絵を描いたり、緑や褐色の釉をかけ流して文様にしたり、スタンプで文様を押し、その部分に白い土を埋める象嵌、白い土を刷毛で打ち付ける文様などなど多彩な文様が生み出されました。このような多彩な文様こそ「古武雄」の見所です。(
愛知県陶磁美術館HP)

e0063212_2195166.jpg
(緑釉唐花唐草文五耳壺 江戸時代・17世紀中頃 肥前・武雄/九州国立博物館HP)

* 江戸時代のさまざまな遺跡が調査された結果、公家も武士も、大名も庶民も「古武雄」を愛用していたことがわかってきました。(町田市HP)

e0063212_21154290.jpg
(展覧会図録より/刷毛目打ち刷毛目白泥〜刷毛や筆を用いた白化粧の文様・象嵌〜埋め込まれた白土の模様・鉄絵緑彩〜緑と褐色の絵付け文様)

江戸時代には、参勤交代で江戸でのつきあいが必要な日本各地の有力者たちの「宴会需要」があったそうです。しかし磁器はまだまだ高価。そこで古武雄の大皿が活躍したのだとか。絵柄も作風も大胆で奔放。多彩な技法に触れることもでき、行った甲斐がありました。


---------------------------------------------

偉大な設計者


新聞の読書欄、(はずれることが多くて)あまり見なくなりました。が、今朝、『白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか』についての隈研吾氏の評(朝日新聞8月10日付)を読んでいるうちに、昨日読んだ河井寛次郎さんの文章が浮かんできました。

『火の誓い』(河井寛次郎/講談社文芸文庫)の第一話「部落の総体」(昭和19年7月)。

「自分はいつも部落に這入る前に、その部落全体の組合せについて驚くべき事を見せられる。その部落を見上げたり見下ろしたりする位置にあればあるだけ、この組合せの魔術にかけられる。森に囲まれた平野の村は這入って見なければ解らないが、これはこれで、思わぬ処で、思わぬ素晴らしさに出喰わして驚かされる事がある。いずれにしても、此等の村と家と家との地形に応ずる巧妙な配置については、見ても見ても見つくす事が出来ない。自分はいつも誰がこんな素晴らしい大きな構図を設計したのかと聞きたくなる」

e0063212_14141581.jpg
(福井県池田町)

「家と家とはーどうしてこんな美しい間隔と均衡を保って隣り合わされたのか。相隔たる甲と丁とはどうしてこんな美しい比率で隔離されたのか。瓦と草屋根を誰がこうもたくみに配分したのか。それぞれの家の持つ力を、時には複雑極まるでこぼこの丘地や山の傾斜面に、誰が一体こんなに見事に配置し組み合わせたのか。自分はいつもこの偉大な設計者の前に立って驚かない訳にはゆかない」

「どんな農家でもーどんなにみすぼらしくってもーこれは真当の住居だという気がする。安心するに足る家だという気がする。喜んで生命を託するに足る気がする。永遠な住居だという気がする。これこそ日本の姿だという気がする」

e0063212_21233498.jpg
(越中和紙の桂樹舍/富山県八尾)

この文章からちょうど70年後出版の、『これからの日本に都市計画は必要ですか』(蓑原敬、藤村龍至、響庭伸、姥浦道生ほか。大御所蓑原敬氏と70年代生まれの若手による論議の記録)。本書は日本の都市計画のつまらなさとその理由を明かしているといいます。

「一言でいえば、日本的縦割りが、本来諸分野を串刺しすべき都市計画をつまらないものにし、機能不全に陥れていたのである。様々な縦割りのひどさに唖然とした。(中略)実際の計画は道路団子とか公園団子などのジューシーで利権だっぷりの団子に委ねられていたのが、戦後日本の寒い姿だった」

天候のせいか今ひとつ調子が悪く読書の日とした昨日、河井さん著書(『火の誓い』『蝶が飛ぶ 葉っぱが飛ぶ』)の気迫ある文章、凛とした姿勢の強さが滲みました。

--------------------------------------------------

日本の自然や工芸について読んでいると、昔は当たり前だった普通の光景の、普通だからこそ輝く姿が愛おしく思えてきます。十七音でその情緒をうたう俳句、夏の情景、昔日の景を選びました。

  金魚売りの声昔は涼しかりし  正宗白鳥
  うちの子でない子がいてる昼寝覚め   桂米朝

  
  セルの袖煙草の箱の軽さあり  波多野爽波
  ワイシャツは白くサイダー溢るゝ卓  三島由紀夫(中等科時代か)
  

