イスラムアート紀行

orientlib.exblog.jp

<   2006年 10月 ( 10 )   > この月の画像一覧

洋館のヴィクトリアンタイルから もういちどムガルへ

e0063212_253240.gif●日本の近代化のお手本はイギリスであり、明治期の日本で西洋建築を建てた建築家も多くはイギリス人でした。そして、洋館建築の装飾として用いられたタイルの多くは、イギリスの「ヴィクトリアン・タイル」でした。

●洋館での重要な装飾部分、日本建築で言うと床の間的なところ、それは暖炉の回り。そこにヴィクトリアンスタイルの装飾タイルが貼られたのです。(*例として。写真1番目→が「旧第九十銀行本店」(明治43年)、2番目↓が「仁風閣」(明治39年))

●日本がお手本としていた時代のイギリスはヴィクトリア朝。18世紀に産業革命を達成して世界の最強国となったイギリスでは、19世紀には新しい機械の発明や技術の革新が相次ぎます。タイル産業においても技術、様式ともに多様に発展。量産可能な工業化に向かっていました。

●前回紹介した「ミントンタイルの秘密展」によると、日本で多数派だったイギリス製タイルのなかでも、その半数はミントン社製だったそうです。明治期洋館建築をリードした生粋のロンドンっ子であるコンドルがミントンを好んだこともあるといいます。

e0063212_255770.gif●前回の記事にも書きましたが、ミントンタイルの使用で私が疑問だったのは、旧岩崎邸のベランダの床のタイルが「インドを経由したイスラム建築の要素が見られる」という邸のパンフレットの記述です。

●インドを経由したイスラムの要素というと、ムガルインドのことを指すと思いますが、タイルの文様や色使いはイスラムやムガルとは重なるものはないというのが私の印象です。展覧会ではこの点きちんとしていました。・・・「ミントンのタイルとともにヴィクトリアン・ゴシックの建築様式は日本にまでやってきた」・・・

●前回のベランダのタイル写真を見て頂くと、それを感じられると思います。ミントンは建築家のピュージンと組んでゴシック建築の象徴的存在である床用の象眼タイル復興に精魂傾けたのです。

●・・・「ピュージンのデザインは三つ葉や四つ葉といったゴシックのモチーフをベースに赤青緑などの多彩な色を用いて一枚のタイルに花鳥の精神を表現しようと試みた」「岩崎邸のタイルは静謐な様式美をより特徴づけている」・・・

●何でこんなにこだわっているのか、、そう『イスラムアート偏愛紀行』なんですよね、、。ヴィクトリアンタイルはそれはそれでいいけど、イスラムタイルとひとくくりにしたくない。とくにゴシック〜ロココあたりが超苦手なのに、一緒にしないで欲しい。だいたい色のセンスが全然違うでしょう。

e0063212_261925.gif
(インド・ムガルの美意識/ラジャスターン・サマードパレス壁画)

●ヴィクトリアンタイル拒否反応には、もうひとつ大きな理由があるんです、多分、、。それは中世と近代。私が美しいと思うイスラムタイルとは中世のもの。伸びやかで優雅で手仕事がイキイキとしています。近世〜近代のものはイスラムでもゴテゴテと装飾過剰で生命力が失われていきます。

●岩崎邸の象嵌タイルは中世のリバイバルですから簡素な味わいがありますが、ヴィクトリアンタイル自体は近世〜近代であり「装飾」がキーワード。・・・「モチーフはイングリッシュデルフトタイルを受け継ぎ、いちじるしく多様。ロマネスク、ゴシックなど中世の動物、組紐、草花文様をはじめ、花、鳥、動物、人物等々、カテゴリー区分すれば、自然主義、ネオ・ゴシック、オリエンタリスム、アーツアンドクラフト運動の各様式である」(「イギリス・タイルの流れ 中世からヴィクトリア朝まで」/前田正明)ですから、もうよくわかりません、、

●わからなくなってきたので、ムガルインドの写真で、マアッサラアマ。きれいです〜☆

e0063212_264324.gif
(「タージマハル・大理石に貴石の象嵌/『TAJ MAHAL』/ABBEVILLEE PUBLISHING GROUPより引用)

*日本のヴィクトリアンタイル使用例/写真2点出典/=「旧第九十銀行本店」「仁風閣」はいずれも『ヴィクトリアンタイル 装飾芸術の華』(INAX出版)より引用。
by orientlibrary | 2006-10-29 02:16 | タイルのデザインと技法

