イスラムアート紀行

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暑中お見舞いの青の魚たち/THE SKETCHES &Akber Khamiso Khan

暑中お見舞い申し上げます。

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(涼しげな、青の魚たち。ウズベキスタン・リシタン生まれの青の魚皿をコラージュしてみました)

今年はいろんな面で暑い(熱い)夏。連日の暑さ、脱原発ムーブメント、オリンピック等々。
イスラム諸国では、20日頃からラマダンも始まり、日本のムスリムの方々もラマダンをされています。日本の蒸し暑さは身体にこたえます。水も飲んではいけないと聞いていますが、脱水症状にならないように、どうぞご注意くださいね。
また暑い中、外仕事の皆様も大変だと思います。熱中症にお気をつけください。体をいたわる休憩時間がとれますように。


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先日の「東京無形文化祭」、「パキスタンの歌姫サナム・マールヴィー スーフィー・ソングを歌う」に共演し、見事なアルゴーザー(二本組のたて笛)演奏を披露してくれたアクバル・ハミースー・ハーンさん、どこかで見た人だと思っていたら、、お気に入りのパキスタンのデュオ「THE SKETCHES 」のビデオ!

THE SKETCHES - RANO - Featuring Akber Khamiso Khan






パキスタン、シンドSindh地方の集落でしょうか。ジャラジャラと派手なデコレーションからは想像できないような繊細な笛の音。恰幅のいいアクバルさん、ヘッドスカーフやベストとストールが独特の存在感。
透明な音世界が魅力的なSKETCHES 、シンドの自然や人々の営みの中でのビデオ作りも、彼らのまじめさ、若々しさが垣間見えて、好きです。
ヴォーカルのSaif Samejo、アジュラクの巻き方が毎回違う。今回はカジュアル。ギターのNaeem Shahは、知的な雰囲気。

パキスタンで人気沸騰中というアクバル・ハミースー・ハーンさんについては、東京無形文化祭資料が詳しいです。引用させていただきます。

<アクバル・ハミースー・ハーン(アルゴーザー)について/東京無形文化祭資料より>
アルゴーザー奏者。1976年生まれ。彼がアルゴーザーに目覚めた当時、現役のアルゴーザー奏者はわずかアッラー・バチャーヨー・コーソーだけであった。アクバルは、アルゴーザー界の巨匠であった父ハミースー・ハーン(1983年没)とミスリー・ハーン・ジャマーリーの残した録音で研鑽を積み、アルゴーザー奏法の下地を築く。ここ毎年のように、インドのラージャースターンからスィンド州にかけての砂漠地帯の民俗音楽の伝統を継承する芸能集団マンガンハール(インドではマンガニヤール)の焦点を当てたマンガンハール音楽祭で活躍し、現在はアルゴーザー奏者として、パキスタン国内の音楽祭においては欠くことのできない存在となっている。

こちらは来日時の、パキスタン大使館でのミニライブの模様から。左2枚がアクバルさん。

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今回の来日では、ドーリー(両面太鼓)のファイブスター・ミュージカル・グループも素晴らしかった。
ドーンの一発で、別世界。すごい。さらに、同グループで火箸みたいなチムターという楽器を担当するムハンマド・アスガルのヴォーカル(パンジャービー語の伝統民謡)と、サギール・アフマドによるシャーナイー(オーボエ状の笛)独奏が、すごかった。個人的には、今回のベスト3に入ってます。また、バーバル・アリー(サナム・マールヴィーとの演奏)のバンスリー(笛)の素晴らしさも、一言書かずにはいられません。

<ドール(dhol)について/東京無形文化祭資料より>
インド亜大陸に広く普及している大型の両面太鼓のことで、その起源は15世紀にも遡る。ドールは民俗音楽の伴奏楽器として使用されるが、パンジャーブ地方では重低音を大きく震わせるために特に大型のドールが好まれている。

<チムター(Chimta)について/東京無形文化祭資料より>
南アジアで親しまれるこの楽器は、パンジャーブ地方では民俗音楽、民謡歌手の弾き語り、そしてスーフィー音楽等で頻繁に使用されている。チムターとは「火箸」を意味し、小さなベルが付けられた平たく長い二枚の金属板からできている。冠婚葬祭では、しばしばドールやシェヘナーイー(二枚リードを持つ笛)と共に演奏される。

今回、日本のアジュラク専門家からグジャラート(インド)産のアジュラクがパキスタンの楽士たちにプレゼントされたこと、書いてもよいですよね。
インドとパキスタンは分離独立という経緯がありますが、パンジャーブ、グジャラート、シンドのあたりは、分離と一言で片付けられない一帯。
パキスタンの楽士たち、グジャラートのアジュラクを纏い、うれしそうでした。とても素敵な光景だと思いました。

わ、時間切れです、、  元々、アジュラクをテーマにした苦心のフォトコラージュがあった(以前作っておいた)のですが、、なぜかPCのどこを探してもない、、もうクラクラして、ザクッとしたものしか書けませんでした。出てきたら追記します。m(_ _)m
by orientlibrary | 2012-07-29 13:45 | 美術/音楽/映画

ウイグルのゆりかご/イラン式料理本/青の大壺さま

今回は、「書かなくちゃ〜」と思っていた話題3題、トリプル、です!

