イスラムアート紀行

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ティムール朝タイル装飾 土の味わいの"バンナーイ”

中央アジアの陶器を調べていたときに、『シルクロード学研究 中央アジアのイスラーム陶器と中国陶磁』(シルクロード学研究センター/1999)を発見して入手したのですが、その中にあった「中央アジアにおけるティームール時代の建築遺構と装飾タイル」(杉村棟さん)は、タイル発展途上人の私には、そして中央アジアのタイルをもっと知りたかった私には、とても嬉しい原稿でした。

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本や資料探し自体が手探りですが、時々ご褒美のように求めたいたものに出会うことができます。杉村棟先生は絨毯のほうでお名前を知っていたのですが、建築やタイルもこんなに造詣が深いとは・・。ティムール期のタイルについて技法や作例を具体的に紹介されていて、大助かりです。

いろいろわかった記念として、しばらく続いたインド・ムガル朝から、ムガルの故郷でもあるティムール朝に移りたいと思います。ティムール期はタイル装飾の様々な技法が試みられた時代ですが、杉村さんは、大きく5つに分類しています。(1)施釉タイル (2)モザイクタイルとクエルダ・セカ (3)上絵付け (4)釉下彩画(浮彫)タイル (5)ラスター彩 です。

ティムール期には、タイルだけでなく大きな壁面を覆う施釉レンガなど、同じ建物でも様々な装飾技法を用います。その施釉レンガ、じつは、これまで「バンナーイ」というのが英語の本に出てきても、よくわからなかったのですが、今回は詳しく説明されていました。

「バンナーイという技法は幾何文様や銘文を形成するために施釉と無釉煉瓦を組み合わせることで、とくに遠く離れて見ると煉瓦の地の黄褐色と青のコントラストによって効果を出せる手法である」。装飾的な煉瓦積みの技法は、ペルシア語で「ハザルバフ(千織り)」としても知られます。バンナーイの製作方法は、「表面を滑らかに研磨した生のレンガに薄く釉薬をかけて焼成し、これを各層ごとにガチと呼ばれるモルタルでつなぎとめ、正確に組積みをおこなう」そうです。

私が中央アジア、 ティムール朝タイルが好きなのも、このバンナーイの土味みたいなものが大きかったのです。でもこれまでは、そのことを説明する言葉を知りませんでした。「もっと”土”なんですよ」とか「おおらかで強いんです」と言っていたのは、このバンナーイのことでした。

文様は幾何文様が多く、色は青の濃淡と白に限られていることが多いようです。また、アラビア語の銘文のパターンを反復させ、無釉煉瓦と組み合わせて壁面を網の目のように覆い尽くすものもあります。ミナレットやドームの下のドラムのような曲面にも盛んに用いられています。代表的なのは、ティムール朝初期のサマルカンドのモスクや現在のカザフスタンにある「アフマド・ヤサヴィー廟」だそうです。

施釉煉瓦はイスラム以前から用いられており、イランのスーサやバビロンのイシュタル門などが有名です(「イラン・チョガザンビル」の記事)。釉薬を施したタイルや煉瓦は、11世紀頃から徐々にイスラムの建築に使用されてきましたが、爆発的に開花するティムール時代までの歩みの中では、「頂点にあるのがイルハーン国第8代のウルジャーイトゥーの墓廟である。この墓廟にはバンナーイがすでに使用されている」。

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ソルタニエですね!ソルタニエのタイルについては、現地の本や英語の本には詳しい説明がなかったのでがっかりしていたんですが、古雅の趣きがとてもいいのです。この「土味」は日本人好みかも。そして、ソルタニエのバンナーイは、多分このこと(↑)かと思います。内壁です。杉村先生も絶賛の素晴らしいファサードは、「ソルタニエ」の記事に写真があります。

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また、ティムールの孫のウルグ・ベクはこのバンナーイを好んで使ったそうです。サマルカンドのレギスタン広場、向かって左側にある「ウルグ・ベクのマドラサ」(↑)(1417-20)では、アッラー、ムハンマド、アリーという文字を方形にまとめたクーフィー体のカリグラフィーがミナレットなどを覆います。&ディテールの例として(↓)レギスタン広場のティッラカッリマドラサを。

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でもバンナーイ、私、まだまだ曖昧。どこからどこまでをバンナーイというのか、まだ腑に落ちていません。発展途上人だから〜! 

*写真一番上は、サマルカンド・レギスタン広場のティッラカッリマドラサ・ドーム&ミナレット。その左手にウルグベクマドラサのミナレット。クーフィー体のバンナーイ。
by orientlibrary | 2006-08-23 01:11 | ウズベキスタンのタイルと陶芸