カテゴリ:至高の美イランのタイル
- ペルシアの庭とヤズドのタイル[ 2009-07-15 12:15 ]
- シーア派聖地・ゴム 〜 イスラム世界聖者廟のタイルが好き![ 2007-02-24 22:49 ]
- 女性だけが陶芸に従事する村に、古代を思わせる陶器があった[ 2006-11-28 00:03 ]
- ラマダンの夜に聴く ペルシア音楽の超絶[ 2006-10-04 00:41 ]
- ペルセポリスから考えた タイルってなに!?[ 2006-08-29 16:23 ]
- 酒と詩を愛した時代の『ルバイヤート』 with tiles of semnan[ 2006-05-18 00:53 ]
- イルハーン朝イラン ラスター彩タイルの縁に書かれた銘文[ 2006-05-02 02:39 ]
- 『夢の花園』・・・タフテ・ソレイマーンのタイルとの邂逅[ 2006-04-06 00:18 ]
- ソルタニエ 土の建築なかの一点の木の美[ 2006-03-15 23:21 ]
- 紀元前13世紀の施釉レンガ、チョガ・ザンビル[ 2006-03-07 00:53 ]
●「イランはすごい」、、タイル大好き、絨毯や細密画などの工芸も好きな私、何度そう思ったことでしょう。技術の高さはもちろんのこと、独特の感性が底流にあるように感じます。情熱と叙情、繊細と優美、華麗で誇り高い、陶酔と耽美、そんな言葉が浮かびます。
◆ ペルシアの庭園 ◆
●先日、東京国際ブックフェアで、イランの本に出会いました。そしてまた感じました。イランはすごい。イスラム世界の庭園をイランの庭園から語り尽くすかのような本、『GARDENS OF IRAN Ancient Wisdom,New Visions』(Teheran Museum of Contemporary Art)。

(『GARDENS OF IRAN Ancient Wisdom,New Visions』。タイトルの下にあるメダリオンに注目!)
●「イスラムの庭園」は、細密画や絨毯の模様にも好んで描かれるテーマです。私は実際に多くの庭園をを訪ねているわけではありませんが、端正な空間でありながら、植物を愛好する気持ちや水への憧れが溢れるようで、とても魅力を感じ、庭のこと、もっと知りたいと思っていました。
●この本では、豊富な写真、詳細な解説、図面から、植物やタイルなどのディテールまで紹介されています。さらに歴史的な工芸品に描かれた庭園モチーフ事例、現代の作品に描かれた庭園など、多彩な切り口。そして、タイル好きにはしみじみと嬉しいことが。タイルのモチーフが本のシンボル的に使用されているのです!
●それは、ヤズドの金曜モスク(1325-34)のタイルです。『GARDENS OF IRAN』の本文にも書かれているように、サファビー朝の華やかなタイルと比較すると、この年代のタイルはあまり有名ではありません。しかし、「過去と現在の芸術の潮流をつなぐものとして、サファビー朝のタイルよりも興味深い」として、このタイルを例示することを選択しているのです。(この感性に感涙!)

(ヤズド・金曜モスクのタイル/『GARDENS OF IRAN Ancient Wisdom,New Visions』より引用。中心のメダリオンが、上の本のタイトル内などでシンボル的なビジュアルとして見られる。タイルが主役になってうれしい!)
●ヤズドのタイルは、4色の縁飾りのある長方形のパネルを、六角形のターコイズブルー(微妙に色合いが異なる)のタイルが埋め、中心に緻密なモザイクのメダリオンがあります。メダリオンは12角の太陽のパターン。縁と同じ4色が使われています。
●でも、なぜこのタイルが庭の本に?「このタイルのターコイズブルーは、深い青から薄い青までバリエーションがあり、波のような水の動きを感じさせる。モスクの中にある水の存在の比喩のようだ。見る者の心を平和にし、神秘的な詩のように心を癒し、私たちを想像の世界へと誘う。まるで細密画のように」。水と庭との関連からタイルを語っているのですね。専門書の文章ですが、詩的ですね〜。
◆ 子ども向けの工芸本 ◆
●もうひとつの出会いは、子ども向けの美術解説本。タイル、ペインティング、ミラーワーク、漆喰装飾など、シリーズで10種類くらい揃っていました。30ページほどの薄手の本ですが、本の装丁やデザインが何ともいえず魅力的で、引き込まれました。

(タイルの本は、イスファハーンの「ロトフォッラーモスク」の天井のタイルがテーマです)
●日本や欧米以外で制作された雑誌や本を見る機会は、あまりありません。タイルの本も欧米の研究者が執筆し、ロンドンやアメリカで作られているものを見ることが多いのです。イランの人がイランのタイルをどう見るかにも興味があります。ペルシア語なので何が書いてあるかわからないのが残念ですが、、でも、デザインだけでも、うっとり!!!

(ペインティングの本は、HAFT-TANNAN MONUMENT(1ST IRANIAN GALLERY)がテーマ。絵の切り取り方がなんとも鮮烈)

(ペインティングの本の中面。センスいいですね〜)
●おもしろいのは、このシリーズが制作された意図。このシリーズのタイトルは、「なぜ私たちはこれらを無視したのか」「どうしてこれらを見てこなかったのか」。「伝統あるイランの芸術作品であるにもかかわらず長年目を向けてこられなかったものを、しっかり見ていこう」と子どもたちを啓蒙しています。イランでも古い工芸を見ないようになっているのでしょうか。でも、こんなシリーズを作ってしまうこと、それ自体が、イランの芸術の底力かもしれません。

(ミラーワークの本は、NARENJESTAN MANSION IN SHIRAZの主ホールの天井がテーマ。本の中面より。イラストやカリグラフィーがたまらなくすてきです)
◆ ペルシアの庭園 ◆
●先日、東京国際ブックフェアで、イランの本に出会いました。そしてまた感じました。イランはすごい。イスラム世界の庭園をイランの庭園から語り尽くすかのような本、『GARDENS OF IRAN Ancient Wisdom,New Visions』(Teheran Museum of Contemporary Art)。

●「イスラムの庭園」は、細密画や絨毯の模様にも好んで描かれるテーマです。私は実際に多くの庭園をを訪ねているわけではありませんが、端正な空間でありながら、植物を愛好する気持ちや水への憧れが溢れるようで、とても魅力を感じ、庭のこと、もっと知りたいと思っていました。
●この本では、豊富な写真、詳細な解説、図面から、植物やタイルなどのディテールまで紹介されています。さらに歴史的な工芸品に描かれた庭園モチーフ事例、現代の作品に描かれた庭園など、多彩な切り口。そして、タイル好きにはしみじみと嬉しいことが。タイルのモチーフが本のシンボル的に使用されているのです!
●それは、ヤズドの金曜モスク(1325-34)のタイルです。『GARDENS OF IRAN』の本文にも書かれているように、サファビー朝の華やかなタイルと比較すると、この年代のタイルはあまり有名ではありません。しかし、「過去と現在の芸術の潮流をつなぐものとして、サファビー朝のタイルよりも興味深い」として、このタイルを例示することを選択しているのです。(この感性に感涙!)

●ヤズドのタイルは、4色の縁飾りのある長方形のパネルを、六角形のターコイズブルー(微妙に色合いが異なる)のタイルが埋め、中心に緻密なモザイクのメダリオンがあります。メダリオンは12角の太陽のパターン。縁と同じ4色が使われています。
●でも、なぜこのタイルが庭の本に?「このタイルのターコイズブルーは、深い青から薄い青までバリエーションがあり、波のような水の動きを感じさせる。モスクの中にある水の存在の比喩のようだ。見る者の心を平和にし、神秘的な詩のように心を癒し、私たちを想像の世界へと誘う。まるで細密画のように」。水と庭との関連からタイルを語っているのですね。専門書の文章ですが、詩的ですね〜。
◆ 子ども向けの工芸本 ◆
●もうひとつの出会いは、子ども向けの美術解説本。タイル、ペインティング、ミラーワーク、漆喰装飾など、シリーズで10種類くらい揃っていました。30ページほどの薄手の本ですが、本の装丁やデザインが何ともいえず魅力的で、引き込まれました。

●日本や欧米以外で制作された雑誌や本を見る機会は、あまりありません。タイルの本も欧米の研究者が執筆し、ロンドンやアメリカで作られているものを見ることが多いのです。イランの人がイランのタイルをどう見るかにも興味があります。ペルシア語なので何が書いてあるかわからないのが残念ですが、、でも、デザインだけでも、うっとり!!!


