イスラムアート紀行

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椰子を編む少女

私の好きなエリアに共通する植物、大事にされている植物、活用されている植物に「椰子」があります。中東ではナツメヤシ、東南アジアではココヤシ

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●同じ椰子でも果実(デーツ/ココナッツ)は形も味もまったく違いますよね。でも美味!デーツの濃縮した甘味、ココナッツのみずみずしさ。旅先で食べる土地のものは最高においしいです。

●今ちょっと気分にインドが入っていて、インドの空気感でテンションを上げていこうとしています。インドの中でも暑いところ。クラクラするような熱が欲しい気分です。

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●そんな暑いインド、タミル・ナードゥ州椰子の葉を編んでいる少女を見かけました。かたわらには椰子の葉で屋根をふいた(と思われる)小さな家がありました。自分で作れる家、その「軽さ」に惹かれます。炎天下で椰子を編み続ける少女の邪気のない笑顔。スカーンと抜けるような思い切りのいい笑顔でした。

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すべてのものが繁茂しようとしのぎを削っている、そんな生命力あふれる世界。想像はどんな時でも自由で、どこへでも行けます。湿潤な風を感じてうっとりしている私です。 (次回よりタイルや建築、再開したいと思ってます!)

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by orientlibrary | 2008-03-26 17:31 | インド/パキスタン

日本ーアフガニスタンークエッタ、旅した陶器たち

◆ ビョーク続編 ◆
前々回の記事、ビョークがウイグル〜ウズベク柄の衣装を着て歌ったあのコンサートに、なんとアルジェタイルやタジクの写真を提供してもらった「Y.Sさん」が行っていたそうです。「Y.Sさん」によると、「素晴らしいパフォーマンスとステージ演出でした。衣裳は、おなかまわりがふっくらとした膝丈スカートで南インドのカタカリダンスの衣裳に近いです」。

カタカリダンス!わあ、南インドのテイストもミックスしていたのかな。それは迫力ありますね〜!「メイクも原色で隈取り風なので、おそらくカタカリを参考にしていると思います」。なるほどお。「コソボの歌は公演の最後に歌われ、「コソボ!コソボ!コソボ!」と何度も絶叫するビヨークは、鬼気迫るものがありました」ということです。「Y.Sさん」、教えてくれてどうもありがとう!♪


◆ クエッタの日本製陶器 ◆
こうやって情報や写真を提供してもらい、レアな本を紹介してもらい、私だけでは作れないブログができていくのは楽しく、ありがたいことです。そしてじつは今回も、なのです。

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今回の写真は、先日「パキスタンのクエッタから帰国したばかりのMさん」に見せてもらったもの。クエッタのなかでも「いいものが置いてある店」で撮ったものだそうです。

この陶磁器類、もちろん私のツボにハマり、大騒ぎしていました。クエッタ自体、私にはなかなか行けないところですし、もしも行けたとしてもほとんどジモティの「Mさん」のような街歩きはできません。言葉もできないし。だから本当に貴重な写真だったのです。自分が好きなものは、人に見て欲しくなる私。ブログへの掲載を承諾してもらいました。

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で、これは何かといいますと、「Occupied Japan」(連合国軍占領下の日本、1947-52年の5年間に日本から輸出したもの)の陶磁器などだそうです。一点一点の詳細はわかりませんが、遠い旅をしてこの店の棚に並んだことだけは確かなようです。

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茶わんやポット、かわいいですよね!日本的情緒を強調しながらどこの国ともいえない雰囲気があり興味深いです。

私が身を乗り出したのは、下↓の写真の白いカップ。日本でアフガニスタンの王室向けに作られ輸出されたものだそうです。「アフガニスタン向けに、日本から、陶器を輸出」という文脈が一瞬ピンときませんでしたが、「Occupied Japan」の頃のアフガンは王制(1926-73年)。