Facebook、いろんな見方はあるでしょうし、これからはどうなるかわかりませんが、現在いろんな面で重宝しています。
当初は、知人友人の輪、的なものだったのかもしれませんが、ある時点から、テーマを明確にしたコミュニティやグループなどが、非常に増えました。これが私にとって、最大の魅力です。WEBサイトを持っていても、facebookも同時に展開しているため、WEBへの入り口として出会うことができます。

世界の素晴しいイスラム美術、イスラム建築、細密画、青の陶器やタイル、南アジア・西アジア・中央アジアのテキスタイルや模様、デザイン、芸能、マーチャンダイズなど。これまでは、書籍を探したり、ネットで検索したりしていましたが、「途上人が検索できること」、それ自体が限られているということが、よくわかりました。

さらに、日本のメディアに登場することはまずないと思われる、今どきのイスラムファッションや化粧法、スカーフの巻き方やヘアスタイル、イスラム模様のかわいい小物なども知ることができます。パキスタン・ムルタンの陶芸工房の写真を見たときには、狂喜しました!青がまた独特なんですよね〜。。

難点は、スピードが速すぎて、とてもついていけないこと、情報が豊富すぎて、ほとんど消化できないこと。それでも、興味のあるテーマの話題、その10%に触れられるだけでも、私はありがたいこと、うれしいことだと思っています。

気に入っているのが、書籍の図版についての詳しい解説がある
「Rare Book Society of India」(リンクを見るにはfacebook登録が必要なのかも??不明です)
パキスタン・ラホールの建築物や暮らしを垣間みることのできる
「Lahore - The City of Gardens」など。

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日本の「現代イスラム研究センター」も、豊富な写真とともにイスラムの様々な側面を紹介。熱心な更新に頭が下がります。

なかには「ユーザーからの投稿」も。「ウイグル人の生老病死について簡単な紹介」(Halqigül Pattarさんより)という記事、接する機会の少ない情報が詳しく紹介されていて、興味深く読みました。
すべてが貴重で興味深い内容なのですが、赤ちゃん誕生から名付けまでのみを引用させていただきます。(了解をいただいています)(本文では、割礼、伝統的な治療方法、長生きする人々、お葬式、と続きます)

 

赤ちゃんが生まれる
  女性は結婚して妊娠して9月9日9時間9分9秒経って赤ちゃんが生まれる。赤ちゃんが男でも女でも「アッラーの召使(banda)」と見られて、同じく大事にされる。 
赤ちゃんが生まれてからへそが切られて、体が丈夫な人になるために、塩を入れた暖かい水(厚い地区では塩を入れない。例、トルファン)で洗ってから、おしろいを塗ってから、おくるみでしっかり包む。 
赤ちゃんが生まれて7~9日の間 揺(ゆ)り篭(böxük)に入れる。

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(左:ウイグルのゆりかご/右:ウズベキスタンのゆりかごを持つお母さん人形。じいちゃん人形が主で、女性の人形は少ない。リシタンの陶芸家さんが作ったこの人形、好きです/ウイグルとウズベク、とくにリシタンのあるフェルガナ地方とは共通するものがあるようですね)

 揺り篭結婚式(böxük toy)
 ウイグル人の伝統では結婚した女性は一番目の子供を実家で産んで、40日まで実家で育てる。40日満になってから、女性側の親は家で「böxük toy」を行う。böxük toyに男性側や親族、実家の近所、親族などを誘って、招待する。男性側は赤ちゃんやお母さんに必要な物、また自分の経済によって、お母さんに服装や飾り物を持ってきて祝って、女性側の重要な家族にもプレゼントを持ってきて、赤ちゃんやお母さんを良く育ててもらったことに感謝する。お客さんを送ってから、お嫁さんと赤ちゃん, böxükに香をたいて,男性の家に連れて行く。böxük toyの本質は無事に産んだお嫁さんを自分の家に戻してくる儀式です。


 名前をつける 赤ちゃんが生まれて何日間経ってから赤ちゃんに名前を付ける準備をし、敬虔な人を誘って、名前をつけてもらう。名前を付ける人は赤ちゃんを持って、キブラに向かって、クルアーンの部分やアザーンを言って、「お名前がAになります」と言い出す。その場にいた人々は赤ちゃんを祝って、名前をつけてくれた人を招待する。


 名前を付ける習慣は基本的に3時代に分けられる

1)イスラーム化前:基本的にウイグル語の単語を使って、名前をつけた。Baytamir,Iltamir,Bag buka,Karabuka etc
また場所、町の名前を自分の名前をとしてつける伝統があった。
チンギスハンの重要な顧問の1人であるKariyagaqはKariyagaqと言う場所の名前をつけた。


2)イスラーム化以降:ウイグル人はイスラームを受け入れてから、イスラームはウイグル人の名前にも影響を与えた。それから、アラビア語やペルシャ語の名前が増えてきた。
例、Abdullah(Allahの奴隷)、Habibullah(Allahの友達)、Mutiullah(Allahの従順な奴隷)etc.

