イスラムアート紀行

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大寒・ミュージアムちょっと見て歩記

◆ ガザの状況についての記事 ◆
日本パレスチナ医療協会・メルマガの「ニュース速報(090125)」より。・・・「ガザ地区では、24日、各地で被害をまぬかれた学校が再開された。UNRWA(国連難民救済機関)立の221校が授業を再開、約20万人の児童生徒が出席。UNRWA校の多くは、イスラエルの攻撃中、住民の避難所となり、現在も家を破壊された人々が寝泊まりしている。うち数校は、イスラエル軍の作戦中、砲撃などで破壊され、避難民が死傷している。生徒たちは「おはよう、生きていたの?」とあいさつを交わし、教員たちは、子供たちに父母の安否をたずねた」


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(ガザの暮らしの安定と平和を願って(4)/パキスタンのミラー刺繍。魔除けの意味もあるとされるミラーワーク。色鮮やかな花々が咲く/O氏コレクションより)


日本パレスチナ医療協会・メルマガの「ニュース速報(090124)」より。・・・「イラクに侵攻したときのアメリカ軍同様、ガザ地区を攻撃したイスラエル軍は、ジャーナリストの同地区入りを全面的に禁止しました。記者団の抗議で、軍当局はようやく停戦後、報道陣の現地入りを認めました。その結果、日本の報道機関も記者を入れ、凄まじい破壊と住民の殺傷が行われた当地の模様を報道し始めています」

イスラエル、軍幹部名の報道禁じる 戦争犯罪の訴追恐れ (1・27 朝日)

紛争のガザ、子供たちに「心の傷」…おびえ・悪夢見る(1・26 読売)

「閉じ込められ砲撃、妻子ら失う」ガザ住民証言(1・24 朝日)

「卑劣な攻撃」で消えた友 ガザ国連学校ルポ(1・22 朝日)

ガザ:密輸トンネルもう復旧「生活物資運ぶ生命線」(1・24 毎日)

ガザ:無抵抗の娘をイスラエル兵は射殺した(1・24 毎日)

自宅消滅、地面に大穴…嘆きのガザ住民「虐殺だ」(1・20 読売)

言葉にできません。オバマ大統領は就任後、まずアッバース大統領に、そしてオルメルト首相に電話したというニュースを見ました。特命大使も選任されました。行動が早いです。アメリカという国を背負っていますから180度の転換はないかもしれませんが、パレスチナの人々が安定した暮らしができ、そして希望を持てる日々が来ますように。お願いします。(前大統領はテキサスに帰り、「何も思い残すことはない」と支持者を前に上機嫌でした。もう何も言いたくもありません)


◆ 大寒にめげるな、博物館歩き ◆
寒さが苦手で、流行の「巣ごもり」をしかねない私。大寒にめげずにゴーゴー!と、出かけたのは、展覧会「japan 蒔絵」(サントリー美術館)。「日本の漆工芸は世界的に名高く、陶磁器を“china”と呼ぶように漆器が“japan”と呼ばれたことが、その浸透ぶりを象徴しています。特に、金銀を用いて漆黒の地をきらびやかに飾る蒔絵(まきえ)は、桃山時代にはじめて来日したヨーロッパの人々を魅了し、特注品が作られるほどになりました」(同館HPより)。

正倉院の螺鈿の蒔絵など、とっても綺麗ですよね!展覧会に期待もしつつ、「もしかしてダメかも、、」という不安もありました。日本の蒔絵に加え、ヴェルサイユ宮殿美術館所蔵のアントワネットコレクション等々、「ヨーロッパ各地に残された貴重なコレクション」も多数展示されていたからです。

これがもう、予想以上の拒否反応。せっかく来たのだから見よう、経験として見ておけばいい、と思うのに、目が(体が)どうしてもイヤだと断固拒否。あのあたりは最も苦手なテイスト。洗練された華やぎが魅力の蒔絵が、クネクネゴテゴテにされて(なって)しまって、、過剰だってば!(ポスター、チラシの時点でもうダメなのでビジュアルご紹介もできません、、。私も、もう少し寛容な視線が持てないものかと思いますが、、ダメなものを受け入れられないのが弱点です。。)

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(「セカンド・ネイチャー」チラシより引用)

気を取り直して、隣接した「21-21」という美術館へ。「セカンド・ネイチャー」(吉岡徳仁ディレクション)という展示をみました(1月18日にて終了)。こちらは期待以上に良かったです。自然の結晶構造が成長することで生まれる造形美。「デザイナーとして環境問題に向き合うとき、再生素材でものをつくることだけがエコロジー、という考えではなく、むしろ自然や地球の美しさがどうやってできているのか、そういうことに目を向け、考える事で、自然を大切にする。そういった本質的な部分を、作品を通して提案ができればと」(吉岡氏インタビュー/WEBMAGAZINE 「OPENERS」より)。

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(「おらんだのたのしみ方」チラシより引用)

