イスラムアート紀行

orientlib.exblog.jp

文字は奏でる、文字は踊る、書は語る、書は伝える

◆ 手書きとキーボード ◆
新聞の投書欄に目がとまりました。「手紙に対してメールは失礼」。ちょっとドキッとします。内容は、「心をこめて書いた手紙に対しては手紙で返すのがマナー。それなのに仕事でもプライベートでも、メールで返事がくることが多い」というものでした。

e0063212_032083.jpg
(装飾タイルのカリグラフィー/ウズベキスタン・ブハラ)

気持ちはわかります。たしかにマナーかもしれません。でも正直なところ、最近私も、手書きや手紙に対して、気が重くなってきています。理由のひとつは、長年の腱鞘炎傾向。手書きは確実に腕にきます。重痛く張ってきて冷たくなるなど違和感が出てくるのです。ひどくなると接骨院さんに走ります。もうひとつは、やはりメールの方が書きやすいから。即お返事できるし、内容も修正しつつ自由にのびのびと書けます。

趣味のいい便箋と封筒で、達筆な万年筆や毛筆の手紙をいただくと、やはりうれしいものです。でも、お返事の封筒をどれにしよう、ボールペンじゃ失礼かな、ワープロで印刷してもいいかな、等々、何か緊張してしまい、出し終わるとホッ、、。

そんな私も、昔は完全な文字人間、手書き人間でした。ワープロがない時代は、毎日毎日大量の文字を書いていました。筆圧が高くHBでも折るくらい。しかも字が大きい。腱鞘炎にもなるわけです。書道も好きで、唯一長く続いた習い事でした。

でも、ールがそんなにいけないんだろうか、という気持ちもあります。手書きの文字は心がこもっていて、キーボードの文字には心がこもっていない。そうでしょうか。私、メールも、ワープロで書く手紙も、その人のことを考え、気持ちが伝わる表現になるよう修正を重ねます。精一杯、心をこめて書いています。

大事なのは、内容、気持ちの表現なのではないでしょうか。手段は、手紙も良し、メールも良し、手書きも良し、ワープロも良しなのでは?その人が手書き手紙派でも、相手にも自分と同じ手段を求めなくてもいいのでは?「失礼な」相手も、メールの方が読みやすいのに、と思っているかもしれません。もちろん、正式な文書、お礼状などもあり、状況に応じて臨機応変でしょうか。


◆ 日本の書、世界の文字 ◆
と言いつつ書って好きなんです。見るのが好きなんです。展覧会「文字の力、書のチカラ」(出光美術館)、楽しみました。

e0063212_001435.jpg
(展覧会チラシより。上の文字「選佛場」=禅院額字、中国南宋時代/下=「伊勢集」より、平安時代)

「パソコンの普及によって、文字は書くものから打つものへと変わりつつある中、書の世界は、いま静かなブームを迎えています」(美術館ホームページより)。

「
古来わが国では、漢字と仮名の両方を用いながら、独自の世界観を形成してきました。漢詩文や和歌など貴族社会の文芸を中心に発展してきた中、江戸期には町衆や庶民層に至るまで、文字を書くことが浸透してゆきました。今なお、わたしたちは日々の暮らしの中で文字に親しみ、書くこと、綴ることによって、自らの意志をどのように表現し、伝えようかと工夫しつづけています」。漢字と仮名、これが宝ですね。両方あるから、いいんです。


私はやはり仮名が入ったものが好き。藤原定家、西行、綺麗!空海、巧い!本阿弥光悦、平櫛田中、棟方志功、芸術家の文字は味があるな〜!プラス、アラビア文字のカリグラフィーや「銘文付粘土釘」(イラク、前20世紀)、「白地多彩文字文鉢」(中央アジア、10世紀)など、私好みの世界も展開されていました。

展示されているカリグラフィーを見ながら、日本とアラブ世界って近いのでは?と思っていました。書道を愛好する心性、文字を美しくすることにかける思い。彫刻など立体的なものにはあまり行かずに、植物模様や文字に精魂を傾けているような気がします。文字がおもしろい写真を、少し選んでみました