●おもしろいのは、このシリーズが制作された意図。このシリーズのタイトルは、「なぜ私たちはこれらを無視したのか」「どうしてこれらを見てこなかったのか」。「伝統あるイランの芸術作品であるにもかかわらず長年目を向けてこられなかったものを、しっかり見ていこう」と子どもたちを啓蒙しています。イランでも古い工芸を見ないようになっているのでしょうか。でも、こんなシリーズを作ってしまうこと、それ自体が、イランの芸術の底力かもしれません。

●毎回充実の「中東・西アジアの都市周遊」の講座(国際交流基金)。総論、テヘラン、アルジェ、ダマスカス、リヤドときて、先日はイランの聖廟都市ゴム(近世ペルシア語ではクム・Qum)でした。

(イマームザーデ HELEL IBN ALI/イスファハン/『Iran〜the cradle of civilization』より引用。こういう新しいタイルは、あまり惹かれてませんが、イマームザーデ例で掲載)
●イスラムの街や村には、「聖廟」といわれる建物が数多くあります。廟ですから、お墓。イスラムの重要人物や聖人が葬られています。敬虔な信者が集まる独特の雰囲気に加え、素晴らしいタイル装飾のあるものも多く、タイル好きには気になる存在です。
●ゴムはシーア派の聖地であり、聖廟都市として有名。私はゴムには行ったことがありませんが、「相当に宗教的な街」だということを、訪れたことのある人たちから聞いたことがあります。
●ゴムの聖廟に葬られているのは、シーア派第8代イマーム(宗教指導者)の妹ファーテメ・マアスーメ。女性なんですね。兄をメルブに訪ねる途中、スンニ派の街で病気になったのですが、ゴムの地への搬送を望み、ゴムで亡くなったそうです。

(ゴム聖廟/『Iran〜the cradle of civilization』より引用。金色のドームがすごいですね。金のドームは聖廟として第一級の証だそうです。私はタイル派ですが・・)
●さて、本を買っては積ん読状態になっている私、、シーア派関係の本もあるのですが、読めていません(悲)。昨年からシーア派関連の講座や研究会に(勝手に)参加したりしているのですが、まだ書ける程度までこなれていません。ですので、講座(東京大学・森本一夫先生)の内容を中心に、少し書いてみたいと思います。
●まずシーア派について。人口はイスラム人口全体の1割から1.5割。イラン、イラク、バーレーン、レバノン南部、ペルシア湾岸、アフガニスタン、インド、パキスタンなど、少数派にもかかわらず広い範囲に居住しているそうです。
●特徴は、「正義を体現するも、現世では多数派のスンニ派に虐げられてきたとされる超人的指導者“イマーム” =半分人間で半分神様、あやまちがない、無謬」の存在です。

(パキスタン・ウッチュの聖廟「ビービー・シャビンディ」(これも女性のお墓)。私の好きな聖者廟。蒼のタイルが最高! 手前の白い盛り上がりは信者のお墓。廟の回りには自然発生的に墓地ができるようです/orientlibrary)
●シーア派のなかでも多数を占める派は、その名も「12イマーム派」。初代アリー以降、12代目までイマーム(ムハンマドの子孫)が継承。けれども、第12代のイマームは、940年に神の配慮で「お隠れ」になり、世界が不正義で満ちたときに救世主(マフディー)として再臨するということが信じられています。
●ゆえに、殉教・殉死したイマームや一族のお墓にお参りすることは、とても大事。イマーム廟とイマーム一族の廟(=イマームザーデ)への参詣という宗教行為が盛んにおこなわれるのだそうです。廟のある「聖廟都市」は、このようななかで発展してきました。
●代表的なシーア派聖廟都市は、ナジャフ(イラク)、カルバラー(イラク)、マシュハド=殉教の地という意味(イラン)、カーズィマイン(カズィミーヤ/イラク)、サーマッラー(イラク)、ゴム、マザーリシャリフ(アフガニスタン)など。最近のニュースに頻繁に登場する地名が並びますが、明るい話題ではないだけに、複雑な気持ちです。

(ビービーシャビンディでクルアーンを詠む少年たち。ジャニーズ系よりイケてます!?/orientlibrary)
●ゴムは、「シーア派聖職者たちの世界、特殊な国際都市、コンパクトで街の性格がはっきりしている」という特徴があり、100万人の人口にたいして、70カ国から8万人の神学生が集まり、年間2000万人の参詣客が訪れるのだそうです。大変な数ですよね〜!!
●1922年に、ゴムの神学校コンプレックス(ホウゼ)が復興され、スンニ派主導のイラクに存在する諸聖廟都市に替わって教学の中心になったそうです。「マルジャウ制度」や「5分の1税(フムス)」などの独特の制度により、聖職者の専門知識が生かされつつ、宗教税が資金として街の発展に環流。コンピューターなども駆使して、教学の普及に努める聖職者の姿なども紹介されました。
●廟で祈る人たちの姿は、とても熱がこもっているのですが、でも何か日本の寺社へのお参りを思わせるところもあり、私は違和感があまりないのですが、皆さんはいかがですか。

●イスラムの街や村には、「聖廟」といわれる建物が数多くあります。廟ですから、お墓。イスラムの重要人物や聖人が葬られています。敬虔な信者が集まる独特の雰囲気に加え、素晴らしいタイル装飾のあるものも多く、タイル好きには気になる存在です。
●ゴムはシーア派の聖地であり、聖廟都市として有名。私はゴムには行ったことがありませんが、「相当に宗教的な街」だということを、訪れたことのある人たちから聞いたことがあります。
●ゴムの聖廟に葬られているのは、シーア派第8代イマーム(宗教指導者)の妹ファーテメ・マアスーメ。女性なんですね。兄をメルブに訪ねる途中、スンニ派の街で病気になったのですが、ゴムの地への搬送を望み、ゴムで亡くなったそうです。

●さて、本を買っては積ん読状態になっている私、、シーア派関係の本もあるのですが、読めていません(悲)。昨年からシーア派関連の講座や研究会に(勝手に)参加したりしているのですが、まだ書ける程度までこなれていません。ですので、講座(東京大学・森本一夫先生)の内容を中心に、少し書いてみたいと思います。
●まずシーア派について。人口はイスラム人口全体の1割から1.5割。イラン、イラク、バーレーン、レバノン南部、ペルシア湾岸、アフガニスタン、インド、パキスタンなど、少数派にもかかわらず広い範囲に居住しているそうです。
●特徴は、「正義を体現するも、現世では多数派のスンニ派に虐げられてきたとされる超人的指導者“イマーム” =半分人間で半分神様、あやまちがない、無謬」の存在です。

●シーア派のなかでも多数を占める派は、その名も「12イマーム派」。初代アリー以降、12代目までイマーム(ムハンマドの子孫)が継承。けれども、第12代のイマームは、940年に神の配慮で「お隠れ」になり、世界が不正義で満ちたときに救世主(マフディー)として再臨するということが信じられています。
●ゆえに、殉教・殉死したイマームや一族のお墓にお参りすることは、とても大事。イマーム廟とイマーム一族の廟(=イマームザーデ)への参詣という宗教行為が盛んにおこなわれるのだそうです。廟のある「聖廟都市」は、このようななかで発展してきました。
●代表的なシーア派聖廟都市は、ナジャフ(イラク)、カルバラー(イラク)、マシュハド=殉教の地という意味(イラン)、カーズィマイン(カズィミーヤ/イラク)、サーマッラー(イラク)、ゴム、マザーリシャリフ(アフガニスタン)など。最近のニュースに頻繁に登場する地名が並びますが、明るい話題ではないだけに、複雑な気持ちです。

●ゴムは、「シーア派聖職者たちの世界、特殊な国際都市、コンパクトで街の性格がはっきりしている」という特徴があり、100万人の人口にたいして、70カ国から8万人の神学生が集まり、年間2000万人の参詣客が訪れるのだそうです。大変な数ですよね〜!!
●1922年に、ゴムの神学校コンプレックス(ホウゼ)が復興され、スンニ派主導のイラクに存在する諸聖廟都市に替わって教学の中心になったそうです。「マルジャウ制度」や「5分の1税(フムス)」などの独特の制度により、聖職者の専門知識が生かされつつ、宗教税が資金として街の発展に環流。コンピューターなども駆使して、教学の普及に努める聖職者の姿なども紹介されました。
●廟で祈る人たちの姿は、とても熱がこもっているのですが、でも何か日本の寺社へのお参りを思わせるところもあり、私は違和感があまりないのですが、皆さんはいかがですか。
●洗練優雅な装飾タイルが建造物の壁面を華麗に彩るイラン。今なお修復などで、タイル製造と緻密なモザイクの技法が受け継がれているようです。イランの建築物の綺麗さというのは、半端ではありません。こと芸術に関しては、イラン人というのは中途半端を好まない人たちなのではないかと思うほど、どこか徹底したところがあるような気がします。
●そんなイランから、日本に陶芸を学びに来ているアーティストがいることを知りました。
●先日までイラン大使館ホールで、その作家ティムア・サブーリさんの展示会がおこなわれていました。現代イランの陶芸の感性は、ぜひ見てみたかったので出かけてみました。
●鳥や動物を大胆に表した作品(←)は、力強く、それでいなから軽やかな遊び心があるものでした。焼きしめの壷などは備前のようで、日本で学びながら様々な陶芸に挑戦している様子が感じられました。
●その展示の一角に、ふしぎなコーナーがありました。素朴な茶色の地色に黒の幾何学模様。3000年前の皿ですよ、と言われても信じてしまうようなプリミティブな色と模様。これって何!?

