イスラムアート紀行

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カテゴリ:美術/音楽/映画( 46 )

映画『あたらしい野生の地 リワイルディング』

忘れないうちに、印象が強いうちに、、と思うと、こんなに頻度低いブログアップが、映画の話題ばかりに、、。そう、今回も映画「あたらしい野生の地 リワイルディング」について、なのです。

いろんなことを書きたいと思っているんです。たとえば、

1: 日本のタイルの動き・まとめ (日本のタイルが動いています!多治見市モザイクミュージアムのオープン、各地の多彩なタイルイベント、タバコ屋とタイルの会に寄せられる日本各地のタイルの景、素晴らしい本『美濃のモザイクタイル つながる思い、つなげる力』、「タイルびとの会」のイベント、など)

2: 「工芸を体感する100日間」レポ (10月22日〜1月29日まで東京で開催される300に及ぶ工芸イベントについて、ガイドブックを見ながら行ける限り行き、見学体験し、なるべくトークなども参加し、それをレポしていこうと思い、別のブログの用意までしました。実際、展示やトークにも行っています。が、まだ書けていません、、)

3: 民藝を巡る (2とも関連しますが、この数年、あらたなブームとも言える若い層の民藝人気について、ショップやイベント体験を)

4: ホラズムのタイルと陶芸 (ウズベキスタン西部、ホラズム地方の装飾タイルと青の陶器について。陶芸工房訪問レポ。取材もしています。かなり秘境の地、二度訪問しました。でもまだ書けていません)

5: アースバッグの家づくり (今年の2月に出会った「アースバッグ」、土で作る家(空間)に一目惚れしました。天幕と土の好きな私の超ツボでした。主催者や集まる人たちも魅力的。時間をかけて追いかけたいと思っています、が、まだまだ動けていません)

6: タイルのテーマいろいろ (鳥の図柄、魚の図柄、多角形、幾何学、その意味や背景、文化など)

7: 九州北部の陶磁器 (有田、三川内、そしてこれから回りたい九州の産地。有田焼400周年イベントレポ)

8: 植物アルバム (去年秋から、コンデジでパシャパシャですが、植物の写真を撮っています。小さな植物の宇宙、枯れて満ちて開く時間の流れに惹かれています。雫も好き)

、、などなど。要気力&体力、です。

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(テーマいろいろ)



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「大自然の無尽の力を、春夏秋冬の歓喜を、途切れることのない命を、そして生死を見つめていた」〜『あたらしい野生の地 リワイルディング』 

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■ 干拓事業の失敗で放置された土地

オランダというと、海抜が低く人口過密な小さな国、というイメージが。そのオランダに、しかもアムステルダムから2時間ほどのエリアに、何万匹もの馬が駆け抜け、キツネや鹿が走り、さまざまな鳥が飛ぶ「野生の地」がある、そのことがまず、イメージできませんでした。しかも、1968年以降、50年に満たない時間の中で、ほぼ自然にできた野生というのですから、不思議でなりませんでした。

映画公式サイト、現在上映中の渋谷UPLINKサイト、そして菅啓次郎さん&ドリアン助川さんによるトークショー(濃くて充実!)の内容から(メモとっていないので記憶違いがあったらすいません!)、少し書いてみたいと思います。

まず、この野生の園が、元々は干拓事業の失敗で放置された土地だったということに驚きます。

「アムステルダムから北東50キロの海沿いに位置する6000ヘクタール程の小さな自然保護区「オーストファールテルスプラッセン」。もともとは1968年に行われた干拓事業の失敗で放置された人工の地だった。しかし、人に忘れられたその土地に、わずか45年で自然はあたらしい命を育み、野生の楽園を築きあげていた」(UPLINKより)

オランダは干拓事業による地域が多い国ですが、放置されたというこのエリアは海抜が低い湿地で、水はけがうまくいかなかったのだそうです。そして放置されたままに。


■ 生態系が自らを復元する

ところが数年後に、植物学者が訪れてみると、あらたな生態系ができている気配が。長期を見越した調査や計画がすすめられ、10年程後には馬をこの地に放ちます。

「この土地でもっとも人目を引くのは、美しいたてがみをゆらして草原を駆け抜ける馬の群れ。ヨーロッパ原生種の馬にもっとも近いといわれるポーランドのコニックがリワイルディング(野生の再生)の試みとして放たれると、馬たちはこの土地に適応し、人間の介入の外で順調に数を増やしていきた。今では2000頭を優に越える頭数が確認されている」(公式サイト)

放たれた生き物もあれば、さまざまな地から入って来た多様な生き物が。

「同時期に放たれたアカシカも繁殖に成功。また鳥類では、17世紀以来ヨーロッパ大陸では目撃されたことがなかったオオワシが、おそらくスカンジナビア半島から飛来して姿を見せている」(公式サイト)


■ 春夏秋冬、生き物たちと自然、映像の美しさ

この野生の園の広さは東京大田区ほどであり、それほど広くありません。まさに都市近郊ですが、ゲートで囲まれており、一部を除き人間は入れないそうです。この中に、16人もの各分野(動物、昆虫等)の専門カメラマンが入り、600日かけて撮影したという映像の迫力、臨場感、美しさが素晴らしい。

「限られた土地の中で植生がどう移り変わってゆくのか、どこにどんな動物が戻り、他の動植物たちとの関係をつくっていったのか。湿原にはコケ類が、草原には一年生の草本が、そして森林には多年生の草木がはえ、土の性質を変えていく。水辺にはまず魚、両生類が戻り、鳥類が呼び寄せられ、それを狙ったキツネがやってくる。草原では馬やアカシカが子どもを育てる。こうした生態系復元のプロセスや自然のサイクルを美しい映像を通して学ぶことができる本作は、それはまるで動く生きもの図鑑のよう」(公式サイト)

トークでは福島の話がありました。避難指示が出された南相馬では一時、家畜が野生化して繁殖しているという報道がありましたが、守るのではなく殺すという選択が取られたそうです。南相馬は元々は湿地帯で、津波の後、農地に開拓された部分が流されて元の湿地に戻り、自然という面から見ると、この「オーストファールテルスプラッセン」的でもあったそうです。複雑な気持ちです。


■ 凍っていく鹿のように、、 

ドリアン助川さん、トークにて開口一番「この映画は(老子の)tao、タオだと思った」。そして「観られた幸せ」を、詩人の言葉でたくさん語ってくれました。皆さん同じなのでしょう。映画へのコメント、いい言葉がたくさんありました。(公式サイトより)

* 捨てられた土地で新しい生命の可能性が示された。それは人間の想像を超えた想定外のことだった。考えてみよう「捨てる」ことの積極的な意味を。認識を変えたとたん、それは新しい思想になる。(田口ランディ)

* なにもなかった場所にこれだけの宇宙が誕生するのであれば、この世の命あるどんなものも自らを再生する力を持っているのだと確信できた。(吉本ばなな)

* 映像を観ているうち、ボクは草に宿った水滴となり、大自然の無尽の力を、春夏秋冬の歓喜を、途切れることのない命を、そして生死を見つめていた。体験し得た者は、本当の意味でこの世の祝福を受けたのだ。(ドリアン助川)

* 人間の手の触れない世界が、隅から隅まで、どれほど喜ばしい生命に満たされているかを、本作品はつぶさに示してくれる。(野崎歓)

* ひたすら生きて繁殖して死んで食われる、食われて死ぬ。ただそれだけのことが圧倒的に美しい。この美しさは、ただ単に人間が「何もしなかった」ことの結果だ。その結果を驚くべき映像でつきつけられ、身体中の細胞が喜びに打ち震える。この映画の中で凍ってゆく鹿のように死にたい、と本気で思った。(小池桂一)


・・・ 「凍ってゆく鹿のように死にたい、と本気で思った」、同感です。もっとも強く印象に残ったシーンです。死期を悟った鹿の眼に映るオーストファールテルスプラッセンの景。それをカメラは静かに見つめます。動物の眼に映る自然の景、次第に閉じていく眼、閉じた眼に降り積もる雪。厳しく、悲しく、しかし美しかった。この死は不幸なのでしょうか。自然なのでしょう。私の心にも、思いが降り積もりました。

映画は、東京アップリンクの他、名古屋、大阪、京都などで上映されるようです。
* 公式サイトはこちら
* UPLINKサイトでの紹介はこちら



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タイルのブログとしては、オランダ→デルフトを載せるべきなのでしょう。けれどもヨーロッパのタイルの写真がほとんどない、イスラームタイル一辺倒のorientlibraryです。中国染付と染付に憧れたデルフト&世界各地のブルー&ホワイトのやきものを少々ご紹介します。


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(青花魚藻文壺/景徳鎮窯/元時代14世紀)(青花唐草文水差/景徳鎮窯/明時代(1426−35))(デルフト/藍彩人物タイル)(イラン)


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(トルコ)(青磁染付鶴亀図大皿/伊万里/19世紀)(ウズベキスタン)(リシタン絵付け)


近々、何かアップしたいです。気合い入れつつ、セルフメンテナンスをゆるゆるやっていきます。
by orientlibrary | 2016-11-03 23:04 | 美術/音楽/映画

キルギス映画「山嶺の女王クルマンジャン」「アンダー・ヘヴン」

9月下旬から10月上旬にかけて、「中央アジア+日本」対話 第9回東京対話ウィークリーイベント 「知られざる中央アジア:その魅力と日本との絆」(外務省主催,独立行政法人国際交流基金,筑波大学,東京大学,東京外国語大学の共催)が開催されています。

音楽祭やシンポジウムは、なぜか平日の日中という多くの人にとっては行きにくい日程ですが、「中央アジアミニ映画祭」は夜間開催。「明りを灯す人」(キルギス)、「True Noon」(タジキスタン)は以前観ており、今回観たかったのはキルギス映画「山嶺の女王クルマンジャン」(2014年)、「アンダー・ヘヴン」(2015年)。東京・駒場会場にて観ることができました。ずっしり見応えがありましたよ〜。内容を忘れないうちに、備忘録的なブログアップにて失礼します。


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(キルギスにて。クルマンジャンでも、馬と人は常に一体だった/orientlibrary)


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<重厚!キルギス歴史スペクタクル 「山嶺の女王クルマンジャン」>

