イスラムアート紀行

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日本の型染と、イスラムのきれいなもの

イスラムのタイルや建築に惹かれるようになってから、日本はどうだろうと、振り向くように見ることが多くなりました。その気分は年々強まっています。
そして、いつも思うのです。日本の匠、デザイン、文様、技法、色、どれをとっても、何て素晴らしいんだろう、と。
さらに、「見立て」や「銘」を通して、言葉やイメージを愉しむこともできます。深く美しい世界。日本の美、その入り口で、うっとりとしているのでした。

イスラムテイストに惹かれるということは、抽象的な文様や繰り返しのパターンが好き、繊細優美で細密なものが好きということだと思うのですが、日本にもそのようなデザインはたくさんあります。
共通項がありつつ、違いがある。これを自分なりに発見したり考えるのが楽しいです。

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(「日本の型染」展/文化学園服飾博物館)

先日見た「日本の型染」展(文化学園服飾博物館)では、落ち着きと華やぎを合わせ持つような小紋や中形など、多様な日本の型染を堪能しました。

「型染は、紙や木などの型を用いて文様を表現する染色技法の一つです。日本では古くから行われ、着物をはじめ、公家服飾、武家服飾、芸能衣裳など多くの服飾に型染が見られます。日本の型染は、主として文様を彫り透かした型紙を用い、種々の染色技法が施されています。型染の種類は実に多様であり、日本の豊かな染織文化の一端が示されています。

元来、型染は型を用いることによって同じ文様の染色品を量産する技法です。このため、型染には手描きによる自由な文様とは異なり、省略やデフォルメされた文様とパターンの繰り返しなどが見られます。型の使用という制約こそが型染の特徴であり、そこには整然とした文様や反復の諧調など、型染特有の美を見出すことができます」(展覧会解説)

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(「日本の型染」展チラシより引用)

日本の型染について、「型染・小紋・中形」(日本の染織シリーズ/京都書院美術双書)を見てみると、次のような解説がありました。(抜粋、要旨)

* 日本では、型紙に糊防染を用いたものが世界に例を見ないほど特異な発達を示してきた。 日本の三大染色技法といわれる手描友禅・絞り染・型染が、浸染による絞りはいうまでもなく、友禅・型染が糊を防染剤としてきたことはこのことがおおいに関係していると考えられる。

* 型染は量産性、整然とした繰り返し文様の諧調が好まれて発達してきたものと考えられるが、同時に硬い紙を彫り透かす時に生ずるデフォルメと省略による独特の文様様式が大きな特徴でもある。

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(唐草文様祭礼装束/麻/日本の染織シリーズ 京都書院美術双書より引用)

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(ウズベキスタンの伝統的絣模様/マルギランの工房にて)

* 日本における型染の展開は、こうした日本の文化的特質に基礎をおき、またその一角を形成してきたが、それは良質の素材の供給が可能になったことにも与っている。

* すなわち、第一に楮を原料とする手漉和紙による型地紙の生産、第二に型地紙を貼り合わせる渋柿、第三に糯米による高度な防染糊である。これらの三つの素材が揃ってくるのは、遺品から見て鎌倉時代のことと考えられているが、それ以降、日本の型染は技法、様式ともに豊かな展開を見せている。

* 型によって文様を作り出そうという考え方がいつごろから発生してくるのかわからないが、少なくとも奈良時代には相当の発展を見ている。木版や文様の形に彫った木印によって鑞を置いたもの、文様を彫った板に布を挟んで防染してそめるもの、木版に染料を塗りその上に布を置いて摺り染めたものがあった。

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(屏風袋/麻/奈良時代/正倉院/古く正倉院の宝物に見られる技法は、型を用いて文様を表すという意味で広義の型染ということができる。後の型染の源になったと考えられる/向かい合う鳥のバターンは西方的/日本の染織シリーズ 京都書院美術双書より引用)

