イスラムアート紀行

orientlib.exblog.jp

ウズベキスタン陶器〜古いもの、ソ連時代、そして現在

●タイルが縁で知り合ったウズベキスタンの陶芸家A氏に導かれてウズの陶芸産地を見て回ったのが数年前。それまで、ティムール朝をはじめとした装飾タイルの美に心酔していたものの、「中央アジアの陶芸」という視点はスコンと抜けていました。各地に個性的な陶芸産地があるとは、まったく知らなかったのです。

e0063212_21362963.jpg
(青い古陶器@ウズベキスタン歴史博物館。いいですね〜!うっとりですね〜☆)

●なかでも個人的に好きになったのは、中世より「青の通(つう)ならばリシタンへ行け」と言われたというフェルガナ盆地の陶芸産地リシタンの焼きものでした。

e0063212_21371315.jpg
(リシタンの現代作品。やや古いもの。やさしい青、連続文様が楽しい)

●もともとが工芸の門外漢。陶器なども、いまだに歴史や用語も知らないままです。個人的な感性レベルで見ているにすぎません。そんな私が、気になったのが、ウズベキスタン歴史博物館で見た現代の陶芸コーナー

●前々回ご紹介したビビハヌム・モスクの模型に圧倒され、古いタイルに見惚れ、ソ連時代の写真コーナーで綿花栽培の様子や壊れた建造物に複雑な気持ちになったあと、発見したのが現代の陶芸コーナー。「ん?!・・・」と思いました。なんだか薄い、、、

e0063212_21374598.jpg

e0063212_2138939.jpg

e0063212_21383136.jpg

e0063212_2138538.jpg


●いずれも1970年代の作品のようです。う〜ん、、おとなしい感じ、、。イキイキした何かが伝わってきません。一本筋が通っていないような気配というか、、現代的?それとも?

●コーナーには、MUKHITDIN RAKHIMOV氏と思われる写真がありました。(注:上の写真4点はハキモフ氏のものではないものが多いのではと思います。確認できませんが、、一番下は氏のもの??)。ハキモフ氏について、『THE BLUE CERAMICS OF UZUBEKISUTAN』 (RASUTAM MIRZOEV/TRAVEL CENTER COM WEBSITE)には、こう書かれています。

●「MUKHITDIN RAKHIMOVは彼の生涯を陶芸研究に捧げました。彼はクシャン朝とティムール期を再現する様式の多くの優れた作品を製作しました。彼の器や壷には、平和と繁栄の象徴である鳥が楽園を飛ぶ絵が描かれました。また、アラビア文字の銘文と組み合わせられた複雑な幾何学模様の装飾、繁栄と幸福を象徴する太古の昔の美しい魚も描かれました」

●「このたぐいまれな人物は、代々続く陶工の4代目で、陶芸の技術者であり科学者であり研究者であり、注目に値する生涯を送った人です。彼は国の研究機関で科学スタッフとしてファインアート研究に40年以上従事しました。古い陶芸術の中心地への数え切れないほどの考古学的発掘を通して、彼はサマルカンドやブハラ、タシケント、フェルガナなどで、伝統的な陶芸の技術を学びました」

●ウズベキスタン陶芸を代表する著名なハキモフさんも活躍したこの時代。でも、なんだか中央アジアの元気が伝わってこなかった。ソ連時代というのは、伝統工芸にとっては「失われた時代」なのでしょうか。美術品としての善し悪しではなく、陶器が時代を語っているような気がしてなりません。

●「中央アジア美術の至宝」(アクバル・ハキモフ/ウズベキスタン芸術研究所所長/『偉大なるシルクロードの遺産展図録』)にも、「(フェルガナ、ブハラ・サマルカンド、ホラズムなどの)流派はその伝統を20世紀まで残したが、その後、職人の数が激減し、秘伝の多くが失われた」と書かれています。1991年の独立までは、研究が進んだ側面があったものの、陶器そのものの生命力は弱かったのかな、などと推測しています。

e0063212_213954100.jpg
(リシタン現代の作品。力がありのびのびしています)

●リシタンでも、他の産地と同様にソ連時代には大量生産の陶器を作るために工場に動員されたと聞きました。しかし、地下で伝統を守り抜き、いち早く復興したといいます。

●ウズベキスタンだけでなく中央アジアの土産物店にはリシタン陶器が、所狭しと並びます。市場の活気と作品としての魅力が両立し、伝統工芸が今に生き、暮らしを支えていくといいなと思うウズベキスタン好きの私です。

e0063212_21404880.jpg
(ブハラのレストランで。装飾に使われているこういうものも、いいじゃないですか!?たぶんリシタン)
by orientlibrary | 2008-08-01 21:49 | ウズベキスタンのタイルと陶芸