イスラーム信仰が強くなればなるほど、昔のきれいな(純粋な)ウイグル語の名前の代わりにアラビア語の名前が占めてきた。ウイグルムスリムは自分のアッラーに、天使達、預言者、カリフ達、お母さん達に対して恋し さを表すために、それらの名前を自分に名前としてつけた。

アッラーの特徴を現す名前、Halik(生命を創造者)、Kadir(すべてできる、すべてに力がある)、Gopur(寛容者)、Israpil,Mikail(天使名)、Muhammad,Dawut,musa,Eysa,Ismayil,Yakup(預言者名前)、Ababekri, ömar,Osman,Ali(カリフ達の名前)、Hawa,Maryam,Aixa,Hadija,Fatima(偉大なお母さん達の名前)、Islam,Imam,Jannat(イスラームに関する名前)、Madina,Kuddusイスラームの聖地
イスラーム化以降ウイグル語の名前は完全になくなったわけではない。Ay,Supurga,Palta,Samsak etc.


3)中華人民共和国に属してから:アラビア語の中から意味が良くて、イスラーム色が強くない名前を選んで付けた。例、Adalet(公平、公正),Adil(公平)、Alim(学者),Pazilat(人格)。それから、ウイグル語独特の言葉を作る方法で時代に合う、時代を表す名前をつけることは普及してきた。例、Arkin(自由),Yalkun, örkax(波),Kutluk(おめでたい) etc.

自分の子供の大きくなってから知識人で裕福になるようにお父さん、お母さん達は子供にSultan,Dölat,Malika,Geniなどの名前を付けた。

思い出すため、懐かしいから自分の子供に亡くなったお父さん、お母さん、近い親族の名前を付ける親もいれば、逆にそうすれば子供が長生きできなくなると心配して亡くなった親族の名前をつけない親もいる。

子供の生まれた時期と関係する名前も多い。例、Jüma,Noruz,Sapar,Rozi,Kurban,Barat,Rajap etc

空の物体や自然現象に関する名前、例、Qolpan,Yultuz,Sayyare

ある植物、木、果物の名前、Anar,Alma,Zaytu,Rayhan

ある鳥や動物の名前、Yolwas,Maymun,Kunduz,Tuti

有る鉱山物の名前、Altun,Tömür,Almas,Zumrat

ウイグル人の名前を地方性が強いと言える。ある名前を聞いて、どこの人か分かることができる。男性名Matから始まればホータン出身、Almarahan,Maysihan,Aznihanトルファン出身の女性。



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(左:リシタンの人形、バリエーション。衣装や表情が違う/右:ウイグルの光景。女の子の三つ編みもウズと同じ。美人が多い!じいちゃんが絵になる!)


「日本で新しい揺り篭(böxük)も誕生。 
足利工業大学機電学系一年生機械専攻アハト・アブドラさんが発明」とのこと。すごい、、、揺れてますね〜☆





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イラン映画「イラン式料理本(IRANIAN COOKBOOK)」(2010年)は、2012年9月15日〜、岩波ホールほかで上映です。

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チラシを見て、これ絶対見よう!と思いました。(デザインとコピーが最高!ベースとなるイランの青に黄色、地模様の青と大胆な散らし方、フォントの選択、イラスト、料理名の和訳、、このセンス好き!!!)。YouTubeに予告編もアップされています。




e0063212_23243513.jpge0063212_23305424.jpg内容は、、、イラン人家庭のキッチンで女性たちが料理をする姿を撮影し、その様子から浮かび上がるイラン社会を映し出すドキュメンタリー。100歳目前の女性、主婦歴40年の女性、現代の若い女性など、台所で料理をする7人の女性たちは、監督の家族や親戚。イランの料理を作り、食べ、片付けるまでの間に、それぞれのキッチンでのドラマが繰り広げられる。料理、年齢や男女間のギャップなど、食文化や家庭観といった興味深いイランの社会や文化が凝縮されている、、、そうです。イラン映画独特のユーモアと哀愁、リアルかつファンタジックな世界が見られるかなと、楽しみにしています。


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トルコ・キュタヘヤの絵付け作家メフメット・コチェルさんの作品、タシュチニ大壺。

<タシュ・チニとは> オスマントルコ時代、中国染付に恋いこがれたスルタンや職人たちが作り出した陶器。石英の比率を高めた石のように固い素地が特徴。長く製法が不明でしたが1990年代より研究が進み、再現が試みられています。粘り気のほとんどない石英の粉を、少量の粘土を用いて成形するには高度な技術を要します。タイルなら厚くしないと折れてしまい、ましてや壷などの立体物を作ることは非常に困難。「しかし、それだけの労力を費やすだけの価値はあります。潤んだような白色の地肌、水面下で泳ぐような青の発色、質感は、一見して秀でています」(コチェル氏)。

