イスラムアート紀行

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カテゴリ:ウズベキスタンのタイルと陶芸( 84 )

ティムール朝時代の陶器 染付への憧れと中央アジアのおおらかな美

ウズベキスタン陶器、18〜20世紀、14〜16世紀、9〜12世紀、、どれも簡単には書けないです。そう言っていたら何も進まないので、ティムール朝時代のごく一部のみの今回。文章は、いくつかの資料より、抜き書き、あるいは要旨抜粋です。自分でまとめる力はまだなし(悲)。いつか自分の言葉で書きたい!

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(皿/牡丹模様/15世紀/ウルグベクマドラサ、サマルカンド、ウズベキスタン/『ARTISTIC CERAMICS OF UZBEKISTAN』より引用)

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「中央アジアのイスラーム陶器と中国陶磁器 序章」(杉村棟さん/『シルクロード学研究7 (1999)』 より

「中央アジアにおけるティムール時代の建築遺構と装飾タイル」、今も何度も読み返している杉村棟先生の論文。掲載されているのは『シルクロード学研究7 中央アジアのイスラーム陶器と中国陶磁器』。この資料集を奈良で見つけたときは狂喜しました。その発行から十数年経ち、海外や日本での中央アジア陶器研究もきっと進んでいるでしょう。今後、資料見つけていきます。

<概論>
・ 中央アジアにおけるティムール支配時代の工芸品は、建築遺構や写本挿絵に比較して現存資料が少ない。 北米を中心に過去(1999年の論文)10年ほどの間に北米を中心にした研究者たちによりティムール朝時代の文化の再評価が行われ、まず建築に関する総合的な研究成果が発表された。史書や研究も活発になり、ティムール朝美術工芸の展覧会も開催されるに至った

・ ユーラシア間の文化交流は、近世大航海時代に活発化した。陶磁器類は海上ルートにより大量に運ばれるようになった。 当時中央アジアと明の間の交易が陸路を通じて行われていたことは明らかにされているが、内陸の中央アジアで発見されている陶磁器が陸路からもたらされたものか海路からか定かではない

・ 中国とイスラーム世界の陶磁器が相互に刺激を与え合って発展を遂げてきたことは言うまでもないが、その顕著な例が、14世紀のモンゴル支配時代以降、盛んにイスラーム諸国に輸入された中国の青磁や青花磁器で、これを契機として一種の中国趣味をイスラーム世界の支配者層の間に引き起こしたのである
・ 白地にコバルトの青で施文したローカル性の強い釉下彩陶器が各地で盛んに製作され、こうした状況は、15世紀ペルシアの写本挿絵に青花風の陶磁器が盛んに描写されていたことによって立証されている

・ 中央アジアにおけるイスラーム期の遺跡の調査と研究については、少なくともソ連時代には数例を除いて西側にほとんど紹介されなかった。 15世紀の東方イスラーム世界の陶器の技法と装飾様式に関する研究は、イラン、トルコ、アラブ諸国等地域的に偏ったものとなり、中央アジアを含めた総合的研究がおこなわれていないのが現状である

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(皿/15世紀/サマルカンド、ウズベキスタン/『ARTISTIC CERAMICS OF UZBEKISTAN』より引用)

<ティムール時代の陶器>
・ 東方イスラーム世界の15—16世紀の陶器に関しては、中央アジアのサマルカンドやシャルリサブスの遺構に見られる通り、タイルが突出して発達した事実があるにも関わらず、陶器の現存資料がきわめて少なく、それがこの分野の研究の顕著は遅れの一因になっていた

・ 欧米ではイランの15世紀の陶器の研究、とくに中国の青花磁器の影響を被った白釉青彩陶器などの研究が進められており、ティムール帝国(中央アジア、イラン、トルコ、アラブ諸国の一部)全体に共通した「国際的なスタイル」の存在が明らかにされている

・ このタイプは、トルクメニスタンなどにおいて出土例が若干あるが、中央アジア、主にウズベキスタン(サマルカンド、ブハラ、タシケント)やカザフスタン(オトラル)を中心にしたローカル性の強い「地方的スタイル」が存在したことが確認された

<中国陶磁器に関する調査研究>
・ イラクのサーマッラ、イラン北東部のニシャプール、シリアのハマ、トルコのイズニック等、イスラーム世界各地から、唐・五代の白磁、青磁、元・明の青磁、青花磁器など各時代に陸路と海路によってもたらされた中国陶磁器が出土しているように、それが中東各地の支配者層に珍重され、陶工に大きな影響を与えてことはすでに知られている通りである

・ 中国の陶磁器が中東のみならず中央アジアにも達していたことは、1988年から10年計画でおこなわれた調査によって中央アジア各地の博物館に中国陶磁器及びその断片が収蔵されている事実が確認された

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(鉢、陶器、緑黒色で魚を青釉に下絵付け/イラン、ソルタニエまたはカシャーン/13世紀/見込みは左回りの魚が底部に向かう。鋸歯状のボーダー。側面は一つの大胆な植物モチーフ。魚は豊穣と良き未来のシンボル/『UZBEKISTAN』より引用)

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(左:染付魚藻文輪花盤/中国清時代/『トプカプ宮殿秘蔵東洋陶磁の至宝展』より) *右:皿/リシタン/1990年代/魚藻文 *リシタンで今も見る「双魚と藻」。中国の典型例写真がなくトプカプの清時代のもの。いかにも中国の文様がリシタンに?長く疑問だった。ウズベキスタン東部の陶芸の町リシタン、伝統の継承の証だろうか)

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(同じくリシタンの皿と鉢。左は1990年代、右は2010年代/西のイスラーム世界とも中国染付とも異なる東方イスラーム世界のテイストを感じる)

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(リシタン、2010年代/リシタンでは魚のモチーフが多い。多彩で自由にのびのび製作されている印象。魚と唐辛子やアーモンドが一体になったようなデザインも見かける。清らかな水に棲む魚は清浄と平和の象徴と聞いたことがある)

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「中央アジア美術の至宝」(アクバル・ハキモフ/ウズベキスタン芸術研究所所長/『偉大なるシルクロードの遺産』より)

<ティムール時代の陶磁器>
・ 14、15世紀になり、ようやく国土を再建し、巨大な帝国を築きあげたアミール・ティムールが政治の舞台に踊り出たとき、中央アジアの民衆は再び創作活動を始めた
・ それは、都市建設、建築、芸術、文芸、工芸が勃興した時代として特筆される
・ 肖像画、精巧な織物、豪華な刺繍、鋳造容器、武器、宝石などの手工芸も繁栄した

・ 陶器制作においては、白地にコバルト絵具を用いて自由奔放な絵を染め付けた中国の陶磁器の影響を受けてまったく新しいスタイルが形成された
・ 中央アジアの職人により制作された陶器はカシナと呼ばれる土着の陶土を素材として、ブハラ、シャフリサブス、ウルゲンチなどで制作されたが、その中心はサマルカンドであった

・ サマルカンドの碧青釉鉢はティムール朝陶器を代表するものであるが、輸入陶器の装飾方式を複製することから脱却し、独自の文様を探求した段階に相当した
・ 施釉陶器を制作した職人はティムール朝期の建築物に広く用いられた建築用装飾タイルの制作にも携わっていた

・ 14〜15世紀の工芸美術の発展は現地の職人と中東の職人の技に負うところが大きかった。この時期の装飾文様は絶妙の域に達していた
・ 陶器では多彩陶が残り続けるとともに、青地、もしくは白地の器面に黒色で画を描く、色調を押さえた単彩画も用いられた
・ 植物文と文字文を持つすべての模様構成は、驚くほど見事に器形とその分割に従っている。器面にはりめぐらされた幾何文、縁、縞模様は、バランスを保ちながら、連続した動きを見せている

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(タシケントのティムール博物館。ティムール朝時代陶器断片。中国染付に憧れながらも、伸びやかで自由な中央アジアのスタイルを感じる)

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(同じくティムール博物館。中国の実物も展示。陶器好きには熱狂の内容。ガイドブックでも個人の旅レポートでもほとんど紹介されないのはなぜだろう。陶器は一時的な展示だったのかもしれない?)

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(ティムール博物館。15世紀。東西が入り交じった印象。白地に青が美しく、とても素敵ではないですか!?)

