イスラムアート紀行

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古い写真で、旅しよう、シルクロードの街へ

シルクロードの古い写真を見ていると、人々の声や動物の鳴き声、街のざわめきなどが聞こえてくるように感じるときがあります。日本のガサガサした現実の中にいても、写真一枚で時空を超えた旅へ。せめて心は、あの蒼い空の下へ。

ウズベキスタンで買ったモノクロ写真。(下4枚)。サマルカンドでしょうか。シルクロードのオアシス都市、その活気が伝わってきます。


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(ラクダさん、お仕事中。どっしりしていて毛がふさふさ。路地の民家、けっこう木を使ってるんですね)


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(人が行き交うオアシス都市。自分もこの中に、す〜っと入っていきます、、)


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(アトラスが大胆。床の毛織物の模様も不思議でいいですね。頭に巻いているものは?ちょっと昔の日本のおばあちゃんのような風貌。親しみがあります。ドアの模様にも惹かれます)


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(床屋さんかな?町中での散髪ってアジアでよく見かけますよね。男性衣装や帽子が興味深い)


ウズベキスタンの古い写真集を、直接デジカメでバシャバシャ撮ったもの。(下3枚)。古くなるって、たとえ写真でも情報の奥行きが出てくるものなんでしょうか。趣きがあります。いろいろ考えたり想像したりするからかな。


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(シャーヒズインダ?建物内部壁面の模様。四角形と円、六角形の組み合わせ。イスラムらしい幾何学模様ですが、おおらかで、花のようにも見えてすてきです。カリグラフィーもおっとりして、きれい)


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(どこのものかわかりません。ペイント?黒がシック。左右のバランスが良く、でも自由な感じがして好きです。ムガルの灌木模様を彷彿とさせます)


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(私が斜めに撮った?写真集の写真が斜めだった?それとも、元々の建物が斜め?あり得ます。でも趣きあるなあ。好きだなあ。突き抜けて裏の景色が見えてません?)
by orientlibrary | 2009-06-30 22:05 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

磁器製人形に見る中央アジアの民族の衣装や暮らし

バロック、ロココあたりが苦手な自分の嗜好、よくわかっています。ひどいときには、気分が悪くなってきます。ヴェルサイユ宮殿などヨーロッパに輸出された蒔絵の展覧会(サントリー美術館)も、蒔絵だからと油断したら、ゴテゴテのクネクネに、5分も持たずに外に出る有様。

そんな私なので、不安を抱きつつ、でも磁器を見てみたいという気持ちで思い切って出かけたのが、『エカテリーナ2世の四大ディナーセット 〜ヨーロッパ磁器に見る宮廷晩餐会〜』(東京都庭園美術館)。これが、良かったんです。

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(展覧会チラシより)

私にとってロシアといえば、中央アジアに進出してきた帝国であり、ソ連邦として中央アジアを組み込んでしまった社会主義国であり、トルコを脅かし、シベリアの少数民族のロシア化を進め、アフガニスタンに侵攻し、、私に親しみのある国や民族の歴史を思うと微妙な感情も。

しかもエカテリーナさんの頃の歴史的背景には無知。でも、、展覧会は十分に楽しめました。ひとつには、民族的な要素が混ざっていたことがあると思います。展示の主役は四大ディナーセットですが、多彩な磁器製彫像があり、ロシア周辺諸民族の男性、女性が細密に表現されていました。

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(シリーズ<ロシアの諸民族>/カザンのタタール人の男、女/展覧会図録より引用)

「シリーズ<ロシアの諸民族>」は、18世紀末ロシアにおける様々な民族を代表する人々の職業の特徴と生活様式をリアルに表現した磁器製彫像(高さ20㎝前後)。<カザンのタタール人><カムチャッカ原住民><フィンランド人><エストニア北部の女>など、色鮮やかな磁器の人形に目を奪われました。

このシリーズはサンクトペテルブルグ帝室磁器製作所で制作されましたが、その元になったのが、『ロシア帝国に住む諸民族、さらにその生活儀礼、信仰、習慣、住居、衣装など記憶に値する諸事の記録』(1776-1777)という本。その中の色刷りの挿絵(著名で専門的な旅行家や学者の写生スケッチに基づき描かれていた)を立体的に表現したものなのだそうです。

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(シリーズ<ロシアの諸民族>/左=エストニア北部の女、中=ロシア人の農婦、右=キルギス人の女/展覧会図録より引用)