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昨年11月から半年間「INAXライブミュージアム」にて展示、その後「エスニカ(横浜)」で約1か月ご紹介。
その後、あるところ(日本でこの壺が似合う最高の場所)に贈呈できれば、とお話をしていましたが、ご縁が薄かったようです。

この大壺、同じくメフメット作品の美しい大皿、繊細な形の扁平壺とも、現在、orientlibraryの元に。今後どうするか、大壺さまの「神の声」を待っています。(冗談ではなく、結局、大壺さまの意のままに動いてきた私ですから、、)。どうなることでしょう!?、、、
by orientlibrary | 2012-07-21 23:41 | ウイグル/アフガン

「STUDIO MUMBAI : PRAXIS」、インドの匠が集結するスタジオ・ムンバイ

*** 記事中の写真、全部見えないようになってしまったみたいですね。。ギャラリーで「写真撮ってもいいですか?」と確認して了承を得ましたし、書籍からの引用も出典を明記したのですが、、ダメなのですね。宣伝してお金を得ているわけでもなく、惚れ込んで惚れ込んで、紹介させて頂いたのですが、、残念です。記念にこのままにしておきます〜!(त_त)!(9月2日記)***

「STUDIO MUMBAI : PRAXIS (スタジオ・ムンバイ プラクシス)」が、TOTOギャラリー・間(東京・乃木坂)にて開催中です。
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インド建築界を代表する建築家、ビジョイ・ジェイン氏率いるスタジオ・ムンバイ。展覧会では、スタジオ・ムンバイで実際に使われている素材、模型、スケッチ、モックアップなどをムンバイから移送。東京という環境のなかで再構築した「Studio Mumbai in Tokyo」を見ることができます。

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(書籍『STUDIO MUMBAI : Praxis』)

感動というより、共振という方が近いかもしれない。このような感覚は久々。ギャラリー内写真OKとのことで、取り憑かれたように撮っていたら、コンデジが熱を持って熱くなりました。本当に好きすぎる、、!まさに熱中!?

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「スタジオの再現」。作業机や椅子から作ってる!たしかに、、作ればいいんだよね。普通の家にあるような電気スタンドがいい感じ。
何気なく置かれた「素材や模型、モックアップ」の存在感、スコーンとして気持ちいい。それでいてアート感に満ちている。用途がわからないものもあって、最高。
スタジオ・ムンバイは「スケッチや大きなモックアップでの検討を何度も繰り返すプロセスそのものがデザインになることが特徴」。
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「作品ごとの写真、映像、ドローイング」。こんなところで時間をすごせたら、どんなにいいだろう、、!ツボを直撃。和とも親和性があるような気がする。

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(作品の例:リーディングルーム)

「インスピレーション」。ジェイン氏はじめスタジオのメンバーがインドを旅して触発されたものや光景を写真や映像で紹介。とっても共感!インド、さすが!生々しくて、タフで、抜けがあり、飄々としている。

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(インスピレーション:「蚊帳の集落=地方の村々に暮らす農夫たちは、夏の間だけ日雇い労働者として都会に出稼ぎにやって来る。夜に現れ朝に消えてしまう蚊帳でできた集落」)

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(インスピレーション:「生地屋=布で埋め尽くされ、商品と空間が一体化している。客寄せにもなり、客も手軽に買物ができる」。← これ、インドで思う。商品そのものをディスプレーにするのが巧みだと思う)


「スタジオの日々の映像」。仕事は生活の糧であり、同時に生涯一歩づつ磨いていくもの、集中して熱中しておこなうもの。鍛錬や工夫がもたらす達成感、職人としての誇りや喜び、一人一人の職人の、その幸福感が伝わってくる。そして多くの職能が集まり、つくり上げて行くプラクシス(実践)そのものの、充足感が伝わってくる。

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(職人さんたちが黙々と作業。コンクリの色板も色から制作。中段左から2番目の石工さん、鉛筆をササッと石で削っていた。大工さんも釘を使わず組み立てる。実物大の模型を作り、そこから考えていくという。下段右は音楽タイム!)

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(書籍『STUDIO MUMBAI : Praxis』より)


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スタジオ・ムンバイの活動の特徴は、敷地の造成から設計、施工といった一連の工程すべてを、建築家と熟練工からなる人的ネットワークにより、手作業で行なうことにあります。
スタジオ・ムンバイのワークショップでは、インド各地出身の有能な職人たち(大工、石工、鉄工、金工、井戸掘り工など)約120名が住み込みで働き、ジェイン氏の指導の下、地勢や気候を読み、井戸を掘って水源を確保し、地元由来の素材とそれに適した工法を用いて建築をつくっています。

