イスラムアート紀行

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尊尊我無(とうとぅがなし)、ヨロン!

島ブームが続いています。島唄・芸能や自然、離島巡りなど、年代を超えた人気で、島専門の雑誌もあるようです。長くイスラム圏やインドなどを旅行していた私、島もいいなあと思ってはいても、なかなか行く機会がありませんでした。

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(抜けるような空の青さ。マイナーな気分もスコーンと消えていく)

◆ ヨロンって、どこにあるの? ◆
そんな私が本当に久しぶりに訪れた島、与論島。でも、ヨロンってどこ?と思われる方もありますよね。ヨロンは、奄美諸島の最南端、沖縄本島のすぐ北にある、周囲22キロの小さな島。島の回りをぐるっと珊瑚礁が囲み、その青の輝きと透明度は、もう「美しい!」の一言!世界のどんなリゾート地にも負けない海だと思います。

沖縄の日本返還前には「日本最南端の島」として人気があり、70年代初頭のヒッピームーブメントとも関わりを持ちつつ、1980年前後には当時若者だった団塊世代に人気になるなど、観光のピークを迎えます。けれどもレジャーの多様化や海外旅行の一般化のなか、しだいに観光客は減少。昨今の島ブームのなかで、逆に印象が薄れてしまったのは、とても残念です。

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(海の水色の部分が珊瑚礁の海。青のグラデーション、、青のタイルオタクの私にはたまりませ〜ん)

今回、ご縁があって、そんなヨロンの人と自然と文化に会いに行くことになりました。乗り継ぎの那覇空港で時間があったので国際通りに行ってみると、、お土産物屋が立ち並び、原宿?横浜中華街?という賑やかさ。市場で沖縄ソバを食べて満足しましたが、都会さにちょっと疲れ気味。

◆ なんにもない、のなかにあるもの ◆
ヨロンは那覇から30分ほどのフライトです。朝5時前に家を出て、ようやく着いたヨロンは、大きな建築物も少なく、空も海もスカーンと真っ青南国気分満開のハイビスカス、ブーゲンビリア、デイゴにガジュマル。街も人もゆ〜ったり、のんびり〜。心もゆったりしてきます。

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(牛、ヤギ、犬、ネコを合わせた数が人口より多いのがウリ)

「いいですね〜!なんにもなくて、、ホッとします」と町の方に話すと、「本当にそう思います?」。たぶん、観光客や来島者も同じような感想を言うのだと思います。「それって、いいの?悪いの?どうなの?」と思われるかもしれないのですが、、やはりこの「何もなさ」は大〜きな魅力ですよね!けれども、「何もない」島ヨロン、じつは相当に奥が深いことを、今回の訪問で次々に体験。圧倒されました。伝統や伝承、コミュニティは、まだまだしっかり残っています。

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(昭和30年代初頭頃の島の民家。茅葺き円錐形の屋根。台風に耐える様々な工夫も)

加えて、新しい動きが町の人からも島外の人からも生まれています。素晴らしいことです。そのなかには、島の知恵が脈々と息づいています。どれも、賢く、明るく、前向きで、人を健やかにし、環境バランスの良いものです。その最前線にいる方々のお話や姿勢には、とても触発されました。島を愛する気持ちの強さ、自分のできることをするんだという意志が、ヒシヒシと伝わってきました。そして、やっていることを楽しんでいる様子もいいなあと思いました。

滞在中は、観光業や文化関係の方々への取材も含め、分刻みともいえるスケジュール。夜は「与論献奉」(口上を述べながらの焼酎一気飲み)。強烈な日差し。さすがに少しグタッとするときも、、。

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(幸運にも、重要な祭りである「十五夜踊」を見ることができた。奉納する家系は世襲制。年三回のこの祭祀には遠隔地に住んでいても帰郷して出演する)

でも、民宿の「マサコ姉さん」が作ってくれるおいしくヘルシーな郷土料理で、毎日元気&元気!同宿の方々とも、おしゃべりに花が咲きました。「ヨロンへ来る」という点で、どこか共通するものがあるせいでしょうか。

◆ ウズベクとヨロンは似ている ◆
久々の日本の島旅は、楽しく充実した日々でした。そして私は、強く感じたのです。「ヨロンとウズベクは似ている」と。気候も歴史も全く異なる二つの地。誰も同調してくれないかもしれません。でも、似ています!人の純朴さ、あったかさ、伝統、コミュニティのありようが似ているのです。

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(「十五夜踊」の演目。夜がふけると十五夜の月明かりの下、宴会が始まり、踊りの輪ができる。こんなところもウズベクと共通!)

