イスラムアート紀行

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宮殿のタイル、ハレムのタイル

[タイルフォト・ギャラリー(12)「トプカプ宮殿」(イスタンブール)]

トコトコと機嫌良く出かけた先は定休日、、、がっくり・・・だけどさすが年の功、タダでは帰らない。何かを感じてあたりを見回すと、そ、そこには、なんとトルコのタイルが。そして黒々と記されていたのは「HAREM」の文字。おやあ、東京にハレムがあったんですか?!・・・どうやらトルコ料理のレストランのようですね。これまで見過ごしていたみたい。定休日に出かけるというドジでタイルに会うとは、これもご縁。そんなわけで今日は、お待ちかねの(誰が?)ハレム特集です〜。

e0063212_215763.gif(←青山で見かけたレストラン入り口付近のタイル)
 
ハレムといえば、イスタンブール・トプカプ宮殿のハレムが有名。私はトプカプ宮殿の中では、華美すぎない「バグダッド・キオスク」の青のタイルが好き。ハレムは確かにタイルはきれいだけど、女性の部屋の狭さに驚いたのと、全体に暗くてジメッとしていて、あまりいい印象はない。だから調べたこともない。で、この機会に本などをチェック!

まず「ハレム」はアラビア語。トルコの人は「ダルュッサーデ」=「至福の家」という言葉を使っているそうだ。トプカプ宮殿では、スルタン・セリム2世とムラト3世の時代に部屋数400まで拡張され、16世紀末までに「スルタンのハレム」が完成。17世紀になると皇子たちが取り巻きと一緒にハレムに留まったため人数がどんどん増加。19世紀までそのような状態が続いたという。

様々な民族の女性の数、300人。序列についての記述を簡略化すると、「アジェミ」(新参者)→「ジャーリエ」(愛人)→「カルファまたはウスク」(ジャーリエの中の熟練者)→「ギョズデまたはイクバル」(スルタンの寵愛を受けた愛人)→「カドウン・エフェンディ」(スルタンの子を身ごもった女性)。

で、なんとスルタンにはこのカドウン・エフェンディが4〜7人いたという。さらに、ここで終わらないのがハレム。→「ハセキ」(カドウン・エフェンディのなかでスルタンが特に愛情をそそいだ女性)→「ハセキ・スルタン」(男児を出産したハセキ)・・・長い旅路、恐るべし。

e0063212_28413.gif(→トプカプ宮殿/スルタン・ムラト3世の広間/『トプカプ宮殿』オリエントLTDより引用)

トプカプ宮殿は、専有面積70万㎡という広さ(モナコ公国の半分に相当!)。トプカプとは「大砲の門」を意味する造語だという。1467年、金角湾の高台に完成した後、16世紀末にハレムを増築。1839年にボスフォラス海峡沿岸の「ドルマバフチェ」に移転するまで、公的な式典や国家行事のために使われた。数世紀を通じて、機能の異なる施設が増築されてきたことから、各時代の特徴を見ることができるのも魅力。

私は「スルタン・ムラト3世の広間」など、16世紀の頃のただずまいが好きだなあ。バロックとかロココとかが入ってくると私は苦手。退廃的な匂いを感じてしまう。18世紀にはさらに、ヨーロッパの影響で壁面はタイルよりも絵画になってくる。イスラムデザイン好きには辛い。

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(バグダッド・キオスクの壁面タイル)

素人の私の知る範囲だが、タイルに関しては、トルコ関係がいちばん書籍や資料が多いように思う。さらに街でもタイル写真のポストカードなどもたくさん売っているし、茶碗など陶器類も選択肢が多い。

タイルといえば、トルコ、イランという印象を維持しているのは強いなと思う。トルコのタイルは14〜17世紀の美しい壁面タイル、花模様や幾何学模様が有名。勢いのあるタイルを見るのはワクワク。そういう意味でも、退廃の香りを含むハレムのタイルはちょっと苦手というのが、今日の正直な結論です。
by orientlibrary | 2005-11-30 03:06 | 中東/西アジア

アフガニスタン、映画で伝える希望

アフガニスタンに行ってきました?! 大田区池上で開催された「アフガニスタン映画祭」。2時過ぎから9時まで、なんとアフガニスタン映画9本、うち1本はオムニバス、4本はドキュメンタリーというヘビーさ。プラス1時間のシンポジウムで、7時間まるごとアフガニスタン!

