イスラムアート紀行

orientlib.exblog.jp

<   2005年 12月 ( 12 )   > この月の画像一覧

来年もタイルに夢中、な”orientlibrary”をよろしく、です〜!

●今年も残すところ、あと数日となりました。ブログを初めて約4ヶ月。イスラム美術、ユーラシアの各地域、民族、建築、暮らしなどの様々なブログの方々と交流したり、コメントをやりとりするのは、とても新鮮で楽しいことでした。いくつになっても新しいことはできるし、好きなことが深まっていくことほど楽しいことはない、そんなことを体感した毎日でした。

●イスラムタイルのブログ、最初の写真はこれにしよう、と思っていたもの。タイル界ではマイナーかもしれないけど、とても好きな蒼のタイル・・・でもどうしでも操作がうまくできなくて、載せられませんでした。ばーっと!!今ならできます(そんな大げさな・・・)。これです、聖者廟「ビービー・シャビンディー」(ウッチュ・パキスタン)。蒼穹の空に輝く青と蒼のタイル

e0063212_18408.gif


●9月の掲載でも少し述べていますが、聖者廟「ビービー・シャビンディー」は1493年に建てられましたが、その後、洪水で崩壊し土塁とともに流されました。現在残っているのはその半壊した姿(後ろ部分が、ない)で、どこかあっけらかんとした独特の空気を漂わせています。

●ビービー・シャビンディーは基本的には、ムルタンの聖者廟「シャー・ルクネ・アーラム」の模造として作られました。煉瓦造の八角形のプランで、王冠を模した尖塔には愛らしい印象もあります。そして、壁面を覆う青、蒼、白のくっきりとした施釉タイル!煉瓦の茶色や漆喰の白との対比が鮮やかで、大胆なデザインが映えます

●さてさて、タイルや絨毯とたくさん出会った今年、本当にいろんな方に感謝!です。来年はも〜っと中央アジアや遊牧文化に迫ります。年内はこの回でしばらくお休みし、来年は1月7日頃に開始予定です。(日本より寒そうなところに、ちょこっと出かけてきます)。来年もどうぞ&どうぞよろしくです〜!!

●では、かわいいカンボジア(アンコールワット)の少女から年賀のご挨拶。
e0063212_191872.gif

     「あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしく〜!」
by orientlibrary | 2005-12-29 01:21 | タイルのデザインと技法

部族絨毯を愛する会、イラクの絨毯に会いに行く

●愛する絨毯を求めてどこまでも、「部族絨毯を愛する会」、今回はイスラム美術〜西アジアの服飾文化の専門家D先生のお宅にうかがいました。建築雑誌に登場しそうな素敵なお家に、デーツ(なつめやし)やらカンボジアンデザートやらを携えて、どやどやとお邪魔したのです。年末の忙しい時期、迎え入れてくださった先生に感謝! どうもありがとうございました。

e0063212_0572473.gif


●メンバーは、【トルクメンに魅せられた紳士な化学者、M氏】【M氏をあたたかく(時にはきびしく?)見守るM夫人】【アジアの布コレクター(夏にみんなで押しかけて拝見した素晴らしいコレクション)、刺繍家のMMさん】【元サーファー転じて、西アジアの砂漠を絨毯求め駆け巡るサンダー(雷じゃないです、砂乗りの意)Sさん】【イタリアで絨毯修復を学んだ才色兼備、絨毯界のマドンナSさん】【西南アジアの音楽と図像を探し求めて山岳地帯から孤島まで、スカラーMさん】【絨毯好きが嵩じて自らも織り手に転じ難解な模様にも果敢に挑戦する絨毯エンシュージアスト(夢中人)Tさん】という濃い面々。

e0063212_0553834.gif


●まずD先生が見せてくださったのは、イラクの刺繍。明るくカラフルで自由な柄が楽しい。鳥や動物や花がたくさん。見ているとだんだん形が見えてくるのが、こういう柄の面白さ。どういう部族のどんな精神世界が表されているのかな。

●続いて、イラクの絨毯。バラの花模様のキリム(コメント1番めのtribeさんが詳しい説明をしてくださいましたのでご参照ください)は華やかで強い美しさ。一方、縞のキリムはモダンで粋。イラクを巡る報道は暗い気持ちになるものばかり。こんなに手仕事が豊かな人たちなのに。とても悲しく残念。

e0063212_0562361.gif


●私は絨毯は発展途上人以前の原始段階なので、絨毯好きの面々の行動を見ているのが好き。とにかく触る。裏を見る。織りの構造を読む。土(ツチ)族は土ものを嘗めたりするけど、絨毯はさすがにそこまではしないようだが、人目がない場合は・・・?そんな勢いがあります・・

