カテゴリ:中央アジア5カ国
- 土色のメルヴ[ 2009-08-19 00:45 ]
- 不思議発見、中央アジア[ 2008-12-16 00:30 ]
- 中央アジアの”あの国”が、「不思議の国」から「普通の国」に?[ 2008-12-08 17:09 ]
- ホラズムの国・カラカルパクの刺繍と女性の暮らし[ 2008-11-07 23:09 ]
- アフマド・ヤサヴィーの扉[ 2008-08-26 09:19 ]
- ホラズムの景(photo gallery)[ 2008-06-13 18:02 ]
- 土と生きものの景。キジルクム〜カラクム[ 2008-06-05 00:03 ]
- トルクメニスタンにアハルテケあり![ 2008-05-27 22:05 ]
- トルクメン、ギュルからじゃがいもまで、きっちり整然![ 2008-05-20 00:00 ]
- 不思議都市アシュハバードにて[ 2008-05-11 00:56 ]
●昨年、トルクメニスタン旅行から帰ったとき、ブログにこんな報告を書きました。「その印象は、土土土、風風風、日日日」。さらに「風というよりは砂嵐が吹きつけ、行けども行けども土族もびっくりの土づくし」とも。

(メルヴ出土の15世紀・ティムール朝時代の皿。動物がイキイキと描かれています)
●今、メルヴ遺跡の写真を見ていて、その感覚を思い出しました。土を愛する自称「土族」の私ですが、あまりに広大な土色世界にちょっと食傷気味でした。
●メルヴ遺跡は、広大な沙漠の中にある60平方キロメートルのトルクメニスタン最大規模の遺跡群です。衰退した古い町に隣接して新しい町が作られたため、紀元前6世紀のアケメネス朝ペルシャから16世紀頃までの5つの時代に築かれた町の跡を見ることができます。現存する建造物としては、日干しレンガの城塞跡やアイスハウス(氷の貯蔵庫)、焼成レンガの廟などがあります。

(大キズカラ)
●最も有名なのは、ササン朝時代に築かれた大キズカラ。パンフレットなどで紹介されることの多いメルヴのシンボル。ササン朝の土の建造物、今も各地に残ってますねえ。日干しレンガの質が違うのかなあ。すごいです。
●セルジューク朝のスルタンの廟「スルタン・サンジャール廟」は、1140年代の建造。当時のメルヴには、セルジューク朝の都が置かれ、イスラム圏ではバグダッドに次ぐほどに栄えたといいます。堅牢な造りなので、モンゴル軍の徹底的な破壊にも耐えたそうです。現在では修復の結果、立派に復元されています。味わいはありませんが、大きさや建築を知るには良いのでしょう。想像力が必要ですね。

(スルタン・サンジャール廟、1890年の様子)

(スルタン・サンジャール廟、2001年の様子)

(スルタン・サンジャール廟、現在)
●タイル好きの私が最も反応したのは、7世紀の聖者廟・アスハーブ遺跡群。アーチ部分は14世紀に建て増しされたとのこと。タイル装飾隆盛期であることから、つじつまが合います。14世紀のタイル(=バンナーイという技法のレンガ装飾)とは感慨深い。いいですね〜!でも、はっきり覚えていませんが、撮影禁止と言われ、こっそりと撮った気がします。(昨年のことですが、もう記憶があいまい。でも撮影禁止の意味がわからないと思った記憶が、、)

(アスハーブ遺跡群)

(アスハーブ遺跡群)

(アスハーブ遺跡群)
●そして、一番好きだったのは、ムハンマド・イブン・サイード廟(ムハンマドから5代目の子孫)の内部装飾。レンガ積みとカリグラフィーに、簡素な美しさ、趣があります。暗いせいもありますが、荘厳な気持ちに。遺跡などで、一瞬ですが、その時代に自分がいるような気になるときがあります。それが私にとって、旅の醍醐味のひとつですが、このカリグラフィーは、そんな瞬間をプレゼントしてくれました。

(ムハンマド・イブン・サイード廟)
●有名なメルヴ遺跡。シルクロード交易の拠点、オアシス都市、セルジューク朝の都、、私にとって興味津々のところのはずなのですが、どうも盛り上がりきれなかったのは、あまりに広大なせいでしょうか。遺跡を愉しむには、実際のところ、知識が重要、そしてそれを駆動させる柔軟な想像力も不可欠、と思うのでした。

(花模様のレリーフ)

●今、メルヴ遺跡の写真を見ていて、その感覚を思い出しました。土を愛する自称「土族」の私ですが、あまりに広大な土色世界にちょっと食傷気味でした。
●メルヴ遺跡は、広大な沙漠の中にある60平方キロメートルのトルクメニスタン最大規模の遺跡群です。衰退した古い町に隣接して新しい町が作られたため、紀元前6世紀のアケメネス朝ペルシャから16世紀頃までの5つの時代に築かれた町の跡を見ることができます。現存する建造物としては、日干しレンガの城塞跡やアイスハウス(氷の貯蔵庫)、焼成レンガの廟などがあります。

●最も有名なのは、ササン朝時代に築かれた大キズカラ。パンフレットなどで紹介されることの多いメルヴのシンボル。ササン朝の土の建造物、今も各地に残ってますねえ。日干しレンガの質が違うのかなあ。すごいです。
●セルジューク朝のスルタンの廟「スルタン・サンジャール廟」は、1140年代の建造。当時のメルヴには、セルジューク朝の都が置かれ、イスラム圏ではバグダッドに次ぐほどに栄えたといいます。堅牢な造りなので、モンゴル軍の徹底的な破壊にも耐えたそうです。現在では修復の結果、立派に復元されています。味わいはありませんが、大きさや建築を知るには良いのでしょう。想像力が必要ですね。



●タイル好きの私が最も反応したのは、7世紀の聖者廟・アスハーブ遺跡群。アーチ部分は14世紀に建て増しされたとのこと。タイル装飾隆盛期であることから、つじつまが合います。14世紀のタイル(=バンナーイという技法のレンガ装飾)とは感慨深い。いいですね〜!でも、はっきり覚えていませんが、撮影禁止と言われ、こっそりと撮った気がします。(昨年のことですが、もう記憶があいまい。でも撮影禁止の意味がわからないと思った記憶が、、)



●そして、一番好きだったのは、ムハンマド・イブン・サイード廟(ムハンマドから5代目の子孫)の内部装飾。レンガ積みとカリグラフィーに、簡素な美しさ、趣があります。暗いせいもありますが、荘厳な気持ちに。遺跡などで、一瞬ですが、その時代に自分がいるような気になるときがあります。それが私にとって、旅の醍醐味のひとつですが、このカリグラフィーは、そんな瞬間をプレゼントしてくれました。

●有名なメルヴ遺跡。シルクロード交易の拠点、オアシス都市、セルジューク朝の都、、私にとって興味津々のところのはずなのですが、どうも盛り上がりきれなかったのは、あまりに広大なせいでしょうか。遺跡を愉しむには、実際のところ、知識が重要、そしてそれを駆動させる柔軟な想像力も不可欠、と思うのでした。

●人生わからないことが多いです。日々修行なり。旅行中もわからないことが多いです。今回は、中央アジア編、ご存知の方があれば教えてください。
◆ 中央アジアのバス停留所? ◆
●車に乗っていて気になるのが、バス停のようなコンクリート造の建物。写真は少ないですが(あ!、と思って写真を撮ろうとしてももう遅いことが大半なので)、ある程度の間隔を置いて道沿いにあるのです。その数けっして少なくありません。

(ウズベキスタンにて)
●しかも、さくらんぼ、杏、焼き物など、その土地の産物と想像されるものの絵が描かれていたり、幾何学模様だったり、ひとつとして同じものを見たことがないのです。

(トルクメニスタンにて)
●この建物、何か話題や情報になったことってあるんでしょうか。私はあまり旅行情報誌を見ないのでわからないのですが、、
●少なくとも、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、トルクメニスタンの街道沿いにありました。タジクは行っていないので、わかりません。