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(ティムール博物館。1996年建設とのこと。青いドームの外観はお札にも描かれている。写真は1階。豪華と言われるこのキラキラの内装で、展示が誤解されているような気がする)

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「like porcelain : fourteenth to sixteenth century ceramics from Uzbekistan」(Gisela Helmecke/磁器のように:14世紀から16世紀のウズベキスタンの陶芸)/『UZBEKISTAN』)は、さすがに長くなるので、次の機会にします。

「多治見・瀬戸 陶芸とタイルに出会う旅」に出かけます。しっかりしたレポートを書けるようにお話聞いてきます。
by orientlibrary | 2013-08-24 00:43 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

ウズベキスタン・18世紀から20世紀の陶芸の味わい

猛暑でバテていたわけではないのですが、時間が経つのが速いです。タイルのデザインや幾何学模様の6、8の形で圧倒された後、気がつけばお盆。静かなこの時期、読まねば!と思っていたウズベキスタンのやきものの資料を読んでみました。
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(ウズベキスタン陶芸についての本や写真集。今回参考にしたのは右下の『UZBEKISTAN』。下真ん中の『ARCHITECTUAL CERAMICS OF UZBEKISTAN』『ARTISTIC CERAMICS OF UZBEKISTAN』は未読。たぶん宝の山。時間かかります、、)

S先生から「ちゃんと役立てるなら」という条件でいただいた(実質はS先生の研究室で発見、抱えて離さなかった絶版本)『UZBEKISTAN』(THAMES AND HUDSON)。古代から現代までのトルケルタン(ウズベキスタン)の工芸〜染織、金属加工、陶芸等について研究者の論文+豊富な写真がすばらしく、充実した内容。

陶芸については、次の3つのパートがあります。
1:「ceramics from the ninth to the twelfth century」(Johannes Kalter/9世紀から12世紀の陶芸)
2:「like porcelain : fourteenth to sixteenth century ceramics from Uzbekistan」(Gisela Helmecke/磁器のように:14世紀から16世紀のウズベキスタンの陶芸)
3:「ceramics of the eighteenth to twentith century」(Johannes Kalter/18世紀から20世紀の陶芸)。

ウズベキスタンの陶芸について、9〜12世紀とティムール朝が繁栄した中世については、わりと資料を見つけることができます。わからなかったのは近代。ソ連からの独立後については、少ないけれどもなにがしかの情報があるけれど、その「間」がわからなかった。ブハラ・ハン国、ヒヴァ・ハン国、コーカンド・ハン国の3つのハン国時代後期からロシア帝国支配下、ソ連邦時代の陶芸。

結論から言うと、読んでもまだストンとはわからない。ウズベキスタン陶芸の基本的な理解が自分に足りないのだと思います。けれども、近世のウズ陶芸もまた、独自のすばらしい発展を遂げていたようです。

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(リシタンのウスマノフ工房プライベートミュージアム展示作品)

そして写真などをあらためて見直して、、私は本当にウズベキスタン陶芸が好きだ!と叫びたい気持ちになりました。

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(リシタンのウスマノフ工房プライベートミュージアム展示作品)

細密で繊細な絵付け、味わいのある土もの、好きな陶芸作品は多いですが、ウズ近世、1800年代、苦難のソ連時代、独立後伝統復興に苦労のあった時期、その後の隆盛。いろんなレベルのものがあったでしょうけれど、いいものも多い!独特の味があります。土の味、手の味、素朴でイキイキしたかわいらしさ。とても好きな世界です。

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「ceramics of the eighteenth to twentith century」

「ceramics of the eighteenth to twentith century」(Johannes Kalter/18世紀から20世紀の陶芸)の概略は下記のようなものです。

* 概要は箇条書きです。しっかりと正確に和訳していませんので、この点をご理解下さい。あくまでご参考のためのレベルです。
* 手持ちの写真(リシタンの工房附属プライベートミュージアム、ウズベキスタン内博物館等)+書籍内の写真で補足します。

・ 陶芸に必要な資源に恵まれたトルケスタンでは、陶芸が非常に成熟しており、鉢、皿、杯等、多くの量が生産されてきた。図案はアラブの影響を受けている。
・ 裕福な人たち地元産の茶碗を使わず、中国からの輸入ものか、磁器風のものを使用したが、これらは非常に高価で地元産の25倍もした。

・ 18世紀から20世紀の陶芸は、4つの代表的なスタイルに分けられる。
* 第1のスタイルは、地元固有のモチーフによる純粋にウズベキスタンらしいもの。いにしえの美が素晴らしいものがある
* 第2のスタイルは、中国的なもの。あるいは中国とウズベキスタンを一体化、融合したもの
* 第3のスタイルは、(筆者の私感だが)オスマン朝の美意識の影響を受けたもの。キュタヘヤと並行して作られたかのように見えるもの
* 第4のスタイルは、ペルシア様式の影響を受けたもの

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(『UZBEKISTAN』より引用)〜
〜(左上)皿/リシタン/18〜19世紀/施釉、下絵付けのティーポット、脇に護符と推定されるナイフの図柄  
(右上5点)茶碗と皿/ターコイズ青とコバルト青で下絵付け/左の皿はトルケスタンで発展したこの地独自の様式/右の皿は、中国の影響を強く受けている/中央のものはイランからの感化に由来する軽やかな植物文様/18〜19世紀/リシタンか?/The Museum Fur Islamic Kunst in Berlin 
(左下) 皿/白のスリップ(泥漿)の上に下絵付け染付。15世紀のデザインを踏襲しているが、釉薬のグレーの色合いが、この皿が15世紀以降のものであることを示している/17〜18世紀/ブハラ博物館|皿/下絵陶器/絵付けの様式は明時の中国の染付磁器と関連している。ただし、ギリシア十字で4分割するスタイルはトルケスタン独自のものである/リシタン/18〜19世紀/The Museum Fur Islamic Kunst in Berlin  
(右下)茶碗とボウル/白のスリップ(泥漿)の上に下絵付け/高台内に中国の印を似せたものがある。富裕層は好んで中国磁器を使用した。トルケスタンの陶芸家たちは中国が輸出した磁器を正確に真似た作品を作った/リシタン/18〜19世紀/The Museum Fur Islamic Kunst in Berlin | 皿/白のスリップ(泥漿)の上にコバルト青とマンガン茶で透明釉に下絵付け/泉を分割するスタイルはティムール朝に遡る/サマルカンドか?/18〜19世紀/The Museum Fur Islamic Kunst in Berlin)

・ (以下、写真を例示しつつ) 地場産陶器を中国の陶磁器のレベルにまで高めようとする。これに似た試みは、サファヴィー朝イランでもおこなわれた。中国様式と共通する植物文様、中国の印を模した高台内は進歩的な様式だった
・ 最も成功した例は、茶碗内部底面にギリシア十字(クリアブルーの地に白い十字)が中央アジアが起源であることが明らかである皿である。18世紀後半から19世紀前半のものと思われる。
・ すばらしい染付の器は、主にフェルガナ盆地のリシタンで生産された。皿はコバルト青、トルコ青、黄土色で絵付けされ、緑の縁には中国と中央アジアの要素がある
・ 異質なものは、内部底面のチェックボードのパターン、S字形の留め金のボーダーの皿に顕著だ。1縁は、菊の花を表し、中国にインスピレーションを受けた幾何学文様とともに小さな円形模様と交互にある
・ 純粋な中央アジアの伝統は、ギリシア十字、円花飾り、縁は斜線の菱形の皿だ
・ トルケスタンの伝統は、おそらく三日月形の刀がティーポットに寄り添うように描かれた皿の上に、最もすばらしく表現されている。ティーポットは、もてなしの象徴と推測され、三日月形の刀は権力と力を表している。大きなサイズは、かつて宴会で使われたことを示唆する。リシタンで作られたものと思われる
・ バラ水の瓶と水差しは双方とも、肩の部分に大胆な唐草文が渦巻く。サマルカンド産のものであろう
・ サマルカンドやヒヴァで作られた多彩彩色陶器は、主に、黄色、赤、茶、緑、白の花が描かれている。ヨーロッパの農民芸術を連想させる
・ 白地の水差しは、水玉と縞模様が首部分にあり、持ち手と注ぎ口に簡素な円花模様があるものは、キュタヘヤをモデルにしたものと思われる。これらの多くはブハラで作られた
・ 繊細で軽やかな樹木が絵付けされた小皿はイラン様式の影響があり、たぶんリシタンのものだろう

・ イスラム世界のすべての隣国とは異なり、トルケスタンは、ティムール朝とそれ以降とが明確に定義されるすばらしい個性を持つ。そして18世紀から19世紀に輝かしい成熟に達した

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(リシタンのウスマノフ工房プライベートミュージアム展示作品)

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(大崎・所澤コレクションより。1990年代のリシタン陶器)

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「中央アジア美術の至宝(陶芸)」

「中央アジア美術の至宝(陶芸)」(アクバル・ハキモフ ウズベキスタン芸術研究所所長/『偉大なるシルクロードの遺産』展カタログ)にも、少しですが説明があります。(以下、箇条書き)