●続いてM氏のトルクメン絨毯のお話。トルクメンは、印象的な濃い赤色に黒や茶色などの「ギュル」と呼ばれる模様を織り込んだ密度の高い絨毯で有名。ヨーロッパなどにファンが多く市場が形成されており、一部の絨毯は数百万円レベルの価格だとか・・。知的、芸術的な男性が熱狂的に好きになることが多いみたいだ。絨毯原始人の私には、ちょっと読み解くのがむつかしい。もっとたくさん絨毯を見たら、だんだんわかってくるのかもしれない。そんなことを思いながら皆さんの話を聞く。先生のご専門である美術館の展示の話でも盛り上がった。

e0063212_056563.gif


●このように人と話をさせてもらうことが、私の勉強。D先生、皆さん、ありがとうございました。日の暮れた海沿いの道を、わいわいと帰った楽しい一日でした。流浪の集まり「部族絨毯を愛する会」、次回はどこへ?!あなたの街へ?!

*写真は、上から順に 1:裏をじっくり見る 2:イラクの刺繍の一部(部族名は不明) 3:バラの花模様のキリム(イランのクルド族ではないかとSさん=下記コメント) 4:絨毯を拝見する面々  
「イランという国で」さんの,12月25日、26日、「カシャーンの絨毯」について詳細に報告されています。大変貴重なレポートだと思います。 
by orientlibrary | 2005-12-26 01:24 | 絨緞/天幕/布/衣装

「ちゃんちゃらおかしいぜ」 ブランドとしての”ロハス”

●先日、腑に落ちない記事を読みました。「空気清浄機や食器洗い器の広告に“ロハス”という言葉を使っているシャープに対して、“ロハス(LOHAS)”の商標権を持つトド・プレスが警告文を出す予定」というものです(日経MJ)。はあ!ロハス(LOHAS)の商標権だあ?いつからロハスがブランドになったのさ?! ・・・とっくの昔になってました

e0063212_1503058.jpg
ロハス=LOHASは「Lifestile of Health And Sustainability」=健康と環境に配慮した暮らし方を意味する英語の頭文字をとった造語です。もともとは1998年にアメリカの社会学者らが新しい人々のあり方として提唱した概念。このところ、雑誌や広告などで目にしたり聞いたりすることのある言葉ではあります。

●でも、もともとはひとつの「考え方」。言わんとしていること自体は結構なことで、何も文句をいうものでもありません。ただ、当初から何となく釈然としない思いがありました。そう思っていた人、意外と多かったのでは?・・・何か匂う、と

ロハスは去年から、衣料や食品などほとんどの商品領域でガンガン商標登録されていました。詳しくはここに。大半はトド・プレスと三井物産が権利を獲得しています。トド・プレスとは、ロハスの特集で部数を劇的に伸ばした雑誌『ソトコト』(世界初の環境ファッションマガジンとのこと)を発行する木楽舎のグループ会社。そして、『ソトコト』の編集長は、雑誌『ブルータス』の編集やテレビ番組「ワーズワースの庭」に関わったO氏です。“スローライフ”って声高に言ってるわりには、やること早いんじゃないの?

●で、彼のインタビュー。「今、いちばんおしゃれな生き方を考えると、そういうLOHAS的な生き方なんじゃないかと思う。つまり、環境コンシャスってことが、今いちばんおしゃれなんじゃないかと思うんだよね」(WEBフォーラム「もっと地球と話そう」より)。全文はこちら。パロディかとも思うけど、シャープに文句言ってるとこみると、マジみたいですね。いわく、「"LOHASはなんでもあり!"みたいな感じになるとLOHASの持つ価値はなくなって、ただの消費のキーワードになってしまうので、いい意味でLOHASを使用してもらえるよう考えていきたい」(NaYOGABlogより)。

●なんでもありにしてるのは誰?消費のキーワードになってしまう?だいたいが本来の概念を普及しようって気があるのか、おおいに疑わしい。

●企業というのは商品(含むサービス)を販売して利益を得ていかないと食べていけない。そのためには何らかの訴えかけが必要なわけで、飽きっぽい日本の消費者には麻薬のように新しい言葉(アピール)が必要です。

