イスラムアート紀行

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幾何学模様に息づくイスラムの美意識。木版捺染布アジュラック

前々回書いていた「anokhi museum」の本が届きました。(日本のサイトから購入できました。「いんどもよう」さんです)。今回は、インド西部のグジャラート、ラジャスターン、シンド(パキスタン)地方の木版捺染布「アジュラック」を見てみたいと思います。

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(藍と茜の染色アジュラック/『世界の染め・織りの見方』(道明三保子/東京美術)より引用)

インドは染織の国。その歴史は5000年に及びます。紀元前3000年から2000年頃のインダス文明の遺跡であるモヘンジョダロから、染色をほどこした布の断片が出土しました。その頃にはすでに木綿が栽培され、染めの技術があったんですね。模様は幾何学模様でした。分析の結果、染色には媒染剤が使われたこともわかりました。スピンドル(手紡ぎをする道具)や裁縫針も出土しています。

もう10年くらい前だったと思いますが、「4大文明展」が同時開催されたとき、「インダス文明展」を見に行きました。たしか展示の目玉が神官王像でした。予想より小さなもので、当時は何が見所なのかわかりませんでした。

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(インダス文明の頃、すでにアジュラックが?/『AJRAKH patterns&borders』(anokhi museum of hand printing)より引用)

「神官王像の上半身彫像は模様のついた布を肩に纏っている。ajrakh=アジュラックの誕生と関連するものだ」と『AJRAKH patterns&borders』(anokhi museum of hand printing)は記します。「このシロツメクサの模様は、長い歴史を持ち今日なお使われている模様である「kakkar」、または「clouds」として知られる模様と似ていることが注目される」。う〜ん、二つの模様、似てますか?

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(フスタート出土の布/『AJRAKH patterns&borders』(anokhi museum of hand printing)より引用)

きれいな茜色の布、素朴な幾何学模様。「現存するインド染織布の最も有名な例は、エジプトのカイロ近郊にあるフスタート遺跡から発掘されたものだ。フスタートでは数百もの布の断片が発掘された。およそ8〜13世紀のもの。様々な色や模様、多彩な技術で制作された木綿の木版捺染は今もグジャラート、シンド、ラジャスターンで生産されている」。歴史は連綿と続いています。

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(アジュラックの模様。イチジク、石臼、アーモンド、揚げ菓子、孔雀、コインなどがモチーフに。楽しい幾何学模様/『AJRAKH patterns&borders』(anokhi museum of hand printing)より引用)

アジュラックがどのように使われるか。Anokhi本は楽しく紹介しています。「アジュラックは男性だけが着用するものだ。ルンギの上に着用したり、ターバンとして頭を包む。シンプルに肩にかけたりもする。多目的で美しいテキスタイルは着る人によっても様々に着こなすことになる」。布一枚で本当にお洒落ですよね〜!

暮らしの道具でもあります。「紅茶やスパイスのような小さな買い物は、アジュラックの四隅に結びつける。もう少し大きな買い物、野菜や穀物は端の方に入れる。このやり方で6つの品物をちゃんと区切って安全に運ぶことができる」。「ときには小さくて弱い動物も運ぶ」。なんでも入れてしまうんですね。

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(アジュラックをまとう男たち。便利で伊達!/『AJRAKH patterns&borders』(anokhi museum of hand printing)より引用)

疲れたときにも便利。「歩き疲れた時、足を休ませるために膝に木の板を当てて固定するのに使う。腰を堅く巻くこともある」。「毎日の礼拝のときの敷物にする。礼拝を清潔に快適にする」。暮らしに欠かせない多目的布です。

礼拝という言葉が出てきましたね。ということは、、、「アジュラックは、ムスリムだけ(=exclusivelyをどう訳すかでニュアンスが変わりますが、判断できません)が着用してきた。それは重要なポイントである」。「アジュラックはイスラムのデザインの原理に従わなくてはならない。人物や動物を描いてはならない。対称性がデザインの核であり、複雑な繰り返しは完璧に調和していなくてはならない。しばしば中央の星のモチーフからから放射状に模様が広がる」。

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(ラジャスターンの石のスクリーン/orientlibrary)

「アジュラックの模様は、イスラム世界中の傑出した素晴らしいデザインや建築と反響する。陶芸、施釉タイル、建築装飾、装飾的に掘り抜いた石造の窓、、」。素晴らしい。藍と茜が基調なことから、カジュアルで軽快なアジュラックですが、模様としてはイスラミックデザインそのものです。

幾何学模様、多彩な模様が組み合わされています。「アジュラックの職人は、一般的なレベルをはるかに超えた数学的な能力が必要である。アジュラックのデザインや版木作りは、工芸の匠にしか扱えない。コンパスや定規を使用し、平らにした版木にデザインを描き入れる」。めくるめく幾何学世界。

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(版木制作過程。卓越した数学の能力、デザイン力、そして集中力と根気が必要。イスラムの美意識が脈々と息づいているのを感じます。きれい!/『AJRAKH patterns&borders』(anokhi museum of hand printing)より引用)

生産地や生産集団はどのように?「アジュラックの生産は、世界のなかでも少ない地域に限定されていた。シンド、カッチ(グジャラート)、bermer(ラジャスターン)、khatriでは染色とプリント専門のコミュニティが生産していた」。「アジュラックは彼らが作る布の中で最も複雑なものである」。工程は全部で21に及び、多くの職人が携わるそうです。

さすがブロックプリントのanokhiの本。さらに詳しく書いてあります。「カッチのbanni地方という鄙びた土地では、伝統的には牛飼いのムスリム男性(maldariコミュニティ)が着用した」。「ラジャスターンに接する最西端では、放浪する楽士のコミュニティであるlanghas mangnyarsが、アジュラックを採用した」。牛飼い、楽士、、沙漠の男たちを凛々しく彩ります。

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(アジュラック。藍と茜のコントラスト、クリアな白もアクセントに。模様の組み合わせや配置が軽快!/『世界の染め・織りの見方』(道明三保子/東京美術)より引用)

今回、他の本などを見ているうちに、「インド哲学と染織」、そして「ブハラのスーフィー教団とアジュラック」という何とも興味深い文章を見つけたました。びっくりです。続編として、書いてみたいと思います。

 「anokhi museum」の本をインドで見つけてイスラム模様好きの私に貸してくださったMKさん、日本で買えるチャネルがあることを教えてくださったkazukoさん、そして迅速にご対応くださった「いんどもよう」さん、皆様に感謝いたします。ありがとうございました。
by orientlibrary | 2009-02-20 00:53 | 絨緞/天幕/布/衣装