イスラムアート紀行

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幾何学模様も花模様も ティムール期のタイル

● 「シャーヒズインダ」は、ティムールのファミリーの墓や廟が集まった墓地。ティムールが権力を掌握した1370年頃から建設され始めた。花模様や幾何学模様、ペルシャテイストとアラブテイスト、モザイクタイル、施釉彫文タイルなど、多彩なタイル装飾で目も眩むばかり。タイル装飾の博物館のようなところであり、陶芸術のひとつの到達点とも言われている。


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(SAMARKAND SHAH-E ZINDA NECROPOLIS : MAUSOLEUM OF USTAD ALI NAZAFI /1385)

●写真(↑)は、ウスタッド(職人のマスター)アリ・ナザフィが作った廟のファサードのタイル装飾。埋葬されている人は不明であり、書籍等には「アリ・ナズフィの(が作った)廟」の名で紹介されている。八角形の星の中にクーフィー体でクルアーンの章句やイマームの名を記す。

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●写真(↑)は、同じく「アリ・ナズフィの(が作った)廟」の多色の陶版。花のモチーフに黄色や赤を採用し、華やかな印象。西アジアは、燃料となる木が少なく高い温度で焼ける粘土も少なかった。黄色はそのような地域でも可能な低い温度で溶ける釉薬で出すことができる色だった。(自分の写真を発見したので載せ替えしました)

●高温焼成が可能な地質環境から生まれる東アジアの白磁や青磁は洗練された美。西アジアの人々が憧れたエキゾチックな単色釉の陶の世界。しかし、気候風土の個性が生んだ青や多彩色も、青磁や白磁とはまた違う陶の美しさや魅力を満々とたたえているように見える。
by orientlibrary | 2005-10-31 00:28 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

砂漠コスメはいかが?  (カテゴリ名変更記念!)

●壁にはタイル、肌にはコスメ。秋の美肌特集です〜! 先日の日経流通新聞に「砂漠の女性の美肌に秘訣・乾燥に負けないコスメ見つけた」との記事。コスメ命の日本女性、ついに砂漠へ進出か?
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●「オタク」は今や消費文化のキーワード。オタクが日本を救う、みたいな論調になってきている。それにともないオタクの定義も広くなり、こだわるものを持っている人はみなオタクという流れに。しかし、基本的に移り気で広く浅くの女性は、オタクになりにくい。そんな女性がオタク化する2大ジャンルは「ブランド」と「コスメ〜スキンケア」だと思う。

●お化粧は自分のためにする。そこがポイント。だから深くなる。異性に見せるためなら手法の問題でありオタク化しない。とくに最近の女性のコスメフリークぶりはすごい。自己表現、エンタテイメント、癒し、、そんなものが全部入っている気がする。きれいになることで自己確認する、安心する。本当に一種の「膜」なのかもしれない。

●「砂漠コスメ」とは、モロッコやシリア、ヨルダンなどのスキンケア商品。自然環境が厳しい中で肌や髪の美しさを保つため古くから愛用されてきた、というのがうたい文句だ。モロッコは国のイメージ自体がエキゾチック。ガッスールというモロッコの粘土(ジュラ紀=2億年前のものと言われる!)を配合したせっけんが人気。

●アレッポのオリーブせっけんが以前ブームになったシリア、今度は稀少な月桂樹オイル入りのせっけんをアピール。ダマスカスローズのばら水なども好調のようだ。そしてヨルダンは死海の泥が有名。愛知万博でも死海の泥エステが大変な人気だったそうだし・・・ でも、いつも思うのだが、死海の泥ってそんなにたくさんあるの? 現地でもエステばかりか、相当数の商品が(かなり高額で)販売されていたけど、輸出なんてして大丈夫?王室公認の高級ブランドもあるようだけど、泥って有限じゃないの? 
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●こうして、ついに砂漠まで来た日本女性のコスメ&スキンケア事情。新しいものを求める中のひとつ、消費の小さなトレンドではあるが、私は少なくとも何でも欧米一辺倒よりもいいのではないかと思う。イスラム圏=女性差別、という連想一辺倒よりいいと思う。女性はどこに住んでいても、身近な素材を工夫して肌や髪を守ろうとする。長い間そうしてきたし、今もそう。そんな知恵や情感がモノを通じて少しでも伝われば、それはそれでいいと思う。

●コスメ雑誌や店頭には、おびただしい量の情報や商品。でもそんな日本にいると肌が「過保護」になる。本来の生命力を失うのでは? ホントは不耕起栽培やプチ断食の話から「肌断食」までいきたかったが、次回(=いつか)に続きます。

* 写真は(上)=お肌イキイキ、モンゴルの少女 (下)=お肌ツヤツヤ、ウズベキスタンの女性。きびしい自然の中でどんな工夫があるのかな?