●だから、これがイケる、となるとみんなそれを使う。私も企画や調査という領域で仕事をし、ものを書いたりもしてきました。「どうすればもっとも伝わるか」を考えるのが仕事であり、考えて形にしていくことが好きです。

●では私も同類、同罪なんだろうか。自分のことで、うまく言えないけど、私は少なくとも環境を食い物にするのはイヤだ。人の持つ弱いところにつけ込むようなことはイヤだ。伝えたい内容が違う。方法が違う。発想としてはわかるだけに、すごく嫌悪感がある。でも、自分も自戒しないといけません。これからはもっと自分の関心に近いところで、本当に伝えたいことを、本気でやっていこうと思っています。

●今考えてる「遊牧民的な暮らし方」について、コンタクトをとらせて頂いたNさんからメールが届きました。Nさんは今、北海道で自分で家を建てています。モンゴルのエキスパートであり、南シベリアでトナカイ遊牧民といっしょに越冬もしたNさん、

●「必要最低限の状況で、最大最高の住環境を作るためには、基本的に、まずは人間が欲望を抑制しなければならないのだということがよくわかりました」として、「そういった意味で “ロハス”なんて言っても、めいいっぱい従来の物質文化を基盤にした“ちゃんちゃらおかしいぜ”ってのにしか聞こえないんです」。そう、ちゃんちゃらおかしいぜ、ですよね!Nさん、どうもありがとうございました。
e0063212_1511735.jpg

*写真は、(上)モロッコ・フェズ、中世の面影を残す街、(下)モロッコ・威勢のいいバザールの魚屋さん。並べ方にもお国柄。国王の写真あり
by orientlibrary | 2005-12-22 01:53 | 日本のいいもの・光景

フーディアムとモロッコのバザール 

 
e0063212_0352277.jpg
 
私にとってのイスラム圏の楽しさのひとつはバザール。狭い通路にぎっしり並んだ店、香辛料の匂い、お店の人の威勢のいい声、地元ならではの特徴ある商品の数々、高く積み上げたり色を工夫したりのエキサイティングな演出、迷路のように入り組んだレイアウト、店の人と客との丁々発止のやりとり。

 
e0063212_0363031.jpg

ちょっとコワいけど、わくわくする。濃い。簡便かつ洗練された日本の流通業にはもう薄い、買い物の原初的な楽しみみたいなものが、まだあるように思う。(でも大型店がない暮らしは不便さもあるかも。旅行者にはサイコーなんだけどなあ。)

*写真は、(上)モロッコの鶏売りのおじいさん、商品の鮮度は抜群!!、(下)モロッコ・マラケシュ・フナ広場。数百もの屋台が軒を連ねており、ケバブ、タジン、クスクスなどのモロッカンフードが気軽に食べられる。蛇使いなどの大道芸人もたくさんいて、怪しくも楽しい雰囲気。夕暮れ、立ち上る湯気やおいしそうな匂いに誘われて、だんだんと人が集まってきた。お店の人たちは白の上着。夜目に目立つから?!(写真全体が暗いので写真をクリックして拡大して見て頂いた方が雰囲気伝わりそう。女性の表情とか・・・)
by orientlibrary | 2005-12-20 00:55 | 中東/西アジア

モンゴル料理でほかほか忘年会

アイン、ガイン。アラビア語、アルファベットさえ忘れ果てた第1次挫折中の私をも、おおらかに迎えてくださるアラビア語教室の先生&生徒のみなさん(=ハムザ同盟)。しゅくらん!!そんなわけで、モンゴル料理で有名な巣鴨の「シリンゴル」で忘年会。アラブだけどモンゴル、世界は兄弟。(次回はレバノン料理?イラン料理?)
e0063212_21445556.gif

●ばーっと、、、さあ料理写真!と思って撮ったもの、そして先日、東京ジャーミーで張り切って撮ったもの・・・ なんとミスでほとんど消してしまったんだあああ!!!あああ・・・今年最後のドジか?!まだあるのか?!うえ〜〜ん・・・(超哀) かろうじて残った写真、これじゃなんのことか、さっぱりわかりませんよねえ・・・

e0063212_21462426.gif
●湯気でぼやけているのは「チャンサンマハ」=骨付き塩ゆで羊肉=骨の中の骨髄は美容によいコラーゲン。何とか映っているのは「ボーブ」=揚げパン、岩塩=嘗めると甘みがあって深い味。この他、「バンシ」=水餃子、「ボーズ」=蒸し饅頭、「ゴルリンホール」=肉うどんなど、ほんわか食べやすい味が満載。「羊で始まり羊で終わる」と店頭に書いてあったので、少し恐れていましたが、バラエティがあってhappy。