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先祖代々口伝によって伝わる伝統技能を受け継いだ職人たちの確かな技術力は、乾期の猛暑と雨期のモンスーンという厳しい気候条件に耐え得る建物には不可欠なものです。
彼らの知恵と技能を充分に活かしつつジェイン氏の深い思索に導かれて生まれた建築は、その地での快適な生活を約束しつつ、風景と調和した豊かな詩情を湛えています。

さらに、ジェイン氏は職人たちにスケッチブックを与え、ドローイングの描き方を教えています。教育を受けられず文字も書けない職工たちが、日々の作業と並行して建築を「設計する」ことを学んでいきます。

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Praxis(プラクシス:実践、自然や社会に対する人間の働きかけ)は、建築をつくりたいという意思をもつすべての人に門戸を開いたオープンなコミュニティの中で、さまざまなアイデアや実践を行きつ戻りつしながら最適なゴールを見出していく、スタジオ・ムンバイの存在と活動そのものをあらわす言葉です。

◆■◆■◆
スタジオ・ムンバイの仕事がなぜ反復作業によって成り立っているか、なぜ案を検討するために大型モックアップやスケッチや図面を作成し、素材のスタディを重ねるのか。それはすなわち独自の思想を練り上げ、自発的に組織を形成していくためなのだ。


プロジェクトに取り組むあいだは、場所を念入りに検討し、そこにある環境や文化、人びとが身も心も捧げてきたことに目を向けるようにしている。
なぜならそこには、限られた資源を相手に人間が創意工夫を凝らして編み出した建設技術と素材があるからだ。

◆■◆■◆
スタジオ・ムンバイにはいろんな人たちがいます。建築家もいれば、職人も大工も石工もいる。その彼らが建築を建てる、あるいは作るためにここに集まってきました。(中略)スタジオ・ムンバイではつくりながらアイデアを練るという筋書きを辿ります。あるいは現物を相手にアイデアを組み立てていったり。おおまかにいえば、そんなところです。

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先祖代々大工であった人たちも仲間に引き入れました。彼らはもともとラジャスタンの出身で、大工の伝統の中でその継承者として訓練を受けてきたので、工匠の技術をもっています。この地方には切石技術に長けた石工もいます。業種も出身地も異なる人たちが、ひとところに集まって仕事をするのが、スタジオ・ムンバイです。これが事務所の原点です。そしてもうひとつの特徴は、常に外部からの参加に対して開かれていること。建築について考えよう、建築をつくろうという人なら、誰でもこのスタジオに加われます。

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inspiration インド国内を旅してまわる中で私たちがたびたび遭遇したのは、制約のある環境下で空間を機能させるという必要から生まれた、ある特色をもった空間である。
限られた空間や資源しか利用できない人びとは、生活の必需をすべて満たすために自発的にそうした空間をつくる。
それらは人と人の交流を決して妨げない、慎ましくも自由な空間である。

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(インスピレーション:例:「ポケットマン(Tシャツに地元の正装の印とされる懐のポケットを縫い付けている)」「ボダイジュに寄りかかりながら建つ寺」「サリーでつくった即席シェルター」「木の枝で熊手作り」など。展示スライドを撮ったものも。よくわからない光景も多かったけど、撮らずにいられなかった)

興味のツボや、これまでモヤモヤと思ってきたことと重なり、ホントにガツンときました。本を読んでから、また見に行こう☆

ご興味ある方は、ギャラリー間のサイト、こちらから。(9月22日まで/入場無料)

 2012年8月、東京国立近代美術館(本館)の前庭にスタジオ・ムンバイがデザインする「夏の家」(仮)がオープン。竹製のBird Tree、モックアップテスト中。敷地となる美術館の前庭に設置。プロセスを紹介するというブログはこちら
暑さにめげず、観察に行きますよ〜!!^^
by orientlibrary | 2012-07-15 01:59 | インド/パキスタン

「紙にできること」、紙のトレンド、サマルカンドの紙

そういえば「紙」も好きだったな。「紙にできること」というレクチャーを聞いてじわりと思い出しました。
土ものにハマり始めてかなりの時間が経ちましたが、以前は紙が好きで、好みの紙を見つけると買っていました。紙に乗った色は紙質によって違い、マットで質感のあるものが好みでした。

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(イランの紙関係。salam×2さんの展示会等より/イランの絵本。色合いがシック!洗練です/この色の組み合せ。切抜きも面白い/イランのマッチ。かわいい!青がいい色合い。こういうの買ってくるって、、salam×2さん、ナイス!/更紗模様の紙箱、いいですよね〜〜〜〜好きですね〜〜)

「紙を考えることはその母体である林業を、森林資源を考えること。紙の歴史、紙のおもしろさ、紙の未来について等々、日々紙に携わっている「紙のスペシャリスト」からお話を伺います」という「BooK学科ヨコハマ講座」、王子製紙の鈴木貴さんが講師。
製紙会社の方が考える「良い紙」と紙のトレンド、 紙の元である林業について、等々、興味深い内容でした。
メモをザクザクッと、、(手書きのメモのため、正確ではない点、話者の真意を汲んでいない点があるかもしれません。その点、ご容赦願います)

