イスラムアート紀行

orientlib.exblog.jp

<   2008年 01月 ( 5 )   > この月の画像一覧

物理学者が語るアラベスクの不思議 

「ぼくはアラビア文様というのは、職人さんたちがいったいどんなふうにして作っていったか、それを知りたくてしょうがないな」。

◆ 数学的考察にもとづく美の世界  ◆
『美の幾何学』(中公新書/初版1979年。私の購入は数年前)の中で、伏見康治さん(1909年生まれ、物理学者)は、こう語っています。この本は、伏見さん、画家の安野光雅さん、創作パズル作家の中村義作さん3名の鼎談や文様論からなるもの。黄金分割、寄せ木文様、アラベスク、遠近法、四次元へと話題が広がっています。

e0063212_2032840.jpg
( “QARQBA”と呼ばれるモロッコのパターン。このデザインによるタイルはマラケシュのもの/『TRADITIONAL ISLAMIC CRAFT IN MOROCCAN ARCHITECTURE 』より引用)

初版の1979年とは、イラン革命があり、ソ連のアフガン侵攻があった年ですが、イスラム教やイスラム圏の文化に関する情報は今よりもさらに少なかったと思います。そんな時代に幾何学を真摯に追求するなかで、「アラベスク」が熱く語られていたのです。ピュアな「疑問」と「好奇心」から発せられる言葉の数々を、私はとても美しいと思いました。以下も「 」内は伏見さんの発言です。
e0063212_2051229.jpg

(ムカルナスのパターン図、モロッコ/『TRADITIONAL ISLAMIC CRAFT IN MOROCCAN ARCHITECTURE 』より引用)

 「ああいうのは紙の上で考えるのはいいんですが、織物なら織物の上にそれを実現していくのは、どういうふうに考えてやったかということですね」
 「とくに回教寺院の屋根みたいに曲面の文様をつくってゆくのは、たいへんにむずかしいと思うんです」(注:1979年頃にはまだ、イスラム教をさして「回教」という言い方がされていたと思います。回教寺院=イスラムの礼拝所=モスクのこと)
 「ふつうの敷石とかタイルの敷き詰め文様なら、並べていく最中にいろいろ考えながらやることも可能でしょうけど、アラビア文様は初めにプランがないとダメですね」
 「ですからかなりの数学的な考察にもとづいてああいう文様を考えたのか、そのへんが非常に疑問なんです。相当偉い、教育を受ければ数学者になるような人が職人さんたちのなかにいてやったんですかねえ」

e0063212_2041832.jpg
(アルハンブラ宮殿のパターン。右下はこのパターンを用いたモロッコの事例/『TRADITIONAL ISLAMIC CRAFT IN MOROCCAN ARCHITECTURE 』より引用)

テーマは幾何学ですが、未知の世界へのみずみずしい好奇心が伝わってきます。そして、基本に敬意があると感じられるのが、なんだか嬉しいのです。優れた学者さんほど謙虚で、異なる文化にも偏見がありませんよね。以下は、同氏のコラムからです。

e0063212_2064328.jpg
(パキスタン・ムルターンの「シャールクネ・アーラム」のモザイクタイル装飾デザインの分析/『ISLAMIC ARCHITECTURE OF PAKISTAN』より引用)

◆ 幾何学の専門家が考えるアラベスクとは ◆
 「アラベスク風の文様といっても様々であるが、ここでアラベスクとよびたいのは、折れ曲がった線がいろいろな方向に走っていて交錯して、全体として対称性を持っているようなもののことである」
 「寄せ木細工と今までよんできたものは、実は対称性が基本領域の中に閉じこもっていて、隣りの領域との関係は、境界のかたちだけである。アラベスクのような、それからそれへとつながっている文様を考えて、はじめて文様の幾何学がものになるような気がするが、これに関する研究はきわめて乏しいようである。」

e0063212_2083062.jpg
(パキスタン・ムルターンの「シャールクネ・アーラム」のモザイクタイル装飾デザインの分析/『ISLAMIC ARCHITECTURE OF PAKISTAN』より引用)

 「いったいアラビアの匠たちがどういう方法で、この複雑でしかも美しい幾何学文様を考え出したのか、私にはわからないが、おそらく方眼紙とか、斜眼紙とか、あるいはその類似品が下紙としてあって、その線に沿って折れ線をたどって行ったのではあるまいか」
 「そういう線をいくつか描いていけば、アラベスクの骨格が出来あがる。その上で、それらの折れ線が交わるところを、例外なく、交互に上下に「立体交叉」させるよう、描き換えていくのではなかったか」