(カザフにて)
●現地でも聞きましたが、「う〜ん、あるかも」「なんだろうね」と弱い反応でした(20代)。そこから類推すると、ものすごく重要な拠点とか発着所というのではないような気がします。
●私の想像は次のようなものです。・・・ソ連時代、連邦内の各地域の共同体への帰属意識、集団意識を高めるため、「この土地らしいものを作るように」というお達しが出た。設置場所は均一に街道沿い。でも今の若者はなぜそこにあるのかわからない・・・。

(キルギスにて)
●経緯はともかく、けっこう楽しめます。誰か写真集出してくれないかな。タイトルは、「中央アジアのバス停留所」。おもしろいと思うけどなあ(私だけ?!)。
** 追記 ** 08年年末にウズベキスタン旅行したアレキヨンダーさんから教えていただきました。これはバス停留所だということです。しかし、大半は同じ形で個性的なものはない(少ない)というコメントをいただきました。、、なるほど、私は個性的なものには「おっ!」と目を留め、一般的なものは目にとめていなかったようです。大半はなんということないバス停みたいです。(でも、面白いものも結構あった気がします。次回は写真に撮りたいな)。冬のフェルガナを楽しんだアレキヨンダーさん、どうもありがとうございました。(*^_^*)
◆ 不思議系食品 ◆
●不思議な食べ物にはたくさん出会ってきました。が、最近はアルバムからスキャンするという作業、どうもひと手間感が増してしまって、、デジタルの中から選びがち。限定されるのですが、、とりあえず☆

(カザフにて。コンブ?海藻?内陸国なのに?)

(カザフのバザールにて。ナッツ系の近くにあった気がしたけど、、これって食べ物?タネ?)

(ウズベキスタンにて。これは知ってます!ヨーグルトを固めたもの。酸っぱくてスッキリします、梅干しみたいです)

(トルクメニスタンにて。チョウザメ?このディスプレイは、、トルクメンらしいきっちりじゃないなあ。魚を縦に並べますよね、西アジア〜中央アジアは。そうすると余計に目が強調されて、、迫力なんですよね、、)
◆ 中央アジアのバス停留所? ◆
●車に乗っていて気になるのが、バス停のようなコンクリート造の建物。写真は少ないですが(あ!、と思って写真を撮ろうとしてももう遅いことが大半なので)、ある程度の間隔を置いて道沿いにあるのです。その数けっして少なくありません。

●しかも、さくらんぼ、杏、焼き物など、その土地の産物と想像されるものの絵が描かれていたり、幾何学模様だったり、ひとつとして同じものを見たことがないのです。

●この建物、何か話題や情報になったことってあるんでしょうか。私はあまり旅行情報誌を見ないのでわからないのですが、、
●少なくとも、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、トルクメニスタンの街道沿いにありました。タジクは行っていないので、わかりません。

●現地でも聞きましたが、「う〜ん、あるかも」「なんだろうね」と弱い反応でした(20代)。そこから類推すると、ものすごく重要な拠点とか発着所というのではないような気がします。
●私の想像は次のようなものです。・・・ソ連時代、連邦内の各地域の共同体への帰属意識、集団意識を高めるため、「この土地らしいものを作るように」というお達しが出た。設置場所は均一に街道沿い。でも今の若者はなぜそこにあるのかわからない・・・。

●経緯はともかく、けっこう楽しめます。誰か写真集出してくれないかな。タイトルは、「中央アジアのバス停留所」。おもしろいと思うけどなあ(私だけ?!)。
** 追記 ** 08年年末にウズベキスタン旅行したアレキヨンダーさんから教えていただきました。これはバス停留所だということです。しかし、大半は同じ形で個性的なものはない(少ない)というコメントをいただきました。、、なるほど、私は個性的なものには「おっ!」と目を留め、一般的なものは目にとめていなかったようです。大半はなんということないバス停みたいです。(でも、面白いものも結構あった気がします。次回は写真に撮りたいな)。冬のフェルガナを楽しんだアレキヨンダーさん、どうもありがとうございました。(*^_^*)
◆ 不思議系食品 ◆
●不思議な食べ物にはたくさん出会ってきました。が、最近はアルバムからスキャンするという作業、どうもひと手間感が増してしまって、、デジタルの中から選びがち。限定されるのですが、、とりあえず☆




●最近は毎日のように、「世界同時不況」とか「グローバル・エコノミー」という言葉を見聞きします。そして本当に、アメリカ発の金融危機が瞬時に世界に広がる様子を、目の当たりにしてきました。

●ところが、「世界同時」に巻き込まれることなく、なかなか順調にやっている国があるようです。その名は、トルクメニスタン。新聞記事(日本経済新聞12月8日朝刊)によると「金融危機の影響は今のところ見られない」そうです。(以下、「 」内などは同記事の内容から抜粋しています)
●でも、どうして世界中が否応なくひどい状況に巻き込まれているのに、トルクメニスタンだけが無関係でいられるの?、、それは、経済の対外依存度が低いから。なんてったって、これまで「中央アジアの北朝鮮」と呼ばれてきた国ですからね。納得しました。

●マスメディアでトルクメニスタンという文字を見かけることは、あまりありません。ところが、その記事はけっこう大きい扱い。タイトルは、「トルクメニスタン・独裁体制変化の兆し〜資源をテコに外交積極化」。お、明るいニュースじゃないですか。
●記事本文を読むと、「個人崇拝による独裁体制を築き、国際的な孤立を深めたニヤゾフ前大統領死去から二年。後継のベルドイムハメドフム大統領は豊富な資源をテコに積極外交を展開中だ」とあります。

(建設中の建物が多い)
●11月には、「トルコとアゼルバイジャンの首脳を招き三国会議を開催」。これは「歴史的な出来事」だそうです。トルコはロシアを迂回して三国をつなぎ欧州まで直接ガスを運ぶパイプライン構想実現に期待を強めているとのこと。
●現在の輸出ルートはロシア経由のみですが、「豊富なガスを狙って米欧や中国などが接近を強めるなか、トルクメニスタンは積極外交に転じた」。ロシアやドイツ、オーストラリアなどを相手にしたたかに交渉中のようです。
●トルクメニスタンのガス埋蔵量は2兆6千億立方メートルとされ、旧ソ連でロシアに次ぐ規模。ガス輸出をテコにこの数年10%以上の成長率を達成しているそうです。「最近のエネルギー価格安は同国にとっても懸念材料だが、経済の対外依存度は低く金融危機の影響は今のところ見られない」。なんにでも功罪両面あるというか、鎖国状態が奏功しましたか。

●「仕事はたくさんあるし、生活に問題ない」(タクシー運転手、33歳)という声も。政府による光熱費や一部食品の無料提供もあり「妻と娘を養うには十分」。建設現場でも働く彼の月収は400万マナト(約3万円)。でも「新しい家を買いたい。近くモスクワに出稼ぎに行く」のだそうです。

●海外渡航規制がゆるくなり、平均的な月収の100倍ともいう新築住宅などの購入を夢見て多くの男性がトルコやロシアに働きに出ているそうです。
●一方、「首都アシガバートでは豪華な政府庁舎や高級公務員用の大理石の高層アパートが建ち並び、夜はイルミネーションのように街灯が輝く」との様子も紹介されています。今年の春、この国に旅行して驚いた謎の首都。「街にはニヤゾフ前大統領の黄金の像があちこちに残る」。像もあり、警官の数も多かった。街に人の気配や温かみというものがなく、全体に息苦しい印象でした。

●「(これまでは)恐ろしくて大統領のことは話題にできなかった」と振り返る26歳の雑貨商。昨年キルギスに留学した彼は、「少しずつ新しいことができるような統制の緩和に期待している」。情報に関しても、「政府は限定的にインターネットを解放し対外的に“改革”の象徴として宣伝」しているそうです。
●不思議の国トルクメニスタンが、普通の国になっていくのでしょうか。いいことだと思う一方で、世界にも稀な不思議の国がまたひとつ「グローバル化」していくのも、少し残念な気も、なきにしもあらず。記事は、「天然ガスを武器に経済的な利益をにらみながら、政権は解放の程度を模索しているようにみえる」と締めくくっています。

●私が不気味と思った大理石ビル群のライトアップを、トルクメン絨毯をこよなく愛するMさんたちは「宇宙との交信」だと(けっこう本気で)見立てています。宇宙の意見も参考にしながら、方向を決めていくのかな!?