図録の解説には、「小さな丸い台座に立つ男や女の彫像に塗られた様々な色は、民族衣装の色に忠実な色合いであった」 「この磁器製の「人形」を詳しく見ていくと、各彫像の諸要素を入念に具体化しているのが明らかになる。例えば、<エストニア北部の女>におけるかぶり物の飾り紐の綿密な型どり、<カザンのタタール人の女>の衣装のビーズの細かい仕上げ、<カムチャッカ原住民の女>における毛皮外套の毛皮の入念な点描などがそうである」と記されています。

この丹念さを見ていて、キルギスのイシククル湖近くの博物館で見た陶製地図と現地の人を描いたと思われる絵付け陶板を思い出しました。名前は忘れましたが、ロシアの探検家を記念した博物館。記録という面では、探検や調査は功績がありますよね。

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(キルギスの博物館にて。探検ルートと年代が一目でわかる陶製地図。列強諸国の秘境探検が盛んだった頃ですね)
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(キルギスの博物館にて。探検家によるスケッチから制作されたと思われる絵付け陶板。上の地図の回りにあるもの。ラクダなどの動物や光景も。全部撮ってくればよかった、、!)

「シリーズ<もの売りと職人>」も魅力的でした。当時の様子を彷彿とさせるような、臨場感のある人形です。このシリーズは特別な人気を博したそうです。そして、「ロシアの諸民族シリーズ」と並んで、外交的な贈り物として後の時代にも繰り返し生産し続けられたとのこと。ロシアが大国であることを誇示するために、民族が利用されているのではありますが、、そこは複雑な気持ちになりますが、、

もの売りと職人シリーズでは、民族衣装に加え、それぞれの職業上の特徴が描かれています。図録の解説から引用すると、「例えば、<アイスクリーム売りの男>は左肩の後ろに桶を持ち、<ミルク売りの女>は右手に水差しを持ち、<ケシの実売りの女>はベルトに木箱をつけ、<エゾライチョウ売りの男>は背中に籠を背負い左手に野鳥を持っている」。図鑑みたいです。

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(シリーズ<もの売りと職人>/左=アイスクリーム売りの男、右=エゾライチョウ売りの男/展覧会図録より引用)

また、「この彫像のシリーズのテーマは18世紀における民衆向けのマジョリカ焼き(軟質磁器)の小像に近く、同時に民衆用の陶器製の玩具を作ってきたロシアの陶工たちの伝統を受け継ぐものであった」(図録解説より)。なるほど、陶製の玩具という伝統があったんですね。

「彫像の素地はマジョリカ焼きの地色に似せて黄緑色や褐色に塗られている。彫像の背後には、焼成時に像がへたらぬように支えの役割をする岩の塊が実物に似せて色づけされておかれている」「入念な仕上げにも注目すべき。小さく切り抜かれ濃茶色に塗られた口はあたかも彼らが呼び声を発しているかのよう」。20センチくらいの小さな人形なのに、存在感がありました。

この展覧会の主役はディナーセット。私が疎いこの時代、この地域ですが、図録の解説を読むうちに興味がわいてきました。磁器を見て、「これは粘土だ。我々は粘土には関心がない」と言っていたロシアが、ヨーロッパの生活様式を取り入れる努力を重ねるうちに、磁器に熱中していくのです!できれば次回書いてみたいです。
by orientlibrary | 2009-06-22 23:18 | 美術/音楽/映画

タージ・マハル、その工芸美と謎

●この数回、ムガルの建造物を中心に「インド・イスラム」の模様について見てきました。今回もムガル朝の創始者バーブルの故郷である中央アジアの建造物や模様と合わせ、少し見ていきたいと思います。

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(早朝のタージ・マハル廟。「1654年、シャー・ジャハーン帝は22年の歳月と2万人の職工を投じて壮大にして典雅なる白亜の廟を建設。フマユーン廟で形式が確立したムガルの廟建築は頂点を迎える」=『インド建築案内』/神谷武夫さん、より)

●でも私の写真だけではなあ、と本棚を見渡したところ、『ムガル美術の旅』(山田篤美著・朝日新聞社)に目がとまりました。1997年12月の初版。当時、ムガルに熱中しつつあった私にとって待望の書籍でした。山田さんのレクチャーにも数回行きました。新鮮でしたが、基本知識のとぼしい私にはかなりむつかしかった。

●今回、久々に読み返してみると、今だからわかることもありました。ただ、この本をかいつまんで紹介することは私には不可能。迷路のように入り組んでいるのです。なので、、タージ・マハルの部分のみ、少し抜粋(一部要約)させていただくことにしました。