◆ コンパスと定規によるデザイン ◆
アラベスクとは、イタリア語でアラブ風という意味のアラベスコから来た言葉だそうです。狭義には植物紋様を、広義には動植物紋様、幾何学紋様、文字装飾を組み合わせて作る装飾技法の総称だということです。数学が高度に発達したイスラム世界で多彩な発展をみせ、イスラム美術の象徴ともいえるものです。

「イスラームの建築はコンパスと定規を用いて考案される。その造り方は幾何学紋様と同様である」(『イスラーム建築の見かた』/深見奈緒子さん)との指摘通り、コンパスと定規による華麗な幾何学(〜アラベスク)パターンの驚くべき多彩な事例、タイルへの応用が紹介されているイスラム美術の専門書もあります。数学が超弱いので、そのパターンについて詳細なご紹介ができません。写真をご参照ください。

e0063212_2084728.jpg
(パキスタン・ムルターンの「シャールクネ・アーラム」のモザイクタイル装飾デザインの分析/『ISLAMIC ARCHITECTURE OF PAKISTAN』より引用)

以前、「(イスラムタイルの)幾何学文様は繰り返しなので製作が簡単」と「レクチャー」したインテリア関係者がいました。また、アメリカの科学論壇で最近「発見」され話題になった幾何学パターンは、800年以上も前からイスラム建築の壁面を装飾していました。こういうことに、うんざりします。私が伏見さんの言葉をドキドキしながらうれしく読んだわけを、ご理解いただけるのではないかと思います。


** ブログ内関連記事 **
 「タイル装飾は「簡単」だから発展した?!? 」
 「科学論壇で、イスラム装飾タイルの”数学的高度さ”が話題に!」
by orientlibrary | 2008-01-31 20:14 | タイルのデザインと技法

「ジプシー・キャラバン」、音楽と旅を追体験!

今月12日から上映開始の『ジプシー・キャラバン』、ついに見ました。もう1回見たい。何回も見たい、味わいたい。

e0063212_2347357.jpg


イスラムタイル、中央アジア、土の建築、陶器、、私が強く惹かれる対象。どうして?自分でもわかりません。前世あのへんに住んでいたのかな、と思うしかありません。

そして、そこまで遺伝子的な感じではないけれど、強力に引き込まれるものもあります。ロマ(ジプシー)音楽、北インド音楽、カッワーリー(イスラム神秘主義の儀礼などで演奏される宗教音楽)、イスリミ(植物文様)、天幕、遊牧民、などです。う〜ん、、ぜんぶが一本の線でつながっている感じも、します。

e0063212_23474688.jpg


いちばん好きな映画を選ぶとしたら、迷わず『ラッチョ・ドローム』(トニー・ガトリフ監督)をあげます。ロマの故郷といわれるインド・ラジャスターンからひたすら西へ。トルコ、ハンガリー、ルーマニア、スロバキア、フランス、スペインへと、ロマが通った流浪の道筋を追い、それらの地で今を生きるロマ音楽家の演奏を聴かせる、音と映像だけのドキュメンタリー。一遍の壮大な叙事詩のような映画です。

『ラッチョ・ドローム』の映像は、ラジャスターンの砂漠から始まります。乾いた大地、哀愁の歌声、鈴を鳴らして踊る少女たち。『ジプシー・キャラバン』は、私の大好きなその場面を思い起こさせるように、ラジャスターンの少年の演奏と歌から始まりました。ロマの旅の始まりです。

e0063212_23485644.jpg


しかし今回は旅といっても、アメリカの都市を巡る6週間の「ジプシー・キャラバン・ツアー」。そこでの歌や演奏が映画の第1の軸です。どの街でも満員で、観客もおおいに盛り上がっていました。

撮影開始が2001年9月下旬。映画のスタッフは、アーティストは国を出られるのか、北米に入れるのか(「彼らのほとんどはイスラム教徒」とパンフに書かれていましたが、、このあたりちょっと疑問)心配したそうです。911後のアメリカといえば、愛国主義一色という報道が多かったですが、ジプシー音楽を楽しむというシーンもあったんですね、、。