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映画は、60年代のものからタリバン政権崩壊後に作られたもの<。どれもずっしりと重く、近年から現在のアフガンを表現している。例えば・・・『シャブナム」=両親と家をなくしたが孤児院も満員で入れてもらえない少女、両親の墓に一個のリンゴを半分に割って乗せるシーンから始まる。

サクリファイス」=母親が残してくれたヤギを病気の弟のために生け贄に差し出さなければならない、宗教指導者が頑固。

石打ち刑」=悲惨このうえない。村のヤクザに暴行された未亡人が出産、石打ち刑を言い渡される、その上ヤクザは彼女の13歳の妹と無理やり結婚する。

ストレンジャー」=田舎で仲睦まじく暮らす夫婦、地主が外人の客人に聴かせるために歌のうまい妻に無理やり歌わせたことから悲劇が。

もっとも迫力があったのは、ドキュメンタリーの『パミールの大地」。高度3500〜4500mというパミール高原に住む人たちの暮らしや伝統を、今年の選挙前の時期に取材。アフガンのクルーでさえ初めて撮影に入った地域であり、大変貴重な映像。季節外れの大雪の投票日、村の人は選挙を楽しんでいたが、雪のためか女性の投票率は2%と低かった。
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長時間、重い映画を見続けたわけだが、けっして苦痛ではなかった。いずれもときには命を張って真摯に作られており、伝えたいものがずっしりとくる。アフガニスタンの自然や住まいなども垣間みられた。見る機会が持てたことに感謝している。

タリバン政権崩壊後、映画製作は大変活発になっているという。機材はソニーなどの小型デジタルビデオを使用し、Macなどで編集。フィルムと比べて制作費が半分から3分の1になり、このようなデジタル化が活発な映画製作の背景にあるようだ。また、映画は読み書きのできない子供などの教育にも役立っており、ユネスコなどの支援で多数製作されているという。

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印象的だったのは、ゲストで映画制作者であるアフガン・フィルムのラティフさんの、「映画は希望だ」という言葉。多くの製作者が国外に逃れていた時代を思うと、映画を作れること自体が喜びであり、メッセージを伝えられること、受け取れることが希望なのだ。

絶望的な内容の映画であっても、自由を求める気持ち、生命を愛おしむ気持ちが、迷いなく強く伝わる。エンタテイメントな映画とはまた違う、映画を見る喜びがあると思った。

*写真はパンフレットより引用
by orientlibrary | 2005-11-27 01:52 | ウイグル/アフガン

レンガだけで生み出した典雅な美 サーマーン廟

本郷の東洋文化研究所(東京大学)に、深見奈緒子さんの「イスラム建築」の講演>を聞きにいきました。キャンパスには、何やらこじゃれた建物も建ち「法人化した東大」をわかりやすくアピール。おしゃれな東大グッズを青山あたりのショップもびっくりのディスプレーで販売し、接客もこなれてお上手。「入試要項」が「ご自由にお持ちください」の箱に。そう言われても。。

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深見さんは十年くらい前にイランの建築の講座を聞いて以来のファン。3月に『世界のイスラーム建築』(講談社現代新書)を上梓され、豊富な現地調査に基づき多様なイスラム建築の事例をわかりやすい文章で紹介しています。

造詣の深い人ほど謙虚だなあと思わせる穏やかな語り口の先生。せっかくの機会なので、先日のウイグルのタイルやウイグルのイスラム建築について質問してみました。注目のその答えは!?

