イスラムアート紀行

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魅力全開☆14世紀からのタイル&陶器(tile&pottery around the 14th century)

そんなわけで、愛知県常滑に行ってきました。駅周辺やまちのあちこちに陶のオブジェがあり、やきものの街らしい風情が漂います。

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最近は「東北の手仕事」の諸々のゆえ、イスラムタイルや青の世界と少々離れてしまってましたが、、今回は「イスラームと建築タイル」(『砂漠に燃え立つ色彩』/深見奈緒子さん)より引用(一部要旨)させて頂きながら、14世紀からのタイルに触れてみたいと思います。

<14世紀から>
・ 11世紀以来漸進的に発展をとげたタイル文化は、14世紀中頃になると変貌する
・ モザイクタイルはこの時期までにレンガ色の地や隙間の充填材を残すことなく釉薬タイルでぎっしりと埋め尽くされるようになり、流麗は植物文を描くものも現れる。イランでは全域を飾る例も現れる

・ ラスター彩タイルはめっきり減少し、代わりに「ミーナーイー」や「ラジュバルディナ」と呼ばれる白や空色や紺の釉薬をかけて焼成した後に赤や金彩をまじえて上絵付けする技法が見られる

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(色絵人物文鉢/イラン出土/イスラーム時代、12〜13世紀/玉座に座り盃を手に取る人物とかしずく従者が描かれている。錫白釉を掛け、いったん焼きあげたのち器表に絵付けを施し、再度窯に入れて低火度焼成をして焼き付けている。華やかなイスラーム陶器時代を代表する技法の一つである、ミーナーイ手とよばれる/東京国立博物館にて撮影)

・ これらは陶器の技法が建材へと汎用された過渡期的なもので、注目は「ハフト・ランギー」(ペルシア語で七色の意味)技法の出現。サファビー朝技法の先駆けとなった

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(タイル教室にて。虹色タイル作り。ハフトランギ)

・ その初例はサマルカンド北部にある聖者廟を核とする墓廟群シャーヒ・ズインダーにある。14世紀を通して造営が重ねられ、ティムールの女性家族が葬られた 600年を経た後もタイルの標本箱のようにさまざまなタイル技法を満載、技法だけでなく使用法によってイランやティムール朝建築には見られない雰囲気を醸し出している

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(シャーヒズインダ墓廟)

・ なぜこの時代の中央アジアでタイル文化が躍進したのか。それをとく鍵はシャーヒ・ズインダーに加えてウイグルのイリに1363年に建立されたトゥグルグ・ティムールの廟、また同時代のホラズム地方のコニヤ・ウルゲンチに建立されたトゥラベク・ハーヌム廟に求められる

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(トラベクハニム廟/クニャウルゲンチ)

・ ティムールがサマルカンドを拠点として大帝国を築く直前の中央アジアの建築=この時代のペルシア世界は、モンゴル大ハーン帝国が、イランのイル・ハーン朝、トルクメニスタンのチャガタイ・ハーン朝、ホラズム地方を領有したキプチャク・ハーン朝へと分裂した後、次第に弱体化し、各地で地方勢力が乱立する情況を呈していた
・ コニヤ・ウルゲンチのトゥラベク・ハーヌム廟はモザイクタイルを多用し、そこには流麗な植物文も見られ、イルハーン朝のタイルの影響を現している。トゥグルグ・ティムールの廟のファサードはシャーヒ・ズインダーの初期の墓廟に酷似している

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(シャーヒズインダ墓廟)

・ シャーヒ・ズインダーの初期の数例とトゥグルグ・ティムールの廟は、セルジューク朝の文様積みレンガ建築をそのまま釉薬タイルで置き換えたような建築で、幾何学文が多く、部品化に徹している。部品の中には柱頭や大型のパネルもあり大型のせんの文化を持つ中国との関係が想起される 
・ シャーヒ・ズインダー廟最古のクーサム・イブン・アッバース廟が建立された1300年頃に中央アジアにはイランを中心としたイルハーン朝のタイルとは異なるタイル文化の中心があったのでは?