◆ご報告:ふたごのアルバート↓は、マドンナSさんのおうちに養子にいきました。英語に堪能なSさんのところでシアワセに暮らすことでしょう。
by orientlibrary | 2005-10-28 00:58 | 中央ユーラシア暮らしと工芸

ふたごサプライズ!

●・・・ま、ま、ま、マジですかあ〜〜〜〜!?!(絶叫) たしかに2週間ほど前にアマゾンに『 PALACE AND MOSQUE : Islamic Art from the Middle East 』 (Stanley Tim/ V&A PUBLICATIONS)っていう本を注文しましたよ・・・ でも、それがまさか「宮殿とモスクの至宝展」のカタログとまるっきりいっしょだなんて!!!(倒れる) しかもカタログは2.000円なのに本は5.056円(ハードカバー代が3000円だってえ??)、カタログは日本語なのに本は英語・・・(ゼイゼイ) 
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●これを展覧会カタログにしてるから写真に神経質だったのかも? ハイ、左がヴィクトリア、右がアルバート。 違うって、左がカタログ、右が本でございます。単に不運なんだろうか、私・・・ これから世田谷美術館へ行かれる方、カタログはじつは5千円のお品ですよ〜!

●気を取り直して、今回到着のあと2冊。『 SAMARKAND BUKHARA KHIVA 』 (Pierre Chuvin/ Flammarion)、写真がおとなしいのが気になるけど、内容は貴重なウズベクの建築やタイル満載。嬉しいな。そしてもう1冊は『アフガニスタンガイドブック シルクロードと深夜特急の十字路』(三一書房)、この本を持って旅ができる平和なアフガニスタンに早くなって欲しいと願う。ジャムのミナレットの蒼のタイルを見たい。見どころやレストランガイドなど、しぜんに普通に書いてあるところがいいと思う。
by orientlibrary | 2005-10-27 00:18 | 社会/文化/人

イズニクの赤 その始まり

●マルハバー! 憂無庵さんから「出典を明記しての引用は法で認められた権利」という力強いアドバイスをいただきました。ので、晴れて、写真載せちゃいます〜! ハイ、「宮殿とモスクの至宝」展のカタログ、「PALACE AND MOSQUE」(ISLAMIC ART FROM THE VICTORIA AND ALBERT MUSEUM)より引用、でございます。

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●(↑)は今回いちばん好きだった14世紀中期・ブハラの「浮彫文字紋タイル」。クルアーンの章句を銘記したもの。(実物はもっと色が深くてキレイです)。このようなアラビア文字による装飾はイスラム美術の特徴のひとつ。クーフィー体やナスヒー体など多彩な書体がある。流麗で格調高い。こういうのが読みたくて始めたアラビア語だが、第一次挫折中!

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●(右)はオスマントルコ時代の陶器の中から「白地多彩花文モスクランプ形壺」、1557年頃、トルコ(おそらくイズニク)。有名な「イズニクの赤」の初期のもの、実験的に使用されたものだという。洗練された赤ではないが、より素朴な味わいがあるように思う。

●ブハラのタイルもイズニク壺も、「フリットウエア」と言われる種類の陶器だ。粘土ではなく砂石から精製された石英粉にフリットと呼ばれるガラスと少量の白粘土を混ぜて成形、比較的低温で焼成したもの。柔らかく素地が白かったため、多様な装飾に使うことができた。今回の陶器の展示品の多くはこのフリットウエアだった。

●「フリットウエア」は、エジプトでは「ファイアンス」として発達した製法だ。ファイアンスとは「石英にガラスと白粘土を入れて練り固め天然ソーダに酸化銅を混ぜ施釉して焼成したもの」(『オリエントのやきもの』・INAXギャラリー)。世界最古のタイルは、前2650年頃のエジプトでピラミッドの壁面装飾として使われたターコイズのような爽やかな青のタイル、エジプトファイアンス。