* 「タージ・マハルは相当大きな建物だ。四面どの方向から見ても同じ外観を持つ正方形プラン。遠くからだと平たく見える基壇だって高さ7メートル、一片の長さは95メートル。その上に約58メートルのパビリオンが乗っており、ミナレットの高さだって42メートルに達する」

* 「白大理石の建物と思われているタージ・マハルも、赤砂岩の存在があってはじめてその美しさが際立つことだろう。白大理石の基壇の輪郭がくっきり浮かび上がって見えるのも、基壇の下に赤砂岩の床があってこそ」 

* 「世界でもっとも美しいと言われているこの墓廟には新たな発明とか独創性がない。フマユーン廟、アクバル廟、イティマッド・ウッダウラ廟、ジャハーンギール廟の特徴を組み合わせたのがタージ・マハルだった」。しかし、 「タージ・マハルには、確かに独創性はなかったが、伝統の積み重ねによって、見る者すべてを魅了する優れた建築物を造り上げた」

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(タージ・マハル。廟から門方向を見わたす。四分庭園の緑と赤砂岩で整形された長方形変形と六角星)

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(ティムール時代初期建造物であるアフマド・ヤサヴィー廟。右側の模様、パターンとしては似てる気がします)

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(ブハラ。ファサードを取り巻くデザイン。中にカリグラフィー。すごい)

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(タージ・マハル。基本的なデザインを石造で)

●山田篤美さんの本の眼目は、ウエイン・E・ビーグリー氏による「タージ・マハルは神の玉座」説や、「『メッカ啓示』(13世紀のイスラム神秘主義者イブン・アルアラビーがイスラム社会の宇宙観を記した著)で使われたダイヤグラムとタージ・マハルの配置との類似性」という説に対する検証と見解です。が、最終的には「やはり私は通説どおり最愛の妻のための墓廟だったのではと思うにいたった」とあります。

●あれだけ壮大なタージ・マハルはいったい何のために作られたのか、諸説あるようです。私の感想は、、シャー・ジャハーンは建築オタクだった、ということ。じっくり見るほどに、作りたくて作った、とことん完璧にしたかったという感じがわき上がって見えてきます。

●建築熱中人が建造できる地位にいたならば、既存の廟やペルシア建築を研究しつくし、理想の美を追求しつくすだろうと思うのでした。だから様々な要素が入っているのだと思うし、それが「謎」として好奇心を刺激するのでは?つまり、それほどに完璧なバランス、理想の美が体現されているということなのではないでしょうか。


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(ブハラ。波形の模様。素材は土。優雅ですね〜!)

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(タージ・マハル。波形の模様。素材は石。キリリとしてます)

●今回は、書きながらむつかしかった、、! 読まれた方もわかりにくかったと思います。次回は趣向を変えて、意外に面白かった展覧会「エカテリーナ2世の4大ディナーセット」についていこうと思います(ふ〜っ、、、)。



◆ ヌスラット・ファテ・アリハーン ◆
●話は変わって、、先日、カッワーリの代表的歌手である“ヌスラット・ファテ・アリハーン”を検証する「聖者の宮廷楽聖考—ヌスラットとは何者ぞ?」という会がありました。、、というと行ってきたみたいですが、、残念ながら今回は参加できませんでした(涙)。参加者も多く、大盛り上がりだったようです。

●でも、神様のプレゼントなのか、会の前日にたまたまつけたテレビで、なんとヌスラットの映像を見ることができたのです。テレビでヌスラット、、時代は変わりました。ピーター・バラカンさんの進行による「ワールドミュージック」の番組でした。

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●この「ワールドミュージック」という言葉、由来をごぞんじでしたか?バラカンさんによると、1987年に音楽プロデューサーやジャーナリストが、ロンドンのパブに集まり話し合ってつけたんだそうです。背景は、それまでの欧米のポピュラー音楽とは異なるタイプの音楽が増えてきたから。そのジャンルのものをレコード店でどこに置いていいかわからなくなり、名前が必要になったんだそうです。

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●それから20年、「欧米以外」の音楽、ファッション、食など、日本でもずいぶん浸透してきました。ヌスラットの会に若い人たちが大勢集まるんですからスゴイです。若い層にはミドル以上の世代が持つアメリカ信仰(〜反感)のようなものはあまりなく、ボリウッド映画やベリーダンスなども人気。次はイスラムタイルにも興味を持ってね〜!


