イスラムアート紀行

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イラン現代詩人、その詩と人生を聞く

●日本は俳句や短歌などの文芸が盛ん。たくさんの人が自然の美や暮らしの思いを言葉に託し、同好の仲間と交流し、楽しんでいます。日本の良さだと思います。

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王のモスク(イマーム・モスク)・半ドームのタイル装飾/イスファハーン/1627/『The Art of the Islamic Tile』より引用)

●一方、「詩の国」と言われるのがイラン。たとえば、「多くの人が何らかの詩を暗唱していたり、詩を日記に書いたり、恋人への手紙に詩を挿入したり、指導者も演説に入れたりしている」そうです。また、「書店でも詩のコーナーは小説と同じくらいあり、ショーウインドウにも飾ってある。詩の夜などイベントも頻繁にある」とか。そして、「詩の国のプライドを持っている」

●今回、そんなお話をうかがったのは、カフェバグダッドさんのイベント、「イラン現代詩の深淵へ-セタールの響きとともに」にて。イラン現代詩を代表する2詩人、ナーデル・ナーデルプールとフォルーグ・ファッロフザードの詩の朗読、彼らの生き方に迫るトーク、優美なセタールの響き、を堪能しました。

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(「ダルビッシュ」。ペルセポリス風演出?雑司ヶ谷の方に向かう商店街のなかにあります)

●会場は、池袋のイラン料理レストラン「ダルビッシュ」。こちらは初めてでしたが、料理や演出に、センスの良さや繊細さを感じました。こういうイラン料理屋さんもあるんですね。新鮮でした。ご主人はイラン古典音楽の演奏家。食事や音楽を楽しみに、また行きたいな。

●イランの詩や詩人(とくに現代)については知識ゼロの私。トークで聞いた二人の詩人の激しい生き方、奔放な恋愛模様にはびっくりしました。「ナーデル・ナーデルプールとフォルーグ・ファッロフザード。2人の関係は、恋愛、別離、そして芸術上の対立関係とめまぐるしく変化した」。イラン革命の前ですから、今とはずいぶん社会も違うのでしょうけれど、、。こちらの方が本来のイランなのかな??

●詩は、それぞれの研究者が朗読。カシュガイのキラキラした赤いドレス姿でステキでした!いただいたレジュメから、ほんの一部を転載させていただきたいと思います。印象的だなと思った部分、2節ずつです。(鈴木さん、小野寺さん、事後(〜無理矢理?)承諾になってしまいますが、よろしくお願いいたします)

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「壁」 (フォルーグ・ファッロフザード/鈴木珠里訳)

冷え切った瞬間が足早に立ち去って
あなたの荒々しい目は その沈黙の中で
私の周りに壁を造る
あなたからもう逃げるしかない 横道に入って

そしたら 月の埃のなかで平原を見たり
そしたら 光りの泉の水で自分の体を洗ったり
夏の暑い朝の 色とりどりの霧の中で
野生の百合の花でスカートを飾ったり
農家の屋根の上から鶏の声を聞いたりしよう

(後略)

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ブルーモスク(タブリーズ)・壁面タイル装飾/1465/モザイクです。素晴らしい。傑作!/orientlibrary)


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「運命の日」  (ナーデル・ナーデルプール/小野寺菜穂訳)

(前略)

君なしで 君の心とともに鼓動していた僕の心は
ああ嘆きに嘆いた
君なしで、君なしで、僕の盲た運命の手は
葡萄酒の代わりに涙と血を杯に注いだ

僕の生は暗い星のない夜だった
君の目が、その星々になった
それは一瞬 雲の間から現れ
一瞬で雲に飲み込まれてしまった

(後略)

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●いやあ、情熱的、叙情的、耽美的ですね〜。恋、花、酒、星、月、、ペルシア、なんですね〜。日本の和歌などは同じ叙情でも、「短い」というのが、大きく違う気がします。イランは歌い上げますね〜。<心性>というものが、それぞれなんだなあと思いました。文芸の国同士、仲良くしていきたいですね!