 
 口開けて金魚のやうな浴衣の子   三吉みどり
  
  夕顔やろじそれぞれの物がたり   小沢昭一

  
  バリカンに無口となって雲の峰  辻憲

  

  心太足遊ばせて食べにけり   佐藤ゆき子
  
  たつぷりとたゆたふ蚊帳の中たるみ  瀧井孝作
 

  湯上りや世界の夏の先走り  平賀源内   
  美しき緑はしれり夏料理  星野立子    
  麦の穂を描きて白き団扇かな  後藤夜半  
  稲づまや浪もてゆへる秋津しま  与謝蕪村
  うつくしや雲一つなき土用空  小林一茶  

e0063212_21181929.jpg
(江戸東京たてもの園&多治見の光景)

e0063212_2125011.jpg
(瀬戸焼きの生産の場や道具を展示している瀬戸蔵/瀬戸市)

夏生まれだからかもしれませんが、夏だけは、昔の夏が好きです。青空とプールだけの、あっけらかんとした夏が。
by orientlibrary | 2014-08-10 21:30 | 日本のいいもの・光景

コンヤ、蒼の旅へ。サヒップ・アタ・モスクとキュリエ

ブログ、間があいてしまいました。装飾タイルなどについて、ほぼ毎日スタディしていたのですが、そしてタイルのことを考える時間も多かったのですが、なかなかアップできなかった。予定していたコンヤの写真は、ずいぶん前から準備していたのですが。

コンヤのタイルについて書くには、もっといろいろ調べて、とくに『TILES / TREASURES OF ANATOLIAN SOIL/ TILES OF THE SELJUK AND BEYLIK PERIODS』をちゃんと読まなくてはアップできないと思っていました。でも、今の時点で一度アップしたいと思います。時間だけが経ってしまうので。。

e0063212_2371947.jpg
(青の旅へ)

そんなわけで、今回は、コンヤの「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ(Kulliye、建築複合体)」(1270年:1258年から1283年までの間に建立/Sahip Ata mosque and complex(Kulliye) , Konya)。

e0063212_2310141.jpg
(霊廟入口のアーチ。一面のモザイクタイル。上部壁面は無釉と施釉レンガのバンナーイ)

画像中心に、織り交ぜる文章は「ファイアンスモザイクについて」(「イスラム建築における陶製タイル」/著者:ギョニュル・オネイ、より)というかたちにしようと思います(=***の後の文章)。セルジューク朝のタイルは、ファイアンスモザイク抜きに語れないと思うので。*この文章と写真は直に対応していません。写真の解説ではなく別途のものです。ご注意ください。

e0063212_23151446.jpg
(複雑な幾何学模様、高低差をつけている。植物模様のモザイクタイルを囲むアラベスクのライン)

サヒップ・アタ全体を少しだけ見てみますと、「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ」は、セルジューク朝の宰相サヒップ・アタにより1258年から1283年までの間に建立されました。設計者は、アブドルラ・ビン・ケルリュック。

e0063212_2319123.jpg
(アーチ形の圧巻の透しスクリーン。イスラームならでは。細い黒で描くカリグラフィーが繊細)

キュリエ(Kulliye、建築複合体)の構成は、モスク、霊廟、ハナカ(hanigah=ハナカならば修行場のことだと思う。ある解説には“テッケ”とありましたが=ハナカと同義?)、浴場(タイル専門書にはhospiceとあり、コンヤ解説書にはa Turkish bathでその日本語訳としてハマム。浴場〜休息所でよいかと)。ここまで調べるのも、てんやわんや。

e0063212_2383139.jpg
(美しいターコイズブルー。そしてセルジューク独特の紫色、コバルトブルーが模様を織りなす。中心のコバルトブルーの模様もバランスがよくかわいらしい)

今回の画像は主に霊廟のものです。もう目を奪う素晴らしさなのです。霊廟は「1283年にrenovate修理・改修」との記載があり、建造はそれ以前であることは確か。あるいは霊廟への転用が1283年かもしれないとのこと。位置的には、モスクと浴場の間にあります。と、ざっくりで失礼して、ファイアンスモザイクの文章とともに、セルジューク、青のタイル世界への旅へ!

e0063212_2318176.jpg
(アーチ上部部分の細かいモザイクタイル。半球状の盛り上がりがあることで印象が強い)

*** セルジューク朝の小アジアの美術に対する貢献のひとつは、ファイアンスモザイクである。セルジューク人は、ファイアンスモザイクを実験的に用い、やがてそれをさわやかで精気に満ちた内部装飾の要素のひとつにまで発展させた。トルコブルーがやはりその主要な色であり、次いで濃い紫色、コバルトブルー、黒が使われた。

e0063212_23143953.jpg
(霊廟。青にクラクラ。壁面は水のような六角形タイルで覆われている。霊廟やミヒラーブ回りに使われる青の六角形タイルパネルの初期事例では??)