・17後半〜19世紀初頭、ブハラハン国、ヒワハン国、コーカンドハン国が形成されたが先行する時代の芸術水準には至らなかった。孤立状態は閉鎖性を高め地方性の強さを増大させた。細密画は停滞し建築技術は下降した。工芸のみが発展した。伝統的手法と技術を基礎としつつ、陶器の他、木、骨、石を素材とした工芸など。

・ 18-19世紀には各地に施釉陶芸の主要な流派が形成された
* リシタン、グルムサラエなどを中心とする碧青釉陶のフェルガナ流派(タジキスタンのホージェント、カニバダム、チュルク、ウラチュベも含まれる)
* キジュドゥヴァン、ウバ、ブハラ、ウルゲンチ、サマルカンド、シャフリサブス、キタブ、デナウを中心とする黄釉陶のブハラ・サマルカンド流派
* ヒワ、カッタバグ、ハナカ村を中心とする碧青釉陶のホラズム流派
・ これらの流派はその伝統を20世紀まで残したが、その後秘伝の多くが失われた

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(コーカンド博物館展示品)

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(フェルガナ博物館展示品)

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『UZBEKISTAN』の陶芸パートの中で、内容的には、「like porclain: fourteenth to sixteenth century ceramics from Uzbekistan」(Gisela Helmecke/磁器のように:14世紀から16世紀のウズベキスタンの陶芸)が、非常に興味深かった。これまでも多少読んでいましたが、中国磁器のインパクト、影響の大きさを、リアルに感じました。とくに模様の解説が興味深かった。内容については、またの機会に紹介します。

またしても写真をたくさん準備してしまったので、、こちらもテーマを変えるか、続編としてご紹介します。「8」写真も出番を待ってます。
夏は陶芸のお勉強!今月下旬には、日本一暑い町の座を四万十に(一時的に)譲った多治見に行きます。炎の41℃台でしょうか!?こちらもたぶんいろんなご報告ができると思います!♪
by orientlibrary | 2013-08-15 15:10 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

ウズ行き2013年冬。寒さと温かさと美しさと

ウズベキスタンから戻りました。たくさん見て、いろんなことを感じた旅でした。やはり旅行はいいなと思う。行くことができて幸せです。感謝しています。

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ウズには何度も行っているけれど、自分が見たいものをゆっくりと見ることは、なかなかできなかった。自分の足で歩き、自分のペースで、タイルや工芸に心ゆくまで触れてみたかった。これまでいろんな状況からできなかったことをしてみたかった。陶器を持ち帰らないと決めたので、スーツケースではなくバックパックに。これなら列車やバスに乗ったり、安宿利用もしやすい。

結果、楽しかった!!この年になって、こんな旅をしていいのかなと、もっと年相応の落ち着いた旅行をすべきなんだろうなと思いつつ、、でも、ひとつひとつが楽しかった。ルートを決め、値段を(いちいち)交渉し、ぎゅうぎゅう詰めの乗り合いタクシーやバスに揺られ、部屋は寒くても大規模ホテルにはない温かさに触れ、、いろんな人が助けてくれて、、

ウズベキスタンに複雑な気持ちを持ち始めていた昨年後半。また初心に戻れた。旅だから、短い期間だから温かくしてくれるということはわかってきているけれど、それでも、それでもいいと思う。
タイルやテキスタイルや工芸も、発見があり、出会いがあり、うれしかった。動いてみること、大事だな。
いつまでも未熟で、世間をわかっておらず、取り柄のない私。そこからしかできないのだから、ここからしかできないのだから。愚かでも一歩一歩あるいていきます。

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 今回は概観編です 

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(初日の午前、両替後、最初に訪れたタシケントの陶芸家ラヒモフ氏の工房。じつはアポなしでした。まず一度お伺いし、追って正式にと思っていたのですが、、快く受け入れてくださり感激。いろいろなことをお話できて、本当にうれしかった。多彩な技法が素晴らしい。新たな技法やデザインにチャレンジし続ける精神に感銘を受けた。そして、、『ARCHITECTURAL CERAMICS OF UZBEKISTAN 』『ARTISTIC CERAMICS OF UZBEKISTAN 』(ともに2006年/UNESCO)の資料本をいただいた、、卒倒しそうにうれしい。素晴らしいファミリー、、資料を自分なりに読んでいきたい。また「正式に」訪問させていただきたいと思っています)

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(今回、完全燃焼したブハラ。とにかく見た。素晴らしい装飾タイルの世界。またゆっくりと)

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(サマルカンドは曇、雨、雪。青空とタイルが撮れなかった。でも晴れていたら体力を顧みず動き回っていたかもしれず、休みの時間を取れてよかったのかも。また行けばいい、ということなのかな!?)

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(タシケント。晴天。これまでになく、ショップやカフェなども見て歩いた。地下鉄もあり動きやすい街。とにかくよく歩いた。一日中、永遠に歩けるような気がしていた、、(そのぶん後からきました、、))

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(帰国後編/(左上から右下へ)/近所のスーパーで見かけて「これはスム(現地通貨)バッグにいい!」と直感したポーチ。100ドル両替するとパンパンになるスム。このポーチはドル、スムの仕切りができ、電卓も入って完璧。ウズ語ができなくても電卓でOK!/溶けそうな小額紙幣たちとレシート。最近はレシートをくれる。手書きで時間がかかるけど、いいことだと思う/いただいたザクロ。日本に持ち帰り。ザクロ模様のスザニの上で記念撮影/ウルグットで買ったスザニ/ブハラで買ったスザニ/サマルカンドデザインのスザニ(大型)/手前がウルグットのバザール、奥がブハラのショップ。手前の方がややざっくりしていて色もキツいけど力があると思う/ブハラで熱狂した「かけら」たち。後先顧みず、短時間の交渉で購入に至る。偽物だという人もいると思うけど、私は本物だと思っています。陶芸家のショップで、年代が私の知る限りですが適合していた。ティムール時代のものだと思います。左真ん中の水色のは角度によってラスター彩のような輝きを放つ。購入を後悔していない/サマルカンド某所にて。ここにいては踏まれてしまうと思い、偶然持っていた袋に入れてきた。ここは修復がされていない。修復時のタイルではないのです。偶然ですが。本当に)

最後に、いくつかインフォを

物価上昇。スーパーで買物しても、デフレ日本の感覚では、日本よりも高いと感じるくらい。この数年で、すごいと思う。昨夏からでも上がっていると思います。きびしいですね。

空港!!空港がすごい、、、、「最後の階段」の横にエスカレーターがついていた!!!なんということ、、これでものすごくラクになった。そして、、搭乗待合室ができていた!!!搭乗アナウンスがあった!!!普通に待合室から飛行機に入れる!!!、、あのヘンな狭い空間、どこに行けばいいのかわからず彷徨う乗客たちの姿、地下への階段、それらがないんですよ!しかも「アシアナですか。こちらです」と教えてくれるスタッフが立っていた。こんなことで大丈夫だろうかと思うくらい、変わっていた。いい変化だからいいんだよね、、いや、夢だったのかな、、妄想かもしれない、、疲れてたからな、、 でも税関と出国は相変わらずだったから、夢ではなかったと思う。

変化してます。
またアップしますね〜!!^^
by orientlibrary | 2013-03-03 23:43 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

謎の皿を巡る旅 〜 シンド(パキスタン)とリシタン(ウズベキスタン)

やきものの国日本だけれど、装飾タイルの歴史が浅いこともあり、タイルのイメージは限定的。装飾タイル=イラン、イスタンブル、アルハンブラ、がんばってサマルカンドあたりが、日本でのタイルのイメージではないかと思います。

パキスタンのタイル、、ムルタンやウッチュ(いずれもパンジャーブ州)の聖者廟の独特の濃い青と模様が強く印象に残っています。繊細とはいえませんが濃厚な世界があり、とても惹かれるタイルです。個人的にはデリー・サルタナット朝時代のものが好き!!(ムガル朝時代にもラホールやデリー、シンド州のハイデラバードでタイル装飾の建造物が作られました)。ペルシアの影響を受けつつインド的なテイストが強いという感じでしょうか。が、私が見ていたのはそこまで。

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(ムルタン、ウッチュ、ラホールの装飾タイル)

現地からのナマの情報が溢れるように発信されるインターネット(facebook、WEBサイト、flicker等)。すごいですね〜!夏に、ムルタンのアートギャラリー「Craft Galleria」のfacebookページを見つけて大喜び。現代の青の陶器の写真が豊富、興味津々で見ていました。(その後、同じ写真の繰り返しになってしまい残念)

インダス河流域の建築(青いタイルや日干しレンガ!)、伝統的服飾、自然が満載の「INDUS VALLEY CIVILIZATION」facebookページもカッコいいです。たくさんの建造物(遺跡化しているものも多いけれど)が素晴らしい!!