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MIR CHAQMAQ MOSQUE/ヤズド/1457/ミヒラーブのモザイク装飾/『The Art of the Islamic Tile』より引用)



*** 年内にもう一本、「ジプシーを追いかけて、バローチスタンのジプシー楽士」を書こうかと思っていましたが、こちらは新年の幕開けトピックとしたいと思います。いつも当ブログを読んでいただいている皆様、今年も遊びに立ち寄ってくださって、どうもありがとうございました。どうぞ、よいお年をお迎えください。風邪などひかれませんように。年末年始、良き日々でありますように!!
by orientlibrary | 2008-12-27 00:43 | 美術/音楽/映画

イスタリフ、陶芸がつなぐアフガニスタンと日本


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(JAMのミナレット(アフガニスタン/12世紀)のディテール/『COLOUR AND SYMBOLIZM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』よりトリミングして引用/この青が草創期時代のタイルの魅力。谷間のミナレットは凛として美しい。行ってみたい。憧れです)


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●以前一度ご紹介したことのあるアフガニスタンの「イスタリフ焼き」「身近な美術で小さな旅。アフガン、ウイグル、インドへ」)。イスタリフは300年以上の歴史を有し、独特の青が魅力です。

●2005年には産地であるイスタリフ村から13名が来日し、日本各地の陶芸産地を訪問しました。それから3年、村は少しずつ復興に向かい、バザールには100軒もの陶器店が商売しているそうです。

●そしてこの12月、二人の若い陶工さんが再来日しました。岐阜や信楽で新しい技術を学んだそうです。その報告会に参加してみました。国際交流基金内の会場には、平日の昼間にもかかわらず、かなりの参加者が集まっています。印象ですが、陶芸関係のかたが多いような気がしました。

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(イスタリフ村の若い陶工、アフマドさんとマティンさん。もっとじっくり時間をかけて日本で学びたいと語っていました)

●研修の様子を撮影したスライドを見ながら、アフマドさんとマティンさんが説明します。二人とも24歳。若いけれど、陶芸を家業とする家に生まれ育ち、子どもの頃からろくろを回していたといいます。

今回の研修のポイントは二つ。ひとつは「ガス釜作り」、もうひとつは「石膏型作りと陶彫(とうちょう)」だったそうです。聞いたときは、なぜそのふたつかよくわかりませんでした。別なテーマ、絵付けとか釉薬とか、の方がわかりやすいのですが、、。でもこのふたつの課題には、深い意味、目的があったのです。そして、よく練られた、現実的なテーマだったのです。

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(完成したガス窯のスライドを説明)

●03年に新聞記事でイスタリフのことを知ったとき、陶芸素人の私でさえ、何かできることがあれば、と思いました。陶芸家のかたなら、なおさらだったと思います。そして迅速に行動された方々、その後各地で関わってこられた方々の知恵と行動とが、いま、具体的・現実的なテーマに結実したんだなあと思いました。そのことが素晴らしいと思いました。

●第1の課題は、「ガス釜」です。なぜガス釜?その理由、一つは<高度焼成>のため。現在の900度程度の低火度では鉛が検出されるのだそうです。鉢ものが多い産地ですから、食器にしないとはいえ、気になりますよね。1100度までになると、その心配がなくなるそうです。買う側にも安心です。

●二つめは、<薪に代わる燃料>であること。陶芸での大量の薪の使用は、干ばつなどにもつながりかねません。最近の<プロパンガスの普及>も心強い変化です。

●岐阜の研修先で7日間かけてガス釜製作を学んだ二人。築炉士さんから高度な技術を直接教わったそうです。「ガス釜を普及させたい」、長年関わってこられた陶芸家の熱意が実を結びつつあります。

●第2の課題は、「石膏型作りと陶彫(とうちょう)」です。これも、どうして?と思いました。はっきりと聞いたわけではありませんが、想像するに<差別化>というのがあるのでは、と思いました。皿や鉢を作るところは多いですが、陶の置物は個性的です。鉛の心配や柔らかさなどで食器に適さないことも、置物という方向の背景にあるようです。