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(タイル装飾/向かいあう鳥/ウズベキスタン)

* 型紙もまたいつ頃から作られ始めたか明確ではないが、平安時代に入ると新様式の武器武具の登場とともに用いられ始めたようだ。それは染革を用いる革所を数多く持つ大鎧という形式の甲冑に顕著で、ほぼ今日のような型紙が完成していたと思われる。

* 小紋は裃の流行によって、(江戸時代の)諸大名が各々自家の裃小紋柄を定め、留柄として一般の使用を禁じたことから技法・意匠双方の発展を促し盛行。 江戸時代中期以降の人々の好みに合い、特に女子の服飾に流行した。 一方中形は、絵画的な文様が多く、木綿に染めてもっぱら浴衣に用い、浴衣の別名ともなった。

楮、渋柿、糯米、、四季の自然によってもたらされた日本の素材、そして細密な型を作る道具や巧みな手仕事が、ゆたかな染織文化を育んでいたのですね。

(* こんな放送、見つけました!型紙作り保存の取り組みです。「ストリーミング放送 特集:伊勢型紙 手仕事の世界」。ご参考に=私のMacでは「プラグインがない」とのことで見られませんでしたが、ノートPC(Windows)では見られました)

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(被衣(かつぎ)/菊桐文様被衣/麻/女性が外出するときに頭から被ったもの。発生は不明ながら、型染や筒描を施したものが多い。京都のほか、北前船による都との交易が盛んだった庄内地方でしばしば見いだされる/日本の染織シリーズ 京都書院美術双書より引用)

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(ウズベキスタン女性衣装)


日本の多様な型染の中から、二羽の鳥文様、唐草模様、女性の被衣など、イスラム圏と重なるものを選んでみました。
日本と中央アジア、西アジアは共有するものが多いと思います。もっともっと交流が増えればいいですよね!
by orientlibrary | 2010-11-30 23:18 | 日本のいいもの・光景

陶巡り、タイル作り、青の道スタディ

◆ 瑠璃色の曜変天目、民芸陶器の土味 ◆

紅葉の季節は展覧会シーズンでもあります。陶磁器の展示で好きな美術館のひとつである出光美術館の「茶陶の道 天目と呉州赤絵」、見ました。

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年齢を重ねるにつれて、これまで嫌と思っていたことが気にならなくなったり、苦手な分野に興味を持ち始めることもあります。これは年をとっていいこと、のひとつでしょう。が、一方で好き嫌いがますます強まることもあるように思います。

今回の展示でいえば、「赤絵」にはカンペキな拒否反応。近づきませんでした。以前ならば、たとえ好きではなくても少しでも見ておかなくては、と思ったものですが、この頃は無理に見なくてもいいのではと思ってしまいます。白地に赤の華やぎが眼にうるさくて、どうしてもダメです。赤が入る陶磁器は全般にほぼダメです。

青磁でも白磁でも、いかにも中国の端正でクールなものは、引き気味。染付けも、キツいのは苦手。
その反面、土味のあるもの、ぽたっとした感じのものは、狂ったように熱中して見ています。こんな見方で、いいんでしょうかねえ、、

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(油滴天目茶碗/中国/南宋時代/建窯/「茶陶の道 天目と呉州赤絵」出光美術館より) 

さて、今回の展示の一押しは「油滴天目茶碗」でした。
「この天目茶碗は、国宝に指定されている4件の天目茶碗の一つで、青色や白銀色に輝くおびただしい結晶が、力強い器形の内外面に映える傑作であるばかりでなく、室町時代に招来されてより、豊臣秀次-西本願寺-北三井家-若狭酒井家と伝世して安宅コレクションに加わった、まさに伝えられることによって価値を増してきた名碗です」(出光美術館解説)

やはり曜変系の茶碗は、神秘的で見応えあります。油滴天目は銀白色の結晶が黒の釉面を埋めるように出て、見る角度で色が変化。これが窯から出てきたとき、どんな気持ちだっただろうと思います。