・・・・・ 19世紀、中央アジアにおいてキルギス人の誇りを貫いた高地民族の女王クルマンジャン。山岳地帯に生まれ育ち、「神と長が決めた」男と結婚するも婚家の男達の情けなさ、酷さに我慢ならず脱出。運命の出会いからクルグズタン南部アライ地方のダトカ(部族長)、温厚で聡明なアルムベクと結婚。しかし部族間抗争は絶え間なく、コーカンド・ハン国によりアルムベクが暗殺される。指導力と人望のあったクルマンジャンがダトカになる。ロシアは中央アジアに南下、やがてアライを支配する。これに抵抗する部族民の抗争が続くなか、クルマンジャンは二人の息子を喪う。それでもなお、キルギスの部族の誇りを守り抜き、96歳で逝去。その波乱万丈の一生を実話を基に製作した映画。

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アジアフォーカス・福岡国際映画祭上映後のQ&Aより
・国家的プロジェクトで政府の支援もあり、キルギス社会全体の後押しがあって出来た作品
・予算は150万ドルあり、メインプロデューサーを務めたのは現役の女性国会議員
・クルマンジャン生誕200周年に向けて、彼女にちなんだ映画をつくろうと社会的に影響のある文化人の間で動きがあった
・91年の独立後、あまり映画は製作されていなかったので、今作は大きな挑戦だった
・監督は以前、キルギスの首相だった人物。しかし、監督のプロではないのでロシアの映画学校で一から勉強した

・19世紀の中央アジアの女性の地位は男性よりもはるかに低く、周辺の国々もそうだった
・キルギス国民なら誰でも知っている女王クルマンジャンはキルギス南部で生まれた初の女王
・キルギスでは昔から男性は息子を教育する、女性は国民を教育する、と言われている。クルマンジャンはまさにその一例
・ドキュメンタリーではなく実話を基に製作されたものであり、映画化にあたっては脚色もあるが抽象的な表現も見てほしい
・激動の時代を生きたクルマンジャンダトカの肖像はキルギスの紙幣にもなっている


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(映画の中でのコーカンド・ハン国は衰亡期。写真は現在のコカンド/orientlibrary)


■イスラムアート紀行 感想
* 2時間超、緊張感が高いまま、ドキドキハラハラ。濃厚な歴史スペクタクル。国をあげての総力製作、守り抜いたキルギスの誇り、美しくも峻険な自然の景、役者さんたちの渾身の役作り。見応え。次回機会があれば、天幕や生活用品などじっくりと見たい。もう一度見たい!

*映画中、 唯一ホッとできたのは、天幕の中でのコムズ(キルギスの弦楽器)の演奏シーン。それだけ。想像するに、クルマンジャン、というよりも当時のかの地の人々の暮らしは、同様に緊張感の高いものだったのでは。部族間抗争は絶え間なく、周辺のハン国、大国の影も常にある。戦と隣り合わせの日々は、さぞやきびしいものだったでしょう。

* 「男の子を授けてください」と夫婦がシャーマン(?)に願う冒頭シーン。続いて、でっち上げの姦通を名目に女性への石打刑あわやという場面では「女の証言など当てにならん」。「女は家畜じゃない!」というクルマンジャンの叫び。部族社会での女性の地位の低さ、というか、男達のやりたい放題。いい加減にしろよ!と怒鳴り込みたくなります。イスラームは女性を差別する、と言われますが、元々の部族社会の慣習という面は大きいと感じます。

* ハラハラの合間には、画面の中のフェルトや山岳民族の衣装を楽しみました。青のスッキリした衣服がカッコいいと思ったらブハラからの使者、赤のチャバンはブハラのアミールでした。ブハラの衣服が都会的?でカッコ良く映りました。&口琴の響きはなぜか崖のシーンに合う。ウエスタン映画連想?

* 激動の日々を生き抜き、96歳という長寿を全うしたクルマンジャン。まさにキルギスの母ですね。女性も活躍する市民社会、民主主義の国をうたう現在のキルギス。英雄の中でも女性をテーマにすることは、内外へのメッセージなのかなとも感じました。


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(タイル主役のブログなので、こちらを。コカンドのパレス、ファサードのタイル装飾/orientlibrary)



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<キルギスの自然の中、息詰る心理劇 「アンダー・ヘヴン」>

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2016WEBサイトより(下記のあらすじ↓)

・・・・・  中央アジアの荒涼とした大地を舞台に描く、キルギス版「カインとアベル」。反抗的なケリムと良心的なアマンの二人の兄弟は、石工の仕事をしながら母と暮らしている。父親はケリムの借金のため、出稼ぎに出ていた。二人が一人の少女サルタナに恋をしたことから、悲劇が起こる。『エデンの東』のモチーフにもなったと言われている、旧約聖書「創世記」に登場する人類最初の殺人の加害者と被害者とされるカインとアベルのストーリーを、キルギスの広大な地で墓石の採石をする兄弟の物語に置き換えた、女性監督ダルミラ・チレプベルゲノワの野心作。

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(映画でも重要なモチーフであった石人、映画にも登場したイシククル湖/orientlibrary)


■東京・駒場での上映後のQ&Aより
・石人とは=戦で負けた人を讃えるために作られるもの。映画のラストでは善と悪という意味ではないか。

・旧約聖書のカインとアベルがモチーフとのことだが=キルギスにもキリスト教徒(ロシア正教)はいる。 (*イスラムアート紀行思うに、普遍的なテーマであり、採石場という光景と合ったのかな?)


■イスラムアート紀行 感想
* 心理劇は苦手と思いましたが、最後まで緊張感を持って観ました。石人について、鉱物資源、冠婚葬祭の慣習、地方と都会の格差、ロシアへの出稼ぎなど、ストーリーの中で臨場感を持って伝わりました。

* 民族衣装は多くないけれど、フェルト、キリム、葦の工芸、石彫りなどを、たっぷり見ることができました。

* イスラムアート紀行のテーマである「タイル」が、かの地では富裕層向けの商品であり、ケリムが「街に行ってタイルを作れるように稼いで来る(お父さんにタイルの仕事をさせてあげたい)」というようなことを言っていたのが印象的。

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(映画では荒涼とした採石場の景色が多かったけれど、自然がゆたかなキルギス/orientlibrary)



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中央アジア関連イベント、この間、グッと増えてきました。「中央アジア文化祭」をおこなった2年半前はまだまだ、なかった。検索しても「中央アジア文化祭」(イベント及びfacebookページ=現在非公開=)がトップに出てきてしまって、、複雑でした。今はいろいろあります!!状況、変わりましたね!!


---  イスラムアート紀行内・中央アジア文化、映画などの関連記事  ---

中央アジアが熱い!音楽、踊り、コミック、人々(2013 /01/28)

中央アジアの映画や演劇、独特の世界が魅力(2006/12/01)

聖なるブハラ 太陽に向かう鳥(2005/12/07)


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(コカンドのタイル/orientlibrary)
by orientlibrary | 2016-09-30 00:11 | 美術/音楽/映画

「ソング・オブ・ラホール」〜全世界に知ってほしい。パキスタン人は芸術家でテロリストじゃないことを〜

音楽の興奮と希望に満ちたドキュメンタリー映画「ソング・オブ・ラホール」(SONG OF LAHORE)。8月13日から渋谷ユーロスペースにて公開中。キャッチフレーズは「スィングしなけりゃ“あと”がない」。観て、その意味がわかりましたが、公開中の映画なので、内容がわかるような感想を書けないのが、とても残念。



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一度だけじゃもったいない。何度も観たくなる映画。いろんな発見があると思う。


● ストーリー 要約 (公式サイトより) ● 
「パキスタン映画産業の中心都市、ラホール。数々の映画が作られるとともに、伝統楽器を使った映画音楽も数多く生み出された。しかしイスラーム化の波、タリバンによる歌舞音曲の破壊によって映画界は衰退。音楽家たちは転職を余儀なくされる。そんな中、ラホール出身の実業家イッザト・マジードが私財を投じて音楽スタジオを作り、往年の音楽職人たちを集めて楽団“サッチャル・ジャズ・アンサンブル”を結成。彼らは古典楽器を用いた、世界で類を見ないジャズのスタンダードナンバーを生み出し、名曲「テイク・ファイヴ」をカバーしたプロモーションビデオは100万以上のアクセスを記録。ウィントン・マルサリスが、彼らをニューヨークへと招待。そこで彼らは、音楽家である誇りを取り戻していく」

ドキュメンタリー映画なのだけれど、良質なドラマのようでもあります。キャストの個性が際立ち魅力的なことに加え、音楽家たちの窮状からニューヨーク公演までの展開がスリリングで、感情移入し、ヒヤヒヤドキドキ、なのです。

それほどに音楽家たちを応援する気持ちが沸き上がるのは、それぞれの音楽家が語る音楽への尽くせぬ愛と敬意、伝統の継承者としての使命感が、ていねいに描かれているから。

何代も続く伝統音楽一家の継承者として、誇りを持ち精進を続けてきた凄腕の音楽家たちが、社会変化の中で音楽で生計をたてられなくなり、ウエイターやリキシャドライバーをしなくてはならなかった日々の葛藤、子孫に音楽を伝承できない苦悩。どうぞ誇りを取り戻し、存分に活躍して欲しいと思わずにいられません。


● 監督のことば 要約 (公式サイトより) ● 
「私は祖父からパキスタンの昔の音楽のことを聞いて育ちましたが、私が育った1980年代頃にはそれはすべて過去のものとなっていました。2012年ごろ、ラホールの音楽家たちが一丸となり、パキスタンの伝統楽器を使った音楽をレコーディングしているという無謀とも思えるような話を聞いた時、それが私の伝えたい物語だと気づきました。その時は彼らの旅がどこへたどりつくのか想像もつかず、ただ彼らの声や音楽を残したいと思いました」

監督はシャルミーン・ウベード=チナーイさん、女性です。いい映画撮るなあ。「ただ彼らの声や音楽を残したいと思った」、これがモチベーションというものですよね、理屈ではなく、ただただ撮りたいと思う。そして展開は思いがけない方向に。ニューヨークでの4日間のリハーサルシーンは白眉、そして感動のラストへ。


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< トークイベント  「パキスタンから世界へ!超絶演奏楽団サッチャルの魅力を語る」 >

サッチャル・ジャズ・アンサンブル、数年前にサラームさんが、某研究会で紹介されたとき、そりゃあもう驚きましたよ。白い民族衣装のおじさんたちがヴァイオリンを奏で、シタールやタブラは超絶技巧で、それでいて曲目が「テイク・ファイヴ」、、。今回その背景を知り、私も一緒に旅したような気持ちになりました。