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深見先生の論文からすっかり引用させて頂き、、恐縮です。

そんなわけで、「東北の手仕事」、見たり調べたり驚いたり、しています。
by orientlibrary | 2011-05-25 20:40 | タイルのデザインと技法

土族、堤焼と出会う(encounter with Tohoku ceramic art)

前回は東北の焼物に出会ったお話を少し書きました。最後の堤焼の部分、もうちょっと補足です。

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(焼き物のまちだった仙台堤町)

「堤町は古くから焼き物のまちでした。その焼き物は「堤焼」と呼ばれ、かめやどんぶりなど人々の生活に必要なものばかりがつくられました」

「寒い冬の間には「堤人形」という土人形もつくられました。明治時代には町中で焼き物づくりが行われるほど栄えましたが、しだいに大量生産の商品に押されるようになり、とうとうこの町で堤焼をつくる人はいなくなってしまいました」

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(佐大窯(さだいがま)の佐藤達夫さんが大切に守り続けてきた登り釜)

「今ではここが焼き物のまちだったことを想像するのは難しくなっていますが、よくみるとその頃を感じさせるものが残っています。それが佐大窯の佐藤達夫さんが大切に守り続けてきた登り釜です」(以上、堤焼左大ギャラリー解説より)

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(上写真の登り釜が地震で壊れてしまいました)

堤町では陶器のほかに、「堤人形」の名で知られる土人形が作られてきました、いい味わいです!

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(人形の型)

「人形づくりはもともと、粘土が凍って焼物の仕事ができなくなる冬期間の副業として行われることが多かった。現在、堤人形といえば、歌舞伎などを題材としたあざやかな色彩の優美な人形が有名であるが、赤芥子や稲荷像、恵比寿・大黒像など、信仰に関わるものも庶民の間で人気が高かった。現在でも2軒の家で人形制作が行われており、江戸時代からの伝統を守り続けている」

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(江戸時代の堤人形/左大ギャラリー所蔵)

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(堤人形/谷風/江戸時代、1789年作/左大ギャラリー所蔵)

土族反応。古い瓦です!

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(平安末期の古瓦/出土堤町/左大ギャラリー所蔵)

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(軒瓦/竹に棗の枝入り/左大ギャラリー所蔵)

生活用具として親しまれた瓶類を保存していたギャラリーですが、、

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(311の地震で、、)

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(江戸時代からの瓶。地震に備えて上下逆の下向けに置いてありました)

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(人形師、佐藤さん。あたたかいお人柄に、すっかりファンになりました)

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(白が爽やかな人形をいくつか購入。波乗り兎がかわいいでしょう!?鳩笛や七夕モチーフも。手前は奥様お手製の梅甘露煮。美味!ごちそうさまでした☆)
by orientlibrary | 2011-05-18 23:34 | 日本のタイル、やきもの

東北手仕事旅(travel and research Tohoku handwork)

東北行き、2泊3日とは思えない濃い時間でした。1週間くらいいたような気がします。
海岸部では、目の前の状況が、いくら実際に見ても、とても現実とは信じられませんでした。
そして、言葉にできないほどの被災の状況と、新緑に山桜の薄桃色がやさしいの山里の景色とが交互に訪れる光景は、夢の中を彷徨っているようで現実感を失いました。
けれども、例えば仙台では、東京よりも活気を感じました。工芸の関係者にもお会いして、東北の手仕事をたくさん拝見し、いろいろな話をしました。地のおいしいものをたくさん食べ、涙が出るほど笑いました。
この起伏に、現在少し疲れ気味ではありますが、東北の皆さんのパワーを見習い、元気でいきたいと思います!

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茨城県北茨城市の海岸線を行きました。

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(北茨城)

「明治の日本美術院の主催者であり、思想家である岡倉天心の住居敷地(茨城大学五浦美術文化研究所)の一角、太平洋に張り出した岩盤の上に天心自身の設計により建てられ「観瀾亭」と名づけられた赤い六角形の堂が建っています。朱色の建物と青い海、白い波の色合いがとてもよくマッチングして、まるで一枚の絵画のようです」(北茨城市サイト)という「五浦六角堂」は、もうありませんでした

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(五浦六角堂入り口にて)

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福島県いわき市では、陶芸家Nさんの工房&ギャラリーを訪ねました。山間の美しい地区にあり、地震の被害は一見わかりませんでした。
けれども登り釜が崩れてきていました。11日ではなく、その後の余震で次第に崩れてきているそうです。
福島は余震が厳しいようです。Nさんは「夜、あまり眠れない」。