通りがかりに入ったもので良かった展覧会もありました。「おらんだのたのしみ方」(たばこと塩の博物館/1月25日にて終了)。オランダ渡りの金唐皮、インド更紗、異国情緒を描いたガラスなど、江戸時代の舶来文物や情報はおおいに珍重され、人気を集めたようです。絵画には、新奇なものに接したときの人々の驚きや好奇心がイキイキと表されていました。


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(インド更紗利休型女持ち懐中たばこ入れ・江戸時代後期/『おらんだのたのしみ方』(たばこと塩の博物館)より引用/今でいえばヴィトンの財布みたいなもの?いやいや、もっとレアですよね。更紗はこういう小物になったときに小粋さが増すような気がします)


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(ビロード秋草刺繍女持ち腰差したばこ入れ・江戸時代後期/『おらんだのたのしみ方』(たばこと塩の博物館)より引用/輸入された絹ビロード使用、刺繍は日本で。こういうのを腰に差してスパーっと一服。迫力〜!)


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(駱駝之図・1824・歌川国安画、山東京山述/1821年に長崎に来た駱駝は2年後に払い下げになり見せ物に。大阪、京都から10年以上をかけて各地を巡回。異国の動物として大評判に。興業では人間も異国人の衣装をまとい異国の楽器を奏で、異国情緒を高めていたそうです/『おらんだのたのしみ方』(たばこと塩の博物館)より引用)


ちょっと驚いたのは、図録替わりの書籍が500円だったこと。最近は図録も立派なものが多く2000円が当たり前。500円は手軽でうれしいです。同館は場所も渋谷の公園通り、入館料がなんと100円なんですから、、もっとたくさんの人が立ち寄ってもいいはず。館もいろんなことができそうな気がするんですが、、大きなお世話ですね!(昨今は、独立採算を契機にしてなのか、公立の博物館や美術館のほうが集客やテーマ設定に懸命の努力をしているように感じられます)。


◆ 泥と更紗 ◆
『泥の文明』(松本健一)を、最近読み始めています(2006年出版の本ですが)。松本氏は、世界を、ヨーロッパ型石の文明、西アジアの砂の文明、そしてアジアなどの泥の文明、という三つに分けます。このような分類自体はこれまでもあったかと思いますが、興味深いのは、石の文明を「外に進出する力」、砂の文明を「ネットワークする力」、泥の文明を「内に蓄積する力」として、その行動原理を読み解いている点です。

従来、砂の文明たる西アジア、中東は「好戦的、攻撃的」と分析され、アジアは「受容的、忍従的」などとされてきました。このような学説は、知らず知らず、私たちのイメージを規定しているようにも思われます。そのような面からも興味を持って読んでいますが、ブログで書くとなると、少しはまとまりが必要かなあと思います。いつか少し書いてみたいです。

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(anokhi's book 表紙/この写真、たまりませ〜ん♥)

MKさんからお借りしているインドの木版捺染ファブリックショップ「anokhi」併設ミュージアムのめちゃカッコイイ本3冊(写真もデザインも超カッコイイ。これを買いにジャイプールに行きたいくらい)。

というわけで、まとまりのない今回でしたが、ぼちぼちゆるゆるとやっていきます。また遊びに来てください☆
by orientlibrary | 2009-01-27 00:55 | 美術/音楽/映画

「パレスチナの刺繍」を囲んで

◆ オバマ大統領就任演説 対イスラム外交 ◆
オバマ大統領の就任式を見ました。人々の熱気、、圧倒されました。オバマさんの就任演説は、ぜひ彼の言葉で聞きたいと思ったので英語で聞いていましたが、私にはむつかしい単語が多くわからない部分が大半。でも、自らの揺るぎない決意、責任と、一人一人への決意、行動への呼びかけ、その確固とした方向性、ヴィジョンの強さは感じることができました。

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(ガザの暮らしの安定と平和を願って(1)/イスラムの美意識。幾何学の端正で精緻なモザイクタイル/アフマド・ヤサヴィー廟/orientlibrary)

すでに新聞やネット等で、演説全文が紹介されています。その中から、イスラム世界と関わりのあるパートを抜き出してみます。(日本語=朝日新聞/英語=PBS)

*「イスラム世界に対して、私たちは、共通の利益と相互の尊敬に基づき、新たな道を模索する。紛争の種をまき、自分の社会の問題を西洋のせいにする国々の指導者に対しては、国民は、破壊するものではなく、築き上げるものであなたたちを判断することを知るべきだと言いたい」(To the Muslim world, we seek a new way forward, based on mutual interest and mutual respect. To those leaders around the globe who seek to sow conflict, or blame their society's ills on the West - know that your people will judge you on what you can build, not what you destroy. )
*「腐敗と謀略、反対者の抑圧によって権力にしがみついている者たちは、歴史の誤った側にいることに気づくべきだ。そして、握りしめたそのこぶしを開くのなら、私たちが手をさしのべることを知るべきだ」(To those who cling to power through corruption and deceit and the silencing of dissent, know that you are on the wrong side of history; but that we will extend a hand if you are willing to unclench your fist.)
*「私たちは、>責任ある形でイラクをその国民の手に委ねる過程を開始し、アフガニスタンの平和構築を始める。また古くからの友好国とかつての敵対国とともに、核の脅威を減らし、地球温暖化の恐れを巻き戻す不断の努力を行う」(We will begin to responsibly leave Iraq to its people, and forge a hard-earned peace in Afghanistan. With old friends and former foes, we will work tirelessly to lessen the nuclear threat, and roll back the specter of a warming planet. )