 <良い紙とは?>
* 製紙会社の人間は、ツルツルの真白のものが良い紙だと思ってやってきた。平滑で、真白で、軽くて、光沢度が高く、裏抜けしないもの、発色が良くバキバキに出るものが良いのだと。つまり、技術的に難しい紙が良い紙だと思っていた
* 「地合ムラ」のあるものは「ダメ紙」と言っていた。繊維がからむと強くなるのは良いのだがムラができる。それを嫌った。板紙は紙じゃない。「ガミ」だ

 <紙の好みが変わってきた>
* しかし、じつは選ぶ人(デザイナー〜その先の消費者)は質感やザラザラした味わいが良い、好きと感じていた。発色も沈んだ方が良いと。5年くらい前に、ようやくそのことに気づいた。それを拒絶してもダメなんだ
* じつは製紙会社は、世の中にデザイナーがいるのを知らなかった。それまでは印刷会社に接していた。それで売れていた。しかし、ある時から売れなくなった。機械が止まったりした。出版不況は死活問題になった
* そして、気づいた。デザイナーはザラザラがいいと言っている。これはマズイと思った。製紙業界はユーザーと対極にあったわけだ。さらに「見本帳を自由に取れる所はないんですよ」と
* それならば選ぶと楽しい見本帳を作ろうと思った。使い手に見てもらえる見本帳を作らないと話にならない。やり始めると見えてくるものがある。見本帳では文学の一節を紙に乗せた。紙質や紙の色合いによって文学が違って見える。紙選びで変わってきてしまう
* この数年、紙媒体はどうなるのかという状況だ。紙の良さを知ってもらわないといけない。さらに銀座にPAPER LIBRARYもオープンさせた。

 <林業と製紙>
* 外国から安い紙が入ってくる。なぜ安くできるのか。貧しい国が貧しいままでいてもらわないと安くできない仕組みなのか
* チップ(パルプ繊維)は東南アジア、南米、南アから、南半球からの輸入なので輸送コストがかかり原料費が高くなる。中国やヨーロッパなど自前で調達できる国と比較して日本の紙はコストで勝てない
* 日本は林業と製紙が分断されている。欧米の製紙会社は製材会社でもある。チップになるのは柱用の四角を取った残り=50%なのだが。王子製紙は細々と林業を続けている社有林がある。日本の8割は森なのに。日本の林業は切る事ができない事が問題。保水力がなくなる等と言われる。木を育てるには時間(70年程)と手間がかかる。(コストはかかるが)チップを持って来た方が安い
* 製紙工場では、チップ40%、古紙60%を使用(ダンボールや箱が古紙使用なので比率が高い)。作り方はチップを煮る、繊維、水に溶かして漉く

 <紙のこれから>
* 遅い、かさばる等と電子メディアと比較されるのは不当な評価だ。元々の役割が異なる。原材料から異なるのだ
* クラフトパルプ加工、強い紙ができる、樹種を選ばない
* 最近は木材としてはユーカリがよく使われる。ユーカリは7年で育つ
* 紙にも流行がある。今はガサガサして安っぽくて色褪せするものが人気がある
* 色はグレーが流行るのでは?製本はクリーム色が多いが深い理由はない。色に商品価値はないという考えが多かったからではないか
* ダンボールの厚紙で本を作っても良いと思う。味がある。作為的なものよりも、工程上、やむを得ず出る方が紙として力がある。わざとやったムラじゃない。それがいい

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(写真ではほとんど伝わらないと思いますが、、見本帳より/紙の色合いや紙質によって文章の印象が変わる!/布を思わせるような質感の紙も。贅沢感あり/人気のクラフト紙。ナチュラルが時代の気分でしょうか/色見本帳が雑貨みたいでカワイイ!)

 <気づいたこと、共感したこと、触発されたことなど>
・ メーカーの製品開発と、使い勝手や使い手の感性の大きな乖離。そのことに気づき、使い手側に近づくための方策は、他の消費材では80年代頃から、まさに必死でおこなわれてきた。紙が5年ほど前からとは、驚き
・ 「印刷会社」との関係が主という「直の関わりのなさ」が背景にあるんですね。出版不況でようやく気づいた。そこからの取組みは、真摯だと感じた
・ 実際、見本帳は、無味乾燥なカタログではなく、紙と文字の組み合せが興味深い。紙質によって小説の印象が変わってくるのにはビックリ

・ 「ガサガサして安っぽくて色褪せするもの」が人気というのは、実感としてわかる
・ナチュラルなファッションやオーガニックなフードなど、全体に、張り切りすぎない、気取らない、エコな感じ、というのが今の気分なのかな

・ 「ムラなども、作為的なものよりも、工程上やむを得ず出る方が紙として力がある」
・これも非常に共感!流れの中でできるものを活用したり、新たな視点で魅力を発見する。これが大事だと思うし、自然なものの力があると思う