●お酒は、馬乳酒ならぬ牛乳酒(ヨーグルトみたいで飲みやすかった)、モンゴルビール、アルヒ(ウオッカ)、チンギスハーン(ウオッカのブランド名)、コーリャン酒などなど。アルヒが強いけどうまいです。「スーテーツアイ」=バター茶みたいなモンゴルミルクティーは飲みやすくなっていておいしかった。馬頭琴やオルティンドー(歌唱)のライブもあって楽しめます。

e0063212_1524387.jpg
●しっかし、この写真じゃああまりに哀しいので、モンゴルで撮った写真掲載で補足します・・・お酒飲む人が多い、バーが多いという話が出たので、バーの写真。毛皮のディスプレーがステキかも

e0063212_21401100.jpg
そしてモンゴルといえば乳製品。「アロール」=チーズは堅くて酸っぱかった。でもモンゴルの味。

e0063212_21402042.jpg
●さらに、これぞ隠れた人気フード、松の実。老若男女大好きみたいで盛んに摂取されていた。日本の「柿の種」をあげたら、形が似ているせいか、前歯で割って実を出そうとしていた様子がまたキュートだった。忘年会シーズン、モンゴル食ネタでした。
by orientlibrary | 2005-12-18 22:01 | モンゴル

アイランド・ミステリー 少女が作るふしぎな形の正体は?!

e0063212_0133643.jpg


●さむい、さむい・・・・と言っていてもしょうがない。暑〜いところにれっつご!!こころだけでも、とろぴかる〜


●で、ビーチ。こちらのビーチにはかわいい女の子がいて、、、砂で何か作っています。なんでしょう〜?!









うわー、美形の女の子。あれれ、この子も同じ形のものを作っています。で、その後ろにも同じ形の物が、、、なんでしょう〜?!e0063212_0135925.jpg




●噴火した火山?燃え上がる炎?・・・ヒントは、インドネシア、中部ジャワ、ヒンドウー寺院


●そうです、プランバナン寺院↓(世界遺産)。9世紀建立と言われるヒンドゥー教寺院群。こどもたち、小さい頃から見慣れた形を作るんだなあ。まあ、すごく印象の強い形ではありますけどね・・・
e0063212_0141434.jpg


●インドネシアは現在はイスラムの国ですが、ジャワ島には有名な仏教遺跡ボロブドウールもあります。いずれも仏教とヒンドウーがミッスクして独特。でも正直、私はブランバナンやボロブドウールはあんまりピンとこなかった。MYお薦めはディエン高原や雲の上の寺院、スクー寺院、チュト寺院です。中部ジャワは自然がいいなあ
by orientlibrary | 2005-12-17 00:28 | 東南アジア/極東

タイルににじみ出る インド・イスラムのDNA?!?

●今日は超〜!まじめに!研究編です〜!前回、久しぶりにラホールの写真を開いて、ムガル、ムガルと騒いでいた頃の私を思い出しました。<ムガル=インド(国)×イスラム(宗教)×中央アジア(出自)×ペルシャ(文化的影響)=好きなテイスト>って感じで。端正なタージマハル、優雅なムガルガーデン、華麗な植物模様、繊細な更紗、優美な工芸。インド・イスラムには、本当に美しいものがたくさんあります。そう思うと、やはりラホールのタイルだけでは片手落ちのような気がしてきました。

e0063212_2552477.jpg


●写真(上)は、ラジャスターンの宮殿をホテルにした「サマードパレス」の広間〜廊下に描かれた壁画の花模様。壁画には、地面から立ち上がる草花や灌木、風になびく花木、樹木などのさまざまな植物模様、そして鳥、アラベスクなどが、隙間なく描かれています。ムガルです。