映画公開に先立ち、映画『ソング・オブ・ラホール』公開記念 トークイベント 「パキスタンから世界へ!超絶演奏楽団サッチャルの魅力を語る」が開催されました。出演は、サラーム海上さん、村山和之さん、ヨシダダイキチさん。秘蔵映像を見ながらパキスタン音楽の魅力をスタディしておくというもの。

会場は満員でびっくり。2時間半、疾走しつつ濃厚なトークと演奏が繰り広げられました。サラームさんのサッチャル・ジャズとの出会い、村山さんのタリバーンの音楽(メロディはダメ、聖句などを吟ずるのは問題ないとのこと)などパキスタン音楽の紹介、ヨシダさんのグルーブ感ある「テイク・ファイヴ」シタール演奏、すべて素晴らしかったです。愛と熱がありました。

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「ソング・オブ・ラホール」、、とにかく、オジさんたちがいい。ウィントン・マルサリスが、またいい。

音楽がいい。音楽はいい。

こんなに人を繋ぐものを、こんなに時を繋ぐものを、こんなに空間を超えるものを、禁止したり弾圧したり、それはイスラームの教えではない。原理主義はあくまでも原理主義。現実が、伝統が、思いが、それに押しつぶされることがありませんように。パキスタンの圧倒的な音楽伝統が、卓越したセンスが、代々の技術が、これからも伸びやかに継承されていきますように。


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< TILE IN LAHORE AND INDIA >

最後に、タイルオタクから少々。前述のトークイベントで、ラホールの光景がスライドで紹介され、「あ、タイルだ!」と喜んだのですが、もしかしてタイルと認識されていないかも、、という弱気の想像も。たぶん、このタイルだったと思う。違ったらゴメンナサイ。でも似たものです。

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(MOSQUE OF WAZIR KHAN, LAHORE, COMPLETED IN 1634-35 /cut tile mosaic panel with an inscription in Persian in the nastaliq style on a blossom strewn ground/『The Art of the Islamic Tile』より引用)


このタイル、トークの中で「中央アジアの印象がある」とのお話がありましたが、タイルに限定して言えば中央アジアではあまりないタイルの様式だと思います。中央アジアは青が主で、こちらは黄色と緑がメイン。中央アジアの印象を持たれたとしたら、アトラスなど色鮮やかな布のイメージと重なったのかも、、。印象すごく強いですものね!


黄色と緑はイランやモロッコのタイルでも使われますが、ムガル時代のタイルの特徴を示す色だと思います。まさに、ムガルのタイル。ムガルインドの都・ラホールらしいタイルですね。参考までに、ラホールのタイルを写真だけですが少々。

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(LAHORE FORT, LAHORE, COMPLETED IN 1631 /the parrot perching on the upper cornice seems to be peering down at the little scene showing horsemen in the middle register/『The Art of the Islamic Tile』より引用)


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(orientlibrary)


インドにはタイルがない、というイメージがありますが、ムガルインドの建築物をよ〜〜〜く見ると、少しあるのです!その写真を少々。インドは石造建築が主なので、装飾もタイルに走りませんでした。石の象嵌の美しさはよく知られるところです。だからタイルも、どこか石っぽい。
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(orientlibrary)


パキスタンのタイルということでは、時代を遡り、デリースルタン王朝時代の、ムルタンやウッチュのタイルが圧巻です。こちらは青、青、青。濃い青、強い青。そして幾何学の構図が素晴らしい。インド亜大陸タイルの傑作です。写真を少々。
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(orientlibrary)


文章を推敲するより、とにかくアップ、を目指します。気持ちがフレッシュなうちに。
そうしないとなかなかアップできないので。ことば足らず、乱文、ごめんなさい〜。



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<リンク>

  『ソング・オブ・ラホール』 公式サイト
http://senlis.co.jp/song-of-lahore/

  『ソング・オブ・ラホール』 facebook
https://www.facebook.com/songoflahore.jp/?fref=ts

  『ソング・オブ・ラホール』予告編
https://youtu.be/fSepumfQkd4

  Sachal Studios' Take Five Official Video
https://youtu.be/GLF46JKkCNg

  映画『ソング・オブ・ラホール』公開記念「パキスタンから世界へ!超絶演奏楽団サッチャルの魅力を語る」
https://www.facebook.com/events/1702373750024046/

  クラウドファンディング 「パキスタン伝統音楽×ジャズ!? サッチャル・ジャズ・アンサンブルの初来日公演にご支援を!」(9月来日決定!!
https://motion-gallery.net/projects/song_of_lahore

 レヴュー「劇映画よりドラマチック!な ドキュメンタリー『ソング・オブ・ラホール』」(ブログ「アジア映画巡礼」/パキスタンの状況も含め詳細な解説)
http://blog.goo.ne.jp/cinemaasia/e/16f9c1c2fd5baf856f50150788b2175f

 レヴュー「Song of Lahore (Pakistan)」(HP「バハールドゥルシャー勝」/ラホール、パキスタンの歴史から、音楽家のカースト、宗派について、映画の紹介など、さすがのレビュー!!勉強になりました!)
http://www.bahadurshah.com/film/song-of-lahore
by orientlibrary | 2016-08-13 22:45 | 美術/音楽/映画

真珠の世界史、東方見聞録、カロタセグ

真珠を旅する

e0063212_025377.jpg真珠の世界史 〜富と野望の五千年〜』(山田篤美著/中公新書)。『ムガル美術の旅』の著者が徹底的に探った真珠史。フォーマルシーン以外にあまり意識することのない真珠でしたが、卑弥呼から東方見聞録、帝国主義、養殖真珠、グローバル化まで、真珠をめぐる激動の歴史に驚きの連続でした。

まとめられないので、同書からの引用にて。

「古代ギリシアやローマでは真珠は最高の宝石だった。なぜなら丸くて美しいアコヤガイの真珠は、アラビア半島と南インドの海域でしか採れなかったからである。そのため古代ヨーロッパ人は希少な真珠に高い価値を置いてきた。真珠は、コショウや象牙、綿織物などとと同じように、オリエントを代表する富のひとつだった」
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(真珠の写真がなく仕方がないと思っていたそのとき、偶然入れたテレビが真珠の番組でビックリ。カメラを持ってきてテレビ画面を撮影しました。NHKの番組より/自然が生み出す丸くて美しい玉。神戸の加工工房ではミリ単位の大きさを一瞬で判断していく)

「十六世紀の大航海時代になると、新大陸のベネズエラ沿岸部がアコヤガイの真珠の産地であることが明らかになった。スペインはベネズエラの真珠の産地を支配。ポルトガルはアラビアとインドの真珠を手に入れた。こうしてヨーロッパには大真珠ブームが訪れる。十七世紀になると、ダイヤモンドの人気が増していったが、十九世紀後半に南アフリカでダイヤモンドが発見されると、その希少性が減少し、真珠がダイヤモンドよりも貴重になった」

15世紀、コロンブスが「発見」したベネズエラ。スペイン人は、当初は先住民が持っていた真珠を収奪するも、次第にカリブ海の無人島を拠点にしての真珠の採取へ。バハマ諸島でとらえた先住民を強制連行して海に潜らせる。潜水という重労働を朝から夜まで強いられた先住民は次々と命を落とし、民族絶滅の道に追い込まれます。

紀元前、ある博物学者は、「それを獲得するには人命をも賭けねばならない」として、真珠を「貴重品の中でも第一の地位、最高の位」と述べているそうです。清楚な輝きは古代より権力者の証、そして帝国主義の賜物。

「したがって二十世紀のはじめの日本の真珠養殖の歴史的意義は、ヨーロッパの支配者階級が二千年にわたって熱望し、カルティエ社やティファニー社が高値で販売していた真珠という宝石の価値と伝統を瓦解させたことだった。養殖真珠の登場で、真珠は大量消費時代の大量生産商品になったのだった」
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(NHKの番組より。神戸は世界有数の真珠製品の集積地なのだそうです。現在は南洋産の多彩な真珠が豊富に供給されており、日本で細密に加工されお洒落な製品に。フォーマル一辺倒ではない斬新なアクセサリーをデザインする日本女性も紹介されていました)

日本の養殖真珠は欧米による財宝の支配をグラグラと揺るがしました。その品質があまりに素晴らしかったため欧米では排斥運動も起きたほど。やがて日本は真珠王国に。けれども、「ほかならぬ日本人がこのことを十分理解してこなかった」。

古代日本でも最古の輸出品であり、戦後は外貨を稼ぐ救世主となった真珠。「日本は長い間真珠王国だったが、いったいどのくらいの日本人が貝から真珠を取り出したり、その真珠の神秘的な美しさや輝きに感動したことがあるだろうか。真珠と産地が一体ならば、私たちはきっと海の環境にも目を向ける」。結びの言葉は、「豊穣な海があり、美しい真珠があること、それが日本の原風景なのだから」。

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東洋文庫ミュージアムで『東方見聞録』を見る

真珠史でも鍵を握ったマルコ・ポーロの『東方見聞録』。現在、文京区の東洋文庫ミュージアムで、「マルコ・ポーロとシルクロード世界遺産の旅~西洋生まれの東洋学~」展開催中。
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(東洋文庫ミュージアム。上段右がアントワープで出版されたラテン語訳本。下段は世界で出版された『東方見聞録』)

『東方見聞録』では、日本は「莫大な金を産出し、宮殿や民家は黄金でできているなど、財宝に溢れている」との記述があるようです。

一方、『真珠の世界史』での『東方見聞録』は、次のように紹介されています。「この書物は紀行文というよりも、オリエント世界ではどこにどのような特産品があるのか記された情報本だった。きわめて役に立つ本で、たちまち当時のベストセラーとなった。百四十以上もの古写本などがヨーロッパ各地の図書館に残っている」。

『東方見聞録』、真珠についても情報が。オリエントの真珠産地は、日本、中国、南インドとセイロン島の三カ所。丸くて美しい真珠の産地は、世界でも日本と南インドとセイロン島だけ、と。これらの地域への到達がヨーロッパの支配者の悲願になりました。

展覧会では世界で出版された同書が多数展示されています。なかでも目玉は、1485年、アントワープで出版されたラテン語訳本。世界で3番めに古いもので、西洋で最初期の活字印刷物にあたる貴重な書だそうです。