中国からもたらされた曜変天目、有名な静嘉堂文庫美術館の曜変天目茶碗(銘:稲葉)も現在同館にて公開中(12月5日まで)。瑠璃色の光彩を放つ不思議な斑点は魅惑的というしかありません。

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(曜変天目:稲葉/建窯/宋時代(12〜13世紀)/「中国陶磁名品展」静嘉堂文庫美術館)

中世の秘法的なイメージのある曜変茶碗ですが、9月に竹橋の工芸館でも見ることができました。2010年の作品。今も追求している作家の方がいらっしゃるんですね。きれいでした。

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(「茶事をめぐって 現代工芸への視点」/東京国立近代美術館工芸館)

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(曜変椀/林恭助/2010年/「茶事をめぐって 現代工芸への視点」東京国立近代美術館工芸館チラシより)

日本民芸館では、「河井寛次郎—生誕120年記念展」が今月23日まで。メインヴィジュアルの「辰砂丸文角瓶」、印刷よりも淡くピンクがかってきれいでした。展覧会には大勢の人が。民芸好き、寛次郎ファンって今も多いんですね。

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(「河井寛次郎—生誕120年記念展」/日本民芸館)

◆ 青の道、タイル絵付け ◆

自分でテーマ設定した「青の道」もスタディ始めました。歴史年表を見ることから始めてます。出光で17世紀からの図録「海を渡ったペルシア陶器」を購入し、これで3冊揃った中近東文化センターの「ペルシア陶器」シリーズ。各時代の青の陶器がきれいです!!

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@タイル教室、韓国チョコの後ろにあるタイル絵付け、きれいでしょう!って、、私の作品じゃありません(哀)。他の生徒さんの作品。細い線もくっきり描けていて釉薬もほどよくのっていて、上手〜!地が素焼きなこと、釉薬の色合い、日本のタイルという感じ。もっとたくさんの枚数を制作予定だそうです。素晴らしい。

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さて私の方は、、さぶ先生のおかげできれいに焼けたクロスと多角星。私も模様、がんばらなくては。(が、、細かいことが苦手、という根本的なことに最近気づいてきてます、、、涙)))))))))))))

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by orientlibrary | 2010-11-21 00:15 | 日本のタイル、やきもの

釉薬の青。空と海と湖と

「青の道」へ。今日は「タイル絵付け教室」を「釉薬教室」に変更してもらっての初日でした。
cuとかmgという記号を見たのは何十年ぶりという感じ。まずは基本の基本を学習。次回は青の釉薬作りにトライします。

十字タイルと多角星タイルが現在途中で止まっているので、そこに青の釉薬を使ってみようかという流れに。超ビギナーの好きなようにさせてもらって、本当に感謝です。

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(中央アジアの空の青/トゥルケスタンにある「アフマド・ヤサヴィー廟」。初期建造は1374年。ティムール朝初期の建造物として名高く、現在中央アジアに残っている歴史建造物の中で最大級。青の施釉レンガと無釉レンガの組み合わせが美しい)

今日はその後、「サハラの砂でガラス作品を作っている」というガラス作家・村山耕二さんの展覧会に行ってきました。
カメラを忘れてしまったので残念ながら写真はないのですが、村山さんのホームページに作品の写真がありました。ご興味のあるかたはぜひ。
オレンジ色の砂が、なんともやさしい藻のような色合いに変身するのが不思議。かたちもボリュームと安定感があり、好みでした。

サハラの砂の入手で関係が深いというモロッコの写真、とくにモロッコの陶芸工房でのタイル制作や窯炊きの写真を見せてもらったのが、とても参考になりありがたかった。
「砂族」と「土族」で、オタクな会話を楽しませて頂きました。

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(キルギスの空の青と緑。キルギスは風光明媚で、人々の顔立ちは日本人にとてもよく似ている)