◆ カッワーリ、ヌスラット・ファテ・アリハーンについての過去記事 ◆
 「神秘的or土着的宗教歌謡?どちらもナイス!Sufi Soul!」
 「扉とカッワーリー イスラムの街を五感で感じるとき」
by orientlibrary | 2009-06-17 18:45 | タイルのデザインと技法

インド・イスラム、模様調査隊が行く(パルメット編)

前回は、ティムール朝とそのインドでの継承王朝の側面もあるムガル朝の模様について書いてみました。今回は、デリー・サルタナット朝(13-16世紀にかけてデリーを本拠として北インド一帯を支配したトルコ系及びアフガン系ムスリムの諸王朝)とムガル朝の模様について、少し見てみたいと思います。

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(ファテプル・シークリー/アグラ/インド/16世紀後半/ターコイズブルーのタイルの屋根。その下にあるパルメット風模様)

◆ パルメット見て歩記 ◆
といっても、専門ではない私に、むつかしいことはわかりません。「あ、同じ模様がある〜!」と喜んでいるレベルなんです。単純!その模様とは、これ、パルメット模様。インド・イスラーム文化の基礎を作ったといわれるトゥグルク朝 (1320年~1413年/トルコ系/タイル装飾が素晴らしいのは、ムルタンの「シャー・ルクネ・アーラム」など)や、アフガン系のローディ朝 (1451年~1526年)/ウッチュの「ビー・ビー・シャビンディー」などがある)で目立つこの模様。

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(シャー・ルクネ・アーラム(廟)/ムルタン/パキスタン/1320-24/ファサード上部。テラコッタとモザイクタイル。パルメット風の多様なモチーフ。これを見ると好まれた模様なのだと感じます)

これらのタイルがあるのは、インドというよりも現在のパキスタンではありますが、、。少なくともムガル朝初期まで、このあたりの地域でとても好まれたのかなと感じます。

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(バハルディンハリム(廟)/ウッチュ/パキスタン/15世紀末/埋葬ホールの内部空間。煉瓦造。蒼の施釉タイル装飾が印象的。パルメット風も)

だって、こんなにあるんですよ!それも目立つポイントに。中東や中央アジアにもパルメット模様はありますが、この宇宙人みたいな、キノコみたいなカタチ、ちょっと珍しいと思うのですが、どうなんでしょう。ご専門の方に教えて欲しいな!

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(ビー・ビー・シャビンディー(廟)/ウッチュ/パキスタン/1493/目立つキノコ形はパルメット?アッラーの文字や花模様を組み合わせて)

インドのタイルについて、タイル専門書&写真集『THE ART OF ISLAMIC TILE』には、こう書かれています。「インドの建築物にはほとんどタイルが使われていない。特にイランや中央アジアと比較して、その少なさが際だつ」「この分野に関しては、これまでほとんど専門的な研究がされてこなかった。また、インドのタイルについての体系的な目録も上梓されていない」。知りたいけど、ふれることがないのも、仕方のないことですね。

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(シカンドラ〜アクバル廟/アグラ近郊/インド/1613/くっきりとあります)

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(シカンドラ〜アクバル廟/アグラ近郊/インド/1613/四角形でもかたくなにパルメットにしている印象)

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(シカンドラ〜アクバル廟/アグラ近郊/インド/1613/タイルですよ〜!この黄色がインドだなあ)

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(タージ・マハル(廟)/アグラ/インド/1654/凝った模様です。あまり惹かれない)

インドでタイルが使われなかった理由として、同書には、「石造を好む」点に加え、「ヒンドゥーの伝統ではテラコッタは不浄なものと考えられてきた。陶器類は一度しか使われず、金属が食器として利用されている」とあります。この点は、どうなんでしょうか。なんとなくピンとこない私です。

◆ イカ風イアリング ◆
パルメットの他に、もうひとつ気になっていた模様がありました。 心の中で「イカ」と呼んでいた左下の模様。これって何!?

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(たぶんウッチュ)

近いものを見つけました。地味ですけど。「イアリング」なんだそうです。

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(ファテプル・シークリー/アグラ/インド/16世紀後半)

意識して模様を見てみると、デリーサルタナット〜ムガルの模様のパターンが少し見えてきます。パルメット、ミヒラーブ、壷、花模様、六角星、八角星、波形、蓮、糸杉。名前を知らないけど多数あるモチーフ、いろいろ。模様の中にまた模様、模様同志の組み合わせなど、無限のパターンが楽しい、インド・イスラム。まだまだ知りたいことたくさん!
by orientlibrary | 2009-06-04 00:51 | タイルのデザインと技法