イスラムアート紀行

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カテゴリ:モンゴル( 9 )

ちいさな瓦が伝える 16世紀モンゴルのこころとセンス

e0063212_1365433.gif●前回記事でデビューした “笑う瓦”(←)(@エルデニ・ゾー寺院(1586年建立)/モンゴル・カラコルム)。実際は瓦というよりも丸瓦列の先に置かれる装飾用の「軒丸瓦」、あるいはそれが変化して装飾的要素を増したもの、ではないかと思います。でも、この文様はいったいどこから??この意味するところは?

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16世紀後半ということで、タイル史的にも興味がわきます。でも、考える基礎になる当地域の歴史や美術史の知識があまりにない、エルデニ・ゾーの情報が少ない、自分自身記憶があいまい・・・という「三重苦」で引いていたのですが、、この際、感覚勝負で思い切ってトライ!(ご専門の方、間違いは覚悟のうえですので、違っていたら寛大に教えて下さい〜!)

モンゴル地域の仏教寺院は、中国様式、チベット様式、その折衷様式の3つに分類されるそうです。エルデニ・ゾーは勾配屋根(〜瓦的なもの)葺きなので中国様式、かと思いますが、壁面などの細部にチベット独特の文様がほどこされていますし、内部空間はみっちりとチベット仏教ですから、折衷式?

●エルデニ・ゾーを建立したハーンの名前も、資料によっていろんな名前が出てきて、どれが正解かわかりません。「アルタン・ハーン」「アフタイ・ハーン」「アバタイ・ハーン」、、、(記述を統一してほしいなあ)。どれですか〜?

●アルタン・ハーンだとすると、「アルタン・ハーンが1578年にチベット仏教ゲルク派の高僧ソナムギャムツォと会見し、この高僧にダライ・ラマの称号を贈った」ということで、このハーンは熱心なチベット仏教の支持者だったことがうかがわれます。つまり、細部には相当チベット的なものが入っている、と考えていいのではないでしょうか。

e0063212_1334789.gif中国の軒丸瓦は多くは蓮華文のようです(←)。これは焼成レンガですから、中国で「墫(せん)」と言われているものに入ると思います。無釉です。

●焼き物の盛んな中国ですが、中国では壁面をタイルで覆うという装飾技法は発達しませんでした。唐代には中国北部を中心に瑠璃釉瓦、墫が作られ、また15世紀の景徳鎮では白磁墫、青花タイルが発見されています。

●けれども実際には、タイル(陶)の装飾は寺院の塔にいくつかの事例が見られるだけです。一方で、瑠璃釉の墫や瓦は、床に敷く、屋根に葺くなど実用に使われました。モチーフは象、麒麟、獅子、鳳凰、天馬、巨龍など、いかにも中国という文様です。

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●もう一度エルデニ・ゾーに戻ると、瓦の色は、緑、褐色、瑠璃など中国の色(↑)と言ってもいいかもしれません。(敷地内にはいくつもの寺があり瓦の色もいろいろです)。けれども、軒丸瓦の文様はストレートに中国的なものではないと思います。

e0063212_12345615.gif一方、チベットには8つのラッキーサイン・「八吉祥(タシタゲ」という図像があります。(→)は多少関連がありそうです。=訂正:この文様は「ナムジュ・ワン・デン」というものだそうです。チベットの図像に詳しいDさんにご指摘頂きました。チベットの文様についてももっとスタディしていかないと、、。Dさん、どうもありがとうございました!(2007.1.18)

●でも、“笑う瓦”モチーフは八吉祥にもありません。中国でもないし、チベット的とも思えない。う〜ん、いったいどこから来たの?

●モンゴルというとチベット仏教という印象が強いですが、チンギス・ハーンはシャーマンを重用。伝来のシャーマニズムに加えて、さまざまな宗教・思想が流入していたそうです。オゴタイ・ハーン時代の活気あるモンゴル帝国の国際都市カラコルムには、イスラム教、キリスト教、仏教、ソロアスター教などの教会が渾然と同居していたといいます。

●そのような土壌の上に作られたエルデニ・ゾー。“笑う瓦”はシャーマニズムをも内包した自由でコスモポリタンなモンゴルの匂いがします。

●13世紀から16世紀、イスラム圏ではタイル装飾が成熟し、中国では元、明の時代に青花磁器が大ヒット。海外への輸出も盛んでした。ユーラシアの文化がモンゴル系の王朝によって撹拌されると同時に、全体が陶の時代ともいえる展開を見せます。自由闊達な“笑う瓦”は、そんな時代のひとつのシンボルのように思えてなりません。