「ヴィクトリアンタイル〜イスラム〜日本」、、疑問です@旧岩崎邸

美術館も大学も、国公立だったところが、独立採算のせいか、いろんな面で集客〜ブランディングに注力しているようです。その流れは公園も同じのようで、コンサートやライトアップなど都立の公園・庭園の取り組みも活性化している印象を受けます。

e0063212_23235494.gif

そのひとつ「旧岩崎邸庭園」で開催中なのが「ミントンタイルの秘密展」。今年で110周年となる洋館の南側ベランダ。そこに使われているのは、今も陶器で名高いミントンのタイルです。

ヴィクトリアンタイルの代表的ブランドのひとつでもあるミントン。その歴史や技術、日本との関わりなどをみる展覧会となっています。

タイルということでもちろん見に行ったわけですが、気持ちは少々複雑。やはりというか、正直言って、惹かれないのです。ヴィクトリアンタイルというものは、タイル好きの聖地「世界のタイル博物館」にもかなりの数のコレクションがあって見ていました。同博物館のサイトには「ヴィクトリアンタイルの図柄の特徴」というレポートもあります。さらに、『ヴィクトリアンタイル 装飾芸術の華』(INAX出版)という内容の濃い本も出版されています。

e0063212_23123768.gif

ヴィクトリアンタイルは日本のタイルのお手本となったもので、タイル史的にも重要。でも、良い悪いとかレベルの高低ではなく、惹かれる惹かれないという個人の趣味として、私は苦手。そのことはさておいて、まずはこの建物とタイルの概観を見てみましょう。

旧岩崎邸は、1896年(明治29年)に三菱の創設者・岩崎家本邸として建てられました。設計はイギリス人のジョサイア・コンドル。現存するのは洋館・撞球室・和館の3棟です。なかでも木造2階建・地下室付きの洋館は、本格的なヨーロッパ式邸宅です。

e0063212_2320029.gif


館のパンフレットには次のような説明がありました。

*「様式は17世紀初頭の英国のジャコビアン様式を基調にし、ルネサンスやイスラム風のモティーフなど複数の様式を折衷しながらも整然としたデザインになっています」。(ジャコビアンはクラシックとゴシックの中間にあたる様式で17世紀初頭に英国で流行)

気になるタイルの部分を見ると、

*「ベランダ=コロニアル調の大規模な2層に構成されたベランダには、インドを経由したイスラム建築の要素が見られます。1階部分の床には、草花をモチーフにしたエキゾチックなタイルが敷かれています」
*「玄関タイル=コンドルの設計にはイスラム建築の要素が多く見られますが、本邸のタイルや暖炉などにもその意匠が巧みに採り入れられています」。

インドを経由したイスラム建築の要素??イスラム建築の意匠が採り入れられている?そうかな?何をもって、館のパンフレットが「イスラムの要素」としているのかはわかりません。幾何学文様であることと草花がモチーフに入っていることでしょうか。イスラムのタイルとは稠密度がまったく違うと感じます。だいたいが、ベランダのタイルは違う色の粘土を練りこんで製作する「象嵌タイル」であり、イスラム的な優雅な美の表現には適していないと思います。

イスラムタイルは青色が多く使われ、植物文様や幾何学文が、繊細で凝縮力のあるデザインで描かれています。そして主に、床には使われず壁面や屋根を彩っています。部位が違うということは目的、用途が違うのでは。壁は装飾のためのものですが、床は実用。タイルとして必要な要素が違ってくると思います。

e0063212_23371554.gif
(参考<イラン・イスファハン・金曜モスク>のタイル。『THE ART OF THE ISLAMIC TILE』より引用)

その意味では、展覧会の主旨とされる方の記載は明快でした。

「中世以来途絶えていた象眼タイルの再生に建築家のピュージンとともに取り組んだハーバート・ミントン」
「ヴィクトリアン・ゴシックの様式美を効果的に高めるものとしての装飾タイル」
「カトリック精神を普遍化するものとしての図像の意味」

これらに焦点が絞られています。ヴィクトリアン・ゴシックなら話はわかります。パンフレットは情報面で微妙に違いがある印象。

ヴィクトリアンタイルとイスラムの関係については、『ヴィクトリアンタイル 装飾芸術の華』のなかでも、「象嵌タイルもタイルモザイクと同様に、舗床の大理石のモザイクの影響から創造されたのであり、これをヨーロッパに先んじてタイル文化を築いたオリエントの影響とみなすのは誤りである」と記しています。(「イギリス・タイルの流れ 中世からヴィクトリア朝まで」/前田正明)

ヴィクトリアンタイルについては、日本のタイルとの関連や象嵌タイルについてなど、もう少し書きたいこともあるので、次回に続けようと思います。
by orientlibrary | 2006-10-24 23:40 | タイルのデザインと技法

ヒマーチャルの「!?」「・・・」な光景(選)

●ヒマーチャルで見つけたちょっと不思議なもの(手抜き企画!?)。シムラが英領インドの夏の首都だったせいか、その時代の名残がある気がします。インドはだいたいがミラクル&ミステリアスなものが多いんですが、ヒマーチャルはまた独特でした。


(1) 「!?」 <泰西名画風クリシュナと恋人たち>(↓)
e0063212_23235371.gif

●ナラガルのホテルの部屋で発見した「??」。インドで横笛を持っていて女性に囲まれている神様といえば、クリシュナさんでしょう。でも、なんかいつものコテッとしたラブリーなクリシュナさんじゃない!!なんだろう、、そう「泰西(西洋)名画」風、、女性たちもサリーじゃなくてドレスですから。笛の音もバロック音楽?