◇  ウイグルは中央アジアとのつながりが強い。カザフスタンの一部という印象だ。建築も中央アジアの影響を受けている
◇  しかし漢族の建物は中国のもの。木造で壁、瓦
◇  タイルは、アバ・ホージャ墳では確かに染付風や黄土色や緑も使われている。しかし14世紀にできたイーニンの廟などではシャー・イ・ジンダ廟と同様のタイルが使われている。またサファヴィー朝にも染付みたいなものがあるし、ヒヴァやコーカンドのタイルにも染付や黄土色や緑のものがある
◇  イルハーン朝の都だったスルタニエの遺跡「ビアール」には、石造の龍の浮き彫りがある。中国の影響だろうか
◇  中央アジアの建築は、中国と影響しあっている。そしてウイグルの建築は両方から影響を受けている。しかし、タイルに関して言えば、やはり磁器ではなく陶器なので、中央アジアの影響が大きいだろう

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なるほど、やはりユーラシアの東西からの影響を受けているんですね。そこで、中央アジアの影響という流れで、昨日の「日干しレンガ造・干し葡萄作り小屋」を彷彿とさせる?!ウズベキスタン・ブハラの「サーマーン廟」へとGO!『世界のイスラーム建築』の中にも「煉瓦に織り込まれた古拙の美」として紹介されていますよ〜。

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9世紀に建てられたこの廟は、10メートル四方の立方体にドーム屋根が乗ったもので、建物としてはこぶり。でもレンガだけでここまで変化をつけられるのかと驚く工芸品のようなディテールとデザイン感覚が見事。積み方や凹凸による陰影が、素朴ながら高度な装飾となっている。

『世界のイスラーム建築』によると・・・「焼成することによって耐久性を増した煉瓦は、建築表面を飾るために特別な形や細工を施すようになった。さらに皮膜材としての焼成煉瓦には、表面に色や光沢をつける釉薬が使われるようになる。こうしていわゆるタイル技法が成立するわけであるが、サーマーン廟は17世紀イスファハーンの青く輝くタイル文化の素地となる、工芸的な焼成煉瓦の装飾法を伝えている」・・・その後のタイル装飾につながるサーマーン廟、タイル界のクラシック!!当然、世界遺産です。
 
* 写真は、(上)(突然ですが・・)ウズベキスタンの特産品・綿花、(中)サーマーン廟・外観(『SAMARKAND BUKHARA KHIVA』 / Flammarionより引用)、(下)同・ディテール
by orientlibrary | 2005-11-25 02:12 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

いちタイルファン、カシュガルへの思い

●私はイスラム圏のデザインや建物がとても好きな、いちタイルファンです。若い頃はロック(音楽)や映画などを通じて欧米文化に親しみがありました。でもイスラム圏への旅行がきっかけで、しだいに西南アジア、中央アジア、中東などの文化や歴史に惹かれるようになりました。とくに引きつけられたのが、モスクなどを彩るモザイクタイルです。そしてタイルのもとである「土」にかかわるものに、どんどん魅せられていきました。

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●イラン、トルコのタイルは眩いばかりに美しく、緻密で優雅で繊細でした。そんな下地があったところに、ようやくシルクロードに行ける機会がやってきました。96年の春でした。期待したのは、やはりカシュガルです。そしてカシュガルは旅行者の私にとっては、本当にオアシスのようなところでした。

 ポプラの若葉をさわさわと揺らす風、吹き渡る緑の匂い
 りんりんと走り抜けるロバ車、鈴の音の余韻

 大地の色をした水がゆるゆると流れる川
 赤いドレスの少女、ポプラの間からするりと姿をあらわす
 濃い緑、ゆたかな水、甘い果実
 土色の街に鮮烈に映えるカラフルな衣装、バザールの雑踏
 芸人たちが奏でる音楽、広壮な祈りの場
 風の吹き渡る木陰、素朴だけれど都市の洗練を感じさせる造形

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●シルクロードの道沿いには、「葡萄を干す日干しレンガの小屋」が点在していました。風を通すための穴があいているだけの実用的な小屋。でもその土の味わいのある素朴な姿に、なぜだかとても惹かれました。私にとっては、レンガ造の廟として有名なブハラの「イスマイル・サマニ廟」に匹敵するくらい・・。 