参加したメンバーは、エスマ(マケドニア/ジプシークイーンといわれる歌姫)、タラフ・ドゥ・ハイドゥ−クス(ルーマニア/『ラッチョ・ドローム』にも出演。世界で公演している人気バンド。バンドの象徴であった最長老ニコラエは02年に78歳で逝去)、マハラジャ(インド/ラジャスターン砂漠民バンド。踊りも強烈)、アントニオ・エル・ビバ・フラメンコ・アンサンブル(スペイン/アントニオの踊り、ファナの歌唱!)、ファンファーラ・チョクルリーア(ルーマニア北東部/超高速の金管ブラスバンド)。

私はやはりマハラジャに惹かれました。エスマも凄かったです。ファナの声は大地です。ほんのさわりですが、ここ(公式サイト)で聴けます。


e0063212_2347242.jpg


映画の第2の軸は、出演音楽家の故郷の村や町でのふだんの暮らしの映像。これがいいんです!!ジャスミン・デラル監督(イギリス生まれ、子ども時代を南インドの村で祖父母と過ごす)が彼らの住む地へ行き、個人的な生活を撮られることをためらっていたアーティストと信頼関係を築きながら、飾りのない素顔と心にしみる語りを引き出しています。彼らの音楽の根っこにあるものが、こみあげるように伝わってきました。

覚えている言葉(あいまいですが、主旨として)、印象に残った言葉をいくつかあげてみます。
 「北インドの旋法(ラーガ)は宝物だ。人生のすべてが詰まっている」(マハラジャ)
 「47人の子どもをひきとって育てたの。私は世界一幸せな母親よ」(エスマ)
 「母親は120キロもあって踊る姿は大聖堂(カテドラル)のようだった」(ファナ)
 「素敵な女性との出会いをいつも考えている。演奏しているとき以外は」(ニコラエ)
 「音楽は稼げる。それは大切なことさ。そして楽しい。楽しくないとできないんだ」(チョクルリーア:CDの売上げで故郷の村に電気をひいたそうです)

第3の軸は、ツアーバスでの様子や6週間の旅で生まれるアーティストたちの友情です。4カ国から集まった見知らぬもの同士、最初はぎこちないところもあったのですが、後半の一体感はとても興味深いものでした。「私たちはつながっている」と誰もが体感、実感していくのです。

e0063212_063284.jpg


つながっていると感じるもの、それは北インドの旋法(ラーガ)。マハラジャの音楽は彼らのなかの誰にとっても親しみのあるものであり、皆が好き。音楽素人の私が聴いていても、各地の音楽の底流にラーガ的なものを感じました。

インド・ラジャスターン、ロマの故郷、そのラーガに皆が共振する、というのは、できすぎたエンディングといえるかもしれません。でも、演出でもなくやらせでもない、自然なものだったと思います。それがすごくよかった。見てよかったと思いました。

e0063212_23483650.jpg


ニコラエの葬式の場面、超絶バイオリンのカリウの演奏は音楽を超えていました。涙ボロボロでした。たくさんの感情がわきおこる映画でした。私も、ラジャスターンからアンダルシアまで、旅をしたような気がします。

*写真はいずれも、映画のチラシ、パンフレットなどから引用しています。

** ブログ内関連記事 **
 「UKからPKへ、音楽の旅。90年代初頭のパンジャーブ音楽を堪能!」
 「ロードムービーから音楽映像詩まで イスラム圏の映画が熱い!」
by orientlibrary | 2008-01-26 00:10 | 美術/音楽/映画

モンゴル系王朝が拓き、輝かせた、装飾タイルの世界

世界史、弱いです。現在の国境が先入観として消えず、ダイナミックな王朝の興亡の歴史(時間)と広さ(空間)の関係は、長い間、霞がかかったようにぼんやりとしたままでした。このところ中央ユーラシアについては、ほんの少〜し、霞が晴れてきた部分があります。が、遠い道のりであることには変わり有りません。

e0063212_198249.jpg


◆ モンゴルは破壊した? ◆
私の先入観のひとつに、「モンゴルは都市文化の破壊者」というものがありました。あのサマルカンドを、憧れのヘラートを、そして多くの美しいイスラムの都市を無惨に破壊したというイメージを持っていました。日本史では「元寇」も習いましたから、それも頭のどこかにありますよね。

大帝国モンゴルは、装飾タイル史には登場しません。また、私の愛する「ゲル」(移動式住居、天幕)以外は、建築の言及もほとんどありません。だから、長い間、建築や文化という視点でモンゴルを捉えるという発想はありませんでした。