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当時の日本の生産者が「アフガニスタンの王室」をどのようにイメージしたか、見ていると興味深いです。ぽったりした白に金彩で花模様が描かれています(右は色が落ちていますが)。幾何学風の模様はイスラムの国を意識したのかもしれません。

アフガンの王家の食卓で実際に使われた茶わんが、どこをどう流れてきたものかクエッタの店の棚に並び、興味を持った日本人が写真を撮り、それを私が日本で見せてもらった。茶わんは写真として里帰りした感じになりますね。

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クエッタ周辺には、古い土の墓廟など見てみたいものがあって行きたい場所のひとつなのですが、以前プランを練りながら果たせませんでした。でも、こういう形で日本ーアフガニスタンークエッタとつながるものと、それも自分の好きな陶器と出会えてうれしかったです。

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(イラン?)
by orientlibrary | 2008-03-19 00:19 | ウイグル/アフガン

時空を駆け抜ける。一冊の本と。土の国へ。

先日、毛織物愛好家のSさんが「古本屋でみつけたんだけど」と見せてくれたもの、『シルクロード1 中国・ソ連・アフガニスタン』(山と渓谷社)という一冊の本でした。このエリアに超反応する私、パラパラ見ただけでも、椅子から落ちそうになるくらいのサプライズ。写真がすごい!光景が、タイルが、人が、、感動の嵐です。

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(『シルクロード1 中国・ソ連・アフガニスタン』表紙より引用/タイトルの書体とかもいい感じです)

本のタイトルから、もうピンときている方もありますよね。きっと1970年代くらいの本に違いないと。そう、昭和48年(1973年)初版本でした。1991年よりも、1979年よりも前です。

◆ 未知の地域、東トルキスタン ◆

中央アジアのオアシス都市(ブハラ、サマルカンドなど)は、「ソ連」となっています。「中国」は西安や敦煌などまでで、ウイグル地域は紹介されていません。さらに複雑な気持ちがしたのは、アフガニスタンのページです。「中国」=18ページ、「ソ連」=20ページなのにたいして、「アフガニスタン」=41ページもあるのです。アフガニスタンはシルクロードを語るとき欠かすことのできない地域であり、以前は日本でもこのようにきちんと紹介されていたのだ、ということがわかります。

「中国」の項、解説(吉田順一さん)には次のように書かれています。
・・・「新彊ウイグル自治区と称される東トルキスタンは、今でこそ中国領土の一部として安定しているが、近年まで実に経営の困難な地方であった」「シルクロードを担って繁栄してきた東トルキスタンも、16世紀以降、東洋航路の開発につれて衰え、やがて満州族が中国に建てた清朝の支配に入る」「現在の中国はこの異民族王朝の遺産を継承し、強力な権力と科学技術を武器に力強くこの地の開発を推しすすめている」「ただ政治的な理由から、依然この地がベールにつつまれたままなのは残念であるが、、」。

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(カシュガルにて/orientlibrary)

日中の国交が正常化したのが72年ですから、当時のウイグル地域の状況などは専門家でも謎だったのでしょうね。

◆ 古いタイルが語りかける、中央アジア ◆

「ソ連」の項は、加藤九祚さんの解説です。
・・・「この広大な地域には、遠い昔からイラン系の遊牧民や農耕民とチュルク系の遊牧民が活躍し、西からはヘレニズムや古代オリエントの文化、南からはイランやインドの文化、東からは中国の文化が十字路のように交錯した」。

写真を見ると、まさに文化の十字路。なんともいえない風情があります。タイルの写真もありました。有名な建造物もなかば崩壊し、美しく(ときには興ざめなくらいに)修復された現在の様子とは印象がかなり違います。でも、崩れた姿や剥がれた壁面も、これはこれで相当に魅力的。ヒワなんて別の街という感じですが、土の街の雰囲気がいいです!!