(2) 「・・・」 <英国映画女優風マハラニ>(↓)
e0063212_23204830.gif

●ヒマーチャルのホテルには、ロビーや廊下を埋め尽くす勢いで写真が飾ってありました。それも正装(しかもヨーロッパスタイルが多かった)したファミリーメンバーのお姿の数々。

インドの人は絶対写真が好きだと思う。お金持ちも庶民も、み〜んな。

●これはシムラのホテルのロビーにあったもの。女優風なマハラニ(姫)のモノクロ写真。たしかに綺麗!だけど、アンニュイな感じで、こういう風情が流行だったのかな。




(3) 「!・・・」 <ラジャスターンからの難民キャンプ>(↓)
e0063212_23212055.gif

●ヒマーチャルのダラムサラにはチベット亡命政府があります。現在6千人以上のチベット人がダラムサラで生活しているそうです。最初にこの難民キャンプを見たときはチベットからの人たちかと思ったのですが、聞けばラジャスターンからの国内難民とのことでした。詳しくはわからないけど、干ばつとか自然災害の影響のようでした。ラジャスターンとヒマーチャル??でも意外と遠くないんですよね。もう故郷に帰れたでしょうか。


e0063212_23213970.gif(4) 「♪♪〜」 <ヒマラヤ杉の間にスリムな線路>(→)



●う〜ん、この線路の狭さは、、


●そう、有名なヒマラヤ鉄道のトイトレインのための線路です。なんかのどかな光景。












(5) 「!?」 <アッパープラグプルのゆうごはん>(↓)

e0063212_2322439.gif●夕ご飯といっても、私がこれをいただいたわけではありません。

●プラグプルの町中から奥に入ったところの民家、食べ物の気配を感じて戸外にある台所に迷い込み発見したのがこれ。

●瓜のような野菜にカレーを挟んだもの?これをどう料理するかはわかりません。炒め煮かな。私は好きだと思う。食べてみたかったな〜。
by orientlibrary | 2006-10-21 23:32 | インド/パキスタン

ヒマーチャルのヘリテージ村 ガルリ-プラグプル

装飾を忘れず働く女性、ということで思い出したのが、前回掲載インド・ヒマーチャルプラデーシュ州カングラの茶畑の景でした。サンスクリット語で雪山の州と呼ばれるヒマーチャル、州都はシムラです。イギリス領インドの夏の首都だったところで、コロニアル建築や標高2千メートルを超える丘陵にひしめくように立つ建物で知られています。

e0063212_041559.gif


また、チベット亡命政府のあるダラムサラ、王宮のあるチャンバ、リゾートのマナーリなどの町もこの州にあります。落ち着いていて自然も美しく、建築的にも見所の多いヒマーチャルプラデーシュ州(神谷武夫さんのサイト『神谷武夫とインドの建築』のなかの「ヒマラヤ建築紀行」に詳しく解説されています)。でも州の概観を調べようにもウイキペディアにも載っておらず、ちょっと淋しい。

一方、英語のサイトはかなり数がありました。「ヒマーチャルの芸術と文化」という地元のポータルサイトは、内容も充実している感じです。そんなヒマーチャルで地元は「一押し!」、国レベルでも力を入れている地域・・・それが「HERITAGE VILLAGE〜文化遺産の村」として売り出し中「ガルリ-プラグプル」です。

e0063212_0471514.gif


サイトの情報によると、1997年の12月にヒマーチャルプラディーシュ州政府はプラグプルを文化遺産村とすることを発表し、2002年にはガルリ-プラグプル全域を文化遺産地域としました。「The Indian National Trust for Art and Cultural Heritage」も州政府に協力して、プラグプルの景観を守っています。インドのエコツアー〜村落観光の理想型を目指し、地元の人々も一体になって、伝統の保存や施設の充実に注力しているようです。

私はヒマーチャルの木造建築に興味があったのですが、プラグプルという地名は聞いたこともありませんでした。でも、行ってびっくり。不思議な外観のハヴェリー(邸宅)が、あちらこちらにあり、これって何!?という感じでした。裕福な商家などが贅を競ったといいます。

e0063212_0404222.gif


建造物は築300年以上経っており。崩れかけたものもあります。保存の動きがなかったら、すぐにも朽ちてしまいそうなものもありました。地元の人々は伝統や中世の雰囲気を壊さないように努めており、数棟はオリジナルの技術を用いて修復されているそうです。