釉薬、青については、まだまだなので、今回はこれまで文献等から抜き書きしてまとめていたものをそのままアップするという手抜きなのですが、中央アジアと日本の青の写真を選んでみました。

空の青、水の青、ちょっとニュアンスが違いますよね。
*色ってカメラや撮り方次第だと思いますが、すべて素人がオートで撮った写真ですので実際を反映しているとはいえないと思います。ご了解を。
*出所となった文献名がわからなくなってしまいました。部分の抜き書き、要旨です。著者の方、出所を記載できずすいません。

<釉薬の歴史>
・アッシリアの土器にガラス質の釉薬を用いた例は前1300年に見られる
・バビロニア緑釉薬の秘伝を記した楔形文書、当時すでに基本的な釉薬成分があった
・それに銅・鉛・硝石・石灰を混ぜ合わせて緑釉原料とした
・アッシリアは錫釉系。前12世紀すでに彩釉レンガ。色が混じり合うことなく釉薬の効果を発揮していた

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(中央アジアの空と湖の青/キルギス、イシククル湖)

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(日本の空の青、湖の青/富士山と河口湖)

<青色アルカリ釉>
・青色アルカリ釉はメソポタミアからインダスにまで広まった
・鉛釉はバビロンで発明された
・前1700年頃の文書によるとバビロニアやアッシリアには高度に発達した釉薬の知識があった
・ここで初めて石英フリットにではなく粘土に施される釉薬が考案された
・新アッシリア時代のニルムードでは施釉レンガが建築に用いられた
・酸化錫が不透明白色の発色剤として用いられた
・ネプカドネザル王時代の都であった新バビロンの建築物のなかで最も美しいイシュタル女神に捧げられた壮大な城門はニルムードのものに類似した施釉レンガで全面が覆われていた

<飾り釘>
・彩釉レンガによる壁画や装飾は高度に完成したアッシリアスタイルの門建築において半円柱飾りを施したものと並ぶ重要な要素だった
・壁本体はあくまで日干しレンガ積み、王宮の室内壁はプラスター絵画
・建築装飾として彩釉陶製品が利用された例はアッシリアの「ジガティ」飾り釘。絵のモチーフはパルメットが多かった
・バビロニアでは色彩よりも彫塑的な陰影をともなう傾向。壁画の凹凸を採用。宗教建築に採用
・壁画のレリーフを無釉薬の焼成レンガに分解

<バビロン イシュタール門>
・彩釉レンガと浮き彫りレンガを融合させた大壁画
・イシュタール(愛と戦いの女神)の名前を冠した市門
・それを貫く「行列道路」の側壁 彩釉浮き彫りレンガはベルリンに
・架空の有角龍ムシュフシュの名があった。バビロニアの最高神マルドゥク。地色を青釉薬で統一してレリーフには白や黄の釉薬を使ってコントラスト。アッシリア由来の白いロゼッタを配した。赤い釉薬も少し
・彩釉レンガをこれほど大胆に使った建築は空前絶後
・前612 年にアッシリア帝国は滅んだ。バビロンもアケメネス朝ペルシアの配下になった。ペルシアのスーサに伝わり精妙なレリーフとなった
・メソポタミアにタイルは採用されなかった
・釉薬に色と輝きを持つ建築装飾はもともと超富裕層のもの。外来王朝時代に釉薬は再度陶器だけのものになった

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(中央アジアの空の青/クズルクム沙漠に点在する古代ホラズム王国の遺跡カラ(都城跡))

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(日本の空と海の青/東京・晴海、湾岸高層ビル群)

青の道、続きます。
by orientlibrary | 2010-11-14 22:46 | 青の道

青の道 islamic blue road

「イスラムアート紀行」を始めたのは2005年9月。パソコン音痴の私、ホームページは難しくて断念、ブログならばできるかもと思い、画面がスッキリしているエキサイトブログを選んで登録。おそるおそる始めてみました。