●はじめて出会ったこれらの陶器(↑)は、南イラン・バローチスタン州のKALPURKAN 村というところで作られているもの。え〜、このタイプの陶器を今も作っているの?さらに驚くことに、陶器を作るのは女性だけなのだそうです。サブーリさんが興味を持って調査した関係で、展示されたようです。
●非売品だったのですが冊子があり、そこには少女からおばあさんまで、女性たちが土をこね、成形し、絵を描いている写真がありました。バローチーの民族衣装を着て、、もう、めちゃカッコイイです。
●ティムア・サブーリさんのホームページは、イラン陶芸の歴史などとても充実しています。KALPURKAN 村についても記載がありました。それによると、「KALPURKAN 村の陶芸は、歴史あるイラン陶芸の古代の方法とひな形を不滅のものとするような製造技術が際だっている」 「土はMASHKOTAKというところから村の男たちが運んでくる。そして液状粘土と混ぜ合わせて焼き物のための土を作る」。(写真(↑)の右下にある石を顔料に、その下にある細い棒で絵を描く)

●「女性たちはろくろを使わない。手で成形し数千年もの伝統のある独特の幾何学模様を描く」。「筆ではなくマッチ棒のような石で線画を描く。顔料は村の近くの山でとれる特殊な石だ」「絵は、完全な抽象。世代から世代に受け継がれてきた心理的なイメージであり、時には宗教、信仰、作り手の女性の状況を反映する」「これらのシンボルは先史時代や古代のものと類似している」。
●いったいどういう経緯で、女性が陶芸にたずさわるようになったのか、イランの土関係の伝統には男性のイメージが強かったので、不思議であり驚きでした。女性たちが作る製品は多様で、鉢や壷、コップ、ピッチャー、容器(VESSEL)から、水パイプ、お盆、乳製品入れなどさまざま。
●でも淋しいことに、軽くて丈夫なプラスチックが陶芸製品にすっかり置き換わってしまったようです。需要は減少し、「70人の女性が1971年の時点で陶芸に従事していたが、99年には7人になった。2001年にはわずかひとりの女性が近くの町のクラフトセンターで陶芸を教えていた」。
●「古代の貴重な芸術が滅亡しようとしている」とティムア・サブーリさんは危機感を持っているようです。
●彼のレクチャーもあったのですが、それには参加できなかったため、お話する機会はありませんでしたが、イランの若い陶芸家がこの村の焼き物に興味を持っていてくれたおかげで、日本にいながらバローチーの香りのする味わいのある陶器を見ることができました。あらためてイランの歴史と文化を思うこの頃です。
*写真(→)はサブーリさんの皿
●そんなイランから、日本に陶芸を学びに来ているアーティストがいることを知りました。●先日までイラン大使館ホールで、その作家ティムア・サブーリさんの展示会がおこなわれていました。現代イランの陶芸の感性は、ぜひ見てみたかったので出かけてみました。
●鳥や動物を大胆に表した作品(←)は、力強く、それでいなから軽やかな遊び心があるものでした。焼きしめの壷などは備前のようで、日本で学びながら様々な陶芸に挑戦している様子が感じられました。
●その展示の一角に、ふしぎなコーナーがありました。素朴な茶色の地色に黒の幾何学模様。3000年前の皿ですよ、と言われても信じてしまうようなプリミティブな色と模様。これって何!?

●はじめて出会ったこれらの陶器(↑)は、南イラン・バローチスタン州のKALPURKAN 村というところで作られているもの。え〜、このタイプの陶器を今も作っているの?さらに驚くことに、陶器を作るのは女性だけなのだそうです。サブーリさんが興味を持って調査した関係で、展示されたようです。
●非売品だったのですが冊子があり、そこには少女からおばあさんまで、女性たちが土をこね、成形し、絵を描いている写真がありました。バローチーの民族衣装を着て、、もう、めちゃカッコイイです。
●ティムア・サブーリさんのホームページは、イラン陶芸の歴史などとても充実しています。KALPURKAN 村についても記載がありました。それによると、「KALPURKAN 村の陶芸は、歴史あるイラン陶芸の古代の方法とひな形を不滅のものとするような製造技術が際だっている」 「土はMASHKOTAKというところから村の男たちが運んでくる。そして液状粘土と混ぜ合わせて焼き物のための土を作る」。(写真(↑)の右下にある石を顔料に、その下にある細い棒で絵を描く)

●「女性たちはろくろを使わない。手で成形し数千年もの伝統のある独特の幾何学模様を描く」。「筆ではなくマッチ棒のような石で線画を描く。顔料は村の近くの山でとれる特殊な石だ」「絵は、完全な抽象。世代から世代に受け継がれてきた心理的なイメージであり、時には宗教、信仰、作り手の女性の状況を反映する」「これらのシンボルは先史時代や古代のものと類似している」。
●いったいどういう経緯で、女性が陶芸にたずさわるようになったのか、イランの土関係の伝統には男性のイメージが強かったので、不思議であり驚きでした。女性たちが作る製品は多様で、鉢や壷、コップ、ピッチャー、容器(VESSEL)から、水パイプ、お盆、乳製品入れなどさまざま。
●でも淋しいことに、軽くて丈夫なプラスチックが陶芸製品にすっかり置き換わってしまったようです。需要は減少し、「70人の女性が1971年の時点で陶芸に従事していたが、99年には7人になった。2001年にはわずかひとりの女性が近くの町のクラフトセンターで陶芸を教えていた」。
●「古代の貴重な芸術が滅亡しようとしている」とティムア・サブーリさんは危機感を持っているようです。●彼のレクチャーもあったのですが、それには参加できなかったため、お話する機会はありませんでしたが、イランの若い陶芸家がこの村の焼き物に興味を持っていてくれたおかげで、日本にいながらバローチーの香りのする味わいのある陶器を見ることができました。あらためてイランの歴史と文化を思うこの頃です。
*写真(→)はサブーリさんの皿
●音楽のことを文章で書くのはむつかしい。書くつもりはなかったのですが、あまりに演奏が素晴らしかったので、名前だけでも、と思い、番外編的に少し触れたいと思います。カイハン・カルホールとシアマック・アガエイ。いずれもまだ若いペルシア音楽の演奏者です。
●カルホール(→)は、カマンチェというバイオリンの祖先にあたる楽器の奏者。NHKの新シルクロードの音楽を担当していたヨーヨー・マ&ザ・シルクロード・アンサンブルのメンバーです。
●アガエイはピアノの祖先にあたるような楽器サントゥールの奏者。同じくマのアンサンブルに参加していました。この二人のアコースティック・デュオが圧巻!超絶!
●こういう系統の音楽は、紹介や前ふりなどなく、いきなり始まります。そして1曲がひたすら長く、途中のおしゃべりもなし。いつ終わるともなく続きます。
●今回のデュオは、なんと演奏1曲だけ。しかも1時間超。奏者は、ときにはハリケーンのように激しく、ときには草原の草が揺れるように静かに、楽器を奏で続けます。観客はため息をつく間もなく、息を飲んだまま。気がついたら1時間以上も経っていた、、そんな濃密な陶酔の時間。
●主役はカルホールさんですが、私が陶酔したのはアガエイさんのサントゥール。木琴のような鉄琴のようなハープのようなピアノのような、いや、そのどれでもない、驚くべき繊細な音と緻密な構成。そしてまるで絨毯を織るようにしなやかに動く指。
●その音の世界は、流麗緻密なイスファハーンのモザイクタイル、繊細優美なペルシア絨毯、洗練されたミクロの世界・ペルシア細密画・・・それらを音にしたらこうなるのでは、という音でした。