一方、実際のモンゴルに行ってみると、星空や草原など大自然に感動し、遊牧生活の知恵に脱帽し、大ファンになりました。つまり、相反するような気持ち、両方があったのです。

e0063212_1984511.jpg


◆ パクス・モンゴリカの時代 ◆
装飾タイルは、そんな私に教えてくれました。モンゴル系の王朝が装飾タイルの歴史を拓き発展させたことを。破壊するだけではなく、支配した土地の文化を尊重し、学び、新たな建造物を造ったことを。

さらには、「パクス・モンゴリカ」(モンゴルの平和)といわれる繁栄のなかで、ユーラシア大陸は陸路も海路も人々が自由に行き交い、交易や商業は活発化しました。ユーラシアを攪拌し、東西文化を交流させた・・モンゴルはまさにそんな役割を担ったんですね。


◆ イルハーン朝の建築とタイル ◆
装飾タイル史では、モンゴル系の王朝・イルハーン朝が大きな役割を果たしています。現在のイラン北西部にある「ソルタニエ・ドーム」(オルジェイトゥーの廟/1307〜13)で、古雅の香りあふれるタイルを見たときの気持ちは忘れられません。

イスラム建築の専門家、深見奈緒子さんは『イスラーム建築の見かた』のなかで、イルハーン朝の建築について、次のように記しています(要旨)。
・ 10世紀以来のペルシア文化の復興が土台になっている
・ 組み込まれた新たな変化は、第1に、建築に巨大趣味が適応されたこと
・ 第2に、垂直性に比重を置いた点
・ 内部空間のドームを高くし、中庭の面積に対して回廊部の高さを高くした
・ ペルシアに根ざしたドーム技術を用いてダブルドームを完成

そしてタイル!
・ 第3に、釉薬タイルに紺色が現れたこと
・青を主体として建築の外装に着彩する点は新たな傾向
・ それまでは外観は煉瓦色で、釉薬タイルとしては、いわゆるトルコ石の青しか使われなかった

e0063212_19113436.jpg


◆ タイルがきれいなモンゴル系王朝 ◆
今回は、以前から気になっていた装飾タイルとモンゴル系王朝の関係を、一度整理してみようと思います。

●まずは、正統モンゴル系王朝から。
1:イルハーン朝/1258-1353年/チンギス・ハーンの孫・フレグによるウルス(国)。首都タブリーズには、イラン人ばかりでなく中国人、インド人、ヨーロッパ人の学者も招かれ学芸の一大センターが出現した。タイル史では、イランの技法であるラスター彩で中国の龍や鳳凰が表現されています。東西文化の融合に感動!

●さらに、モンゴル帝国の継承政権〜子孫による政権がスゴいんです!
1:ティムール朝/1370-1507/ティムールは、モンゴル部族の一分枝バルラス部族の出身。チンギス・ハーンによる世界帝国の夢を理想としていたといわれる。イルハーン朝のレンガ建築の伝統に基づくティムール期の建築は15世紀前半に爆発的に発展。俗に「チンギス・ハーンは破壊し、ティムールは建設した」とも言われる。タイルの素晴らしさについては何度も書いてきたとおりです。

2:シャイバーニー朝/1428-1466・1500-1599/チンギス・ハーンの長男・ジョチによるキプチャク・ハン国(ジョチ・ウルス)。そのジョチの子孫が建国した。1561年に首都をブハラに移しブハラ・ハン国と呼ばれるようになった。16世紀サマルカンド、ブハラのタイルもいいですよね〜!

3:ムガル帝国/1526-1858/始祖バーブルの父はティムール朝フェルガナ領国の君主。母はチンギス・ハーンの血をひくといわれている。ムガルという国名は、モンゴルがなまったもの。民族的にはトルコ化しているが、バーブルはティムール帝国、さらにはモンゴル帝国の復活を夢見ていた。石造建築が主流のインドでは、タイルはラホールなどをのぞきあまり見られません。でも美意識の高さから絶対入れたい!

e0063212_19272269.jpg


◆ タイルがきれいなその他の王朝 民族出自別 ◆
装飾タイル(煉瓦含む)の元祖はテュルク系!もう〜、めちゃめちゃカッコイイです〜!!
1:ガズナ朝
2:カラハーン朝
3:ルーム・セルジューク朝
4:トゥグルグ朝(デリーサルタナット朝)
5:アクコユンル朝(トルクメン系ですが便宜的に?ここに入れます)
6:オスマン帝国

