イスラムアート紀行

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サファヴィー建築とムガル建築のお母さん!?・・・ヤサヴィー廟

「イランのサファヴィー朝建築もインドのムガル朝建築も、ティムール朝建築を手本とした。15世紀の中央アジアに花開いたティムール朝の建築は、土の文化のイスラーム的集大成であった。ヤサヴィー廟は両者の母ともいえる存在なのである」(『世界のイスラーム建築』/深見奈緒子さん)。

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カザフスタンの平原に、今もずっしりとした姿を残す「アフマド・ヤサヴィー廟」(1397-99/初期建造は1374)。洗練の極致サファヴィー朝と優美この上ないムガル朝の「母」、、イスラム建築やタイルの専門家・深見さんにそう表現されて、ヤサヴィー廟もと喜んでいるでしょう。私も自分のことのようにうれしいです♪

一番上の写真は、南西側から見たヤサヴィー廟。北側の壁面には「同時代のタイル装飾の規範となる」(深見さん)ような美しいタイル装飾が施されているのですが、南側は煉瓦(装飾ではなく構造としての)のまま。建築の足場となる木も差し込まれており、作りかけのまま時がとまった、という感じがします。

遠目にも目立つのは、青く輝くふたつのドーム。北側にあるリブ(畝のある)ドームの下の部屋にヤサヴィーのお墓があります。巨大な青のドームがふたつ並んでそびえている様(前回の記事、一番上の写真)は、ティムール朝らしい力強さを感じます。

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(パンフレットより)

写真は、大広間の奥の壁面にあるタイル装飾。重量感のあるメダリオンの形が魅力的です。キリル文字満載のパンフレットの写真なので、説明がわからないのですが、たぶん回りの水色の六角形のタイルは修復後のものだと思います。オリジナルらしきメダリオンタイルの写真も、黒の縁取りがかなりかけています。きれいに修復されているように思います。

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(パンフレットより。1907年)

上写真=1907年というクレジットが入っています。南側から見ていますが、このあたりは今と変わりませんね。でも周囲の様子も含めると、崩れかけた遺跡という感じ。ここにある城壁らしきものが、復元して作られたという映画セットのような城壁のオリジナルなのだろうと想像します。

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アフマド・ヤサヴィー廟がなかったら、カザフに行く機会はなかったかもしれません。ティムール時代の建築遺構はほとんどが現在のウズベキスタンにあり、目的がなかったら国境を越えて行くのもけっこう大変です。でも、草原を走る赤い帯のようなケシの花も見られたし、バザールは楽しかったし、いい経験になりました。

カザフは天然資源豊富な国で経済的にも豊か。アルマトイなどは、「どこに旅行に来たんだっけ?」と思うような近代的な街。とにもかくにも、これからますます中央アジアで存在感を高めそうですよね。

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(パンフレットより。どちらかがナザルバエフ大統領でしょうか?世界遺産ですから、力も入りますよね。)
by orientlibrary | 2007-06-20 17:25 | ウズベキスタンのタイルと陶芸