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(生まれて初めて製作したという大きな陶の作品。一晩で作ったとか。人の頭像は髪の毛が細密に描写されていました。どれも観察が細かく、かつ大胆でおもしろいなあと思いました)

●また、伝統色である青、緑、茶を使えば「唐三彩がすぐにできる」。そうなると、唐三彩風の置物、という商品ジャンルが可能になりますね。

●彼らは、小さいものはササッと作れるそうですが、大きなものは初めて。でも、さすが。夜に教わって次の日の朝には、もう作品を作っていたとのこと。動物など、立派な作品です。さらに石膏型作りも習得。型で量産可能ということでしょうか。「おもしろかった。成長した」と若い二人も満足そう。

●今回はさらに、絵付けにも初挑戦(これまで筆を使って描いたことがなかった)し、釉薬についても学ぶなど、盛りだくさんの課題をこなした若い陶芸家。今後も改良事項は種々あるかと思いますが、がんばってくださいね。イスタリフ焼きが商品の種類も増え、村の産業として、アフガニスタンの名産品として発展していきますように。

●わずか1時間の会ではありましたが、活字で書かれた報告を読むのと、実際に陶芸家たちの熱気に触れるのは、やはり違います。年末でしたが、行って良かったと思いました。


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(マザリシャリフのモスク/1480 AND 1963/『COLOUR AND SYMBOLIZM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』よりトリミングして引用/ヘラート、マザリシャリフなどアフガニスタンのタイル、いつの日にか見に行けますように、、)
by orientlibrary | 2008-12-20 22:16 | タイルのデザインと技法

不思議発見、中央アジア

●人生わからないことが多いです。日々修行なり。旅行中もわからないことが多いです。今回は、中央アジア編、ご存知の方があれば教えてください。


◆ 中央アジアのバス停留所? ◆
●車に乗っていて気になるのが、バス停のようなコンクリート造の建物。写真は少ないですが(あ!、と思って写真を撮ろうとしてももう遅いことが大半なので)、ある程度の間隔を置いて道沿いにあるのです。その数けっして少なくありません

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(ウズベキスタンにて)

●しかも、さくらんぼ、杏、焼き物など、その土地の産物と想像されるものの絵が描かれていたり、幾何学模様だったり、ひとつとして同じものを見たことがないのです。

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(トルクメニスタンにて)

●この建物、何か話題や情報になったことってあるんでしょうか。私はあまり旅行情報誌を見ないのでわからないのですが、、

●少なくとも、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、トルクメニスタンの街道沿いにありました。タジクは行っていないので、わかりません。

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(カザフにて)

●現地でも聞きましたが、「う〜ん、あるかも」「なんだろうね」と弱い反応でした(20代)。そこから類推すると、ものすごく重要な拠点とか発着所というのではないような気がします。

●私の想像は次のようなものです。・・・ソ連時代、連邦内の各地域の共同体への帰属意識、集団意識を高めるため、「この土地らしいものを作るように」というお達しが出た。設置場所は均一に街道沿い。でも今の若者はなぜそこにあるのかわからない・・・。

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(キルギスにて)

●経緯はともかく、けっこう楽しめます。誰か写真集出してくれないかな。タイトルは、「中央アジアのバス停留所」。おもしろいと思うけどなあ(私だけ?!)。

** 追記 **  08年年末にウズベキスタン旅行したアレキヨンダーさんから教えていただきました。これはバス停留所だということです。しかし、大半は同じ形で個性的なものはない(少ない)というコメントをいただきました。、、なるほど、私は個性的なものには「おっ!」と目を留め、一般的なものは目にとめていなかったようです。大半はなんということないバス停みたいです。(でも、面白いものも結構あった気がします。次回は写真に撮りたいな)。冬のフェルガナを楽しんだアレキヨンダーさん、どうもありがとうございました。(*^_^*)


◆ 不思議系食品 ◆
不思議な食べ物にはたくさん出会ってきました。が、最近はアルバムからスキャンするという作業、どうもひと手間感が増してしまって、、デジタルの中から選びがち。限定されるのですが、、とりあえず☆

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(カザフにて。コンブ?海藻?内陸国なのに?)