だからイスラム圏の文化や建築にハマっている私にも、全然違和感がありませんでした。スコーンとした何もなさ、純朴なもてなし。皆さん、最高だと思いませんか!?

 ヨロンをもっと知りたい方、、映画「めがね」のロケ地、じつは与論島です。犬にも会ってきました♪

 タイトルの「尊尊我無(とうとぅがなし)」とは、与論語で「ありがとう」の意味。
by orientlibrary | 2007-09-30 22:25 | 日本のいいもの・光景

個性全開!!シルクロードのおじいちゃん

暑さ寒さも彼岸まで、の言葉通り、ようやく秋といえる天候になりましたね。夏が名残惜しいわけではないのですが、まだまだ暑い南の島・与論島に行ってきます。超〜久々。

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(シルクロードじいちゃん人形。ひとクセありそうなところがイイ感じのじいちゃんたち。左のじいちゃんはターバン姿。みんなで何を話してるんでしょうね?)

仕事目的ですが、どこまでそのモードを保てるか自信ありません。カーンと、何かが抜けてしまうんですよね、、。海外やリゾート地で平静に仕事ができる人はすごいと思います。ネット環境等がなんともいえないので、今週いっぱいお返事が書けないかもしれません、、。すいません!

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(シルクロードじいちゃん人形・こちらは誠実まじめチーム。コーラン読んでいたりおもてなしモードだったり。ナンやスイカもいい感じ。行きたくなりますね〜!)

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(めずらしい女性の人形。ゆりかごで赤ちゃんがスヤスヤ。お母さんの衣装や帽子もステキです)

次回はヨロン話もまじえてみたいです。そして、これからも「イスラムのキレイ」を書いていきたいと思います。どうぞまた遊びに来てくださいね。お待ちしております♫

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(こちらは若い家族のお部屋。映っていませんが、ゆりかごで赤ちゃん、ご機嫌でした)

今回のお人形は、ウズベキスタンの陶人形です。衣装、表情、持っているもの、足の組み方まで、ひとつとして同じものはありません。職人魂! そして感じるのは、「絶対楽しんで作ってる!」ということです。職人さんの「ノリ」が伝わるもの、大好き!
by orientlibrary | 2007-09-24 17:06 | 中央ユーラシア暮らしと工芸

アブルバンディ・雲の織物。ウズベキスタンの絹絣

先日テレビをつけたら、偶然、中山恭子さん(参議院議員)が映っていました。おっとりした話し方ながらも毅然とした感じ。そして、私が真っ先に目をとめたのは、スーツからのぞくカラフルなシャツでした。わあ〜、ウズベキスタンの絣だ〜!

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(ウズベク絣のシャツがステキな中山恭子さん。NHK「クローズアップ現代」より)

◆ ”ほっとする国”で ◆
中山さんは元ウズベキスタン大使(1999-2002)です。就任まもなくキルギスで日本人鉱山技師拉致事件が起きましたが、その際にも巧みな交渉で問題解決に尽力されたようです。けれども、大変なこともありながら、ウズベキスタンには魅力を感じられたようで、『ウズベキスタンの桜』という本も書いていらっしゃいます。

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(サマルカンドにて)

日本をたつときは・・・「見送りの方々は、あまり馴染みのない大変な国へ大使として赴任すると考えてか、言葉には出さないながらも少し不安げで、慰めを言うのも不適切だと少し戸惑いながら」見送られたそうです。

けれどもタシケント空港では・・・「タラップを降りながら不思議な気持ちになりました。遠い中央アジアの国にやって来たというのに何の違和感もありません」。さらにウズベクの人が<遠慮をする>様子に驚いた中山さんは、欧米やアジアでの体験を思い返しながらこう書きます。・・・「外国に出て、遠慮することを身につけている人々に初めて出会いました。どんなにびっくりして嬉しかったことか」。

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(ブハラのチャイハナにて)

「ウズベキスタンを訪ねたら、日本人であればどなたでも、まるで古き良き時代の日本に来たかと、ほっとした気持ちになることでしょう」と書く中山さん。だからウズベク伝統の絣なんだなあ。キャリア女性〜政治家らしくない服装かもしませんが、私はうれしい気持ちで見ていました。

◆ 鮮やかな色、象徴的な文様 ◆
ウズベキスタンの絣は、ツヤツヤした絹の質感、色の鮮やかさ、大胆な模様が特徴です。5世紀にはホータンから絹が伝わり、7世紀頃に中国やインドから絣の技術が伝わったそうです。有名なソグドの絹織物は7〜8世紀のもの。染色・織物は長い歴史があるんですね!