*もしも典型的なチベットや中国の模様だったら、すいません〜! 発展途上人なので・・
*写真は、中国の軒丸瓦=『シルクロード 華麗なる植物文様の世界』より引用。他はorientlibrary

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追記1: 祝! オルハン・パムク氏 ノーベル文学賞受賞

追記2:パムク氏をアメリカのPBSがさっそく特集。02年のインタビューと受賞後のインタビューで構成。彼の「衝突ではなく対話」「小説はそれをなし得るもの」という考えが伝わります。
by orientlibrary | 2006-10-13 02:00 | モンゴル

草原のエルデニ・ゾー 草原色の笑う瓦

「タシデレ」   「ニイハオ」   「サンバイノー」

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緑色の釉薬が魅力的なお肌の色合い。
ちょっとファニーで、ちょっとミステリアスで、ギリシアの哲人のようでもあり。

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こちらは輪郭も個性的で。
ユーモラスなのに、どこかに鳳凰や獅子、入ってませんか!?

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モンゴル・カラコルム(ハルホリン)・エルデニ・ゾー寺院
屋根。瓦。(この写真がじつはとても好き。この色合い、デザイン、質感が大大大好き)
ふしぎだあ。どうしてこんなデザインがここに!?

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●エルデニ・ゾーについての記述をまとめると次のようになります。(これ以上のことは、調べてもわかりませんでした)

・ 「エルデニ・ゾーはハルハ族のアバタイハーンによって1586 年にカラコルム(ハルホリン)に建立された寺院。「宝の寺」という意味」
・ 「400M平方の城壁で囲まれており、その上には108の塔がある。四つの側に城門。広大な敷地にチベット様式(基本的に漢民族様式だがチベットの要素がミックス)の仏舎利塔や十以上の寺院、大聖堂などが立っている」
・ 「カラコルム(ハルホリン)は、1235 年にオゴディ・ハーンによって築かれたモンゴル帝国の首都。オルホン川の豊かな水と肥沃な高原は、牧畜にも軍事的にも好適地だったが、5代目のフビライ・ハーンが大都(現在の北京)に遷都すると急速に衰退した」
・ 「入って左手にある建物はゴルバンゾーと言われ、16世紀に建てられた当時のもので、建物の取り壊しを免れることのできたものである」

●多分、上の写真はゴルバンゾーで撮ったと思います。ということは16世紀の瓦装飾?モンゴル(=イルハーン朝以来の土の文化の歴史)とチベット(=この文様の雰囲気は)と中国(焼き物のセンスや色合い)がミックスした感じ?です。いつかわかる日が来るかな?
by orientlibrary | 2006-10-10 01:04 | モンゴル

鮮烈に沁みてくる 草原を駆け抜けた少女の記憶

『らくだの涙』『天上草原』『天空の草原のナンサ』、、、これまでもモンゴルの映画には泣かされてきました。そしてまた、、。ウズベキスタンから東に少し戻り、モンゴルの少女と探検家の出会いの物語について書きたいと思います。

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正確には物語、ではなく、ドキュメンタリーです。一切のナレーションも効果音もなく、モンゴルの草原の音と会話だけ。この音がいいのです。搾乳のギュッギュという音、馬の駆ける音、羊が草を食む音・・草原の音に心が騒ぎます。そして対象に触れんばかりに近く寄った強い映像。引き込まれます。

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タイトルは『プージェー』、プージェーとは探検家が出会った草原の少女の名前、探検家とは『グレートジャーニー』で知られる関野吉晴さんです。先日は関野さんのトークもありましたが、長年に渡って過酷な旅を続けているのが意外なほど、小柄で柔和な印象の方でした。

世界中を旅した関野さんは、たくさんの人と出会います。そのほとんどは、辺境の地で暮らす無名の人たち。そのなかでも特に鮮烈な印象を残したのがモンゴルで出会った少女プージェー一家との交流だといいます。

「おばあちゃんスレンさんの心配りと優しさは心に沁みました。かつて豊かだった草原の遊牧生活への郷愁と、現在の遊牧民の苦しい状況と孫たちの将来について熱く語ってくれました」

