イスラムアート紀行

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ノリコ学級、子どもたちがいつでも集まれる場所

●リシタンは土壁の家々、庭の花々、杏の木が印象的な、のどかな町でした。通訳のSちゃん(リシタン出身)と歩いていると、「こんにちは」と子どもたちが日本語であいさつしてくれます。リシタンは本当に日本や日本語に関わりの深い町だなあと実感しました。

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(リシタンの民家のリビングルーム。赤が基調)

●Sちゃんが通った「NORIKO学級」にもおじゃましました。こじんまりとして簡素だけれど、居心地の良い温かな空間であることは、すぐに伝わりました。そして、海外での日本語の授業というものを初めて見学しました。

e0063212_20564335.gif●そのとき赴任していらっしゃったW先生は日本語教育の専門家。私もすっかり授業に聞き入ってしまいました。生徒たちも熱心でハキハキしていて、何より表情が明るい。語学もこんなふうに楽しんで勉強できるんだということに、英語ひとつも大変な私は、ちょっとショックを受けました。

●前回ご紹介したアスロル君は、NORIKO学級の一期生。先日の歓迎会(前回記事)の翌日は、日本語教育関連書籍の出版社でスピーチを披露したそうですが、NORIKO学級を支援するリシタン・ジャパン・センター(以下RJC)のTさんは、「一度も来日せず、リシタンで6年間学んだだけの青年の日本語の素晴らしさに関心が集中しました」と、同会の通信に記しています。

e0063212_20555843.gif●アスロル君が優勝した弁論大会、エントリーしたのは中央アジアを代表する有名大学で日本語を学んでいる学生ばかり。その中でナンバー1になるというのは快挙といっていいでしょう。そしてアスロル君だけでなく、日本人かと思うほどのSちゃんをはじめ、NORIKO学級で学んだ(学んでいる)子どもたちは、私が知っているだけでも本当にレベルが高い。なぜ?その秘訣は?

●RJCのTさんはこう書きます。・・・「実は、 “これ!”と一つに絞りきって答えられないところに、その秘訣はあるのかもしれません。大崎さんご夫妻を皮切りに、ボランテイア講師、フェルガナ大学日本語講師、旅行やビジネスでの訪問者、日本から支え続けたサポーターほか、多くの関係者のご支援の賜物ですから」・・・

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(フェルガナ地方の伝統的なスザニ)

NORIKO学級は99年に大崎重勝さんご夫妻が、その私財を投じて創設されました。設立の経緯や取り組みについては、RJCのホームページをご覧頂くのがよいと思います。小さな種が育っていく、根を生やしていく。背中を押される思いがします。大崎重勝氏は05年にご逝去されました。遺言は次の言葉だったそうです。
・・・
NORIKO学級は、お金のない子供達が本を読み、勉強ができ、心の安らぐ場所である。
決して子供達からお金を集めてはいけない。
NORIKO学級は、大きくしなくてもいい。
綺麗に立派にしなくてもいい。
有名にしなくてもいい。
子供達がいつでも集まれる楽しい場所にしておいてほしい
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(リシタンの聖者廟。リシタンの陶板を使用している)

●・・・「子供たちは、羊・牛・にわとりなど、家畜の世話やキルギスの山から流れてくる小川で水汲みなどの手伝いを終えると、走って教室にやって来ます。
日本の教科書や絵本を見て喜んでいる子供たちの姿、皆が輪になって学び合っている姿、今や教室は、憩いの場、交流の場の会館にもなっているのです」・・・(リシタン側の代表であるガニシェル氏)

●驚くような日本語レベルの高さは、子どもたちの素直な好奇心、日本に行きたいという目的意識の強さのゆえでしょう。これまでにボランティアで教えた日本人は50数名。「関わると抜けられなくなる何かがある」というのは共通する感覚かもしれません。

●アスロル君の優勝により、NORIKO学級の名前は中央アジアで知られるようになりました。でも、これからも「無理せず等身大で」(RJC)。「等身大」という創設者の初心は、今も具体的で強い指針であり続けているように思えます。
by orientlibrary | 2007-01-25 21:12 | ウズベキスタンのタイルと陶芸