●それからです、「土好き」が加速したのは。各地のタイルや建築を見ることに熱中し、関連情報がきわめて少ないなか、近い要素のある講座やセミナーを見つけ出して通いました(むりやり参加するケースも・・・)。本やテレビ番組なども参考になりました。「シルクロード(80年代版)」なども、もちろんそのひとつです。

●「新シルクロード」は、NHKの大々的な宣伝もあり、期待していた人も多かったのではないでしょうか。私も楽しみに待っていました。でも、すでに1回目から、私はかなり違和感を持ちました。(うろ覚えですが)中国のある男性が「魔鬼城」と言われるシルクロードの奥地に魅せられているという内容で、あれっ、中国の人の視点から始まるんだな、と思いました。中国の人が、魔界のような過酷な自然にいどんでいる姿、のような感じ。今から思えば、象徴的だった?!

●2回目はたしか壁画の再現で、まあきれいでしょう。でもそれだけ。あとはもう見る気なし。最近の「カラホト」再放送を偶然見て、現地の家族に密着はしているものの、なんか異常に暗く作っているなあと思いました。でもカラホトについて知識がないので、違和感持ったまま。で次が、あの陰陰滅滅カシュガル。

●(タイルファンの私がいちばんキツかったのは、土の街が貧しく遅れたものの象徴として描かれていたディテールですが・・)。登場したタバコ配達の青年,揚げパン売りの少年、スパイだったというおじいさん、踊りを観光客に見せて暮らしを支える少女、中国語を必死で勉強する小学生。どのエピソードも現実の一面なのでしょうが、表情の映し方ひとつで印象は変わります。全体を通して「過去も現在も未来も希望のない少数民族」「中国のなかで生きていくしかない」「自分の国のしもべであれ(わざわざことわざまで紹介)」という全体の脚本を構成するものとして位置づけられていたとしか思えません。

●そいいう脚本もあるでしょう。でもガックリするのは、とことん強調した「暗さ、絶望」が「この現実を知ってくれ」という、取材した相手への共感や思いから出ていたとは、とうてい思えないことです。きびしい現実も、それがあれば見る姿勢が違います。私がいちばんキツかったのは、相手への(ウイグルへの)、またその文化への尊敬が感じられなかったことです。音楽の紹介も、言いたいことを言うための小道具みたいな気がしました。

●ここからは、まったく個人的な、ジャーナリストでも研究者でもない者の見方です。(ご留意ください)。  最初から感じていた「中国視点」が、ウイグル(カシュガル編)できつい酷いものになった、その背景として「イスラム」「過激派」対策というものはないのか。万が一、中国およびウイグル地域で何かあったとき、「若者が絶望していたから」「貧しいから」「昔スパイもしていたし」などの「解釈」が、少なくとも日本の視聴者にはすんなりくるのではないでしょうか。「絶望した貧しい若者がイスラム過激派に取り込まれる」といういつもの論調、悪いのはイスラム、もともとが何に起因したものかは問われなくなり、「テロとの戦い」が正当性を持つ。どこかで見かけたシナリオではありませんか

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●「日中共同制作」、力の強い方、言いたいことのある方が勝つってことでしょうか。でも、マスメディアによる情報操作なんてめずらしいことでもないでしょう。今回は個人的思い入れが強くて感情的になりましたが、「いい面は利用して信じすぎない」感じでつきあってくつもりです。局への意見は言い続けます。官僚機構なので時間がかかりますが、意見によっては意外と修正するんですよ(経験あり)。官僚的だから「評価が気になる」のかも。わはは!

●現地の事情に詳しい方々が、番組への違和感を表明していらっしゃるブログがあります。私などがとうてい気づかないディテールへの読みや見解がすごいです。そのなかのひとつ、ご参考に。

*写真は、(上)祭りの日のカシュガルの少女、(中)日干しレンガ造の葡萄を干す小屋、(下)トルファンの博物館・内部壁面、イスラム的模様の中の中国の赤い星
by orientlibrary | 2005-11-24 02:32 | ウイグル/アフガン

やっぱり・・・西域LOVE!