国レベルでも力が入っているせいか、「TOURISM OF INDIA COM」というサイトでも、かなり詳細に紹介していて、ようやくこの地の謎が解けてきました。以下に、建築についての説明から少々。(ささっと見ただけなのでちょっと怪しい、、時間があるときに修正します)

「ガルリ-プラグプルでは、伝統的な土壁の家とコロニアルな木の建築の混合が見られる」「伝統的な基本的構造は2〜3階建てで、1階に店舗があり、上階が居住空間になっていた」

「すべての建物は装飾され、色彩豊かな文様でアクセントが付けられており、込み入った絵画のモチーフや装飾的なドアのある美しく飾られたファサードは大変興味深いものだ」「多くの建物には、レンガの壁とスレート葺きの勾配屋根がある」

e0063212_0422677.gif


「屋根にはこの地域の特徴が現れている。宗教的なシンボルであるオウムの銘文、三角形の切り妻屋根、木の格子装飾が上部にある」「石畳の歩道が見る人を圧倒する」

「ジャッジコート」という建物が最も有名。現在は「ヘリテージ・ホテル」になっています。でも宿泊施設としてはキャパシティが小さく、私が泊まったのは民家を改造した民宿みたいな感じのところ。

これが古民家的な雰囲気があって、とても居心地のいい空間になっていました。なにしろ「売り出し中」なので観光地としての基盤は整備途上ですが、それもまたいいですよね(訪問時期は05年5月)。へんにこじゃれたエリアにならないほうがいいなあ。
by orientlibrary | 2006-10-19 00:42 | インド/パキスタン

 ”飾り”のセンスがいいな ヒマーチャルの女性たち

インド北部・ヒマーチャルプラデシュ州、パキスタンと中国にはさまれた山岳地帯であり緑豊かなのどかな地。サンスクリットで「雪山の州」を意味するそうです。暑いイメージの強いインドですが、広くて多様だなあと思います。

e0063212_1225462.gif

●ヒマーチャルには茶の産地・カングラがあります。爽やかな空気、緑濃い広大な茶畑、そして鮮やかな衣装を身につけて茶摘みに精を出す女性たち(↑)。明るい色のブラウスやエプロンが緑に映えます。

●なかでも濃いピンクのブラウスがよく似合う、笑顔が魅力的な女性(↓)がいました。眉の間(ビンディ?)と鼻の左側にお揃いの飾りをつけています。イアリング、ブレスレット、ネックレスのバランスがよく、とてもオシャレ。大変な仕事だと思いますが、こういうカラフルな服装の方が明るい気持ちで働けそうな気もします。ちなみに報酬は、一日摘んで70ルピー(200円ほど)と聞きました。

e0063212_1552353.gif


●作業のことを考えたら、アクセサリーはないほうがいいはず。また機能性を追求したら、もっと違うスタイルになりそう。でも東南アジア〜西アジアなどで見る働く女性は、とてもきらびやかですよね。全財産かと思うほど重そうなアクセサリーをつけていたりします。前々回の中央アジアの衣服のところでも書きましたが、「用の美ではなく、用と美」「装飾的」であるのが民族衣装のひとつの特徴だと思います。

●ヒマーチャルプラディーシュ、数百年前の装飾的なハヴェーリー(住居)が残るプラグプルという町から、さらに山あいに入った村で会った少女(↓)です。顔立ちがネパールなどに近い感じがします。頭の飾りやアクセサリーが印象的。女性の鼻の飾り(ピアス的なもの)はラジャスターンなどでも見ます。アクセサリーは装飾だけではなく、魔よけ的な意味合いもあるのかもしれません。そしてネックレスにつけているのは、多分、安全ピン。たしかにキラキラ光ります。パンクだなあ!

e0063212_157374.gif


●自分が手抜きで動きやすいラクな格好が好きなせいか、こういうふうにいつもきれいに、飾りをきちんとしている女性たち、すごいと思います。

●でも機能性追求の時代と言いながら、考えてみると、古今東西、飾る女性のほうが一般的なのかも!?、、、私には拷問のようなミュール(超細身のサンダル)、タイトなスーツ、冷えそうなキャミソール、ジャラジャラのアクセ、流行の巻き髪、、あれ?、、たしかに日本の女性もこんな格好で働いてますね。以前、オシャレ系タレントが「おしゃれとはガマンだ」と喝破してました。人間工学など無関係の華やかな民族衣装で働く女性たちと、共通項アリですね!
by orientlibrary | 2006-10-16 01:44 | インド/パキスタン

