イスラムアート紀行

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ブラナからデリーまで。ミナレットを巡る旅

●前々回、現在のカザフスタンにある「アイシャ・ビビ廟」(12世紀)について書きました。カラ・ハーン朝特有の浮彫が施されたテラコッタがレースのように軽やかで、女性的なやさしい感じのする廟です。

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(アイシャ・ビビ廟・12世紀、テラコッタ装飾)


◆◆ブラナのミナレット◆◆
10〜13世紀に栄えたカラ・ハーン朝は、一時はカシュガルからブハラあたりまでの広大な地域を治め、その繁栄により交易や工芸、建築、町作りが盛んにおこなわれました。「バラサグン」は当時の首都のひとつと言われており、そのなかのブラナ地区には、現在「ブラナのミナレット」と呼ばれている塔が建てられました。塔は草原にどっしりとした建っており、こちらは男性的な力強い感じがします。

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(ブラナのミナレット・11世紀)

●「ブラナのミナレット」の建造は11世紀。タイル(〜煉瓦)好きの私にとって、この前後、9世紀頃から13、14世紀にかけては、もっともドキドキする興味のつきない時代です。

●11世紀には浮き彫りや、文様積み一度焼成したレンガを切り刻んで並べるなど、煉瓦で多様な表現がされるようになりました。色はまだありませんが、だからこそ壁面を彩るべく工夫された積み方や簡素な幾何学文様などに、当時の人びとの熱い美への思いを感じるのです。

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(ブラナのミナレット、焼成煉瓦の装飾)

●「ブラナのミナレット」は、現在は高さが24.6メートルですが、オリジナルは40メートルだったと言われています。カラ・ハーン朝の先進的な建築技術を駆使して作られた、中央アジアで最も早い時期の塔建築です。祈りを呼びかけるため、また町の見張り塔として使われました。

●地震で崩壊したため、現在の塔は修復再建されたものです。また、当時はモスクやマドラサもあったのですが、現在残っているのはミナレットだけです。


◆◆ウズゲンのミナレット◆◆
●そして、このブラナからしばらく後、12世紀に建造されたと言われているのが、「ウズゲンのミナレット」です。私がキルギスの国立博物館で写真を見て、ものすごく惹かれたウズゲンのイスラム建築=廟とミナレット。フェルガナ盆地の山あいにあるウズゲンは、その狭隘な地形からカラ・ハーン朝の重要な地のひとつでした。

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(ウズゲンのミナレット・12世紀、復元模型/キルギス国立博物館)

●今回は、ブラナのミナレットからの流れを見るために、ミナレットに絞って見ていきたいと思います。『MONUMENTS OF CENTRAL ASIA ~ a guide to the archaeology,art and architecture of turkestan ~ 』(EDGER KNOBLOCH/IB TAURIS)によると、「基礎の直径は30フィート、高さは約65フィート」となっています。

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(ウズゲンのミナレット、写真を撮影/キルギス国立博物館)

●注目は、「幾何学的な装飾は小さいものから大きいものまで、連続した煉瓦でできている」「これはカラ・ハーン朝に作られたブハラとヴァブケント(VABKENT)のミナレットのモデルとなったと考えられる」という記述。


◆◆カラーン・ミナール◆◆
●ブハラのミナレットといえば、、あの「カラーン・ミナール」!!ブハラのシンボルである1121年建造のミナレットですよね!あのモデルが、フェルガナの山中のミナレットだったとは、、。

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(カラーン・ミナール・1121年/『SAMARUKANDO,BUKHARA,KHIVA』より引用)

●「カラーン・ミナール」は、基部の直径29メートル、高さ45.6メートル。地中に埋め込まれた石造の基礎に八角形の台座を載せ、その上に円筒状に煉瓦を積み重ねて作られています。壁面は多様な幾何学模様が施され、一部ですが青い釉薬がかかった煉瓦があり、アクセントになっています。

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(カラーン・ミナール細部/『SAMARUKANDO,BUKHARA,KHIVA』より引用)


◆◆ジャームのミナレット◆◆
●このようなミナレットは、現在のアフガニスタンに建国されたゴール朝でも建てられます。アフガニスタン初の世界遺産になった「ジャームのミナレット」(1179年)。山岳地帯の谷間にそびえる高さ約60mの塔。壁面に刻まれているのは、クルアーン第一章の全文。さらに輝くような蒼いタイルの装飾があり、私の憧れです。

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(ジャームのミナレット・1179年/『COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』より引用)


◆◆クトゥブ・ミナール◆◆
●この「ジャームのミナレット」を手本に建てられたのが、インド・デリーの観光で必ず訪れる「クトゥブ・ミナール」。ゴール朝君主の臣下であり宮廷奴隷であったクトゥブッディーン・アイバクが建国した奴隷王朝(デリー・スルタン朝最初の王朝)のものです。

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(左奥の塔がクトゥブ・ミナール・1199年建造開始)

●1199年建造開始。基部の直径約15メートル、高さ72.5メートル。5層のメリハリある構成や砂岩の赤のグラデーションが遠目にも近くでも美しい。また、ジャームのミナレットと同じように、クルアーンの章句が刻まれています。その繊細な美しさは、インドの石造技術の高さを見せつけます。

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(クトゥブ・ミナール、細部)


◆◆ミナレットを巡る小さな旅から◆◆
●ミナレットを軸に、現在の国でいえば、キルギスからウズベキスタン、アフガニスタン、インド。王朝では、カラ・ハーン朝、ゴール朝、奴隷王朝(デリー・スルタン朝)を、巡ってきました。有名な美しい建造物も、突然そこにできたのではなく、政治や経済や美意識の移り変わりの中にあり、共通する基本と各地や各時代の個性がある、、それを今回、あらためて感じました。
by orientlibrary | 2007-08-19 00:17 | タイルのデザインと技法