イスラムアート紀行

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ティムール朝時代の陶器 染付への憧れと中央アジアのおおらかな美

ウズベキスタン陶器、18〜20世紀、14〜16世紀、9〜12世紀、、どれも簡単には書けないです。そう言っていたら何も進まないので、ティムール朝時代のごく一部のみの今回。文章は、いくつかの資料より、抜き書き、あるいは要旨抜粋です。自分でまとめる力はまだなし(悲)。いつか自分の言葉で書きたい!

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(皿/牡丹模様/15世紀/ウルグベクマドラサ、サマルカンド、ウズベキスタン/『ARTISTIC CERAMICS OF UZBEKISTAN』より引用)

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「中央アジアのイスラーム陶器と中国陶磁器 序章」(杉村棟さん/『シルクロード学研究7 (1999)』 より

「中央アジアにおけるティムール時代の建築遺構と装飾タイル」、今も何度も読み返している杉村棟先生の論文。掲載されているのは『シルクロード学研究7 中央アジアのイスラーム陶器と中国陶磁器』。この資料集を奈良で見つけたときは狂喜しました。その発行から十数年経ち、海外や日本での中央アジア陶器研究もきっと進んでいるでしょう。今後、資料見つけていきます。

<概論>
・ 中央アジアにおけるティムール支配時代の工芸品は、建築遺構や写本挿絵に比較して現存資料が少ない。 北米を中心に過去(1999年の論文)10年ほどの間に北米を中心にした研究者たちによりティムール朝時代の文化の再評価が行われ、まず建築に関する総合的な研究成果が発表された。史書や研究も活発になり、ティムール朝美術工芸の展覧会も開催されるに至った

・ ユーラシア間の文化交流は、近世大航海時代に活発化した。陶磁器類は海上ルートにより大量に運ばれるようになった。 当時中央アジアと明の間の交易が陸路を通じて行われていたことは明らかにされているが、内陸の中央アジアで発見されている陶磁器が陸路からもたらされたものか海路からか定かではない

・ 中国とイスラーム世界の陶磁器が相互に刺激を与え合って発展を遂げてきたことは言うまでもないが、その顕著な例が、14世紀のモンゴル支配時代以降、盛んにイスラーム諸国に輸入された中国の青磁や青花磁器で、これを契機として一種の中国趣味をイスラーム世界の支配者層の間に引き起こしたのである
・ 白地にコバルトの青で施文したローカル性の強い釉下彩陶器が各地で盛んに製作され、こうした状況は、15世紀ペルシアの写本挿絵に青花風の陶磁器が盛んに描写されていたことによって立証されている

・ 中央アジアにおけるイスラーム期の遺跡の調査と研究については、少なくともソ連時代には数例を除いて西側にほとんど紹介されなかった。 15世紀の東方イスラーム世界の陶器の技法と装飾様式に関する研究は、イラン、トルコ、アラブ諸国等地域的に偏ったものとなり、中央アジアを含めた総合的研究がおこなわれていないのが現状である

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(皿/15世紀/サマルカンド、ウズベキスタン/『ARTISTIC CERAMICS OF UZBEKISTAN』より引用)

<ティムール時代の陶器>
・ 東方イスラーム世界の15—16世紀の陶器に関しては、中央アジアのサマルカンドやシャルリサブスの遺構に見られる通り、タイルが突出して発達した事実があるにも関わらず、陶器の現存資料がきわめて少なく、それがこの分野の研究の顕著は遅れの一因になっていた

・ 欧米ではイランの15世紀の陶器の研究、とくに中国の青花磁器の影響を被った白釉青彩陶器などの研究が進められており、ティムール帝国(中央アジア、イラン、トルコ、アラブ諸国の一部)全体に共通した「国際的なスタイル」の存在が明らかにされている

・ このタイプは、トルクメニスタンなどにおいて出土例が若干あるが、中央アジア、主にウズベキスタン(サマルカンド、ブハラ、タシケント)やカザフスタン(オトラル)を中心にしたローカル性の強い「地方的スタイル」が存在したことが確認された

<中国陶磁器に関する調査研究>
・ イラクのサーマッラ、イラン北東部のニシャプール、シリアのハマ、トルコのイズニック等、イスラーム世界各地から、唐・五代の白磁、青磁、元・明の青磁、青花磁器など各時代に陸路と海路によってもたらされた中国陶磁器が出土しているように、それが中東各地の支配者層に珍重され、陶工に大きな影響を与えてことはすでに知られている通りである