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(『シルクロード<1> 中国・ソ連・アフガニスタン』より。サマルカンドのビビハニム(モスク)のタイルの部分をトリミングして引用)

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(1998年のビビハニム/orientlibrary)

そしてさすがに加藤先生、「フェルガナ/コーカンド」と「タジク」が紹介されているのがうれしい!「パミール高原の山中には、多くの古い風習を残した住民が隔絶して住んでおり、民俗学上の宝庫となっている」。

タジクでは陶芸の絵付けをしてる写真があり、この緑!この黄色!と熱中してしまいました。ウズベキスタンの陶器は輝くような青色が魅力なのですが、伝統的には茶や緑、黄色なども多く、どちらかというと地元の人はこの系統を好むような印象があります。

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(『シルクロード1 中国・ソ連・アフガニスタン』より。タジクの陶器の部分をトリミングして引用)

「アシュハバード」もあります。アシュハバードってどこだろう?と思ったのですが、現在のトルクメニスタンの首都ですね。イラン国境にある街で、「アナウ遺跡」「ニサ遺跡」などもあるところ。憧れのアナウには行けませんが、アシュハバードとニサにはGWに(ツアーで)行く予定です。

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(『シルクロード1 中国・ソ連・アフガニスタン』裏表紙より引用/どこかは書いてありませんでしたが、アフガニスタン?)(追記:コメントをいただきました。アフガニスタンのヘラートだそうです。土味がいい感じ。ありがとうございました)


◆ 中世の趣、アフガニスタンの景 ◆

「アフガニスタン」の解説(神阪吉雄さん)、その後の過酷な歴史を思うと複雑な思いにとらわれます。・・・「素朴で力強い人間の臭いが、きびしくかつ美しい自然のなかに、いまも毅然として残っている」「物質文明に疲れ果てた現代人たちがすでに食いつぶしてしまったものが、ここにはまだ残っているのだ」。

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(『シルクロード1 中国・ソ連・アフガニスタン』より。ヘラートのジャーミー。タイルの部分をトリミングして引用/ティムール時代の都だったへラート。行きたい)

写真を見ると、まさに解説のまま。人間臭く毅然とした人々、峻烈で圧倒的な自然、タイルが美しい建造物、土の建築が立ち並ぶカーブル。どの光景も中世に迷い込んだかのようです。そして、今となっては大変に貴重なものが多いと思います。タイルオタクには、ヘラート、マザリシャリフのタイルがなんとも魅力的でした。一冊の本から、時間と空間を超えて、シルクロードに思いを馳せることができました。
by orientlibrary | 2008-03-12 18:54 | 中央ユーラシア暮らしと工芸

ウズベク絣を着た歌姫〜アラブポップスとこぶし

「ブハラ国立美術館展」!?、、去年、何度同じように駅の広告を読み間違えたでしょう。「プラハ国立美術館展」でした。目がそういうふうに認識(ブハラ=タイルが素晴らしいウズベキスタンの古都の名前)してしまうところが、オタクなんでしょうか。
昨日も駅で、「TOKYO HERAT」という広告を見つけて、「ヘ、ヘラート!?!(見たいタイルのあるアフガニスタンの町の名前)」、いったい何が始まるの!、、と手に汗握ったのですが、「TOKYO HEART」というあたりさわりのないものでした(惜)。

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(ブハラ・グレイトモスク)

◆ ウズベク絣で熱唱するビョーク ◆
そんな私が、「お!」と思った新聞記事の小さな写真。ウズベキスタンの絣を着てロックしているこの女性は、アイスランドの歌手・ビョーク。日本公演の様子でした。「衣装でも観客を魅了したビョーク」とキャプションがあります。

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(朝日新聞夕刊・08.02.29より引用)

ビョークについてはほとんど知らないのですが、記事によると、コソボ独立に捧げた曲(「ディクレア・インデペンデンス」)のパフォーマンスが最も強烈で、評者は「この一曲を演奏するためにツアーを回っている風にすら感じられた」と書いています。