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中央アジア人、予告編

「中央アジア人」、小さな予告編です。第2回は漆芸作家の中村真さん。ウズベキスタンで中央アジアの民族造形の調査研究をおこない、タシケントの工房で楽器制作と修理を習得した中村さんの報告書と、先日お聞きしたお話をもとに、書いてみたいと思っています。ドゥタール、カシュガルルボップについて、長い時間をかけてその行程を追った制作記録が圧巻。
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(アトリエにはウズ愛あふれる不思議グッズがたくさん。音楽もウズポップ。楽器が美しいです。私の陶芸の先生Kさんの先輩でもある中村さん。3人で語りましたね〜。楽しかったです)

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フォークロアの宝庫、トランシルバニアのカロタセグ

「イーラーショシュとカロタセグの伝統刺繍」展。「トランシルヴァニアの片隅にひっそりと、煌びやかな手仕事の文化が花ひらきました。その多彩で豊富な刺繍の世界を、コレクションとともにご紹介します」「カロタセグを代表する刺繍「イーラーショシュ」をはじめとする、農村を土壌に生まれ、育った美しい手仕事の数々。今年発売された二冊の本の出版記念として開催いたします」(手芸研究家・谷崎聖子さん)。
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(展示会場写真がないのが残念〜撮ってもよかったようです。圧倒的な衣装や刺繍、ディスプレーをお伝えできないことは残念ですが、自身は一期一会と思って、本を見ながら想像を広げようと思います。下段中と右がイーラーショシュ)

東欧は行ったことがなく、ほとんどわかりません。でも小説や音楽や衣装など、断片的には見ており、興味は大きいのです。展示は、まさにフォークロアの宝庫を感じさせるもの。とても充実した展示でした。ブログや書籍の写真がまた、ものすごくいい。ステッチや図案も詳細。

主催者である谷崎さんの熱い気持ちが伝わります。熱ですね。調査、蒐集、研究、発表、展示、すべて熱。あふれるようなものがないと、伝わらない。ルーマニアの刺繍は赤が多く、可愛く強い。強烈に重い密度。自然のモチーフが多彩。魅せられた気持ち、わかるなあと思いました。

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船でしか行けない秘境の温泉

平家の落人伝説が残る秘境の宿、しかも交通手段は船だけ。それが「大牧温泉」(富山県南砺市)。遊覧船が遡り行く庄川は紅葉の盛りです。前日に降った雪が遠景の山にうっすらと積もり、前景は赤や黄色の紅葉。川面に映る紅葉が絵画のようです。

大牧温泉は、1183年、合戦に敗れた平家の武将が源氏の追撃を逃れ隠れ家を求めてこのあたりをさまよっていたとき、豊富に湧き出る温泉を発見。その湯を口にし湯あみをして創傷の身を治したのが始まりとの由来が。

かつては峡谷の底に村落があり、村人の湯治場でした。1930年、ダムの完成とともに村落は湖底に没し、温泉宿一軒だけがダム湖と切り立つ断崖の間に取り残されてしまいます。

温泉を何とか続けようと、源泉を湖底から採り込み、船を頼りに再興されたのが現在の大牧温泉の基。
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(40分ほどかけて深緑色の川を遡る。関東や関西からのツアー客で満員。紅葉シーズンが観光のピーク?宿の人によると、「冬が一番人気」なのだそうです)

日本の百名湯にも選ばれた湯質、ホカホカあったまります。富山の民芸・工芸を訪ねる小さな旅のひとこま、でした。民芸はまたの機会にご紹介できればと思います。

民芸ついで、と言ってはなんですが、「今どきの民芸」、盛り上がってますね〜。雑誌「nid」でも「民芸はあたらしい」特集。民芸のある暮らし。まだ熱中が続いている私がチェックしているサイトの主催者や時おり出没しているショップのオーナーも。お洒落だな〜。センスがいい。ほんと、いい感じ。
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(民芸と特集する雑誌「nid」。下段中と右は、セレクトの眼が冴える「工芸喜頓」さんにて。いろいろ欲しいよー!久々の物欲上昇)

民藝という視点では、「違う(本当の、本物の民藝ではない)」という意見もあるのかもしれない。でも、やきものや手仕事で心が満たされ、日々が潤うのならば、いいのでは。個人的には、器で美味しさがこんなに違うのかと眼からウロコの日々です。

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今回もバラバラな話題です。まだまだトピックがあるのですが、なかなか書けません。ひとつのテーマを深めた長編?もトライしたい。元気でやってるんですが、とにかく日の経つのが早いとしか言いようがないのです。せっかく訪ねてくださっているのに、、なるべく間をあけずアップしたい。12月、ブログも走りたいと思ってます。最後にタイル写真をどかん!と。

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(ナディル・ディヴァンベギ・マドラサ(ブハラ)/Nadir Divan-Beghi madrasah, Bukhara, Uzbekistan)
by orientlibrary | 2013-12-07 00:03 | 美術/音楽/映画

北斎、青で描く日本の自然美、そして生命

◆ 北斎の青 ◆

西アジア、中央アジアの装飾タイルや陶器の青の興味があります。けれども日本美術に疎いので、日本の絵画や版画での青の表現は知らないままです。

テレビでの青の番組がありました。「青の宇宙史〜フェルメールから北斎へ〜」(BSTBS)。フェルメールは日本で大人気ですが、私はあまり興味が湧きません。そんなわけで、あまり期待せず、いちおうチェックするというスタンス。「フェルメール・センター銀座」という施設があり、現在青を軸とした北斎の展示を開催中。その館長でもある生物学者・福岡伸一氏が番組のナビゲーターでした。

番組はすっきりとまとまっていて、浮世絵の知識のない私にも流れがよく理解できました。そして北斎の青と、青への思い、構図や表現の斬新さ、ベロ藍という当時の最先端の青のインパクト、そしてフェルメールブルーをイキイキと「動かした」北斎の力量の凄みに、心が動きました。

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(「青の宇宙史〜フェルメールから北斎へ〜」(BSTBS)、テレビ画面を撮影)

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<出演者のコメントなどをメモした中で、個人的に印象に残ったこと>
《北斎の青、日本の青》
・ 北斎の青の魅力は、白(〜余白)がきれいなこと。潔く身を引いている。藍色は白のためにあると思えるほど、白がより良く見える

・ 日本の色の感性は素晴らしい。日本ほど色の名前が多い国はない。それは日本の風土、花や海や空からきているのだろう。水や空など青が自然の中にある日本だから、様々な青に挑戦する。いろいろな青が出るように工夫する

《ベロ藍の使用、刷の技術》
・ ベロ藍はそれまでの日本になかった色。ハイカラで知的で品がいい。空気感、湿度感が違う。立体感、奥行が出てくる。自然の美しさがイキイキしている。これを使った北斎は、自分だけの色をだしたかったのだろう

・ 当時は長崎の出島にオランダの物産を売る場所があった。フェルメールともつながる。フェルメールは青に身も心も奪われているが、北斎はそうではない。突き放している

・ 北斎はこのベロ藍を使って「冨嶽三十六景」を描き、青の濃淡で名所の水や空を表現した。日本の刷師は、絵の具を紙の表面でなく芯に滲み込ませる。独自の高度な印刷術もあり、「冨嶽三十六景」は爆発的な人気となった

《青は生命の色、その青を動かすことで生命を描いた北斎》
・ 青は生命にとって大切な色。生物は海で生まれた。最初に見た色は青だったのではないか。生命の色である青には生命の美しさがある。大きなもの、母性、限りなく生命的なもの。雄大なすべてを包み込む色

・ 北斎は青と生命の関係に自覚的だった。生命は流れでありエネルギーである。北斎は晩年の傑作「怒涛図」の「男浪」「女浪」で青を動かした。止まっているが絵は動的であり動いているものとして表現している。青は動いているから美しい。あらゆるエネルギーのうねりが込められた、宇宙にまで届くかのような青。北斎は生命の色である青を使って、生命の存在を描いてみせた
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ベロ藍は、紺青(こんじょう、プルシアンブルー)。1700年頃、プロシア(当時)の都市ベルリンにおいて初めて合成に成功した人工顔料で、日本では、ベルリン藍がなまってベロ藍と呼ばれたそうです。

「冨嶽三十六景」の青の濃淡、互いに引き立て合う青と白、生きているかのような波、さらには晩年の螺旋状にうねる青。日本の青の表現、驚きでした。

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(日本の青を東博写真の中から探してみました。左は18世紀江戸時代の被衣。染分麻地松皮菱菊蕨模様。藍を基調にした染が人気/右は型染木綿地に刺し子を施した火事羽織です。粋ですね!)

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◆ パキスタン映画「BOL~声をあげる~」 ◆

パキスタン映画「BOL~声をあげる~」、2011年にパキスタンで公開。2012年に福岡での「アジアフォーカス・福岡映画祭2012」で上映され観客賞を受賞。その後、映画祭等で上映されましたが、すべて合わせても計6回と、観る機会がとても少ない映画でした。

「BOL」の監督であるショエーブ・マンスール氏は、2007年に公開された「Khuda Kay Liye/神に誓って」で世界的に高い評価を受けています。「神に誓って」は9.11後のアメリカでのイスラーム諸国出身者への非道、厳格なイスラム教徒の結婚観、過激派に引込まれて行く若者の心理などを丹念かつ重厚に描き、圧倒的。主人公がミュージシャンの兄弟という設定もあり、音楽も素晴らしい。上映会は08年でしたが、今も強く心に残っている映画です。

そんなマンスール監督の「BOL」ですから、観られる機会を待望していました。そして先日、ついに観ることができました!しかも、日本語字幕付きで。さらに当日は、日本語字幕の監修をされた麻田豊先生から、映画の背景となる考え方、風土、慣習などについての解説がありました!