ちいさな瓦が伝える 16世紀モンゴルのこころとセンス

e0063212_1365433.gif●前回記事でデビューした “笑う瓦”(←)(@エルデニ・ゾー寺院(1586年建立)/モンゴル・カラコルム)。実際は瓦というよりも丸瓦列の先に置かれる装飾用の「軒丸瓦」、あるいはそれが変化して装飾的要素を増したもの、ではないかと思います。でも、この文様はいったいどこから??この意味するところは?

e0063212_1332062.gif


16世紀後半ということで、タイル史的にも興味がわきます。でも、考える基礎になる当地域の歴史や美術史の知識があまりにない、エルデニ・ゾーの情報が少ない、自分自身記憶があいまい・・・という「三重苦」で引いていたのですが、、この際、感覚勝負で思い切ってトライ!(ご専門の方、間違いは覚悟のうえですので、違っていたら寛大に教えて下さい〜!)

モンゴル地域の仏教寺院は、中国様式、チベット様式、その折衷様式の3つに分類されるそうです。エルデニ・ゾーは勾配屋根(〜瓦的なもの)葺きなので中国様式、かと思いますが、壁面などの細部にチベット独特の文様がほどこされていますし、内部空間はみっちりとチベット仏教ですから、折衷式?

●エルデニ・ゾーを建立したハーンの名前も、資料によっていろんな名前が出てきて、どれが正解かわかりません。「アルタン・ハーン」「アフタイ・ハーン」「アバタイ・ハーン」、、、(記述を統一してほしいなあ)。どれですか〜?

●アルタン・ハーンだとすると、「アルタン・ハーンが1578年にチベット仏教ゲルク派の高僧ソナムギャムツォと会見し、この高僧にダライ・ラマの称号を贈った」ということで、このハーンは熱心なチベット仏教の支持者だったことがうかがわれます。つまり、細部には相当チベット的なものが入っている、と考えていいのではないでしょうか。

e0063212_1334789.gif中国の軒丸瓦は多くは蓮華文のようです(←)。これは焼成レンガですから、中国で「墫(せん)」と言われているものに入ると思います。無釉です。

●焼き物の盛んな中国ですが、中国では壁面をタイルで覆うという装飾技法は発達しませんでした。唐代には中国北部を中心に瑠璃釉瓦、墫が作られ、また15世紀の景徳鎮では白磁墫、青花タイルが発見されています。

●けれども実際には、タイル(陶)の装飾は寺院の塔にいくつかの事例が見られるだけです。一方で、瑠璃釉の墫や瓦は、床に敷く、屋根に葺くなど実用に使われました。モチーフは象、麒麟、獅子、鳳凰、天馬、巨龍など、いかにも中国という文様です。

e0063212_1354980.gif


●もう一度エルデニ・ゾーに戻ると、瓦の色は、緑、褐色、瑠璃など中国の色(↑)と言ってもいいかもしれません。(敷地内にはいくつもの寺があり瓦の色もいろいろです)。けれども、軒丸瓦の文様はストレートに中国的なものではないと思います。

e0063212_12345615.gif一方、チベットには8つのラッキーサイン・「八吉祥(タシタゲ」という図像があります。(→)は多少関連がありそうです。=訂正:この文様は「ナムジュ・ワン・デン」というものだそうです。チベットの図像に詳しいDさんにご指摘頂きました。チベットの文様についてももっとスタディしていかないと、、。Dさん、どうもありがとうございました!(2007.1.18)

●でも、“笑う瓦”モチーフは八吉祥にもありません。中国でもないし、チベット的とも思えない。う〜ん、いったいどこから来たの?

●モンゴルというとチベット仏教という印象が強いですが、チンギス・ハーンはシャーマンを重用。伝来のシャーマニズムに加えて、さまざまな宗教・思想が流入していたそうです。オゴタイ・ハーン時代の活気あるモンゴル帝国の国際都市カラコルムには、イスラム教、キリスト教、仏教、ソロアスター教などの教会が渾然と同居していたといいます。

●そのような土壌の上に作られたエルデニ・ゾー。“笑う瓦”はシャーマニズムをも内包した自由でコスモポリタンなモンゴルの匂いがします。

●13世紀から16世紀、イスラム圏ではタイル装飾が成熟し、中国では元、明の時代に青花磁器が大ヒット。海外への輸出も盛んでした。ユーラシアの文化がモンゴル系の王朝によって撹拌されると同時に、全体が陶の時代ともいえる展開を見せます。自由闊達な“笑う瓦”は、そんな時代のひとつのシンボルのように思えてなりません。

*もしも典型的なチベットや中国の模様だったら、すいません〜! 発展途上人なので・・
*写真は、中国の軒丸瓦=『シルクロード 華麗なる植物文様の世界』より引用。他はorientlibrary

