イスラムアート紀行

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フェルガナ、カーブル、ヒンドゥスターン ムガル花模様の旅

e0063212_23453757.gif「更紗」はサンスクリット語で「色とりどりの」を意味するとも言われる木綿布。なかでも木版捺染(ブロックプリント)は、手描きとは異なり木版を押して文様を施すものです。

●インド・ラジャスターン地方サンガネールの木版捺染は端麗な地色の極上の木綿に木版を直接捺印していきます。ムガルやラージプートの細密画に描かれたマハラジャたちの衣装(←)は、サンガネールの布だと言われています。


日本では、このような繊細なタイプの木版捺染が紹介されることはまれです。ブロックプリントと言えば、サンガネールと近接した産地であるバグルーの厚地の木綿に素朴な文様のものがほとんど。バグルーの藍染めや味のある更紗も魅力的ですが、前回あたりからご紹介しているのは、より洗練されたサンガネールのもの。地元インドでも、マハラジャというパトロンを失って以降衰退がいちじるしく、技術の継承が危ぶまれていた布です。


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(鳥、植物、清楚なデザインセンス、シックな色合い、、「ムガル」を感じた景/ラジャスターンにある建築物の中庭にて/orientlibrary)

●1994年頃よりインドの手工芸専門家の熱意により、それを復元、再興する試みがなされ、日本の出版社が資料集成を制作・出版(『インド染織資料集成』/岩崎美術社/1997年/限定300部)しました。私はたまたまその周辺におり、工房や産地を訪れる機会を得て、次第にその繊細な魅力に引き込まれていきました。

●サンガネールの木版捺染は、私にとってのムガルインドの美の象徴です。イスラムタイルに熱中している自分が、どうしてこの布にこんなに惹かれるのかと我ながら疑問に思っていましたが、多分中央アジアとペルシアとインドの魅力を合わせ持つ「ムガル」が好きなのです。(もちろんヨーロッパの影響を受ける以前までのムガルです)。布の特徴や技法、文様について書いていく前に、ムガルインドについて少し書きたいと思います。


e0063212_23551224.gif●装飾タイルやウズベキスタンの記事で何度も登場している「ティムール朝」。ムガル朝の創始者バーブルは、ティムールの直系子孫であり、ティムール朝フェルガナ領国君主の息子として、現在のウズベキスタン・フェルガナに生まれます

●父の死後11歳でフェルガナの君主となったバーブルは、ティムール朝の栄光を取り戻すべく奮闘しますが、サマルカンド奪還は果たせず、インドに舞台を移してアーグラーを拠点とするムガル朝を建国しました。(* 地図→参照)



e0063212_23555197.gif●バーブルは優れた軍人であっただけでなく、同時に優れた文人、詩人でした。バーブルが記した回想録『バーブル・ナーマ』はチャガタイ・トルコ語で書かれた「トルコ文学史土の傑作」と言われています。内容は、「1章:フェルガナ(中央アジア)」「2章:力ーブル(アフガニスタン)」「3章:ヒンドゥスターン(インド)」と、私の好きなエリアが目白押し!(* ←文人バーブル。華麗な花模様の衣装!緑のブーツもイケてます)

サンガネールの布の可憐な花模様、繊細な植物模様の背景にあるのが、ムガルの植物愛好、自然愛好の美的感性ではないかと思います。『MUGHAL INDIA splendours of the peacock throne』 よりそのあたりを見てみましょう。

◆「オリエントではイスラム以前より、不毛な世界の中の幸福な場所の象徴としての庭園の重要性に気づいていた。「パラダイス」という言葉はペルシア語で“囲われた閉じた庭”を意味する「パイリダエーサ」から派生したものである。ティムールは、彼の遊牧民的な出自から屋内で居住することはめったになく、果樹園の中に広大な野営の庭を設営することを好んだ」

◆「これらの庭はいわゆる”チャハルバーグ”(四分庭園)であり、四辺形に囲われた中庭の中に、中央で交差する二つの水の流れがあり、全体を4つに分割した。そのひとつがさらに四分されることもあった。花壇には果樹や薔薇を主とした多彩な植物が植えられた。このプランは伝統的なものとなり、イスラム教徒、ラージプート両方の間に広がる。バーブルは中央アジアとインドにたくさんの素敵な庭を持っていた

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●ミニアチュール(↑)は、庭園作りを指揮するバーブルです。ムガルの植物デザインは、バーブルの生まれた中央アジアと比して、極暑でカオス的なインドという風土にあって、清楚な自然や秩序だった整然さへの希求から生まれたものではないかという思いを強くします。

*ミニアチュールと図版は『MUGHAL INDIA splendours of the peacock throne』(NEW HORIZONS)より引用。
by orientlibrary | 2006-08-10 00:12 | インド/パキスタン