ストーリーが複雑というよりも、登場人物たちの考え方や行動に「どうして?」という疑問符でいっぱい。観る前に解説頂いたおかげで、なんとか話についていけました。わかりやすく具体的なお話が聞けたこと、とても有り難かったです。

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(HP「アジアフォーカス・福岡映画祭2012」等から引用/妻と7人の娘たちは家に幽閉状態。お隣さんはシーア派、リベラル家庭。隣の長男役がcoke studioにも出演するアーティフ・アスラム:伝統医療は衰退し収入は減るばかり。売春地帯の親分がコーランの先生の話を持ちかけ、なんと親分の孫娘〜高級娼婦〜とこの厳格親爺が結婚することに!やがて女の子が生まれます:両性具有の末息子。純真)

父親を殺害した罪で死刑を宣告された伝統医療医の長女。最期の望みとして絞首台で記者会見を行うことを要求。自分の身の上を語り出すところから始まります。

インド・パキスタン分離独立、衰退する伝統医療、父親の圧倒的な権力、男性が女性を養うという考え方、男児願望、両性具有、女子に教育は不要という考え、外に働く場がない女性、警察の汚職と賄賂、パキスタンの売春地帯、教養があり礼儀正しい高級売春婦タワーイフ、スンニ派とシーア派の対立、宗教への妄信など、様々な問題が2時間半の中に盛り込まれていますが、最も大きいのは女性の生き方、人権ということかと思います。長女は「産む罪」を問いかけました。

家族に暴力をふるい恐怖支配する父親ですが、俳優の演技があまりに秀逸なせいか、感情移入してしまう面も。ラホールのモスク、古い住居が美しく、農村の風景も憧れます。パキスタン女性はクラクラするくらいの美しさ!世界一綺麗では?また、パキスタンの福山雅治とも言われるアーティフ・アスラムのシーンは明るく、音楽もいい感じでした。

(重厚で様々なテーマが織り込まれた映画。感想を書くのが難しく、なかなか書けません。日を改めて書ければ、、と思っています)

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◆ 青のfacebook、サマリー ◆

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<リシタン古皿 ウズベキスタン〜フェルガナ郷土史博物館展示品> <仁清が描く波の青 日本 色絵波に三日月文椀〜仁清/江戸時代、17世紀東京国立博物館所蔵品> <イズニック陶器 トルコ〜赤い素地の上に白い化粧土を掛け、コバルトブルーを主に、ターコイズブルーを効果的に用いながら、蓮、三つ葉模様、螺旋状の花模様等を描く> <フダーヤール・ハン宮殿のタイル ウズベキスタン>

今回写真が少ないので、フダーヤール・ハン宮殿のタイルをこちらでご紹介!

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<フダーヤール・ハン宮殿のタイル ウズベキスタン/コーカンド・ハン国は、18世紀後半から19世紀前半にかけてフェルガナ盆地を中心に栄えたチュルク系王朝。最盛期には清朝、ロシアと通商関係を結び、中央アジア最大の交易国に。しかし19世紀半ば過ぎにロシアが侵攻、やがてロシアの属国に。君主フダーヤール・ハンはロシア様式を取り入れた新宮殿を造営し国の再建と専制の増強をはかりますが、ほどなくして国は滅びました。14世紀から続く中央アジアの装飾タイルの伝統ですが、19世紀も後半になると周辺地域の色やデザインの嗜好が入り交じり、青よりも多彩色のインパクトが大。宮殿内のタイルの中にはロシア正教を思わせるモチーフもあり独特/mosaic tile on the gate of Khan's Palace=the Palace of Khudoyar Khan, built between 1863 and 1874/ Kokand is a city in Fergana Province in eastern Uzbekistan>
by orientlibrary | 2013-02-03 23:05 | 美術/音楽/映画

長崎みかわち焼/0円新政府/イスラエル音楽/インド音楽受容と変容

◆ みかわち焼 ◆

清らかな白と青に惹かれました。長崎みかわち焼。日本のやきもの産地のことを本当に知らず恥ずかしいですが、みかわち焼、今回初めて知り、見ました。(「技巧の宝、発見 ヨーロッパを魅了した 長崎みかわち焼展」/渋谷ヒカリエ8階/1月21日まで)

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(DM等を撮影したもの。会場での撮影禁止だったため、残念ながら作品の写真がありません。リンク先などご参照ください)

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<以下、みかわち焼オフィシャルサイトより>
江戸時代、現在の長崎県佐世保市に技術の粋を集めたやきものがありました。そこで焼かれたやきものは、藩の名称から当時は「平戸焼」、現在は「みかわち焼」と呼ばれています。このやきものは、藩の厚い保護を受けていたため、江戸時代のさまざまな経済の荒波に巻き込まれることなく、技術の粋を極めた細工 ものや茶道具などをつくり続けることができました。
幕末(1800 年代半ば)からは、コーヒー碗をはじめとする薄手の食器や繊細な造形の「細工もの」が輸出され、20 世紀半ばまでヨーロッパで高い評価を得ました。その一部は、大英博物館やヴィクトリア & アルバート博物館などにも収蔵されています。
大量生産や廉価な商品が普及する高度成長期以降は、この一つひとつ手仕事でつくり出していくみかわち焼は、時代に取り残されて、知る人ぞ知る存在になっていました。
しかし2010年代になり、このやきものが、再評価され始めました。お殿様の器をつくるために採算を度外視した素材選びと、高度に進化していった職人技は、DNAとなって、いまも随所に受け継がれています。近年は江戸時代から近代の名品の再評価し復元や、伝統技を活かした現代の器づくりを積極的に取り組んでいます。
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青の陶器やタイル好きのorientlibrary、これまで見ていた西アジア、中央アジア、そして中国、朝鮮、いや日本の他の染付ともまた違う青の世界に惹かれました。あくまで個人的な感想ですが、一言でいうと、清潔。繊細清楚はもちろん、さらなる清潔さを感じました。浄らかな青の世界。あくまでも淡い呉須の色合い、その濃淡で表現される図柄、透き通るように薄い「薄胎」磁器やレースのような透し彫り。夢の世界でした。

ふだんは地元の美術館に展示されている陶たち。今回の展示作品以外にも現在の窯元の作品も上品で優雅。(豆皿例)海外で評価が高いのも納得できます。いつか佐世保に行かなくては。

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◆ 新政府樹立 ◆

話題はガラリと変わります。「坂口恭平 新政府展」(ワタリウム美術館/2月3日まで)。
『TOKYO 0円ハウス 0円生活』『0円ハウス』『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』『独立国家のつくりかた』などの著書、太陽電池パネルと車輪をつけた「モバイルハウス」、その制作過程を描いたドキュメンタリー映画「モバイルハウスのつくりかた」、さらには「新政府樹立」宣言で注目を集める坂口恭平さん

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(引用:HP「0円ハウス」/引用:ワタリウムHP/青山の「ゼロセンター」、パスポートをもらった)

早稲田大学建築学科(石山修武研究室)時代に路上生活者の家と出会う。幼少期の興味も関連して、身の丈に合った家を試行錯誤。多摩川の河川敷に長年暮らす“多摩川のロビンソンクルーソー” を師匠に、細部まで教示を受けながら、制作費2万6千円、二畳のモバイルハウス(車輪が付いていれば住居とはみなされない)を作り、駐車場に設置して暮らす。徹底的にコンパクトながら思いのほか住み良い「家」。
会場にモバイルハウス実物が展示されていて、入ってみたけど、採光も良く、住んでみたいと思うくらい快適感があった。茶室という日本の価値観、美意識が生きているようにさえ思えた。

これまで、ホームレスは新しい生き方という捉え方や、ゼロ円でゆたかに生きていくという彼のテーマに興味を持ち、本も読み、映画も見た。けれども、なぜか後味が悪く、納得できず、、なんだろうと思っていた。今回展示を見て、ちょっとだけなぜかがわかった。坂口さんはアーティスト。徹底的にアーティスト。独特の才能のある人だと感じた。かつ弱みも全部見せて繊細。
社会活動家とも言われており、プレゼンテーション力が高く目立つせいか、企業や自治体からのオファーも増えているようだけど、あまり活動家として期待したり追い込まない方がいいのではと思う。躁鬱病を公言しており、1週間程前から「体調不良」(鬱期)でトークなどをキャンセル。マイペースでいきましょう。

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◆ イスラエル音楽シーン ◆

サラーム海上のエキゾ夢紀行 ─ シャローム・ イスラエル編」(UPLINK)。「中東、東欧、ロシア、アメリカ、バルカンの音楽がゴッタ煮になった現代イスラエルの音楽シーン」、ご興味ある方はリンクを参照してみてください。YouTube映像もあり。

ほとんど聴いたことのなかったイスラエルの音楽。そして現地の様子など、いろいろ考えさせられました。まず、驚いたのは、音楽の多彩さ、レベルの高さ。世界各地からイスラエルという「国」へ。その元々の世界各地の音楽を生かし、なかには現地ではすでに衰退した音楽がイスラエルで保持されているものも。(例えばイエメンの山岳民族の民謡など。イスラム原理主義が強まると音楽は排除される傾向がある)。

年末に、たまたまサラームさんのトークで、さわりとして数曲聴いたことがきっかけ。イスラエルの音楽シーン!?何これ?と興味を持ち参加したけど、聴いていなかったら行かなかったと思う。イスラムアート紀行、イスラエルには複雑な気持ちを持っています。イスラエルと聞いただけではね除けていたと思う。けれども、音楽としては、たしかに興味深かった。中央アジア・タゲスタン共和国のケマンチェ、サーランギーの音楽など、心に響いた。

イスラエルにも平和運動があり、真摯なジャーナリズムがあり、兵役を拒否する人もいる。すべてひとくくりに排除する考え方、気をつけようと思いました。私の壁は少しだけですが低くなりました。現実の「」がどうぞなくなりますように。

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◆ インド音楽 ◆

「インドを奏でる人々 〜その音楽受容と変容〜 インド音楽・舞踊増殖中の日本!今の姿をお見せします。」(東京音楽大学)。

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ライブとシンポジウムの二部構成。音楽&舞踊ライブは、南インド古典舞踊・バラタナティヤム/ヴィオラ・ダ・ガンバ、16、17世紀西欧のルネサンス音楽、古楽器演奏/ベンガルのエスラジ&タブラ演奏、向後隆さんの演奏一部聴けます/シタール&タブラ演奏/サントゥール&タブラ演奏。 

シンポジウムは、インド音楽が日本でどのように受容されてきたか、インド音楽自体の変容について。濃い内容を短い文章にするのは難しいです。興味深く感じたいくつかの点だけピックアップしたいと思います。