ウズベクでは絣のことを「アブルバンディ」といいます。雲の意味だと聞きました。どうして雲なのかなあと思っていたのですが、「水面に映った雲を見た織り人がその美しさを絣布に表したのが始まり」なのだそうです。(『世界の染め・織りの見方』/東京美術)。

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(フェルガナ/結婚式で)

「絣の織りは、まず糸を染めることから始まる。この地の絣は経絣で、その経糸を約60本の束にまとめ、模様に応じた印を付ける。それを綿糸でくくり、染液につける。6回から10回縛る作業を繰り返しながら薄い色から濃い色へと染めていく」(同書)。

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(フェルガナ・マルギランの工房にて)

「染料は、あんずの根、ざくろの樹皮、胡桃の皮、西洋茜、藍、ラックなど天然素材のものであった」・・・。今は化学染料も使っているようですが、100%天然染料をとおしている工房もあるようです。

織りの基本は平織りです。図案化された模様には意味が込められました・・・「ザクロや虹、花、太陽は豊穣や幸福を表し、アーモンドは男性の叡智や長寿の象徴である。羊や角や櫛、蛇や虎の尻尾、サソリ、ラクダのこぶは魔よけであり、蔓草は輪廻転生の意味にたとえられた」(同書)。

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(フェルガナにて)

◆ 布もの選びは楽しいな ◆
写真でご紹介しているように、今も暮らしを彩っているウズベキスタンの絣。日本人には派手すぎるという声も聞くのですが、シックな色合いのものもあります。また中山さんのように鮮やか色を襟元に使うと、顔が明るく見えるのでは? 

ーーー ブログ内関連記事 ーーー
* 「日本人のかざりごごろを揺さぶる中央アジア染織世界」
* ウズベキスタンの絣については、カフェトライブさんの「ウズベキスタンのIKAT」にきれいな衣装がたくさん掲載されています。
by orientlibrary | 2007-09-19 21:47 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

フェルガナのマザール 信仰のなかの青

イスラムの地でタイルを見るとき、モスク(礼拝所)やマドラサ(神学校)はもちろんですが、イスラムの聖者などを祀った「聖者廟」にも注目したいもの。今回は、写真でフェルガナ盆地にある聖者廟のタイルを見て頂きながら、聖者廟のことを少し書いてみたいと思います。
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(リシタン近郊の聖者廟の外観。やや高地にあるが信者が次々に参詣に訪れる)

以前ご紹介した「シャーヒ・ジンダ墓廟群」(サマルカンド)、「アフマド・ヤサヴィー廟」(カザフスタン・トルケスタン)、「ビービー・シャビンディー」(パキスタン・ウッチュ)なども聖者廟です。私は豪壮な建築物よりも、むしろ趣きのある聖者廟のタイルにより惹かれる傾向があるのでは、と思うことがあります。 (墓廟建築については「サーマーン廟とソルタニエ」。豪華な廟については「シーア派聖地・ゴム」)に書いています。)

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(廟外部壁面の陶板装飾。この廟はリシタンの陶芸工房により最近修復された。建造物のタイルが陶器の職人さんたちによって作られていること、、中世のタイルを見るときの参考になる)

◆ 「マザール」って何? ◆
最近、「マザール」という言葉を聞くようになりました。研究者の国際会議もありました。このとき発表された研究の成果と思われる『中央アジアのイスラーム聖地〜フェルガナ盆地とカシュガル地方』(「シルクロード学研究28」)を先日発見。さっそく購入しました。

マザールとは? ・・・「アラビア語で<訪れるべき場所>を意味し、そこから通例、参詣の対象となる聖者の墓、聖者廟をさすようになった」(『中央ユーラシアを知る事典』/平凡社)。やや広く「聖地」のことを指すときもあるようです。

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(外壁面タイル装飾。確認していないが、この青は天然釉イシクールの青かも?)

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(内部。透かし彫りから入る光が陶製の棺を仄かに照らす)

◆ 冥界と現世をつなぐマザール ◆
祀られる聖者って? ・・・「イスラーム世界で聖者とみなされるのは、預言者とその血筋に連なる者、預言者の教友や歴史上の偉人、スーフィー教団のシャイフ(導師)、そしてイスラーム以前の預言者や英雄などで、理想的な人格をそなえ特別な力によって人びとに恩恵をほどこしてくれる存在であった。そうした聖者が葬られた場所であるマザールは、いわば冥界と現世をつなぐ窓口であった」(『中央ユーラシアを知る事典』)・・・。

民間信仰との関係は? ・・・「マザールは、参詣者の願いをかなえてくれるものであったから、民衆の願望を具現化する表現とも言え、イスラーム化以前からの信仰の対象となっていた物や場所が、マザールとして参詣地となる場合もあった」(『中央ユーラシアを知る事典』)。何か素朴な強さを感じるのは、そのせいなのかな?