●ところが、「世界同時」に巻き込まれることなく、なかなか順調にやっている国があるようです。その名は、トルクメニスタン。新聞記事(日本経済新聞12月8日朝刊)によると「金融危機の影響は今のところ見られない」そうです。(以下、「 」内などは同記事の内容から抜粋しています)
●でも、どうして世界中が否応なくひどい状況に巻き込まれているのに、トルクメニスタンだけが無関係でいられるの?、、それは、経済の対外依存度が低いから。なんてったって、これまで「中央アジアの北朝鮮」と呼ばれてきた国ですからね。納得しました。

●マスメディアでトルクメニスタンという文字を見かけることは、あまりありません。ところが、その記事はけっこう大きい扱い。タイトルは、「トルクメニスタン・独裁体制変化の兆し〜資源をテコに外交積極化」。お、明るいニュースじゃないですか。
●記事本文を読むと、「個人崇拝による独裁体制を築き、国際的な孤立を深めたニヤゾフ前大統領死去から二年。後継のベルドイムハメドフム大統領は豊富な資源をテコに積極外交を展開中だ」とあります。

●11月には、「トルコとアゼルバイジャンの首脳を招き三国会議を開催」。これは「歴史的な出来事」だそうです。トルコはロシアを迂回して三国をつなぎ欧州まで直接ガスを運ぶパイプライン構想実現に期待を強めているとのこと。
●現在の輸出ルートはロシア経由のみですが、「豊富なガスを狙って米欧や中国などが接近を強めるなか、トルクメニスタンは積極外交に転じた」。ロシアやドイツ、オーストラリアなどを相手にしたたかに交渉中のようです。
●トルクメニスタンのガス埋蔵量は2兆6千億立方メートルとされ、旧ソ連でロシアに次ぐ規模。ガス輸出をテコにこの数年10%以上の成長率を達成しているそうです。「最近のエネルギー価格安は同国にとっても懸念材料だが、経済の対外依存度は低く金融危機の影響は今のところ見られない」。なんにでも功罪両面あるというか、鎖国状態が奏功しましたか。

●「仕事はたくさんあるし、生活に問題ない」(タクシー運転手、33歳)という声も。政府による光熱費や一部食品の無料提供もあり「妻と娘を養うには十分」。建設現場でも働く彼の月収は400万マナト(約3万円)。でも「新しい家を買いたい。近くモスクワに出稼ぎに行く」のだそうです。

●海外渡航規制がゆるくなり、平均的な月収の100倍ともいう新築住宅などの購入を夢見て多くの男性がトルコやロシアに働きに出ているそうです。
●一方、「首都アシガバートでは豪華な政府庁舎や高級公務員用の大理石の高層アパートが建ち並び、夜はイルミネーションのように街灯が輝く」との様子も紹介されています。今年の春、この国に旅行して驚いた謎の首都。「街にはニヤゾフ前大統領の黄金の像があちこちに残る」。像もあり、警官の数も多かった。街に人の気配や温かみというものがなく、全体に息苦しい印象でした。

●「(これまでは)恐ろしくて大統領のことは話題にできなかった」と振り返る26歳の雑貨商。昨年キルギスに留学した彼は、「少しずつ新しいことができるような統制の緩和に期待している」。情報に関しても、「政府は限定的にインターネットを解放し対外的に“改革”の象徴として宣伝」しているそうです。
●不思議の国トルクメニスタンが、普通の国になっていくのでしょうか。いいことだと思う一方で、世界にも稀な不思議の国がまたひとつ「グローバル化」していくのも、少し残念な気も、なきにしもあらず。記事は、「天然ガスを武器に経済的な利益をにらみながら、政権は解放の程度を模索しているようにみえる」と締めくくっています。

●私が不気味と思った大理石ビル群のライトアップを、トルクメン絨毯をこよなく愛するMさんたちは「宇宙との交信」だと(けっこう本気で)見立てています。宇宙の意見も参考にしながら、方向を決めていくのかな!?

◆ 答えは、オバマ大統領 ◆
●アジアやイスラム圏にハマる前は、私も欧米文化に興味を持っていました。80年代までは欧米以外の情報はとても少なく、自然な流れとして欧米のものがカッコイイと思っていたのです。とくに音楽をとおして、アメリカは好きでした。

(イスラム圏への興味のもとになった青いタイル/タブリーズの博物館にて撮影)
●90年代以降、旅行などをきっかけにアジア、さらには中東や中央アジアへ関心が移りました。歴史の奥行き、文化の多様性と厚み、親しみやすさなど、知るほどに見るほどに好きになり、とりわけイスラム建築のタイル装飾に惹かれて現在にいたっています。
●アメリカには興味を失い、とくに911以降の傲慢な一国行動主義、優越思想、ものごとの単純な図式化には、幻滅し、怒り、辟易していました。そのことについてはここではあまり書きませんが、、
●そして今回の大統領選。長かった選挙戦の様子は日本でも逐次報道されていましたが、本当にオバマ氏が大統領になったんですね。感慨があります。なんだか本当に感慨があります。私などでもそう感じるのですから、オバマ氏を支持してきた人たちの感慨はいかほどかと思います。
●テレビではほんの一部しか紹介されなかった勝利演説の日本語訳がネットにありました。とてもいい演説だったんですね。読みながらドキドキしました。アメリカが、世界が、どのように変化していくのか、私にはわかりませんが、希望、変革という言葉が生きている言葉だということを感じさせてくれるこの演説のことを、私も忘れないと思います。毎日新聞の日本語訳が良かったです。こちらから。
◆ カラカルパクの刺繍文化 ◆
●話題はガラリと変わって、カラカルパクスタンです。ウズベキスタンの西部にある共和国。縮小が問題になっているアラル海に面した国です。

(カラカルパク光景)
●今年トルクメニスタンに旅行したとき、カラカルパクに立ち寄り、古代ホラズム王国の都城址遺跡カラにも行きました。1泊ですがユルタに泊まり、沙漠の植物や動物に親しみました。

(アヤズカラ1号)
●そんなカラカルパクのこと、飛行機(たしかウズベキスタン航空)の機内誌で紹介されていて、インパクトの強い写真が気になっていました。
●紹介されていたのはカラカルパクの民族衣装や刺繍。トルクメニスタンも刺繍で有名ですが、赤の使用など似た雰囲気もありつつ、でも強くおおらかで少しウズベキスタンテイストを感じさせる刺繍の写真。本文を読まなくてはと思いつつ、のびのびになっていました。

(機内誌より引用)
●ようやく読みましたので、部分的に抜粋しながら少しご紹介したいと思います。筆者はElmira ALENIKOVA-TSOIさんという人です。訳がかなり怪しいですが、雰囲気ということで、、。なお刺繍関連の写真はすべて機内誌からの引用です。