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・ インド音楽の最初の日本への紹介は752年。東大寺大仏開眼供養会にて天竺の音楽演奏
・ 明治期にタゴールソングの紹介
・ 戦前に東亜の音楽紹介(政治的野心のある地域の音楽に関心)
・ 1960年代〜80年代、小泉文夫さん等民族音楽研究者によるインド音楽研究と日本への紹介、啓蒙。ラヴィ・シャンカル等に衝撃を受けた人たちが矢も盾もたまらずインドに向かい音楽家に師事。(例えば今回の奏者でありパネラーの皆様。第1世代ともいえる方々かと思いました)
・ 1990年代、航空チケットも安価になりインドに行きやすくなった。滞在して音楽学習。演奏家として活躍するように
・ 2000年代、CD発売等。他の音楽ジャンルとコラボレーションも
・ IT産業の伸展等から海外在住のインド人増加。裕福なコミュニティ形成。インド人意識の高まり。自国の文化や芸能を重視。一方でインド以外で流行したインド音楽のスタイルのインドへの逆流も
・ 現在、ネットワークでの音楽学習も。スカイプを媒介とする師弟関係(インターネットグル)等
・ インドでインド人がおこなうものから、世界中にインド音楽をやる人が増えた。ローカルからグローバルに
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元々、シタールに代表されるように、一音めから、悠然たる世界、内面に向かうような音律に浸るインド音楽。昨今は、アンビエント、ヒーリング、ヨガ、メディテーションといった音楽ジャンルで親しまれているようです。
日本の演奏家の方々、素晴らしい演奏でした。試行錯誤しながら日本人としてのインド音楽、インド舞踊に真摯に取組んでいらっしゃる姿勢に共感しました。このような場と機会に感謝しています。

いわゆる異文化が受容され、各地の文化の中に融合していくこと、興味深い。中央アジアのものに置き換えて考えたりしたのでした。

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今回、写真が少ないので、やはり青のfacebookサマリーから。

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(聖者廟ビービー・ジャイウィンディー パキスタン/聖者廟ホージャ・アフマド・ヤサヴィー廟 カザフスタン)

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(青の陶器が描かれた絵 トルコ/二羽の鳥が描かれたリシタン陶器 ウズベキスタン/染付古便器 日本/青の余韻 イラン、トルコ、ウズベキスタン)

☆ご訪問、ありがとうございました☆
by orientlibrary | 2013-01-20 22:07 | 美術/音楽/映画

モンサント、イラン式料理本、これは映画ではない、スケッチ・オブ・ミャーク

矢継ぎ早に見た映画4本。こうしてみると、観るものはドキュメンタリー(〜的なもの)ばかり。トニー・ガトリフ作品や、「ジプシー・キャラバン」など音楽系ロードムービー、中東やインド・パキスタンの文化や人々を描いた映画等が好きな私。今回も、その路線でした。


① モンサントの不自然な食べもの 〜公式サイト

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*** 公式サイトより ***  
私たちに身近な食品、豆腐や納豆、ポテトチップなどのラベルにかならずある 「遺伝子組み換えでない」という表記。当たり前のように食卓にのぼる遺伝子組み換え作物、「不自然な食べもの」。果たしてそれはどこから来るのだろうか?

世界の胃袋を握ること---それがモンサントのビジネス戦略。アメリカに本社を構えるアグロバイオ企業「モンサント社」、世界の遺伝子組み換え作物市場の90%を誇るグローバル企業の、クリーンなイメージに隠された裏の姿をカメラは追う。
遺伝子組み換え作物から、過去に発売された枯葉剤、農薬、PCB、牛成長ホルモン。1世紀にわたるモンサント社のヴェールに包まれた歴史を、貴重な証言や機密文書によって検証していく。


自然界の遺伝的多様性や食の安全、環境への影響、農業に携わる人々の暮らしを意に介さないモンサント社のビジネス。本作は、生物の根幹である「タネ」を支配し利益ばかりを追求する現在の「食」の経済構造に強い疑問を投げかける。 「世界の食料支配、それはどんな爆弾より脅威である・・・」と作中で語られる、世界の食物市場を独占しようとするモンサントの本当の狙いとは?
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「1ドルたりとも儲けを失ってはならない」という”社訓”から始まり、「種」を通じて世界の食をコントロールしようとするモンサントの容赦ない姿勢が様々な角度から描かれます。世界各地でモンサントに脅かされ苦しむ農を担う人たち。グルメ等々、食の恩恵を受けている日本の私たちにも、重い問いが投げかけられているように感じます。各地で自主的な上映会も広がっています。


② イラン式料理本 〜公式サイト

早く観たいと思っていた「イラン式料理本」、あれからあっという間に3か月も経ってしまいました。

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舞台はキッチンと食卓のみ。7人の女性が料理を作り、家族等に食事を供します。「宝石ピラフ」など素敵なネーミングにワクワク、「おいしそうでした!」という感想を書くだろうと予想して観た映画でしたが、印象はもう少し複雑です。

料理自体が詳しく紹介されないこともありますが、作りながら語る作る女性たちの来し方や状況、服装や発言、そしてできあがった料理を食す家族の様子や発言に、いろいろと考えさせられました。
「缶詰シチュー」が簡単(手抜き)料理代表のように映りますが、夜の10時半に大勢のお客が突然来たという設定でもあり、日本ならばそれほど批判されない光景でしょう。むしろ他のメニューの時間のかかり方の方が、すごい。5〜6時間も昼食や夕食作りにかけるとは、、一日が食事作りですぎてしまいます。

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手間をかけた伝統料理、家族の健康や幸せの軸となるお母さん、そのことの幸福、という価値観もあり、それはわかっていても、あまりに理解のない男性の姿との狭間で葛藤する若い世代も。(書き出したらいろいろ書いてしまいそうなので、このへんにしておきます)

台所と料理という見近なテーマ、リアルなドキュメンタリーなのに、どこか不思議で壮大な物語のようでもある、こういう映画を作ってしまうイラン映画の感性は、やはり別格です。


③ これは映画ではない 〜公式サイト

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*** 公式サイトより ***    
映像は、テヘランのとあるアパートメントの一室で始まる。失業中の男の日常? いや、これは軟禁中のパナヒ監督自身の一日を映しているのである。かといって語り口はあくまでユーモラス。限られた空間と時間にも関わらず、見る者を飽きさせない様々な創意工夫に溢れている。ラース・フォン・トリアーの『ドッグヴィル』ばりに絨毯にテープを貼り、そこを舞台にして脚本を再現してみせたり、なぜかタイミングよく上の階の住人が吠えまくる犬を預けに来たり、パナヒが警察に連行された日のことをゴミ回収の青年が知っていたり。どこまでが偶然でどこまでが演出なのか!?
黄金期イラン映画を彷彿させるスリリングなスタイルで周到に組み立てられた映像は、映画のラストでふいに建物のエレベーターを「自由」への逃走の場へと変えてしまう!
観客はパナヒ監督のユーモアにひとしきり笑い、そしてやがてその状況の重さに慄然とするのである。

タイトルの『これは映画ではない』は、20年間の映画製作禁止を申し渡されたパナヒ監督の、映画でなければ何をつくっても違反にならないだろう、という痛烈なブラック・ユーモア。逞しきプロテストが日常をエンターテインメントに変える。数々の映画祭や映画ベストテンで絶賛され、映画レビューサイト“ロッテン・トマト”で驚きの好評価100%を記録したユニークな傑作である。
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キアロスタミ監督の「オリーブの林を抜けて」が、イラン映画との出会いでした。マフマルバフ、ゴバディ、マジディ監督など、強い印象を受けた映画に出会ってきました。
無垢な子どもを主人公にして、役者には素人を使いながら、人生の深淵を描くような、また重い現実をとことん描きながら透明感があり、どこかにユーモアさえ漂わせるような、独特の世界に惹かれてきました。

「これは映画ではない」は、「完成した映像のファイルをUSBメモリーに収め菓子箱に隠したうえで、知人を介して国外に持ち出した」というスパイ映画顔負けのエピソードもあり、軟禁という特殊な状況下にある監督の日々を描く社会性の強い映画では、と思っていましたが、、またしても単純すぎる想像でした。

「これは映画である」、、かなり周到に考えられ練られ作られた映画では?、、製作を禁じられているのに大丈夫?と心配になるくらい、撮っている!ドキュメンタリーのように見えて、かなりシナリオがあるのでは?
すごい。やはりイラン映画はただ者じゃありませんね。


④ スケッチ・オブ・ミャーク Sketches of Myahk 〜公式サイトfacebook

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宮古諸島(ミャーク)、重税や理不尽な治世の中で、神とともに、歌とともに生きてきた人々とその暮らし。伝承の危機と今。
美しい海と緑と風、サトウキビを刈るサクサクという音、深い皺、腰が曲がっていても現役の80代、90代、人間味のある宮古のイントネーション、代々の民謡一家の血を継ぐ少年。
歌い継がれてきた神歌、ブルースのような古謡が、どこか血液のような部分に響いて、心がザワザワしながらも、穏やかでずっしりと落ち着くような、根源的なところで何か懐かしい感じにも包まれる。うまく書けませんが、、
原案・監修の久保田麻琴さんや製作陣の集中と熱に共振する。

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*** 公式サイトより ***  
沖縄県宮古諸島
ここに沖縄民謡と異なる知られざる唄がある。それは、厳しい島での暮らしや神への信仰などから生まれた「アーグ」と「神歌」だ。その唄は宮古諸島に点在する集落の中でひっそりと歌い継がれてきた。特に御嶽での神事で歌われる「神歌」は、やむことのない畏敬の念をもって、数世紀に渡り口承で熱心に伝えられたものである。
ことは音楽家の久保田麻琴が、島でそれら貴重な唄に出会ったことに始まる。
本作は、その唄を生んだ人々の暮らしを追うなかで、失われようとしている根源的な自然への怖れと生きることへの希望を見出したドキュメンタリーだ。監督の大西功一は、秘められた島の神事を追い、生活と信仰と唄がひとつだった時代を記憶する最後の世代である老人達を温かく見守りながら、かつての島の暮らしをスクリーンに鮮やかに浮かび上がらせた。