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
追記1: 祝! オルハン・パムク氏 ノーベル文学賞受賞

追記2:パムク氏をアメリカのPBSがさっそく特集。02年のインタビューと受賞後のインタビューで構成。彼の「衝突ではなく対話」「小説はそれをなし得るもの」という考えが伝わります。
by orientlibrary | 2006-10-13 02:00 | モンゴル

草原のエルデニ・ゾー 草原色の笑う瓦

「タシデレ」   「ニイハオ」   「サンバイノー」

e0063212_052227.gif

緑色の釉薬が魅力的なお肌の色合い。
ちょっとファニーで、ちょっとミステリアスで、ギリシアの哲人のようでもあり。

e0063212_05253100.gif

こちらは輪郭も個性的で。
ユーモラスなのに、どこかに鳳凰や獅子、入ってませんか!?

e0063212_059630.gif

モンゴル・カラコルム(ハルホリン)・エルデニ・ゾー寺院
屋根。瓦。(この写真がじつはとても好き。この色合い、デザイン、質感が大大大好き)
ふしぎだあ。どうしてこんなデザインがここに!?

e0063212_054398.gif

●エルデニ・ゾーについての記述をまとめると次のようになります。(これ以上のことは、調べてもわかりませんでした)

・ 「エルデニ・ゾーはハルハ族のアバタイハーンによって1586 年にカラコルム(ハルホリン)に建立された寺院。「宝の寺」という意味」
・ 「400M平方の城壁で囲まれており、その上には108の塔がある。四つの側に城門。広大な敷地にチベット様式(基本的に漢民族様式だがチベットの要素がミックス)の仏舎利塔や十以上の寺院、大聖堂などが立っている」
・ 「カラコルム(ハルホリン)は、1235 年にオゴディ・ハーンによって築かれたモンゴル帝国の首都。オルホン川の豊かな水と肥沃な高原は、牧畜にも軍事的にも好適地だったが、5代目のフビライ・ハーンが大都(現在の北京)に遷都すると急速に衰退した」
・ 「入って左手にある建物はゴルバンゾーと言われ、16世紀に建てられた当時のもので、建物の取り壊しを免れることのできたものである」

●多分、上の写真はゴルバンゾーで撮ったと思います。ということは16世紀の瓦装飾?モンゴル(=イルハーン朝以来の土の文化の歴史)とチベット(=この文様の雰囲気は)と中国(焼き物のセンスや色合い)がミックスした感じ?です。いつかわかる日が来るかな?
by orientlibrary | 2006-10-10 01:04 | モンゴル

日本人の「かざり」ごころを揺さぶる 中央アジア染織世界

遊牧民の毛織物というと、移動するのだから持ち物は必要最低限、気候はきびしい。だから「機能性重視」と思いがち。ところが先日、西アジアの毛織物の専門家は、装飾的な袋類や動物飾りなどを例に見せながら、「 “用の美”という言葉があるが、遊牧民の持ち物は決して用の美ではない。非常に装飾的」と強調されていました。

e0063212_6133487.gif
(塩袋。塩を貯蔵するという機能性よりもむしろ装飾的、飾りと言えそうだ)


◆ 機能よりもかざりが大事! ◆
先日ご紹介した展覧会「シルクロードのかざり 中央アジアとコーカサスの芸術」は“かざり”がコンセプトでした。展覧会図録の「中央アジアとコーカサスのかざり」(田辺昌子さん)という原稿で、企画の意図を感じることができます。

「近代の機能主義は、機能の追求に伴って“機能美”というものを発達させた」「我々は今、機能美こそが趣味がいいと感じている」

「展示された中央アジアとコーカサスの美術が、決して機能美でないことは確かである。腕を通さないかざり袖のついた衣装、人間の動きなど優先されない重く大きい装身具の数々、、この世界では、機能より美・かざりが常に優先されているのである」

しかし、「それらは機能美、シンプルな美に高い価値観をおく現代の日本人にとっても、趣味の悪いものではないどころか、むしろ親しく満たされて感じられる美である」。前々回の記事で、中央アジアの染織がなぜか懐かしく感じられると書きましたが、その背景にはこのような感覚もあるのかもしれません。

その核心にあるのは、「ここに表された原初的なかざりの要求こそ、過去日本においても美の喜びを方向づけてきた共通のものである」からであり、「日本人は飾りたいという要求を強く持った民族であり、どこか共通する美意識を持っている」

そして、「日本の機能社会では、もうこれだけのエネルギーをかざりに費やすことがむつかしくなってしまったが、かざりへの関心は、ほとんど本能的なものとして残されている」と筆者は強調します。

