イスラムアート紀行

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アラスカ、東シベリア、キルギス、日本〜生命の風

アラスカからアジアへ

「大地はそれが育むあらゆる生命とその霊を共有していることを忘れないで欲しい。我々の祖父たちの最初の息を与えた風はまた彼の最期の息を受け取る〜シアトルの酋長〜」(『森と氷河と鯨』・星野道夫・世界文化社)。

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(極東シベリア・ナナイの村にて。ロシア化も進み、少女たちの顔立ちはさまざま)

一枚の写真が持つ世界の大きさに、圧倒されるときがあります。写真の世界、まったく詳しくない私ですが、写真集や展覧会など、ときどき見ます。そんななかでとくに、心の奥の方に何かが届き、影響を受けた二人の写真家がいます。

一人はシルクロードの写真で有名な並河萬里さん。装飾タイルにも詳しい並河さんの写真を通して、中央ユーラシアという地は私のなかに強く印象づけられました。

もう一人は、アラスカの写真で名高い星野道夫さん。星野さんは写真はもちろんですが、骨太でありつつ透明な、リアルでありつつ詩的な、端正でありつつ温かい文章がとても好きです。『旅をする木』(文春文庫)は、旅行のとき飛行機で読む一冊です。日本語を学ぶ現地ガイドさんにあげることがあるので、もう何冊かめになっています。

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(極東シベリア・ナナイの村の女性と住まい)

先日、久しぶりに星野さんの世界に浸りたくなり、『森と氷河と鯨』を手に取りました。このエッセイの連載をおこなうなかで、星野さんはアラスカを北上し、さらにアジアに渡りました。

「もともと彼には遡行的な性格がある。アラスカに渡ってからの長い年月をかけてインディアンやエスキモーのことを聞いてまわっているうちに、彼らが遠い昔にアジアに住んでいた民であって、今はベーリング海峡になっている海がまだ陸地だった頃にアメリカ大陸に渡ってきたという話に強く引きつけられた」。(『森と氷河と鯨』、池澤夏樹氏による後書きより)

星野さんはシベリアに渡り、トナカイ遊牧民などの取材をおこないます。そして、他の仕事の取材もあって訪れたカムチャッカが、星野さんの最期の地となりました。もう星野さんの新たなテーマの著作や写真を、目にすることはできません。

ずいぶん昔、帰国していた星野さんを、仕事の関係でご自宅に訪ね、お話を聞いたことがあります。とても穏やかで、にこにことして、飾ることなく率直に話してくださる方でした。真摯であたたかく、年齢性別国籍などすべてを超えて愛される人だと思いました。

東シベリアとキルギス

星野さんが遡行するようにして訪れた東シベリア、私も1995年に極東シベリアの少数民族と交流しているNPO主催のツアーに参加して、村を訪ねたことがあります。このシベリア行きは、私のもっとも印象に残る旅となってきます。

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(極東シベリア・ウデゲの猟師さん。黒澤明が描いた「デルス・ウザーラ」=ウデゲの猟師の世界を思い出して、感慨!)

ナナイ、ウデゲといった少数民族は、アイヌと生活文化に共通項があり、容姿は日本人にそっくりです。極東シベリアの夏は、花が咲き乱れて最高に美しく、空気も水も澄んでいました。

今年の5月、キルギスに行ったとき、なにか既視感を感じました。思い返せば、それはこのシベリアでした。光景や人に共通する何かを感じたのです。

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(極東シベリア・ウデゲの漁師たち)

キルギスから日本へ?

このNPO(ユーラシアンクラブ)のニュースレターをネットで見ていたら、興味深い記事がありました。現在、キルギスの首都ビシュケクに住む栗本慎一郎氏(元明治大学教授)の『シルクロードの経済人類学 日本とキルギスを繋ぐ文化の謎』という著書を紹介したものです。

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(キルギスの家族)

その本の中には、次の口承を紹介したくだりがあるそうです。「昔、キルギス人と日本人は一緒に住んでいたが、どうしても羊の肉が口に合わない集団が出来た。それが日本人の祖先となって、彼らは海と魚を求めて東へ去って行った。そして帰ってこなかった」。

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(キルギスの青年)

キルギスは、世界のどこの国よりも日本人の顔に似ているとも言われます。日本人の先祖、ホントに魚好きが高じてユーラシアから渡って来たのかもしれませんね!
by orientlibrary | 2007-08-03 18:34 | 中央アジア5カ国