(「ABBASI FRIDAY MOSQUE」(『IRAN THE CRADLE OF CIVILIZATION』 より引用)
●イランという国は、ただものではありません。こういう音楽(〜音楽家)は何百年で生まれるものではない、イランという国の何千年もの流れのなかのひとつの時間なのだろうと思わされます。
●昨今の報道を見ていると、イランのイメージが危険なイスラム原理主義の国という方向に傾くのも無理からぬところがあります。でもこのような演奏を10分でも聴けば、印象は変わるのではないでしょうか。五感で受け止めるものは強いのです。今はたくさんの細分化したメディアがあるのですから、もう少しこういう音楽が紹介されてもいいように思います。
●今回の機会を作ってくれたのは、「ラマダンの夜」というコンサート@シアターコクーン(東京・渋谷)。
●「売り上げ至上の音楽でも、芸術に閉じこもった音楽でもない。喜怒哀楽から生まれた人間の音楽を心ゆくまで楽しみたい。別の見方を確保するために、もうひとつの世界を夢見るために」という主催者のメッセージ。「オリエントの音楽を聴くこと、それは五感の解放と鋭敏な知性のアンサンブルだ」とも。
●シアターコクーンはほぼ満員。カッワーリのファイズ・アリー・ファイズも、「アリー」の声が飛び、お札が舞い、大変な盛り上がりを見せていました。
●こういうマイナーともいえる音楽を聴く人たちが少なからずいて、しかも熱心であることに感心すると同時に、数十年にわたり着実にオリエントの音楽を提供してきた方々がいることに感謝しました。
●私たちが慣れ親しんできた欧米の音楽とは異なる音の世界。いえ、音だけではなく、このブログのメインであるタイル、そして建築や映画、絵画、染織など、もしも機会がありましたら、そんな「もうひとつの世界」に浸ってみませんか。日本とは大きく異なる社会や風土でありながら、日本人の心性に、琴線に触れるものがきっとあると思います。@ラマダンの夜に。
*音楽家の写真、パンフ等は、コンサート冊子より引用。
**コンサートの写真、ステージ上の絨緞をコーディネートしたTRIBEさんのブログで見られます。アガエイの写真もあり!2階席の私には、照明のかげんで本当に空飛ぶ絨緞の上のふたりに見えました。美しいコンサートでした。
●カルホール(→)は、カマンチェというバイオリンの祖先にあたる楽器の奏者。NHKの新シルクロードの音楽を担当していたヨーヨー・マ&ザ・シルクロード・アンサンブルのメンバーです。●アガエイはピアノの祖先にあたるような楽器サントゥールの奏者。同じくマのアンサンブルに参加していました。この二人のアコースティック・デュオが圧巻!超絶!
●こういう系統の音楽は、紹介や前ふりなどなく、いきなり始まります。そして1曲がひたすら長く、途中のおしゃべりもなし。いつ終わるともなく続きます。
●今回のデュオは、なんと演奏1曲だけ。しかも1時間超。奏者は、ときにはハリケーンのように激しく、ときには草原の草が揺れるように静かに、楽器を奏で続けます。観客はため息をつく間もなく、息を飲んだまま。気がついたら1時間以上も経っていた、、そんな濃密な陶酔の時間。
●主役はカルホールさんですが、私が陶酔したのはアガエイさんのサントゥール。木琴のような鉄琴のようなハープのようなピアノのような、いや、そのどれでもない、驚くべき繊細な音と緻密な構成。そしてまるで絨毯を織るようにしなやかに動く指。
●その音の世界は、流麗緻密なイスファハーンのモザイクタイル、繊細優美なペルシア絨毯、洗練されたミクロの世界・ペルシア細密画・・・それらを音にしたらこうなるのでは、という音でした。

●イランという国は、ただものではありません。こういう音楽(〜音楽家)は何百年で生まれるものではない、イランという国の何千年もの流れのなかのひとつの時間なのだろうと思わされます。
●昨今の報道を見ていると、イランのイメージが危険なイスラム原理主義の国という方向に傾くのも無理からぬところがあります。でもこのような演奏を10分でも聴けば、印象は変わるのではないでしょうか。五感で受け止めるものは強いのです。今はたくさんの細分化したメディアがあるのですから、もう少しこういう音楽が紹介されてもいいように思います。
●今回の機会を作ってくれたのは、「ラマダンの夜」というコンサート@シアターコクーン(東京・渋谷)。●「売り上げ至上の音楽でも、芸術に閉じこもった音楽でもない。喜怒哀楽から生まれた人間の音楽を心ゆくまで楽しみたい。別の見方を確保するために、もうひとつの世界を夢見るために」という主催者のメッセージ。「オリエントの音楽を聴くこと、それは五感の解放と鋭敏な知性のアンサンブルだ」とも。
●シアターコクーンはほぼ満員。カッワーリのファイズ・アリー・ファイズも、「アリー」の声が飛び、お札が舞い、大変な盛り上がりを見せていました。
●こういうマイナーともいえる音楽を聴く人たちが少なからずいて、しかも熱心であることに感心すると同時に、数十年にわたり着実にオリエントの音楽を提供してきた方々がいることに感謝しました。
●私たちが慣れ親しんできた欧米の音楽とは異なる音の世界。いえ、音だけではなく、このブログのメインであるタイル、そして建築や映画、絵画、染織など、もしも機会がありましたら、そんな「もうひとつの世界」に浸ってみませんか。日本とは大きく異なる社会や風土でありながら、日本人の心性に、琴線に触れるものがきっとあると思います。@ラマダンの夜に。
*音楽家の写真、パンフ等は、コンサート冊子より引用。
**コンサートの写真、ステージ上の絨緞をコーディネートしたTRIBEさんのブログで見られます。アガエイの写真もあり!2階席の私には、照明のかげんで本当に空飛ぶ絨緞の上のふたりに見えました。美しいコンサートでした。
Tags:#中東〜アジアの音楽・映画
●「ペルシア文明展」(東京都美術館)、見ました。アケメネス朝を中心に先史時代からササン朝までの文明史を、イラン国立博物館が所蔵する美術・工芸品200点を通して紹介するもの。紀元前5千年紀の土器や金属器から、世界帝国アケメネス朝の豪華な宮殿の装飾品、シルクロードを通して日本とつながるササン朝のガラス器など、やはり文化の厚みがすごいなあ。
●とりわけ、展覧会のシンボル「黄金のリュトン(酒器)」などアケメネス朝の工芸品は、広大な帝国の勢いを映し出すようにイキイキと輝いていました。が、土族(つちぞく)を自認する私が見入ったのは、もちろん土もの。2点、タイル関係と思われるペルセポリス出土の展示物があったのです。「思われる」というのはあいまいな表現ですが、図録を見ても「思われる」としか言いようがなく、少々混乱しています。

●まず、「ホルス神の飾り板 Square Plaque of Egyptian God Horus 」(↑)というブルーの陶板に注目しました。図録の説明では「青い釉薬を施した方形のタイルに古代エジプトの神ホルスを線刻画で表したもの」となっています。確かにタイルなのですが、、「タイル」と「飾り板」、その定義がよくわからず。使われた場面がピンときませんでした。

●次に、「ロゼット文の装飾タイル Square Slab」(↑)がありました。これはタイトルは「タイル」ですが、英語(オリジナルのタイトル?)では「方形の厚板」です。「石灰岩を方形に成形し浮彫で中央にロゼット文を廃し、周縁部に蓮珠文を巡らせている」という説明がありますが、石灰岩をタイルとして扱っていいのかなあ?「ロゼット文は連続的に配置された壁面装飾の単位」とあるので、連続して全体を構成する装飾ということで、タイルになっているのかな?
●イスラム建築〜タイルに詳しい深見奈緒子さんは「イスラーム建築とタイル」(『砂漠に燃え立つ色彩 中近東5000年のタイルデザイン』)のなかで、次のように書いています。
・ 「狭義のタイルとは、釉薬がかかっていることが大前提」
・「形や大きさはともかくとして、比較的薄手の被膜材をさし、煉瓦とは区別される」
・ 「中東では、煉瓦のように比較的厚手の部材に釉薬をかけることが多々ある」
・ 「タイルを釉薬のかかった焼成建材という広義の意味でとらえていきたい」
●前提として「土もの」であることは明記されずとも明らか。要件として「釉薬がかかっていること」「焼成されていること」「建材であること」が定義のポイントになっていると思います。
●廃刊になってしまった素晴らしい専門誌『装飾タイル研究』の鼎談では、次のように語られています。
・ 「“タイル”ということばはイギリスから来ているが、イギリスでは瓦のことを言う」
・ 「もともとはラテン語の“tegulaテグラ” から。“覆う、カバーする”という意味」
・ 「屋根でも壁でも構造体を作るのではなく表面を覆っているもの=共通概念の基礎」
・ 「つまり<薄板状の焼き物で仕上げ材である>と定義する」
●ここでも明記していませんが、前提は「土もの」。そして「焼き物である」「仕上げ材である」が定義のポイントです。

●私はこれまで、上の定義でタイルや煉瓦を見てきました。だから、「ホルスの飾り板」は、素材のクレジットが「タイル」になるのではないかと思います。ロゼッタ文のものは、やはり素材的にタイルと言えないのでは??
●しかし、「世界のタイル博物館」のサイトでは、より広義に説明されています。
・ 「タイルは、建物の壁や床を覆う陶磁器製の建築材料のことを指す(業界用語)」
・ 「広辞苑では「壁または床にはる小片状の薄板」。広い意味では材質は不問」
・ 「タイルカーペット、Pタイルなどやきもの以外で正方形をした壁または床にはる小片状の薄板のものを、○○○タイルと呼ぶことがある」

●ふ〜む、、じゃあ、石灰岩でもいいわけですか。でも、なんかそうしたくないのは「土族」だからかなあ・・・ということで、あいまいではありますが、今回はこのへんで「強制終了」!?
*写真上2点は、展覧会図録より引用。3番目は、イラン国立博物館にてorientlibrary撮影。「施釉のドアノブ?」。4番目は、同じく「スーサ(アケメネス朝の冬の都)の施釉レンガ・レリーフ」(=有名なもの。今回は来ませんでした)
●とりわけ、展覧会のシンボル「黄金のリュトン(酒器)」などアケメネス朝の工芸品は、広大な帝国の勢いを映し出すようにイキイキと輝いていました。が、土族(つちぞく)を自認する私が見入ったのは、もちろん土もの。2点、タイル関係と思われるペルセポリス出土の展示物があったのです。「思われる」というのはあいまいな表現ですが、図録を見ても「思われる」としか言いようがなく、少々混乱しています。