最近、知人経由で知った「Tradtional Sindh Kashi Tiles」。パキスタン・シンド(Sindh)州の「Nasarpur」(インダス文明の中でも最も古くから人が住みついた町のひとつ)にある陶芸ファミリーのfacebookページです。現地建造物のタイルのアップ写真(タイル模様をクローズアップした写真は書籍でもWEBでも少ない)や現代のタイル写真、タイル製作の様子など、興味深いです。

そんな日々、アップされた一枚の写真に目が止まりました。説明には、「Traditional Sindh Kashi Tiles pottery product round plate surface design with traditional kashi kari motives 」(伝統的なシンドの陶芸製品。現地の伝統的なモチーフが描かれている丸皿/「kashi kari」はインド・パキスタンで「施釉陶器〜タイル」)。

え?!ホント!?シンドの皿??あまりに似ている、ウズベキスタン(リシタン)の陶器に、、。こんなことってあるの!? (↓)コラージュ写真1段め左「これが問題のお皿」。他の皿(1段めの3点)と、これだけが違う気がしてなりません。でも「シンドの陶器」と明記してあります。

驚いて、コメント欄から、「ウズベキスタンの陶器とそっくりなことに驚きました。とくにボーダーの部分の模様とコバルト青の色が」と書いてみたところ、(英語の意味がよくわからないのですが)「働いている人々がいることは知っている。でも自分はパキスタンのシンドに属している/yes i know their is people working on but i do belong from Pakistan Sindh」とのコメントが。

これを読んで、さらに驚愕。ということは(Peopleが何を指すか不明ではあるけれど)、ウズベキスタンからパキスタンの陶芸産地に働きに行っているの!?これは自分的には、かなりの大ニュースです!

想像できないことではない。イスラム教が根づいた国同士だし、距離もそれほど遠くないし、中央アジア(とくに陶芸産地リシタンのあるフェルガナ地方)と北インド世界はムガル朝という縁があるし。ロシアや韓国に働きに行くと同様、パキスタンに行くこともあるのかなと。ウズベキスタンの社会状況等も考え合わせ、あり得るのかなと思いつつ、現代の工人の移動にワクワクドキドキ、思いを巡らせていました。

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(写真1段め左「これが問題のお皿」。謎解き遊びは、下記文章にて/コラージュで写真が小さくなってしまったかなあ、、/1段めの写真4点は「Tradtional Sindh Kashi Tiles」より引用)

でも、「問題のお皿」を見ていると、、、どうしても「よく見た模様、知っている色」と思ってしまうのです。
そこで、気になる点、色と模様を独断で検証してみました! 1段めの左から2,3,4はシンドのもの。この緑と青をよくごらん下さい。また模様もじっくりと。

2段め。リシタンの緑色と青です。緑色はリシタンの方がクリアでしっかりしている。シンドの緑色は黄色みがあります。青(コバルト青、ターコイズ青ともに)もリシタンの方がクリアで、シンドの青は黒みがあるように思います。

3段めは模様。「問題皿」のボーダーの蔓草のようなくるんくるんした模様は、リシタンのボーダーと共通していると思います。緑のライン(例:魚皿)も時々見られるパターンです。「問題皿」の見込みの模様は、知っている工房の作品よりやさしいタッチなので少し惑わされました。でも花びらを見ると、筆を先端から奥に押し付けながら花びらを描いていく描き方(リシタンの特徴)が同じ。模様も全体にシンドの方がざっくりした描き方。

4段め。わりと細密で白地の多いデザイン。花びらを全面に散らし細いラインで花模様の合間を埋めるデザイン、曲線で描く細いラインが似ている。さらに、今年の夏、「今年は白地を多くしたデザインを増やしている」と聞きました。実際、4段め右の2点は、今夏購入してきたものです。

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(NEW! ! 上の比較コラージュ写真が小さくて見えにくいため、4枚版を作りました!)

職人さん自身が移動してパキスタンで製作しているという考えは??独断ですが、皿は元々の産地(リシタン)で作られたと思います。職人さんは移動しても、土や釉薬や窯ごと持って行けない。模様は移動先で描けても、色は持って行けない

「問題皿」の化粧土の方が白くてクリア、シンドの白はクリームがかっているように見えます。
そして緑色。今回最大のポイントはこの緑色でした。緑色も明度や色味が微妙に違う。これはリシタンの緑だと思う。万が一、土や釉薬など、すべて持参したとしても、焼成温度や窯の特徴が違うのでは?
さらに、余計なことですが、シンドの皿は黒い紙の上で撮影されており、「問題皿」はコンクリ床。なんだかリシタンの工房の床を想像してしまいました。

そういえば、昨年の夏もリシタンの工房で、「ヒンドゥスタンから大量の注文があって」と一生懸命製作していました。行き来が活発になり、様々に交流もあるのでしょうね。購入されたり、サンプルとして運ばれたという線もあり??なんらかの経緯で、シンドの陶芸一家の手元に写真が、あるいは実物があったのでは??

上より、独断による結論=「(シンドの皿としてアップされた)問題皿」は、リシタンで、リシタンの職人が作った、リシタンのお皿。( (^_^;)))専門家の方、素人の推測なので、お遊びと思って見逃してください!)

すべて妄想かもしれません!!ホントにシンドの皿かもしれない。リシタンの職人さんがシンドできれいなお皿を作っていたらゴメンナサイ!それはそれで、すごく興味のあることで、マジでその点を調べたいんです。だからこそ、気になってしまったんです。大好きなウズベキスタンとパキスタンの「交差」を見て、とてもワクワクしている私です。

そんなわけで、、妄想につきあっていただいた皆様に、リシタンの青や模様をプレゼント 。(ね、やはり、「問題皿」と近いでしょう??)↓↓↓↓↓↓


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(リシタンの青の茶碗。クリアな青の発色。模様も多彩です。直径10cm程度)


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(リシタンの青の魚皿。青といっても多様です。個性的でのびのびした図柄が魅力。魚は幸福の象徴)


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(リシタンのタイル。「問題皿」の模様や色の参考になりそうなものを選びました。パキスタンの現代のタイルにも、ぜひともこれから注目していきたいと思います!興味津々です)


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(フェルガナの廟。リシタンの工房が装飾タイルを製作しました。緑色にご注目ください。この緑色なんです。だからお皿がどうしてもリシタンのものだと思ってしまうのです)

今回もご訪問ありがとうございました。年末近し。ちょっと慌ただしいですね。風邪などひかれませんように。
by orientlibrary | 2012-12-07 18:48 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

青のタイルと陶器、ブログの初心、これからも

ブログを始めて満7年と少しがすぎました。当初は「イスラム」と名のつくブログや関連するブログも少なく、心細い感じがしましたが、その後お友達ブログもたくさんできて、世界が広がりました。
1〜2年前から更新が少なくなるか、または休止のブログが多くなり、ちょっと淋しいです。twitter、facebook、iPhoneなど魅力的なメディアが登場。変化も仕方ないですね。
一方、WEBサイトとブログのリンク、facebookとのリンクも多い。全体には、日記的でやや長文、書き手の人柄や考えを伝えるものとして、ブログもまだまだ活気あり、なのかもしれません。

7年、飽きっぽい自分にとっては、ブログはけっこう続いています。本当はもっと頻度をあげたい。そして、初心の2点、「自分の勉強のため」「自分の好きなタイルやイスラムのきれいなものを伝えたい」を精進していかなくては、と思うのでした。
が、今回もまた写真メイン(これではダメなんですけど)。とにかく更新!(これではダメなんですけど)

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(ウズベキスタンからのお持ち帰り品!/左列:本類/上段中右:陶器/下段中右:アトラス、アドラス、バッグ)

絵本は民族衣装の絵を見ているだけでも楽しいです。ハードカバーではなく薄い紙を使っているので軽くて旅行者にはありがたい。

スザニと陶器とガラスの本(というか資料)。「SUZANI ~CENTRAL ASIAN DECORATIVE EMBROIDERY~」「CERAMICS ~THE ARTISTIC CULTURE OF CENTRAL ASIA AND AZERBAIJAN IN THE 9TH~15TH CENTURIES VOL1~」「GLASS ~2~」の3冊は、INTERNATIONAL INSTITUTE FOR CENTRAL ASIAN STUDIESのシリーズ本らしい!2011年の出版。こういう本が出てきました〜!図版や写真も豊富。しかも安かった。たしか1冊15ドル!助かります。

陶器はリシタンのもの。じつは、次からの写真のものが購入のメインで、この白地の青のザクッとした茶碗は”おまけ”。
「焼きが甘かった」とのことで、工房の雨受けみたいになっていたのを発見!一目惚れ♥で、譲ってもらいました。余白の白と青2色と茶色の組合せ、ザクッとしたおおらかな模様に惹かれます。今回出会った陶器の中で一番好きかもしれない。
ちなみに、このようなかたちで奪って?!きたものが上段右に。”まかない”的なシーンで使われていた茶碗。カフェオレマグに最適です。