「苦境の中でも、母親エチデメグネグさんの外来者に対する海のような心の広さは変わりません。困難さを避けるのではなく、うまくつきあっていく姿が印象的でした」

「そしてプージェーのひたむきで独立心旺盛で、大人やよそ者に媚びない生き方。子供らしさの中に凛とした姿に心奪われながらつきあってきました」。  


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草原での6歳のプージェーとの出会いから始まり、家族との交流を深めていく関野さん。けれども、残念なことに『うるるん滞在記』のようなハッピーエンドでは終わりませんでした。草原を襲ったゾド(雪害)、市場主義経済が進展する中での格差、遊牧民の生活は追いつめられていきます。

「モンゴルの現代史の中を短く、鮮烈に走り抜けたプージェー一家を通して、モンゴル草原の現在を見て欲しい」という関野さんの熱く強い思いを感じました。

悲しい、でも、単に悲しいだけではない。草原にはまた風が吹き、荒れ果てた地にも緑が芽吹き、凛として暮らしていく人たちがいる・・・そう感じさせるところに、制作者(監督:山田和也さん)のスタンスをみる思いがしました。

上映は、東京都東中野の「ポレポレ東中野」にて7月7日まで。(映画の公式サイトもポレポレ〜と同様)
*写真は、チラシ及びパンフレットより引用しました。
by orientlibrary | 2006-06-19 23:47 | モンゴル

ハッサン・13歳 「呼ばれんでも行きとうなる人におなりなはれ」

●最近、新聞からのネタが多くなってますが、なんか気になるものが多くて、というか、ブログを始めてから、いろんなものを意識して見るようになった感じです。最近気になっているのは、日経の連載小説『世界を創った男 チンギス・ハン』。著者は堺屋太一さん。才能ある人は、いろんな能力がありますね。
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●私は歴史に興味があるわりには「歴史もの」というのが苦手なんですが、この小説は最初から面白く読んでます。この何日かは、西の方からの人々の話になってきて、ホラズムやウイグル好きの私には、たまりませ〜ん!

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現在、チンギス・ハンは13、14歳くらい。まだテムジンという名前です。お母さんの故郷の部族長の家に預けられ、というか、族長の娘と結婚して(早い!)滞在しているところです。


●そこに西のホラズムから隊商がやってきて湖畔で商売開始。テムジンはタタル人の大男相手にタフな商売をしている12、13歳の少年と出会い、互いに駆け引きに熱中します。

●テムジンが集めてきたなめし皮や毛糸を見て「南のキタイ本国やウイグルの都会へ持っていったら並のものですよってに」。よってに?

●で、交渉が終わったあと、少年が言ったことば、「お宅、この辺の人としてはなかなかですな」。お宅?ですな?・・・さらに自己紹介して、「私は、この隊商を率いるモハメド・アリの養子でハッサンでんね」。でんね?

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●ホラズムは関西弁?・・ま、モンゴルより西ですけどね。でも、さすが関西出身の堺屋さん、濃い関西弁使ってます。

●テムジンはこの少年の才覚に感心して言います。「将来、モンゴルのテムジンが呼んだら来てくれ」。

●少年「呼ばれんでも行きとうなるような人におなりなはれ」

●13歳、エライぞ〜!この少年ハッサン(阿三)は、これ以降45年間チンギス・ハンと親交を持つようになる重要人物のようです。




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●今度は厳しい寒さのなか、旅芸人がやってきます。よくたどり着けたなと言われて、「私もそない思います」。出た!また関西弁。

●「生きて来れたのは御仏のお導き。泊めて頂けるのは族長様のお情けや」・・・ウイグル族の仏教徒だそうです。西はみんな関西弁!?

ここに日本人が登場したら、何弁で表現されるのかな?東だから、東北弁?いや千葉あたり?、、なんて考えて面白い。

ユーラシアの大草原、いろんな民族や宗教や職業の人が行き来していて、そこから実践で学ぶ子供たち。13歳って中1ですよ。

●テムジンがこれからどんなふうにユーラシアの覇者となり、「世界を創った男」になっていくのか、ちょっと楽しみ。やっぱり新聞小説はこういう方がいい。(渡辺淳一さんの終了した通称『アイルケ』、、朝の日経にはちょっとなあ、、、どういう基準で決めてるの?!)