●まず、「ホルス神の飾り板 Square Plaque of Egyptian God Horus 」(↑)というブルーの陶板に注目しました。図録の説明では「青い釉薬を施した方形のタイルに古代エジプトの神ホルスを線刻画で表したもの」となっています。確かにタイルなのですが、、「タイル」と「飾り板」、その定義がよくわからず。使われた場面がピンときませんでした。

●次に、「ロゼット文の装飾タイル Square Slab」(↑)がありました。これはタイトルは「タイル」ですが、英語(オリジナルのタイトル?)では「方形の厚板」です。「石灰岩を方形に成形し浮彫で中央にロゼット文を廃し、周縁部に蓮珠文を巡らせている」という説明がありますが、石灰岩をタイルとして扱っていいのかなあ?「ロゼット文は連続的に配置された壁面装飾の単位」とあるので、連続して全体を構成する装飾ということで、タイルになっているのかな?
●イスラム建築〜タイルに詳しい深見奈緒子さんは「イスラーム建築とタイル」(『砂漠に燃え立つ色彩 中近東5000年のタイルデザイン』)のなかで、次のように書いています。
・ 「狭義のタイルとは、釉薬がかかっていることが大前提」
・「形や大きさはともかくとして、比較的薄手の被膜材をさし、煉瓦とは区別される」
・ 「中東では、煉瓦のように比較的厚手の部材に釉薬をかけることが多々ある」
・ 「タイルを釉薬のかかった焼成建材という広義の意味でとらえていきたい」
●前提として「土もの」であることは明記されずとも明らか。要件として「釉薬がかかっていること」「焼成されていること」「建材であること」が定義のポイントになっていると思います。
●廃刊になってしまった素晴らしい専門誌『装飾タイル研究』の鼎談では、次のように語られています。
・ 「“タイル”ということばはイギリスから来ているが、イギリスでは瓦のことを言う」
・ 「もともとはラテン語の“tegulaテグラ” から。“覆う、カバーする”という意味」
・ 「屋根でも壁でも構造体を作るのではなく表面を覆っているもの=共通概念の基礎」
・ 「つまり<薄板状の焼き物で仕上げ材である>と定義する」
●ここでも明記していませんが、前提は「土もの」。そして「焼き物である」「仕上げ材である」が定義のポイントです。

●私はこれまで、上の定義でタイルや煉瓦を見てきました。だから、「ホルスの飾り板」は、素材のクレジットが「タイル」になるのではないかと思います。ロゼッタ文のものは、やはり素材的にタイルと言えないのでは??
●しかし、「世界のタイル博物館」のサイトでは、より広義に説明されています。
・ 「タイルは、建物の壁や床を覆う陶磁器製の建築材料のことを指す(業界用語)」
・ 「広辞苑では「壁または床にはる小片状の薄板」。広い意味では材質は不問」
・ 「タイルカーペット、Pタイルなどやきもの以外で正方形をした壁または床にはる小片状の薄板のものを、○○○タイルと呼ぶことがある」

●ふ〜む、、じゃあ、石灰岩でもいいわけですか。でも、なんかそうしたくないのは「土族」だからかなあ・・・ということで、あいまいではありますが、今回はこのへんで「強制終了」!?
*写真上2点は、展覧会図録より引用。3番目は、イラン国立博物館にてorientlibrary撮影。「施釉のドアノブ?」。4番目は、同じく「スーサ(アケメネス朝の冬の都)の施釉レンガ・レリーフ」(=有名なもの。今回は来ませんでした)
●何かと物議をかもす話題ばかりが報道されるイランですが、イラン大使館ではいろんな催しが開催されます。映画の上映やアートの展示、文化関係書籍の販売や無料配布、講演会やセミナー。時々参加しています。日本の大使館も海外でこのように積極的に文化紹介をしていることを期待しながら。

●今回は、書籍販売と『ルバイヤート』で名高い11世紀の詩人オマル・ハイヤームについての講演、そして『ナグメ』という映画の上映会でした。
●「ルバイヤート」とは、ペルシャ語で「四行詩」を意味する「ルバーイイ」の複数形。訳せばまさに「四行詩集」という題になるそうです。
● オマル・ハイヤームはイスラム史上独特な位置を占める唯物主義の哲学者で、批判的な詩の表現によってイスラム教や宗教的な束縛に対して無神論的な反逆をしたといいます。と、説明を聞いてもよくわからなかったけど、例にあがった詩にびっくり。
●「エデンの国が天女の顔で楽しいのなら/俺の心は葡萄の液で楽しいのだ/現物を取れ/あの世の約束に手を出すな/遠く聞く太鼓の音はすべて音が良いのだ」。

●葡萄の液とはもちろんワイン。宗教が約束する世界よりも今を楽しく生きようと言い切っています。「一人の人間として抑圧に反対した」と講師の先生。しかし異端者とみなされて他の神秘主義者と同じように処刑される可能性があったため、「詠み人知らず」のように自分の詩であることを隠していたとのこと。
●イランというと原理主義的な国というイメージが強く、全員が宗教的であり、過去から今に至るまで熱心なイスラムの国という印象がありますが、酒と詩を愛した時代もあり、人もいて、国は一色では語れません。
●映画は理解しにくい内容で説明もむつかしいですが、イラン・イラク戦争で受けたマスタードガスの後遺症に苦しむ男性とその妻である大学教授、彼女の生徒である活発な女の子が登場するもの。ハリウッド映画などは、複雑に入り組んで作ってあっても結局は予測可能。でもイランの映画は、バックグラウンドが違うというか、単純な構成なのに意味を読むのが困難。でも、それがいいんです。なんでも安易にわかったらつまらない。 そんなマイナー好みの自分の嗜好性を、ちょっと持て余したり大変な目にあったりもしますが、、仕方ないです、、。

●今日、どうしても欲しくなって買ってしまった片手で持てないくらい重い本『Iran CRADLE OF CIVILIZATION』より、SEMNANの金曜モスクのタイル装飾の写真をおおくりします。この本、イラン全土を網羅し、建築やタイルもたくさん載っていて、貴重な資料になりそうです。
*写真(上)=ペルシャ文明展が開催されます。上野にある東京都美術館にて8月1日より。アケメネス朝ペルシャがメインで日本美術の源流としてのササン朝も特集。昨年は大英博物館でも大規模な展覧会があったばかり。ペルシア文明への注目が高まっているようです。(中)(下)『Iran ~ CRADLE OF CIVILIZATION』より引用

●今回は、書籍販売と『ルバイヤート』で名高い11世紀の詩人オマル・ハイヤームについての講演、そして『ナグメ』という映画の上映会でした。
●「ルバイヤート」とは、ペルシャ語で「四行詩」を意味する「ルバーイイ」の複数形。訳せばまさに「四行詩集」という題になるそうです。
● オマル・ハイヤームはイスラム史上独特な位置を占める唯物主義の哲学者で、批判的な詩の表現によってイスラム教や宗教的な束縛に対して無神論的な反逆をしたといいます。と、説明を聞いてもよくわからなかったけど、例にあがった詩にびっくり。
●「エデンの国が天女の顔で楽しいのなら/俺の心は葡萄の液で楽しいのだ/現物を取れ/あの世の約束に手を出すな/遠く聞く太鼓の音はすべて音が良いのだ」。

●葡萄の液とはもちろんワイン。宗教が約束する世界よりも今を楽しく生きようと言い切っています。「一人の人間として抑圧に反対した」と講師の先生。しかし異端者とみなされて他の神秘主義者と同じように処刑される可能性があったため、「詠み人知らず」のように自分の詩であることを隠していたとのこと。
●イランというと原理主義的な国というイメージが強く、全員が宗教的であり、過去から今に至るまで熱心なイスラムの国という印象がありますが、酒と詩を愛した時代もあり、人もいて、国は一色では語れません。
●映画は理解しにくい内容で説明もむつかしいですが、イラン・イラク戦争で受けたマスタードガスの後遺症に苦しむ男性とその妻である大学教授、彼女の生徒である活発な女の子が登場するもの。ハリウッド映画などは、複雑に入り組んで作ってあっても結局は予測可能。でもイランの映画は、バックグラウンドが違うというか、単純な構成なのに意味を読むのが困難。でも、それがいいんです。なんでも安易にわかったらつまらない。 そんなマイナー好みの自分の嗜好性を、ちょっと持て余したり大変な目にあったりもしますが、、仕方ないです、、。

