イスラムアート紀行

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陰影の美から色彩の美へ イスラムの墓廟建築

イスラムの建築というと、モスクやマドラサ(神学校)などの宗教建築物、または宮殿が思い浮かびますが、タイルや壁面を見ていると気になるのが墓廟建築です。“タイル装飾の博物館”とも称されるサマルカンドの「シャーヒ・ズインダ墓廟群」、マイナーだけど個人的に好きなパキスタン・ウッチュの「ビービー・シャビンディ」、優雅なインド・イスラムの「タージ・マハル」等々、あげればきりがありません。

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(サーマーン廟)

『イスラーム美術』(岩波書店)によると、ムハンマドは入念に作られた墓で死者を記念することに反対し、自らも簡素な墓で直接地面に埋葬されることを望んだそうです。しかし権力者がそれで満足しないのは世の常でしょうか、初期イスラムの時代にはすでに墓石や印をつけた墓が登場し、ムハンマドの墓も最終的にはドームがかけられたといいます。

また墓参りの慣習は正式には否定されていたのですが、多くの人が墓参りをおこない、埋葬も敬意を表すために次第に柵や覆いがなされ、建物で装飾されるまでに。しかしながら、宗教的な見地からまだ躊躇があり、カリフでさえも簡素に埋葬されていたそうです。変化するのはアッバース朝カリフ時代、9世紀末頃までに墓廟への埋葬をおこなうようになり、他の王朝もすぐにこれにならいました。

イスラム地域全域で現存するそのような墓のなかの、もっとも早い例のひとつが、ウズベキスタン・ブハラにある「サーマーン朝墓廟」です。サーマーン朝(873年- 999年)は、中央アジア西南部のトランスオクシアナとイラン東部のホラーサーンを支配したペルシア系のイスラム王朝。その家族墓とされるサーマーン廟は9世紀の建造。19世紀末まで廟の半分ほどが地中に埋まっていたおかげで、千百年以上経った今でも当初の姿を見ることができます。

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サーマーン廟は焼成レンガでできており、一辺が10メートルの立方体の壁に内径8メートルのドームが載っています。土色のこじんまりとした地味な建物ですが、レンガだけでここまで表現できるのかと感嘆する多彩なレンガ積み、積み方による陰影が作り出す繊細で味わい深い表現が大きな魅力です。

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「建設と装飾の品質の高さと見事な調和は、この建物がこの種の建物では現存最古ではあっても、最初に建てられたものではなかったことを示している。10世紀初頭までにはすでに大イラン圏においてドーム構造で建物を装飾する長い伝統が存在していたはずである」(『イスラーム美術』)。ペルシアの土の建築技術と装飾の美は本当にすごい!

このようなドームを載せた立方体は、墓廟建築でもっとも一般的な形のようです。また、墓によって自分の名前を残そうとした権力者が増えた結果、次第に墓は大きくなっていきます。

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その最たるものが、これまで何度か登場しているイラン北西部にあるイルハーン朝の墓廟「ソルタニエドーム」(1307〜13)です。八角形の広壮な建物で、高さは50メートル。ドームの直径は25.5メートルもあり、回りには8本のミナレットがあります。

壁面装飾におけるソルタニエドームとサーマーン廟との違いは「色」。「(レンガの陰影が装飾的美を生み出す)手法は11世紀以後変化し、壁を活性化するためにレンガの間に施釉された陶器片を挿入することによって色彩が導入された」「14世紀までには、施釉・無釉の割合が入れ代わり、表面全体が施釉陶器片のモザイクで覆われた」(『イスラーム美術』)。

ソルタニエには、外壁や内壁に青の施釉レンガや施釉タイルが使われています。世界遺産になり修復が始まっていますが、わずかながら残存している当初のタイルからも、往事の輝きを想像することができます。

権力者は自らの、また他の優れた人々のために意匠をこらした墓作りに熱中。その後の墓廟建築では、14世紀後半からのティムール朝期の「シャーヒズインダ墓廟群」「ホジェ・アフマド・ヤサヴィー廟」などが有名です。

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そして私がずっと気になっていたパキスタンの「シャー・ルクネ・アーラム」(ムルタン/1320〜24)や「ビービー・シャヴィンデイ」(ウッチュ/1493)も、サーマーン朝、セルジューク朝、イルハーン朝、ティムール朝などからの影響を受けたダルガー(聖者廟)なのだと思います。装飾タイルに覆われた壁面の輝きが、強烈な印象です。このあたりの伝搬、影響は、もっと深めたいところです。
by orientlibrary | 2006-09-05 01:54 | タイルのデザインと技法