●前回記事のラホールのタイルのモチーフはこのような壁画と重なります。しかし、残念ながら色の組み合わせにちぐはぐ感があるのは否めないと思います。

●写真(中)は、タージマハルの優美さを象徴する貴石、色石の象嵌です。真っ白の大理石に刻まれた可憐な花模様やアラベスクこそ、ムガルの工芸の神髄だと思います。

●そして前回気がついたのは、ムガルのタイルはこの象嵌の手法にのっとって作られたのではないかということ。時代的にはタージマハルはラホールの建造物より10〜20年くらい後(1654)なのですが、それ以前からアグラの建造物に象嵌は見られ(1626/イティマード・アッタウラ廟)、それはラホール・フォートのタイル装飾(1631)よりも前になります。

e0063212_2562527.jpg


●インド建築について数々の名著を書いていらっしゃる神谷武夫さんによると、「インドの主要な建築は石造であるにもかかわらず、木造的な原理で建てられている」「インド建築は木造起源であって、中世に石造建築が主流になってもなお、木造的な架構と表現に執着した」「石を木のように使い続けた」と分析(神谷さんHPより)されています。

ラホールのタイルは、ムガルの壁画を象嵌の感覚で作ったように思えます。写真(下)は、ウズベキスタンの「アブドウアリアジズハーン」のマドラサのモザイクタイル装飾(1651)で、ムガルインドの影響を受けて作られたものです。また、ムルタンでもラホールの影響の花模様のタイルが見られます。でも、何か違う。

e0063212_258776.jpg


●ウズベクのタイルは密度があり精緻で、いかにもタイルモザイクだし、ムルタンのものはいわゆる絵付けタイルで、一枚のタイルに絵を描いたものです。つまり、もともとの花模様をタイルで表現するには、タイルなりの手法があったのではないでしょうか。それをラホールでは、象嵌的なものを引きずっておこなったような気がします。

●そこに、神谷先生が指摘されるような、インドの「体にしみこんだ美感覚の方が重要」というような独自の感性が反映したのか。それともタイルや陶芸の技術や土、焼成温度の限界があったのか??

しかーし!!(正気にかえって)、ド素人の私の浅薄な推測です。学術的裏付けは、いつものようにありません。こういうのって、いつか赤面なんだろうなあ・・・でも、気になって見比べてしまうんですよね。これが「業」ってものでしょうかあ?!かるま。

*写真は、(上)サマードパレス壁画(奥行きがなく、こんな角度でしか撮れなかった)、(中)タージマハルの花模様の象嵌(『TAJMAHAL』/ABBEVILEEPUBLISHINGより引用)、(下)ムガルの影響を受けたウズベキスタンのタイルモザイク例(『The Art of the Islamic Tiles』/Flammarionより引用)
by orientlibrary | 2005-12-15 03:14 | ムルタン・蒼のタイル

パンジャーブに咲く ムガルの花々

[タイルフォト・ギャラリー(15)「ラホール・フォート」(ラホール)]

ナマステ!インド・パキスタン編です。スタートは“カッワーリ”。カッワーリは、私がイスラム圏に興味を持ち始めたきっかけとしてはずせません。あれは92年の春のこと。友だちが「絶対いいから。とにかくチケット買っとくね」と強烈リコメンドしたのが「ヌスラット・ファテ・アリー・ハーン」のコンサート。パキスタンだけでなくヨーロッパなどでも熱狂的な支持を得ていたカッワーリの名手、2度目の来日、ということは後で知りました。

e0063212_2504395.gif


カッワーリとは、イスラム神秘主義(スーフィズム)と関連する宗教音楽。(今ネットで調べていて「スーフィー族の宗教音楽」と説明しているものがあったけど・・・族って言うかあ?!)。宗教的陶酔の中て神との一体感を感じるというはじめて聴く未知の音楽世界。戸惑う間もなく、最初からガツーンと衝撃、あとはひたすら浸り感じるのみ。パンフレットには「聴衆を10分で金縛り状態にした」とあったけど、まさにそんな感じでした。

ヌスラットは97年8月に亡くなったんだけど、そのとき私はデリーのあるお家にステイしていて、新聞でその記事を発見。驚いていると、パンジャーブ(現在のパキスタン、カッワーリの盛んな地域)出身のお母さんは、私がヌスラットを知っていることが意外そう&少し嬉しそうでした。

印パ分離独立のとき、大変な思いをして逃げてきた世代だけに、あまり語らないけれど故郷への思いは強いのかもしれません。そのあと買い物に出かけたお母さんは、なんとヌスラットのCDをプレゼントしてくれました。当時、インドではCDはすごく高かった。そしてそのCD、じつは私は持っていた。でも本当にうれしくありがたかった。

e0063212_250941.jpg


そんなこともあって、パンジャーブということばを聞いただけで、心が動きます。その州都がラホール。12世紀にはアフガニスタン・カズニ朝の都として、16〜17世紀にはムガル帝国の首都として様々な建築物が作られた街。

