イスラムアート紀行

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ラマダンの夜に聴く ペルシア音楽の超絶

音楽のことを文章で書くのはむつかしい。書くつもりはなかったのですが、あまりに演奏が素晴らしかったので、名前だけでも、と思い、番外編的に少し触れたいと思います。カイハン・カルホールとシアマック・アガエイ。いずれもまだ若いペルシア音楽の演奏者です。

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カルホールは、カマンチェというバイオリンの祖先にあたる楽器の奏者。NHKの新シルクロードの音楽を担当していたヨーヨー・マ&ザ・シルクロード・アンサンブルのメンバーです。

アガエイはピアノの祖先にあたるような楽器サントゥールの奏者。同じくマのアンサンブルに参加していました。この二人のアコースティック・デュオが圧巻!超絶!

こういう系統の音楽は、紹介や前ふりなどなく、いきなり始まります。そして1曲がひたすら長く、途中のおしゃべりもなし。いつ終わるともなく続きます。今回のデュオは、なんと演奏1曲だけ。しかも1時間超。奏者は、ときにはハリケーンのように激しく、ときには草原の草が揺れるように静かに、楽器を奏で続けます。観客はため息をつく間もなく、息を飲んだまま。気がついたら1時間以上も経っていた、、そんな濃密な陶酔の時間。

主役はカルホールさんですが、私が陶酔したのはアガエイさんのサントゥール。木琴のような鉄琴のようなハープのようなピアノのような、いや、そのどれでもない、驚くべき繊細な音と緻密な構成。そしてまるで絨毯を織るようにしなやかに動く指<。その音の世界は、流麗緻密なイスファハーンのモザイクタイル、繊細優美なペルシア絨毯、洗練されたミクロの世界・ペルシア細密画・・・それらを音にしたらこうなるのでは、という音でした。

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(「ABBASI FRIDAY MOSQUE」(『IRAN THE CRADLE OF CIVILIZATION』 より引用)

イランという国は、ただものではありません。こういう音楽(〜音楽家)は何百年で生まれるものではない、イランという国の何千年もの流れのなかのひとつの時間なのだろうと思わされます。

昨今の報道を見ていると、イランのイメージが危険なイスラム原理主義の国という方向に傾くのも無理からぬところがあります。でもこのような演奏を10分でも聴けば、印象は変わるのではないでしょうか。五感で受け止めるものは強いのです。今はたくさんの細分化したメディアがあるのですから、もう少しこういう音楽が紹介されてもいいように思います。

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今回の機会を作ってくれたのは、「ラマダンの夜」というコンサート@シアターコクーン(東京・渋谷)。

「売り上げ至上の音楽でも、芸術に閉じこもった音楽でもない。喜怒哀楽から生まれた人間の音楽を心ゆくまで楽しみたい。別の見方を確保するために、もうひとつの世界を夢見るために」という主催者のメッセージ。「オリエントの音楽を聴くこと、それは五感の解放と鋭敏な知性のアンサンブルだ」とも。

シアターコクーンはほぼ満員。カッワーリのファイズ・アリー・ファイズも、「アリー」の声が飛び、お札が舞い、大変な盛り上がりを見せていました。こういうマイナーともいえる音楽を聴く人たちが少なからずいて、しかも熱心であることに感心すると同時に、数十年にわたり着実にオリエントの音楽を提供してきた方々がいることに感謝しました。

私たちが慣れ親しんできた欧米の音楽とは異なる音の世界。いえ、音だけではなく、このブログのメインであるタイル、そして建築や映画、絵画、染織など、もしも機会がありましたら、そんな「もうひとつの世界」に浸ってみませんか。日本とは大きく異なる社会や風土でありながら、日本人の心性に、琴線に触れるものがきっとあると思います。ラマダンの夜に。

*音楽家の写真、パンフ等は、コンサート冊子より引用。

**コンサートの写真、ステージ上の絨緞をコーディネートしたTRIBEさんのブログで見られます。照明のかげんで本当に空飛ぶ絨緞の上のふたりに見えました。美しいコンサートでした。
by orientlibrary | 2006-10-04 00:41 | 至高の美イランのタイル