遊牧民や部族の華やかな毛織物、過剰とも思える装飾を見ていると、彼らの暮らしを感じます。鮮やかな色や装飾=「かざり」は、暮らしの美であり、癒しであり、娯楽であり、情報であり、個性の表現であり、部族の歴史の表象であり、家族や暮らしを支えてくれる動物への愛情であることを感じるのです。

遊牧生活と関連の深いオアシス文化を基盤とする中央アジアにも、このセンスが息づいているのではないかと思います。


◆ 中央アジアと日本の衣装 比較! ◆
そして、私たち日本人の中にもある「かざりの本能」・・・シンプル志向の現代からは考えにくいのですが、今回は、中央アジアの衣装と日本の衣装を見比べてみました。すると、、

<1> 縞対決!・・・<ウズベキスタン・サマルカンド/男性用外衣チャバン/絹絣/1920年>VS<日本/縞に幾何学文着物/麻絣/沖縄>・・・ウズベクの色合いが粋!
e0063212_021528.gif

e0063212_023033.gif


<2> 伊達対決!・・・<ウズベキスタン/少年の衣装/アトラス絣/19世紀末>VS<日本/陣羽織/羅紗/桃山時代>・・・華の桃山、飾りの時代!
e0063212_025665.gif

e0063212_03875.gif


<3> 赤対決!・・・<トルクメニスタン/女性の銀飾り付きドレス、ガウンなど/絹>VS<日本/歌舞伎衣装/真紅の振り袖打掛〜通天閣に楓文様打掛/金糸刺繍>・・・日本の方が派手、、トルクメンの衣装は「はちかつぎ姫」みたい
e0063212_032247.gif

e0063212_033610.gif


日本、すごいぞ〜!

*写真は、『シルクロードのかざり 中央アジアとコーカサスの芸術』展図録、『偉大なるシルクロードの遺産』展図録、『日本の染織 日本の絣』『日本の染織 武士の装い』『日本の染織 歌舞伎衣装』(いずれも京都書院美術双書)より引用
by orientlibrary | 2006-10-07 00:15 | 絨緞/天幕/布/衣装

ラマダンの夜に聴く ペルシア音楽の超絶

音楽のことを文章で書くのはむつかしい。書くつもりはなかったのですが、あまりに演奏が素晴らしかったので、名前だけでも、と思い、番外編的に少し触れたいと思います。カイハン・カルホールとシアマック・アガエイ。いずれもまだ若いペルシア音楽の演奏者です。

e0063212_0262338.gif
カルホールは、カマンチェというバイオリンの祖先にあたる楽器の奏者。NHKの新シルクロードの音楽を担当していたヨーヨー・マ&ザ・シルクロード・アンサンブルのメンバーです。

アガエイはピアノの祖先にあたるような楽器サントゥールの奏者。同じくマのアンサンブルに参加していました。この二人のアコースティック・デュオが圧巻!超絶!

こういう系統の音楽は、紹介や前ふりなどなく、いきなり始まります。そして1曲がひたすら長く、途中のおしゃべりもなし。いつ終わるともなく続きます。今回のデュオは、なんと演奏1曲だけ。しかも1時間超。奏者は、ときにはハリケーンのように激しく、ときには草原の草が揺れるように静かに、楽器を奏で続けます。観客はため息をつく間もなく、息を飲んだまま。気がついたら1時間以上も経っていた、、そんな濃密な陶酔の時間。

主役はカルホールさんですが、私が陶酔したのはアガエイさんのサントゥール。木琴のような鉄琴のようなハープのようなピアノのような、いや、そのどれでもない、驚くべき繊細な音と緻密な構成。そしてまるで絨毯を織るようにしなやかに動く指<。その音の世界は、流麗緻密なイスファハーンのモザイクタイル、繊細優美なペルシア絨毯、洗練されたミクロの世界・ペルシア細密画・・・それらを音にしたらこうなるのでは、という音でした。

e0063212_031203.gif
(「ABBASI FRIDAY MOSQUE」(『IRAN THE CRADLE OF CIVILIZATION』 より引用)

イランという国は、ただものではありません。こういう音楽(〜音楽家)は何百年で生まれるものではない、イランという国の何千年もの流れのなかのひとつの時間なのだろうと思わされます。

昨今の報道を見ていると、イランのイメージが危険なイスラム原理主義の国という方向に傾くのも無理からぬところがあります。でもこのような演奏を10分でも聴けば、印象は変わるのではないでしょうか。五感で受け止めるものは強いのです。今はたくさんの細分化したメディアがあるのですから、もう少しこういう音楽が紹介されてもいいように思います。

e0063212_0264455.gif


今回の機会を作ってくれたのは、「ラマダンの夜」というコンサート@シアターコクーン(東京・渋谷)。

「売り上げ至上の音楽でも、芸術に閉じこもった音楽でもない。喜怒哀楽から生まれた人間の音楽を心ゆくまで楽しみたい。別の見方を確保するために、もうひとつの世界を夢見るために」という主催者のメッセージ。「オリエントの音楽を聴くこと、それは五感の解放と鋭敏な知性のアンサンブルだ」とも。