●今日は、マイフォトより写真を劇風に配してみました。出演はモンゴルの少年、ホラズムの少年、ウイグルのおじさん、です。上の絵はモンゴルで買ったカードの絵。
by orientlibrary | 2006-03-03 02:18 | モンゴル

モンゴル料理でほかほか忘年会

アイン、ガイン。アラビア語、アルファベットさえ忘れ果てた第1次挫折中の私をも、おおらかに迎えてくださるアラビア語教室の先生&生徒のみなさん(=ハムザ同盟)。しゅくらん!!そんなわけで、モンゴル料理で有名な巣鴨の「シリンゴル」で忘年会。アラブだけどモンゴル、世界は兄弟。(次回はレバノン料理?イラン料理?)
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●ばーっと、、、さあ料理写真!と思って撮ったもの、そして先日、東京ジャーミーで張り切って撮ったもの・・・ なんとミスでほとんど消してしまったんだあああ!!!あああ・・・今年最後のドジか?!まだあるのか?!うえ〜〜ん・・・(超哀) かろうじて残った写真、これじゃなんのことか、さっぱりわかりませんよねえ・・・

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●湯気でぼやけているのは「チャンサンマハ」=骨付き塩ゆで羊肉=骨の中の骨髄は美容によいコラーゲン。何とか映っているのは「ボーブ」=揚げパン、岩塩=嘗めると甘みがあって深い味。この他、「バンシ」=水餃子、「ボーズ」=蒸し饅頭、「ゴルリンホール」=肉うどんなど、ほんわか食べやすい味が満載。「羊で始まり羊で終わる」と店頭に書いてあったので、少し恐れていましたが、バラエティがあってhappy。

●お酒は、馬乳酒ならぬ牛乳酒(ヨーグルトみたいで飲みやすかった)、モンゴルビール、アルヒ(ウオッカ)、チンギスハーン(ウオッカのブランド名)、コーリャン酒などなど。アルヒが強いけどうまいです。「スーテーツアイ」=バター茶みたいなモンゴルミルクティーは飲みやすくなっていておいしかった。馬頭琴やオルティンドー(歌唱)のライブもあって楽しめます。

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●しっかし、この写真じゃああまりに哀しいので、モンゴルで撮った写真掲載で補足します・・・お酒飲む人が多い、バーが多いという話が出たので、バーの写真。毛皮のディスプレーがステキかも

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そしてモンゴルといえば乳製品。「アロール」=チーズは堅くて酸っぱかった。でもモンゴルの味。

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●さらに、これぞ隠れた人気フード、松の実。老若男女大好きみたいで盛んに摂取されていた。日本の「柿の種」をあげたら、形が似ているせいか、前歯で割って実を出そうとしていた様子がまたキュートだった。忘年会シーズン、モンゴル食ネタでした。
by orientlibrary | 2005-12-18 22:01 | モンゴル

馬乳酒一気飲み!

初秋の週末、個性的なお酒ネタはいかが? 
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馬乳酒(アイラグ)は、馬の乳搾りが始まる7月から9月頃、モンゴルの遊牧民の家庭で作られる。牛皮袋(フホール)に馬乳を入れて、数時間攪拌。しばらく置いておくと発酵してアルコール分1〜3%のお酒のできあがり。。

夏の間だけ飲める馬乳酒、モンゴルの人は大好きなようで、大人はもちろん、子供もガブガブ一気飲みという感じで飲んでいた。ビタミンCが豊富で、夏の間にたっぷり飲むことで冬の間も健康でいられると言う。

「彼らは必要に迫られればいつでも、些少な馬乳と自分で射止めた獲物だけを食料として、まる一ヶ月間を一地に駐留し通すこともできるし、また進軍し続けることもできる。」(『東方見聞録』)。馬で移動し馬乳で酒を作って飲んだモンゴルの男たち。

モンゴルの乳製品のバラエティと使い分けもすごい。ミルクから何十種類もの食べ物や飲み物を作り出す。ただし、、、私たちが食べ慣れたものと違い酸味が強く、とまどった。馬乳酒もちょっとつらいものがあった
by orientlibrary | 2005-09-10 00:37 | モンゴル

「天上草原」にドカンと泣く

天上草原】・中国映画を見る会 


内モンゴル出身の夫婦の監督が撮った作品。通常、モンゴルを題材にしても中国語で作られることが多く、全編モンゴル語の映画は珍しいそうだ。モンゴル語の響きがいいのに。草原に合うのに。

モンゴルの四季の大自然、草原の人々の情の濃さ。粗野だが温かく、表現は無骨だが、人を愛おしいと思う気持ちの深さ大きさが、チマチマした日本人の私には、ものすごくドカンと来る。

動物との共存共生。馬を愛し狼を敬い羊と生きる。ヤギの心臓を手で止めて食事をふるまうシーンや、狼を縄で追いつめるシーンなど、動物愛護団体が文句言いそう。でも、どちらが動物と共に生きているかはあまりに明らかだ。

