イスラムアート紀行

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UKからPKへ、音楽の旅。90年代初頭のパンジャーブ音楽を堪能!

イギリスで生まれ育ったパキスタン系の人気ミュージシャンが自分の音楽のルーツを探る旅に出る。向かったのは父母の故郷であるパンジャーブの街ラホール。そこで伝統的な民族音楽や宗教音楽に触れた彼は、、、こんなドキュメンタリー映画があると聞けば、何をおいても出かけますよね!

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開催されたのは和光大学。昨年『西南アジア諸民族の音像と風土』という衝撃的な音像に出会った「アジアの芸能」の課題授業編(主催:村山和之さん)です。(昨年の様子はこちら。長い間求めていた音楽に浸れた至福の時間)。

今回もまた貴重な映像です。タイトルは『PARDESI』(1992年・フランス、撮影は91年)。村山先生の資料によると、「pardesi=パルデースイー」とは外国をあらわすPARDESと同様にペルシア語起源の言葉で、異邦人や異郷人を指すそうです。

最近の音楽動向にはまったく疎い私、、主人公のアキ・ナワーズという人も知りませんでした。参加されていた専門家の方の解説でサザン・デス・カルトというバンドのドラマーだった人(その後、ファン・ダ・メンタル)で、音楽のジャンルは「ポジティブ・パンク」。このようなパンクは、現在の「アジアン・アンダーグラウンド」の礎となったのだそうです。

映像は、イギリス・ヨークシャーのパキスタンコミュニティから始まります。コミュニティのパーティ(バングラビート!)、UKでのアジア系音楽シーンも興味深かったけど、やはり私はアキ・ナワーズがパンジャーブについてからの音楽体験に深く同調していきました。90年代初頭のパンジャーブ音楽が堪能できて最高でした。

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聖者廟でカッワーリーやただひたすら神の名を唱える声明のような音楽を聴き、収穫を祝う村の祭りの歌を聴き、伝統的なハヤールやタブラを聴き、高名な専門家に会って話を聞くアキ。しかし、「スピリチュアリティ」や「アイデンティティ」を希求して訪れた、みずからのルーツであるパンジャーブの音と出会い、浸りながらも、彼の表情には次第に混迷が現れてきました。

1回きりの早い英語のディクテーションなので怪しいのですが(字幕はフランス語)、パキスタンの専門家に自分の音楽が評価されないばかりか、「もっと古典を学べ」と言われたアキが、「ラーガ?それって誰のものだっていうんですか?自分はそういうものから自由でいたいんです」と抗弁するシーンが印象的でした。

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上映後は参加者によるディスカッション。これも面白かった。アジア音楽に詳しいUさんによると、「アキはこの後音楽を発表していない」とのこと。彼は「古典・伝統」とその後どう対峙したんでしょうか。気になります。彼は、故郷でPARDESIであることを感じただけなんでしょうか。

これは、いろんなジャンルでいえること。古典や伝統は、やはりきちんと学ぶべきなんでしょうか。でも数十年かかりますよね。いや、それでも学びきれないものかもしれない、、

「古典」と「現代」の間の厚い壁、音楽に携わる階層の地位と特性、沖縄音楽の状況との比較、音楽と宗教、90年代初頭のパキスタンの経済からの視点、コミュニティの問題、など、それぞれの専門の意見が刺激的でした。ひとつの映像を、ある種の共通項と、それぞれの専門性で話し合う。貴重な機会でした。村山先生、シュクラン!

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そして、自分がもしも日本の移民の2世、3世だとしたら、どんな音楽を自分のルーツだと思うだろうと考えてしまいました。民謡でもない、邦楽でもない、歌謡曲でもない。意外と津軽三味線なんかに反応したりして、、

また海外で「日本の歌を歌え」と言われた時何を歌った?という話にもなりました。出たのは『大きな栗の木の下で』(スコットランドかどこかの歌では!?)、『はとぽっぽ』(アフリカの歌だと言われたそうです)、『ゲゲゲの鬼太郎』(その線があった!)など。私は以前、『さくら』『うみ』で撃沈した経験があります。日本の歌って盛り下がり気味ですよね、、。

その後は、畳の部屋に場所を移して飲み会に突入。アジアや音楽の話をサカナに大量のアルコールが消えていったのでした。ほんと、皆さんコアです、、。

*写真は、上から順に、ムガルの都だったラホール、ウッチュの聖者廟で、若い女性たち、ラホールフォートの壁面(タイルが少し残っている)
by orientlibrary | 2006-07-04 01:20 | 美術/音楽/映画