●とってもいい感じの新imac、来ました。 でも時間がなくてほとんどさわっていないので、ノートパソコンより、、、これが小さくて書くのが結構大変。写真もなくて殺風景で、すいません。

●今日は、絨毯の関係でアフガンの人、ウイグルの人とお話ししました。で・・・私はやっぱりあのあたりの文化や人に興味があるんだなあと再確認。某局の番組なんかに負けていられませんよ~! ウイグルの方はウルムチ出身でしたが、羊の話、お酒の話、踊りの話など、楽しく話してくれました。日本で核融合の勉強をしているとのこと・・・平和利用でいきましょうねっ。ちなみに、カシュガルの名前の由来については、「緑」説でした。

●シルクロードの専門の方にもお会いしたので、例の番組、「ひどかったですよね」と聞いてみました。そうしたら「腹が立つから見ないことにしている」とのこと。また、シルクロードが好きな人や関心のある人たちからも、「新シルクロード、なんかヘン」「つまらない」「ピンとこない」等の声は前から耳にしていました。・・・専門家やシルクロード大好き人間たちが見ない番組「シルクロード」。        

●前回、番組を見た後は、本当に怒り心頭で眠れないほどでした。自分の好きな仲間や友だちが不当に蹂躙されたような、やりきれない気持ちがしました。確かに現実の一面なのでしょう。でも絶望や怒りやこわばった笑顔だけを強調して、いったい何を言おうとしているのでしょう。

●でもいただいたコメントを見ているうちに、また他のブログを拝見したりしているうちに、少し客観的に考えることもできるようになりました。それについては「とらちゃん」に慣れた(はずの)明日に、カシュガル・タイル編の中で書きたいと思います。コメンター?のみなさんに感謝して、今日はひとまず「まあっさらあま」!       
by orientlibrary | 2005-11-22 23:13 | ウイグル/アフガン

カシュガルに希望はないのか?!

NHKの「新シルクロード」カシュガル編を見て怒り心頭、ノートパソコンから書いています。もともと「探検者たちのグレートゲーム」みたいな内容の予定を急遽変更してのものだけに、情緒路線でお茶を濁すのかと思っていたが、さらにひどい最悪の内容だった。

隠隠滅滅としたトーンで、ウイグルの若者が希望もなく日々を暮らしている、というようないくつかの例を強調。年配のおじいさんが出てきたと思ったら、昔イギリスのスパイをしていて日本の大谷隊についても悪意のある報告をしていたというエピソード、、、日本の多くのシルクロードファンが大谷隊に親近感があることを考えての意図的な内容選択なのか。最後は中国からの観光客に芸能を見せることを暮らしの糧としている少女の家庭と、中国語を勉強する小学生の様子で終わる。

ナレーションひとつでイメージは操作できる。片桐はいりを起用しての奈落の底に落ちていくようなトーンはなんなのか。もう少数民族は大中国に頼ってすがって生きていくしかないのか。「これがカシュガルの今だ」としめくくったけど、民族の興亡が繰替えされる土地だから仕方ないといったニュアンスが感じられた。「日中共同制作」の意味ってそういうことなのか。受信料による高額な予算を使って一体何を作っているのか。NHKも本当にもう危ないかもしれないなと思った。

ブログではあまりこのような感情を出さずにきたけれど、本当に見ていて息苦しくなって、辛くなって、何か表明せずにはいられない。局には抗議の電話しました。0570-066066です。次回、新パソコンからは是非明るい投稿にしたいです・・・個人的感情を書いてしまってすいませんでした!
by orientlibrary | 2005-11-20 22:24 | ウイグル/アフガン

カシュガルタイルはユーラシアを結ぶ?!

[タイルフォト・ギャラリー(10)「アパホージャ墳」(カシュガル)など]

いちタイルファン、修行中、タイル発展途上人の私なので、感じたままです(学術的裏付けはありませんので、ご了解よろしく!)。「これって、染付と三彩じゃないの?」・・・東西文化の交流地点といわれるカシュガル、そのタイルはイスラムタイルと中国の焼き物が融合したもの・・ハーフイスラミック+ハーフチャイナでは?!