モンゴル映画にはホント泣かされるよ〜。(「らくだの涙」といい・・・)

【チベットの女 イシの生涯】

50年代からのイシの僧侶(初恋)、荘園の息子(庇護、寵愛)、行商人(激情)との愛憎を通して、チベットの歴史や暮らしや情愛を垣間見るような映画。チベットロケでラサの街や自然がイキイキと描かれていた。

ただ漢民族的視点が出ているのが気になった。そもそも、モンゴルやチベットが「中国映画」として紹介されることに抵抗がある。違う国でしょ!と思う。もちろんウイグルも。
by orientlibrary | 2005-08-31 13:42 | モンゴル

らくだの涙に涙ボロボロ、モンゴル、、いいなあ!!

・【らくだの涙】・ル・シネマ 

モンゴル映画、監督はモンゴル人でドイツに住む33歳女性。ラクダのドキュメントを撮ろうと南ゴビに行き4世代家族に密着、偶然ラクダの出産に立ち会う

2日間の難産の末生まれた白いラクダで母ラクダは育児を放棄。子ラクダはけなげに振る舞うが、やがて人から与えられるミルクを拒み衰弱していく。心配した家族は、街に馬頭琴の演奏家を頼みに行く。演奏家の前に子ラクダと母ラクダを連れてくるが、相変わらずつれない母ラクダ。しかし、チベット仏教の儀式で使った青い布を掛けた馬頭琴をコブにのせると不思議なことに・・母ラクダが静かになる。そして馬頭琴の演奏、家族のお母さんが母ラクダを諭すように歌う優しい声、夕日、じっと見守る家族4世代、他のラクダも注目している。

すると・・馬頭琴に聞き入っていた母ラクダの目から、涙があふれる、あふれる。家族は子ラクダを母のお乳に近づける。あんなに拒否していた母ラクダが乳を与え愛おしそうに子ラクダの身体に鼻をくっつける。「これで大丈夫」と家族は安心してゲルに帰り、ラクダ乳酒を飲む。みんないい顔。馬頭琴は癒しの儀式、見守ってくれる人たちの中で、母ラクダは取り憑かれていた何かから解放されたように子育てを始めたのだ。

演技指導しているのかと思う程ドラマチック、でも自然のままのドキュメント。その後、モンゴルの民話絵本で同様の話を読んだが、ラクダに馬頭琴を聴かせることは、昔から知恵として伝わっていたようだ。

モンゴルは体制が激変し、遊牧民も人口の25%程になった。また近年、カシミアの需要が拡大したためヤギ飼育に片寄る傾向があり、生態系にも影響が出ているという(ヤギは草を根本まで食べ尽くす)。荷物運びが主のラクダは有用とは言えず、食用になったりしているらしい。

3年前の夏のモンゴル、南ゴビに汽車で行き、四駆で砂漠を走り、ラクダに乗った。遊牧民のゲルを訪ねた。生活スタイルは日本と大きく違うが、親しみを感じた。白いゲル、天井から見える星空、薪ストーブ、スーテーツアイ、チベット仏教、白い雲、大草原、地平線、砂嵐、オルティンドー、馬頭琴。ゴビはすごかった。あの自然を思い出した。厳しい自然だが、住む人はそれを愛している。じわーっとくるいい映画だった
by orientlibrary | 2004-09-30 01:56 | モンゴル

雲の国 モンゴルを行く

『雲の国モンゴル紀行』 (2002・09)          

 風そよぐ緑の草原、360度の地平線、、、そんなイメージを抱いてモンゴルへ。しかし日本が猛暑にあえぐ8月、ナーダム(遊牧民の夏の祭り)が終わったモンゴルの草原はすでに初秋の気配が濃厚であった。

 見上げると高く広く青い空。ぐるんと首を一回転しても足りないほどに。洗い立てのような真っ白な雲。ムクムクと盛り上がる雲、墨絵のようにアートしてる雲、泰然と流れいく雲、急ぎ足の雲、日暮れどきピンクに染まる雲。緑のベルベットの山肌にくっきりと映る雲影。雲をただ眺めているだけでいつまでも飽きることがない。
 
  草原の雨秋色の地平線 
  帝国の名残もなくて秋の空 
  
 モンゴルやチベットのデザインでは、雲がモチーフになっているものが多い。天上へとつながる雲、雄大でやさしい自然のかたち。私は今、雲の模様からモンゴルの雲やそこで過ごした時間を思い起こすことができる。そして瞬間的であれ幸福な気分になる。旅の醍醐味は、むしろこのような反芻にあるのではないかとも思う。       
                            