ガザ、パレスチナについては触れられていません。アフガニスタンの平和構築の具体的な方策が気になります。けれどもブッシュ政権のような傲慢きわまりない高圧的な敵対姿勢とは異なる理解と寛容が垣間みられ、平静に聞くことができました、、

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(ガザの暮らしの安定と平和を願って(2)/鳥のさえずり。バングラディシュのカンタ刺繍/望月真理さんのコレクションより)

◆ パレスチナの民族衣装 ◆
そのパレスチナですが、文化的側面については多くを知りません。けれどもきれいな刺繍の民族衣装は見たことがあります。『西アジア・中央アジアの民族服飾 〜イスラームのヴェールのもとに〜』(文化学園服飾博物館/文化出版局)で調べてみました。すると、、「女性の衣装には地方ごとの特色があったが、1948年のイスラエル建国以来、次第に失われていく」との説明。そうですか、、。

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「1948年のイスラエル建国により、パレスチナの人々は今までの生活から離れて難民生活を余儀なくされる人も多く、民族衣装を作るために必要な材料や、針仕事にたずさわる時間が大きく制限されるようになった。こうして地域ごとに受け継がれてきたドレスのモチーフや技術は簡略化された」という文章がありました。(「文化学園服飾博物館所蔵資料と現代の西アジア・中央アジアの服飾」/村上佳代さん)。以下、同様に、同論考より引用(一部要旨)させて頂きます。

「パレスチナの民族衣装では、胸部分に施される刺繍はそれぞれの地域で異なり、意味を持つものであった。刺繍は真綿糸(絹糸)や綿糸を用い、主にクロスステッチにより整然とした幾何学模様を施した。しかし1950年代以降のドレスの刺繍は、モチーフに地域性がなくなり、地を埋め尽くすような精緻なクロス・ステッチも見られなくなったりと、概して華やかさや重厚さは失われた」

「クロス・ステッチは“×”を連続させていくのではなく、まず一方に長い糸をわたし、対角に短い糸を何本かわたしてクロス・ステッチに見せる方法に簡略化された。ドレスの生地は手織りの綿や亜麻に代わって、化学繊維が用いられるようになったため、折り目を数えて整然と文様を刺すことができなくなったことが、上記のように美しいクロス・ステッチが衰退した要因のひとつであろう」

「刺繍はミシンによるものも見られ、厳かに輝いた金糸や銀糸も、さまざまな色のビニール・モール糸に取って代わられた。見頃のカッティングも、かつては前後、両脇と少なくとも4枚の布を用いて仕立てていたが、1980年代になると前後の見頃を脇で縫い合わせて両脇裾にスリットをいれただけの簡単な形に省略され、現在では同じ形のものが大量生産されるようになった」


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(『西アジア・中央アジアの民族服飾 〜イスラームのヴェールのもとに〜』/文化学園服飾博物館/文化出版局より引用/「ガザ地方〜晴れ着と日常着/地中海に面し、メジュデルが織物の名産地である。婚約が決まると結婚式や結婚後に着る民族衣装を何枚も準備する。上質な生地に華やかな装飾のものを晴れ着、簡素な装飾のものを日常着とする」)

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(『西アジア・中央アジアの民族服飾 〜イスラームのヴェールのもとに〜』/文化学園服飾博物館/文化出版局より引用/「ラーム・アッラ〜白地に赤糸刺繍」)

占領や封鎖という非常事態が長く続き、生活だけで精一杯ななかで、伝統の技術を継承していくことには大きな困難がともなうことでしょう。そんななかで、日本のNGOが伝統的手仕事の刺繍製品の生産から販売をサポートしています。深みのある色合いや独特の模様が魅力です。イベントなどで見かけたら、手にとってみてください。


◆ ガザからイスラエル軍撤退も、周辺に待機 ◆
日本パレスチナ医療協会・メルマガの「ニュース速報(090120)」より。・・・「ガザ地区の凄まじい破壊の状況が報道されはじめました。同地区のインフラのなかには、欧米、日本などの資金・技術協力で建設された施設も少なくありません。停戦宣言直後にイスラエルを訪問したEU諸国の6首脳は、せめて、「イスラエルが破壊したものを補償せよ」くらいは言ったのでしょうか。占領地住民のケアは、占領国の責任です。その資金を海外に支出させておいて、壊すだけ壊す。こんなことが白昼堂々とおこなわれているのに、国際社会は気に止めている様子もない。変だと思いませんか?」