●今日、どうしても欲しくなって買ってしまった片手で持てないくらい重い本『Iran CRADLE OF CIVILIZATION』より、SEMNANの金曜モスクのタイル装飾の写真をおおくりします。この本、イラン全土を網羅し、建築やタイルもたくさん載っていて、貴重な資料になりそうです。
*写真(上)=ペルシャ文明展が開催されます。上野にある東京都美術館にて8月1日より。アケメネス朝ペルシャがメインで日本美術の源流としてのササン朝も特集。昨年は大英博物館でも大規模な展覧会があったばかり。ペルシア文明への注目が高まっているようです。(中)(下)『Iran ~ CRADLE OF CIVILIZATION』より引用
●12〜14世紀頃、セルジューク朝〜イルハーン朝でのタイルの華は、やはりラスター彩でしょう。ラスター彩タイルは、9世紀にはすでにイラク、とくにバグダッドやサーマッラーで用いられていましたが、その後エジプトや北アフリカ、スペイン、イランなどに広まりました。12世紀頃にイランに登場したラスター彩は、陶都カーシャーンなどで製作され中近東にも輸出されたそうです。
●ラスター彩タイルは、上絵付け(釉薬を施して一度焼成しその上にエナメルやその他の絵の具で図柄を描く)で着彩され、低温度還元焔で焼成されます。還元状態のなかで釉薬中のある種の金属の酸化物が金属の形で表面にとどまり、金属的光沢を持つラスター彩が生み出されるのです。

●ラスター彩タイルは、ミヒラーブなどモスクの中でも重要な場所の装飾に使われ、華麗な空間を演出しました。星形と十字形、六角形などを組み合わせて、壁面を埋め、星形の周縁部にはアラビア語やペルシア語の銘文(クルアーンや預言者のハディースなど)を含む枠が施されることもありました。
●でも、直径20数センチのタイルの縁に書かれたアラビア語のカリグラフィーは、模様にしか見えません。内容や意味を知ることもできないだろうと思っていました。そこに現れたのが救世主『夢の花園』!あったんですよ〜!!日本語訳が!

●銘文の例であげるのは『夢の花園』に紹介されているゴムのアリー・エブネ・ジャイフルのイマームザーデ廟の柱脚の一部を飾っていたタイル(カーシャーン、14世紀)のもの。複数のタイルに連続するかたちでフェルドウスイーの「王の書」、「ロスタムとソフラープ」の物語からの数行がナスフ体で書かれているそうです。(『夢の花園』の写真はモノクロで見にくいため、『イスラームのタイル』(INAX)から同種のタイルをイメージ的に掲載します。ゆえに銘文の内容は写真のものとは異なります。訳文は『夢の花園』より引用)
「思考がその上に出ることのない叡智あり、生ける神の御名において。
神名を持ち、高みにいます神。日々の糧を与え、導き下さる神。
神は人間の持つ言葉や賞賛や思惟を超越しており、気高い本質を持つ創造主である。
目で創造主を見ることは出来ない。無駄な努力をして両目に負担をかけるな。
現世と来世いずれも世界でも幸運は神の恵み。
正常な知性を持たない者は、あたかも足かせを嵌められているようなもの。
知識は力であり、知識によって老いた心は若返る。
あるだけ食べてしまえ。明日のために残すな。明日になれば明日の風が吹こう。
人間の思考は神に到達する道を見いだすことはない。
というのは、人間の言葉を超えており、陣地の及ばないところにいるから。
土星の運行を司り、天空を回転させる者。月、金星、太陽を輝かせる者。」
●ミヒラーブを飾る小さなタイルの縁にこんなにたくさんのことが書かれているとは・・・!至高の神への求心力の強さに圧倒されます。そしてその内容、深淵でありつつ、合理的、現実的な印象を受けます。なんというか、、あいまいなところがないと思いませんか!?強いです。
●さらに銘文の最後に製作年や陶工名、画工名、製作地が書かれているそうです。例えば、「738年第2ラビーウ月10日(1337年11月5日)、カーシャーン在、セイエドッサーデ・ロクノッヂーン・モハンマドの工房にて、絵師ジャマール作」など。タイル職人の誇りが垣間見られます。
*写真は、(上)13世紀カーシャーンのラスター彩星形壁面タイル(415×1060)、(中)同(205×210×14)。いずれも『イスラームのタイル』(INAX)より引用。(下)ラスター彩華やかなイルハーン朝の墓廟「ソルタニエドーム」を織り込んだ絨毯。この仕事の細かさ!イランですね〜。(テヘラン絨毯博物館にて撮影した絨毯の一部)。
●ラスター彩タイルは、上絵付け(釉薬を施して一度焼成しその上にエナメルやその他の絵の具で図柄を描く)で着彩され、低温度還元焔で焼成されます。還元状態のなかで釉薬中のある種の金属の酸化物が金属の形で表面にとどまり、金属的光沢を持つラスター彩が生み出されるのです。

●ラスター彩タイルは、ミヒラーブなどモスクの中でも重要な場所の装飾に使われ、華麗な空間を演出しました。星形と十字形、六角形などを組み合わせて、壁面を埋め、星形の周縁部にはアラビア語やペルシア語の銘文(クルアーンや預言者のハディースなど)を含む枠が施されることもありました。
●でも、直径20数センチのタイルの縁に書かれたアラビア語のカリグラフィーは、模様にしか見えません。内容や意味を知ることもできないだろうと思っていました。そこに現れたのが救世主『夢の花園』!あったんですよ〜!!日本語訳が!

●銘文の例であげるのは『夢の花園』に紹介されているゴムのアリー・エブネ・ジャイフルのイマームザーデ廟の柱脚の一部を飾っていたタイル(カーシャーン、14世紀)のもの。複数のタイルに連続するかたちでフェルドウスイーの「王の書」、「ロスタムとソフラープ」の物語からの数行がナスフ体で書かれているそうです。(『夢の花園』の写真はモノクロで見にくいため、『イスラームのタイル』(INAX)から同種のタイルをイメージ的に掲載します。ゆえに銘文の内容は写真のものとは異なります。訳文は『夢の花園』より引用)
「思考がその上に出ることのない叡智あり、生ける神の御名において。
神名を持ち、高みにいます神。日々の糧を与え、導き下さる神。
神は人間の持つ言葉や賞賛や思惟を超越しており、気高い本質を持つ創造主である。
目で創造主を見ることは出来ない。無駄な努力をして両目に負担をかけるな。
現世と来世いずれも世界でも幸運は神の恵み。
正常な知性を持たない者は、あたかも足かせを嵌められているようなもの。
知識は力であり、知識によって老いた心は若返る。
あるだけ食べてしまえ。明日のために残すな。明日になれば明日の風が吹こう。
人間の思考は神に到達する道を見いだすことはない。
というのは、人間の言葉を超えており、陣地の及ばないところにいるから。
土星の運行を司り、天空を回転させる者。月、金星、太陽を輝かせる者。」
●ミヒラーブを飾る小さなタイルの縁にこんなにたくさんのことが書かれているとは・・・!至高の神への求心力の強さに圧倒されます。そしてその内容、深淵でありつつ、合理的、現実的な印象を受けます。なんというか、、あいまいなところがないと思いませんか!?強いです。●さらに銘文の最後に製作年や陶工名、画工名、製作地が書かれているそうです。例えば、「738年第2ラビーウ月10日(1337年11月5日)、カーシャーン在、セイエドッサーデ・ロクノッヂーン・モハンマドの工房にて、絵師ジャマール作」など。タイル職人の誇りが垣間見られます。
*写真は、(上)13世紀カーシャーンのラスター彩星形壁面タイル(415×1060)、(中)同(205×210×14)。いずれも『イスラームのタイル』(INAX)より引用。(下)ラスター彩華やかなイルハーン朝の墓廟「ソルタニエドーム」を織り込んだ絨毯。この仕事の細かさ!イランですね〜。(テヘラン絨毯博物館にて撮影した絨毯の一部)。
●「タイルが好き」等々、常日頃からアピール?していると、関連する本や資料を貸してくださるやさしい方々があります。ありがたいことです。
●最近お借りした強力ラインナップ(→)。『遊牧の民に魅せられてー松島コレクションの染織と装身具』は絶版ということで騒いでいましたが、紳士なMさんにお借りして無事コピーがとれました。写真はもちろん現地のスケッチがとて〜もいいのです。
●雑誌『HALI』は、知る人ぞ知る?絨毯・布・イスラム美術の専門誌。専門性が高く写真も綺麗。定期購読の価格がかなり高いので迷っているうちに今に至りましたが、S姫が特に評判のいいバックナンバーを貸してくれました。昆虫染色や渡り鳥の柄などマニアックな話題満載でした。
●そしてロゴの字がレトロな『夢の花園』。トライブなSさんが何気なく貸してくれたものですが、見てびっくり、私にとっては本当に「夢の花園」でした。
●序文によると、この本は「イランを代表する叙情詩人ハーフェズ(1390年没)の没後600年を記念して出版された美術工芸品の写真集の日本語版」。収録された作品のほとんどが、ハーフェズと同時代に作られたものか、彼にちなんで後世制作された作品であり、いずれも「イラン国内の博物館所蔵の代表的な美術工芸」なのです。
●イスラム美術の宝庫、テヘランの国立博物館では「所蔵品図録はない」と言われがっかりでしたが、これは日本語版まであります。しかも14世紀のイランといえば、タイルや陶器が素晴らしいのです。奥付を見ると3000部限定。これが「飛行場に売ってた」とか。買える時には買えるってことですね・・。

