イスラムアート紀行

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『チェチェンへ アレクサンドラの旅』との出会い

正直、チェチェンのこと、最近意識することがなくなっていました。チェチェンをテーマにした映画があると知っても、昨今の現実と合わせ、見た後で気持ちが沈んでしまうのでは、と避ける気持ちがありました。でも、主人公の横顔の写真には、何か惹きつけるものがありました。

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(映画チラシより引用)

久々の渋谷道元坂・ユーロスペース、『チェチェンへ アレクサンドラの旅』との出会い。重く、静かな、でも温度のある、不思議な気持ちが残りました。この思いは、低周波でも長く続くだろうという予感がします。思えば、私がチェチェンに関心を持ったきっかけも、映画(『コーカサスの虜』)でした。

映画のあらすじや内容などを詳細に書くのは、これから見る人に失礼ですね。といっても、じつは書こうにもあらすじというものもないのです。80歳のアレクサンドラが軍人である孫のデニスに会うために、はるばると前線にある駐屯地にやってきたという、それだけの話なのですから。

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(映画チラシより引用)

その地はチェチェンとも明言されず、アレクサンドラがどんな女性なのかの紹介もありません。巨きな体に不釣り合いな小さな足、歩きにくそうな靴を履き、質素なワンピースに身をつつんだ老女が大きな鞄を引きずって汽車に乗り込むシーンから、少し軽くなった鞄を持ちまた汽車に乗って帰路につくシーンまで。

駐屯地とその近くのバザールでの数日間の出来事。デニスとの会話、バザールでのチェチェン人女性たちとの出会い、若いロシア兵とのふれあい、などが淡々と、しかし深々と描かれます。

全編を通して、色といえば乾いた土埃の色だけ、音は金属がきしむような重暗い音だけ。すべては荒涼としています。美しいものは何も出てきません。でも見た後、心が荒むか、落ち込むかというと、そうでもありませんでした。むしろ逆でした。荒涼を浄化していくような何かを感じたのです。

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(映画チラシより引用)

それは、主人公のアレクサンドラの、そしてアレクサンドラを演じたロシアの有名なオペラ歌手であるガリーナ・ヴィシネフスカヤの、凛とした大地のような包容力からくるものかもしれません。それを感じられたことは、映画を見た大きな幸せでした。

パンフレットからの文章を抜粋してつないでいくことで、紹介に代えたいと思います。

 ガリーナ・ヴィシネフスカヤへのインタビューから  「ソクーロフ監督はチェチェンに関するこのような映画を今作ることは大切だと言いました。戦闘シーンがなく、爆弾や砲撃を撮らず、私たち自身の力で戦争を理解しようとする作品を作ることが大切だと。(略)ストレートな映画ではなく、説教じみたところはありませんでした。ただ現実を描き、本物の人生を映像に残しただけなのです」

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(映画パンフレットより引用)

 アレクサンドル・ソクーロフ監督  「戦争のない戦争映画を撮りたいと思っていました。戦争に美学はないと確信するからです。大陸では各民族が個別に独立して平和に暮らすことは、地政学上、大変困難で、しかもこのような政治的状況がずっと続いているのです。(略)ロシアではチェチェンを理想化しすぎているという批判もありました。私は人びとの否定面をあえて探しませんでした。そうでない面を見たいのです。それが芸術だと考えるからです」

 西周成さん  「カフカスの地が19世紀前半以来、優れたロシア人芸術家達の想像力を刺激してきたことも、忘れてはなるまい。ロシアの一般市民が生涯に一度もカフカスを舞台とする彼らの作品に触れないということはあるまい。ヒロインがチェチェン人の老婆と交わす会話に、お互いの民族性を理解しあっているかの如き、哲学的とさえ言える賢明さが感じられるのは、偶然ではない」

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(何かチェチェンの工芸品の写真をと思いましたが見当たらないので、コーカサスの国・タゲスタンの皿棚・19世紀を/『シルクロードのかざり 中央アジアとコーカサスの美術』図録より引用)