その頃は、「イスラムのタイルのことを話す友だちがいない」ことに、ちょっと淋しさを感じていました。タイルと言えば「お風呂」、イスラムと言えば「テロ、女性差別」。
この模様が好きとか、あの時代の色がいいね、とか、他愛なくてもそういう話がしてみたい、でも無理と思っていました。

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(シリアのタイル)

5年が経ちました。イスラムタイルもイスラムのデザインも、今でもメジャーなテーマではありません。でも、私にとっては変化がありました。

始めて間もない頃にエキサイトブログで知り合った「写真でイスラーム」のmiriyunさん、的確で温もりのあるコメントに、いつも勇気づけられてきました。miriyunさんの存在がなかったら、続けられたかどうかわからないほどです。
そして、こんなマイナーなブログにたくさんの方が訪ねてくださり、すてきなコメントを書いてくださいます。本当にありがたいことです。
とくに、「タイル絵付け習い始めました」と教室での様子を書いたあたりから、タイルや模様が好きという方から、「読んでます」とのコメントが。わあ、タイルやイスラムの模様を好きという方たち、少なからずいらっしゃるのかも!とうれしくなりました。
イスタンブルでタイルの絵付けをされているatelierciniciniさんの「-イスタンブル発- トルコタイル通信」とも出会うことができました。トルコのタイルや模様のことを勉強させていただけて、とても有り難いです。念願の「タイル話」ができるのもうれしい☆

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(トルコのタイル)

そして、この夏からスタートした「ペルシアタイル絵付け」。日本にいながら本場イランの先生に習えるなんて、ハッピー。この青が好き、この模様がいい、とオタクな会話ができる日が来るなんて、感動です。

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(タイル教室、先生の青釉一部)

また、タイル旅がきっかけで出会ったウズベキスタン陶器、なかでも青で有名なリシタンの陶器と職人さんたちのこと、ブログでもときどき書いてきましたが、先日、そのリシタン陶器と弟子制度のことがテレビのドキュメンタリー番組で紹介されたのもうれしいことでした。

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(リシタン陶器)

イスラムの青に魅せられ、たくさんの青に出会ってきました。
この頃考えているのが「青の道」というテーマです。

以前、リシタンの陶芸家であるAさんが言いました。「“コバルトロード”って、おもしろいんじゃないかな。ユーラシア各地で青はちょっとずつ違うでしょう」。さすが、アーティストです。発想がシャープ。
そのときから、この言葉とイメージは、ずっと頭の隅にありました。でも、どうしようもなかったのです。それが少し状況が変わってきたかなと感じているのですが、、。

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(ウズベキスタン・ブハラのタイル)

テキスタイルでは、「世界の藍」(文化学園服飾博物館/2008年)という展覧会もおこなわれています。「藍は世界中で古くから用いられている植物染料です。蓼藍、琉球藍、インド藍、大青など地域によって使用する植物の種類や染色方法は異なりますが、堅牢であるため、多くは日常着の染料として広く親しまれてきました」。

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(ムルタンのタイル)

たとえば、この藍を青釉に変えてみたら、、と思うと、イメージがわいてきます。
マグレブの青、中東の青、トルコの青、イランの青、ウズベクの青、ムルタンの青、中国の青、日本の青。
シルクロードは「青の道、ブルーロード、イスラミックブルーロード」でもあるといえるのではないでしょうか。

青や釉薬について、活字では少し調べていましたが、まだまだピンときていません。まずは、絵付けの「さぶ先生」から釉薬レクチャーを受けようか、と思っています。

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(東トルキスタン・カシュガルのタイル)

次の「5年後」がもしもあるとしたら(社会の変化が恐ろしく速いのでブログもネットも、そして自分もどうなっているかわかりません)、「ブルーロード」はどういうことになっているでしょう。イメージ力(りょく)でゴー!?☆
by orientlibrary | 2010-11-07 21:21 | 青の道