●さっそく見てみると、、クルアーンやハーフェズの詩集をふくむ写本や書が多く、織りや木工も。そして、、、ありました〜!陶関係!すごいぞ〜!!陶のミヒラーブの解説!タイルの銘文!ソルターナーバード(現在のアラータ)の陶器の解説もガラス陶器博物館で買った英語パンフより詳しい!そしてタイル!以前、どたばたしながらもご紹介した「ラージュバルディーナ手」のタイルやレンガが載ってる!ラスター彩タイルに描かれたどう見ても絵にしか見えないカリグラフィーの日本語訳まである!(倒れる)

●タイルに関しては、イル・ハーン朝の宮殿タフテ・ソレイマーン(1270年頃)のものが多くありました。西イラン旅行時に訪れましたが、一面の雪景色ということもあり遺跡としてはきちんと見ておらず、タイルに関しても、こんなにいろいろあることは知らなかったのです。

●そんなタフテ・ソレイマーンについて調べているうちに、興味津々の研究を見つけました。中国の「龍」のモチーフがイランに定着する過程や、イランとトルコにおける龍の象徴性や表現の違いなどのスタディです。以前から気になっていた点なので嬉しい!でも、、長くなってしまうので、詳しくは次回にしたいと思います。
*写真=「タフテ・ソレイマーン全景」は同ポストカードより。「星形タイル」は型押しされた草花模様。「六角形タイル」は型押しによるライオン。いずれもラージュバルディーナ手。タフテ・ソレイマーン。『夢の花園』より引用。
●最近お借りした強力ラインナップ(→)。『遊牧の民に魅せられてー松島コレクションの染織と装身具』は絶版ということで騒いでいましたが、紳士なMさんにお借りして無事コピーがとれました。写真はもちろん現地のスケッチがとて〜もいいのです。●雑誌『HALI』は、知る人ぞ知る?絨毯・布・イスラム美術の専門誌。専門性が高く写真も綺麗。定期購読の価格がかなり高いので迷っているうちに今に至りましたが、S姫が特に評判のいいバックナンバーを貸してくれました。昆虫染色や渡り鳥の柄などマニアックな話題満載でした。
●そしてロゴの字がレトロな『夢の花園』。トライブなSさんが何気なく貸してくれたものですが、見てびっくり、私にとっては本当に「夢の花園」でした。
●序文によると、この本は「イランを代表する叙情詩人ハーフェズ(1390年没)の没後600年を記念して出版された美術工芸品の写真集の日本語版」。収録された作品のほとんどが、ハーフェズと同時代に作られたものか、彼にちなんで後世制作された作品であり、いずれも「イラン国内の博物館所蔵の代表的な美術工芸」なのです。
●イスラム美術の宝庫、テヘランの国立博物館では「所蔵品図録はない」と言われがっかりでしたが、これは日本語版まであります。しかも14世紀のイランといえば、タイルや陶器が素晴らしいのです。奥付を見ると3000部限定。これが「飛行場に売ってた」とか。買える時には買えるってことですね・・。

●さっそく見てみると、、クルアーンやハーフェズの詩集をふくむ写本や書が多く、織りや木工も。そして、、、ありました〜!陶関係!すごいぞ〜!!陶のミヒラーブの解説!タイルの銘文!ソルターナーバード(現在のアラータ)の陶器の解説もガラス陶器博物館で買った英語パンフより詳しい!そしてタイル!以前、どたばたしながらもご紹介した「ラージュバルディーナ手」のタイルやレンガが載ってる!ラスター彩タイルに描かれたどう見ても絵にしか見えないカリグラフィーの日本語訳まである!(倒れる)

●タイルに関しては、イル・ハーン朝の宮殿タフテ・ソレイマーン(1270年頃)のものが多くありました。西イラン旅行時に訪れましたが、一面の雪景色ということもあり遺跡としてはきちんと見ておらず、タイルに関しても、こんなにいろいろあることは知らなかったのです。

●そんなタフテ・ソレイマーンについて調べているうちに、興味津々の研究を見つけました。中国の「龍」のモチーフがイランに定着する過程や、イランとトルコにおける龍の象徴性や表現の違いなどのスタディです。以前から気になっていた点なので嬉しい!でも、、長くなってしまうので、詳しくは次回にしたいと思います。
*写真=「タフテ・ソレイマーン全景」は同ポストカードより。「星形タイル」は型押しされた草花模様。「六角形タイル」は型押しによるライオン。いずれもラージュバルディーナ手。タフテ・ソレイマーン。『夢の花園』より引用。
●土の建築の国イラン、メソポタミアからのその建築伝統を継承し、数多くの建造物が作られたのはモンゴル系の王朝イル・ハーン朝(1256〜1336)の時代です。なかでもオルジャイトの治世は、王朝の黄金時代でした。
●墓廟「ソルタニエ・ドーム」(1307〜13)は八角形の広壮な建物です。そして現存するイル・ハーン朝のモニュメントの中で最も美しいものと言われています。直径25.5メートルもの大ドームは、「フィレンツエのブルネルスキの偉大な仕事を先取りするもの」と言われるほどです。

●タイルについて言えば、現在、目にすることのできるタイルワークはわずかです。けれども、ファサードのアーチ上部(↑)や内部壁面にしっかりと残るタイルの、コバルトブルーとトルコブルーの「青」の美しさ、シンプルながら自由で力強いデザインは、古雅の香りに満ちてタイルファンを魅了します。(内部のタイルワークは次の機会にご紹介します)
●ソルタニエの装飾の素晴らしさは、<装飾的なレンガ積み>と<浮き彫りを施した埋め木>にも見られます。イランで「ハザールバーフ」(千の交織)として知られる装飾的なレンガ積み、なかでも地模様積みは明暗の効果を生み出します。土の建築ならではの美の表現でしょう。
●地模様積みには、セルジューク朝時代には漆喰の継ぎ材が用いられるようになりました。そしてさらに、豊かな装飾が好まれたため、これらの漆喰の継ぎ材にも浮き彫りが施されるようになりました。この継ぎ材の装飾化は、その後ますます進化!レンガとレンガの間に浮き彫りを施した埋め木(↓)が嵌め込まれるようになります。これがソルタニエの壁面にあるのです。

●現地で見たときも、帰って写真を現像してからも、ずっとこれは漆喰の装飾と思っていました。ところが、以前ご紹介したすごい本『ペルシアの伝統技術』に、なんとこれが「煉瓦と煉瓦の間に嵌め込まれた浮き彫りが施された埋め木」として紹介されていてびっくりしました。

●そして最終的には、豊かな浮き彫りが全面に施された漆喰の壁↑が用いられるようになったそうです。「この技法はソルタニエのオルジャイト廟のドームやヴォールトの建築において頂点に達した」と前述の本にあります。すごいぞ!ソルタニエ!!
●墓廟「ソルタニエ・ドーム」(1307〜13)は八角形の広壮な建物です。そして現存するイル・ハーン朝のモニュメントの中で最も美しいものと言われています。直径25.5メートルもの大ドームは、「フィレンツエのブルネルスキの偉大な仕事を先取りするもの」と言われるほどです。

●タイルについて言えば、現在、目にすることのできるタイルワークはわずかです。けれども、ファサードのアーチ上部(↑)や内部壁面にしっかりと残るタイルの、コバルトブルーとトルコブルーの「青」の美しさ、シンプルながら自由で力強いデザインは、古雅の香りに満ちてタイルファンを魅了します。(内部のタイルワークは次の機会にご紹介します)
●ソルタニエの装飾の素晴らしさは、<装飾的なレンガ積み>と<浮き彫りを施した埋め木>にも見られます。イランで「ハザールバーフ」(千の交織)として知られる装飾的なレンガ積み、なかでも地模様積みは明暗の効果を生み出します。土の建築ならではの美の表現でしょう。
●地模様積みには、セルジューク朝時代には漆喰の継ぎ材が用いられるようになりました。そしてさらに、豊かな装飾が好まれたため、これらの漆喰の継ぎ材にも浮き彫りが施されるようになりました。この継ぎ材の装飾化は、その後ますます進化!レンガとレンガの間に浮き彫りを施した埋め木(↓)が嵌め込まれるようになります。これがソルタニエの壁面にあるのです。

●現地で見たときも、帰って写真を現像してからも、ずっとこれは漆喰の装飾と思っていました。ところが、以前ご紹介したすごい本『ペルシアの伝統技術』に、なんとこれが「煉瓦と煉瓦の間に嵌め込まれた浮き彫りが施された埋め木」として紹介されていてびっくりしました。