・ 中国の陶磁器が中東のみならず中央アジアにも達していたことは、1988年から10年計画でおこなわれた調査によって中央アジア各地の博物館に中国陶磁器及びその断片が収蔵されている事実が確認された

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(鉢、陶器、緑黒色で魚を青釉に下絵付け/イラン、ソルタニエまたはカシャーン/13世紀/見込みは左回りの魚が底部に向かう。鋸歯状のボーダー。側面は一つの大胆な植物モチーフ。魚は豊穣と良き未来のシンボル/『UZBEKISTAN』より引用)

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(左:染付魚藻文輪花盤/中国清時代/『トプカプ宮殿秘蔵東洋陶磁の至宝展』より) *右:皿/リシタン/1990年代/魚藻文 *リシタンで今も見る「双魚と藻」。中国の典型例写真がなくトプカプの清時代のもの。いかにも中国の文様がリシタンに?長く疑問だった。ウズベキスタン東部の陶芸の町リシタン、伝統の継承の証だろうか)

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(同じくリシタンの皿と鉢。左は1990年代、右は2010年代/西のイスラーム世界とも中国染付とも異なる東方イスラーム世界のテイストを感じる)

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(リシタン、2010年代/リシタンでは魚のモチーフが多い。多彩で自由にのびのび製作されている印象。魚と唐辛子やアーモンドが一体になったようなデザインも見かける。清らかな水に棲む魚は清浄と平和の象徴と聞いたことがある)

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「中央アジア美術の至宝」(アクバル・ハキモフ/ウズベキスタン芸術研究所所長/『偉大なるシルクロードの遺産』より)

<ティムール時代の陶磁器>
・ 14、15世紀になり、ようやく国土を再建し、巨大な帝国を築きあげたアミール・ティムールが政治の舞台に踊り出たとき、中央アジアの民衆は再び創作活動を始めた
・ それは、都市建設、建築、芸術、文芸、工芸が勃興した時代として特筆される
・ 肖像画、精巧な織物、豪華な刺繍、鋳造容器、武器、宝石などの手工芸も繁栄した

・ 陶器制作においては、白地にコバルト絵具を用いて自由奔放な絵を染め付けた中国の陶磁器の影響を受けてまったく新しいスタイルが形成された
・ 中央アジアの職人により制作された陶器はカシナと呼ばれる土着の陶土を素材として、ブハラ、シャフリサブス、ウルゲンチなどで制作されたが、その中心はサマルカンドであった

・ サマルカンドの碧青釉鉢はティムール朝陶器を代表するものであるが、輸入陶器の装飾方式を複製することから脱却し、独自の文様を探求した段階に相当した
・ 施釉陶器を制作した職人はティムール朝期の建築物に広く用いられた建築用装飾タイルの制作にも携わっていた

・ 14〜15世紀の工芸美術の発展は現地の職人と中東の職人の技に負うところが大きかった。この時期の装飾文様は絶妙の域に達していた
・ 陶器では多彩陶が残り続けるとともに、青地、もしくは白地の器面に黒色で画を描く、色調を押さえた単彩画も用いられた
・ 植物文と文字文を持つすべての模様構成は、驚くほど見事に器形とその分割に従っている。器面にはりめぐらされた幾何文、縁、縞模様は、バランスを保ちながら、連続した動きを見せている

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(タシケントのティムール博物館。ティムール朝時代陶器断片。中国染付に憧れながらも、伸びやかで自由な中央アジアのスタイルを感じる)

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(同じくティムール博物館。中国の実物も展示。陶器好きには熱狂の内容。ガイドブックでも個人の旅レポートでもほとんど紹介されないのはなぜだろう。陶器は一時的な展示だったのかもしれない?)

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(ティムール博物館。15世紀。東西が入り交じった印象。白地に青が美しく、とても素敵ではないですか!?)

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(ティムール博物館。1996年建設とのこと。青いドームの外観はお札にも描かれている。写真は1階。豪華と言われるこのキラキラの内装で、展示が誤解されているような気がする)

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「like porcelain : fourteenth to sixteenth century ceramics from Uzbekistan」(Gisela Helmecke/磁器のように:14世紀から16世紀のウズベキスタンの陶芸)/『UZBEKISTAN』)は、さすがに長くなるので、次の機会にします。

「多治見・瀬戸 陶芸とタイルに出会う旅」に出かけます。しっかりしたレポートを書けるようにお話聞いてきます。
by orientlibrary | 2013-08-24 00:43 | ウズベキスタンのタイルと陶芸