(機内誌より引用)
・「カラカルパク女性が彼女たちの心の中の世界を表現すると同時に、生活費を稼ぐことを可能にする刺繍は大事な存在でした。20世紀初頭には刺繍芸術は広範に浸透していました。「彼女の指には小穴が開いている」と尊敬をこめて語られました。刺繍の能力は女性にとって最も重要と考えられる長所のひとつとして評価されてきたのです」
・「カラカルパクの装飾(模様)は研究者がおおまかに4つのグループに分類しています。植物、動物、幾何学、図案模様です」
・「植物模様は植物の型に沿った描写です。葉のある花、茎や枝などです。模様は多様です。杏の花「rrik gul」、プラムの花「kareli gul」、綿花「kauash gul」などです」
・「動物模様は、動物の世界と関連しています。主要なモチーフである巧みに曲がった羊の角「muyizi」には多彩な展開例があります。また、蟻の腰「kumyrska bel」、カラスの爪「garga tyrnak」、サソリの尻尾「shayan kuirik」、蛙「kubaka」などいろいろな模様があります」
・「かってカラカルパクの女性たちは刺繍について特別に教えられるということはありませんでした。彼女たちはユルタを飾るための模様編みを教えられました。それは日々の暮らしにとって、より重要なものだったのです。そして少女たちは、冬に開かれる集まりで刺繍を習ったのでした」
・「その集まりには、技能の優れた工芸家女性から初心者までが一堂に集まっていました。彼女たちは自作の刺繍を持ち寄り、年長の少女や大人の女性は膝の上にそれを広げていました。それらのサンプルを見て、若い少女たちは模様を写し、色の組み合わせを変えるなどして新しいバリエーションを工夫しました」
・「色はカラカルパクの刺繍にとってとても重要な役割を果たします。違う色は同じ模様に異なる意味合いを持たせます。たとえば年配の女性はかって白い服に赤、黄、緑の絹糸で刺繍をしていました。なかでも赤の占める割合が高いものでした。花嫁の衣装では、赤の地色に緑を多く使い、赤や黄や白の模様の刺繍がほどこされました。黒の地色には赤や黄や白の絹糸で刺繍されました。模様の位置は衣料の色やタイプによっても異なりました」
・「刺繍はメンバーの誰かの家の庭や日よけの下に座っておこなわれていました。これらの集まりは競争心に満ちていました。少女たちはいかに刺繍するか、そしていかに他の少女より巧みに刺繍ができるようになるか、熱心に学びました。そして多くの少女が国中に名前を知られる巧みな手工芸家になりました。このような刺繍家は結婚式で着る花嫁の衣装を作るために隣の村まで呼ばれました。刺繍で装飾された衣装は高い価値を持つようになり、作り手に多額の収入をもたらしました」

(機内誌より引用)
●伝統的な手工芸で生計が立つ、女性が収入を得られる、大事なことだと思います。ホラズムももっと知りたい地域です。また行きたいな。
●アジアやイスラム圏にハマる前は、私も欧米文化に興味を持っていました。80年代までは欧米以外の情報はとても少なく、自然な流れとして欧米のものがカッコイイと思っていたのです。とくに音楽をとおして、アメリカは好きでした。

●90年代以降、旅行などをきっかけにアジア、さらには中東や中央アジアへ関心が移りました。歴史の奥行き、文化の多様性と厚み、親しみやすさなど、知るほどに見るほどに好きになり、とりわけイスラム建築のタイル装飾に惹かれて現在にいたっています。
●アメリカには興味を失い、とくに911以降の傲慢な一国行動主義、優越思想、ものごとの単純な図式化には、幻滅し、怒り、辟易していました。そのことについてはここではあまり書きませんが、、
●そして今回の大統領選。長かった選挙戦の様子は日本でも逐次報道されていましたが、本当にオバマ氏が大統領になったんですね。感慨があります。なんだか本当に感慨があります。私などでもそう感じるのですから、オバマ氏を支持してきた人たちの感慨はいかほどかと思います。
●テレビではほんの一部しか紹介されなかった勝利演説の日本語訳がネットにありました。とてもいい演説だったんですね。読みながらドキドキしました。アメリカが、世界が、どのように変化していくのか、私にはわかりませんが、希望、変革という言葉が生きている言葉だということを感じさせてくれるこの演説のことを、私も忘れないと思います。毎日新聞の日本語訳が良かったです。こちらから。
◆ カラカルパクの刺繍文化 ◆
●話題はガラリと変わって、カラカルパクスタンです。ウズベキスタンの西部にある共和国。縮小が問題になっているアラル海に面した国です。

●今年トルクメニスタンに旅行したとき、カラカルパクに立ち寄り、古代ホラズム王国の都城址遺跡カラにも行きました。1泊ですがユルタに泊まり、沙漠の植物や動物に親しみました。

●そんなカラカルパクのこと、飛行機(たしかウズベキスタン航空)の機内誌で紹介されていて、インパクトの強い写真が気になっていました。
●紹介されていたのはカラカルパクの民族衣装や刺繍。トルクメニスタンも刺繍で有名ですが、赤の使用など似た雰囲気もありつつ、でも強くおおらかで少しウズベキスタンテイストを感じさせる刺繍の写真。本文を読まなくてはと思いつつ、のびのびになっていました。

●ようやく読みましたので、部分的に抜粋しながら少しご紹介したいと思います。筆者はElmira ALENIKOVA-TSOIさんという人です。訳がかなり怪しいですが、雰囲気ということで、、。なお刺繍関連の写真はすべて機内誌からの引用です。

・「カラカルパク女性が彼女たちの心の中の世界を表現すると同時に、生活費を稼ぐことを可能にする刺繍は大事な存在でした。20世紀初頭には刺繍芸術は広範に浸透していました。「彼女の指には小穴が開いている」と尊敬をこめて語られました。刺繍の能力は女性にとって最も重要と考えられる長所のひとつとして評価されてきたのです」
・「カラカルパクの装飾(模様)は研究者がおおまかに4つのグループに分類しています。植物、動物、幾何学、図案模様です」
・「植物模様は植物の型に沿った描写です。葉のある花、茎や枝などです。模様は多様です。杏の花「rrik gul」、プラムの花「kareli gul」、綿花「kauash gul」などです」
・「動物模様は、動物の世界と関連しています。主要なモチーフである巧みに曲がった羊の角「muyizi」には多彩な展開例があります。また、蟻の腰「kumyrska bel」、カラスの爪「garga tyrnak」、サソリの尻尾「shayan kuirik」、蛙「kubaka」などいろいろな模様があります」
・「かってカラカルパクの女性たちは刺繍について特別に教えられるということはありませんでした。彼女たちはユルタを飾るための模様編みを教えられました。それは日々の暮らしにとって、より重要なものだったのです。そして少女たちは、冬に開かれる集まりで刺繍を習ったのでした」
・「その集まりには、技能の優れた工芸家女性から初心者までが一堂に集まっていました。彼女たちは自作の刺繍を持ち寄り、年長の少女や大人の女性は膝の上にそれを広げていました。それらのサンプルを見て、若い少女たちは模様を写し、色の組み合わせを変えるなどして新しいバリエーションを工夫しました」
・「色はカラカルパクの刺繍にとってとても重要な役割を果たします。違う色は同じ模様に異なる意味合いを持たせます。たとえば年配の女性はかって白い服に赤、黄、緑の絹糸で刺繍をしていました。なかでも赤の占める割合が高いものでした。花嫁の衣装では、赤の地色に緑を多く使い、赤や黄や白の模様の刺繍がほどこされました。黒の地色には赤や黄や白の絹糸で刺繍されました。模様の位置は衣料の色やタイプによっても異なりました」
・「刺繍はメンバーの誰かの家の庭や日よけの下に座っておこなわれていました。これらの集まりは競争心に満ちていました。少女たちはいかに刺繍するか、そしていかに他の少女より巧みに刺繍ができるようになるか、熱心に学びました。そして多くの少女が国中に名前を知られる巧みな手工芸家になりました。このような刺繍家は結婚式で着る花嫁の衣装を作るために隣の村まで呼ばれました。刺繍で装飾された衣装は高い価値を持つようになり、作り手に多額の収入をもたらしました」