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カシュガルに17世紀に作られたアバホージャ墳のタイル、白地にコバルトのイスラムの青。けれども微妙な違いを感じる。他のイスラム圏の同系統の模様では、逆に青地に白で模様を描いてあったり、白地の場合でも青の比率がこれより多い気が・・・またはもう少し意識的・絵画的なデザインがなされているか、あるいはより緻密な印象がある。カシュガルの「ゆるさ」も味があって好きだけど、イスラムの美学とは少し違う感じ。

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白と青のバランスでいうと、染付に近いという印象を持った。染付は、白地の素地に呉須(酸化コバルト)で絵付けし、その上に透明釉を掛け高温焼成したもの。中国では「青花」(せいか)という。元の時代に開発された手法で、当時はペルシャから輸入したコバルトを使い、輸出先でもあったイスラム圏の影響を受けながら発展。当初からイスラム圏と深い関わりがあったわけだ。

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そして、緑、茶、黒のタイル・・・唐三彩を思い出してしまう。唐三彩は、唐代につくられた低火度焼成の三彩陶。陶質の素地に白化粧あるいは透明釉を掛けたのち、緑や褐色の鉛釉を加える。その美しさと技術は、宋三彩・奈良三彩・ペルシャ三彩などに影響を与えた。ペルシャ三彩は9世紀頃、イランのニシャプールでつくられた多彩釉陶器。白化粧の上に緑、黄褐色、紫などの彩色を施した。

アバホージャ墳が作られた17世紀といえば、中国は明から清に移行、中央アジアはブハラ・ハン国、ヒヴァ・ハン国などの遊牧民の諸王朝、イランはサファヴィー朝、トルコはオスマン朝。サファヴィー朝やオスマン朝では、中国の染付や黒彩の技法が取り入れられた。

またトプカプ宮殿の中国磁器のコレクションも有名であり、技術や収集面でも東西の交流が盛んであったようだ。タイルでは、イランの多彩タイル、トルコの絵付けタイルと、タイル装飾の粋を競う展開に。日本では伊万里の輸出が始まった頃だ。ユーラシア大陸の東西で陶の文化が花開いた。

このようななかで、ユーラシアのイスラム世界の東端にあったカシュガルでも、東西の陶芸術を取り入れながら、マイペースな感じでタイル装飾をおこなった感じがする。精緻や優雅とは言えないと思うが、おおらかでのんびりとした明るいタイル。「染付&三彩テイストのイスラムタイル」は、私にとってとても興味深い。

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さらにつけ加えたいのがモンゴル。えっ?モンゴルとタイル?? でもイル・ハン朝のタイル装飾はとてもいい。そんな歴史があってかどうか、モンゴルに1586年に建立された「エルデニゾー」の仏教寺院の屋根も、何となく三彩では?!ユーラシアを結ぶタイルや土ものにますます惹かれていく今日この頃です。

*写真は、(上)アバホージャ墳のタイル、(中右)トプカプ宮殿染付コレクション・16世紀・明朝(『トプカプ宮殿』オリエント出版より引用)、(中左)三彩鉢・11世紀・サマルカンド(『おおいなるシルクロードの遺産展カタログ』より引用)、(下)エルデニゾーのチベット仏教寺院
by orientlibrary | 2005-11-18 02:51 | ウイグル/アフガン

カシュガルの青と緑

[タイルフォト・ギャラリー(9)「アパホージャ墳」(カシュガル)]

カシュガル・・・数ある魅力的なシルクロードのオアシス都市のなかでも、旅人を惹きつけてやまない街。今なおオアシスである続けているような街。写真を選んでいても、これもいいな、これもきれい、と、とめどなくなってしまうくらいだ。

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仏教徒だったカシュガルのウィグル族がイスラム化したのは10世紀半ば頃。西域ではもっとも早い改宗だった。17世紀に入るとマホメットの直系と称するホージャ一族が一帯を支配。そして当主アバ・ホージャが一族のために壮麗な陵園を作った。5世代が眠る墓の複合体であり長い年月をかかけて作られたため、なかには建築年代の違う墓、門、モスクなどが建っている。