同(090120)より (1/20 BBC)
* 12月27日から3週間余にわたったガザ攻撃の被害について、国連のジョン・ホルムズ事務次長は、ニューヨークの国連本部で記者会見、上水道システムの破壊で住民40万人への給水が止まっていることなど、概略を説明した。 
* ホルムズ氏によると、19日、10万人分の上水道が復旧したが、依然、40万人分が断水、電力供給は、一日平均12時間以下、10万人が難民化しているという。損壊した国連施設は50、医療施設は21になる。
* 記者団の質問に、事務次長は、住民が緊急に要する救済資金は数億ドル、ガザ地区全体の復興には数十億ドル必要だろうと応えた。
* 一方、自治政府のパレスチナ統計局は、住宅4100棟が全壊、さらに17000棟が損壊、また、工場や作業場1500、モスク20、治安施設31、さらに上下水道管10箇所が破壊されたとしている。統計局の推計では、損害総額は19億ドル、うちインフラの被害は2億ドルに及ぶという。
* ガザ市で取材中のBBC記者は、住民たちは、ガレキの下に埋もれた肉親や友人の死体を捜しながら、世界がこの暴力を止めるのに十分なことをしなかったと怒っている、とつたえた。
* パレスチナの医療筋によると、少なくともパレスチナ人1300人が殺され、うち3分の1が子ども、また負傷者は5500人にのぼる。UNRWAのガザ事務所によると、子どもたちの多くは、砲弾や爆弾の破片を無数に浴び、きわめて重傷だという 。

同(090121)より (1/21 BBC)
* イスラエル軍の報道官によると、軍は21日早朝までにガザ地区全域から撤退した。「しかし、わが軍はガザ地区周辺全域に部隊を待機させ、即応態勢をつづける」と報道官は語った。この発表は、オバマ大統領就任式開始(アメリカ東部時間20日正午)の13時間後。

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(ガザの暮らしの安定と平和を願って(3)/ガザ応援団。中央部の4点、青の刺繍ポシェット、陶器が真ん中にある時計、エルサレムの写真と刺繍のフレーム、丸くて小さいらくだがパレスチナのもの。そのまわりを世界のいろんなものが囲む。日本のお守り=厄よけ、チベットの法具、ウズじいちゃんズ、イランの太陽タイル、ヒンドウーの神様、などなど。ガザの皆さん、世界が見守っています!)
by orientlibrary | 2009-01-21 22:35 | 中東/西アジア

『チェチェンへ アレクサンドラの旅』との出会い

正直、チェチェンのこと、最近意識することがなくなっていました。チェチェンをテーマにした映画があると知っても、昨今の現実と合わせ、見た後で気持ちが沈んでしまうのでは、と避ける気持ちがありました。でも、主人公の横顔の写真には、何か惹きつけるものがありました。

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(映画チラシより引用)

久々の渋谷道元坂・ユーロスペース、『チェチェンへ アレクサンドラの旅』との出会い。重く、静かな、でも温度のある、不思議な気持ちが残りました。この思いは、低周波でも長く続くだろうという予感がします。思えば、私がチェチェンに関心を持ったきっかけも、映画(『コーカサスの虜』)でした。

映画のあらすじや内容などを詳細に書くのは、これから見る人に失礼ですね。といっても、じつは書こうにもあらすじというものもないのです。80歳のアレクサンドラが軍人である孫のデニスに会うために、はるばると前線にある駐屯地にやってきたという、それだけの話なのですから。

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(映画チラシより引用)

その地はチェチェンとも明言されず、アレクサンドラがどんな女性なのかの紹介もありません。巨きな体に不釣り合いな小さな足、歩きにくそうな靴を履き、質素なワンピースに身をつつんだ老女が大きな鞄を引きずって汽車に乗り込むシーンから、少し軽くなった鞄を持ちまた汽車に乗って帰路につくシーンまで。

駐屯地とその近くのバザールでの数日間の出来事。デニスとの会話、バザールでのチェチェン人女性たちとの出会い、若いロシア兵とのふれあい、などが淡々と、しかし深々と描かれます。

全編を通して、色といえば乾いた土埃の色だけ、音は金属がきしむような重暗い音だけ。すべては荒涼としています。美しいものは何も出てきません。でも見た後、心が荒むか、落ち込むかというと、そうでもありませんでした。むしろ逆でした。荒涼を浄化していくような何かを感じたのです。

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(映画チラシより引用)

それは、主人公のアレクサンドラの、そしてアレクサンドラを演じたロシアの有名なオペラ歌手であるガリーナ・ヴィシネフスカヤの、凛とした大地のような包容力からくるものかもしれません。それを感じられたことは、映画を見た大きな幸せでした。

パンフレットからの文章を抜粋してつないでいくことで、紹介に代えたいと思います。

 ガリーナ・ヴィシネフスカヤへのインタビューから  「ソクーロフ監督はチェチェンに関するこのような映画を今作ることは大切だと言いました。戦闘シーンがなく、爆弾や砲撃を撮らず、私たち自身の力で戦争を理解しようとする作品を作ることが大切だと。(略)ストレートな映画ではなく、説教じみたところはありませんでした。ただ現実を描き、本物の人生を映像に残しただけなのです」

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(映画パンフレットより引用)