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(内部壁面装飾。アラビア語のカリグラフィーを大胆に配している)

◆ フェルガナのマザール ◆
マザールの規模は? ・・・「聖地には、単に墓地のなかの墓、もしくは廟ひとつからなっている単独型から礼拝所、修道場、儀式室などを備え、樹木や泉池をともなう、日本の神社の境内のような大きな敷地を持つ複合型まで、大小さまざまなヴァリエーションがある」(「シルクロード学研究28」)・・・。日本の寺社と同じ感じですね。

フェルガナでは復興機運も ・・・「ソ連時代にはマザールはモスクと並んで弾圧の対象とされたため、必要な修復が行われず、多くのマザールが崩壊を免れなかった。しかし一方で、村や町のマハッラ(街区)の中でのみ知られる小さなマザールも無数に存在し、一部は現在、修復、建て直しなどが行われ始め、復興の兆しもある」(『中央ユーラシアを知る事典』)。

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(陶板で作られた棺。クリアな青と植物文様が美しい)

フェルガナ地方は、イスラムの信仰の篤い地域。経済的には豊かとは言えないかもしれませんが、マザールやモスクを美しく修復する姿のなかにも、強く、かつ自然なかたちで息づく信仰を感じます。そして修復をおこなうのが、中世からの伝統を受け継ぐ陶芸の職人さんたちであること、従来の文様だけでなく現代の表現に挑戦していることが、強く私の心に響きます。
by orientlibrary | 2007-09-15 15:12 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

BIOMBO 屏風に描かれた中央アジアは!?

「BIOMBO/屏風 日本の美」という展覧会がサントリー美術館で開催されています。不思議な言葉・ビオンボとは、ポルトガルやスペイン語で屏風を意味するそうです。

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(展覧会チラシ)

◆ 日本の美の世界を堪能! ◆
日本の屏風は、近世初期、南蛮貿易の輸出品として、盛んにヨーロッパに送られました。今回の展示は、平安時代からの屏風の名作に加えて、海外に渡った屏風も一堂に集まり、屏風の役割や時代の変遷などが印象的に紹介されていて、見応えがありました。

これまで屏風に強い関心があったわけではないのですが、大胆な構図と細密で凝った表現が両立している屏風の世界に引き込まれました。

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(「四季花鳥図屏風」・狩野元信・室町時代/金地で豪華!「和漢融合」の先駆的作例だそうです/チラシより引用)

山水や花鳥図などの自然美は繊細華麗。そして街の様子や祭礼、合戦、花見などが丹念に描かれた屏風は、当時の人びとの暮らしを伝えます。日本の美的感性、自然と親和した繊細な表現力など、すごいなあと思いました。

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(「白絵屏風」・江戸時代/出産の場で立て回されたと考えられている屏風。屏風は儀礼にも使われました。現存しているものは稀少/チラシより引用)

◆ 桃山時代の人が想像した世界 ◆
なかでも興味深かったのが、「BIOMBOの時代 屏風に見る南蛮交流」の屏風たちです。当時輸出された屏風は、現在ほとんど行方がわからないそうです。が、西洋からもたらされた絵画表現で大画面に描き出された屏風が白眉!当時の人びとの異国への好奇心が凝縮されているようで、見入ってしまいました。

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(「レバント戦闘図・世界地図屏風」・桃山時代/展覧会図録より引用)

とくに「レバント戦闘図」と対の「世界地図屏風」は、ブラウ・カエリウスの1609年の世界地図を簡略化して地域ごとに色分けして描いたものだそうです。桃山時代(17世紀)の人たち、世界をどう見てしていたのかなあと想像させて楽しい。会場では、私の好きなエリア・中央アジアのあたりをじっと見ていました。でも、、なんだかあいまいな感じが、、。

帰宅して実際の地図と比較(↓)してみると、やはり東南アジアの密度に比して、インド以西のヨーロッパまでのあたりはざっくりとしています。逆にアフリカなどはかなり詳細です。カスピ海の存在は知られていたようですが、かなり大きいですね〜!