●伝統的な手工芸で生計が立つ、女性が収入を得られる、大事なことだと思います。ホラズムももっと知りたい地域です。また行きたいな。
●このところ更新が遅く&少なくて、せっかくたくさんの方に遊びに来ていただいているのに、申し訳ない気持ちです。また時期がきたら、どんどんスタディして、皆さんに見ていただきたいなと思っています。こんなブログですが、今後ともよろしくお願いいたします。(^_-)-☆
●先日、コンパクトデジカメがなんだか白っぽく映るようになり、おかしいな、とビッグカメラの店頭で聞いてみたら、「壊れてますね、完全に」「・・・・え?、、カメラって壊れるんですか?」「光学器械ですから壊れます」「・・・・」。
●カメラを寿命まで使ったことって初めてです。そういえば、このところよく使ったもんなあ、、。そんなわけで思考力もないなか、店の人一押しのリコーの「R8」というのを買いました。
●1センチの接写でもホコリまでくっきり映るのが最大のウリ。たしかに全般にくっきりで感心しました。ただ、、問題は色、ですね。色が冷たい感じ。なんとなく機械的で味わいがないようにも思いますが、、でもブレ専門の私にくっきりというのはうれしいです。そんなわけで、しばらくこのコンデジと一緒に出歩くことになりました。
●さて今回は、トルケスタン(現在のカザフスタン)にある聖者廟「アフマド・ヤサヴィー」の扉を特集してみました。
●これまで何回かヤサヴィー廟のタイルについて書いてきましたが、扉も細工が細かくてとても綺麗だったので、私にしては珍しく扉も結構写真を撮っていました。ごらんください。(キャプションはまた少しずつ追加で書いていきます。最近この方式が多くなってます。ご了解くださいませ)







・・・・・・・・・・・・・・
☆ 「巡礼地アフマド・ヤサヴィー廟 待望の訪問」はこちらから。
☆ 「サファヴィー建築とムガル建築のお母さん!?・・・ヤサヴィー廟」はこちらから。
☆ 木材×ペインティングについては「日々を彩る、美への意思。ウズベキスタンのペインティング」。こちらから
●先日、コンパクトデジカメがなんだか白っぽく映るようになり、おかしいな、とビッグカメラの店頭で聞いてみたら、「壊れてますね、完全に」「・・・・え?、、カメラって壊れるんですか?」「光学器械ですから壊れます」「・・・・」。
●カメラを寿命まで使ったことって初めてです。そういえば、このところよく使ったもんなあ、、。そんなわけで思考力もないなか、店の人一押しのリコーの「R8」というのを買いました。
●1センチの接写でもホコリまでくっきり映るのが最大のウリ。たしかに全般にくっきりで感心しました。ただ、、問題は色、ですね。色が冷たい感じ。なんとなく機械的で味わいがないようにも思いますが、、でもブレ専門の私にくっきりというのはうれしいです。そんなわけで、しばらくこのコンデジと一緒に出歩くことになりました。
●さて今回は、トルケスタン(現在のカザフスタン)にある聖者廟「アフマド・ヤサヴィー」の扉を特集してみました。
●これまで何回かヤサヴィー廟のタイルについて書いてきましたが、扉も細工が細かくてとても綺麗だったので、私にしては珍しく扉も結構写真を撮っていました。ごらんください。(キャプションはまた少しずつ追加で書いていきます。最近この方式が多くなってます。ご了解くださいませ)







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☆ 「巡礼地アフマド・ヤサヴィー廟 待望の訪問」はこちらから。
☆ 「サファヴィー建築とムガル建築のお母さん!?・・・ヤサヴィー廟」はこちらから。
☆ 木材×ペインティングについては「日々を彩る、美への意思。ウズベキスタンのペインティング」。こちらから
アムダリアという憧れ。大河を超え、ディープ・ホラズム、カラカルパクスタンへ。

パミール高原に源を発するアムダリア。ギリシア語文献ではオクサスと記されている。<トランス・オクシアナ>とは、「オクサス川の向こう側の土地」の意味であり、アムダリアの北のトルコ系の人が多く住む土地をさした。<マーワラー・アンナフル>は、アラビア語で「川の向こうの土地」。「川の向こう」への想像力。

カラカルパクスタン。「カラ」(都城跡)は、20世紀後半までは1000以上も残っていたという。しかしソ連時代に道路作りなどで多くが破壊され、現在ではその10分の1程度のようだ。日干しレンガ作りの城壁、火を祀る神殿などがある。古代ホラズム美術はガンダーラやパルティア美術の影響があるが、東トルキスタンの仏教美術との関連も指摘されているという。

カラカルパクスタンの女性。強い日差しに負けない存在感と美しさ。

赤い砂・キジルクム。赤い砂漠に息づく多くの命。多彩な植物や生き物に眼を見張った。

キジルクムの夕暮れ。遠くにラクダのシルエット。清浄な光。静けさという恵み。この一瞬のためにここに来たのだとしても、悔いはないと思う。

ユルタホテル。どんなゴージャスなホテルより、私にはここがいい。砂漠と空と一体になれる天幕での夜がいい。

パミール高原に源を発するアムダリア。ギリシア語文献ではオクサスと記されている。<トランス・オクシアナ>とは、「オクサス川の向こう側の土地」の意味であり、アムダリアの北のトルコ系の人が多く住む土地をさした。<マーワラー・アンナフル>は、アラビア語で「川の向こうの土地」。「川の向こう」への想像力。

カラカルパクスタン。「カラ」(都城跡)は、20世紀後半までは1000以上も残っていたという。しかしソ連時代に道路作りなどで多くが破壊され、現在ではその10分の1程度のようだ。日干しレンガ作りの城壁、火を祀る神殿などがある。古代ホラズム美術はガンダーラやパルティア美術の影響があるが、東トルキスタンの仏教美術との関連も指摘されているという。

カラカルパクスタンの女性。強い日差しに負けない存在感と美しさ。

赤い砂・キジルクム。赤い砂漠に息づく多くの命。多彩な植物や生き物に眼を見張った。

キジルクムの夕暮れ。遠くにラクダのシルエット。清浄な光。静けさという恵み。この一瞬のためにここに来たのだとしても、悔いはないと思う。

ユルタホテル。どんなゴージャスなホテルより、私にはここがいい。砂漠と空と一体になれる天幕での夜がいい。

●カラカルパクスタン・キジルクム(赤い砂)砂漠。パコパコ、パコパコ、、この足跡は誰のもの?

●夕陽は砂漠を金色に染めあげます。夕陽をあびて光るころころとしたフンも、この動物のもの?

●ラクダがいました!古代ホラズム王国の遺跡・カラ(都城跡)が点在するキジルクム砂漠。アヤズカラ周辺をゆったりと歩いています。スラッとしておとなしいラクダでした。

●カラは大半が崩れて土に還っていますが、ホラズムの赤い土の色が美しく味わいがあります。規模の大きさから当時の繁栄がしのばれます。このようなカラは50ほどもあると言われているそうです。牛も気持ちよさそうに草を食んでいます。
●、、って、ほとんど、「生きもの自然紀行」になってますね〜(汗、汗)。
●こうなった原因を考えてみたのですが、、装飾タイルのある場所、土の建築のある場所、古代や中世の趣のある場所、イスラム工芸のある場所、賑わいのあるバザール、、そんなところに行くと、動き回っては地元の人も驚くくらいにシャッターを押している私なのですが、今回のトルクメニスタン旅行では写真が少ないのです。(最も多いのは、フライト変更で予定外の滞在になったブハラのタイルでした)
●ひとつは撮影禁止のところが少なくなかったこと。国境ダメ、街中もけっこうダメ、一部の博物館もダメ、飛行機からダメ、空港ダメ、人にもカメラを向けにくい。面白そうなところは全体的にアウト。
●もうひとつは、行っても行っても土また土で、本来ならば土族感涙のはずなのですが、なぜかわかりませんが、あまりピンとこなかったんです。キジルクムは良かった、ホラズムは良かったんですが、個人的にはトルクメニスタン・カラクム砂漠(黒い砂の意。国土の面積の7〜8割を占める)がどうも単調でした。砂漠大好き!なんですが、、不思議です。私のトルクメニスタンの印象は「不思議」。砂漠もそのひとつなのかもしれませんね。
●なんとなくブログ更新頻度も落ちてしまっていたんですが、生きものたちに登場してもらってテンションを上げつつ、タイルに軸足を移していこうかと思っています。

●キジルクム砂漠のカメ。砂の色と同化しているような甲羅の色。模様もきれいです。

●ふんころがし(スカラベ)もいました。見えますか?左下にいる黒いのがふんころがし。けっこう大きくて3、4㎝以上もあったと思います。手を下にして足で転がしていくんですね。器用なものです。かなりのスピードで大きなふんを転がしていましたが、カメラを向けるとピタっと止まってしまいました。