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(Nさんコレクション。古い大堀相馬焼だそうです。テレビで見る馬の絵のものとはずいぶん趣きが違います。軽快な筆運びに魅了されました。この裏面には蝶が洒脱に描かれいました。焼き物としても薄手で品が良く本当に素敵でした/  *  「大堀相馬焼は、福島県浪江町の大堀地区一円で生産される焼物です。その歴史は深く、創業から350年になんなんとするこの大堀相馬焼は、昭和53年に国の伝統的工芸品としての指定を受け、現在は25軒の窯元が伝統を守りながら日々皆様に愛され親しまれる製品づくりに努力しています。その産地である大堀地区は、阿武隈山系の山ふところに田園風景が広がる素朴でどこか懐かしい里山です」(大堀相馬焼協同組合公式サイトより))

ここで、Nさんに見せてもらった本に触発されました。

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(「東北の近世陶磁」、芹沢長介コレクション)

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(大堀相馬焼/「東北の近世陶磁」を撮影したものです)

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(会津本郷焼/飴釉流掛壺/「東北の近世陶磁」を撮影したものです/  *  「室町時代末期から,尾張や美濃地方はやきものの町として栄えていました.しかし,絶えず合戦の舞台にもなっていました.そこで,彼の地の陶工達は全国に焼き物ができる土地を求めて旅立ちました.東北地方を,目指した者の中に,瀬戸出身の水野源左衛門,長兵衛の兄弟がいました.彼らは,やがて長沼(福島)で故郷の粘土に大変よく似た原料を見つけ出し,ここに留まって焼き物を作り始めました.その頃,会津藩主保科正之公は領地内で製陶をはじめた兄源左衛門を呼んで,会津に焼き物を誕生させるように命じました.源左衛門は原料探しのために会津の山々を調査し,遂に本郷の地に良質の粘土を発見しました.そして,苦心の末に「凍み割れしない瓦」を完成させたのです.保科公はその功績を称えて,弟長兵衛に瀬戸右衛門という称号を与えましたそれ以後,会津本郷焼は脈々とその技を受け継ぎ,現在に至ります. 陶器と磁器の両方を作っている産地で,ひとつの窯元で両方の焼き物を生産していることもあります.磁器は青く彩色した呉須染付や,種々の釉を用いた多色の色絵など多岐にわたっています.陶器では実用的なものが多く作陶されていて,それらは飴釉,灰釉といった伝統的な釉薬が用いられています」(日本のやきものサイトより))

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(切込焼。青の強さが目を引く焼き物です。/「東北の近世陶磁」を撮影したものです/  *  「江戸時代の後期から明治時代の初め頃まで、加美町の切込地区を中心に生産されていた陶磁器を切込(きりごめ)焼と呼びます。仙台藩の御用窯として上質な製品を焼く一方、庶民向けの日用雑器も大量に生産していました。なかでも白い地に藍色で模様が描かれた染付磁器が、その大半を占めています。有田焼に見られるような純白の地肌ではないものの、かえってそれが温かみのある素朴な魅力となり、多くの人々の心をひきつけてきました。しかし、その歴史はまだ謎に包まれたままで、今後の調査・研究に期待されています」(加美町観光情報サイトより))

東北の近世陶磁、今までまったく知識がありませんでしたが、繊細なものから力強いものまで個性がありました。東北の土仕事にも、非常に興味がわいてきました。

海岸部の状況は、やはり画像のアップができません。気持ちが整理できたら、いつかご紹介できるかもしれません。
福島は原発の問題があります。独特の空気を感じたのは気のせいでしょうか。

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仙台の活気には圧倒されました。「東北は東京より活気がある」と聞いていましたが、本当にそんな感じでした。
ホテルが取れず、「エレベーターが壊れていて階段だけ」というホテルがようやく見つかりホッ。宿泊客の多くが工事関係の方でした。
いわきでもホテルがひとつだけ、その日だけあいていました、奇跡的という感じでした。
行き先々の道路、高速のパーキング、町中のホテル、被災地、至る所で、復興に携わるたくさんの人たちを見ました。一歩一歩ですね。