古代アラム文字は、BC600-AD600年頃、中東の国際語だった古代アラム語の文字。今でもアラム語を話すマルーラ村(ヨルダン)。美しくのどかな村の中に、世界で最も古い教会のひとつ、聖サルキス教会があります。古代を思わせる風景・・古い言葉が残るのもわかるような気がしました。

e0063212_003354.jpg


イランのチョガ・ザンビール(BC1250年頃)。楔形文字の粘土板を発見して、土族、大喜びしました。

e0063212_013681.jpg


看板。モロッコの街角で。アラビア文字がかわいい。モロッコって、全体にお洒落系。最近は、サンダルやタジン鍋が日本でも人気あるみたいです。

e0063212_02162.jpg


カリグラフィー。イスラムの華。各地の建造物を高雅に彩ります。イスラムの幾何学嗜好が書道にも息づいているような感じがします。

e0063212_022738.jpg
モロッコの建造物のカリグラフィーのデザイン。(上)=BAB AGNAOU、マラケシュ、11世紀、クーフィー体のカリグラフィーの模写/(中)=UDAYAの門、ラバト、12世紀/(下)=CHELLAH /いずれも同じ文章。意味は「I RELY ON GOD」/『TRADITIONAL ISLAMIC CRAFT IN MOROCCAN ARCHITECTURE』より引用)


* ************* ************
◆ 日本からガザへ ◆
●外務省1月23日付け「ガザ地区に対する人道支援
(ファクト・シート)」より。「2008年12月19日のガザ地区での停戦終了に始まった一連の事態は、1月18日までにイスラエル・パレスチナ武装勢力双方がそれぞれ停戦を表明し、平穏を取り戻したが、パレスチナ人1314名が死亡、5300名以上が負傷する1967年戦争以来の惨事となった」。

●「一連の事態」(空爆、侵攻ではなく事態?)、「双方それぞれ停戦を表明し」(双方って五分五分的なイメージ狙い?)、などの表現は、アメリカの同盟国・日本の文書としては仕方のないものかもしれません。けれども「1967年戦争以来の惨事」という現実が伝えるものが大きいのかもしれません。

●「ガザ地区に対する人道支援として」、日本政府は総額1000万ドルの緊急無償資金協力や、国際機関を通じた食料援助、物資協力などを決定。「今後も中立の立場を守りつつ、一般市民の救済や平和構築への支援を行っていきたいと思います」(JICA)

JICAは「パレスチナ自治区ガザの病院へ医療機材を供与」しています。「JICAはこれまでもシーファー病院(ガザ地区最大の病院)に対して医療機材の供与や医療従事者への研修を行っており、そのフォローアップとして、同病院に血液遠心分離機を供与することを、今般の紛争以前から予定していました。

そしてこのたび、(略)激しい戦火の中、人道的配慮から行われた3時間程度の休戦時間を利用して、血液遠心分離機1台と関連資材の血小板分離キット70セットを納入することに成功しました」とのことです。記事はこちら

●このような救援物資を輸送する船もイスラエル海軍によって阻止されています。 == 「イスラエル海軍は、(2月)5日、ガザ地区へ救援物資を運ぼうとした “ブラザーフッド号”をガザ沖で拿捕、アシュドッド港へ強制着岸させ、乗員や船客のジャーナリストら20人を拘束、尋問した」  「この船は、「ガザ封鎖に反対するパレスチナ国民委員会」が「自由ガザ運動」(本部=アメリカ)の協力で仕立てたもので、トーゴ船籍の貨物船。キプロスからレバノンのトリポリ経由でガザに向かい、4日、イスラエル艦艇に阻止された。“ブラザーフッド”には、ギリシア・カトリックの聖職者モンシニョール・ヒラリオン師らが乗り組み、医薬品、食糧、衣類、子供のおもちゃのほか1万袋の血漿、計約60トンの救援物資を積み込んでいた」  「救援船に乗っていたアル・ジャジーラの記者によると、海軍はまず同船に発砲して横付け、5人の兵士が乗り込んできて乗船者に銃をつきつけ殴打した。船主は、イスラエル兵が船の通信機器を壊し持ち去ったという。イスラエル軍は、上空に威嚇射撃しただけだとしている」  「レバノンのシンヨーラ首相は、『レバノンとガザで罪のない市民を殺した連中は、世界の目の前で、人道物資を運ぶ船を攻撃した。私は、最大級のことばでこの蛮行を非難する』と語った。ラバノンの国連代表カロライン・ジアーデ氏は、イスラエルがただちに船を返すよう、安保理が圧力をかけて欲しいと要請した」 (2/5 Reuters, 2/6 Al-Jazeera) 
by orientlibrary | 2009-02-11 00:15 | 美術/音楽/映画