布は、アドラス(絹と木綿)、アトラス(絹)。光沢や触感、存在感がたまりません。高かったけど、、毎日見て惚れ惚れしているのでOK!お隣はバッグ。微妙でシックな色合い、たくさん入って使いやすい。もっと買えばよかった。

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(2012年夏購入、ウズベキスタン・リシタンの工房の陶器。いわゆる作家ものにあたります。ウズ各地にお土産物で出回っているものとは違いますね)

鉢ものが好きなんですよね〜。そして幾何学模様より植物のモチーフが好き。もちろん青。
昨年の「イラン・トルコ・ウズベキスタンのやきもの」(INAXライブミュージアム)でも展示したウスマノフ工房(下2点)、アリシェル工房(上2点)のものです。工房の特徴、個性が出ています。

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(同。魚皿直径約20㎝。センター部分の図柄、余白の多いものを選びました)

「海のないウズベキスタンで、どうして魚?」と聞かれることが多いのですが、答えは「水が貴重なウズベキスタンでは、水に棲む魚は清浄と幸せ、平和の象徴」とのこと。青色で涼やか爽やかな印象。今回、白地の多いもの(今年の傾向)を選んだので、さらに涼しげではないでしょうか。

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(ウズベキスタン・リシタンのウスマノフ工房。細かい作業が続きます。窯もカッコいい!)

陶芸を習ってみて、たいへんな手間のかかるものだなあと実感します。もちろん毛織物も刺繍も細密画も、どの手工芸も手間と技能が凝縮していますよね。土ものもまた、土の準備から絵付けまで、たくさんの行程を経て、しかも焼成後の歩留まりの問題もあり、たいへんだなあと思います。

ウスマノフ工房の絵付けは繊細で緻密。下書きもきっちりです。慣れているとはいえ、細かい作業、集中が必要。40度を超える夏も氷点下の冬も、黙々と作業する職人さんたち。淡々としていてカッコいいです。

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去年の今頃は、トルコだったんだなあ、、作家さんと会い、陶器を選び確認し、引っ越しかと思うくらいの量の陶器を壊さずに日本まで運ぶというミッション。このすごすぎる運び屋騒動は、(とくに陶器の量を実際に見た人たちには)語りぐさになってます!火事場の馬鹿力ってホントですね(^_^;))

そんなトルコ、写真、アップしていないものが大半です。

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(陶芸産地キュタヘヤ/旧市街の佇まい。もう一度行きたい!/青の館の主人。青に狂った繊細で心やさしいアーティスト。なんとも個性的な方でした/青の館、全館とにかく青青青!)

キュタヘヤ。壺の大きさ、皿の大きさ、それらを収納する赤い飾り箱、、これをどうやって飛行機に乗せるの??、、、呆然クラクラしつつ、、楽しいこともたくさん!
旧市街にある「青の館」は、忘れられない場所。青に狂った作家さん、気持ちわかります〜!でも、すごかった。私なんか、まったくまったく足元にも及ばない。
青の釉薬を作る秘密を語ってくれたときには、通訳してくれたKさんが真っ青になるくらいの?熱の入りよう。後で聞けば、哲学的な独特の言葉遣い、表現で、訳が難しいのだとか。とにかく、この青色を出すために精魂込めている作家さんなのです。

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(キュタヘヤの博物館。タイルと陶器)

トルコで一番の陶器産地キュタヘヤ。が、正直なところ、これまでお土産物的な印象しか持てていませんでした。オスマン朝最盛期の技法を再現する作家さんのお仕事を見て、青の館を見て、やはり現地に来て、人と会うことが大事だなあと思いました。

博物館も良かったです。セルジュークのタイルに熱狂しました。絵付けタイルや、壺、皿の絵付けも品があり伸びやかで、好きになりました。

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(イスタンブールの博物館。セルジューク朝、オスマン朝、イランの陶器とタイル。見応えたっぷり!写真を撮っていいのもありがたいです)

イスタンブールも、もっとゆっくりじっくり見たい、歩きたい!ティムール朝タイル好みの私ですが、セルジュークはもっと知るべき見るべき。11世紀くらいから。タイルも建造物も。


気力復活。気候もすごしやすい。いろいろがんばりたいです。
ブログ、今回もおつきあい、ありがとうございました〜♪
by orientlibrary | 2012-09-30 22:52 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

ウズ放浪記 〜自転車騒動、独立記念日、肉ジャガ、桃、タイル絵付け

今回のウズベキスタン、いろいろあったけど、カラッとした空気はいいな。雑談風の軽いエピソード編です。舞台はタシケントからフェルガナ地方へ。

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(自転車編/上段の白いのが今回購入の韓国製高級中古車/下段左の黒いのはドイツ製超高級中古車)

マルギランのバザールに出かけ、自転車を買いました。といっても、自転車売場はメンズの場らしく、自分では行けなかったのですが、私がアトラス売場、日用品売場をブラブラしている間に、Gさんが代理購入してくれました。Gさん、上機嫌。車には、すでに白い自転車が積んでありました。

自転車買おう、と思ったのは、リシタンでの足として、「歩き、または車に乗せてもらう」以外の選択肢が欲しかったから。炎天下に長時間歩くのはきつくても、自転車なら楽勝ですからね!そして、他の物価から考えて、自転車なら数十ドルくらいかなと(軽く)考えてました。そんなにすごい自転車、見たことないし。

が、なんと、自転車、高い!安くても100ドルくらいとのこと。わ〜、下手したら日本より高い。私の(日本の)チャリ、8000円くらいだし。
でも、買いたいと言ったので覚悟を決めました。結果、80ドルだったとのこと。写真上段の白い自転車です。韓国製の中古。「すごくいい、しっかりしている」とGさん大絶賛。
新品同様のチャリが放置されている日本に慣れていると、微妙、、ハンドルは大きく曲がり、なんかバネみたいのが飛び出ているし、あれ?ライトない。鍵もない。

ところが、、80ドルはけっして高くなかったんです。写真右列の中段に、車の外に鋭い目つきのメンズたちがいる写真があります。この方々、自転車を食い入るように見ていたんですが、、「300000スム(約1万円)で売ってくれ」と交渉してきたそうです。80ドルで買い1万円で売れば転売で利益が、、いやいや、買うのが大変なのに、そんなことしてる場合じゃないです。

さらに、80ドルの韓国製中古がお買い得だとわかったのは、下段左の自転車を見たとき。ドイツ製の中古で200ドルだったとか。え〜〜〜!、、、 どなたか日本の放置自転車を輸出するビジネスすれば?!?輸送費と商習慣で、ほぼ無理かな。。

バザールでチェーンの鍵を4000スム(140円くらい)で買い、ライトはないけど、後ろには荷台があってこれは荷物を積みやくなってます。Uさんの工房で買った陶器を積んでもらいました☆便利!

リシタンでは、大人の女性は自転車に乗りません。外人で帽子を被り(地元の人は被りません)自転車に乗っていると、、どこにいつ頃いたか、バレバレ。「自転車に乗ってましたね」(苦笑しながら)と、どれだけの人に言われたことか。「〜の場所を人に聞いていたでしょう」、そんなことまで、、(教えてよ、その場で、、)。

ちなみに、下段真ん中の光景は、川の水汲み。リヤカーにバケツで水を汲み、家のタンクに収納し、今回はそれが洗面用^^ 重い水汲み、M君、お世話になりました。


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(ウズベキスタンの独立記念日は9月1日、地方では早めに祝賀行事。たくさんの地元民が集結!)

リシタンのスタジアムでおこなわれた独立記念日の催し、日本語を勉強している子どもたちや先生たちと一緒に行ってきました。
すごい人、人。リシタン、人口多い。そして、日本人に好意的というか、手を振ってくれたり、笑顔で挨拶してくれたり。ありがとうございます。こんな光景、はじめてだ〜、、
地元テレビが取材に。先生の一人にインタビュー。とってもいい感じのやりとり。良かったな〜。

祝賀祭の内容は、よくわからないけど、スタジアムの中で、ひたすら踊りや歌やスピーチがあったような印象です。観客席の子どもたちが踊り出すのがすごかった。うまい!この踊りのセンスは何!?さすがシルクロードの子どもたち!かわいいし〜。ほんとにかわいい子どもたちなんです。


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(日本語や英語を勉強している子どもたち。おにぎり&肉じゃがパーティの様子など/事情があって牛も飼ってます/下段右はお箸の練習!)