●フリットウエアは人気のあった中国磁器の代替物として11世紀頃から中東などで用いられてきたようだ。トルコ西部イズニクでは中国の染付の絶大な人気を受け、スルターンの後押しで15世紀頃から作られ始めた。16世紀になるとフリットウエアの装飾に用いられる色彩の幅も青、緑、紫へと広がりを見せ、16世紀後半には赤を含むようになった。

●赤が加わったイズニク製フリットウエアは、壁タイルとしてモスクやパレスの装飾へと普及。オスマントルコの華麗な美のシンボルとも言える存在になっていった。中国磁器への憧れが生んだ創意、文化の融合、小さなタイルの中にもストーリーが満ちている。
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*もう1点(左)は、時計文字盤の一部。銅、と金(金で銅に焼き付けめっきしたもの)に繊細な刻線。イラン・サファビー朝、17世紀。実用の美。
by orientlibrary | 2005-10-25 03:25 | 中東/西アジア

V&A イスラム美術コレクション@世田谷

アッサラーム・アレイコム! 行って来ました、「宮殿とモスクの至宝」@世田谷美術館。イスラム美術をテーマにした展覧会、イスラムアート紀行としては必見。用賀の駅から美術館まで、黄色のポスターに沿っていけば、方向音痴でも迷わずたどり着きます。散策路も整備され、以前よりずいぶん行きやすくなりました。公立美術館もいろいろ経営努力をしているように見受けられる昨今ではありますね。

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今回は、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館所蔵のコレクションを紹介する国際巡回展。イスラム美術を部分的に紹介した展覧会はこれまでもあったけれど、広い地域と長い歴史を総合的に展観した初めてのものだとのこと。イラン(イルハン朝、サファビー朝)やオスマントルコ、エジプトがメインで、「総合的」とは思えないけれど、展示品の種類は陶芸、絹製品、絨毯、金属細工、ガラス、絵画など多彩で、実用性と美を兼ね備えたイスラム美術ならではの奥行きがあった。そして、ひとつひとつが魅力的で見応え充分だった。


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コレクション説明の中に次のような内容の文章があった。

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◆V&Aは応用・装飾美術では世界最高であり、イスラム美術でも有数のコレクションを所蔵している。美術館が設立されたのは1852年。産業革命期にめざましく発達した工業技術に比べ、イギリスのデザインは立ち後れが目立った。

◆一方、イスラム美術に見られる装飾の用法はおおいに珍重され、開館当初からイスラム圏の美術品の購入は活発におこなわれた。イスラム美術はイギリスのデザインの進歩をもたらす可能性を秘めていると考えられていたからである。 

◆20世紀に入るとイスラム美術はより広範なイスラム文化を知る上で極めて有効であることが再認識され、それにともないイスラム美術の鑑賞法にも大きな変化が生じた。そこで06年に改装オープンするに至った。
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イスラム美術がヨーロッパデザインに影響を与えてきたこと、美術が文化を知る手がかりと考えられていることがうかがわれる。

目玉は7mもの高さがある木製の説教壇(ミンバル)。15世紀カイロのもの。幾何学模様の象牙の象嵌が端正。そしてこれまた365㎝もある絵付けタイル貼りの暖炉(トルコ)。丸みの部分をどのように貼っていくのか、タイルの厚みはどのくらいなのか、至近距離で触れんばかりにまじまじと見ることができた。そんな私をまわりの人がまじまじと見ていた。

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いちばん好きだったのは、やはり装飾タイル。しかも数少ない中央アジアのもの。緑の地色にシックな青でクルアーンの章句を浮彫にしており、流麗な浮彫が見事。14世紀、ブハラ(ウズベキスタン)。このような陶器から木、金属、ガラス、大理石、象牙など素材の幅は広く、織物や絨毯も含め、イスラム美術の精緻で華麗な美しさをゆっくりと楽しんだ。

また中国やヨーロッパとの文化の相互影響(V&Aらしい?)、ペルシアとトルコの差別化戦略(人物を描いたり、赤の色にこだわったり)などの切り口も面白かった。さらに、これまで漠然と「イスラム圏ではランプなど照明器具がキレイだなあ」と思っていたが、宗教の中で「光」を重視することとの関連も知った。

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と書いてきて、写真を載せられないことが残念だ。ブログは商業目的でもないし、カタログからの出典を明記すれば、数点紹介するのはOKかと思っていた。でも、「ヴィクトリア&アルバート美術館のものなので」ダメだと言う。カタログ自体を撮影するのはどうですか、と聞いたところ、それもダメ。だし今回は事前に正式に館に申し込んだのではない。ブログを事前に見せて趣旨を明確にすれば、館内撮影こそ無理でも「カタログから転載」は可能なのか?