そしてこれらの建物に、青を基調として緑や黄色などの色を組み合わせたタイル装飾がされている。ウイグルのタイル装飾の代表的な建造物だ。

カシュガルという名前の由来として、これまで読んだ本などの中にはいくつかの記述があった。「カーシとはカシャーンで焼いた青いタイルのこと、ガルとは街のことで、青いタイルの街」という説。「青いレンガの町」という読みもある。

一方、中国で発行された『中国・新彊 XINJING CHINA』(新彊人民出版社)には、「house of the green glazed tiles“緑のタイルの家”またはペルシャ語系の言葉でjade market“翡翠の市場”を意味する」と書いてある。

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最も有名な香妃の棺が、白地にコバルトブルーのタイルであり、そのせいかカシュガル=青の印象が強いのかな? 墳の中でもメインの廟の壁面は緑のタイルで覆われている。また部分的なアクセントとしても使用されている。

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学術的なことはわからないけれど、私にとってはカシュガルは緑の印象が強い。緑は街の中や住居を飾る色として、よく使用されているように見えた。

そしてそれがポプラ並木の緑と合わさって、オアシス都市の潤いある風情をつくっているように感じた。さらに青、緑に加えて、茶、黄色も気になる。これについては次回に続きます! 

*写真は、(上)はコバルトブルーの壁面、(中)緑色の屋根(『中国・新彊 XINJING CHINA』(新彊人民出版社)より引用)、(下)柱の装飾も美しい
by orientlibrary | 2005-11-17 01:45 | ウイグル/アフガン

羊食文化圏とタイル装飾の関係 

●エキサイトにて「同時多発ケバブ」発生しました! 「アフガニスタン駐在日記」さん(11月10日付け)の「アフガンのケバブ」から、「回族連邦共和国」さん(11月14日付け)の「カバブベルト地帯」説へ。絨毯会議での羊談義に始まった「羊を巡る冒険」に、ホントに私も羊(狐?)につままれた気分です。めぇめぇ・・・ 緊急NEWS!イランの(巨大)ケバブも見られます。「こぼればなし〜イラン時々別なとこ」さん(11月15日付け)へGO!

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●ケバブの前に、「写真でイスラーム」さんの「羊と山羊はどうやって見分けるの?」という根元的な問題提起にお答えすべく調べてみました。 →<答>:基本的に羊の角は右巻、山羊の角は左巻。羊には“あごひげ”がない(山羊は雄にあごひげがあります)。羊と山羊についてもっとくわしく知りたい場合はこちら。(羊のこと丸ごとわかる感じです。オススメ!)。

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●さて「ケバブ」ですが、発祥の地トルコの言葉で「焼き肉料理」の意味とのこと。これをギリシャ風に言うと「ギュロス」「ジャイロ」「スブラキ」、アラビア風に言うと「シャワルマ」。国や地方で製法、味付け、呼び方が違うようです。串に刺した「シシカバブ」、固まりにして回転させながら焼いたものを削ぎ切りにする「ドネルケバブ」などのバリエーション有り。挽肉をつくね状にして巻いて焼いたものもトルコではケバブだそうです。

●日本では、インド料理の「シークカバブ(シシカバブー)」の方が知名度大でしたが、最近はトルコ料理の店や屋台が増えてきて「シシカバブ」も有名に。で、両者がごちゃごちゃになっているという嘆きの声も(誰が?)。

●・・・っていうかあ(若い子ぶりっこ)、私が最も書きたいことは「羊文化圏」という地域感覚。いわゆるシルクロードから中東、北アフリカのマグレブに広がる「羊を食し、羊の毛で絨毯を織って暮らす、羊を生活基盤とした地域」。

●私はどうして、タイルLOVE!の「土(ツチ)族」の自分が「tribal rug(部族絨毯)」にすうっと魅せられていったのか不思議だったんですよね。(部族絨毯は、よく見かけるペルシャ絨毯などとは違い、各部族ごとの柄や色やテイストが際立つ個性的な手織り絨毯)。答えはシンプルでした。タイル文化圏と部族絨毯文化圏は重なっている。乾燥した気候で遊牧に関わる人の多いエリア。