独立記念日、ランチはたまたま日本からの短期ボランティア先生の発案と調理による、肉じゃが&おにぎり会。プロパンガスでお鍋いっぱい。和食は子どもたちには微妙なものもありますが、牛肉とじゃがいもは定番食材。おにぎりと合わせ、大好評で元気に食べてました。M先生、どうもありがとうございました☆


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(フード編/桃!もも!モモ!おいしい。。道ばたで桃を売るおばさん、ほんとはもっと前に桃のバケツが出ていて危険だった、、/ブドウも最高/ナン屋さんにて。フェルガナのナンはおいしい!模様をつけたり、ペットボトルの後ろに穴をあけてゴマなどをスピーディにかけていた)

ウズベキスタンはフルーツ天国。いろいろあっても、フルーツを食べれば、シアワセに。今回の最高フルーツは、写真にある道ばた販売の桃。バケツがもっと中央に出ていて、あぶないくらいだった。そんなにまでして売る気満々だったのに、私たちを見ると、「外国人だから、タダで持って行っていい」と、、結局1000スムで(35円程)。バケツ一杯の35円の桃、この味が忘れられない。瑞々しく、自然な甘さ。日本の水密はまた別格だけど、こういう素朴な味の方が好きだなあ。

ブドウもおいしい!日本の果物の値段の高さに日々ショック受けてます。果物は、本当にウズがいいな〜。。

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(リシタンのウスマノフ工房にて)

自転車で行ってきました〜、「青の魅惑 イラン・トルコ・ウズベキスタンのやきもの」(INAXライブミュージアムにて開催)でお世話になったウスマノフ工房。ここの青はやや強くて、絵付けは細密で、巧いです。ウスマノフさんも、あったかくてやさしい人。

最近は、リシタン、このような(写真右下)タイルの絵付けの仕事が多いみたいですね。この装飾タイルパネルは、ウズ国内のお金持ちの家で使われるのだそうです。
伝統工芸は、やはり需要がないと維持発展できない。国内需要があるというのは、いいことですよね。工房は、いつも忙しそう。今は涼しくなったけど、最高に暑い時期は40度超えの日々。冬は寒いし。えらいな〜と思う。
「家には何時頃に帰るの?」と若い職人さんに聞いてみると、「夜の10時くらいになるときもあるよ。仕事が終わったときが帰るときだから」。16歳からこの仕事を始めたR君、巧い。「トランス音楽が好き」というイケメンなんだけど、あれ、写真に顔が映ってない。雰囲気のみですが。

今回は資料もたくさん入手してきたので、勉強しなければと思ってます。。。
by orientlibrary | 2012-09-17 00:56 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

タシケント編・2 〜墓参、陶器、絵画、職人

100均ショップに入ったら、来年のカレンダーがずらり。「季節」を感じました。夏のウズベキスタンも、早くアップしないと、、
というわけで、今回も前回に続き「タシケント編」です。ラフな写真が続きますが、ゆるゆるごらんください。

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(ショップなど。左:タシケントの「セブンイレブン」/右:バザールなど)

タシケントの「7-11」?、、果物にビスケット、レジにはナンも。スイカもころがってました。アルコールはないけれど食品から日用品まで、品揃え豊富!よろずやさんという感じもするけど、セブンイレブンなんでしょうか??ま、いいか。お店の人(若旦那?)、この秋から日本に留学するとのことでした。

ウズの扇風機、カバーなしで元気にブンブン。そうですね、たしかに使い手が気をつければいいことです。自然な日々の緊張感。

バザールの奥で洋服作り。足踏みミシンは偉大です。停電多い地域に電動ミシンを導入しても、実際困りますよね。支援もそのあたり細やかに、と思いますね〜、、。女性の衣装は華やか。美人が多いし、顔立ちがはっきりしてるから、こういう服がお似合いです。


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(左:タシケントの日本人墓地/右:タシケントの街の光景)

今回、行こうと決めていたところ、タシケントの日本人墓地です。
第二大戦直後、スターリンにより日本兵が強制的にシベリアに抑留され強制労働に従事、厳しい環境のなかで約6万人の命が失われたことは、歴史で習うなどしました。けれども、中央アジアのウズベキスタンに2万3千人が送られたこと、抑留され強制労働に従事したこと、817名がウズベキスタンで亡くなったことは、ウズベキスタンに行くようになるまで知りませんでした。
こんなに遅くなりましたが、ようやくヤッカサライ墓地を訪ね、お墓参りをさせていただきました。

何台もの個人タクシー(というか、白タクというか、自発的営業タクシーというか、、ウズ独特のタクシー的クルマ。要はメーターがなく交渉にて値段を決める)に尋ねましたが「わからない」と断られ、ようやく乗せてくれた車あり。親切なドライバーさんと一緒に「やぱーん まざーる(にほんじんのおはか)」と尋ね歩き、ようやく辿り着きました。
お墓は広々としたムスリムの墓地の一角にありました。緑のなか、きれいに整えられ、静かでした。鳥のさえずりが聞こえます。87人の抑留兵の方々がこの地に眠っておられます。

日本人抑留者は、道路、橋などの基盤整備に従事。大地震でもびくともしなかったナヴォイ・バレエ・オペラ劇場を建設したことは、タシケントの人たちに語り継がれていると聞きました。

ウズベキスタンの人は、親日的なことで知られています。実際、年齢を問わず多くの人が笑顔で接してくださり、好意的なことを肌で感じます。戦後日本の経済復興、優れた日本製品などもあるでしょう。しかし、それだけではなく、夏は50度にもなり冬は零下数十度にもなる厳しい気候風土のなか、立派な仕事をされた抑留者の方々と、それを語り継ぎ、墓地の維持にも協力してくださる地元ウズベキスタンの方々のおかげなのだと感じます。ありがとうございます。

時間をかけて一緒に探し、墓地の中まで案内してくれ、帰りも都心まで乗せてくれた自発的営業タクシーのドライバーの方、「受けとれない」と言って、どうしてもタクシー代をとってくれませんでした。ウズにもいろんな人がいて、ボラれることもあります。いろんな思いもします。温かくやさしい気持ちに触れると、宝物のように思います。原点に帰るような思いになります。

コカンドやフェルガナにも日本人墓地があり、多くの魂が眠っておられます。これからもお墓参りをさせていただきたいと思います。


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(タシケント絵画ストリート?の作品。ものづくりのものなど/左列の中と下:こんなのもありましたけど、、)

ウズのアートシーン、絵画が盛んだと感じます。アートギャラリーという立派な建物もあるし、美術館でも絵画展示が充実しています。絵画を見ることが少ない私ですが、写実的でシルクロードの光景を描いたものには吸い寄せられていきます。
毛織物が登場するキャラバンの光景、バザールの陶器商や陶器作りの光景、糸紡ぎや機織り。写真とはまた違って空気感があって、入り込みます。


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(工芸シーン。いくつかのメドレセ、職人さん工房になっています/上:細密画。幾何学模様と物語のシーンが図柄の中心でしたが、右のような生活光景を描いた新商品群登場!陶器のある光景のものなど購入。たくさんあるのに、、懲りない、、/中:ストローアート。バーナーで焦がすことで色をつけていく。立体的になっていて細部まで作り込まれています/下:木工など。少年たちも熱心に修行中)

ウズは工芸のくに。陶芸、テキスタイルを見ることが多いのですが、細密画のレベルもすごいと思います。木工も!細かい作業を黙々と。まだまだ職人スピリット!好きです。


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(ティムール博物館にて/下右はティムール朝時代の中国陶磁器、染付。こなれた筆運びの鳥の図柄)

最後に、ティムール博物館、鳥の図柄の陶器をいくつか。ティムール朝の陶器、ほんとにイキイキしていて、素朴で生命感があって、好き。のびのびしています。
by orientlibrary | 2012-09-13 00:35 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

タシケント〜緑と水、すご技ウズ刺繍、古い青の陶器

陽射しは強いけれど、カラッとしていて快適だったウズベキスタン。日中数時間の暑さ以外、朝夕は本当に気持ちよかった。背伸びして深呼吸。
全然写真撮っていないなあと思っていましたが、実際は1060枚も撮っていました。デジカメって無意識でバシャバシャ撮ってるんですね。フィルムカメラのときは、36枚を1日1〜2本、考えながら、でした。

今回はタシケントの写真を少しご紹介したいと思います。コンデジのオートですからメモ的な写真ですが、雰囲気がお伝えできればうれしいです。

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(左:整備された都心の公園、街路。散水もたっぷり/右:本屋の店出し光景(ダンボール箱が果物ですが果物屋ではなく本屋台?です。本は日本なら古本屋ですが、、。本屋さんが少ないし、本自体子どもの本以外少ない、、でも今回、欲しかった陶器やテキスタイルの本をゲットできて満足^^)。下は旧市街、水をあげないと花もカラカラ状態、、でも元気に空に向かって咲いてます。生命力ですね〜)