 池田香代子さん  「それにしても、あたり一面の荒涼ぶりはどうだ。それを見回すアレクサンドラのため息、つぶやき、眉間の皺。(略)これは戦場にいるしかない人びとの日常をなぞる、希有な戦争映画だ。その人びととは、彼女の孫のような職業軍人であり、幼顔の兵士であり、とりわけふるさとの町を外国軍に破壊された市民だ。ロシア人に敵愾心をむき出しにしながら彼ら相手に商売するしかない市場の若者たちの、暗いまなざし」

 廣瀬陽子さん  「現実のチェチェン戦争の悲惨さは筆舌に尽くしがたい。(略)チェチェンは二度の紛争でこれまでに20万人近くの死者を出したと言われ、人権侵害の問題も大変深刻だ。(略)カフカスの人びとは“家財を売り払ってでもお客を歓待しろ”という文化を今でも守り続けている。実際のチェチェン戦争でも、ただでさえ食べ物もない紛争中にチェチェン人の家で何日もかくまってもらって、命を救われ、“ロシア兵の仲間よりチェチェン人の方がよほど温かかった”と兵士をやめたロシア兵が数多くいる」

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(コーカサスの国・タゲスタンの小麦粉量り・19世紀〜20世紀/『シルクロードのかざり 中央アジアとコーカサスの美術』図録より引用)

 林克明さん  「アレクサンドラが見ず知らずのチェチェン女性と出会い、すぐに自宅に招かれる。敵対しているはずのロシア人とチェチェン女性が瞬時に溶け合うような設定を絵空事と思う人もいるかもしれない。しかしこれは現実に起きていることである。(略)戦争が始まった頃、ロシア兵の母親たちはチェチェンへ押し寄せ、行方不明の息子を探していた。チェチェンの人々は彼女たちに食糧や宿を提供し、車を提供し協力を惜しまなかった。いま目の前で自分たちの町や村を破壊し、家族や友人を殺し拷問しているロシア兵の母親たちを助けていたのである」

蓮見重彦さんが、「(チェチェンの青年に伴われ)、彼女がゆっくりとした足どりで駐屯地へ戻る雑草の生い茂る砂利道のシークエンスが素晴らしい」と書いている場面、私も強く印象に残っています。行けるとしたらメッカとペテルブルグに行ってみたいと言う青年が、暗い瞳で放った一言(ここでは書きません)に、胸がつまりました。

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(映画パンフレットより引用)

そして、映画初出演というガリーナ・ヴィシネフスカヤのあふれ出すような存在感が圧倒的でした。低い声でつぶやくように語る短い台詞は、どれもあまりに率直でとまどうのですが、いつしか引き込まれていきます。声の表現力のせいもあるでしょう。また出演者は、ガリーナと数名をのぞいて、ほぼ全員が素人だということです。

 「『チェチェンへ アレクサンドラの旅』 宣伝日記」というブログ(同じexciteでした)に、ジャーナリスト・常岡浩介さんのトークライブの内容が紹介されていました。常岡さんはチェチェンゲリラの部隊に従軍した経験があるそうです。臨場感のあるる内容。チェチェン人の精神的強さの話には感心しました。

 (久々にチェチェンの記事/朝日新聞090114朝刊)
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 記事より:「戦争で徹底的に破壊された首都グロズヌイは生まれ変わっていた。中心部には昨年10月、欧州最大級のモスク「チェチェンの心」が完成し、その前の道路は「プーチン大通り」と改称されていた」

 インタビュー記事=独立派を封じ込め、強権で安定をもたらしたカドイロフ大統領=より:「チェチェンは100%イスラム教の共和国だ。全員がイスラム教を固く信じ、共和国や連邦の憲法を侵さないように万全を尽くす、共和国を建設し、精神的に復活させる。それが重要だ」

 解説より:「18世紀に南下したロシア帝国に激しく抵抗後、1850年に併合された。独ソ戦で独側に協力したとして住民が中央アジアに追放され、共和国が消滅したときもある。ソ連末期の91年11月に独立を宣言。面積は日本の四国ほどだが、石油を産出し、パイプラインが通る要衝で、新生ロシアのエリツイン政権が分離独立の阻止に動いた。人口は100万人」「(第1次、第2次の)チェチェン戦争で、独立は封じ込まれ、産業は崩壊。ロシア軍の残虐行為も指摘された。全体の死者は16万人ともされる」
by orientlibrary | 2009-01-15 23:33 | 社会/文化/人