イスラムアート紀行

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手が記憶だけで描く。黒羊朝細密画師アリの物語

16世紀末イスタンブールの細密画(ミニアチュール)を巡る状況をミステリアスに描いた小説『わたしの名は紅(あか)』(オルハン・パムク)。オスマン朝スルタンの栄華の時代、イスラムの街の暮らしや美、とくに細密画や細密画師についての凝った描写が読み応えたっぷりの佳作です。

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細密画を見るときの印象も変わってきます。細密画ってすごい世界だなあ。濃い本で、まだまだ読めていないのですが、「盲目と記憶」という部分が細密画の核心を語っているようで惹かれました。タイル装飾の傑作・タブリーズのブルーモスクを作った王朝・黒羊(カラコユンル)朝の話であることも気になります。

これを引用してご紹介したいと思ったのですが、この本、文章がかなり読みづらい。原文を生かしたものなのでしょうけれど、、。そこで本文をベースにorientlibrary風に再訳(?)してみました。細密画は専門書等より引用。

【名人アリの物語】  
「ペルシアの詩人ジャーミの『悪意の贈り物』をトルコ語に訳したもののなかに、黒羊朝のジハン・シャーの写本工房にいた高名な細密画名人、タブリーズのシェイク・アリが、写本のヒュスレヴとシリンの壮麗な版に挿絵を描いたときの話があります」

「アリの描く写本の挿絵がまだ制作途中のうちに、ジハン・シャーにはその本がこの世で比較するものもないくらいに壮麗な本に仕上がることがわかりました。けれどもひとつ気になることがありました。それは、この名人アリがジハン・シャーの宿敵である白羊朝の若き支配者ハッサンのために、さらに良い本を作るかもしれないということでした」

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「ジハン・シャーは、この壮麗な写本を自分以外の誰も持つべきではないと考えました。そこで写本が完成したときにアリを殺すことに決めました。しかし心のやさしい後宮の美女が、盲目にするだけで十分ではないですかと説得したので、これを受け入れることにしました」

「恐ろしいシャーの考えは、アリの耳にも入りました。けれどもアリは、制作をやめることも、のろのろと描いて完成を送らせることもなく、またわざと下手に描いたりもせず、むしろ通常よりも熱心に働きました。早朝の礼拝の後、仕事を始めて、ろうそくの光で疲れた目から苦い涙があふれるまで、馬や糸杉や恋人たちや龍などを描きました」

「名人アリは、たいていの場合、ヘラトの昔の名人たちが描いたページを何日も眺めて、その絵を別の紙にまったくその通りに描きます。まったく同じ馬、糸杉、恋人たち、龍を。そして、ついに黒羊朝のジハン・シャーのために作成した写本が完成しました。シャーはまずほめました。次に金貨を浴びせました。そして先のとがった羽根飾り用の針でアリを盲にしました」

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「名人アリは、その痛みが癒えるのも待たずにヘラトを去りました。そして白羊朝の王様ハッサンのところに行ってこう言いました。『私は盲目です。しかし私は写本の美しさのすべてを、すべての線、すべての筆運びを記憶しています。見ないでも手がすべてを描くことができます。そして、あなた様にこの世でいちばん美しい写本を描くことができます。なぜならば、目がもうこの世の穢れに惑わされることがないのですから』」

「ハッサンはアリの言うことを信じました。そしてアリもまた言にたがわず、この世に比類なき傑作を描きました。ハッサンはその後、戦いでジハン・シャーを打ち破りました。アリの写本がハッサンに精神的な力を与えたことを皆知っていました」

当時の細密画師は盲目になることを最も恐れていたといいます。しかし盲目は、全生涯をその美しさに捧げた細密画師にアラーの神が賜る最後の幸せという考えも。これについては次回に。
by orientlibrary | 2006-09-21 01:39 | 中東/西アジア