タシケント、これまではソ連の都市的な印象でちょっと苦手でしたが、今回朝から晩まで歩き回り、親しみを持ちました。ただ、石造りの重厚な建物は依然苦手なので、建造物の写真はほとんどなし。

街並が整っており、緑が多く、噴水や緑への散水など、水がふんだんに使われている印象。ですが、各所で水しぶきをあげる多彩な噴水については、複雑な気持ちもありました。ホレズム出身の人に「タシケントで噴水を見ると怒りを感じる」と聞いたことを思い出します。この水、どこからきているんでしょう。乾燥地帯では、一滴の水も貴重ですから、、。

新市街は歩きやすく、地下鉄(700スム、約25円程)を使えば、旧市街へも気軽に往復できました。
バスがわかるようになると、もっと歩きやすいだろうなと思いました。でも迷うのも、コミュニケーション。いろんな人に道を尋ね、親切に教えてもらいました。地下鉄の駅まで15分ほど、一緒に歩いてくれた少年も。


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(旧市街、チョルスーバザール近くのクカルダシュ・メドレセ。16世紀建立、独立後修復)

旅行の中で、「このために、旅行に出たんだ」と思える5分間が持てたとき、旅に出て良かったと感じ、幸せな陶酔感に浸ります。多くの旅で、そのような5分間があります。今回も数回ありました。

そのひとつが、クダルカシュ・メドレセの中庭でのひととき。このような感覚は、とても個人的なもので、この中庭が広大で著名なわけではなく、また違う状況だったらサッと通り過ぎたかもしれない。出逢い方次第ですよね。


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(上:工芸博物館近くのホテル。食器などもオシャレです/下:食や新しい感じのもの。メドレセ内のデザイン工房?)

今回は、booking.comで工芸博物館に近いこじんまりしたホテルを選びました。大規模ホテルは、どうも味気ないです。オープンから3か月ということもあり、クリンリネス、清潔さは信じられないほど。アメニティもしっかりでビックリ。ただ、タイミングが悪かったのか、スマイルゼロにもまたビックリ。スマイルなしがcool!と思っているのかと感じたほどですが、たまたま、だったのかもしれません。

新市街にはカフェもいろいろ。まあ、なかなかな感じでしたが、、。写真のセルフのカフェ、庶民的でいい感じ。賑わってました。
タシケントは飲み物の選択肢があるのがうれしかった。ミルクもあるし、桑ドリンクみたいなものも?ヨーグルトも買っていましたが、スプーンがついてこないので、飲んでました、、(^_^;)))


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(このタイルが見えてきたら、、ウズベキスタン工芸博物館☆ 企画展示の刺繍はアンティークではなく、伝統を生かした今のものがコンセプト。ウズ刺繍のすご技を堪能!各地の特徴も存分に見せてもらいました)

こじんまりとしてお気に入りの工芸博物館。スザニや陶器をゆっくりと見られます。
今回は、企画展示で刺繍を特集。しかも一つの最終日と次のオープニング日両方に行ったので、二つの企画展を堪能しました。
オープニングパーティにはテレビ局の人たちがきていて、急に喋るように言われ、ピンマイクをつけられ、、語ってきました。


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(工芸博物館のリシタン陶器。やはりこの青は格別ですね。上左:これはショップにあったもの。リシタンの1800年代中頃の乳製品作りの鉢)

左上の味わいのあるリシタンのアンティーク鉢。「チョルグーシャ」=4つの耳と言うと聞きました。紐で揺れるうちにヨーグルトクリーム的なものができるようです。
ふふふ、購入してきましたよ〜!^^重かった。ずっしり重いんです。もう一つ、同時代の深皿があり、それは軽かったんですが、この鉢に魅せられました。民具の質感が、とってもいいです。

やはりリシタンの青はいいですね。品があります。深みもあり軽やかさもあり、いろんな表情を見せてくれます。

陶器は年を経ると、ギラギラしたものがなくなるというか、ますます素敵になる印象。今持っているリシタンやトルコの陶器、年を重ねるごとにいい表情、質感、味わいになると思っています。
自分もそんなふうに年を重ねたいものです。なかなか難しいです。本当に。

タシケントだけでも、まだまだエピソードがあります。ウズ2012夏シリーズ、しばらく続くかも。よろしければ、また遊びにお立ち寄りください。
残暑きびしい日本、ご自愛くださいね。

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コラージュがラクなので、この形式ばかりですが、、インパクトで締めくくろうと思い直し、、ドカンと!!

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by orientlibrary | 2012-09-04 23:17 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

1990年代、ウズ陶芸激動の時代を支えた「平山郁夫ウズベキスタン陶器コレクション」

昨年秋、横浜のシルク博物館で「平山郁夫シルクロード美術館コレクション 豊穣なる色彩 ウズベキスタンの布と器」を見ました。とても充実した展示で、見応えがありました。
とくに、シルクロード染織の代表ともいえる「経絣」の衣装や布が見事。華やかな色彩と大胆な文様を存分に楽しみました。

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(展覧会チラシ)

陶器展示は、自分にとって馴染み深いリシタンの作家の作品の他、タシケント、サマルカンド、ホラズム、キジュドワン、アンディジャンの皿や壺が展示されていました。クレジットには「20世紀」とあります。

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(リシタンの彩画文皿/図録より引用)

これまでウズベキスタンの陶器を見てきていながら、知らなかったことがありました。今回、図録を読み、知りました。まだまだ、です、私。

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<ウズベキスタンの陶芸の現在、そして平山郁夫コレクショ>(「ウズベキスタンの歴史と文化」/元ウズベキスタン共和国大使 孫崎亨氏/図録〜発行は2009年3月〜より引用、一部要約)

(孫崎氏が赴任された1993年頃、ソ連から独立したばかりのウズベキスタンの経済・社会は大変に混乱し、人々の収入も10分の1になるほどに激減。陶芸等の美術品を買う人がまったくいなくなり、これが陶芸家を直撃した。次々に窯が閉鎖されていた。ちょうどこの頃、平山郁夫先生がウズベキスタンを訪問された)

私から平山先生に、ウズベキスタンの美術界が困っていること、特に伝統ある陶芸が消滅しつつあることを伝えた。

平山先生から即座に資金を渡された。その資金で購入したのが、今日平山郁夫コレクションに加わったウズベキスタン陶器である。

今回のウズベキスタン陶器のコレクションは、平山先生の他のコレクションと少し趣を異にする。それは美術品の収集だけではない。ギジュドワン、タシケント、リシタンと、まさに崩壊しつつある陶芸活動を支えたという点がある。


その後、援助を得て、九谷焼の陶作家とリシタンの陶作家が互いの窯を訪問するなど、平山郁夫先生団長の政府文化派遣団の影響は続いた。こうして、九谷焼の技法がリシタンの作家に影響を与え、ウズベキスタンの風土が九谷焼の作家に影響を与えるという双方向の交流が実現したのである。

中央アジアの陶芸は長い伝統の上に、色、文様の面で多様性を有している。多くの人が中央アジアの陶芸に関心を持ち、それが伝統文化の維持に貢献することを強く期待している。

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じつは以前、他の博物館で、平山さんのウズ陶器コレクションを見たとき、複雑な気持ちでした。「もっといいものがあるのでは?」との疑問があったのです。「コレクションなのに、なんで20世紀とか1990年代のもの?それなら平山さんでなくても、一般人でもできるのでは?」とも思っていました。
上の事情や背景を、まったく知らず、想像さえしていませんでした。恥ずかしいです。

90年代の半ばから、平山さんと同じように、陶芸産地や作家を支えた方がありました。大崎重勝さん、紀子さんご夫妻です。(詳細はここでは記さないことにします。ご関心がある方はこちらをごらんください。)現在友人のT氏が所蔵管理されているコレクションから、数点をご紹介します。

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(1990年代と思われるリシタン陶器。カリグラフィー主体ですが、色合いも良く、スッキリしたいい作品だと思います。大崎氏が蒐集されたものを、現在T氏が保存管理されています。大崎さんは陶芸コレクターということではなく、支援の気持ちでたくさんの作品を買い、当時の産地や作家を支えた方です)

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(1990年代と思われるリシタン陶器。大崎氏蒐集。素朴な印象ですが、上の図録の作品と似たニュアンス。この後、破竹の勢いでリシタン陶器が進化していきます)

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(リシタン陶器、Tさん所蔵。2000年代でしょうか。中国風の魚と藻、花が渋い!絵付けが細かく、深くなってきているように感じます)

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(この青の色合いやザクッとした絵付けも大好きです!!リシタンのウスマノフ工房内私設ミュージアムにて。陶芸家による蒐集品)