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(「世界地図屏風」/展覧会図録より引用/中央アジアのあたりをクローズアップ)
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(17世紀の世界/最新世界史図説(帝国書院)より引用/同地域を比較してみました)

この屏風で感心したのは、海の波の細かさ。本当に細密に描かれていて、地図のざっくり感との対比が面白かったです。日本画の伝統と異国への好奇心や西洋の新技法が渾然一体となっているようでした。

また、海には船などが描かれているのですが、ところどころ人魚もいました。おとぼけですよね。女性人魚らしきものは、当時のモラルなのか「らしい」表現でとどめています。驚いたのは男性人魚。初めて見ました。たしかに男性人魚がいてもいいんですけど、、考えたことなかったです。さりげなくそういうものを配していて楽しめる屏風。当時の人たちも、ワクワクして見たことでしょう。

中央アジアのあたり、かなりのざっくりで、そういうもんかなあ、と思いましたが、でも今でも、たとえばウズベキスタンの話をすると、95%の人に「どこにあるの?」と聞かれるので、あまり状況は変わっていないのかも!?

◆ 中央アジア トリビア? ◆
ちなみに、私が中央アジアに興味を持ち始めた頃、5つの国をどうやって覚えようかと編み出したのが「加藤タキ」方式。北から左回りに、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、その頭文字を取って覚えました。面白かったので、けっこう人にも喋っていたのですが、先日wikipediaを見ていたら、中央アジアのトリビアにこの加藤タキ方式が載っていて、「!?」と思いました。考えることは同じ、なのかな。それとも??
by orientlibrary | 2007-09-08 12:47 | 日本のいいもの・光景

モンゴルもキルギスも、天幕のなかは明るくて快適! 

朝青龍の親族がやっているという「ゲルホテル」をテレビで見ました。草原に真っ白のゲルがたくさん並んでいました。かなり大規模。

相撲にあまり興味がないので、今回の騒動、遠目に見ているだけですが、高砂親方という人のピントのはずれた言動が妙に面白い。同行して訪れた(それも一日だけ・・)モンゴルの印象、詰め寄る記者たちに、「虹がきれいだった」と喋っている姿が、とことんユルくて脱力しました。

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(ツーリストゲルの光景。快適でした)

◆ モンゴルのゲル ◆
ゲルに代表される「天幕」という住居のスタイルが好き。(これまでの記事に、こんなのあります。「天幕の華麗な布世界」「天幕LOVE!」「遊牧民の袋物」)。モンゴル旅行ではゲルに泊まれて楽しかったし、とても快適でした(その様子はこちら〜「雲の国モンゴル紀行」)。

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(ツーリストゲルの内部。テーブルセッティング。調度は赤がメイン。日差しの強い乾燥地帯、天幕の中では赤が目が休まり落ち着くと聞いたことがあります)

天幕好きが高じて、いろんな人にお世話になりながら、遊牧民をテーマにした催しをしたことがあります。シンプルこのうえない作りにもかかわらず住居として完璧なゲル、その素晴らしさをみんなで体験したいと、実際にゲルを建ててみました。

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(ツーリストゲルの内部。ベッド。シーツは真っ白で清潔。スタッフが手洗いしているのを見て感激しました。モンゴルの人たちは潔癖なほどに清潔というのが私の印象です)

建てたのは、外ではなく大きなホールの中。ところが床の上では、格子状の壁材がツルツル滑って安定せず大変なことになりました。やはり草原に建てるものなんだと体感しました。でも、なんとか立って一安心しました。

◆ ボゥズィを飾るテントベルト ◆
モンゴルでは「ゲル」と呼ぶ天幕、キルギスでは「ユルタ」と呼ぶと聞いていました。でも現地では「ボゥズィ」と呼ぶそうです。ユルタはロシア語。キルギスの人にとって、外人がユルタと言っているのは、複雑な気持ちかもしれません。

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(ボゥズィ組み立て光景。基本はゲルと同じ。これはやや簡易型かも?)

モンゴルのゲルも、「パオ」と紹介されることがありますが、パオは中国語の「包」に由来するもの。モンゴルの人にとってパオには蔑称的な響きがある(小さなものというイメージ)と聞きます。パオと気軽に使いがちですが、モンゴル=ゲル。気をつけたいなと思います。

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(かわいくて和みそう)

前回の鷹匠の狩りパフォーマンスの近くで見たボゥズィ組み立て光景。気になったのは、彼らの持ち物です。モンゴルは絨毯などの織物が少ないけれど、キルギスには織物やフェルトがあるはず!

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(色が鮮やか)

さすがにキルギス!これまで博物館などで少し見ていましたが、テントベルトや飾りがカッコイイ!赤を基調にかわいい色使いです。おおらかで、抽象画のようなデザインも素敵。どんなふうに飾るのか見てみたかったです。

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(模様が独特)
by orientlibrary | 2007-09-02 22:40 | 中央アジア5カ国