 夜になれば星。一番星から始まって、理科で習った様々な星座がショーのように次々にあらわれる。天の川も星の粒の集まりなんだと実感する。地平線近くにまで星が届く夜空は初めて見た。今以上にくっきりと星が見えていたであろう昔、人々が星に名前をつけ、さらに想像を広げて物語をつむいでいった気持ちがストンとわかった気がした。
  
  眠れない羊とわたしの星月夜               
  峰雲の形に似たる白きゲル

 モンゴルは五感の国。音。パチパチ爆ぜる薪の音。夏でも夜には10度以下になるモンゴルではゲル(遊牧民の移動式住居、円形で10坪ほどの広さ)の真ん中にストーブが設置される。燃料には牛糞も利用するが木があるところでは薪を使っている。枕元の薪の音、暖かく確かな音。安心という原初的な満足感に包まれて眠る。

 ヒューという風の音。耳元を通り過ぎる風、ゲルを揺らす風。カタカナでヒューと書くようなクリアな淋しい音。でも慣れてくると、なぜか懐かしい思いがする。
 イナゴの音。草原には驚くほどの数のイナゴがいる。そしてビュンビュンと飛ぶ。その羽音の重なりは夏の草原の通底音だ。鳥のさえずり、馬の嘶き、川の水音。音のない草原には音が満ちている。

 チベット仏教の祈りの声、草原の音色・馬頭琴、ひとりで二つの声を出す驚異の唱法ホーミー、いまだに語り継がれる英雄叙事詩。その語り部がやって来るるのをゲルの人たちは楽しみにしている。草原の語りの文化は豊かだ。口承文芸が今も生きるている。
 
 匂い。馬乳酒のかすかなミルクの匂い、草の青い匂い、ゲルに飾られる動物の皮の匂い、薪の匂い、ゲルを覆うフェルトのずっしりした生き物の匂い。草原は現代が排除してきた濃い匂いに満ちている。                

  蝗飛ぶ跳ねる夏草より高く   
  牧童の風を聴く眼の涼しさよ   
  逝く夏のゲル鮮やかな仏の絵                
                                 
モンゴルの人口は240万人。その4分の一の人が住む首都ウランバートル。共産主義時代の殺風景な建物が立ち並び、停電でしばしば止まる電車が走る。驚くのはバーやディスコの多さ。モンゴル男性は相当な酒豪らしく、倒れるまで飲むという話を聞く。

 女性は颯爽としている。頬骨が高く大柄でがっしりした骨格だ。遊牧地では乳搾りや乳製品作りに忙しい。遊牧というとのんびりした印象があるが、仕事は一日単位、年単位で綿密にスケジュール化されており女性の仕事は多い。高齢女性の多くが杖をついているのを見ると、それまでの労働の厳しさが伝わってくる。                  
 街の若い女性は、皆スタイルが抜群。ロングヘアでスリムジーンズを履き化粧が濃い。人前で臆すことなく化粧する。今どき風に言えば「化粧にハマっている」感じだ。

 市場には中国、ロシア、韓国から東南アジアまで様々な国からの輸入品が並ぶ。新興の商売人が汽車などで買いつけに行き商店に持ち込むのだ。自国の製品は数少ない。乳の国なのに、市場ではオランダのチーズが目立ち興醒め。製造業や物流の振興は遅々としているようだ。
 
 92年にソ連から独立して約10年。自由の獲得と同時に、急激な社会の変化にともなう社会問題も深刻になっている。市場経済化は貧富の差を生み失業者が増加。加えてこの数年は寒波などの異常気象にみまわれて、遊牧民も大変な被害を受けている。しわ寄せは弱い者にくる。親に捨てられた「ストリートチルドレン」の多くはマンホールで暮らしている。零下数十度にもなる冬をどうやってやり過ごすのか。

 雲の国モンゴル。私はあまりの自然の大きさに、旅行中完全に思考停止となり、俳句はもちろんメモさえも書けなかった。しかし感じていた。草原を、空を、人を。今、こうして言葉として書き留めることによって、モンゴルは私の中で思い出以上のものになり始めている。言葉の力。 
        
  秋野行く羊・山羊・馬そして人                
  酌み交わすチンギスハーンというお酒   
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by orientlibrary | 2002-05-31 23:07 | モンゴル