シアターコクーンはほぼ満員。カッワーリのファイズ・アリー・ファイズも、「アリー」の声が飛び、お札が舞い、大変な盛り上がりを見せていました。こういうマイナーともいえる音楽を聴く人たちが少なからずいて、しかも熱心であることに感心すると同時に、数十年にわたり着実にオリエントの音楽を提供してきた方々がいることに感謝しました。

私たちが慣れ親しんできた欧米の音楽とは異なる音の世界。いえ、音だけではなく、このブログのメインであるタイル、そして建築や映画、絵画、染織など、もしも機会がありましたら、そんな「もうひとつの世界」に浸ってみませんか。日本とは大きく異なる社会や風土でありながら、日本人の心性に、琴線に触れるものがきっとあると思います。ラマダンの夜に。

*音楽家の写真、パンフ等は、コンサート冊子より引用。

**コンサートの写真、ステージ上の絨緞をコーディネートしたTRIBEさんのブログで見られます。照明のかげんで本当に空飛ぶ絨緞の上のふたりに見えました。美しいコンサートでした。
by orientlibrary | 2006-10-04 00:41 | 至高の美イランのタイル

ユーラシアの空の下 花咲くタイルたち

このところパルメットをはじめとする植物文様について調べていた私にうれしい展覧会。古代オリエント博物館(東京・池袋)で開催が始まったばかりの『シルクロード 華麗なる植物文様の世界』展(11月26日まで)です。

e0063212_1494051.gif

「シルクロードからジパングへ。葡萄唐草・蓮・牡丹・柘榴、百花繚乱」というコピーにもあるように、エジプトから地中海世界、西アジア、南アジア・東南アジア、東アジアまで、広範囲にわたって花や葉の文様を見比べることができました。

パルメットに関しては「椰子と言われているが諸説ある」という解説がありました。時代や地域のなかで複雑化しているようなので、私もこのへんでパルメットは納得しておきたいと思います。

展覧会の中で気になったのは、もちろんタイルです。ポスター等のキーヴィジュアルも、16世紀オスマン朝(イズニク)の「花唐草タイル」でした。こういう華やかな花模様は白地の絵付けが映えますね。

e0063212_151421.gif


そして今回のいちばんのお気に入りは、イルハーン朝の夏の宮殿タフテ・ソレイマーンの「ラスター彩鳳凰文」。鳳凰のコバルトブルー&ターコイズブルーがたまりません。個人的にはラスターの玉虫色よりも好き。鳳凰も伸びやかで勢いがあります。上の植物文様も何の花とはいえないけれど、バランスが良くて落ち着いた帯になっていると思います。

e0063212_1523478.gif


イランの文様には動物や人物が描かれるものがけっこうあります。「緑釉動物文タイル」は12〜13世紀イランのものというクレジット。宮殿の壁面なのでしょうか。気になります。唐草も動物も躍動感があって動き出しそう。でも実物は色が枯れていて、その味わいが良かったです。

e0063212_1533751.gif


18世紀のオスマン朝シリア・ダマスカスの「多彩糸杉文タイル」。シリアのタイルでよく見る糸杉とチューリップの組み合わせです。シリアのタイルは、この糸杉以外でも染付のような白地に青の植物文様が多く、オスマン朝イズニクのブルーの花模様と似た印象を受けます。でもどこか可愛らしさがある感じで、中東の匂いがします。

e0063212_154172.gif


トルコのイズニクというと、やはりこの赤を連想しますよね。「多彩唐草文タイル」は16世紀後半。イズニク最盛期の唐草です。細かな動きが表現されています。これはモザイクではむつかしい。絵付け、モザイク、それぞれの持ち味ですね。

この他、土族orientlibraryが足を止めて見入っていたのは、イラン・スーサの「彩釉煉瓦」や、ペルセポリスの「石灰岩装飾浮彫」のロゼッタ文様。伸びやかで華があります。

瓦の軒先を飾る軒丸瓦と言われるもの。瓦なので中国と日本のもの。そのせいか蓮華文様と唐草中心でした。日本のものには忍冬もありました。建築の中にもたくさんの植物が咲いています。じつはこの軒丸瓦、モンゴルで面白いものを見たので、いつか写真を載せたいと思っています。また、中国のレンガ「墫(せん)」も展示されていましたが、このあたりもいつか記事にしたいと思っています。タイル(レンガ)界も意外と広いんです!

*写真はすべて展覧会図録より引用させていただきました。
by orientlibrary | 2006-10-01 01:54 | タイルのデザインと技法