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(カザフのバザールにて。ナッツ系の近くにあった気がしたけど、、これって食べ物?タネ?)

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(ウズベキスタンにて。これは知ってます!ヨーグルトを固めたもの。酸っぱくてスッキリします、梅干しみたいです)

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(トルクメニスタンにて。チョウザメ?このディスプレイは、、トルクメンらしいきっちりじゃないなあ。魚を縦に並べますよね、西アジア〜中央アジアは。そうすると余計に目が強調されて、、迫力なんですよね、、)
by orientlibrary | 2008-12-16 00:30 | 中央アジア5カ国

中央アジアの”あの国”が、「不思議の国」から「普通の国」に?

●最近は毎日のように、「世界同時不況」とか「グローバル・エコノミー」という言葉を見聞きします。そして本当に、アメリカ発の金融危機が瞬時に世界に広がる様子を、目の当たりにしてきました。

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●ところが、「世界同時」に巻き込まれることなく、なかなか順調にやっている国があるようです。その名は、トルクメニスタン。新聞記事(日本経済新聞12月8日朝刊)によると「金融危機の影響は今のところ見られない」そうです。(以下、「 」内などは同記事の内容から抜粋しています)

●でも、どうして世界中が否応なくひどい状況に巻き込まれているのに、トルクメニスタンだけが無関係でいられるの?、、それは、経済の対外依存度が低いから。なんてったって、これまで「中央アジアの北朝鮮」と呼ばれてきた国ですからね。納得しました。

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●マスメディアでトルクメニスタンという文字を見かけることは、あまりありません。ところが、その記事はけっこう大きい扱い。タイトルは、「トルクメニスタン・独裁体制変化の兆し〜資源をテコに外交積極化」。お、明るいニュースじゃないですか。

●記事本文を読むと、「個人崇拝による独裁体制を築き、国際的な孤立を深めたニヤゾフ前大統領死去から二年。後継のベルドイムハメドフム大統領は豊富な資源をテコに積極外交を展開中だ」とあります。

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(建設中の建物が多い)

●11月には、「トルコとアゼルバイジャンの首脳を招き三国会議を開催」。これは「歴史的な出来事」だそうです。トルコはロシアを迂回して三国をつなぎ欧州まで直接ガスを運ぶパイプライン構想実現に期待を強めているとのこと。

●現在の輸出ルートはロシア経由のみですが、「豊富なガスを狙って米欧や中国などが接近を強めるなか、トルクメニスタンは積極外交に転じた」。ロシアやドイツ、オーストラリアなどを相手にしたたかに交渉中のようです。

トルクメニスタンのガス埋蔵量は2兆6千億立方メートルとされ、旧ソ連でロシアに次ぐ規模。ガス輸出をテコにこの数年10%以上の成長率を達成しているそうです。「最近のエネルギー価格安は同国にとっても懸念材料だが、経済の対外依存度は低く金融危機の影響は今のところ見られない」。なんにでも功罪両面あるというか、鎖国状態が奏功しましたか。

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●「仕事はたくさんあるし、生活に問題ない」(タクシー運転手、33歳)という声も。政府による光熱費や一部食品の無料提供もあり「妻と娘を養うには十分」。建設現場でも働く彼の月収は400万マナト(約3万円)。でも「新しい家を買いたい。近くモスクワに出稼ぎに行く」のだそうです。

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●海外渡航規制がゆるくなり、平均的な月収の100倍ともいう新築住宅などの購入を夢見て多くの男性がトルコやロシアに働きに出ているそうです。