孫崎さんの文章に、九谷との交流のエピソードがありました。リシタンの陶芸家アリシェル・ナジロフ氏は1994年に九谷の工房で、九谷の絵付けを学び、相互の技術やデザインの交流がありました。

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(アリシェル氏が九谷で制作した染付皿。ウズ風でもあり、生き生きとした魅力ある作品です)

平山先生、孫崎さん、どうもありがとうございました。今、リシタン陶器の工房では、盛んに美しい青の陶器が作られ、ウズ国内はもちろん、中央アジアのミュージアムショップや土産物店で見るのもリシタン陶器。ヨーロッパや日本からの観光客もリシタンを訪れます。

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(リシタンの工房にて。絵付け場の光景)

青の魅惑 イラン・トルコ・ウズベキスタンのやきもの」でも、ウズベキスタンの陶芸作品、好評です。

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(「青の魅惑」ウスマノフ工房展示作品)

やきものは、美術品であり日用品なのですが、歴史や社会、経済と切り離せないもの。そのなかで発展し、停滞し、消滅の危機に陥ることもあり、また新たな舞台を得て飛躍していきます。

日本とウズベキスタンの交流は、初代ウズベク大使以降歴代大使がやきものを愛好されたこともあり(このあたり、日本ですね〜!)、陶芸を一つの契機にして深まってきた面があると感じています。
美しいもの、手仕事の技、美的感性の交感などを通じて、人と人が、国と国が、良き交流を続けていければと思います。

陶芸の写真ばかりだったので、最後に元気な光景を一枚。葡萄棚と少女です。

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by orientlibrary | 2012-01-21 23:24 | ウズベキスタンのタイルと陶芸

バーブルの生地、アンディジャンへ

ウズベク滞在中に、フェルガナ盆地にあるウズベキスタン共和国第4の都市・アンディジャンに行ってきました。人口35万人の大きな町。自動車産業が盛んです。

、、なんて、じつはアンディジャンに行くまで、町のプロフィルはほとんど知りませんでした。日本ではサッカーで知名度が高まってきたウズベキスタンですが、なかなか情報は入ってきません。『地球の歩き方 シルクロードと中央アジアの国々」でもフェルガナ全体で5ページ。町としてはフェルガナ(州都)、マルギラン(シルク織物で有名)、コーカンド(コーカンドハーン国の首都だった)のみ。

でも、アンディジャンはある意味有名。名前を聞いたことがある、という方も多いのでは?そう、2005年の「アンディジャン事件」。武力衝突と言われますが、真相は私にはよくわかりません。でも元々情報が少ないところに事件では、恐いところといったイメージが作られていきがち。(実際、外務省の「危険情報」でも、「勧められない」といった感じになっています)

無責任なことは言えませんが、、私がみたアンディジャンは普通の町だったし、新しくできた大通りには店舗やホテルが立ち並んでいました。出会った人たちは人懐っこく温かく、訪問したお宅はまるでパラダイスのようでした(いつか書きますね)。
「アンディジャンは平和ですよ。怖がって人が来てくれないのが悲しい」と、案内してくれたアンディジャン出身のB君。「ぜひ、このことを伝えてください」と言われました。

日本から観光に行く人もほとんどないようですが、私は行きたかったんです、アンディジャン。なぜかというと、、バーブルさまの生地だから!!^^

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(バーブルさま。ムガルの植物愛好、花模様の繊細さはたまらない魅力/『MUGHAL INDIA splendours of the peacock throne』(NEW HORIZONS)より引用)

ムガル帝国の初代皇帝バーブル(1483〜1530)は、アンディジャン出身。父はティムール系貴族、母はチンギス・ハーンの次男チャガタイ系の王女。あの地域の2大英雄を祖先に持つチュルク・モンゴル系。
これだけでもドキドキなのに、ムガル建国にいたるまでのステージが、悲願の地サマルカンド、本拠地としたカーブル、支配したラホール、そしてデリー、アグラと、私のツボの地ばかり。クラクラ、、、
その上、文人、詩人でもあり、回想録「バーブル・ナーマ」は傑作と言われています。

そんなわけで、まずは「バーブルパーク」(正式名称は?)に連れて行ってもらいました。市内を案内してくださったのはB君のお父さん。15歳のすっごくかわいい妹さんも一緒で、楽しかった!

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(思慮深いバーブル像と博物館)

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(この日は午後には気温42度に。この時間帯はそれほどでもなく、地元の人もこのスタイル)

博物館が見えてきました。

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(MUSEUM BOBOR AND WORLD CULTURE)

中に入ると、、、いきなり、あったんです〜〜〜〜〜〜!!!入り口にさりげなく置かれていたんです〜!!

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タ、タイル!!!B君によると、「バーブルがアフガニスタンから持って帰ったもの」とのこと。私がタイルオタクであることは知らないB君、熱狂している私を不思議そうに見ながら奥へ。

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バーブルが持ち帰ったということは、カブールのタイル!?それとも昔日のヘラート!?このザクザクした粗い感じが何とも言えない!真ん中のコバルトブルー、、アフガンはラピスラズリの産地。この青の強さ、厚めの釉薬、もっと浸っていたかったけどな〜。。

** ヘラートのタイル ** このタイルについて、コメント欄より、「ヘラートの町の・・・・・・の廟の墓石」となっているようだと、お教え頂きました。Hさま、ありがとうございました。

*** ナヴァーイー墓廟のタイル *** 追記:H様より加えて教えて頂きました。このタイルは「ティムール朝の宰相で詩人のアリ-シール・ナヴァーイー」の廟のもののようだと。私の写真で切れていた上部から読み取って頂きました。感動です。。アリ-シール・ナヴァーイーは、ティムール朝ヘラート政権時代の文人で、ヘラートの芸術や文芸を振興した人。バーブルさんも尊敬し賞賛している人。その人の墓廟のタイルだったんですか、、。「持ち帰った」との言葉から支配地からの戦利品的ニュアンスを感じていた私、大間違いでした!!逆です。タイル建築がほとんどないインドにティムール朝のタイル、ナヴァーイーさんのタイルを持ち帰った、、中央アジア人のバーブル、タイルに思い入れがないはずがありません。しかも尊敬する人の墓廟のタイルです。大事な大事なタイルだったんです。このタイルが入ってすぐの場所にある意味を理解することができました。そして新たなタイルの見方を教えて頂きました。H様、お教え頂き、本当にありがとうございました。

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(何のタイルかわからなかったけど、建物のどこかに使われたもの?ターコイズブルー、深みがあります。細密画と一緒にあることには何かの意味があるのかな?)

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(『バーブル・ナーマ』は世界で翻訳されている名著。世界の『バーブル・ナーマ』が揃っていました)

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ティムールから始まる家系図。バーブルは5列目、右から2番目。家系図の上部は、サマルカンド・シルダリマドラサの獅子と太陽のタイル。ウズベキスタンといえば、このタイルですが、奪還できなかったサマルカンドへの思い入れというのもあるのかな、というのは考え過ぎ?

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(肖像画)

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(博物館内部壁面)

博物館内部の壁面は、一面に細密画が描かれています。壁面なので本物のミニアチュールの緻密さは無理ですが、噴水の水の渦まできちんと描かれていました。
細密画にはタイルが描かれていることが多くてうれしい。水場のまわりは、六角形タイルと菱形の組み合わせでした。

タイルに心を残しながら、外へ。次に来ることは、まずないだろうなあ、、なかなか来れないところだもの、、

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(ミュージアムから町を見る)

一帯が公園になっているので、植物が茂り、ロープウエーみたいなものもあり、チャイハネもあり。水場と植物と木陰とチャイ、ウズだなあ。

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(モニュメントのチャイポットと茶碗、大きい!左真ん中くらいにいる人と比べてみてください)

バーブルが中央アジア恋しさで涙を流したともいわれるウズのメロン。

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(メロン、スイカ、ブドウ、アーモンド、ピスタチオ。最高!アンディジャンにて)

フェルガナのメロンは本当に最高。とびきりおいしいからなあ、、。写真だけでも、どうぞ。ちょっとうるうるきそうなバーブルファンの私です。

B君、お父さん、妹さん、お母さん(仕事中の職場でお会いできました)、本当にありがとうございました!!お会いした温かいアンディジャンの人たち、どうぞお元気で!!


◆ バーブルとムガル関連 ◆ たとえば、こんなの書いています。
 「フェルガナ、カーブル、ヒンドゥスターン ムガル花模様の旅」
 「インド・ラジャスターンに咲く サンガネールの優雅なブロックプリント」
 「日差しを遮り風を通す 実用と装飾の美 ムガルの透かし彫り」
 「モンゴル系王朝が拓き、輝かせた、装飾タイルの世界」
by orientlibrary | 2011-09-10 10:26 | ウズベキスタンのタイルと陶芸