●カラクム砂漠の生きものにも登場してもらいましょう。とかげですよね?土と同じ色ですね。2.3㎝ほどと小さく、動きが早かったです。
●この他、広大なメルブ遺跡やマルグシュ遺跡には、ラクダや羊や牛などがサファリパーク状態で暮らしていました。遺跡というより生活域、ふつうの村という感じでした。
●トルクメニスタンの国境を越えウズベキスタンに入ります。しばらく走ると、遠目にもはっきりとブハラの青いタイルの建物が見えてきました。オアシスの街がすぐそこに!昔日のキャラバンや旅行者にとっての、オアシス都市の光景のうれしさや頼もしさを垣間見た思いがしました。ブハラはウズベキスタンの街ですが、トルクメニスタンの絨毯が「ブハラ絨毯」とも言われるその近さを実感しました。(ブハラはトルクメン絨緞の集散地だったそうです)

●ウズベキスタンの生きもの代表は、コウノトリです。タシケントのバラクハーン・マドラサの周辺で。コウノトリも、青いタイルのドーム屋根や壁面装飾、うっとり見ているのかな〜♪!?
*生き物系、弱いです。間違いがありましたらお教え下さいませ。
●トルクメニスタン(+カラカルパクスタン)の旅行で、最も感動したのはメインの目的であったホラズムのタイル。そして2番目は、名馬「アハルテケ」の美しさでした。(数々の名だたる遺跡じゃないのか!?という感じですが、、即物的なんでしょうか、私。。)

(カードにもアハルテケ。「この国が好きだ!」というコピーとともに)
●「アハルテケ」は、汗血馬(かんけつば)の子孫ではないかと言われる馬です。汗血馬といえば、『漢書』に「大宛(現在のウズベキスタン・フェルガナ地方)に天馬種あり」と書かれ、「一日に千里を走る」と言われた名馬中の名馬ですよね。
●漢の時代の戦闘では、馬の善し悪しは騎馬軍団の能力を決定するもの。また権力の象徴としても、大きな意味があったようです。たしかに、馬に乗っている人って、上から見下ろす感じになり、力強く見えますよね。疾走すれば、さらに!

●中央アジアの馬は、当時の中国の皇帝や将軍たちの憧れ。とくに前漢の武帝はどうしてもこの汗血馬を手に入れようと、大宛に遠征軍を送ったほど。
●「血のような汗を流して走る」ことから汗血馬と呼ばれるようになったのですが、馬が皮膚の表面に出血するのは、現代では寄生虫によるものとも言われているようです。けれども、吹き出る汗と一体になって流れ落ちる血は、駆け抜ける馬体を赤く濡らし神秘的にも見せたのではないでしょうか。カッコイイですよね〜!

●アハルテケは、1935年に4152㎞(アシュハバードからモスクワまで。うち1000㎞は砂漠)を84日間で走破する記録を作ったそうです。走りますね〜!!乾燥気候に適応し、サラブレッドなど多くの品種を改良する際に利用されているとも聞きました。
●見学したアハルテケの飼育場は、首都アシュハバードの郊外にありました。民族ドレスの女性たち(オーナーの娘さんたちのようです)に迎えられ、中へ。最初に目に入ったのは、なんと金色にも見えるアハルテケ!う・つ・く・し・い〜!!足が長く、たてがみが短め。これは汗血馬の特徴とそっくりなんだそうです。

●飼育場の中には、10頭くらいのアハルテケがいました。灰色の馬体のコンテスト優勝馬も。外の一角には子馬たちが。かわいい〜!♪!でも、こちらは柵越しにチラッとしか見られませんでした。宝物状態!?!そうこうしているうちにデモンストレーションが始まりました。

●どの馬もきれい〜!動くと美しさが格段に増します。見とれます。疾走する姿を見てみたい、、。育てるのにさぞや神経を使うのでは、と、オーナーに「アハルテケの飼育でいちばん大変なことはなんですか」と聞いたところ、しばし間をおいて、「金だね」。「・・・」。「金があれば簡単。金がないと大変」。もう少し文学的な答えを想像していましたが、、。たしかに現実はそうなのかも。

●たぶん、ものすごい費用がかかるのではないでしょうか。売れたら1億円とも聞きましたが、、。それにしても、経費は半端な額ではなさそうです。太っ腹そうなこのオーナーは何者?と思っていましたが、、お手洗いを借りるためご自宅に入れてもらうと、 、室内は絨毯の海。本場の、ト、トルクメン絨毯ですね!

●「す、すごいですね〜!」、「オレが作ったんだ」、「・・は!?」。聞けば、絨毯工場を経営しているそうです。なるほどお。納得。馬を飾る毛織物もきっちりときれいだったですよ〜。さすがです!
●絨毯とアハルテケ。トルクメニスタンを代表する二つの美しいものに囲まれて(というか、生産して)いるオーナーは、トルクメニスタン一幸せな人ではないでしょうか。堅苦しい印象が強かったトルクメニスタンの旅行のなかで、(唯一?)おおらかな人柄に触れたのも、感動第2位に入った理由かもしれません。(今回は、旅行記風に書いてみました)

(見とれるような毛並みのお手入れに)

(人形のアハルテケも脚が長い)

●「アハルテケ」は、汗血馬(かんけつば)の子孫ではないかと言われる馬です。汗血馬といえば、『漢書』に「大宛(現在のウズベキスタン・フェルガナ地方)に天馬種あり」と書かれ、「一日に千里を走る」と言われた名馬中の名馬ですよね。
●漢の時代の戦闘では、馬の善し悪しは騎馬軍団の能力を決定するもの。また権力の象徴としても、大きな意味があったようです。たしかに、馬に乗っている人って、上から見下ろす感じになり、力強く見えますよね。疾走すれば、さらに!

●中央アジアの馬は、当時の中国の皇帝や将軍たちの憧れ。とくに前漢の武帝はどうしてもこの汗血馬を手に入れようと、大宛に遠征軍を送ったほど。
●「血のような汗を流して走る」ことから汗血馬と呼ばれるようになったのですが、馬が皮膚の表面に出血するのは、現代では寄生虫によるものとも言われているようです。けれども、吹き出る汗と一体になって流れ落ちる血は、駆け抜ける馬体を赤く濡らし神秘的にも見せたのではないでしょうか。カッコイイですよね〜!

●アハルテケは、1935年に4152㎞(アシュハバードからモスクワまで。うち1000㎞は砂漠)を84日間で走破する記録を作ったそうです。走りますね〜!!乾燥気候に適応し、サラブレッドなど多くの品種を改良する際に利用されているとも聞きました。
●見学したアハルテケの飼育場は、首都アシュハバードの郊外にありました。民族ドレスの女性たち(オーナーの娘さんたちのようです)に迎えられ、中へ。最初に目に入ったのは、なんと金色にも見えるアハルテケ!う・つ・く・し・い〜!!足が長く、たてがみが短め。これは汗血馬の特徴とそっくりなんだそうです。

●飼育場の中には、10頭くらいのアハルテケがいました。灰色の馬体のコンテスト優勝馬も。外の一角には子馬たちが。かわいい〜!♪!でも、こちらは柵越しにチラッとしか見られませんでした。宝物状態!?!そうこうしているうちにデモンストレーションが始まりました。

●どの馬もきれい〜!動くと美しさが格段に増します。見とれます。疾走する姿を見てみたい、、。育てるのにさぞや神経を使うのでは、と、オーナーに「アハルテケの飼育でいちばん大変なことはなんですか」と聞いたところ、しばし間をおいて、「金だね」。「・・・」。「金があれば簡単。金がないと大変」。もう少し文学的な答えを想像していましたが、、。たしかに現実はそうなのかも。

●たぶん、ものすごい費用がかかるのではないでしょうか。売れたら1億円とも聞きましたが、、。それにしても、経費は半端な額ではなさそうです。太っ腹そうなこのオーナーは何者?と思っていましたが、、お手洗いを借りるためご自宅に入れてもらうと、 、室内は絨毯の海。本場の、ト、トルクメン絨毯ですね!