●一方、「首都アシガバートでは豪華な政府庁舎や高級公務員用の大理石の高層アパートが建ち並び、夜はイルミネーションのように街灯が輝く」との様子も紹介されています。今年の春、この国に旅行して驚いた謎の首都。「街にはニヤゾフ前大統領の黄金の像があちこちに残る」。像もあり、警官の数も多かった。街に人の気配や温かみというものがなく、全体に息苦しい印象でした。

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●「(これまでは)恐ろしくて大統領のことは話題にできなかった」と振り返る26歳の雑貨商。昨年キルギスに留学した彼は、「少しずつ新しいことができるような統制の緩和に期待している」。情報に関しても、「政府は限定的にインターネットを解放し対外的に“改革”の象徴として宣伝」しているそうです。

●不思議の国トルクメニスタンが、普通の国になっていくのでしょうか。いいことだと思う一方で、世界にも稀な不思議の国がまたひとつ「グローバル化」していくのも、少し残念な気も、なきにしもあらず。記事は、「天然ガスを武器に経済的な利益をにらみながら、政権は解放の程度を模索しているようにみえる」と締めくくっています。

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●私が不気味と思った大理石ビル群のライトアップを、トルクメン絨毯をこよなく愛するMさんたちは「宇宙との交信」だと(けっこう本気で)見立てています。宇宙の意見も参考にしながら、方向を決めていくのかな!?

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by orientlibrary | 2008-12-08 17:09 | 中央アジア5カ国

模様・技法も多彩。ブハラの装飾タイル

更新ペースが遅め、資料を読み込むのがなかなかできません。今回も写真のみ(+専門家の文章〜要旨)です。

ブハラ(ウズベキスタン)のタイルです。やはり青がいいですね〜。バランスもいいし力強い。技法も多彩、模様のデザインも見事。いいですね〜☆

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◆「イスラーム建築とタイル」(深見奈緒子さん/「沙漠にもえたつ色彩」より)◆

① タイルが発展した原因=乾燥地域における土の文化が大きく影響した
② 土を焼成したレンガが被膜材としての位置を獲得するなかで多様な形態をもつようになる
③ より美しい被膜材をめざして多様なレンガに釉薬がかけられたものがタイル
④ イランや中央アジアには土台となるレンガの文化があったからこそ、タイル文化が育まれた
⑤ 発展の方向はレンガを受け継いだ凹凸で模様をつける時代からはじまり、平滑な面に彩色で文様を現す方向へと進展した
⑥ 注目すべきは12世紀に建築用に開発された技法としてのモザイクタイル
⑦ さらには14世紀後半に陶器の応用から脱して大規模建築の被膜材としての位置づけを獲得した絵付けタイルである


◆「イスラム時代の中央アジア」(佐々木吉晴さん/「偉大なるシルクロードの遺産」より)◆

・ ブハラはティムール帝国滅亡後の16世紀後半、シャイバニ朝時代に大きく発展した。今に残る建物の多くと町並みはその頃建造されたものである
・ ブハラはシルクロード交易によって古代から栄えた古都である。ブハラの最初の黄金期は9世紀、サーマーン朝時代に始まる。イスラム神学の聖地となり偉大な学者が集まりここから各地に巣立っていった
・ 10世紀に建設された中央アジア最古のイスラム建築イスマーイール・サマニ廟のレンガを組んだ端正な姿と精妙な幾何学模様の外壁からは当時のイスラムの浸透度とレベルの高さを知ることができる。世界的に有名なカラーン・ミナレットも12世紀前半に建造された
・ そして13世紀町はチンギスハンによって破壊される。再建には長い年月を要した
ブハラの黄金期の第2期は16世紀後半、民間の有力者の事業を支配者であるハーンが政治的にサポートする形で大規模な都市開発が実施された。特に商業街路の交差点に建設されたドーム屋根付きの商業センター、タキ(ターク)やキャラバンサライは交易都市独特のものであり、利便性の高さで多くのキャラバンを集め都市経済を潤した
by orientlibrary | 2008-12-02 00:02 | ウズベキスタンのタイルと陶芸