イスラムアート紀行

orientlib.exblog.jp

日本のタイル史から見えてきた「本来の感性」

「横山大観」展(国立新美術館)を見ました。明治・大正・昭和に渡る画業の長さに加え、エネルギッシュに描き続けた人らしく、まずは作品の量に圧倒されました。全長27メートルという巻物や屏風などの大作も数多くあるのですから、もうすごいです。装飾的で豪奢な濃彩から余白の多い水墨画まで、日本ならではと思える美意識と、美しかったであろう当時の日本の自然美を堪能しました。

e0063212_041552.jpg
(横山大観展チラシより引用)

◆ 6世紀頃の「墫」が先駆け ◆

日本のきれいなもの、やはり好きです。布も建築も庭も絵や彫刻も。そしてもちろん陶芸も!けれども私の最愛の装飾タイルについては、日本での歴史は長くありません。本格的に普及し始めたのは明治時代です。

さらに歴史をさかのぼれば、日本でのタイルの先駆は6世紀に百済から渡来したた墫(せん/中国での煉瓦の呼び名)と言われています。墫は、敷瓦や腰瓦として寺院の床や壁に張られました。鎌倉・桃山時代頃から次第に施釉され、今でいう陶板の感じに。野趣に富んだ陶板は、やがて茶道具に見立てられ、珍重されます。

e0063212_0413484.jpg
(柿右衛門手丸文龍磁器陶板(1677年建立の西本願寺内・腰瓦)/『ディテールがつくる風景』(INAXBOOKLET)より引用)

けれども木造建築が主流の日本では、タイルが建築装飾として活用されるのは明治期を待つことになります。明治になって西洋館が各地に建てられ、タイルは床や暖炉回りの装飾に使われました。また、フランク・ロイド・ライトの作として知られる帝国ホテル旧本館は、焼き物による建築素材によって全面が覆われ、使われたタイルやテラコッタ、れんがの数は400万個にもなるそうです。

e0063212_0425379.jpg
(旧帝国ホテル本館/『水と風と光のタイル F・L・ライトが作った土のデザイン』(INAXミュージアムブック)より引用)

ユニークな焼き物の使用例としては、「染付古便器(白化粧地にコバルトで彩色)」があります。1891年の濃尾大震災直後から突如として大量に作られるようになり、一世を風靡しました。便器にここまで凝るとは、、もう美術品ですよね。日本のトイレ空間はこの頃から突出してたんでしょうか。

e0063212_0421678.jpg
(便所を青と白で華やかに飾った染付古便器/チラシより引用)


◆ 日本でのタイルヒストリー、明治期から ◆

このあたりの動き、「明治維新ちょっと前からのタイル関連の出来事」を「世界のタイル博物館」のサイト、『ディテールがつくる風景 タイル・れんが・テラコッタ紀行』(INAXBOOKLET)などを参考しながら、年表風にまとめてみました。水色で記したものは海外の動きです。

1841 イギリスでミントン社が粉体圧縮法による象嵌タイル使用
1841 スペインのセヴィリア郊外にタイル工場、大量のタイルが市場に送られる
1857〜61 長崎製鉄所建設、建築用煉瓦を焼成。煉瓦国産化
1866 ウォートルス、大阪造幣寮用に大阪で耐火、普通煉瓦焼成
1863 イギリスで粉体圧縮法による色タイル焼成成功
1872 銀座煉瓦街建設開始
1879頃〜 大正時代、本業タイル(絵瀬戸)生産
1896 日本煉瓦製造設立
1888 バルセロナ万博に数多くの陶器出品、ガウディによる多数の建築物 
1891〜 瀬戸の染付古便器が一世を風靡
1900年代前半 スペインのタイルのラテンアメリカ市場への大量輸出
1908 不二見焼合資会社、国産の粉末乾式圧縮法によるタイルを製造
1915頃 煉瓦工からタイル貼り工への転向者が現れる
1918 越山製陶所などでマジョリカ焼生産開始(「マジョリカ」はスペインのマジョリカ島経由で輸出された多彩色陶器。その後イギリスのミントン社が商品名とした)
1920頃 テラコッタ国内製造開始
1922 「タイル」の呼称統一
1923 帝国ホテル竣工(影響を受けて外装タイルの建築が流行)
1923 関東大震災により煉瓦建築多く倒壊
その後、復興需要で鉄筋コンクリートのビルや文化住宅が建つ。そのトイレ、風呂、台所などの水回りにタイルが使われ白色無地タイル需要増大。衛生概念高まり生活改善運動の一端を担う。

e0063212_0563067.jpg
(東京国立博物館本館ロビーの壁面装飾モザイクタイル。このタイルの年代はわかりませんが、同博物館の表慶館ホール床に明治期の大理石モザイクがあります/orientlibrary)

◆ タイル好きの「3大哀感」とは、、! ◆

上の年表、じつはタイルスタディのために紀元前7000年頃からのものを作りました。地域別に色を変えて記入してみました。そして、あらためて感じました。古代から中世までの中近東と中国の文化の華やぎを、その後の近代ヨーロッパによる世界の席巻を。工芸も産業化していきます。タイルやレンガというマニアックな歴史でも、それは明らかでした。

e0063212_10194269.jpg
(『CONFORT』2005.8号表紙より引用/現代の日本のタイルは多彩な色や施工性などから店舗や住宅などの装飾に活用されています。世界的にも評価が高いようです)

中世イスラム世界のタイル装飾の豊穣は、19世紀以降のタイル史には登場せず、脱亜入欧をめざした当時の日本では(そしてその後も)紹介されませんでした。それが下記(↓)に結びついているようです。

私の日本でのタイル3大哀感
<1:日本でのタイルのイメージは「風呂・トイレ」>
<2:タイルに親近感のある人でもデルフトとマジョルカが主>
<3:日本の美意識とは合わない(と思う)ヴィクトリアンタイルの使用>
今しみじみ実感しています。これらはすべて明治以降に形成されたイメージや感性だと。

そして思います。本来の日本の感性は、自然と呼応し粋な装飾のセンスを持つ西アジア〜中央ユーラシアの土の文化と親和性があると。古代メソポタミア、中世イスラム世界の装飾タイルの素晴らしさ、彼の地の陶芸の魅力、きっとこれからだ!と思います。ですよね!?


** ブログ内関連記事 **
  ヴィクトリアンタイル〜イスラム〜日本」、、疑問です@旧岩崎邸
 洋館のヴィクトリアンタイルから もういちどムガルへ
by orientlibrary | 2008-02-21 00:58 | 日本のタイル、やきもの