●「す、すごいですね〜!」、「オレが作ったんだ」、「・・は!?」。聞けば、絨毯工場を経営しているそうです。なるほどお。納得。馬を飾る毛織物もきっちりときれいだったですよ〜。さすがです!
●絨毯とアハルテケ。トルクメニスタンを代表する二つの美しいものに囲まれて(というか、生産して)いるオーナーは、トルクメニスタン一幸せな人ではないでしょうか。堅苦しい印象が強かったトルクメニスタンの旅行のなかで、(唯一?)おおらかな人柄に触れたのも、感動第2位に入った理由かもしれません。(今回は、旅行記風に書いてみました)


●ホラズムの12〜14世紀のタイル(現在のトルクメニスタン、クニャ・ウルゲンチにあります)見たさに、はるかトルクメニスタンにまで行った私。でもトルクメニスタンといえば有名なのは絨毯。トルクメン絨毯(古いもの)は、欧米に熱狂的なコレクターが多く、価格も数百万円もするものが少なくないようです。
●トルクメン絨毯、、、絨毯好きの集まりに時々参加させていただいていることもあり、その奥深い世界を垣間見せていただく機会もありましたが、じつは、どうも今ひとつピンとこない、というのが本音です。カッチリと整った端正な美は完璧で、反面、その奥にひそむ熱情のようなものも感じて、がさつな私には敷居が高い感じがするのです。
●熱狂的なトルクメン絨毯のファンは、専門職などに従事する知的な男性が多いと聞きます。日本でお会いするトルクメンコレクターも、まさにそんな感じ。トルクメン絨毯のなかにある、奥深いもの、情報ともいえるものを感受し読み取る力のある方々なんだと思います。感性と同時に、知性で読み取る絨毯、それがトルクメンという気がしています。

(トルクメン絨毯・テケ/『oriental carpets』より引用)
●今回はニサやマルグシュ、メルブなどの遺跡見学が主だったため、絨毯に出会うことはほとんどありませんでした。唯一、アハル・テケ牧場のオーナーが絨毯工場のオーナーでもあったため、偶然現在の絨毯を少し見ることができました。また博物館で、あまり趣味の良くない絨毯をチラッと見ました。残念ですが、そのくらいです。
●けれども、街の中で、バザールで、トルクメン絨毯の「要素」を、たっぷりと見ました。それは、、、「きっちり感覚」です。

●あれ〜、この木の植え方、、、これって「ギュル」(トルクメン絨毯の核となる紋章のような文様、上の絨緞参照)では〜!?木のまわりに石を並べる必然性は??間隔もきっちりだ〜!こんな植林(?)があちこちにありました。立体絨緞!? *追記1*(「真っ直ぐを期待されながら斜めに成長する木々も、たいしたもの」とYさんよりメール。たしかに(笑)。どこ原産の木かな〜♪) *追記2*(いやいや、、この木の様子、よく見たら、ギュルの中の模様を模したように斜めになってませんか!?、、恐るべしトルクメンの木!!)

●バザールの陳列、、、活気ある売り買いがバザールの魅力。陳列なども時間がたつにつれてくずれてくるものですが、、、ナッツに、干しアンズ、、なんですか、このきっちりは〜!?(撮影時間は夕方)

●干しぶどうって、積むのがむつかしいと思うんですけど、、角度がシャープ!粒単位!

●果物が整然と並び、きっちりと円錐型に積み上げられています。静物画か〜??左上のバナナとパインの落ち着きもすごい、、(こちらは閉店間際、午後7時頃のバザール。ラストでこの状態、、)

●じゃがいもって、ゴロゴロが似合う気がしますが、、これもきっちり整然と整列状態、、

●日用品売り場に行くと、、、ここでもきっちりサイズ、色、角度まで揃ってます。たぶん日本のようなアイテム別ではなく、色やサイズで決めていると思う。機能性、合理性よりもきっちり=見かけ、視覚が優先されるような気がします。
●恐るべしトルクメン、、装飾タイルでもクラクラするような装飾センスを発揮したトルクメン。その遺伝子に組み込まれた「きっちり感覚」を、今回の旅行で思い知ったのでした。
●さらに、、<アシュハバードの大理石ビル群の謎>に新説登場!!トルクメン絨毯をこよなく愛するMさんやSさんによると、発光する大理石のビルは「宇宙と交信するため」なのだそうです。(私がビルを生き物のような発光体と感じたのは、意外と当たっていたりして、、!?)。独裁政権云々は表の顔にすぎない!?その奥には、凡人には理解不可能なトルクメンの宇宙的感性が脈々と息づいているのかもしれません。
●やっぱり、、トルクメニスタンのキーワードは「不思議」ですね。もう、それしか思い浮かびません、、ふう〜。。
** ブログ内関連記事(トルクメン系王朝のタイル) **
* 15世紀タイル装飾の傑作 タブリーズの「ブルーモスク」
* ”蒼の宝石箱”ブルーモスク&黒羊さんのヒミツ?!
●トルクメン絨毯、、、絨毯好きの集まりに時々参加させていただいていることもあり、その奥深い世界を垣間見せていただく機会もありましたが、じつは、どうも今ひとつピンとこない、というのが本音です。カッチリと整った端正な美は完璧で、反面、その奥にひそむ熱情のようなものも感じて、がさつな私には敷居が高い感じがするのです。
●熱狂的なトルクメン絨毯のファンは、専門職などに従事する知的な男性が多いと聞きます。日本でお会いするトルクメンコレクターも、まさにそんな感じ。トルクメン絨毯のなかにある、奥深いもの、情報ともいえるものを感受し読み取る力のある方々なんだと思います。感性と同時に、知性で読み取る絨毯、それがトルクメンという気がしています。

●今回はニサやマルグシュ、メルブなどの遺跡見学が主だったため、絨毯に出会うことはほとんどありませんでした。唯一、アハル・テケ牧場のオーナーが絨毯工場のオーナーでもあったため、偶然現在の絨毯を少し見ることができました。また博物館で、あまり趣味の良くない絨毯をチラッと見ました。残念ですが、そのくらいです。
●けれども、街の中で、バザールで、トルクメン絨毯の「要素」を、たっぷりと見ました。それは、、、「きっちり感覚」です。

●あれ〜、この木の植え方、、、これって「ギュル」(トルクメン絨毯の核となる紋章のような文様、上の絨緞参照)では〜!?木のまわりに石を並べる必然性は??間隔もきっちりだ〜!こんな植林(?)があちこちにありました。立体絨緞!? *追記1*(「真っ直ぐを期待されながら斜めに成長する木々も、たいしたもの」とYさんよりメール。たしかに(笑)。どこ原産の木かな〜♪) *追記2*(いやいや、、この木の様子、よく見たら、ギュルの中の模様を模したように斜めになってませんか!?、、恐るべしトルクメンの木!!)

●バザールの陳列、、、活気ある売り買いがバザールの魅力。陳列なども時間がたつにつれてくずれてくるものですが、、、ナッツに、干しアンズ、、なんですか、このきっちりは〜!?(撮影時間は夕方)

●干しぶどうって、積むのがむつかしいと思うんですけど、、角度がシャープ!粒単位!