そんな政治的なメッセージの強い歌にウズベキスタンの絣、う〜ん、、。でも、鮮烈な色使いや大胆な模様はたしかに強いですね。独特のメークとも相まって、なんだか巫女のようにも見えてきます。以前記事で書いた、中山恭子さん(元ウズベキスタン大使)の上品な着こなしとは、ずいぶん印象が違います。それだけ衣服としての奥行きがあるっていうことかな。

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(ウズベキスタンの絣アトラスを着た女子学生/サマルカンドにて)

小国の独立問題に関心が強いというビョーク、どうしてウズベキスタンの絣を選んだんだろう。どんなインスピレーションを受けたんだろう。プラハをブハラと間違えるオタクの私には、ちょっとうれしい想像の時間でした。
追記1:03.07:いただいたコメントなどから、ビョークの衣装を「ウイグル」との関連から考えるようになりました。絹絣アトラスのこの柄はウズベキスタン〜ウイグルで見られます。そしてウイグルでも「独立」が志向されています。)(追記2:03.07:ビョークの上海でのチベット独立アピールと衣装について、コメント、トラックバックで情報をいただいています。)

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(追加でアップします。ウイグルの少女)


◆ アラブと日本、共通する”こぶし” ◆
数回前に、アラブポップスの記事を書いたけどミスで消してしまいアップできなかったという大泣きの記事を書きました。今どきのアラブの若者たちが熱中するポップスについて、たくさんの音像を見せてもらうセミナー&イベントがあり、興味深かったので、そのことを書いていたのです。

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(中東はウードやリュートなど楽器の源流/シリアにて)

エジプトを中心としたアラブ諸国で、90年代のビデオクリップの普及と、2000年代に入ってからの衛星放送の登場により、ビジュアルを重視した新しいタイプの音楽が浸透している様子には驚きました。歌手にも歌唱力だけでなくルックスの良さが求められ(美容整形当たり前?)、とくに女性の衣装の露出度は相当のものでした。(スパイスガールズやブリトニー・スピアーズを濃厚にした感じ!?)

最近では「YOUTUBE」などもありますから、住んでいる地域の限定を超えて、より気軽に音楽を楽しめます。グローバル化と西洋化が進行しているようでした。

でも、アラブ独特の要素もしっかりあります。 “こぶし”を効かせた歌唱法、哀愁をおびた “旋律” 。遠く離れた国々なのに、どこか日本の音楽と通じるものがあります。会場からも「河内音頭みたい」「こぶしがきいていて日本の民謡や演歌みたい」との声。

専門家のお話では「アラブの音楽は西洋の音楽とは構造が楽理的に違う。楽器にはフレットがない。4分の1でも8分の1でも19分の7でも表現できる。単音の音楽なのだ」「アラブの古典に低音はあまりない。音階はオリエント独特」とのこと。中東から中央ユーラシア、東南アジア(=つまりは非西洋になるのかもしれませんが)、底流の旋律や歌唱には共通するものがあるのかもしれません。

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(シリア・ボスラ遺跡・黒の玄武岩で建設されている/日本の演歌コンサート大好評!)

シリアに、ローマ時代の大劇場で有名な「ボスラ」という遺跡があります。そこで日本の北島三郎さんがコンサートをおこなったところ、大好評だったそうです。演歌の“こぶし”がシリアの観客を魅了したようです。日本とアラブ、音楽でも「遠くて近い」んですね!
追記3:03.09:コメントで情報いただきました。このコンサート開催は20年くらい前のようです。私はつい先日このエピソードを聞いたのでわりと最近のことかと思っていましたが、、情報ありがとうございました〜♪♪それにしても、どういうきっかけで<ボスラで演歌>が実現したのかな?)

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by orientlibrary | 2008-03-04 19:04 | 絨緞/天幕/布/衣装