●そして最終的には、豊かな浮き彫りが全面に施された漆喰の壁↑が用いられるようになったそうです。「この技法はソルタニエのオルジャイト廟のドームやヴォールトの建築において頂点に達した」と前述の本にあります。すごいぞ!ソルタニエ!!
●カフェトライブさんの「ハムセ(khamuse)連合『楽園の絨毯』」で、「エラム文化」の魅力あふれる絨毯が紹介されていました。想いは1月に旅行したイラン・アフワーズに飛びます。古代イラン世界、紀元前13世紀頃、エラム王国の時代にエラム人が建設した神殿都市チョガ・ザンビル。

●その中心となるジッグラトは、内側が日干しレンガで、外側は焼成レンガでできています。石を積み上げるエジプトとは対照的な粘土文化の地、メソポタミアらしい土の建築の白眉です。
●インド・ヨーロッパ語族の一派であるイラン人が、現在のイランと呼ばれる地域に登場するのは紀元前2千年紀以降のことですが、その前にイラン高原に勢力を持っていたのがエラム人です。エラム人は、イランの南西部、スシアナ高原にあるスーサ(シューシュ)を拠点としていました。スシアナ高原は鉱物資源やザクロス山脈からの水資源を利用した大規模な灌漑農耕により古くから繁栄していたそうです。
●ジッグラトは、基壇を高く作った上に至高の神に捧げる建物を置いた古代メソポタミア特有の宗教施設。もともと「高きこと」を意味するアッカド語に由来し、その神聖さと高さから「聖なる塔」と訳されることもあるといいます。メソポタミアの各地で発達し、紀元前2000年頃には一定の様式が確立し、整った建築美を誇るようになりました。
●そのなかでも、エラム人が作ったチョガ・ザンビルのジッグラトは、バビロニアやアッシリアなどのどの遺跡をもしのぐ規模を誇ります。すごいです!
●チョガ・ザンビル遺跡は1935年にフランス隊が発掘し、保存の方法を工夫することで、発掘時の姿をとどめているそうです。そうしないと、日干しレンガも泥の山になってしまいますよね!

●また、復元部分をそれとわかるようにしているのもうれしい。新しいものと古いものを分けて見たいですから、、。日干しレンガがむきだしになる遺構の上面には、刻んだ麦藁を混ぜた泥を塗って守っていました。そんな努力もあって、遺跡は風雨の中でも形状をよくとどめ、1979年には世界遺産になりました。
●蒼穹の空にそびえ立つ神殿にも圧倒されましたが、やはり土族にはレンガの質感が魅力です。そしてワクワクして見学していたとき、見たのです!!レンガの一部に残った釉薬を!今もくっきりとした発色を保つ蒼、緑。小さな面積にもかかわらず、そこから輝く神殿を想像させるような存在感を持った釉薬を・・・

●古代イラン世界の施釉レンガとの感激の対面でした。どうしてこの施釉レンガがもっと大々的に、タイル界にデビューしないのか不思議です。けれども、「イラン高原の建築装飾 紀元前1千年紀からサーサーン朝ペルシア時代」(山内和也・『砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイルデザイン』)では、釘頭状の施釉レンガについてきちんと紹介されていました。
●「その壁面は釘頭状の突起がある方形の施釉レンガで装飾されていた。青緑色の色彩や特異な形状は焼成レンガの平板な壁に豊かな彩りや変化を加えていたことであろう。こうした施釉技術や建築装飾意匠はエラム新王国そして新バビロニア王国(バビロンのイシュタール門)に受け継がれ、アケメネス朝の時代に再び花開くことになる」

●多くの歴史ファンや美術ファンを魅了してやまないイシュタール門の堂々たる青の施釉レンガ。日干しレンガのジッグラトで名高い世界遺産チョガ・ザンビルでは、イシュタール門の原点ともいうべき施釉レンガとも出会うことができます。土族必見!タイルファン感激!
●上記の記事については、わかる範囲で調べましたが、施釉レンガのあたり、まだ自分でスッキリしていません。資料が少ないなか、遺跡現場で購入したDVD、「タイルのことも説明している」ということで、期待&楽しみにしていましたが・・・
●映像=イランらしく幻想的で美しい仕上がり。音声=ガアガア割れてほとんど聞こえない・・・結局よくわからないまま。情報が少ないほどミステリアス!?
*次の資料を参考にしました。 ◇「イラン高原の建築装飾 紀元前1千年紀からサーサーン朝ペルシア時代」(山内和也)(『砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイルデザイン』展覧会カタログ・岡山市立オリエント美術館・2001) ◇「チョガー・ザンビール遺跡保存をめぐる国際協力」(岡田保良)(『季刊文化遺産 古代イラン世界』) ◇「古代オリエント建築の壁面装飾 タイル誕生前史」(岡田保良)(『タイルの源流を探って オリエントのやきもの』・INAX)

●その中心となるジッグラトは、内側が日干しレンガで、外側は焼成レンガでできています。石を積み上げるエジプトとは対照的な粘土文化の地、メソポタミアらしい土の建築の白眉です。
●インド・ヨーロッパ語族の一派であるイラン人が、現在のイランと呼ばれる地域に登場するのは紀元前2千年紀以降のことですが、その前にイラン高原に勢力を持っていたのがエラム人です。エラム人は、イランの南西部、スシアナ高原にあるスーサ(シューシュ)を拠点としていました。スシアナ高原は鉱物資源やザクロス山脈からの水資源を利用した大規模な灌漑農耕により古くから繁栄していたそうです。
●ジッグラトは、基壇を高く作った上に至高の神に捧げる建物を置いた古代メソポタミア特有の宗教施設。もともと「高きこと」を意味するアッカド語に由来し、その神聖さと高さから「聖なる塔」と訳されることもあるといいます。メソポタミアの各地で発達し、紀元前2000年頃には一定の様式が確立し、整った建築美を誇るようになりました。
●そのなかでも、エラム人が作ったチョガ・ザンビルのジッグラトは、バビロニアやアッシリアなどのどの遺跡をもしのぐ規模を誇ります。すごいです!
●チョガ・ザンビル遺跡は1935年にフランス隊が発掘し、保存の方法を工夫することで、発掘時の姿をとどめているそうです。そうしないと、日干しレンガも泥の山になってしまいますよね!

●また、復元部分をそれとわかるようにしているのもうれしい。新しいものと古いものを分けて見たいですから、、。日干しレンガがむきだしになる遺構の上面には、刻んだ麦藁を混ぜた泥を塗って守っていました。そんな努力もあって、遺跡は風雨の中でも形状をよくとどめ、1979年には世界遺産になりました。
●蒼穹の空にそびえ立つ神殿にも圧倒されましたが、やはり土族にはレンガの質感が魅力です。そしてワクワクして見学していたとき、見たのです!!レンガの一部に残った釉薬を!今もくっきりとした発色を保つ蒼、緑。小さな面積にもかかわらず、そこから輝く神殿を想像させるような存在感を持った釉薬を・・・

●古代イラン世界の施釉レンガとの感激の対面でした。どうしてこの施釉レンガがもっと大々的に、タイル界にデビューしないのか不思議です。けれども、「イラン高原の建築装飾 紀元前1千年紀からサーサーン朝ペルシア時代」(山内和也・『砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイルデザイン』)では、釘頭状の施釉レンガについてきちんと紹介されていました。
●「その壁面は釘頭状の突起がある方形の施釉レンガで装飾されていた。青緑色の色彩や特異な形状は焼成レンガの平板な壁に豊かな彩りや変化を加えていたことであろう。こうした施釉技術や建築装飾意匠はエラム新王国そして新バビロニア王国(バビロンのイシュタール門)に受け継がれ、アケメネス朝の時代に再び花開くことになる」

●多くの歴史ファンや美術ファンを魅了してやまないイシュタール門の堂々たる青の施釉レンガ。日干しレンガのジッグラトで名高い世界遺産チョガ・ザンビルでは、イシュタール門の原点ともいうべき施釉レンガとも出会うことができます。土族必見!タイルファン感激!
●上記の記事については、わかる範囲で調べましたが、施釉レンガのあたり、まだ自分でスッキリしていません。資料が少ないなか、遺跡現場で購入したDVD、「タイルのことも説明している」ということで、期待&楽しみにしていましたが・・・●映像=イランらしく幻想的で美しい仕上がり。音声=ガアガア割れてほとんど聞こえない・・・結局よくわからないまま。情報が少ないほどミステリアス!?
*次の資料を参考にしました。 ◇「イラン高原の建築装飾 紀元前1千年紀からサーサーン朝ペルシア時代」(山内和也)(『砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイルデザイン』展覧会カタログ・岡山市立オリエント美術館・2001) ◇「チョガー・ザンビール遺跡保存をめぐる国際協力」(岡田保良)(『季刊文化遺産 古代イラン世界』) ◇「古代オリエント建築の壁面装飾 タイル誕生前史」(岡田保良)(『タイルの源流を探って オリエントのやきもの』・INAX)
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