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水と木が少ないことが“土の建築”“タイル装飾”を生みだし、耕作ではなく牧畜・遊牧が暮らしの糧となってきた。食でも脂分の多い羊がごちそう。(だから「ケバブベルト」という考えもすんなり)。宗教ではイスラム教の人が多い地域。タイルについても、イスラムアートという視点だけではなく、このような気候風土の中で培われてきたことを念頭において、スタディしていきたいと思います。そんなわけで、次回ようやくカシュガルのタイルへ(資料少ない・・・)。

*写真は(上)カシュガルのバザール、(中)シリア・ダマスカスの「シャワルマ」店、(下)ウイグルのお宅の中庭
by orientlibrary | 2005-11-15 02:14 | ウイグル/アフガン

羊の恵み 絨毯からケバブまで

ハイ、羊1匹お買い上げ〜!しっかり選んで上手なお買い物、祭りだから〜、ワクワク&ウキウキ〜! 今日は原点に返って「カシュガルのタイル」を書く予定でしたが・・・「カシュガルの羊」になってます。寄り道多いです。というのも、昨夜の絨毯会議「『CARPET MAGIC』を読む会」が羊を語る会のノリになって、頭が羊でいっぱいになってしまった>からなんですね。

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発端は、「絨毯を織るのは絨毯製作の一面にすぎない。毛の選別、毛梳き、紡ぎ、撚り、縦糸張り、パイル刈りなどだ」というくだりで(手織り絨毯ってホントに手間暇かかるものですね)、「毛の洗いもあるよね」という話になり、さらに「絨毯製作者は様々な毛糸に適した羊毛を選ぶ方法を知っていなければならない」というあたりから、ドーッと羊会議に。でも、絨毯ドシロウトの私には、新鮮で面白い。ほんのさわりだけ抜粋させていただきます。

「毛の洗いは水だけでするんだよね」「それがいちばんいいみたい」「ものすごい脂分があるけど」「ニュージーランドでは洗うときに羊のグリスとラノリンを薬品で分けるよ」(アジアと違うんですね)、「羊は乾燥したところでないとダメ」「ホラサーンの羊をカスピ海に連れて行くと2週間で死んでしまう」「日本でも鍋島絨毯の関連で、むかし島原半島に放したけど全滅した」(マジですか?!)「湿度が高いとダメ」「汗が出ないから体温が中にこもってしまうのでは?」(なるほどお・・・)

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「羊の乳を食事代わりにするっていうけどホントに腹持ちがいいですよ。発酵しかけているものを飲んだらご馳走が食べられないくらいお腹いっぱいになった」・・・このあたりから食に。
「ケバブにもいろいろある。串に刺すとか、かたまりにしたドネルケバブとか」「宗教上、火に直接肉を入れてはいけないところもあるから」等々・・・
ケバブからバター茶まで、絨毯を織るエリアの人たちが、いかに羊料理が好きかも多いに語られたのだった。

羊文化圏。羊を飼い衣服を作り織物を織り羊を食べ乳を飲む。モンゴルではゲルをフェルトで覆い、乳でお酒も作る。乾燥地帯の人たち、遊牧の民、西南アジアから中東地域の人たちにとっての羊の存在の大きさは、湿潤な国、農耕の国で育った私の想像をはるかにはるかに超えたものなんだと思った。だからカシュガルのおじさんが、こんなにニコニコしてお家に帰るんだなあ。(ちなみに羊の値段は安くはないが家族が1週間くらいお腹いっぱい食べられると聞いた)

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羊毛の品質は、羊の種類やからだの部位によって違うという。絨毯にとっての羊は、タイルの土みたいなもの。ベースとなる個性を作るものなんだ。そんなことを考えながら、ユーラシア圏テーマのブログを回っていたら「アフガニスタン駐在日記」さんが、ちょうどケバブの話題。ジャスト今のアフガンのケバブの話を読めるなんて、ブログって面白い。

*写真は、(上)カシュガルのバザール(中)カシュガルの羊ピラフなど(下)ウズベキスタンの屋台。
by orientlibrary | 2005-11-12 01:56 | ウイグル/アフガン