老婆達が神唄を歌う時、不思議な懐かしさがすべての人々の心を打つ
ミャークには、今まさに失われようとしている大切な「記憶」がある。老婆達は語る。かつて厳しい生活と信仰と唄が切っても切り離せないひとつの時代があったことを。そして今も老婆達の心を映すかのように、この島の御嶽では、神事の火が数百年に渡り人から人へと受け継がれ、神女達が生きる願いとともに「神歌」を神に捧げている・・・。
2009年、九十歳を超えた車椅子の老婆達が島を出て東京へと渡る。コンサートホールの舞台に立ち、禁断の神歌を歌うために。満場の観客を前に彼女らは力を振り絞り、歌う…。ミャークの老婆達が歌い継ぐ神歌に触れられた貴重な機会は、おそらくこれが最初で最後となるであろう…
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久保田麻琴さん。「宮古の言葉の中には万葉時代、上古代の日本の言葉の含有率がとても高いんです。するとおそらくその頃のヤマト的、日本的な心が宮古には残っているのではないかと。(中略)きっと色んな漂着なり、混血なりがあったはず。それと同時に古い日本性が残っている。このことに対する驚きというか、切なさというか、サウダージ(郷愁)を感じたんです。(中略)私が宮古にたどり着いたのは、誰も教えてくれない、そういうところに手を突っ込んで自分で触ってみたかったという希求があったからです」(公式サイト内コラムより)

CD、即Amazonで購入です。宮古上布もいいなあ。
by orientlibrary | 2012-09-23 00:21 | 美術/音楽/映画

暑中お見舞いの青の魚たち/THE SKETCHES &Akber Khamiso Khan

暑中お見舞い申し上げます。

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(涼しげな、青の魚たち。ウズベキスタン・リシタン生まれの青の魚皿をコラージュしてみました)

今年はいろんな面で暑い(熱い)夏。連日の暑さ、脱原発ムーブメント、オリンピック等々。
イスラム諸国では、20日頃からラマダンも始まり、日本のムスリムの方々もラマダンをされています。日本の蒸し暑さは身体にこたえます。水も飲んではいけないと聞いていますが、脱水症状にならないように、どうぞご注意くださいね。
また暑い中、外仕事の皆様も大変だと思います。熱中症にお気をつけください。体をいたわる休憩時間がとれますように。


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先日の「東京無形文化祭」、「パキスタンの歌姫サナム・マールヴィー スーフィー・ソングを歌う」に共演し、見事なアルゴーザー(二本組のたて笛)演奏を披露してくれたアクバル・ハミースー・ハーンさん、どこかで見た人だと思っていたら、、お気に入りのパキスタンのデュオ「THE SKETCHES 」のビデオ!

THE SKETCHES - RANO - Featuring Akber Khamiso Khan






パキスタン、シンドSindh地方の集落でしょうか。ジャラジャラと派手なデコレーションからは想像できないような繊細な笛の音。恰幅のいいアクバルさん、ヘッドスカーフやベストとストールが独特の存在感。
透明な音世界が魅力的なSKETCHES 、シンドの自然や人々の営みの中でのビデオ作りも、彼らのまじめさ、若々しさが垣間見えて、好きです。
ヴォーカルのSaif Samejo、アジュラクの巻き方が毎回違う。今回はカジュアル。ギターのNaeem Shahは、知的な雰囲気。

パキスタンで人気沸騰中というアクバル・ハミースー・ハーンさんについては、東京無形文化祭資料が詳しいです。引用させていただきます。

<アクバル・ハミースー・ハーン(アルゴーザー)について/東京無形文化祭資料より>
アルゴーザー奏者。1976年生まれ。彼がアルゴーザーに目覚めた当時、現役のアルゴーザー奏者はわずかアッラー・バチャーヨー・コーソーだけであった。アクバルは、アルゴーザー界の巨匠であった父ハミースー・ハーン(1983年没)とミスリー・ハーン・ジャマーリーの残した録音で研鑽を積み、アルゴーザー奏法の下地を築く。ここ毎年のように、インドのラージャースターンからスィンド州にかけての砂漠地帯の民俗音楽の伝統を継承する芸能集団マンガンハール(インドではマンガニヤール)の焦点を当てたマンガンハール音楽祭で活躍し、現在はアルゴーザー奏者として、パキスタン国内の音楽祭においては欠くことのできない存在となっている。

こちらは来日時の、パキスタン大使館でのミニライブの模様から。左2枚がアクバルさん。

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今回の来日では、ドーリー(両面太鼓)のファイブスター・ミュージカル・グループも素晴らしかった。
ドーンの一発で、別世界。すごい。さらに、同グループで火箸みたいなチムターという楽器を担当するムハンマド・アスガルのヴォーカル(パンジャービー語の伝統民謡)と、サギール・アフマドによるシャーナイー(オーボエ状の笛)独奏が、すごかった。個人的には、今回のベスト3に入ってます。また、バーバル・アリー(サナム・マールヴィーとの演奏)のバンスリー(笛)の素晴らしさも、一言書かずにはいられません。

<ドール(dhol)について/東京無形文化祭資料より>
インド亜大陸に広く普及している大型の両面太鼓のことで、その起源は15世紀にも遡る。ドールは民俗音楽の伴奏楽器として使用されるが、パンジャーブ地方では重低音を大きく震わせるために特に大型のドールが好まれている。

<チムター(Chimta)について/東京無形文化祭資料より>
南アジアで親しまれるこの楽器は、パンジャーブ地方では民俗音楽、民謡歌手の弾き語り、そしてスーフィー音楽等で頻繁に使用されている。チムターとは「火箸」を意味し、小さなベルが付けられた平たく長い二枚の金属板からできている。冠婚葬祭では、しばしばドールやシェヘナーイー(二枚リードを持つ笛)と共に演奏される。

今回、日本のアジュラク専門家からグジャラート(インド)産のアジュラクがパキスタンの楽士たちにプレゼントされたこと、書いてもよいですよね。
インドとパキスタンは分離独立という経緯がありますが、パンジャーブ、グジャラート、シンドのあたりは、分離と一言で片付けられない一帯。
パキスタンの楽士たち、グジャラートのアジュラクを纏い、うれしそうでした。とても素敵な光景だと思いました。

わ、時間切れです、、  元々、アジュラクをテーマにした苦心のフォトコラージュがあった(以前作っておいた)のですが、、なぜかPCのどこを探してもない、、もうクラクラして、ザクッとしたものしか書けませんでした。出てきたら追記します。m(_ _)m
by orientlibrary | 2012-07-29 13:45 | 美術/音楽/映画

『絲網之路天空』〜駱駝の影、砂漠の足跡、込められた想い

今回は、NHK BSプレミアム『極上美の饗宴』「シリーズ平山郁夫の祈り(1)執念のシルクロード」からです。(*画像はTVより引用、またTV放送からのメモを参考にしています)

〜〜平山ほど、壮大なスケールの風景と悠久の時間を描こうとした日本画家はいない。40年にわたって、現地を100回以上も訪れ、ラクダに乗った人々が広大な砂漠を行く姿などを描き続けた。平山はシルクロードに何を見たのか? 膨大なスケッチなどを手がかりに、画家の執念を見つめる〜〜


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(平山郁夫氏は 15歳で原爆に合いその後貧血など後遺症に苦しみます。東京芸大に入学して日本画を学ぶも、何を描いていいか模索の日々。一枚でいい、自分だけの絵を描かねば死ねない。転機となったのは1958年の「仏教伝来」、玄奘がオアシスにたどり着いた場面。シルクロードを歩いて新しい表現をつかみ取りたい。1回目のアフガニスタンは38歳のとき。アフガニスタンの茶褐色の世界に戸惑います。「厳然と私を拒んでいるかのようだった」。自然を細やかに写し取る日本画の世界。岩山と砂の大地をどうしても描くことができず、ウイグルの人々をスケッチすることしかできませんでした)

数年前、玄奘三蔵求法の旅をたどる「大唐西域壁画」(奈良・薬師寺・大唐西域壁画殿)を拝見しました。平山郁夫氏が30年の歳月をかけて完成させたという入魂の作品です。灼熱の砂漠、厳寒の天山山脈を行く玄奘の旅、その艱難辛苦はいかほどだったかと思うと同時に、ときには魅了されたであろう自然が織りなす光景、絶景との出逢いを思いました。
平山郁夫氏もまた、この大自然と、そこで暮らす人々の営みに心惹かれ、まさに人生を賭けてそれを表現した方なのではないかと感じました。

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( 『絲網之路天空』)

今回の放送で最も興味深かったのは、有名な『絲網之路天空』に込められた思いの強さと、その表現方法。「悠久の歴史」を感じさせる平山作品、様々な実験や取材をもとに、その秘密に迫ります。

ちなみに、ナビゲーターとして登場するのは、大自然やシルクロードの写真を数多く撮っている写真家の秋野深氏。キリリとした構図と温かさの伝わる写真が魅力的。青の装飾タイルが好きとのことで、タイルの写真も綺麗ですよ!^^!

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( 1970年にトルキスタン遺跡、その後バーミヤン遺跡へ。茶褐色の世界、伝統的日本画にない題材。最も関心を寄せたのが駱駝のキャラバン。人の営みを色濃く感じさせる姿。シリアの家畜市場の作品では駱駝の姿形がよくわかる描き方をしているが、ここではシルエットに。象徴性を高める)


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(いかにもシルクロードという印象の駱駝のキャラバン。平山氏は砂が風に流されていく光景、流砂を見て砂漠が海のように見えたという。思い浮かべたのは故郷である瀬戸内海の風景。「駱駝船が行き来して交易しているようだ」。それが砂漠のキャラバンと重なった、悠久の流れの中に厳しい光景の中に人の営みがある。そこに惹かれた。風景のスケッチが可能になった。同行した妻・美知子さんが、常に傍らにあり行っていたこと、それは、、鉛筆を削ること。「鉛筆削れ!とすごい迫力で言われました。彼は風景と向き合っていました。鬼気迫るように」)


秋野さんは、『絲網之路天空』の場面となったと思われるトルファンの火焔山あたりを歩きますが、描かれた光景とリアルな景色は、山ひだや太陽の位置などが微妙に異なることに気づきます。平山さんは、何を意図して構図や表現を変えたのでしょうか。