今回はチラシを加工して載せたいと思います。出典はチラシです。タイルの写真もチラシより。サファビー朝17世紀の多彩組タイル。&マイフォト=(下・右)はシリアのランプ。
by orientlibrary | 2005-10-22 02:52 | タイルのデザインと技法

アジアの空の秋のいろ  (カテゴリ名変更記念!)

  バッタとぶアジアの空のうすみどり  坪内稔典

どこにも好奇心のある人はいるもので、海外でも俳句を作る人は少なくない。国際俳句交流協会のサイトでは、インド、中国、アメリカ、オーストラリアの俳句事情を紹介している。

しかし逆に、日本人が海外に行って俳句を作るのは、ベテランの方々でもむつかしいようだ。日本の自然の中から生み出された季語を、海外の景観にあてはめると、どこかしっくりこない。たとえ、日本と似たモンスーンアジアの国々であっても。でも、句の中に「アジア」を入れると・・・17文字の句が、俄然大きく、悠然となってくる。そう感じさせる上の句。

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詩人の清水哲男さんは、みずからのサイト「増殖する俳句歳時記」でこう書く。

「“アジア”の大空の下を跳ぶバッタは、跳び上がるたびに空に溶けてしまうようである。(略)しいんとした“うすみどり”の広大な空間に、ときおり“バッタ”だけがキチキチと跳び上がっては消えるのである。それだけである。秋の野に在る心持ちを押し詰めていくと、こんなにも何もない世界が現れてくるのか……。」

バッタのうすみどり→アジアの空の大きさや深さ→日本の秋の野独特の寂寥感へと転換していく妙。やはり、「アジア」を使うことだけでも、相当ちから技なんだなあ・・。季語は「バッタ」で秋。

  睡蓮を描き巡りて行く浄土  orientlibrary

ネパールの首都カトマンズ、早朝。寺院は掃き清められ、人々が朝の祈りを捧げている。チベット仏教の寺では、人々が仏塔の回りを数珠を繰り、祈りながら歩いている。時計周りに、何周も何十周も巡る。「オムマニぺマフム」(清らかな蓮の花が咲く浄土へ)と唱えながら。

チベットからの難民の多いカトマンズの街は、排気ガスでマスクなしでは歩けないほど。しかし祈り続ける人々の心の中は、清らかな蓮の花々に包まれている。季語は「睡蓮」で夏。

*写真は睡蓮@カンボジア。
by orientlibrary | 2005-10-20 02:19 | 社会/文化/人

セージグリーンがきれい! シリアのタイル

ブログを始めてあらためて感じたのは、「イスラムタイル」という分野のマイナーさ・・・ というより、少なくともブログというメディアでは、「イスラム文化」そのものへの言及が少ないようです。たとえばエキサイトブログすべての中で「イスラム」及び「イスラーム」のタイトルのつくものは、私のものを含めて何と3つ。しかも1つは休止中で、実質2つなんですよ・・・ エキサイトだけで多分数十万くらいの数があるだろうから、超超少数派ですね。

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イスラムといえばマスメディアから流れるのは、自爆テロとか過激派といったニュースばかり。固定したイメージを持たれるのも無理はない面も・・・ でも、それではあまりに残念! イスラム圏に旅行した人は、かなりの確率でハマります。街、建物、人、芸術、食、バザール、自然などなど、興味は人それぞれだけど、どの分野をとっても人を魅了する奥行きがあるとおもう。

お祈りの呼びかけ(アッザーン)、迷路のような路地や町並み、バザールに漂う香辛料の匂い、チャイハネに集う男たち、エキゾチックな音楽、民族衣装の女性たち・・・イスラムは五感に来る。少なくとも私には。現在のいくつかの国の政治体制から、厳しく自由がないといった印象もある面であるでしょうが、基本は寛容な世界ではないかと私は思っています。

イスラム圏といっても、アフリカからインドネシアまで超広い。かつそれぞれが固有の文化を持っており、一括りにはできません。&遊牧文化,乾燥地帯の文化を基層にしているところも多く、多雨高湿で農耕定住の日本とは対照的な面も。でもどこか親しみやすいし、共通している面もあると思う。例えば工芸などに見られる繊細さや自然のモチーフなども共通項では?