・「電子メディアと比較されるのは不当な評価」。紙をやっている人の気概。たしかに原料も違うものなんだもの。紙は紙の魅力と今の時代に必要な方向性があるのかもしれない
・私も手書きをしなくなってから、紙との関係が少なくなっていったのだけど、、紙を生かすような何か、してみようかな、と思いました

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(紙が好きだったことを思い出した、、/写真ではわかりにくいですが、いろんな色合いと紙質のもの、見つけたら買ってました(重なってますが一品目につき数十枚あるんです、、)。今はそのまま使うことなく収納。手書きがほとんどなくなったことも一因/和紙系のものも。ネパール、チベット、韓国、インド、フランスの紙など/カードやポストカード類もメチャたくさんあって年々黄ばんでいく、、タイルの模様のコレは東京ジャーミーの売店で購入。値頃なプライスで驚きます/レイアウトの都合上、あと1枚、適当に入れちゃいました〜(^_^;) タイル関係の書籍など。紙つながりで、、。よく見る本はカバーを取ります。ていうか、新書も文庫も単行本もカバーを取ってから読みます)


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今回は、紙、ということで、やはり「イスラムアート紀行」、何かそれらしい話題を、と「サマルカンドペーパー」の写真などを準備しました。(まず写真を用意してから、文にかかります。後でバタバタするのが嫌なので)

でも、今回も、すでに長過ぎかも。

ウズベキスタンでは、サマルカンド工芸の復興と振興を目的として1996年に、NGO「サマルカンド工芸協会(MEROS)」設立されました。2001年より、ユネスコやJICA(国際協力機構)の支援を得てサマルカンド・ペーパーの復興活動がおこなわれています。

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(サマルカンドペーパー製作現場=画像コラージュは
「 international caravan travel uz-History of Samarkand paper」より引用)

「サマルカンドペーパー」について、日本の協力について等、下記サイトに詳しく紹介されています。日本の紙関係と合わせ、リンクとさせていただきます☆

 
 石州和紙(島根県浜田市三隅町) 「国際交流 ウズベキスタン共和国との交流」を参照ください
 石州和紙久保田 上とリンクしています 
 地球の歩き方 サマルカンド・ペーパー
現代に甦る伝統の技術――コニギル・メロス紙すき工房(ウズベキスタン・レポート2)
 OTOA ウズベキスタン / 紙のシルクロード ~ 21世紀のサマルカンドペーパー復興 ~ 
  international caravan travel uz / History of Samarkand paper
 parus87 / Mysteries of Samarkand paper
 王子ペーパーライブラリー
 王子ペーパーライブラリー 紙の基礎知識

と書いているうちに、facebookのフィールド、次がこの記事 MOTにて「トーマス・デマンド展」明日まででした。「Thomas Demandの作品は、単なる写真ではなく、インターネットや新聞紙上で人々の注目を集めた事件やシーンを、厚紙で精巧忠実に(しかも原寸大で)再現した現場を撮る、というもの。どれもこれもパッと見、被写体が紙とは思えない」。  ・・・紙づいてます〜〜☆
by orientlibrary | 2012-07-07 15:34 | 社会/文化/人

『絲網之路天空』〜駱駝の影、砂漠の足跡、込められた想い

今回は、NHK BSプレミアム『極上美の饗宴』「シリーズ平山郁夫の祈り(1)執念のシルクロード」からです。(*画像はTVより引用、またTV放送からのメモを参考にしています)

〜〜平山ほど、壮大なスケールの風景と悠久の時間を描こうとした日本画家はいない。40年にわたって、現地を100回以上も訪れ、ラクダに乗った人々が広大な砂漠を行く姿などを描き続けた。平山はシルクロードに何を見たのか? 膨大なスケッチなどを手がかりに、画家の執念を見つめる〜〜


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(平山郁夫氏は 15歳で原爆に合いその後貧血など後遺症に苦しみます。東京芸大に入学して日本画を学ぶも、何を描いていいか模索の日々。一枚でいい、自分だけの絵を描かねば死ねない。転機となったのは1958年の「仏教伝来」、玄奘がオアシスにたどり着いた場面。シルクロードを歩いて新しい表現をつかみ取りたい。1回目のアフガニスタンは38歳のとき。アフガニスタンの茶褐色の世界に戸惑います。「厳然と私を拒んでいるかのようだった」。自然を細やかに写し取る日本画の世界。岩山と砂の大地をどうしても描くことができず、ウイグルの人々をスケッチすることしかできませんでした)

数年前、玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」(奈良・薬師寺・大唐西域壁画殿)を拝見しました。平山郁夫氏が30年の歳月をかけて完成させたという入魂の作品です。灼熱の砂漠、厳寒の天山山脈を行く玄奘の旅、その艱難辛苦はいかほどだったかと思うと同時に、ときには魅了されたであろう自然が織りなす光景、絶景との出逢いを思いました。
平山郁夫氏もまた、この大自然と、そこで暮らす人々の営みに心惹かれ、まさに人生を賭けてそれを表現した方なのではないかと感じました。

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( 『絲網之路天空』)

今回の放送で最も興味深かったのは、有名な『絲網之路天空』に込められた思いの強さと、その表現方法。「悠久の歴史」を感じさせる平山作品、様々な実験や取材をもとに、その秘密に迫ります。

ちなみに、ナビゲーターとして登場するのは、大自然やシルクロードの写真を数多く撮っている写真家の秋野深氏。キリリとした構図と温かさの伝わる写真が魅力的。青の装飾タイルが好きとのことで、タイルの写真も綺麗ですよ!^^!