 アレクサンドル・ソクーロフ監督  「戦争のない戦争映画を撮りたいと思っていました。戦争に美学はないと確信するからです。大陸では各民族が個別に独立して平和に暮らすことは、地政学上、大変困難で、しかもこのような政治的状況がずっと続いているのです。(略)ロシアではチェチェンを理想化しすぎているという批判もありました。私は人びとの否定面をあえて探しませんでした。そうでない面を見たいのです。それが芸術だと考えるからです」

 西周成さん  「カフカスの地が19世紀前半以来、優れたロシア人芸術家達の想像力を刺激してきたことも、忘れてはなるまい。ロシアの一般市民が生涯に一度もカフカスを舞台とする彼らの作品に触れないということはあるまい。ヒロインがチェチェン人の老婆と交わす会話に、お互いの民族性を理解しあっているかの如き、哲学的とさえ言える賢明さが感じられるのは、偶然ではない」

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(何かチェチェンの工芸品の写真をと思いましたが見当たらないので、コーカサスの国・タゲスタンの皿棚・19世紀を/『シルクロードのかざり 中央アジアとコーカサスの美術』図録より引用)

 池田香代子さん  「それにしても、あたり一面の荒涼ぶりはどうだ。それを見回すアレクサンドラのため息、つぶやき、眉間の皺。(略)これは戦場にいるしかない人びとの日常をなぞる、希有な戦争映画だ。その人びととは、彼女の孫のような職業軍人であり、幼顔の兵士であり、とりわけふるさとの町を外国軍に破壊された市民だ。ロシア人に敵愾心をむき出しにしながら彼ら相手に商売するしかない市場の若者たちの、暗いまなざし」

 廣瀬陽子さん  「現実のチェチェン戦争の悲惨さは筆舌に尽くしがたい。(略)チェチェンは二度の紛争でこれまでに20万人近くの死者を出したと言われ、人権侵害の問題も大変深刻だ。(略)カフカスの人びとは“家財を売り払ってでもお客を歓待しろ”という文化を今でも守り続けている。実際のチェチェン戦争でも、ただでさえ食べ物もない紛争中にチェチェン人の家で何日もかくまってもらって、命を救われ、“ロシア兵の仲間よりチェチェン人の方がよほど温かかった”と兵士をやめたロシア兵が数多くいる」

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(コーカサスの国・タゲスタンの小麦粉量り・19世紀〜20世紀/『シルクロードのかざり 中央アジアとコーカサスの美術』図録より引用)

 林克明さん  「アレクサンドラが見ず知らずのチェチェン女性と出会い、すぐに自宅に招かれる。敵対しているはずのロシア人とチェチェン女性が瞬時に溶け合うような設定を絵空事と思う人もいるかもしれない。しかしこれは現実に起きていることである。(略)戦争が始まった頃、ロシア兵の母親たちはチェチェンへ押し寄せ、行方不明の息子を探していた。チェチェンの人々は彼女たちに食糧や宿を提供し、車を提供し協力を惜しまなかった。いま目の前で自分たちの町や村を破壊し、家族や友人を殺し拷問しているロシア兵の母親たちを助けていたのである」

蓮見重彦さんが、「(チェチェンの青年に伴われ)、彼女がゆっくりとした足どりで駐屯地へ戻る雑草の生い茂る砂利道のシークエンスが素晴らしい」と書いている場面、私も強く印象に残っています。行けるとしたらメッカとペテルブルグに行ってみたいと言う青年が、暗い瞳で放った一言(ここでは書きません)に、胸がつまりました。

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(映画パンフレットより引用)

そして、映画初出演というガリーナ・ヴィシネフスカヤのあふれ出すような存在感が圧倒的でした。低い声でつぶやくように語る短い台詞は、どれもあまりに率直でとまどうのですが、いつしか引き込まれていきます。声の表現力のせいもあるでしょう。また出演者は、ガリーナと数名をのぞいて、ほぼ全員が素人だということです。

 「『チェチェンへ アレクサンドラの旅』 宣伝日記」というブログ(同じexciteでした)に、ジャーナリスト・常岡浩介さんのトークライブの内容が紹介されていました。常岡さんはチェチェンゲリラの部隊に従軍した経験があるそうです。臨場感のあるる内容。チェチェン人の精神的強さの話には感心しました。

 (久々にチェチェンの記事/朝日新聞090114朝刊)
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 記事より:「戦争で徹底的に破壊された首都グロズヌイは生まれ変わっていた。中心部には昨年10月、欧州最大級のモスク「チェチェンの心」が完成し、その前の道路は「プーチン大通り」と改称されていた」

 インタビュー記事=独立派を封じ込め、強権で安定をもたらしたカドイロフ大統領=より:「チェチェンは100%イスラム教の共和国だ。全員がイスラム教を固く信じ、共和国や連邦の憲法を侵さないように万全を尽くす、共和国を建設し、精神的に復活させる。それが重要だ」

 解説より:「18世紀に南下したロシア帝国に激しく抵抗後、1850年に併合された。独ソ戦で独側に協力したとして住民が中央アジアに追放され、共和国が消滅したときもある。ソ連末期の91年11月に独立を宣言。面積は日本の四国ほどだが、石油を産出し、パイプラインが通る要衝で、新生ロシアのエリツイン政権が分離独立の阻止に動いた。人口は100万人」「(第1次、第2次の)チェチェン戦争で、独立は封じ込まれ、産業は崩壊。ロシア軍の残虐行為も指摘された。全体の死者は16万人ともされる」
by orientlibrary | 2009-01-15 23:33 | 社会/文化/人