だからといって、私もイスラム教徒ではないし、なる予定もなく、あくまで文化に興味があります。そして、その基盤であるという意味で宗教にも関心があります。神への思いがなければ、あそこまで緻密な装飾はできないんじゅないかな。その求心力、秩序への意志といったものの強さに、曖昧さや間の文化で育った私は圧倒されます。

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日本や欧米に人々の暮らしがあるのと同じように、ニュースで生臭い報道がされる(しかされない)国々にも人々の暮らしがあります。おおげさかもしれないけれど、私はタイルというものを通して、イスラム圏の歴史や人々の暮らしや思いを知りたい。そこには素材(自然)があり態度があり匠があり美的感度がある。日本は焼き物の国、遠いけど遠くない地点からのイスラムタイルLOVE・・ うん、マイナーだってOKです!

*写真は、イスラムブログ仲間「写真でイスラーム」さんが、投稿上でシリアを旅しているのを祝して?シリアです。(上)はダマスカスのアゼムパレスにて。(下)はシリアのタイル。(『The Art of the Islamic Tile』 より)。オスマン朝シリア時代のもの。ブルー&ホワイト+セージグリーンの色調、糸杉とぶどうなどの繊細な植物紋様がこの時期のダマスカスタイルの特徴。
by orientlibrary | 2005-10-18 03:47 | タイルのデザインと技法

タイガの夜は更けて・・・嵐を呼ぶテント

怒濤の太極拳合宿から5日間。この間も「部族絨毯を楽しむ会スペシャル:イラン絨毯最新事情レポート&ウズベキスタン・パキスタン報告」、「『CARPET MAGIC』を読む会」など、逃せない会が続く。どの会も濃い内容で、とてもサクサクとは書けない。入手したクルドの絨毯紹介も合わせ、絨毯編は次回にまとめたいと思います。で、今日は先日に続き、極東シベリアへGO!です〜!

ハバロフスクからタイガ(亜寒帯林・世界最大の森林地帯)を一路北へ。といっても、ガタガタとレトロな装備の車、、旅はスムーズにはいかないだろうな、というサバイバルの予感はあった。けれども車窓の景色は、絵本に迷い込んだように美しい。真っ青な空、真っ白な雲、すくっと伸びた森の木々。清新で凛とした空気。タンポポ、ヒマワリ、コスモスと日本では季節の違う花々が、短い夏をいとおしむように咲き乱れる。

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目指すは、NPOユーラシアンクラブが交流しているシカチアリアン村。数千年前からアムール川の流域に暮らしているツングース系のナナイ族の村だ。日本人の起源のひとつという説もあり、日本人と同じような顔立ちの人も多かった。アムール川のほとりにある宿泊予定のクラブハウスにまずは荷物を置いて近辺を少し散策。アムール川は湖かと思うほどの大河。

が、、その日の夕方に、いきなり事件が発生(詳細は煩雑になるので略)。ロシア人の警察官が来て、(被害者である)私たちも事情聴取され、いやがおうでも緊張感が高まる。が、何と警官たちは私たちの夕飯に当たり前のように参加。笑顔までみせて薪割りの手伝いもしてくれたが、カラシニコフを水平に撃ちまくるのにはまいった。その後、上機嫌でテンション上がり、ガブガブとウオッカ飲むわ騒ぐわ、大盛り上がり。とにかくめちゃくちゃ飲む。やがて「ウオッカが足りない」と村の雑貨屋にパトカーで買い行った。深夜に。さすがというか、、

一方、クラブハウスには給水車で来るはずの水が来なかった。水は貴重になり、当然お風呂はなし、朝もコップ1杯の水で洗面。やればできるもんだ。しかし、村の人たちがスープやサラダなど郷土料理のご馳走を毎日山のように作ってくださり、歓迎していただいた。民族の話を聞いたり、お家を訪ねたりして日が過ぎた。
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数日後、ボートでビギン川をさかのぼって、同じくツングース系の先住民族であるウデゲの村・クラースニヤールへ。夜、河原でキャンプ。そのあたりにあるものでテントを作る。寝具的なものは漁師小屋から。非常にシンプルなテントでアウトドア気分全開。問題は、その夜、台風かと思うくらいの暴風雨になったことだった。河原でこのテントですから、、サバイバルな一夜、忘れられない思い出。(次回=いつか=に続く)