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( 1970年にトルキスタン遺跡、その後バーミヤン遺跡へ。茶褐色の世界、伝統的日本画にない題材。最も関心を寄せたのが駱駝のキャラバン。人の営みを色濃く感じさせる姿。シリアの家畜市場の作品では駱駝の姿形がよくわかる描き方をしているが、ここではシルエットに。象徴性を高める)


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(いかにもシルクロードという印象の駱駝のキャラバン。平山氏は砂が風に流されていく光景、流砂を見て砂漠が海のように見えたという。思い浮かべたのは故郷である瀬戸内海の風景。「駱駝船が行き来して交易しているようだ」。それが砂漠のキャラバンと重なった、悠久の流れの中に厳しい光景の中に人の営みがある。そこに惹かれた。風景のスケッチが可能になった。同行した妻・美知子さんが、常に傍らにあり行っていたこと、それは、、鉛筆を削ること。「鉛筆削れ!とすごい迫力で言われました。彼は風景と向き合っていました。鬼気迫るように」)


秋野さんは、『絲網之路天空』の場面となったと思われるトルファンの火焔山あたりを歩きますが、描かれた光景とリアルな景色は、山ひだや太陽の位置などが微妙に異なることに気づきます。平山さんは、何を意図して構図や表現を変えたのでしょうか。

(以下、長くなるので端的に書きます)
 まず重要なのは、駱駝の影(現地で人々に取材。「帽子の形は100年以上前のもの。交易が盛んで豊かだった頃。豊かさを描きたかったのでは」、50年前はキャラバンに入っていたという老人は「駱駝のコブが元気ではない。長旅で疲れている」等々。シルエットの駱駝は見る人に様々なイメージを描かせる)
 逆光で輪郭を強調
 強い象徴性を持たせる(イメージやシルエットは日本画の伝統にない。想像力をかき立てる)
 稜線が右から左へ。砂漠の緑、斜めの線がある(動きを表現、移動を表す、右から左に進んでいる、山と砂漠、2本の線)
 隊商の前に余白(悠久の歴史、それが今も続いていること、動きを感じさせる)
 幾筋もある砂漠の横線(多くの隊商が歩む事によりできたものであり象徴的な意味。いにしえの人々がシルクロードを通して交流した長い歴史。素晴しい表現方法)
 砂や横線が点で描かれている(悠久の歴史。砂は岩絵の具により雫のようなかたまりで描かれる。膠と混ぜ水で絵具薄める。重ねて塗ると盛り上がるようにたまる。ムラが質感、風合いになる。乾かしてまた塗るを繰り返す。横線も何度も塗り重ねる)


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(左上は画の砂の部分。砂漠の砂や足跡、隊商が行き交った道筋を、色を何度も何度も重ねて塗ることにより表現)


まさに「あらゆる手法を使って描ききった」のですね。
1972年に日中国交が正常化。世界を部隊にした文明の道がロマンをかき立てました。シルクロードを通して西域が日本とつながっている、そんな高揚感さえ湧いたかもしれません。「人間の営みを描き込もうとしているという点で現代的」「膨大な歴史の集積を表現するためロマンをかき立てた」。表現方法という切り口から、画家の想いに迫った、いい番組でした。

私が平山さんの絵から感じるのは、歴史を生きた人々への、かの地で暮らしを営む人々への敬意と想いです。そこに敬意を持ちます。


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シルクロード、トルファンの話題から、「ウイグル人の生老病死について」(Halqigül Pattarさん/現代イスラム研究センターのfacebookより/転載許可を頂きました)をご紹介しようと思っていたのですが、長くなるので(〜実際は上をまとめることで力尽きたため)次の機会にしたいと思います。
ウイグルの暮らしについてのリアルな情報に触れる機会が少ないので、うれしくなりました。facebookは、こういうことが有り難いな〜。最近、パキスタンの陶芸工房やタイルの現場についても知ることができ、喜んでます!^^ムルタン、行きたいぞ〜♪

最近といえば、、ついにアジュラク入手〜☆いんどもようさん、どうもありがとう!とってもとっても気に入ってます。肌触り最高〜!

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(左:グジャラートのアジュラク。ストールとドゥパタ☆^^/右上:ウズベキスタンのアトラスを使ったカンノさんの作品/タジクの民族衣装/右下:タイル!?と思って近づいたら写真だった、、渋谷のセレクトショップ。でも、ま、いいか、、タイルもついにキテますかね!?)
by orientlibrary | 2012-07-01 23:24 | 美術/音楽/映画