(以下、長くなるので端的に書きます)
 まず重要なのは、駱駝の影(現地で人々に取材。「帽子の形は100年以上前のもの。交易が盛んで豊かだった頃。豊かさを描きたかったのでは」、50年前はキャラバンに入っていたという老人は「駱駝のコブが元気ではない。長旅で疲れている」等々。シルエットの駱駝は見る人に様々なイメージを描かせる)
 逆光で輪郭を強調
 強い象徴性を持たせる(イメージやシルエットは日本画の伝統にない。想像力をかき立てる)
 稜線が右から左へ。砂漠の緑、斜めの線がある(動きを表現、移動を表す、右から左に進んでいる、山と砂漠、2本の線)
 隊商の前に余白(悠久の歴史、それが今も続いていること、動きを感じさせる)
 幾筋もある砂漠の横線(多くの隊商が歩む事によりできたものであり象徴的な意味。いにしえの人々がシルクロードを通して交流した長い歴史。素晴しい表現方法)
 砂や横線が点で描かれている(悠久の歴史。砂は岩絵の具により雫のようなかたまりで描かれる。膠と混ぜ水で絵具薄める。重ねて塗ると盛り上がるようにたまる。ムラが質感、風合いになる。乾かしてまた塗るを繰り返す。横線も何度も塗り重ねる)


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(左上は画の砂の部分。砂漠の砂や足跡、隊商が行き交った道筋を、色を何度も何度も重ねて塗ることにより表現)


まさに「あらゆる手法を使って描ききった」のですね。
1972年に日中国交が正常化。世界を部隊にした文明の道がロマンをかき立てました。シルクロードを通して西域が日本とつながっている、そんな高揚感さえ湧いたかもしれません。「人間の営みを描き込もうとしているという点で現代的」「膨大な歴史の集積を表現するためロマンをかき立てた」。表現方法という切り口から、画家の想いに迫った、いい番組でした。

私が平山さんの絵から感じるのは、歴史を生きた人々への、かの地で暮らしを営む人々への敬意と想いです。そこに敬意を持ちます。


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シルクロード、トルファンの話題から、「ウイグル人の生老病死について」(Halqigül Pattarさん/現代イスラム研究センターのfacebookより/転載許可を頂きました)をご紹介しようと思っていたのですが、長くなるので(〜実際は上をまとめることで力尽きたため)次の機会にしたいと思います。
ウイグルの暮らしについてのリアルな情報に触れる機会が少ないので、うれしくなりました。facebookは、こういうことが有り難いな〜。最近、パキスタンの陶芸工房やタイルの現場についても知ることができ、喜んでます!^^ムルタン、行きたいぞ〜♪

最近といえば、、ついにアジュラク入手〜☆いんどもようさん、どうもありがとう!とってもとっても気に入ってます。肌触り最高〜!

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(左:グジャラートのアジュラク。ストールとドゥパタ☆^^/右上:ウズベキスタンのアトラスを使ったカンノさんの作品/タジクの民族衣装/右下:タイル!?と思って近づいたら写真だった、、渋谷のセレクトショップ。でも、ま、いいか、、タイルもついにキテますかね!?)
by orientlibrary | 2012-07-01 23:24 | 美術/音楽/映画

熱くてオシャレ!パキスタンの音楽シーン Nar Bait、Sachal Studio、Sanam Marvi

久々に音楽の話題です。
先日開催された「聖者の宮廷音脈考-パキスタン・インドを流れるスーフィー民衆文化の通底音とは?」より、教えて頂いたこと、感じたことなどを。

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(左上:1970年代のバローチスタンのフォーク音楽カセットテープ。楽士の固めな表情に見入ってしまう/右上:バローチスタン地図。パキスタン南西部とイラン南東部にまたがる/左下:「Coke Studio」でのAkhtar Chanal Zahri。パキスタンの放送でバローチの歌が堂々と歌い上げられた/右下:バローチの絨毯はシックな色合いとセンスの良い模様の多彩さで人気。Sさん所有の流水模様(でしたっけ?)絨毯。「美しい世界の手仕事プロジェクト2008vol4シルクロード」より)

まず、村山和之さんより「ナル・スル(NarSur)とアフタル・チャナール(Akhtar Chanal)」について。(以下、聞き書きのメモなので間違いがあったらすいません。サラーム海上さんのレクチャー、飯田一夫さん内容についても同様です)

*ナル・スル(NarSur)
・バローチスタンの中の「ブラーフィ(Brahui)族」(ブラーフィー語〜ドラヴィダ語系〜を話す人たち)の芸能
・音楽の専門職ではない人たちによる音楽
・東部山岳バローチー語で歌われる
・一般の人たちには聴き取れない。ラジオでナルスルの中に暗号を組み込んで機密情報として発信されたこともあったくらいだ
・1970年頃まではほとんどがラブソングで闘いの歌はなかった

*アフタル・チャナール(Akhtar Chanal Zahri)と「Coke Studio」での「Nar Bait」〜フュージョンである理由
・愛国詩を併置した〜民族自治を求める70年代以降の政治社会状況が背景にある
・1969年に書かれた詩「ZABA BALOCHISTAN NANA」をナルスルの形にした
・パキスタンの人気音楽番組「Coke Studio」出演は全パキスタンに言葉を聴かせるよい機会

その「Coke Studio」での「Nar Bait」がこちら↓

"Nar Bait HD, Akhtar Chanal Zahri, Coke Studio, Season 4"






「生きよ永遠に!/先駆け自慢の我が友、山の猛き息子よ/狂い酔うさま愛ゆえに、熱く誰にも止められぬ/生きるも死ぬも構いなし、この世に恐るものはなし/一人ゆく鷹、ハヤブサか、高き山の尊き人よ/丘の裂け目のその狭間、ひとり天幕打ち張り/友へ眼差しチラと向け、高く顔あげ尋ねた/誰がうたえる古き詩を、誰かスィローンズ弾きも呼べ/歌を聞かせよ、いにしえの/今日も一日終わった、明日は明日の風が吹く/永遠あれ、バローチ族長よ、とこしえに/強き勇者が若者なり、益荒男の血筋なり/敵に一人でうちかかり、山は染まった血の色に/山の上に何を見たのか、イカヅチ雲をつき抜け/詩人の歌がよみがえる/今日も一日終わった、明日は明日の風が吹く」(村山和之さん和訳)

ラップのような早口で歌っているのは、このような勇敢かつ詩的な歌詞だったのでした。日本語訳に感謝です。


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サラーム海上さんは、「パキスタンの音楽現場所見」。モロッコ、トルコ、インドなど中東音楽シーンの取材と発信、DJから料理まで多彩な活動で人気のあるサラームさん、パキスタンは今回が初。初パキはいろんな発見があったようですよ!

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(Sachal Studios' Take Fiveなどより。タブラ、シタール奏者のグルーブ感!白の衣装のミドルエイジなバイオリン奏者!左下はスタジオの創立者!セレブ、、、パキスタンのお金持ち世界ってケタが違いそう)

パキスタンへの旅のきっかけとなったのは、「Sachal Studios Orchestra」の「Take Five」だったそうです。↓パキスタンのジャズ、ある種、衝撃です。

Sachal Studios' Take Five Official Video






ラホールにあるスタジオSachal Studioは、英国で財を成した設立者らが理想の音楽を求めて作ったものだとか。60年代、70年代のラホールで盛んだった映画制作、その映画音楽で活躍したミュージシャンたちが、時を経てこのスタジオで現役復帰!いい味出してますね〜!!最高!

サラームさんはこのスタジオを訪問、インタビューの他、レコーディングやリハーサルにも立ち会うことができたそうです。そのリハーサルの光景が、本当に良かった、、、良かったです。音楽に向き合える、取組めること、その喜びに満ちていました。好きなことに集中している人の表情って、どの分野であれ、じわりじわり感動します。

Sachal Studioのジャズはワールドワイドで評判になり、好調のようです。
パキスタンの音楽シーンを元気にしようという設立者の想い。スタジオだけでも数億円?という感じなのだとか。
海賊版が安価で出回っている状況についても、「OKだ。この国はお金のない人が多いから。どんどん聴いてくれた方がいい」と太っ腹なのだそうです!
お金はこういうふうに使いたいですね!! (あれば、、(^_^;))

これからも何かやってくれそうなsachal-music、シーズン5が始まった「Coke Studio」、、パキスタンの音楽シーン、ますますカッコいいです。☆☆☆☆☆


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「インドの聖者とその祭礼」では、デリーにあるニザムッディン廟という聖者廟でのウルス(命日祭)と、そこで演じられたカウワーリの紹介(村山さん)。

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(左上:聖者の墓に捧げる布/他3枚:ウルスの様子。熱狂的なパキスタンとは異なり感情を曝け出さずに聴くのがデリーのカウワーリのスタンダードなスタイルだそうです)

聖者廟でのカウワーリを見るのが長年の憧れですが、まだ実現せず。写真と映像で空気に浸りました。感謝です。

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最後に、「東京無形文化祭」について、飯田一夫さん。とくに「サナム・マールヴィー スーフィーソングを歌う」の出演者紹介+エピソード披露も。

Manzil-e-Sufi, Sanam Marvi, Coke Studio Pakistan, Season 3





(サナム・マールヴィー。パキスタン若手女性歌手のトップに立つ古典及び民謡歌手。1986年、パキスタン・スィンド州ハイデラバード生まれ。父は有名な遊行のスーフィー民謡歌手ファキール・グラーム・ラスールである。サナムは幼少の頃から古典音楽の基礎を学び、父の歌に聴衆が熱狂した民衆スーフィズムの拠点、イスラーム聖者廟(ダルガー)を父と共に巡礼して育った〜「東京無形文化祭」WEBより)

歌姫サナム・マールヴィー、この声!アルゴーザー(二本組のたて笛)のアクバル・ハミースー・ハーン、ドーリ(太鼓打ち(Dholi))のファイブ・スター・ミュージカル・グループも同じステージに!すごいことになりそう。(いい席ゲット〜^^楽しみです♥)


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ふろく?!

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(左上:この時期恒例の山形のさくらんぼ。リシタンのサラダボウルに入れました/左下:宮廷考後、中東系の差入れ多し。前日のウズ会でいただいたウズ菓子も仲間入り/右:ふふふ!頂いたネックレス。ヘンプに包まれた青い石がなんともいえず素敵!その上の茶色い陶はリシタンで以前作ってもらった箸置き。ここで生きました!ATさん、素敵な作品どうもありがとうございました!!感謝です〜☆^^)

パキスタンの話が多かったので、、最後にパキのタイルを!

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(ラホール、ムルタン、ウッチュのタイル。この青がまた独特。追いかけたい〜)

〜〜 ご清聴ありがとうございました。ではまた次回!(*^_^*) 〜〜
by orientlibrary | 2012-06-24 17:41 | 美術/音楽/映画