*写真は、ナナイの女の子と嵐を呼んだテント。
by orientlibrary | 2005-10-15 02:07 | 東南アジア/極東

ティムール期のタイル装飾 ビビ・ハヌム

東方イスラム圏のタイル装飾の頂点と言われるティムール期。個人的な好みでは、東方イスラム圏ばかりか、イスラムタイルの精華ではないかと思う。特にモザイクタイルや聖なる青の力強さに、ルネサンス的な伸びやかでイキイキした時代の息吹を感じる。

ティムール期の技法はイラン・サファビー朝に受け継がれ、イスファハーンでモザイクタイル、絵付けタイルともに最盛期を迎える。またアナトリアでは、オスマン朝期にはティムールから影響を受けた植物紋の多彩色絵付けタイルが発展した。

こうしてタイル装飾は、イスラム美術や建築装飾の真髄と言われる存在になっていく。ティムール期は多様なタイル技法の開花期であり、その「旬」の雰囲気が今もなお続いているように私には感じられる。

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ティムールは1370年にトランスオクシアナ地方を統一して、サマルカンドを首都とする大帝国を築いた。1398年にはデリーを攻め、その後西へ。1400年にはシリアのダマスカスでマムルーク朝の軍隊に勝ち、1402年にはアンカラでオスマン軍を破る、という破竹の勢いを見せる。

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(Mausoleum of Babi-hanum /samarkand/ 1398-1408)

戦争に明け暮れたティムールだが、建築には力を入れた。イランをはじめとして各地から優れた建築家や芸術家を集め、多くのモスクや廟を作った。サマルカンドやブハラ、ヒワなどには、青のタイルに覆われたドーム廟やモスク、マドラサが、市街地の中心に今も位置し、中世の面影を残す魅力的な街の景観を形作っている。また、サマルカンド郊外の「シャーヒ・ズインダ(墓廟複合体・14世紀後半)」では様々なタイル技法が試みられており、タイル装飾ミュージアムの趣き。

「ビビ・ハヌム」は中央アジア最大のモスク。ティムールが当時の建築技術の粋を結集して建造。完成したのは彼の死後3年も後だった。時とともに荒廃し廃墟のようになっていたが、ユネスコの協力で修復が進んでいる。バザールに隣接したビビ・ハヌム、今も人々の暮らしを見つめているようだ。
by orientlibrary | 2005-10-12 00:00 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

箱根でタイチー

●太極拳を学んで2年の初心者の私だが、伝統楊家太極拳の合宿錬功会に初参加させて頂いた。場所は芦ノ湖畔にある箱根神社の武道場。靄が立ちこめる神社は静かで厳か。昇殿の後、神主さんにお祓いをして頂き稽古が始まった。
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●太極拳のことを書くのは難しい。あまりにも奥行きが深くて言葉に出来ない。言えるのは、とにかく始めて良かったということと、これからも続けたいということ。身体的には、肩こりがほぼ解消した、風邪をひきにくくなった、全体的に調子が良くなった等々、嬉しいことがたくさん。

●でも同じくらいに精神的な面、ものの見方考え方、態度などに大きな影響を受けた。これは太極拳だからというより、私がお世話になっている伝統楊家太極拳・姜氏門内功武術研究会
のスタンスや考え方によるところが大きい。からだの構造を知り理にかなった動きをする。体を通して「理」を実感する。

●今回の合宿のように長時間集中して稽古する機会は私は初めてで、ちょっとキツイとも思ったが、終盤、お腹の中に気が満ちている何とも言えない感じを生まれて初めて味わった(でも、こういう感じって子供の頃はいつもあったのかも?)。体の中から動き出したくなるような・・ちょっと怪しいけど、手や足が勝手に動いてしまう感じ。
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●宿泊した宿もかなり個性的だった。歴史があり文化人も多数訪れた宿のようだが、「和洋その他いろいろ折衷・昭和モダンリゾート感覚・庶民版」という感じで、テイストミックスがすごい。テイストや世界の違う無数の飾り物やその組み合わせに、ある種感心する。
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●泊まった部屋には宇野千代さんの色紙が。曰く「陽気は美徳 陰気は罪悪」・・・そこまで言わなくても、、、思わず陰気になりそうになった。そして、食堂にはタイル好きの私を待っていたかのような掛け軸が! 百片の「壽」の字「百壽」を青に白の釉薬で焼いたユニークなもの。いろんな体験ができる日々は、まさに壽。タイル&タイチーライフ、まだまだ続きます。
by orientlibrary | 2005-10-11 02:50 | 日本のいいもの・光景