初期イスラム建築を代表する「岩のドーム」(エルサレム)

◆◆ 追記 ◆◆:長くパレスチナに関わってきたジャーナリスト・広河隆一さんのブログで、大手メディアのガザ報道についての記事=「メディアとガザ報道」が反響をよんでいるようです。関心のある方はごらん下さい。


◆◆ 追記 ◆◆:日本パレスチナ医療協会のメルマガ(2009.01.15夜受信)・「ニュース速報」の冒頭部分を転載します。

* ガザ攻撃によるパレスチナ人の死者はついに1000人を超えました。負傷者は5000人に近づいています。その多くは、手足を吹き飛ばされたり、全身に砲弾の破片を浴びたりしている重傷者です。
* 数字の魔力は、想像力をマヒさせます。殺された人、ひとりひとりにその人生があったということを忘れさせます。両親が居て、兄弟姉妹があり、友人がいたということを。
* 日本の新聞も、連日の紙面でガザ攻撃のことを詳しく報道しています。邦字各紙をていねいに読むだけでも、いま何が起きているか、かなりのことを知ることができます。ただ、気になるのが、ハマースの枕詞としてつかわれる「イスラム原理主義組織」とか「イスラム過激派」という表現です。
* それなら、イスラエルの前になぜ、「ユダヤ教原理主義国家」「ユダヤ人至上主義国家」とか「過激派国家」という形容詞を付けないのか。このような批判があっても不思議ではありません。
* 事情に詳しくない読者が多いわけですから、「イスラエル」は知っていても「ハマス」は知らなかった人が少なくない。だから、「ハマス」にはなんらかの形容詞を付けたほうがわかりやすいのは確かでしょう。しかし、偏見を助長するような形容詞は避けるべきです。とくに「イスラム過激派」はやめていただきたい。
* 各紙編集責任者の皆さん、もう少し妥当な形容詞を考えてください。たとえば、TBSテレビのニュース番組では、「対イスラエル強硬派」を使っています。」

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(エルサレムの岩のドーム。アラビア語でクッバ・アル・サフラ。687-692/『ISLAM 初期の建築 バグダッドからコルドバまで』より引用)

この連休、イスラエルのガザ攻撃に対する抗議行動(デモ、シンポジウムなど)がおこなわれました。私は参加できなかったのですが、日本パレスチナ医療協会(JPMA)のメルマガ(日刊に近い頻度でパレスチナ状勢に関する世界のメディアの情報の翻訳や現地からのレポートを発信)から、その模様などを抜粋して引用させていただきます。

・ 「東京では10日、「ガザに光りを!」をスローガンに、約1500人(主催者発表)が港区の芝公園で集会、5キロのコースを行進した。パレード後、シンポジウムが開かれ、会堂に入りきれない参加者は、別室でディスカッションを聴いた。電話インタビューの録音を通じて、現地の生々しい模様も伝えられた。
・ 11日には、「東京外国語大学中東イスラーム研究教育プロジェクト」による、緊急集会「イスラエルによるガザ侵攻を考える」が開かれた。100席しかない会場に2倍の参加者が詰めかけ、半数は立ったまま、4時間半のディスカッションに加わった。(「緊急集会」の詳しい模様は、いずれ、「東京外国語大学中東イスラーム研究教育プロジェクト」のホームページに掲載されるということです)

◆ 追記 ◆:「パレスチナ子どものキャンペーン」のニュースに集会の模様が詳しく載っていました。また、「パレスチナ子どものキャンペーン」HPには、<パレスチナ基礎知識>や<ガザの基礎知識>もあります。わかりやすく書かれています。参照なさってください。

クリスマス明けから年末年始、気持ちもふさぐような報道が続きました。10日には、イスラエル軍が「白リン弾」を使用した可能性が高いという報道がありました。(以下、毎日新聞より)

・ 「人権団体HRWの専門家らは9、10の両日、イスラエル側のガザ境界から、ガザ市やジャバリヤ難民キャンプ方面で砲弾が空中さく裂し、白煙を吐く多数の物体が落下する様子を確認。さらにメディアの映像などから、これらが白リン弾である可能性が濃厚と判断した」
・ 「白リン弾は、皮膚に触れると骨を溶かすほど激しく燃焼し続け、人体に深刻な被害をもたらすのが特徴だ。第二次大戦の空爆などにも使用され、消火が難しいことからその非人道性が指摘された」
・ 「HRWは、白リン弾を焼夷(しょうい)弾と位置付け、人口密集地にある軍事目標や、民間人を焼夷兵器で攻撃することを禁じた「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)第3議定書」に違反する疑いがあるとした」

■ 白リン弾(毎日新聞より)=空気と反応して発火、発煙する兵器。ざんごうの敵兵をいぶり出したり、対戦車砲に対する煙幕として有効とされる。消火が極めて困難なことや、人体への被害が大きいことから「人間を焼き尽くす兵器」とも言われる。