いろんなことを感じ、考えましたが、少々疲れ気味でもあり、またの機会に書ければと思います。

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(堤人形/  *  「仙台の伊達政宗公が、奥州街道の北の入口に警備のために足軽の侍町(堤町)を作った際、良質の粘土がある事に着目し、藩内の産業発展と生活の安定に役立つ人形・焼物などを内職として作らせたのが、堤焼やつゝみ人形のはじまり。文化・文政時代には東の堤・西の伏見と全国二大源流と言われ、歌舞伎・浮世絵風の人形は、彩色の優美さ、洗練された形の良さなどで日本一の名声を博し、東北の土人形、張子人形に影響を与えた。幕末の世情不安の中で衰退し、全盛期には13軒あった人形屋も現在製作するのはただ1軒のみとなり、昔の技と心を守って製作している」(city doサイトより))

堤人形と人形屋さんとの出会いは、楽しい思い出となりました。最高でした!
by orientlibrary | 2011-05-11 23:00 | 日本のいいもの・光景

青葉の季節に(during" Golden Week")

連休も半ばなのですね。どうも日時の感覚があいまいです。

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先日は、「栄光のペルシア展」(古代オリエント博物館)という展覧会に行ってきました。時代はエラム王国の時代からサファヴィー朝。ジャンルは、平山郁夫さんのペルシアを題材とした絵画から、金属器、陶器、織物、ガラス、写本絵画まで、かなり広い内容でした。

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(チラシをコンデジで撮ったもの、雑で失礼!)

個人的には、イスラム陶器と織物(錦)が良かったです。3月11日までイスラーム陶器についての資料を読んでいたので、代表的な実物を時代を追って見られたのが収穫でした。

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(多彩釉画像タイル/イラン北西部/鉄器時代 前8〜7世紀/「ズイヴィエ偉宝」の発見で名高いウルミア湖周辺で出土したと推測される。本来、神殿または王宮の壁面を飾っていた建築材で、世界的にも稀少な作品。表面に描かれた超自然的な図像からは、当時のイラン北西部の宗教的観念の一端が垣間みられる/東京国立博物館にて撮影//古代オリエントにも同様展示あったのですがオリエントは撮影禁止。写真OK(一部を除く)のトーハクのものをアップしました)

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時々しか会わないけれど長く続いている会があり、そのお一人の新築のお宅にお邪魔して、おいしいごちそうをいただきました。とにかく笑いがとぎれることがない、不思議に楽しい会です。

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帰り際に、鎌倉在住の方から筍やギョウジャニンニクなど、貴重な春の食材をいただき、感激。翌日大急ぎでゆがいたり煮たり。ギョウジャニンニクのクセのある濃さは最高です。

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(このとき調理し忘れた絹鞘をスタンプ丼に入れて緑色を楽しみます。このあと胡麻和えになってお腹のなかに)

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タイル教室、幾何学模様や花模様を、八角星とクロスに描いてみています。

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(これはセルジューク風に黒彩青釉にしてみたいです)

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(インドの木版用スタンプを押した丼は真緑にしました)

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ビニール傘は、値段がどんどん安くなって100円ショップで売っているほどになり、使い捨てされることもありますね。そんな傘で何かできないかといろんなアートにとりくんでいるIさんの個展に行ってきました。

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子どもたちが傘に自由に絵や言葉を描きます。それを竹を組んで作ったゲルみたいな枠組みに乗せると、あらあら不思議、天幕のような空間に。
この中でインクをまぜて自分の色を作る実験などをさせてもらいました。ゆらゆら揺れる色の変化を見ていると、雑念も飛んでいきそう。子どもはもちろん、大人にも大事な時間かもしれない、と思いました。

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(和風ゲルという感じ。これはすごい。布をかければテントになりますね。軽くていいです〜)

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このようなことを始めています。「東北の手仕事」
とてもささやかな、プロジェクトともいえないものなのですが、多くの方が関わってくださり、本当にありがたいです。ありがとうございます。
進行中の時期は「楽しむ」境地にはいけず、終わってようやく「ほっと」するのが常。しばらくは、やや緊張状態かも。がんばります。

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(ウズベキスタン・リシタンの青)
by orientlibrary | 2011-05-03 22:17 | 社会/文化/人