ラホール・フォートは、ムガルの歴代皇帝が増築を重ね拡大。1631年に完成。全体はレンガ造で、外の壁にはカラフルなタイル装飾があります。石がメインのインドでは見られない貴重なタイル装飾です。けれども他のイスラム圏のタイルとは、ずいぶん雰囲気が違います。地域的に近いムルタンのタイルとも全然違います。まぎれもない「ムガル・テイスト」なのです。

建築大好き皇帝シャー・ジャハーンはあのタージ・マハルを建てた人。彼の時代に、やはりラホール・フォートも拡充されています。モザイクタイル装飾もその時代のもの。テーマはムガルらしい可憐な植物や宮廷の暮らし、軍隊の行進や象の戦い、ポロの試合など。これらは当時絶頂期にあった宮殿の壁画絵画のタイル装飾版といえるのですが、色の種類が絵画と比べて限定的であり、それが非現実的な印象を与えています。

e0063212_2514041.jpg


タイルはイスラム美術の華であり、ムガル皇帝が始祖と仰ぐティムールの時代に花開いた建築文化。建築オタクのシャー・ジャハーンももちろんがんばったのでしょうが、やはりインドは他の建材が豊富なので土ものが盛んではなく、タイルには彼のオタクぶりが発揮されていないように見えます。

華やかだけど、なんかちぐはぐな感じもあって、あのタージ・マハルの完璧な美と比べると、ちょっとラフ?どちらかというと象嵌に近い感じ?それでも、タイルとイスラムアートと、そしてインドが好きな私には貴重な例。ユニークだな、と思いながら見ています。

*写真は、(上)宗教的雰囲気のあるラホールの街と人、(中)ラホール・フォート外壁面モザイクタイル装飾ディテール、(下)同、ムガルテイストの花模様。西洋のハーブの雰囲気を漂わす
by orientlibrary | 2005-12-13 02:53 | ムルタン・蒼のタイル

寒い日には・・・ナマステ INDIA!

●急に寒くなって、ちょっと風邪気味で太極拳もお休みしてしまいました(淋)。こんなときには、暑いところが気になる。ギラギラと照りつける太陽を思い出して、元気をもり立てていきたくなる(誕生日が“大暑”です・・・)。そこで、南インド。

e0063212_1948589.jpg

●イスラム圏LOVE!!の私、でもインドの多様さと深さにも魅せられています。ラジャースターンなど西の方に2回と南のタミル・ナードウー州、北のヒマーチャル・プラディーシュ州に行ったけど、もう全然足りない。30回くらい行きたい

●タミル・ナードウー州のチタンバラム、ナタラージャ(踊るシヴァ神)寺院は12〜13世紀(チョーラ朝)建立のヒンドウー寺院。巨大化した門の壁面には神々の彫刻が隙間なく施されています。イスラムの静謐さ、端正さと正反対のようなヒンドウー建築の豊穣。しかも石造。本来は私は苦手なはず。でも現地に立つとそのパワーに圧倒されます。素直にすごいと思います。

●彫刻にも、門前の店にも、神様が渋谷のセンター街並の混雑状態でぎっしり。ほんとうに神様だらけなのに、全体としてみると、すごく人間臭い。神様と人間が一体になっている、その「なんでもあり」の感じもまた、好きなのです。イスラム美術自体は至高のものを目指して優雅で洗練されているのですが、私はその中でも中央アジアなどの生命力のあふれるものが好き。至高の手仕事とも言えるものが。

e0063212_19503023.gif

●南インドはヴェジタリアンメニューも豊富で、チャイはもう、どこで飲んでもおいしかった。屋台のスナック(特にドウサ)なんかも旨い。町なかのレストランのターリー(定食)は塩付き。力仕事が多いから?暑いから?そしてその塩はどこから?