*** ファイアンスモザイクは、その名前が示すように、好みのパターンにそって、思いどおりの形に切断されたタイル片によって構成される。断面がわずかに台形をしたタイル片が、平らな面に裏向けに並べられ、その上から白いモルタルで固められていく。

e0063212_23155279.jpg
(アーチを下から見る。複雑な幾何学模様。センターにコバルトブルーを配す。ドームはレンガで周縁にも細密なモザイクタイル装飾。その下の素朴な三角形もたまらない魅力)

*** このようにして形づくられたプレートは、壁にはめ込まれたり、建築要素として装飾に使われたりする。

e0063212_23161211.jpg
(ターコイズブルー、コバルトブルー、黒、紫、白、レンガ色。古き良きイスラームタイル装飾の趣き。最高)

*** ファイアンスモザイクは、ミヒラブの装飾に巧みに使われていた。この種のミヒラブ装飾は、イスラム芸術のなかでは特異なもので、セルジューク朝とエミール諸政権(=君候国/ベイリク/ beylik)時代の建造物にだけ見られる。これらのミヒラブは、トルコブルー、紫、空色のタイル片からなる幾何学模様、植物文、ナスキー体やクーフィー体の碑文によって装飾されている。初期では、単純な幾何学模様とともに、パルメットの全文、2分の1の文様によって形どられたアラベスク模様、蔦の文様、ニ段式の装飾模様、ナスキー体碑文の彫られた縁取りタイルなどが広く利用された。トルコブルーは、空色や紫によって補われている。

e0063212_2317395.jpg
(色別に焼き、切り刻んだタイルを再度集成して貼り込むという大変な手間をかけて作られる)

*** ファイアンスモザイクは、ミヒラブのほかにドームの内側、ドームへの移行部、アーチや壁などを装飾するためにも使われた。陶芸の他の形態と同じように、ファイアンスモザイクの使用は、エミール諸政権(=君候国/ベイリク/ beylik)時代には、やはり限られたものとなった。

e0063212_23175335.jpg
(力強いモザイクタイル。その後の君候国(ベイリク beylik)時代には衰退してしまう。セルジュークの都コンヤの勢いが最高潮だった1200年代初頭より花開き、成熟し、次第に衰え、やがて時代がオスマン朝に変わると手間ひまのかかるモザイクタイルではなく絵付けタイルが主流に。13世紀、アナトリアのセルジューク朝はモザイクタイルを輝かせ、モザイクタイルはアナトリア・セルジューク朝建築装飾を個性的に彩り王朝の力を示した、と思うのです)

*** セルジューク時代には、ファイアンスモザイクが広範囲に使われている建造物が多い。コンヤのアラアッディン・モスク(1220年)、サドレッディン・コネビ・マスジド(1274年)、サヒブ・アタ・モスク(1258年)、スルチャル・マスジド(13世紀末)、ベイヘキム・マスジド(13世紀末)、チャイのタシュ・メドレセ(1278年)、ハルブトのアラジャ・マスジド(1279年)、シヴァのギョク・マドレセ・マスジド(1271年)、アフヨンのムスリ・マスジド(13世紀末)、アンカラのアルスランハネ・モスク(13世紀末)。この最後の建造物はファイアンスモザイクが浮彫りのスタッコ装飾とともに用いられた、特異な例である。


--------------------------------------------------

「サヒップ・アタ・モスクとキュリエ」では、コンヤのキリム展示も充実していました。アナトリアの赤や軽やかな幾何学模様、古い味わいがステキでした。

e0063212_23194374.jpg


蒼のタイル世界に朦朧としつつ、別の目的である草木染めの毛糸を探してバザールへ。絨緞修復をしているファミリーのお店&工房で、たくさんのラグを拝見。修復に使っていた大切な毛糸を少しだけわけてもらいました。感謝。

e0063212_23233036.jpg

by orientlibrary | 2014-08-05 23:45 | トルコのタイルと陶器