独特の濃〜い世界。魅惑のイラン系!
1:ゴール朝(?謎のゴール朝ですが、、)
2:サーマーン廟
3:ローディ朝(デリーサルタナット朝/アフガン系ですが便宜的に?ここに入れます)
4:サファビー朝

(間違いがあったら教えてください。*アッバース朝やマグレブ等は今回は入れていません)

おっと、また長くなりました。今年もタイルオタクです。写真のタイルはすべて「ソルタニエドーム」の内部壁面を飾る14世紀の装飾タイルです。

** ブログ内関連記事 **
 モンゴル系・イル・ハーン朝で萌芽したタイル装飾の美
 イルハーン朝イラン ラスター彩タイルの縁に書かれた銘文
 ソルタニエ 土の建築なかの一点の美
 陰影の美から色彩の美へ イスラムの墓廟建築
 イスラムタイルのある場所 初の地図掲載!
 ティムール朝タイル装飾 土の味わいの"バンナーイ”
by orientlibrary | 2008-01-18 19:28 | タイルのデザインと技法

「パクス・イスラミカ」の本を読む

●旅ものが読みたくなって、『深夜特急』を3册再読。著者の沢木耕太郎さん、旅をした年齢からずいぶん後になって書いたということですが、心理状態も含めて、とても臨場感があります。才能だと思いますが、記録の仕方もあるのかな、と、風邪の熱っぽい頭で考えていました。

e0063212_1331941.jpg
(パキスタン・ムルターン〜ウッチュのタイル)

●下川裕治さんの『日本を降りる若者たち』という本もサクッと読めました。これまでバックパッカーが旅の途中で気に入った街に1ヶ月、2ヶ月と滞在し、ぶらぶらと過ごすことを「沈没する」と言うことは知っていました。

●が、最近は、海外で半年、一年と滞在しても、何もせずどこにも行かない旅行者(と言うのかな?)が少なくないそうです。著者は、その人たちのことを「ひきこもり」ではなく「外こもり」と名づけてタイなどで取材しています。

日本を「生きにくい」と感じる若者たちの多さと、長期の外こもりが可能であること、両方に複雑な気持ちがしました。後半、積極的に、かつ気負いなく、海外で働き生きる人たちも登場して、少しホッとしました。

e0063212_1358412.jpg
(パキスタン・ムルターン/シャールクネアーラムと周辺)

●大ヒットは、ずいぶん昔に買ったまま本棚の中に置いていた『パクス・イスラミカの世紀』(鈴木菫・編/講談社新書)。どうしてこれを読まなかったんだろう!?私の好きなエリア(本では「東方イスラーム世界」とされています)の歴史が、こんなにわかりかすく書かれているなんて、、。著者の皆さんに感謝。

●完全復帰にはあと少しかかりそうなので、開き直って本読みしようと思います。読みかけの『チョコレートの真実』『あなたのTシャツはどこから来たのか?』は、ずしりと読み応えありそう。日本のことも知りたいので、『花鳥風月の科学』も。、、結果、、来週は忙しそうだなあ、、がんばろう〜!(意欲)

e0063212_1331182.jpg
(パキスタン・ウッチュのタイル)

●きちんとした記事が書けずに残念です。寒さもこの冬一番、皆様もくれぐれも風邪にはご注意くださいね!
by orientlibrary | 2008-01-13 14:15 | ムルタン・蒼のタイル

輝く青を求めて 2008

明けましておめでとうございます。

e0063212_17261337.jpg
(パキスタン・ムルターンの絵付けタイル)

『イスラムアート紀行』を見てくださっている皆様へ。
いつも、どうもありがとうございます。
たいへんに遅いご挨拶になりましたが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

皆様にとって、2008年が素晴らしい一年になりますように。

私の愛するイスラムタイルのある地域からも、たくさんの明るいニュースが聞こえてきますように。

世界の人たちが、健やかで安心して暮らせる日々でありますように。

私も、イスラムの美しいものを求めて歩く旅ができますように。
輝く青のタイル、愛らしい植物文様と、今年も出会えますように。
ブログを通して、今年も多くの方々と交流できますように。

心から願っています。

e0063212_17465136.jpg
(サマルカンド・シャーヒジンダ墓廟群の浮彫りタイル)
by orientlibrary | 2008-01-05 17:49 | ムルタン・蒼のタイル