e0063212_19494415.gif



海岸沿いに塩田が長く続きます。蒸し暑いなかで、サリー姿の女性たちが働いていました。どんなにかきつい労働だろうと思うけれど、カメラを向けるニコッとしてくれました。たくましい。とてもかなわない。



e0063212_1950473.gif
*写真は、(上)ナタラージャ寺院の神様たち、南方系イケメンの雰囲気、(中左)塩田の女性たち、インドの女性は働く時もカラフルなサリー姿なので写真に撮りたくなる、(中右)塩田の塩の集積所みたいなところ、(下)ジモティ向け(ローカル)の定食と塩(黄色い矢印)。数種類のカレーにヨーグルト、ピクルス、チャパティの下にライス(炭水化物系はおかわり自由)。バナナの葉の皿の方が雰囲気いいです。またいつか掲載します。南インドもフォトジニックだと思うなあ。
by orientlibrary | 2005-12-09 20:10 | インド/パキスタン

聖なるブハラ 太陽に向かう鳥

「ナディル・ディヴァン・ベギのマドラサ」(ブハラ)

「生きている、湧いている、大きな眼である太陽」・・・“ブハラ”という名前をはじめて意識したのは、94年に開催された「中央アジア映画祭」(国際交流基金)で「聖なるブハラ」という映画を観たとき。サディコフというウズベキスタンの監督の、重さのある幻想的な世界にショックを受けました。

e0063212_184098.jpg


91年にソ連から独立した中央アジア5カ国は、思い起こせば、この頃にようやく語られ始めたと思います。映画祭のパンフレットは「中央アジアの基礎知識」から始まり、チラシには「世界の映画史に急浮上する中央アジア映画群」と記されています。私もまったく白紙の状態で観ただけに、ほんとにドカンときましたね〜・・・

中央アジアの映画は、1920年代から30年代盛んだったソ連の映画製作から学び、「映画という製品を生産する工場」として各共和国に撮影所が設置されていたといいます。サディコフ監督はタルコフスキーやエイゼンシュタインの弟子など大物に師事。しかし検閲はきびしく、幻想的なサディコフ作品は何度も没収や上映禁止の憂き目にあっています。

前置きが長くなりました。今日のタイルはブハラの幻想的な鳥と太陽のタイルです。1622年に建造された「ナディル・ディヴァン・ベギのマドラサ(神学校)」のファサード・アーチの上部を飾る大胆な模様。タイル自体は近年修復されたものでピカピカした印象ですが、図案はオリジナルであり、勢いがあります。

e0063212_0552661.jpg


抽象的な文様しかないと思われているイスラムデザインですが、サマルカンドにはライオンの絵柄もあるし、イランなどには人物を描いたタイルがたくさんあります。このタイルの鳥は架空のもので、左右から太陽に向かっています。コバルトブルーの中の瑞々しい緑色が見事です。そして太陽の中には人間の顔が。太陽、、、そこでフラッシュバックでよみがえった記憶が、「聖なるブハラ」とサディコフ監督でした。

冒頭の一節は、ブハラ生まれのサディコフ監督が「中央アジアでは詩の言葉で語る」として紹介した一千年前のウズベキスタンの詩(映画祭パンフレットより)。

紀元前1世紀からの歴史があると言われているブハラは、7世紀にはイラン系ソグド人の都市国家が成立、その後イスラム化が始まり商業都市として繁栄、イラン文化の中心地に。15世紀にはウズベク族によりブハラ・ハン国の首都となり、またイスラム教学の中心地として多くのイスラム教徒が巡礼に訪れる街として「聖なるブハラ」と呼ばれるようになりました。

19世紀後半には帝政ロシアの植民地に、そして91年にソ連から独立、、、ということになりますが、ブハラでは1920年代まだイラン系のタジク語がウズベク語よりも優位だったというように、イラン的色彩の濃さを感じさせます。

e0063212_145229.jpg


そこで、タイルでの関連を調べてみると、こんなのがありました。イラン・ケルマンの「金曜モスク」(1359)。エントランス・タイル装飾には2羽の孔雀と花瓶の図柄が。構図に共通点を感じます。

ブハラは、ゾロアスター教、イスラム教などの様々な宗教、文化、民族が交錯し育層にも重なり合う街。タイルを見るたびに、現在の国境の感覚から物事を見てしまう想像力の貧しさを感じています。

*写真は、(上)赤い布に映えるブハラの実り、葡萄、(中)ナディル・ディヴァン・ベギのマドラサ・ファサード、(下)イラン・ケルマン・金曜モスクのタイル装飾(『The Art of the Islamic Tiles』 / Flammarionより引用)
by orientlibrary | 2005-12-07 01:20 | ウズベキスタンのタイルと陶芸