■ 「天井のない監獄」・ガザ(朝日新聞より)=種子島より少し小さい面積に約150万人が暮らす。うち約100万人が48年の第1次中東戦争で、いまのイスラエルにある故郷を追われた難民と子孫たちだ。総延長約75キロのイスラエルとエジプトとの境界は金網フェンスやコンクリート壁でふさがれている。人や物の出入りができるのは5カ所の検問所だけ。住民はガザを「天井のない監獄」と呼ぶ。特にイスラエルとの「2国家共存」に反対するハマスが07年6月にガザを支配してから、イスラエルはほぼ完全封鎖を敷いた。建設用資材や機械部品が入らず、生産した農作物などを輸出できない。もともと高かった失業率が今は5割を超すといわれる。
 
非道。停戦を。安全を。尊厳を。

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(エルサレムの岩のドーム、壁面のモザイクタイル装飾、オスマン朝時代に加えられたもの。下部にはビザンチン様式の大理石腰壁/『ISLAM 初期の建築 バグダッドからコルドバまで』より引用)


◆ エルサレムの岩のドーム ◆

私に何かできることは、、、歴史あるこの地域の建築や装飾について書いてみたいと思いました。初期イスラム建築の代表的建造物であるエルサレムの岩のドームについて。以下、『世界のイスラーム建築』(深見奈緒子著/講談社現代新書)より、抜粋(〜まとめ)・引用させていただいています。

・ ウマイヤ朝(661-750、首都は古都ダマスカス)=イベリア半島から中央アジアにいたる地域にイスラム教を報ずるアラブ族による支配が実現した
・ 初期キリスト教建築と(ダマスカスの)ウマイヤモスクの共通点は多い。ローマ時代からの聖地がキリスト教、イスラム教の寺院へと変転、土地も持つ聖性が宗教を超えて継承されていく

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(岩のドーム、ビザンチン様式のモザイク装飾/『ISLAMIC ART AND ARCHITECTURE 650-1250』より引用)

<エルサレムの岩のドーム>
・ 岩のドーム=八角形の台座にこんもりとドームが載っている。これをつなぐ円筒形の部分をドラムと呼ぶ。室内に光を取り込む窓を設ける
・ 八角形の壁の部分は大理石の腰壁の上部一面にタイル細工が施される。オスマン朝期に大改修して付加された
・ 平面構成は当初のもの。それ以前のイスラムの造形(立方体のカーバ神殿や中庭を囲む預言者モスク)とはまったく異なる
・ 円堂を取り囲む周廊建築の系譜=4世紀ローマの廟や聖墳墓教会など初期キリスト教建築に
・ドームは木造で内側はガラスモザイク。外側は鉛板で覆われる。円柱やピア(角柱)。腰壁の大理石。ビザンツ建築のハギヤソフィヤとの相似。この地方にいたキリスト教徒の職人が工事に携わった
・ 初期キリスト教教会堂にあった殉教者洗礼堂や廟建築の精神を受け継いで、カリフ・アブド・アル・マリクは岩を覆う建築を建てた。聖なるものを覆う建築としてドームを採用した
・岩のドームは 祈念碑であってモスク建築ではない
・ 墓建築が多様に発展したこともイスラム建築の特色。ドームを冠した墓建築の原点は岩のドーム
・一神教徒が聖都とあがめるエルサレムの地に壮麗なドームを造営しイスラム建築において記念堂というジャンルを確立した

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(岩のドーム、ビザンチン様式のモザイク装飾/『ISLAMIC ART AND ARCHITECTURE 650-1250』より引用)

<モスクと教会>
・ (ダマスカスの)ウマイヤモスクと岩のドームの共通点=地中海色が強い。初期キリスト教との接点がある。ガラスモザイクによる光の効果、下層のアーチの上の重なる上層の二連アーチによるリズム感、中央切り妻破風の下に三連アーチが醸し出す正面性、軽やかな円柱とピアとの使用による単位の設定、半円形アーチに近い馬蹄形アーチによる分節、大理石の抜き打ちパネル、板状大理石を用いて文様のような効果を生む方法など
・ シリアには多くの教会があった。イスラム教徒は教会堂をモスクに転用しキリスト教徒の工人を徴用し教会堂建築から多くを学んだ
・ しかしモスクと教会は、方位や光、空間の目的などに相違があり、独自の建築の歴史を持っている

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(岩のドームの平面図と断面図。円墓は神聖な岩の上にそびえる。八角形のドームは四角形の回転原理が基本。互いから見て45度の角度に位置している。幾何学的な美しさのある構成/『ISLAM 初期の建築 バグダッドからコルドバまで』より引用)

それぞれの歴史や文化や暮らしや人生を尊重してください。劣悪な環境の中で生まれ育ち、常に暴力にさらされ、尊厳を踏みにじられている人たちに、完全封鎖で逃げ場もない中に、圧倒的な軍備で空から攻撃する、市民が避難した国連の学校にまで空爆する、破壊的な兵器を好き放題使用する、、そんな非道があっていいのか。強欲なやりたい放題はいつかきっと断罪される、と信じたい。
by orientlibrary | 2009-01-12 21:21 | 社会/文化/人