●果物が整然と並び、きっちりと円錐型に積み上げられています。静物画か〜??左上のバナナとパインの落ち着きもすごい、、(こちらは閉店間際、午後7時頃のバザール。ラストでこの状態、、)

●じゃがいもって、ゴロゴロが似合う気がしますが、、これもきっちり整然と整列状態、、

●日用品売り場に行くと、、、ここでもきっちりサイズ、色、角度まで揃ってます。たぶん日本のようなアイテム別ではなく、色やサイズで決めていると思う。機能性、合理性よりもきっちり=見かけ、視覚が優先されるような気がします。
●恐るべしトルクメン、、装飾タイルでもクラクラするような装飾センスを発揮したトルクメン。その遺伝子に組み込まれた「きっちり感覚」を、今回の旅行で思い知ったのでした。
●さらに、、<アシュハバードの大理石ビル群の謎>に新説登場!!トルクメン絨毯をこよなく愛するMさんやSさんによると、発光する大理石のビルは「宇宙と交信するため」なのだそうです。(私がビルを生き物のような発光体と感じたのは、意外と当たっていたりして、、!?)。独裁政権云々は表の顔にすぎない!?その奥には、凡人には理解不可能なトルクメンの宇宙的感性が脈々と息づいているのかもしれません。
●やっぱり、、トルクメニスタンのキーワードは「不思議」ですね。もう、それしか思い浮かびません、、ふう〜。。
** ブログ内関連記事(トルクメン系王朝のタイル) **
* 15世紀タイル装飾の傑作 タブリーズの「ブルーモスク」
* ”蒼の宝石箱”ブルーモスク&黒羊さんのヒミツ?!
●ホラズムからトルクメニスタンの首都アシュハバードへ。着陸体制に入った飛行機の窓から外を見た私の目に入ったのは、SF映画のワンシーンのような不思議な光景でした。

(これはモスクのライトアップ。国民の9割がイスラム教スンニ派と言われています。あまり宗教的雰囲気は感じませんでしたが、、)
●暗闇に浮かび上がる数十もの四角い発光体が、生き物のように空に向かって伸びているのです。発光体はクラゲかなにかのように、透明で、内部から光を発していました。
●ふっと現実にかえり、そこはアシュハバードの街で、発光体はビルらしいと理解するまで、実際は何秒かのことだったのかもしれませんが、あの光景の不思議さ(美しくもあり不気味でもある)は忘れることがないと思います。

●機内なので撮影しておらず写真がありません。前回の夜景写真や上の写真からイメージが少し伝わるといいのですが、、。大理石というものが内部から光るように見えるとは知りませんでした。
●日中の光景もこれはこれで、不思議でした。政治や行政に関する建物から大学、マンション(高級なもの)まで大理石造なのです。ヨーロッパの歴史的な建造物で目にすることが多い大理石、都心のビルの外観としてはどうも違和感があります。作りもちょっと粗いように感じました。

●ガイドさんによると、「大理石は産出するけれど加工技術がないのでイタリアから輸入している」とのこと(ガイドさんは経済学部を卒業し英語も流暢で信頼できるタイプの人)。「え〜!?すごい金額では!?ホント??」と思いますが、そういう不思議があってもおかしくないような気もします。
●朝、ホテルの近くを少しだけ歩いてみましたが、いたるところに警官が立っていて鋭い目で周囲を見回しています。撮影禁止の建物が多いと聞いており注意していましたが、ホテルの前の建物は政治的な建物にも思えなかったので写真を撮ってみました。すると警官が近づいてきて止められました。没収とかではなかったのですが、ちょっと緊張しました。あとでガイドさんに聞いてみると大学とのこと。撮ってもいい建物だということでした。

●でも、、街の様子や建物の撮影禁止って、今の時代、意味があるのでしょうか。Google Earthがあるのにな、と思ってしまいました。トルクメニスタンはGoogle Earthを拒否しているのかとも思いましたが、遺跡の説明でガイドさんがGoogle Earthの写真を見せてくれて、「うちの庭も見えるよ」と言っていました。帰ってから私もチェックしてみましたが、アシュハバードの街、しっかり見えましたよ。
●整然とビルが建ち並び、緑と花があふれる清潔な首都アシュハバード。そこここに前大統領ニヤゾフの像が立ち、なかには24時間回転している金色のニヤゾフ像もあります。像、ビル、マンション、公園、花など撮れるものは写真を撮りましたが、ブログに載せるのは躊躇します。問題があるわけではないし公園などはきれいなのですが、やはり自分の好きな光景ではないものは、なるべく載せたくないと思ってしまいます。(ドキュメンタリーの人にはとうていなれませんね!)

●バザールのぶらぶら歩きはどこでも楽しいものですが、アシュハバードのバザールは賑わってはいるものの、どこか沈んだ気分を感じました。笑顔が少ないからかな。外国人への警戒感からなのかもしれません。(絶品のドライフルーツや野菜、きっちりした陳列など、バザールの様子は、またご紹介したいと思います)

●ホラズムシャー朝のタイル(やはり素晴らしかった!)から書こうか、遺跡からにしようか、と、本や資料を読んでいたのですが、少し時間がかかりそうなので、街の印象から書き始めることにしました。上はあくまで私の主観であり、快適で美しいと感じる人もいるかもしれませんし、様々な事情があるのかもしれません。そのあたりご理解のほど、お願いいたします。
●これから、タイル、アハル・テケ(美しい駿馬)、メルブ、マルグッシュ、食事、トルクメンの造形感覚などについて書いていきたいと思います。

●暗闇に浮かび上がる数十もの四角い発光体が、生き物のように空に向かって伸びているのです。発光体はクラゲかなにかのように、透明で、内部から光を発していました。
●ふっと現実にかえり、そこはアシュハバードの街で、発光体はビルらしいと理解するまで、実際は何秒かのことだったのかもしれませんが、あの光景の不思議さ(美しくもあり不気味でもある)は忘れることがないと思います。

●機内なので撮影しておらず写真がありません。前回の夜景写真や上の写真からイメージが少し伝わるといいのですが、、。大理石というものが内部から光るように見えるとは知りませんでした。
●日中の光景もこれはこれで、不思議でした。政治や行政に関する建物から大学、マンション(高級なもの)まで大理石造なのです。ヨーロッパの歴史的な建造物で目にすることが多い大理石、都心のビルの外観としてはどうも違和感があります。作りもちょっと粗いように感じました。

●ガイドさんによると、「大理石は産出するけれど加工技術がないのでイタリアから輸入している」とのこと(ガイドさんは経済学部を卒業し英語も流暢で信頼できるタイプの人)。「え〜!?すごい金額では!?ホント??」と思いますが、そういう不思議があってもおかしくないような気もします。
●朝、ホテルの近くを少しだけ歩いてみましたが、いたるところに警官が立っていて鋭い目で周囲を見回しています。撮影禁止の建物が多いと聞いており注意していましたが、ホテルの前の建物は政治的な建物にも思えなかったので写真を撮ってみました。すると警官が近づいてきて止められました。没収とかではなかったのですが、ちょっと緊張しました。あとでガイドさんに聞いてみると大学とのこと。撮ってもいい建物だということでした。

●でも、、街の様子や建物の撮影禁止って、今の時代、意味があるのでしょうか。Google Earthがあるのにな、と思ってしまいました。トルクメニスタンはGoogle Earthを拒否しているのかとも思いましたが、遺跡の説明でガイドさんがGoogle Earthの写真を見せてくれて、「うちの庭も見えるよ」と言っていました。帰ってから私もチェックしてみましたが、アシュハバードの街、しっかり見えましたよ。
●整然とビルが建ち並び、緑と花があふれる清潔な首都アシュハバード。そこここに前大統領ニヤゾフの像が立ち、なかには24時間回転している金色のニヤゾフ像もあります。像、ビル、マンション、公園、花など撮れるものは写真を撮りましたが、ブログに載せるのは躊躇します。問題があるわけではないし公園などはきれいなのですが、やはり自分の好きな光景ではないものは、なるべく載せたくないと思ってしまいます。(ドキュメンタリーの人にはとうていなれませんね!)

●バザールのぶらぶら歩きはどこでも楽しいものですが、アシュハバードのバザールは賑わってはいるものの、どこか沈んだ気分を感じました。笑顔が少ないからかな。外国人への警戒感からなのかもしれません。(絶品のドライフルーツや野菜、きっちりした陳列など、バザールの様子は、またご紹介したいと思います)

●ホラズムシャー朝のタイル(やはり素晴らしかった!)から書こうか、遺跡からにしようか、と、本や資料を読んでいたのですが、少し時間がかかりそうなので、街の印象から書き始めることにしました。上はあくまで私の主観であり、快適で美しいと感じる人もいるかもしれませんし、様々な事情があるのかもしれません。そのあたりご理解のほど、お願いいたします。
●これから、タイル、アハル・テケ(美しい駿馬)、メルブ、マルグッシュ、食事、トルクメンの造形感覚などについて書いていきたいと思います。
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