パキスタンのジプシー楽士(ムルタンのタイルとともに)

ごあいさつが遅くなりました。新しい年、今年も皆様にとって良き一年でありますように!!ゆっくり更新中のブログではありますが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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(ムルタンにある聖者廟のタイル&テラコッタ)

映画「ジプシーキャラバン」や「ラッチョドローム」のこと、など、ジプシーやジプシー音楽のことを時々書いています。(ロマと書いたりジプシーと書いたりしていますが、どう書くのが最も良いのか、正直よくわかりません。最近は、またジプシーという表現が多いような気がしています。ジプシー/ロマ、という表記も)。何か惹かれるものがあるのです。

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(ムルタン、タイルの小塔。今回はパキスタンの話であることと、「ジプシーが多様な呼び方をされている理由はおそらくはただひとつ、ジプシーがいろいろな地域からやってきたせいである。トルキスタンでは”ムルターニ”(ムルタン出身の意味)と呼ばれてきた」(松岡正剛の「千夜千冊」より)、、ということもあり、ムルタン〜ウッチュのタイル装飾をご紹介しています)


昨年末に、興味深い催しがありました。「関口義人の『ジプシーを追いかけて』Vol.17/@渋谷UPLINK」です。ジプシー音楽をテーマとしたシリーズ、なんともう17回も開催されているとは。書籍出版も相次ぎ、ジプシーに魅せられている人が少なくないことを実感します。

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今回のゲストは村山和之さん。ということは、パキスタンですね!ジプシーとパキスタン、一瞬ピンときませんが、ラジャスターン地方から出発したともいわれるジプシー。近いです。村山さんならではのパンジャーブのジプシーの芸能やバローチスタンの楽士たちの音像を、たっぷりと見せていただきました。(写真は、上映された映像を撮影したもの)

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(ドール。リクエストして演奏してもらうそうです。後ろの素焼きの壷が気になって、、ついパチリ)

音像は7本。これまでに見せてもらったものもありますが、何度見ても飽きません。今回もっとも感動したのは、「LORIK」(バローチ〜中央アジアでジプシーと呼ばれている人)の演奏。ムハンマドを讃える歌、、耳で聴くよりも心の奥底で聴いた気がします。音楽、なのかな。ジプシーの音楽って、旋律だけではない、歌詞だけではない、身体(人生と言ってもいいかもしれない)で聴く気がする。

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(心に響きしみ込んでいく。言葉で言い表せない、、感動しました)

コメントやお二人のトークは、マニアックかつ洒脱で楽しかった。でもメモは取ったものの、真っ暗な中で書いたので正確さは超あやうい。特に固有名詞やその表記は未確認なので危ない。が、え〜いっ、学術ブログではないので、ざっくりとメモのご紹介。雰囲気を味わってください。

・ パンジャーブ州の南の砂漠地帯、東のタール沙漠とつながるあたり、そこにいるジプシーはバローチスタンの楽士とどう違うかなどを見て欲しい
・「MIRASI」、イスラム教徒のジプシー楽士、伝統音楽の継承者という意味、低カースト、ドーム(ローム)の中でイスラム化している人、ロマ、ロムの源流としてのドマ、ドム
・「ローリー(LORIK?)」、バローチスタンのジプシーの芸能
・ LORIK、バローチ〜中央アジアでジプシーと呼ばれている人、ムハンマドを讃える歌の演奏
・ ドーリー、ドール(太鼓)奏者、ローリーの中でも下層といわれる
・バローチスタン調査旅行の映像紹介も、水辺での食事、牛糞でのナン作り、果物のもてなし、地上の楽園のような庭(バーグ)の夕暮れなど
・ チカップの映像、輪になって踊る、カスタネットの使用、バローチの特徴
・ ドキュメンタリー番組から=大都市のジプシー・ストリートミュージシャンの映像、婚礼会場の外で演奏
・ イランのマクラーン地方のチャバハールでの映像、英雄叙事詩を叙情豊かに歌いあげる楽士

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(ジプシー楽士たちの師匠。風情、風格がありますね)

映像の中で、旅人をテント(というか、枝と布で構成されるシンプルな空間)に招き、土地の果物をたっぷりと提供してもてなす光景が紹介されていました。テント内部にはローカルの絨毯が敷かれています。絨毯文化の地域だから当然とはいうものの、ボロボロながら質感の良い魅力的な絨毯でした。

それに比して、、、メインステージに敷かれていたカーペットは、かなりキツかったです。「せっかく絨毯で有名なバローチの話なのになあ、、」「バローチの絨毯があれば、ものすごくカッコいい時空間になったよね、、」「残念!!」「言ってくれれば持ってきたのに、、」「日本では敷物が軽視されているのでは」と、乾燥地帯〜バローチ好き仲間たちは語り合っていたのでした。

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(ウッチュにある聖者廟のタイル&テラコッタ)
by orientlibrary | 2009-01-07 01:15 | 美術/音楽/映画